★金沢で「ひと、能登、アート。」展 震災と復興の音がテーマの作品も

★金沢で「ひと、能登、アート。」展 震災と復興の音がテーマの作品も

あと2週間余りで去年元日の能登半島地震から3年目を迎える。能登の復興を支援しようというさまざまが動きが見られるが、アートもその一つ。特別展「ひと、能登、アート。」=写真=が兼六園周辺に位置する石川県立美術館、金沢21世紀美術館、国立工芸館の3館でいま当時に開催されている。3館で同じテーマの展覧会も珍しいが、国宝を含めた文化財から現代アートまで86点の作品は都内を中心とした30の美術館などから寄せられたもの。となると、この機会を逃すと一生見ることができないかもしれないと思い立ち、鑑賞に出かけた。

3館同時の開催は今月13日から21日までの9日間。最初に足を運んだのは21世紀美術館。14日午前11時から東京国立博物館の主任研究員、高橋真作氏の作品解説があった。作品15点の中で大作なのが、版画家の棟方志功が1953年に完成させた『幾利壽當頌耶蘇十二使徒屏風』(五島美術館所蔵)。.棟方志功の作品は仏教をイメージした作品が多いが、キリスト教をテーマとしたものもあり、その一つ。高さ3㍍に幅1.8㍍という珍しい縦長の屏風にキリストの弟子である十二使徒の様子が描かれている。棟方志功は先の大戦で東京から富山県福光に疎開したことでも知られる。これまでの作品は戦災の東京で焼失したが、それでも気力を失うことなく、福光で作品づくりに励んだ。作品の大きさからも力強さを感じさせる。

「震災と戦災の違いはあるものの、棟方志功の作品が能登半島地震で被災された方々の励ましになれば」と高橋氏は述べていた。高橋氏は能登地震の後、能登で被災した文化財を救い出す「文化財レスキュー」の一員として能登に通ったそうだ。

このほか、21世紀美術館には、ルノワールの『ばらをつけた女』(国立西洋美術館所蔵)などの西洋の名画が並んでいる。「さすが21美」と思ったのが、現代アートも展示していること。アーティストの井上涼氏が実際に能登の地へ3度足を運んで取材・制作をした動画『ネコ耳をつけたウミネコのウネミちゃん』が上映されている。金沢美大の卒業生として、4年住んだ石川県への復興支援の想いを込めた。能登の現地で聞こえる音を録音して、それをもとにストーリーと歌をつくりアニメーション作品を仕上げた。

井上涼氏は21美の公式サイト「ひと、能登、アート。」でコメントを寄せている。「建物の解体の音もあれば、昔から変わらず聞こえるであろうごはんの支度をする音もありました。私の『復興支援』は作品をつくることで一つピークを迎えますが、このさきゆっくりと続けていくつもりです」。誰も手掛けなかった被災地の音の物語。今回の21美での放映は始まりで、これから追い続けていくようだ。復興の音はどのように聞こえるのだろうか。これからが楽しみだ。

⇒15日(月)夜・金沢の天気  あめ

☆年の瀬を弾ませるベートーベン「第九」 若き女性指揮者のタクトで

☆年の瀬を弾ませるベートーベン「第九」 若き女性指揮者のタクトで

年末恒例のベートーベンの『第九交響曲』の公演がきょう(14日)金沢歌劇座で開催され、聴きに行ってきた。石川県音楽文化協会の主催で、石川フィルハーモニー交響楽団の演奏、合唱は県合唱協会合唱団、名古屋なかがわ第九合唱団、氷見第九合唱団のメンバー。指揮者は吉崎理乃氏。昭和38年(1963)から続く公演で、63回目となる。ある意味でこのコンサートを聴くと年の瀬を実感する。

前段で披露されたのが、邦楽の名曲、吉沢検校の『千鳥の曲』。琴や三味線など伝統的なと音色とオーケストラの演奏が絶妙に響き合う。15分間の休憩の後、第九の調べが流れる。第一楽章は、弦楽器のトレモロとホルンで始まり、朝靄(あさもや)がかかったような入りだが、やがてホルンに促されるように全楽器が叩きつけるような強奏になる。第二楽章は、ティンパニーを駆使した構成で、弦楽器の各パートによりフーガ風のメロディが次第に盛り上がっていく。第三楽章は、木管楽器による短い序奏に続いてバイオリンが安らぎに満ちた音を奏でる。やがてクラリネットがそれを受け継ぎ。息の長いメロディと歌声が響く。

そして第四楽章は、「歓喜の歌」として知られる独唱と合唱を取り入れた楽章だ。管楽器と打楽器による不安げな導入部に続き、チェロとコントラバスによる会話のような演奏が入り、この後、低音弦楽器から順に高音弦楽器へ、そして全楽器による合奏へと高揚していく。聴いているうちに気分が高まっていく。

吉崎理乃氏の指揮は初めて見た。東京国際指揮者コンクール2024で第3位・特別賞・齋藤秀雄賞を受賞した気鋭の指揮者だ。きびきびとしたタクトの振りは若き才能が新風を吹き込んでいるようにも見える。コンサートは、合唱が高らかに歌い上げた後にオーケストラのみで力強く曲を閉じた。観客席からの拍手は鳴り止まなかった。

第九はベートーベンが残した最後の交響曲で、初演はウイーンで演奏された1824年5月だった。初演のとき、ベートーベンは聴力を完全に失っていて、指揮者の横で各楽章のテンポを指示するだけの役割だった。終演後の聴衆の拍手にまったく気づかず、背を向けていた。見かねたアルト歌手がベートーベンの手を取って、聴衆の方に向かわせて初めて熱狂的な反応に気が付いたという逸話が残る。初演から200年余り、時代と国を超えてこれほど人々に感動をもたらす曲はほかにあるだろうか。

(※写真・上は、第九コンサートのチラシ、写真・下は公演終了後に拍手が鳴りやまない会場の様子)

⇒14日(日)夜・金沢の天気   あめ

★東北を揺さぶる震度6強の地震  「後発地震」に警戒

★東北を揺さぶる震度6強の地震  「後発地震」に警戒

夜中に目が覚め、スマホをチェックして驚いた。青森県の三陸沖を震源とするマグニチュード(M)7.6の地震があったと速報が流れていた。M7.6は能登半島地震と同じなので、地震の大きさは想像がついた。以下、メディア各社の報道による。8日午後11時15分ごろ、青森県八戸市で震度6強を観測する地震があった。気象庁は青森県太平洋沿岸、岩手県、北海道太平洋沿岸中部に一時、津波警報を発令した。9日午前1時10分までに、岩手県の久慈港で70㌢の津波が観測された。

この地震を受け、内閣府と気象庁は9日未明、北海道沖から三陸沖にかけて巨大地震が発生する可能性が平常時よりも高まったとして「北海道・三陸沖後発地震注意情報」を初めて発表した。事前の避難は求めず、今後1週間、避難経路の確認や家具の固定など地震の備えへの再確認を呼びかける。「後発地震注意報」の呼びかけは2022年12月に国が運用を始め、後発の地震がさらに大きなものとなる可能性がある場合に発せられる。2011年3月11日に起きたM9.0の東日本大震災の2日前にM7.3の地震が発生している。

被害は北海道と青森県、岩手県のまとめによると、今回の地震で合わせて50人がけがをした。青森県では午後2時現在で、住宅3棟と小屋や倉庫など8棟の合わせて11棟の建物の被害が確認されている。青森県東通村の小田野沢漁港では地盤沈下があり、港内の電柱が傾いて荷さばき所の建物に接触しているのが確認された。また、同県八戸市にある八戸港フェリーターミナルでは、亀裂が入った駐車場内の地面から砂や水が噴き出すなど液状化現象が起きている。八戸 市役所の事務所では25㍍にわたりロビーの床に亀裂が入った。同市にある八坂神社では、歩道に面した高さ3㍍ほどの鳥居が根元から倒れ、歩道をふさいだ(9日付・NHKニュース公式サイト)。

今回の地震のマグニチュードはその後、7.5に修正された。この領域のプレート境界では、1923年1月1日から2011年3月11日の東日本大震災までの間にM7.0以上の地震が10回発生するなど、規模の大きな地震が繰り返し発生している。1968年5月16日にはM7.9の十勝沖地震が発生し、太平洋沿岸の各地を津波が襲ったほか、強い揺れでがけ崩れなどが起き、52人が亡くなった。また、1994年12月28日にはM7.6の三陸はるか沖地震が発生し、震度6を観測した八戸市で3人が死亡した。このときは、M7.6の地震が発生した10日後に近い場所でマグニチュード7.1の地震が発生している(同)。過去に強い揺れをもたらした後発地震が発生しているだけに緊張感が続く。

⇒9日(火)夜・金沢の天気   あめ

☆能登地震で加速、人口13%減 今こそ「能登はやさしや」攻略策

☆能登地震で加速、人口13%減 今こそ「能登はやさしや」攻略策

去年元日の能登半島地震による災害の復旧はどの程度進んでいるのだろうか。石川県庁の資源循環推進課のまとめによると、能登地震や9月の奥能登豪雨で被災した家屋の公費解体の完了率は11月末時点で97.9%となった。解体申請のあった棟数4万2178棟のうち、4万1297棟の作業を終えた。これで、県内で公費解体を実施している16市町のうち、羽咋市や金沢市など9市町で完了した。残り7市町の解体作業は、七尾市はまだ92%ではあるものの、年内に作業を終えるとしている。

公費解体を終えた跡地をこれまで何ヵ所か訪れたことがある。跡地には草が生い茂っている=写真は、震災で焼失した輪島市朝市通りの跡地=。ここに人が戻り、家を建て、街並みの活気は戻るだろうか。県統計情報室がまとめた人口推計(11月1日時点)によると、地震の被害が特に大きかった奥能登2市2町(輪島市、珠洲市、穴水町、能登町)の人口は4万7911人で、地震が発生した去年元日から7302人減り、減少率は13.2%となった。また、七尾市と志賀町を入れた能登半島の中央から北部の6市町でみると、去年元日から1万1132人減って10万8518人となり、減少率は9.3%となる。ことし10月からの1ヵ月の統計を見ても418人減っている。とくに、転出者が転入者を上回る「社会減」が247人と多い。

能登半島の市町は過疎高齢化が震災以前から指摘され、「消滅の可能性がある自治体」と称されていた。それが震度7の揺れで消滅可能性に拍車がかかっている。対応策はあるのか。人口戦略会議が公表した「令和6年・地方自治体『持続可能性』分析レポート」によると、石川県の19市町のうち9つが「消滅可能性」があるとされる。9つのうち8つが能登の市町だ。唯一、能登で対象外となったところが中能登町。先述の人口推計で10月から二桁増えているのがこの町だ。1人の女性が一生のうちに産む子どもの数の指標となる「合計特殊出生率」が2020 年で1.83と県内でトップだった。増えたり減ったりしながら緩やかな人口減少となっている。

中能登町は「能登はやさしや土までも」という言葉が江戸時代から記録に残る、この言葉の発祥の地でもある。町役場では「障害攻略課プロジェクト」という、ハード面のバリアフリーだけでなく、「心のバリアフリー」を推進している。誰もが分け隔てなく、気軽に交流し暮らすことができる町づくりを、基幹産業である繊維会社などと連携して取り組んでいる。人だけでなく動物にも優しく、神社ではペットに健康と無事を願うお祓いがある。中能登町の取り組みが人口減少に歯止め、そして移住者を呼び込むヒントにならないだろうか。

⇒7日(日)午後、金沢の天気  はれ

★田の神さまへの感謝の気持ち忘れない 奥能登の「あえのこと」

★田の神さまへの感謝の気持ち忘れない 奥能登の「あえのこと」

JPCZ(日本海寒帯気団収束帯)」が日本海を南下して大雪をもたらす可能性があるとの予報を前回ブログ(今月3日付)で述べた。除雪を行うスコップを用意して身構えていた。金沢では3日の夜に初雪が観測され、4日朝は1.7度とこの冬一番の冷え込みとなった。豪雪地帯でもある白山のふもとの山間地では5日午前で20㌢余りの積雪となった。写真は、きのう5日午前8時40分ごろの金沢の自宅前の庭の様子だ。雷鳴とともに霰(あられ)が一時的に激しく降ってきた。その後は雨となり自然と霰も消えていった。そしてきょうは午後から晴れ間も出て、気温は13度まで上がり、寒波は峠を越えた。用意したスコップは一度も使わなかった。

話は変わる。不安定な天気の中で、きのう5日、能登半島の北部の奥能登では、民俗行事の「あえのこと」が営まれた。ユネスコ無形文化遺産にも登録(2009年)されているこの行事は各農家で営まれ、目が不自由とされる田の神さまを丁寧にもてなす農耕儀礼として知られる。家の主(あるじ)は、そこにあたかも田の神さまがいるかのように家に迎え入れ、食事でもてなし、一年の労をねぎらう。12月5日に迎え、春耕が近づく翌年2月9日に送り出す。「あえのこと」の「あえ」は饗応、「こと」は祭りを指し、「もてなし」を意味する。

去年元日の能登半島地震でこの年12月の「あえのこと」を中止した農家や簡素化した農家の話をよく耳にした。被害が大きかった奥能登(輪島市、珠洲市、穴水町、能登町)では震災による農地の亀裂や水路の破損、ため池の決壊などのため、奥能登の水田の作付面積は震災前の2800㌶から1800㌶に落ち込んだ。さらに奥能登を襲った9月の記録的な大雨に見舞われた。その後、土砂や流木の撤去、水路の整備などが行われ、ことしの作付面積は去年より100ha多い1900haとなり、7割近くに回復した。輪島市の白米千枚田では多数のひび割れが入り、耕せたのは去年は1004枚のうち120枚だったが、ことしは250枚に増やすことができた。(※写真は、能登町「合鹿庵」で執り行われた農耕儀礼「あえのこと」。田の神にコメの出来高などを報告する農業者=2016年12月5日撮影)

田んぼの復旧とともに田の神さまへの感謝の気持ちも戻ってきたようだ。地元メディア各社の報道によると、自宅が全壊した農家では隣家の納屋を借りて、あるいは敷地内に設置したインスタントハウス、あるいは仮設住宅で行ったりと、工夫して「あえのこと」が営まれたようだ。震災と豪雨に遭っても田の神さまへの感謝は忘れない。能登人の素朴で根強い精神性ではある。

⇒6日(土)夜・金沢の天気

☆いよいよ北陸は雪マークの季節 強烈寒気帯JPCZ居座るのか

☆いよいよ北陸は雪マークの季節 強烈寒気帯JPCZ居座るのか

このところの寒暖差のせいか、体調が今一つさえない。熱はないが、くしゃみや鼻水が出る。金沢の天気予報に雪マークが出始めた。きょう夕方からあす4日にかけて日本付近は西高東低の冬型の気圧配置となり、筋状の雪雲の帯「JPCZ(日本海寒帯気団収束帯)」が日本海に発生し南下する見込みのようだ。このため、日本海側は広い範囲で雪が降り、北陸や近畿、東海、山陰などは初雪ラッシュとなるとの予報だ。平地でも積雪し、山沿いでは大雪となるところがあるとのこと(※図は、3日15時発表の予想天気図から抜粋、日本気象協会「tenki.jp」公式サイトより)。

北陸に住む者にとって、このJPCZは「クセもの」だ。日本海を直撃する寒波で、この影響で日本海から活発な雪雲が断続的に流れ込み、局地的に降雪量が多くなる。シベリアから寒気団が日本海に向かって流れてくる際に朝鮮半島北部の白頭山によって、いったん二分されるが、その風下で再び合流し、雪雲が発達しやすい収束帯(ライン)となって北陸地方などになだれ込んでくるのだ。強烈に覚えているのは、2021年1月7日から11日にかけてJPCZが若狭湾付近に停滞して大雪が降り続いたため、福井県内の北陸自動車では66時間にも及ぶ通行止となり、1600台が動けなくなったことがあった。(※写真は、2021年1月9日夕方の金沢市内の降雪の様子。翌日10日には65㌢の積雪となった)

今夜からあすにかけては、北陸地方の上空約5500㍍付近に大雪の目安となるマイナス36度以下の非常に強い寒気が流れ込む見込む。このため、新潟の上越、中越では平地で20㌢、山沿いで50㌢の積雪が予想されている(日本気象協会「tenki.jp」公式サイトより)。

雪の季節を迎えると、2024年元日の能登半島地震を思い起こす。まもなく丸2年となる。地殻変動、気候変動はいつ起きるかわからない。関東大震災(1923年9月1日)に遭遇した経験があった物理学者の寺田寅彦(1878-1935)は「天災は忘れた頃に来る」と書き記した。昨今の状況は「天災はいつでもやって来る」と表現した方がよいかもしれない。取り留めのない話になってしまった。

⇒3日(水)夜・金沢の天気 あめ

★ブリ起こしの雷の季節 能登高級ブランド「煌」初競り400万円

★ブリ起こしの雷の季節 能登高級ブランド「煌」初競り400万円

発達した積乱雲が近づいているとして、気象庁はきょう午後0時42分に、石川県能登地方に「竜巻注意情報」を発表した。積乱雲が近づくと雷や急な風の変化、それに雹(ひょう)が降るなど荒れ模様となる。ただ、雷は「待ってました」と言わんばかりの季節の訪れでもある。「ブリ起こしの雷」。石川や富山など北陸ではこの時期、雷が鳴ると「寒ブリ」が揚がるとの言い伝えがある。ブリの季節の訪れだ。

きのう1日朝、能登半島の七尾港や能登町宇出津港に、定置網に入った寒ブリ552本が水揚げされた。その中でも重さ14㌔以上で、カタチの良さなどから選ばれた高級ブランド「煌(きらめき)」の初競りが金沢市の石川県漁協かなざわ総合市場であり、重さ14.5㌔、長さ92㌢のブリに400万円の値が付いた(2日付・地元メディア各社の報道)。「煌」の認定制度は県漁協が2022年から始め、七尾市に本社がある食品スーパーが4年連続で初競りモノを競り落としている。

その400万円で落札された天然能登寒ブリが食品スーパーできょうまで展示されているというので、さっそく見学に行ってきた。発砲スチロールの箱に横たわる14.5㌔のブリはさすがに貫禄がある=写真=。寒ブリは眼のふちが黒いのが特徴だが、じっと睨まれているようにも感じ、恐れ多い。この寒ブリは能登町の鵜川漁港で水揚げされたもので、この日、規格基準の厳しい「煌」ブランドに認定されたのはこの一本のみ。

重さ14㌔以上のブリはほかにも数本あったものの、胴回りが十分なサイズではなかったため、認定されなかった。ちなみに、「煌」になり損ねた寒ブリは15万円から50万円で落札されたようだ(2日付・地元メディア各社の報道)。

食品スーパーの店員に「(煌を)いつさばくのか」と尋ねると、きょうの夕方にさばき、あす3日に寿司として限定販売するとのことだった。ところで、能登で寒ブリの話でよく誤解されるのは、雷鳴に驚いて、ブリが能登や富山湾に逃げ込んで来るという説。むしろ、時化(しけ)で日本海も荒れるので、イワシといった魚が沿岸に寄って来る。それをブリが追いかけてきて、定置網にかかるというのが定説のようだ。たかがブリ、されどブリ。冬の訪れとともにブリの話は尽きない。

⇒2日(火)午後・金沢の天気 くもり時々あめ

☆中国「反日」攻勢は続くも、一貫した総理の姿勢は高支持率に

☆中国「反日」攻勢は続くも、一貫した総理の姿勢は高支持率に

中国による「反日」の煽り、日本への怒りが止まない。直近では、日本のアーティストの中国での公演が次々と中止に追い込まれている。メディア各社の報道によると、歌手の浜崎あゆみさんは11月29日に開催予定だった中国・上海での公演が直前で中止に追い込まれ、無観客(1万4千席)のステージで歌ったという。

中国によるこの行為の発端は、今月7日の衆院予算委員会で台湾有事について問われた高市総理が 「戦艦を使って武力行使を伴うのであれば、存立危機事態になり得る」と答弁したことだった。翌日、中国の薛剣(セツ・ケン)駐大阪総領事が SNSで「汚い首は斬ってやるしかない」と投稿した (※現在は削除)。これがエスカレートし、中国政府は日本の治安への不安を理由として中国国民に日本への渡航自粛や、留学に慎重な行動を求めた。さらに、日本政府に対し日本産の水産物の輸入を停止すると通達した。また、中国の国連大使は安保理で高市総理の台湾有事をめぐる国会答弁を批判するなど、拡散に躍起となっているようだ。(※写真は、日米首脳会談で署名された合意文書を掲げる高市総理とトランプ大統領=10月28日付・総理官邸公式サイトより)

中でも違和感を感じるのは、中国側が日本で中国人への犯罪多発を理由に「治安悪化」を訴え、渡航自粛を呼びかけていることだ。これに対し日本の外務省は、過去3年に国内で中国国籍の人が被害者となった殺人、強盗、放火の認知件数は減少傾向にある統計をSNSで紹介し、否定している(11月21日付)。

中国側は高市総理に発言撤回を求めて攻勢をかけているが、総理は応じる様子を見せていない。むしろ、この総理の動じない態度に国民は支持を寄せている。直近の世論調査の内閣支持率でそれが分かる。日経新聞の世論調査(11月28-30日)では内閣を「支持する」が75%となり、「支持しない」18%をはるかに上回った。10月の内閣発足後、2ヵ月連続で7割台の高い支持率を維持している。読売新聞の世論調査(11月21-23日)でも内閣支持率は72%だった。

国家のあり方に関わるこの台湾事案。高市総理は発言を撤回したり、外交的な小細工を講じない方がいい。一貫した姿勢に国民は信頼を寄せている。それが数字となって表れている。

⇒1日(月)午後・金沢天気   くもり時々あめ

★被災地と地域FM 被災者の安心感にこだわった新潟の事例

★被災地と地域FM 被災者の安心感にこだわった新潟の事例

前回ブログの続き。被災地とFMラジオの役割を調査したことがある。2007年7月16日に震度6強の新潟県中越沖地震が発生した際、柏崎市のコミュニティー放送「FMピッカラ」のスタッフは臨機応変な対応をしたことで評価されていると金沢のFMスタッフから話を聞いたことがきっかけだった。現地を訪れたのは3ヵ月後の10月21日。柏崎駅前の商店街の歩道はあちこちでひずみが残っていて歩きにくく、復旧は半ばという印象だった。FMピッカラはそうした商店街の一角にあった=写真、当時=。

ヒアリングに対応してくれたのはパーソナリティーの船崎幸子さんだった。FMピッカラの公式サイトをチェックするとあれから18年になるが現役のパーソナリティーとして頑張っておられるようだ。震災当日の話はリアリティがあった。祝日の午前の静けさを破る揺れがあったのは午前10時13分だった。その1分45秒後には、「お聞きの放送は76.3メガヘルツ。ただいま大きな揺れを感じましたが、皆さんは大丈夫ですか」と緊急放送に入った。午前11時から始まるレギュラーの生番組の準備をしていたタイミングだったので立ち上がりは速かった。

通常のピッカラの生放送は平日およそ9時間だが、災害時の緊急編成は24時間の生放送とした。柏崎市では75ヵ所、およそ6000人が避難所生活を余儀なくされた。このため、市の災害対策本部にスタッフを常駐させ、被災者が当面最も必要とする避難所や炊き出し時刻、物資の支給先、仮設浴場の場所、開店店舗の情報などライフライン情報を中心に4人のパーソナリティーが交代で流し続けた。

なるほどと思ったのは、行政からの一方的な情報を流すのではなく、市民からの声を吸い上げることでより被災者にとって価値のある情報として伝えたいという想いだった。たとえば、水道やガスの復旧が遅れ、夏場だけに洗髪に不自由さを感じた人も多かった。「水を使わないシャンプーはどこに行けばありますか」という被災者からの質問を放送で紹介。すると、リスナーから「どこそこのお店に行けばあります」などの情報が寄せられた。行政から得られない細やかな情報だった。また、知人の消息を知りたいと「尋ね人」の電話やメールも寄せられた。放送を通して安否情報や生活情報をリスナー同士がキャッチボールした。

24時間放送の緊急編成は8月25日まで続けた。この間、応援スタッフのオファーも他のFM局からあったが、4人のパーソナリティーは交代しなかった。「聞き慣れた声が被災者に安心感を与える」(船崎さん)という理由だった。このため、リスナーから「疲れはないの、大丈夫ですか」とスタッフを気遣うメールが届いたほどだった。この話を聞いて、被災地での地域メディアの果たす役割について考えさせられた。

⇒29日(土)夜・金沢の天気  はれ

☆能登被災地・町野のFMラジオ NHK連続ドラマのモデルに

☆能登被災地・町野のFMラジオ NHK連続ドラマのモデルに

能登がNHKの連続ドラマの舞台となるのは2015年放送の『まれ』以来ではないだろうか。NHKの公式サイトによると、来年2026年春放送の連続ドラマ『ラジオスター』の制作が能登の輪島市で始まり、NHKはきのう(27日)出演者のコメントを発表した。

ドラマは、主人公の柊カナデ(福地桃子)は大阪で働いていて、恋人の故郷である能登を旅行中に地震に遭い、避難所で松本功介(甲本雅裕)の世話になる。松本はコメ農家で米粉を使ったパン屋を営んでいたものの、地震と豪雨で田んぼと店を失い、妻と息子とは離れて暮らしていた。カナデはボランティアとして再び能登に入り、松本と再会する。そのころ、地元では笑えるFMラジオを開設する話で盛り上がり、番組づくりの経験がない主婦の小野さくら(常盤貴子)ら町の人たちが集まっていた。予算もない、スタジオもない、電波もない状況だが、気持ちは盛り上がる。そんな中で、恩人の松本からの頼みでカナデがラジオのパーソナリティーを担当することになる、というストーリーだ。

出演者のコメントによると、福地は「演じるカナデも生まれも育ちも別の場所で、いろいろなご縁があって能登にやって来ます。この町の人ではない彼女だからこそ、ドラマを見る人の心に届けられるものがあると信じています」とアピールした。甲本は「僕らはうつむいている場合ではなく、このドラマを明るくて楽しい作品にしないといけないなと思っています」と語った。『まれ』にも出演した常盤は「1ヵ月ぶりに能登を訪れて、いまの能登は(被災した建物の)解体が終わって時間がたち、『さて、ここからどうしよう』という局面に立たされているんだなと感じました。今だからこそ、みんなで盛り上げていきたい」と能登にエールを送った。

連続ドラマ『ラジオスター』にはモデルがある。輪島市町野町には地元の有志らがことし2月23日に臨時に開設したFMラジオがあり、当日、その様子を見学に行った。被災地のこうしたFM放送は「災害FM」と呼ばれ、災害の軽減に役立つ情報を伝える目的で開局が可能だ。この日は公開スタジオが設けられ、元NHKアナウンサーの女性とフリーパーソナリティの男性が司会を務め、地元の住民がゲスト出演していた=写真=。主催する団体「町野復興プロジェクト実行委員会」ではその後、クラウドファンディングなどで開業資金を集め、7月7日に「まちのラジオ」のネーミングで開局にこぎつけた。農家や医師、消防士など10人のボランティアが、パーソナリティも含めた運営を担っている。

被災者にとっては「情報こそライフライン」である。NHKの連続ドラマがさらに後押しとなって、地域の人たちの輪をつなぐ和やかなラジオ局となることに期待している。

⇒28日(金)夜・金沢の天気   あめ