☆能登半島に北朝鮮の漂流船 不穏な動きの前触れなのか
日本海に不穏な動きの前触れなのか。20日前の1月27日に北朝鮮は日本海に向けて、2発の弾道ミサイルを発射した。落下したのは北朝鮮東岸付近で、日本のEEZ(排他的経済水域)外だった(防衛省公式サイト)。この日は衆院選の公示日でもあったので、「高市内閣に対する北の嫌がらせ」と見る向きもあった。そして、海にも不穏な動き。
金沢海上保安部は13日、能登半島の中ほどに位置する羽咋(はくい)市滝町の海岸に木造船が漂着しているのを見つけた。船は長さ6.4㍍、幅1.5㍍で、船体全体にコールタールのような塗料が塗られていた。船体にハングルのような文字や数字が記されており、北朝鮮籍の船とみられる(地元メディア各社の報道)。

きょう午後、木造船の漂着現場を見てきた。ごつごつとした岩が海面に突き出ていて、その岩に挟まるように船は裏返しに漂着していた。接岸したのではなく、日本海で難破して漂着したのだろうか。遺体などは見つかってはいない。この地は「寺越事件」のあった場所と近い。(※写真は、羽咋市滝町の沿岸のサイクリングロードから撮影=15日午後1時35分ごろ)
政府は拉致事件として認定していないが、1963年5月11日、能登半島の志賀町沖に刺し網漁に出た寺越昭二さん(当時36歳)、寺越外雄さん(同24歳)、寺越武志さん(同13歳)の3人が行方不明となり、船だけが沖合いで発見された。1987年1月22日、外雄さんから姉に北朝鮮から手紙が届いて生存が分かった。2002年10月3日、武志さんは朝鮮労働党員として来日し、能登の生家で宿泊した。武志さんは「自分は拉致されたのではなく、北朝鮮の漁船に助けられた」と拉致疑惑を否定している。このケースは、北朝鮮の工作船と遭遇したため連れ去られた「遭遇拉致」と見られている。
今回見つかった北朝鮮の船は接岸した船ではないとなると、脱北者が船に乗って逃げ出し、途中でガソリンが切れたり、エンジンが止まったまま漂流していたのだろうか。北朝鮮の船が大陸沿いのリマン海流、そして対馬暖流に乗って能登半島などに漂着した事例がこれまでもあった。もし今後、北朝鮮から漂流船が相次ぐとなると、ただ事ではなくなる。中には生存者もいて、難民としてどう受け入れるか、影響は計り知れない。武装した難民がいたらどうする。日本海側に住むがゆえの胸騒ぎではある。
⇒15日(日)夜・金沢の天気 あめ























