★「高市ショック」盟友・馳氏の知事選落選 敗北の要因はどこに
まさに高市ショックではないだろうか。「台湾有事答弁」、「カタログギフト配布問題」、「SANAE TOKEN(サナエトークン)」に続いて、「盟友馳氏の石川県知事選落選」。きのう8日投開票の石川県知事選で、高市総理が支援した元文科大臣で現職の馳浩氏が、前金沢市長で新人の山野之義氏に6110票の僅差で敗れた。政権発足後、知事選で自民推薦の候補者が敗れたのは今回が初めてとなった。

知事選をめぐっては高市総理にもう一つのショックも。高市氏は2月28日、旧安倍派で旧知の仲の馳氏の知事選の応援に駆け付けた。午後6時から金沢市にあるホールで開催された集会に参加し、演説した。現職の総理が現地入りして地方選を応援するのは異例とのことだった。ところが、SNSなどでは「日本の首相がそんなところ(金沢)に行っていいのか」と批判が相次いだ。というのも、公邸を出発する直前に、アメリカとイスラエルによるイラク攻撃が始まったのだ。このため、政府の国家安全保障会議はその日の夜に後回しになった。このことが、公務より政治活動を優先したことの判断はいかがなものか、と批判を浴びることになった。(※写真は、山野之義氏の知事選初当選を報じる9日付・地元新聞各紙)
今回の石川県知事選は2024年元日の能登半島地震後、初めての知事選だった。このため、能登の復旧・復興が主な争点となった。その知事選でなぜ現職の馳氏が敗北を喫したのか。ある意味で、馳氏に1期4年間の県政運営に厳しい審判が下ったことになる。選挙戦では、自民や維新、連合石川社民県連合、非自民・非共産でつくる県議会会派「未来石川」などから幅広い支持を受けていた。そして、県内19市町長の支援を受け、「オール石川」といえる盤石な態勢で選挙に挑んだ。選挙期間中、高市総理をはじめとして20人以上の国会議員が応援に駆け付けるなど、「国とのパイプ」をアピールした。しかし、能登復興の具体的な施策については、有権者には見えてこなかった。
一方の山野氏は3期11年務めた金沢市長としての実績や、働いていた民間企業(ソフトバンク)での経験などを売りに、「まっすぐ県民目線」をスローガンに掲げていた。能登地震の被災者の声に耳を傾けたいと、「奥能登に知事室を設置する」と具体的な施策をアピールした。選挙戦では妻や長男が前面に立ち、多数のボランティアがビラ配りをするなどして浮動票を取り込んだ。まさに、「組織対個人」の構図が浮かんだ選挙だった。
当日午後11時45分ごろに、テレビメディアで「山野氏の当選確実」の選挙速報が流れた。テレビ中継でその時の様子が映し出されていたが、馳氏は「能登の復興は道半ばで、今回の結果を厳粛に受け止めたい」と込み上げる悔しさをこらえるように両手を固く握り締め、何度も大きく息を吐いていた。
県の選挙管理員会はあす10日に開かれ、山野氏の当選を決定して告示する。任期は今月27日から2030年3月26日までとなるようだ。
⇒9日(月)夜・金沢の天気 くもり
























