★イタリア行

★イタリア行

  「海外へ行く」と周囲に言うと、すでにその場所へ渡航経験のある人ならは土地の名所とか、グルメの店の情報などを教えてくれるものだ。しかし、今回は国の名前を告げたとたんに「気をつけた方がいい」「人を見たら○○と思えだよ」とさんざんな評価だ。イタリアのことである。

  イタリアといえば、ローマ、ミラノ、フィレンツェなど世界史にその名が出てくる都市が多くあり、独自の文化と産業がある「まばゆい国」というイメージがある。ところが実際に渡航経験のある人から話を聞くと、10人中9人が「物取り」の経験談。子どもの集団に囲まれ強引にバッグを取られた。バッグが人混みの中で切られ貴重品を取られた。女性から声をかけられしどろもどろしているうちにバッグごと取られた。中には、「イタリアでは日本語の被害届があると」と被害後の対処方法までアドバイスをしてくれる人も。

  中には武勇伝もある。金沢大学のスタッフの女性は2年前、妹と旅行に出かけた。ローマの地下鉄で子どもの集団に囲まれ、強引にバッグを取られそうになった。すると妹はその少年の手首をむんずと掴み、「こらっ~」と地下鉄中に響きわたるくらいの大声を出して睨みつけた。すると集団はスゴスゴと別の車両に逃げていった…。

  それでは何のためにイタリアへ。金沢大学のイタリア美術史の教授がフィレンツェの教会で、幅8㍍、高さ21㍍にも及ぶ壁画の修復作業に携わっている。1380年ごろにフレスコ画法で描かれたルネサンスの傑作であり、ビルでいえば7階建てにも相当する巨大な文化遺産だ。この修復プロジェクトの現状を取材して、後日、大学の社会貢献誌でリポートを掲載する予定。

  その現地の教授もメールで、「治安の悪さは決して改善されていませんから、充分な準備と覚悟で出発して下さい」と。さてどうなることやらイタリア…。

⇒15日(日)朝・成田の天気  はれ 

  

☆インターネット選挙への布石

☆インターネット選挙への布石

  いよいよ「インターネット選挙」の幕開け近し、である。12日付の朝日新聞の一面トップは、海外に住む日本人に、衆院小選挙区と参院選挙区の選挙でも投票を認める公職選挙法改正案の骨格だった。投票を比例代表選挙に限っていた付則を改め、国内で最後に住民票を置いていた選挙区での投票ができるようにする。総務省は通常国会に改正法案を提出し、来年の2007年夏の参院選からの導入を目指す、という。

 海外邦人の選挙と「インターネット選挙」はどう関わるのか不思議に思う人もいるだろう。ちょっと説明しよう。海外在住の有権者に認められている在外投票は、1998年に比例代表選挙に限って導入され、世界各地にある200の在外公館での投票か、郵便による投票のどちらかを選択できる。小選挙区の投票を総務省が認めてこなかったのは、候補者が政策などの情報を海外の有権者にまで届けるのは困難と判断してきたからだ。

 ところが去年9月、最高裁判所は選挙区選挙の投票を認めていない現行法を違憲と判断した。この「在外選挙権訴訟」の違憲判決では、「通信手段の発達で候補者個人の情報を在外邦人に伝えることが著しく困難とは言えない」と指摘した。つまり、インターネットを使えば海外であろうと情報は届くと判断したのである。

 改正案では、衆参両院の比例代表選挙に限るとした付則を削る。これにより、衆院小選挙区選挙、参院選挙区選挙の投票が可能になる。現行通り、在外公館での投票と郵便投票のどちらかを選択できる。対象となる選挙区は、国内で最後に住んでいた住所地の選挙区。国内に住んだことがない場合は、本籍地のある選挙区、となる。海外在留邦人は96万人で、うち有権者は72万人だ。

 朝日新聞の記事では、公職選挙法改正案のもう一つの骨子であるインターネットの選挙利用の解禁については触れていなかったが、最高裁判決の主旨に沿えば、ネット解禁とのワンセットでなければ意味がない。水面下では、自民党ではインターネットを使った選挙運動のあり方についてかなり先行している。同党広報本部副本部長の世耕弘成氏(参議員)のブログによると、すでにワーキングチームを組織して取り組みの検討段階に入っていて、着々と布石を打っているようだ。

 「在外選挙権訴訟」の違憲判決という外からの圧力のおかげでインターネットの選挙利用が解禁され、選挙そのもののあり方も一変するだろう。選挙があるから、にわかにホームページで政策を訴えるでは、もう手遅れである。ブログなどを通じて、日ごろから有権者とコミュニケーションをはかっている候補者は断然有利だ。コアな支持者がさらにネットを介して支持の輪を広げてくれる。

 普段から支持者を獲得するために小まめにブログを更新する所作や習慣が候補者にとって必要となってくるに違いない。

⇒13日(金)朝・金沢の天気  くもり

★「露呈したこと」3題

★「露呈したこと」3題

  ひょんなことから事件は発覚する。すると事件の本筋ではないがそこに隠されていたいろいろな物事まで露呈することがある。最近の事件や事故を振り返る。

   みずほ証券によるジェイコム株の誤発注で12月8日の市場が混乱した。今回のミステイクで被ったみずほ証券の損失は400億円にものぼると言われ、逆に複数の証券会社が莫大な利益を上げた。その金額はUBSグループの120億円を筆頭に、モルガン・スタンレー14億円、日興コーディアル証券グループ、リーマン・ブラザーズ証券グループがそれぞれ10億円、CSFB証券グループ9億円、野村證券3億円と推定されている。利益を出したこれらの証券会社はアメリカ資本系が多く、「火事場泥棒」とまで言われているが、ある意味でこの数字が日本の証券業界における実力ランキングなのだ。ここで分かったことはかつて「世界のノムラ」と名声を博した野村がいかに利益の出せない証券会社になってしまっているか、ということだろう。

   胚性幹細胞(ES細胞)の捏造問題で揺れる韓国。中央日報の日本語インターネット版によると、黄禹錫(ファン・ウソック)ソウル大教授の研究パートナーが黄教授に内緒で、04年4月にES細胞の関連特許を米特許庁(USPTO)に出願していたことが明らかになったと米ピッツバーグ・トリビューン・レビュー紙が報じた。これは、黄教授が関連特許を世界知的財産権機構(WIPO)に出願する8カ月も前のこと。ちゃっかりと特許出願していたのは、ジェラルド・シャッテン米ピッツバーグ大教授。両教授は03年からES細胞研究を共同で行ってきた。捏造問題のニュースが世界に流れ、アメリカの地元の新聞社がスクープした。捏造、抜け駆け、この研究分野の熾(し)烈な裏側が透けて見え、凄まじい。

   四季の中で一番命を落としやすい季節が冬だ。去年12月以降の日本海側を中心とした大雪による死者が相次いでいる。9日も秋田、新潟、福井の3県で除雪作業中のお年寄り2人と50代の会社員の3人の死亡した。共同通信の集計で16道県計71人(9日現在)にも上っている。71人が雪で死ぬ事態、これは天災ではないのか…。何かとニュースになる鳥インフルエンザによる死亡者数(世界の合計)は累積でどのくらいか。ちなみに人口12億の「大陸中国」では8人である。それにしても「列島大雪」で71人、痛ましい数字だ。

⇒10日(火)朝・金沢の天気   くもり  

☆ブログの技術⑳

☆ブログの技術⑳

  同じ外の風景でも季節によって趣が異なったりする。同じ場所で時間を置いて、記録することを定点観測という。日常で写真による「定点撮影」を行ってみよう。違いを比較するだけでもブログのネタになる。

         テー「定点撮影のすすめ」  

  百聞は一見にしかず、という諺(ことわざ)がある。一枚の写真が事象を雄弁に物語るものだ。その写真を2枚組み合わせみよう。これは実証的ですらある。写真は、去年(05年)の6月と12月下旬に私のオフィスがある金沢大学創立五十周年記念館「角間の里」の土間から屋根のひさしを込みで撮った写真である。初夏と冬の季節の違いが一目瞭然で分かる。まるで別世界だ。あるいは別の見方で、軒下に迫る雪の量を見て、年間降水量のことを連想するかもしれない。北陸は年間降水量が2000㍉を超えていつも全国上位だ。こうした説明にもこの写真は説得力を持つ。

  説得力という意味でもう一つ。「自在コラム」では金沢の風物詩である「雪つり」がなぜ必要かということを2枚の写真を使って書いた(05年11月30日付)。 雪で枝が折れてしまう。北陸の雪は湿り気が多く重いのである。だから大切な庭木には雪つりを施すことが必要である、と。くどくどと書かなくても写真の比較で理解していただけると思う。

  ただ、この定点撮影の手法は、ブログを念頭に置いて、その写真の比較が面白いと実感できなければなかなか撮れないものである。でも、被写体は無数にある。昆虫や植物の生長、あるいは建物の建設現場を同じ場所から1週間ごとに撮っても面白い。撮影が持続可能なら何でもよいのである。

     定点から物事を観察する発想を身に付けたい。そうすればブログのテーマも格段に増えるはずだ。

⇒8日(日)午後・金沢の天気   くもり  

★チラシに映る時代のトレンド

★チラシに映る時代のトレンド

  プロの広報マンだったらおそらくチラシ一枚でも無駄にはしないだろう。時代のトレンドを読み、仲間と論議し、どのようなデザイン、あるいはキャッチコピーだったら人々が気に留めて手に取ってくれるだろうかと試行錯誤を繰り返し、そしてようやく一枚のチラシを世に出す。そのチラシには時代が投影されている。

    きのう6日、石川県立音楽堂を訪ねた。大晦日の「岩城宏之ベートーベン全交響曲演奏」のインターネット配信の際、ホームページでPRしていただたお礼を述べるためである。コンサートの掲示板に貼ってあったチラシが気になり、チケットカウンターで一枚もらった。それが写真のチラシ。

   金沢大学ほか、金沢工業大学、北陸大学、それにプロのオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の4者の管弦楽による合同コンサート(2月19日・金沢市観光会館)。指揮は金聖響氏、「スラブ行進曲」「弦楽セレナーデ」「交響曲第5番」のオールチャコフキーのプログラムだ。学生オーケストラとOEKの合同公演は珍しくない。私が振り向いたのはチラシのデザインだ。

   「金聖響」似の指揮者が力強くタクトを振る姿が描かれインパクトのあるチラシだ。高校生から若い層ならピンとくる人も多いだろう。クラシックをテーマにしたコミック「のだめカンタービレ」(二ノ宮和子著・講談社)がブームだ。それを意識して、あえてチラシのデザインをコミック調にしたという当たりがミソなのだ。このチラシの発案者のY氏は「これだったら、クラシックを聴いたことがない若者でも、これを機会に演奏会場に一度足を運んでみようという気になるのではないか」と期待する。アニメブームという時代がこのチラシに映されている。

   クラシックのファンは人口の数%に過ぎないと言われる。石川、あるいは北陸というマーケットの中でコンサート会場を満席にするのは至難のわざだ。Y氏らはいつもどうすれば会場を埋めることができるかと腐心している。その中からこうした柔軟な発想が生まれてくる。

⇒7日(土)午後・金沢の天気   ゆき   

☆ブログの技術⑲

☆ブログの技術⑲

  前回に引き続き、写真のテクニックを。美しく撮る技術ではない。肖像権に触れない撮影の仕方である。予備知識として、肖像権にはタレントを保護するを「財産権」(あるいは「パブリシティー権」)と、一般の人を保護する「人格権」、大きく分けて2つがある。

      テーマ「有名人とはツーショットで」

  タレントを街で見かけ、写真を撮る場合。周囲の人や風景を込みで撮影する。できるだけなら、「すみません、ご一緒に」と自分込みの写真を他の人に撮ってもらえばよいのである。タレントの肖像権で一番問題になるのはクローズアップである。タレントの顔や姿は「商品」とされ、インターネットで勝手に掲載できない。周囲や自分込みならば、権利の侵害を指摘されても、「街角で写真を撮っていたら、たまたまタレントさんと映りました」と「逃げる」ことができる。それでも、所属タレントの顔写真をインターネットで使用することを厳しく制限していることで有名なジャニーズ事務所だと結構クレームをつけてくるかもしれないのでご注意を。

   もちろんクレームが来たら、「不快な思いをさせて申し訳ありません。肖像権を侵害する意図はまったくありませんので、すぐ外します」と応じること。それで利益を得ているのはないので、誠意を見せて引き下がればよいのである。

   一般の人には「人格権」があり、アップや大写し、人物が特定できるような撮影は止めよう。もちろん、友人の了解を得てブログにアップするのであればよいが、黙って掲載し、友人関係が壊れては何にもならない。

   ついでに、公道から撮影した建物などは基本的にOKである。ただ、公道から家を覗きんこんだようなアングルはプライバシーの侵害に当たるのでNGである。また、スーパーやデパートでの店舗内の撮影は「営業妨害」と指摘される可能性もあるので出店の許可がいる。テレビ画面はテレビの枠ごと撮影する。画面の抜きは著作権の侵害になる。美術展も会場の撮影はほどんどが禁止されている。その美術館を訪れたという写真を撮りたい場合は、外から美術館の外観を看板込みで撮影するとか、パンフレットやチラシの配付物を撮る。パンフやチラシに掲載された作品のクローズアップは著作権で問題となる。

 ⇒5日(木)夜・金沢の天気  くもり

★金沢大の名物「1㌔がんぎ」

★金沢大の名物「1㌔がんぎ」

   年末年始の慌しさに目を奪われていて、外の雪をしかと観察しなかった。ふと、雨戸を開けて改めて外を見やると、ことしの雪は簡単には消えず、むしろ積み上がっていることに気がついた。きょう4日は金沢大学でも仕事始め。周囲は積雪60㌢ほどになっている。スタッフは建物の周囲の雪かきでこの一年のスタートを切った。

   学内のメーラーを久々に開いてみると、「除雪も大変でしょう」と年賀メールが入っていた。メールは東京から。随分と心配をいただいているようだ。

   そこで、返信メールに一枚の画像を添付した。それがこの写真。金沢大学の各学部の棟や図書館、生協食堂にいたるまでこのような屋根のあるアーケード(新潟で言えば「がんぎ」)でつながっている。学内の歩道は積雪ゼロ。もちろん雨の日なども傘をささなくてよい。

   ちなみに金沢大学角間キャンパスは201㌶あり、2つの谷がある。それぞれの谷にブリッジを渡し建物群をつないでいる。その橋にも屋根が施されている。建物の端から端までのアーケードは総延長は1㌔にも及ぶ。だから、自宅から大学までバスで到着すれば、後は何とかなるという訳だ。ただし、乗用車で通勤している職員は大変だ。朝、駐車場に入れることができても、夜は車ごと雪で埋まっているということもままある。

   しかし、それを差し引いてもこれほど雪対策に恵まれている大学はない、と実感している。金沢大学の名物は意外と、この「1㌔がんぎ」かもしれない。

⇒4日(水)午後・金沢の天気   ゆき   

☆ブログの技術⑱

☆ブログの技術⑱

  街角を歩いていると、面白い、あるいは微笑ましい被写体があり、ついデジカメや携帯電話カメラのレンズを向けてしまう。そんな街角のスナップショットをまとめてブログにアップロードしてみる。著作権や肖像権にちょっとだけ注意を払えばそう難しい話ではない。

       テーマ「写真グラフを作る」

  実際に写真グラフを作ってみる。タイトルは<街角ショット3題>としよう。まずはことしのエトにちなんで。一番上の写真は、04年夏に神戸市内のオモチャ店で撮影したもの。イヌのオモチャが入った箱に「飼主募集中、エサは単3電池2本です」のキャッチコピーが面白い。気の利いたキャッチコピーが付いているとそれ自体が完結して、写真そのものが一枚の広告ポスターのようだ。

   真ん中は、先日12月31日に東京のJR浜松町駅で撮った企業広告のスナップ写真。ニューヨークヤンキースの松井秀喜選手とニックネームでもあるゴジラと並べてデザインされた東芝のデジタル対応テレビのPRポスターだ。このポスターはどこにでもあるわけではない。JR浜松町駅近くに東芝の本社があり、ここでしか見れない、いわば「ご当地ポスター」のようなもの。

   下の写真は、きのう2日にドライブ先の富山県福光町で見つけた雪に凍える獅子(しし)の石像だ。バックは中国の唐宋時代の建築様式で建てられたという寺院風の平屋建て。寺院風なので狛犬(こまいぬ)と言ってもよいかもしれない。何しろ大屋根から落ちる雪でご覧の通り。さすがの獅子もちょっと情けない顔に見える。

               ◇

   写真の配列は左右で分け、大小のメリハリをつけると見やすい。説明文はできるだけ省き、写真に語らせる。ただ、写真では見えない周囲の状況やエピソードは簡潔に入れたい。

   著作・肖像権の問題では、基本的に公道に面して、あるいは人々の公衆の面前に置かれた広告物などに関しては、著作権者が「撮影を控えてください」と要請がない限り、それを撮影し、インターネットなどで掲載しても多くの場合問題とはならない。ただ、上記のポスターで松井選手の顔だけをアップにして撮影し、それをネットで掲載した場合などは肖像権が絡む。著作権者はポスターのデザイン全体を見てほしいから貼り出したのである。それを一部だけクローズアップしてネットで掲載するのは「著作意図に反する」ことになる。

   ポスターなどの著作物は、著作権者の意図をちょっとだけ尊重するセンスを身につければ、臨機応変に撮影ができ、ブログでも掲載ができる。万が一、クレームが来た場合、「不快な思いさせて申し訳ありません。著作権を侵害する意図はまったくありませんので、すぐ外します」と応じればよいのである。ブロガーはそれで利益を得ているのはないのだから。

⇒3日(火)朝・金沢の天気  くもり  

★続・「拍手の嵐」鳴り止まず

★続・「拍手の嵐」鳴り止まず

  元旦付の朝日新聞に2005年度朝日賞の発表があり、指揮者の岩城宏之さんの名前が載っていた。「日本の現代音楽作品を幅広く紹介した功績」というのがその受賞理由だ。

   日本では、「大晦日にベートーベンの全交響曲を一人で振る」岩城さんというイメージもある。が、海外ではタケミツ(武満徹)などの現代音楽で知られている。2004年4月から5月のオーケストラアンサンブル金沢(OEK)のヨーロッパ公演では、「鳥のヘテロフォニー」(西村朗作曲)がプログラム最初の曲なのに、演奏後、何度もカーテンコールを求められた。また、岩城さんが指揮するコンサートのプログラムにはよく「世界初演」と銘打ってあり、「初演魔」と評されるほどに現代音楽を意欲的に演奏しているのだ。

   現代音楽に恵まれたのは、同時代の作曲家である友人にも恵まれたからで、「武満」や「黛敏郎」の故人の人となりをよく著作で紹介している。そして友人をいつまでも大切にする人だ。2003年9月に大阪のシンフォニーホールで開かれたOEK公演のアンコール曲で「六甲おろし」を演奏した。当時阪神タイガースの地元向けのサービスかと思ったが、そうではなく、18年ぶりに優勝した阪神の姿を見ることなく逝ってしまった「熱狂型阪神ファン」武満氏に捧げたタクトだったのだと後になって気づいた。

   元旦付の紙面に戻る。インタビューに答えて、「…ベートーベンだって当時はかなり過激で反発もあったが、執拗に繰り返し演奏する指揮者がいて定着していった。大衆は新しい芸術の価値に鈍感なものだが、指揮者は何十年かけても未来へ情報(作品)を残す粘り強さが必要です」。過去の遺産を指揮するだけではなく、現代の可能性のある作品を未来に向けて情報発信することが指揮者に求められている、と解釈できないか。スケールの大きな話である。

   パーカッション出身の岩城さんだからこそ、あの複雑で小刻みな現代音楽の指揮が出来るのだろうぐらいにこれまで思っていた。以下は推測だ。岩城さんは武満氏らと現代音楽を語るとき、上記のことを論じ合っていたのではないか。「君らは創れ」「オレは発信する」と…。そうした友との約束を自らの指揮者の使命としてタクトを振り続けている。それが岩城さんのいまの姿ではないのか、と思う。

 ⇒2日(月)朝・金沢の天気   くもり

☆「拍手の嵐」鳴り止まず

☆「拍手の嵐」鳴り止まず

  ベートーベンの交響曲を1番から9番まで聴くだけでも随分勇気がいる。そのオーケストラを指揮するとなるとどれだけの体力と精神を消耗することか。休憩を入れるとはいえ9時間40分の演奏である。指揮者の岩城宏之さんがまたその快挙をやってのけた。東京芸術劇場で行われた2005年12月31日から2006年1月1日の越年コンサートである。

   写真は、演奏の終了を告げても2000席の大ホールをほぼ埋めた観客による拍手の嵐の様子である。観客は一体何に対して拍手をしているのだろうか。クラシックファンを名乗るほどではないが、年に数回は聴きに行く。それでもこれだけのスタンディングオベーションというのはお目にかかったことはない。演奏の完成度に加え、おそらくベートーベンの1番から9番を「振り遂げた」「聴き遂げた」「演奏を遂げた」というある種のステージと客席の一体感からくる充足感なのだろう。

  演奏終了後に岩城さんの控え室を訪ねた。憔悴しきったのであろう。控え室の前で40分ほど待った。その間に番組ディレクターに聞いた。「何カットあったの」と。「2000カットほどです」と疲れた様子。カットとはカメラの割り振りのこと。演奏に応じて指揮者や演奏者の画面をタイミングよく撮影し切り替える。そのカットが2000もある。ちなみに9番は403カット。演奏時間は70分だから4200秒、割るとほぼ10秒に1回はカメラを切り替えることになる。これも大変な労力である。私は今回、その映像をインターネットで配信する役目の一端を担い会場にいた。経済産業省によるコンテンツ配信の実証事業の一環である。世界に唯一とも言うべきこの映像をネット配信できたことに私も意義を感じている。 岩城さんを訪ねたのはその協力のお礼を言うためだった。

  岩城さんは演奏者控え室前のフロアであった打ち上げの席上で、「また来年大晦日も」と宣言した。そして引き続き1月2日と3日は東京で、4日は大阪でコンサートが控えているという。足掛け4連投。これが05年8月に肺の手術(通算25度目の手術)を受けた人の言葉かと一瞬耳を疑った。このエネルギーの源泉はどこから来るのか。われわれはその岩城さんからある意味でエネルギーをもらっているようなものだ。もっと医学・生理学的に「岩城研究」がなされてよいのではないかとも思った。

⇒1日(日)朝・東京の天気   くもり