★イラク最高指導者ハメネイ師の「死亡」と「殺害」の違いは何か

きょうは二十四節気の一つ、啓蟄(けいちつ)。冬ごもりしていた土の中の虫たちが動き出すころと言われる。虫だけではない、人もそわそわしだす。自身も無性にドライブがしたくなり、きのう能登半島の中ほどに位置する千里浜(ちりはま)に車を走らせた。乗用車やバスで走行できる海岸は世界で3ヵ所と言われる。アメリカ(フロリダ半島)のデイトナビーチ、ニュージーランド(北島)のワイタレレビーチ、そして能登半島の千里浜だ。波打ち際を車で走ると爽快な気分になる。夕方5時ごろだったので、分厚い雲の隙間から夕陽が差し込み始めていた。なんともスピリチャルな気分を感じさせる光景だった=写真・上、4日午後5時ごろ撮影=。
話は変わる。アメリカとイスラエルによるイランへの軍事攻撃で、最高指導者アリ・ハメネイ師が死亡した。メディア各社の報道によると、ハメネイ師は1989年から37年間、イランの国防を含む国家の頂点に君臨し、徹底した反欧米の強硬姿勢を貫いてきた。ハメネイ師の死について、アメリカのトランプ大統領は2月28日のSNS「トゥルース・ソーシャル」で、「歴史上最も邪悪な人物の一人、ハメネイが死んだ」と投稿。「これはイラン国民だけでなく、すべての偉大なアメリカ国民、そして世界中の多くの国の国民にとっても正義だ」と強調した(1日付・BBCニュース日本版)。

ところが、ハメネイ師の死をめぐって、二通りの記事表現に分かれていることに気が付いた=写真・下、2日付の各紙=。写真は各紙の一面記事(2日付)。読売は「ハメネイ師死亡」と黒ベタ白抜きで報じている。一方、朝日と日経は「イラン最高指導者殺害」の見出しだ。読者とすれば、「死亡」と「殺害」では、印象がまったく異なる。つまり、ハメネイ師がいる時間と場所を狙って爆撃したのであれば「殺害」だろう。ところが、「死亡」は爆弾を落とした場所にたまたまハメネイ師がいて亡くなった。極端に言えば、そのようなイメージの違いある。記事では亡くなった詳細な経緯は記されていない。
このニュースで思い起こすのが、アメリカ軍の特殊部隊による「チークナイフ(Teak Knife)」、別名「斬首作戦」だ。アメリカ軍は「戦犯」とみなした相手には容赦しない。ニューヨークの同時多発テロ(2001年9月11日)の首謀者とされた、国際テロ組織「アルカーイダ」の中心人物、オサマ・ビン・ラディンに対する斬首作戦はその典型的な事例だろう。2011年5月2日、アメリカ軍特殊部隊がパキスタンのイスラマバードから60㌔ほど離れた潜伏先をステルスヘリコプターなどで奇襲し殺害。DNA鑑定で本人確認がなされた後、アラビア海で待機していた空母カール・ビンソンに遺体が移され、海に投げて「水葬」とした。
なぜ海なのか。遺骨が遺族に返還され、墓がつくられることになれば、その墓が将来、聖地化や崇拝の地になることを想定しての処置なのだろう。「死をもって罪をあがなう」という発想ではなく、存在したことの証明すら許さないのが斬首作戦の決め手のようだ。
今回のハメネイ師の死については、斬首作戦だったとは言い切れない。DNA鑑定で本人確認がなされたわけではなく、本人の遺体が現在どこにあるのかも報じられていない。ただ、当初はハメネイ師の死を否定していたイラン国営テレビが現地時間3月1日早朝、ハメネイ師が亡くなったと報じたことで死が事実として認定されるようになった。なので、報道する側では意見が分かれのだろう。朝日と日経は詳細は別にして、ハメネイ師の暮らす施設を狙って爆撃し、死亡したのであれば「殺害」の表現でよい、と。一方、読売では斬首作戦であったと言い切れないのであれば、「殺害」というより、むしろ「死亡」という表現に留めておきたい。そのような経緯だったのだろうか。
⇒5日(木)午後・金沢の天気 くもり

























