★冬に咲く寒紅梅の彩り トランプ流「ドンロー主義」の赤ネクタイ

★冬に咲く寒紅梅の彩り トランプ流「ドンロー主義」の赤ネクタイ

冬に咲く梅の花のことを「寒紅梅」と呼ぶ。金沢の中心街にある尾山神社の寒紅梅はとくに早咲きで=写真・上、8日午後4時ごろ撮影=、参拝がてら多くの人々が観賞に訪れている。寒冷前線が活発なこのころ、小さな花をさりげなく咲かせる寒紅梅を眺めると心が安らぐ。

もう14年も前の話だが、寒紅梅を見て俳句を詠んだことがある。「蔵人の 麹揉む手や 庭の梅」(2012年1月句会)。造り酒屋を訪ねると、ムッとする麹室(こうじむろ)の室温は43度を指していた。蔵人(くらんど)=酒蔵の職人=が床で蒸し米を揉みほぐし、種麹が入った缶を持った手を高く上げて、揉み床に沿って移動しながら缶を振り、麹の胞子(種)をまいていく。根気の入る仕事だ。麹室から出て、酒蔵の庭を見ると寒紅梅が咲き始めていて、麹を揉む蔵人のほてった赤い手と同じ色だと思った。

話は変わる。アメリカのトランプ大統領の疑心暗鬼は特に外交分野などに及んでいて、国連に対して警戒感を募らせている。国際機関の有効性や費用、説明責任について繰り返し疑問を呈していた。「アメリカの利益にかなっていない」と。その第一弾が就任早々の去年2月にWHO(世界保健機関)から脱退すると表明し、大統領令に署名した。発効は1年後なので、まもなく1月22日に脱退する。その後も、国連への資金提供を削減し、国連人権理事会へのアメリカの関与を停止、UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)への資金提供を停止、ユネスコ(国連教育科学文化機関)からも脱退した。(※写真・下は、トランプ大統領による国連機関の脱退を伝えるBBCニュースWeb版)

さらにトランプ氏はきょう(8日・日本時間)、アメリカの国益に反するとして、31の国連機関と35の非国連組織からの脱退や資金拠出を停止するよう各省庁に指示する大統領覚書に署名した。UNFCCC(国連気候変動枠組条約)やUN Women(ジェンダー平等と女性のエンパワーメントに取り組む国連女性機関)、UNFPA(家族計画と母子保健に焦点を当てた国連人口基金)、UNU(国連大学)などだ。トランプ氏は2025年9月の国連総会での演説で、国連が紛争解決で機能していないと批判していた。これは、あえて世界に介入しないトランプ流のモンロー主義(通称「ドンロー主義」)なのか。

イギリスのBBC(8日付)は「Trump withdraws US from key climate treaty and dozens of other groups」の見出しの記事で=写真・下=、ある意味でアメリカの国内問題でもあると指摘している。「アメリカ合衆国憲法では、大統領は『出席した上院議員の3分の2が同意』した場合に国際条約に加盟できると定めているが、脱退する場合については明記していない。そのため、今回の動きは法的な異議に直面する可能性がある」(日本語版)。意訳すれば、脱退するのは簡単かもしれないが、政権が代わって加盟を求めるとなると、これはこれで大変。アメリカの大きな国内問題になるかもしれない、と解釈した。

⇒9日(金)午前・金沢の天気  ゆき

☆トキ放鳥は6月に続き9月も 能登各地で「トキよ来い」と取り組み

☆トキ放鳥は6月に続き9月も 能登各地で「トキよ来い」と取り組み

今月4日付のブログ「国の特別天然記念物トキ 能登での放鳥まであと6ヵ月」の続き。石川県の馳知事は先日5日の年頭記者会見で能登で実施される国の特別天然記念物トキの放鳥について、予定している6月に加え、9月にも実施することを明らかにした。環境省の決定を受け、馳知事が報告した。9月の放鳥場所はまだ未定のようだ。地元メディア各社が報じている。

能登での1回目の放鳥は6月上旬ごろに羽咋市南潟地区(邑知潟周辺)で実施される。知事の説明によると放鳥式を同市の余喜グラウンドゴルフ場で実施しする。皇族を招く予定で交渉中のようだ。放鳥を予定しているトキは佐渡市で順化訓練を受けた個体で、15羽から20羽を予定している。9月に放鳥予定のトキは5羽から10羽で、場所や方法については、国や専門家からの助言を受け、県や能登の市町、JAなど関係団体でつくる「能登地域トキ放鳥受入推進協議会」で決めていくようだ。(※写真は、輪島市三井町洲衛の空を舞うトキ=1957年、岩田秀男氏撮影)

トキの放鳥をめぐって地域の人たちのいろいろな取り組みが動き出している。奥能登に位置する穴水町は、「本州で最後の一羽」と呼ばれたオスの「能里(のり)」が1970年に捕獲された場所だ。穴水町では、トキ復活を心待ちにする人たちが「能登トキファンクラブ」を設立し、エサ場になる池を自分たちで掘って環境整備や生き物の生息調査を行っている。

輪島の白米千枚田でも新たな取り組みが始まっている。棚田を耕す愛耕会では、去年から農法を除草剤などの農薬を使わない無農薬栽培に切り替えた。6月にトキが放鳥されることを意識した取り組みで、トキのエサとなるドジョウやメダカなどが繁殖する田んぼづくりくりに転換した。除草剤などの農薬を使わないとなると草取りなどに手間ひまがかかるのは言うまでもない。コメの収穫量も減るだろう。それでもトキが訪れる棚田にしたいという想いが募っているようだ。コメの収穫量が減ることになったとしても、千枚田の無農薬米が市場に出回れば、「千枚田のトキ米」として一気にブランド化するのではないだろうか。

本州最後の野生のトキが棲息していた能登では、トキはドゥと呼ばれれていた。水田に植えた苗を踏み荒らす「害鳥」とされ、ドゥとは「ドゥ、ドゥと追っ払う」という意味である。昭和30年代、地元の小学校の校長らがこれは国際保護鳥で、国指定の特別天然記念物のトキだと周囲に教え、仲間を募って保護活動を始めた。それでも能登ではトキは減っていった。時代は流れ、いまは逆にトキが舞い降りる田んぼにしようと各地で工夫を凝らす動きが出ている。トキの放鳥は、トキと共に能登半島が元気になっていくスタート地点なのかも知れない。

⇒8日(木)午前・金沢の天気   あめ

★「二重災害」能登の人口13%減、自治体職員も1割減るという現実

★「二重災害」能登の人口13%減、自治体職員も1割減るという現実

きのう(6日)午前10時18分、鳥取県と島根県で最大震度5強の地震があった。震源地は島根県東部で震源の深さは11㌔、マグニチュード6.4だった。気象庁の記者会見によると、同地域での震度5強の地震は、2000年10月の揺れ(M7.3)以来となる。今回、特徴的だったのは、建物の高層階を大きく揺らす「長周期地震動」の階級4が鳥取県西部で観測されたこと。階級4は最も強い揺れの位置付けで、「はわないと動くことができない」とされる。

ネットなどでは南海トラフ巨大地震の前兆ではないかとの書き込みが飛び交っている。過去には鳥取地震が1943年9月にあり、翌1944年12月に東南海地震が、1945年1月に三河地震、1946年12月に南海地震と、1年ごとに連続した。当時は「終戦前後の4大地震」と呼ばれていた。気象庁はきのうの記者会見で「今後1週間程度は、震度5強の地震が発生する可能性がある。とくに今後2、3日はさらに強い地震が起きる可能性もある」と注意を呼びかけていた。

話を能登半島地震のその後に替える。2024年元旦の震災以降、人口減少が止まらない。石川県の統計情報室が今月5日に発表した12日1日時点の県内の人口と世帯の推計結果によると、地震と9月の記録的な大雨に見舞われた奥能登4市町(輪島、珠洲、穴水、能登)では人口が7503人減って4万7710人となり、13%減少した。自治体でチェックすると、震源地となった半島尖端の珠洲市では震災当日の1月1日は1万1721人だったが、1年11ヵ月後の12月1日時点で9640人となり、減少率は17.8%となった。最大震度7が観測され、豪雨では48時間で498㍉が降った輪島市は2万1903人から1万8535人に減り、15.4%の減少率となった。(※写真は、輪島市の被災地に掲げられていた鯉のぼり。復興への願いを込めた旗印のようにも思えた=2024年5月4日撮影)

さらに深刻なのは自治体職員の退職かもしれない。日経新聞の調査報道(12月5日付)によると、地震や豪雨で大きな被害が出た輪島、珠洲、能登町の3市町の去年11月1日時点の職員数(行政職や公立病院の看護師など)は、震災当日と比べて1割(計138人)減ったことが分かった。二重被災による業務負担の増加などが背景にあるとみられる。これを裏付けするような調査もある。

自治労石川県本部が去年10月3日に発表した、輪島と珠洲両市など5市町の職員を対象に実施したメンタルヘルス(心の健康)に関するアンケート調査(回答523人)では、71・8%が「仕事を辞めたいと思ったことがある」との回答だった。退職を考えた理由(複数回答)は「業務量の増加」が51・8%と最多で、「身体的・精神的不調」「今の生活への不安」が続いた。また、精神的な不調があると答えた人は43・1%に上った。記者会見した自治労の委員長は「二重被災で職場環境が悪化しており、人員を増やすなど対策が必要」と述べた。暗くて悲しくなる数字を並べた。ただ、これは現実だ。

⇒7日(水)午後・金沢の天気   あめ

☆ベネズエラ攻撃の翌日、北朝鮮が日本海に向け極超音速ミサイル

☆ベネズエラ攻撃の翌日、北朝鮮が日本海に向け極超音速ミサイル

正月から世の中がざわざわしている。アメリカのトランプ大統領は3日、南米ベネズエラの首都カラカスを空爆し、マドゥロ大統領夫妻を拘束した。トランプ氏はマドゥロ氏を「麻薬カルテルのボス」と呼び、アメリカへの麻薬密輸を阻止するという名目で去年9月からベネズエラ近海での船舶を攻撃を繰り返してきた。また、原油埋蔵量世界一のベネズエラを含む中南米では、アメリカが中国やロシアと勢力圏を争っている。地域の地政学リスクを高め、原油市場にも影響を及ぼす可能性が出てきた(メディア各社の報道)。

トランプ氏によるベネズエラ攻撃の翌日(4日)、北朝鮮は弾道ミサイルの発射した。防衛省公式サイトによると、北朝鮮は午前7時54分ごろと8時5分ごろの2回発射した。北朝鮮西岸付近から、東方向に向けて発射した。落下したのは日本海のEEZ(排他的経済水域)外と推定されている。弾道ミサイルは変則軌道で飛翔した可能性がある。1発目も2発目も最高高度約50㌔で、それぞれ約900㌔、約950㌔飛翔した。(※写真・上は、2022年1月12日付・朝鮮新報で掲載された北朝鮮の極超音速ミサイル)

北朝鮮が弾道ミサイルを発射するのは2025年11月7日以来。北朝鮮の国営「朝鮮中央テレビ」は金総書記の立ち会いのもと、「極超音速ミサイル」の発射訓練を実施したと5日伝えた。訓練は、任務の遂行能力の検証や確認などのためとしていて、首都ピョンヤンから発射されたミサイルは、1000㌔先の日本海上の目標に命中したとしている。金氏は「ミサイル兵たちはわが国の核武力の準備態勢を遺憾なく示した」と評価した(5日付・NHKニュース)。今回、北朝鮮は韓国の李大統領が中国を訪問するタイミングで発射した。韓国側は、朝鮮半島の平和について中国と議論したいと表明している。北朝鮮側の狙いは何なのだろうか。(※図は、防衛省が4日に発表した極超音速ミサイルの落下推定場所)

日本海側に住む者にとって、北朝鮮が日本海に向ける弾道ミサイルに不穏さに感じる。2023年6月15日、北朝鮮はEEZ内に撃ち込み、能登半島の尖端の輪島市の舳倉(へぐら)島の北北西およそ250㌔に落下させている。2017年3月6日、北朝鮮は「スカッドER」とされる中距離弾道ミサイル弾道を4発を発射し、そのうちの1発を輪島市から北200㌔㍍の海上に落下させている。同市にある高洲山(567㍍)の山頂には航空自衛隊輪島分屯基地のレーダーサイトがある。このレーダーサイトには航空警戒管制レーダーが配備され、日本海上空に侵入してくる航空機や弾道ミサイルを24時間監視している。北朝鮮はこれを意識しているのか。

⇒6日(火)午前・金沢の天気   くもり時々ゆき

★能登地震で倒壊の重文「上時国家」 復旧に向けて動き出す

★能登地震で倒壊の重文「上時国家」 復旧に向けて動き出す

この家屋が国の重要文化財に指定された際に、「江戸末期の民家の一つの到達点」との評価を受けていた。それが2024年元日の能登半島で倒壊した。震災以降で何度か立ち寄ったが手付かずの状態が続いていた。確かに、重要文化財だと再建に向けた準備と段取りに相当な時間がかかることは想像に難くない。それがようやく動き出すようだ。

日本史で知られる平氏と源氏が一戦を交えた壇ノ浦の戦い(1185年)。平家が敗れて一族の平時忠(※平清盛の後妻である時子の弟)が能登に流刑となり、その子孫が輪島市町野地区に根付いて製塩業や海運業など営み、現在も2軒の時国家が継承されている。

2軒の住宅(国の重要文化財指定)のうち上時国(かみときくに)家の入母屋造りの主屋は約200年前に造られ、間口29㍍、高さ18㍍に達する。それが能登半島地震で倒壊。さらに、同年9月の記録的な大雨では裏山が崩れ、敷地全体に被害が及んだ。

厚さ1㍍にもおよぶ茅葺の屋根が地面に覆いかぶさるように倒壊した。上時国家の古文書8千点余(石川県指定文化財)も主屋と離れを結ぶ廊下に保管されていたが、家屋の下敷きとなった。それを国立文化財機構文化財防災センターのスタッフや石川県教委の職員、大学教授ら20人でレスキュー活動を行い運び出した。

能登の歴史を語る古文書などは何とか救出できたが、家屋そのものが2年間手付かずの状態だった。地元メディアの報道(今月2日付)によると、新年度から本格的に復旧に向けて動き出すことなり、上時国家近くに現地事務所が設けられるようだ。文化財復旧のための設計管理は公益財団法人「文化財建造物保存技術協会」(東京)が行う。

 文化財の復旧作業は解体した部材を取り出し、それぞれがどの位置にあったかを示す印をつけて管理していく作業が進められる。建築設計図などがないことから、一つ一つの部材が建物のどの部分に使われていたかを類推しながらの作業となる。このため、11年の工期を要するプロジェクトになり、復旧に関わる費用は30億円を超えるようだ。

(※写真・上は、上時国家の賓客をもてなす「大納言の間」=2010年8月撮影。写真・下は、能登地震で倒壊した上時国家の主屋など=2024年2月撮影)

⇒5日(月)午前・金沢の天気  

☆国の特別天然記念物トキ 能登での放鳥まであと6ヵ月

☆国の特別天然記念物トキ 能登での放鳥まであと6ヵ月

ことし石川県でのビッグイベントと言えば、6月に予定されている能登でのトキの放鳥ではないだろうか。日時の詳細はまだ発表されていないが、放鳥する場所は能登半島の中ほどにある邑知潟(おうちがた)周辺=羽咋市南潟地区=と決まっている。本州で初となるトキの放鳥だけに注目されるだろう。

この場所は環境省の専門家による調査などを経て、決定したようだ。選ばれた理由は大きく二つある。一つは、邑知潟を中心に羽咋市南潟地区には2㌔圏内の水田面積が1185㌶あり、放鳥が予定される15羽から20羽のエサ場としても十分な広さがある。もう一つが、地形が佐渡の地形とよく似た場所とされる。潟と平野を挟むように眉丈山系と石動山系があり、トキがねぐらをつくる場所として適している。また、新潟県佐渡から飛来したとみられるトキの姿が2011年以降たびたび目撃されていて、2013年には5ヵ月間ほど住み続けたことなども評価されたようだ。(※写真・上は、輪島市三井町で営巣していたトキの親子=1957年、岩田秀男氏撮影)

かつて能登はトキの生息地だった。眉丈山では1961年に5羽のトキの棲息が確認されている。ところが、田んぼでついばむドジョウやカエルなどのエサは農薬にまみれていた。眉丈山のほかにもいた能登のトキは徐々に減り、「本州で最後の一羽」と呼ばれたトキが1970年に捕獲され、佐渡の環境省トキ保護センターに繁殖のために送られた。ところが、翌年1971年3月、鳥かごのケージの金網で口ばしを損傷したことが原因で死んでしまう。「能里(のり)」という愛称で呼ばれていたオスだった。(※写真・下は、羽咋市南潟地区の邑知潟と水田。左の山並はかつてトキが生息していた眉丈山)

こうした経緯があり、石川県と能登9市町は環境省に能登でのトキの放鳥を働きかけてきた。国連が定める「国際生物多様性の日」である5月22日を「いしかわトキの日」と独自に定め、県民のモチベーションを盛り上げてきた。そして能登9市町は「トキ放鳥推進モデル地区」を独自の取り組みとして設け、いつトキが舞い降りてもいいように受け皿をつくっている。一連の熱心な動きが環境省で評価され、ことし6月の能登での放鳥につながったとされる。

トキのゆかりの地でもある眉丈山と邑知潟に再びトキが舞う日がやってくる。能登半島地震の災害からの復興のために石川県が策定した『創造的復興リーディングプロジェクト』の13の取り組みの中に、「トキが舞う能登の実現」が盛り込まれている。トキが舞う能登を震災復興のシンボルとしたい。能登の人たちの願いがいよいよ動き出す。

⇒4日(日)午前・金沢の天気     くもり 

★北陸の雪いよいよ本降り 食材の価格高騰か、おせち料理に変化

★北陸の雪いよいよ本降り 食材の価格高騰か、おせち料理に変化

この冬で初めての本格的な雪の降り方だ。自宅の庭は30㌢ほどの積雪になっている。五葉松の枝にはこんもりと覆いかぶさるように積もっている=写真・上、午前8時ごろ撮影=。雪吊りがなかったから枝が折れていたかもしれない。とりあえず、人が通れる幅で「雪すかし」を行った。

気象庁は警報級の大雪の恐れがあると発表している。日本付近は冬型の気圧配置となっており、本州付近の上空5500㍍にはマイナス36度以下の強い寒気が流れ込んでいる。日本海側を中心に大雪となっていて、きょう3日午前6時から24時間の降雪量の予想は、北陸地方で40㌢とさらに雪が積もる。いよいよ冬将軍の到来か。

先月26日付のブログでも述べたが、雪すかしには「暗黙のご近所ルール」がある。何㌢以上の積雪があると町内が一斉に除雪するというルールや当番がいるわけではない。町内の児童たちが登校する前の午前7時ごろ、ご近所の誰かが、スコップでジャラ、ジャラと雪すかしを始めるとそれが合図となり、ご近所の人たちもスコップを持って家から出てる。「よう降りましたね」「冷え込みますね」と朝のあいさつを交わす。いつの間にかご近所が一斉に雪すかしをしている。そんな暗黙のル-ルだ。ただ、きょうは正月なので学校は休み。スコップのジャラ、ジャラという音は1ヵ所でしか聞こえなかった。

話は変わる。この正月、おせち料理を堪能した=写真・下=。例年、金沢市内のホテルから取り寄せている。家族で分け合って食べたが、ちょっとした変化に気が付いた。例年ならば身を詰めたカニの甲羅が入っているのに、ことしはエビが2つ。アワビの煮ものはなく、巻貝が2個。数の子などは例年通りだが、具材の一部が替わっている。価格は例年並み。味に問題があるわけではない。ということは、食材の価格が高騰しているのだろうか。

参考までに農林水産省の公式サイトをチェックすると、先月12月の食品価格動向調査(魚介類)では、エビとブリがそれぞれ高くなっている。エビは前月比で4%、平年比で10%、ブリは前月比で21%、平年比で32%だ。カニやアワビも高騰しているのだろうか。円安の影響なのだろうか。そんなことを思いながら正月のおせち料理を味わった。

⇒3日(土)午前・金沢の天気   くもり

☆能登半島地震から2年、犠牲者700人余 花を手向け追悼式

☆能登半島地震から2年、犠牲者700人余 花を手向け追悼式

大晦日の昨夜、NHKの番組『紅白歌合戦』を視聴していると、地震速報のテロップが入った。「午後11時27分ごろ東北地方でやや強い地震がありました」と。岩手県沖で発生したマグニチュード(M)5.7の地震で、盛岡市で最大震度4だった。東北の人々にとっては恐怖だったろう。それにしても年末を締めくくる番組の大トリの場面で地震か、と。北陸に住む自身は「嫌がらせ」のように感じた。2024年の能登半島地震は元旦だったので、つい関連付けて「大晦日と元旦に事を起しやがって」と思った次第。とは言え、ことしの干支は午(うま)。「人間万事塞翁が馬」という座右の銘がある。安易に一喜一憂しないことだ。

元旦のきょう、能登半島地震と奥能登豪雨(2024年9月)で亡くなった人たちを弔う追悼式が輪島市にある能登空港に隣接する日本航空学園キャンパス体育館で営まれた。また、能登地区の市役所や町役場、そして石川県庁(金沢市)など10ヵ所で献花台が設けられ、自身も県庁で黙とうを捧げてきた。献花台の横にはテレビモニターが設置され、輪島での追悼式の様子がリアルタイムで映し出されていた。(※写真は、石川県庁に置かれた献花台で黙祷をささげる人たち)

追悼式では、馳知事や地震当時の総理大臣だった岸田文雄議員が追悼の言葉を述べていた。印象的だったのは遺族代表の中山真さんの語りかけるような言葉だった。中山さんは輪島市町野町に住み、地震で自宅が全壊する被害を受け、さらに豪雨災害では当時31歳の姉を亡くした。地域の絆(きずな)を語り合いで繋いでいきたいと、被災地のFM放送である「災害FM」の立ち上げに関わり、現在、パーソナリティーを務めている。中山さんは「今後もラジオを通して震災や豪雨で大切な人を亡くした悲しみを抱える方に寄り添いたい」「姉は空の上から聴いてくれていると信じている」と述べていた。

この後、地震が発生した午後4時10分に合わせて1分間の黙とうをささげた。引き続き、オーケストラアンサンブル金沢のメンバーによる弦楽奏がしめやかに流れる中で献花が行われ、参列した人たちが花を手向けて犠牲者を悼んだ。

地震による犠牲者は2025年12月25日時点で、石川、富山、新潟3県で計703人(直接死228人、災害関連死475人)。石川県内では、関連死の審査を待つ人が12月末時点で251人いて、さらに増える可能性がある。また、輪島市では2人が行方不明となっている。豪雨では災害関連死を含めて20人が亡くなっている。

住宅被害は、3県に福井を加えた4県で計16万5千棟にのぼり、うち石川県内は11万6千棟となっている。石川県内では半壊以上の建物で、申請のあった4万4千棟の公費解体をほぼ終えている。石川県内の被災者で、仮設住宅で暮らす人は9135世帯・1万8586人にのぼる(12月1日時点・石川県生活再建支援課まとめ)。

⇒1日(木)夜・金沢の天気   ゆき

★ゆく年くる年、能登地震から2年⑤~震災の犠牲者を追悼する除夜の鐘

★ゆく年くる年、能登地震から2年⑤~震災の犠牲者を追悼する除夜の鐘

寺の鐘つき堂で勢いをつけて鐘をつくと、その響きが全身を包むように伝わってきて、欲望や執念にかられた煩悩が払われたような気持ちになる。大晦日のきょう、菩提寺の龍渕寺(金沢市野町3丁目)では門徒や近所の人たちが自由に鐘をつくことができる「プレ除夜の鐘」というイベントが行われた。時間は午後2時から2時間と限られていたが、子どもたちも参加して、鐘をついていた=写真・上=。笑顔で鐘をつく人もいれば、ついた後で涙をぬぐっている人もいた。それぞれが想いを込めて鐘をついていたのだろう。寺院ではあす1月1日は能登半島地震で亡くなった人たちの3回忌にあたることから追悼法要が営まれ、犠牲者の鎮魂を祈った。

この一年の大きなイベントと言えば、世界158の国・地域が184日間にわたって歴史・文化や最先端のテクノロジーなどを発信した大阪・関西万博大阪だった。能登から発信したのは、あの輪島塗の地球儀『夜の地球 Earth at Night』だ=写真・下=。展示された万博展示棟には国内外から321万5784人が鑑賞に訪れた。8月には秋篠宮家の次女佳子さまも見学されるなど、能登復興のシンボルとしても注目を集めた。

この地球儀は輪島塗の人間国宝の小森邦衛氏を中心に5年がかりで制作した作品。間近で観賞すると、宇宙に浮かぶ夜の地球にロマンを感じさせ、まさに漆黒の芸術作品だ。そういえば、万博会場で地球儀を見学した東京の知り合いからこんなSMSメールが届いた。「夜の地球儀は名作だね。ところで昼の地球儀はあるの」と。なるほど思いながらも、説明するのに窮した。「輪島塗は黒をベースに金箔や蒔絵で模様を描くので、昼の地球儀は難しいかも」と返信。すると、「調べたら、輪島塗は漆黒がベースで、朱色もあるね。夕焼けの地球儀もいいかも」と妙に理解してくれたようだった。夜の地球儀は、石川県輪島漆芸美術館で常設展示されている。

受け継がれる万博のレガシーもある。大屋根リングは1周2㌔、高さ最大20㍍の世界最大の木造建築物としてギネス世界記録にも認定された。万博閉幕後は解体され、木材は無償で譲渡されている。能登半島の尖端に位置する珠洲市もその一部を譲り受ける。能登地震の「復興公営住宅」の一部に活用されるようだ。関わっている建築家は坂茂(ばん・しげる)氏だ。阪神・淡路大震災(1995年1月)を契機に復興支援に取り組んでいて、能登半島地震でもいち早く行動を起こしたことで知られる。珠洲市にはすでに坂氏が監修した仮設住宅なども整備されている。復興公営住宅では万博のシンボルである大屋根リングがどのように再活用されるのか。まさに万博のレガシーが能登でよみがえるのではないだろうか。

⇒31日(水)午後・金沢の天気   あめ

☆ゆく年くる年、能登地震から2年④~大の里関、永井豪氏のメッセージ

☆ゆく年くる年、能登地震から2年④~大の里関、永井豪氏のメッセージ

この一年を振り返って、人物名として浮かぶのはやはり石川県の郷土力士、横綱・大の里関だ。同じ横綱の輪島以来52年ぶりに地元から横綱に昇進した。6月29日に大の里関の祝賀バレードが出身地の津幡町で開催された。同町に住む親せきが自宅の2階から撮った写真を送ってくれた。オープンカーに二所ノ関親方と大の里関が乗り、こちらに向かって手を振ってくれている=写真・上=。1.2㌔のルートを30分ほどかけて進み、沿道の町民やファンが「おめでとう」などと盛んな声援を送っていたようだ。去年9月の大関昇進、そしてことし5月の横綱昇進は、去年元日の能登半島地震に見舞われた地元石川の人々にとって、「唯一無二」の励みとなったのではないだろうか。

大の里関は第75代横綱となり、石川県では「3人目の横綱」と呼ばれている。「黄金の左」と呼ばれた第54代横綱の輪島(1948-2018)は能登半島の中ほどにある七尾市出身、そして江戸時代後期に活躍した第6代横綱の阿武松緑之助(おおのまつ・みどりのすけ、1791‐1852)は半島尖端に位置する現在の能登町の出身だ。阿武松は個性の強い人物と伝えられ、立合いでよく「待った」をかけたようだ。当時の江戸の庶民はじれったいことをすると、「待った、待ったと、阿武松でもあるめぇし…」と相手をなじった、という。それほど話題になった人物だった。能登町の海辺に、高さ4.5メ㍍、幅2.4㍍の石碑(1937年建立)がある。案内板によると、相撲力士碑としては日本一の大きさのようだ。能登半島地震にも耐え、堂々と海を望むように建っている=写真・中、2024年4月撮影=。

石川県とゆかりのある人物をもう一人。11月の秋の叙勲受章式で、芸術文化の分野で漫画家の永井豪氏に旭日小綬章が贈られた。永井氏は能登半島の輪島市出身で、朝市通りにあった「永井豪記念館」の名誉館長をつとめていた。今から40年余り前の話だが、自身は新聞記者として輪島支局に赴いた。当時の永井氏の作品のイメージは、『ハレンチ学園』などギャグ漫画だった。地元の人たちは永井氏が輪島出身ということを知ってはいたが、当時それを自慢話として語る人はいなかった。

地元での評価が一転したのは日本のアニメが海外で大ブームとなり、永井氏の『UFOロボ グレンダイザー』などがヨーロッパで人気を博したことだった。輪島市役所は2009年に「永井豪記念館」の設置へと動いた。2019年、フランス政府から芸術文化勲章「シュバリエ(騎士)」が永井氏に贈られた。永井豪記念館にはインバウンド観光の見学者が増えるなど、観光スポットにもなった。その記念館が能登地震で朝市通り一帯が焼けて、ビルも焼け焦げた=写真・下、2024年3月撮影=。

その後、ビルは公費解体で撤去された。永井氏と所属プロダククションは輪島市と石川県にそれぞれ1000万円、計2000万円の義援金を贈っている。永井氏は「漫画はつらいときこそ、力になって希望を満たすことができる。漫画を描くことで『前に進もう』というメッセージを伝えたい」と語っていた(2024年1月25日付・読売新聞オンライン)。永井氏はことし6月に輪島市を訪れ、市役所に輪島塗の額に入った『マジンガーZ』の活版印刷作品など11点を寄贈した。翌7月には永井氏らが行ったチャリティーオークションで得た収益金1億2300万円を石川県庁を訪れて寄付している。ふるさとへの想いが伝わって来る。「前に進もう」

⇒30日(火)午後・金沢の天気   あめ