☆選挙を冷やす装置
参院選挙が今一つ盛り上がらない。それを立候補者側の話題の提供の少なさに求めるのはいささか酷だと思う。それより、選挙のあり方に問題があるのではないか。公職選挙法142条は、選挙活動のツールとして官製はがきと公定ビラの使用に限っている。インターネットによるパソコンの画面は文書図画(とが)とみなされ、使用禁止なのだ。「IT国家」を自認する国で、である。
2002年8月に政府の「IT時代の選挙運動に関する研究会」が報
告書を出し、インターネットの選挙利用を促進するよう方向付けをした。そして、04年に公選法の改正案が国会に出されたが、葬り去られてしまう。阻んだのは誰か。地盤(支持団体)、看板(知名度)、鞄(選挙資金)の「3バン」と呼ばれる古いタイプの選挙運動で選挙を勝ち抜いてきた候補者たち。与野党、老若男女を問わず、新しい選挙のやり方に抵抗感がある人たちだ。
匿名の誹謗中傷や、何万通という大量のメールなどでホームページが攻撃されるなど疑心をもたれているようだ。ならば、選挙用のサーバーを党が構築してセキュリティを万全にする、あるいは選挙管理委員会が選挙掲示板を設けているように公設のサーバーで候補者のホームページをつくったらどうか、とも思うが話はそこまで進んでいないようだ。
今回の選挙から海外の在留邦人は比例代表だけでなく、選挙区の投票も可能になった。これは2005年9月、選挙区選挙の投票を認めていなかった公選法は違憲とする「在外選挙権訴訟」で、最高裁が違憲判決を出したからだ。その中で、「通信手段の発達で候補者個人の情報を在外邦人に伝えることが著しく困難とは言えない」と指摘した。つまり、インターネットを使えば海外であろうと、有権者が判断できる選挙情報が得られると判断したのである。だから、本来ならば公選法の改正は、在留邦人の選挙区投票とインターネットの選挙利用はセットで行われるべきであった。ところが今回もネットの選挙利用は「抵抗勢力」の厚い壁に阻まれてしまうのである。こうして、民主主義の基盤である日本の選挙はIT化から阻害されている。
で、ブログサイト「goo」では、このようなブロガーに対するお知らせが掲載されている。要約すると、選挙に関する記事を投稿の際は、公職選挙法違反(刑事罰の対象)に注意してほしい。その1は特定の候補者を「応援したい」といった表現、その2は単に街頭演説があったという出来事を記述、その3は街頭演説を撮影した写真や動画を投稿すること、その4は特定の候補者の失言シーンだけを集めた「落選運動」…など。要するに、選挙に関する記事は慎重に、と。
街では候補者の「お願いします」のスピーカー音が日増しに大きくなっているが、インターネットの世界は静かだ。インターネットの選挙利用が進まなければ、選挙はいつまでたっても盛り上がらない。
⇒26日(木)朝・金沢の天気 くもり
時、グラスの「ハッカー天国」というスクープ記事に、他誌から捏造疑惑が浮かび上がり、グラスの捏造記事が発覚していくというストーリーだ。実話をもとに制作された映画だった。
事実関係を記事で拾うと、マイクが設置されていたのは学校の屋外に張られた炊き出し用のテントで、21日午後4時ごろ、スタッフが支柱にマイクを張り付けているのを職員が見つけて注意した。スタッフはすぐに取り外した。住民からの要望で、市側が一時的に報道各社に避難所(学校)での取材の自粛を要請。中京テレビは市に同日午後6時からのニュースで中継するつもりだったと説明したが、設置は各社が屋内での取材を自粛していた最中だった。中京テレビの現地担当デスクは、「隠しマイクという発表があったようだが、誤解だったということを理解していただいた。現場の説明不足で誤解を受けたことは遺憾だ。反省している」と話しているという。
揺れが収まり、しばらくして能登半島地震の学術調査でお世話になった、輪島市門前町の岡本紀雄氏から電話があった。「能登の学校の方は大丈夫だったの、珠洲が結構揺れたようだけど…」と。書き物を急いでいたので、テレビの地震速報を見ていなかった。岡本氏は地震にはとても敏感に反応する。何しろ、阪神淡路大地震(震度7)と能登半島地震(震度6強)を体験し、自らを「13.5の男」と称している。
元NHK記者は大津市などで2005年4月から6月にかけて、JR大津駅付近の住宅を全焼させるなど大津市や大阪府岸和田市で8件の放火や放火未遂を繰り返した(1審判決)。大津地裁で懲役7年の実刑判決を受け、9日に控訴審の初公判。上記の無罪を主張し、この日、結審した。判決は9月と4日に言い渡されるという。
震災の翌日(26日)に輪島市門前町の被災地に入った。能登有料道路は一部を除いて通行止めとなった。「下路(したみち)」と呼ぶ県道や市道など車で走って3時間50分かかった。金沢大学から目的地は本来1時間50分ほどの距離だ。被災地をひと回りして、夕方になり、コンビニの看板が見えたので夕食を買いに入った。ところが、弁当の棚、惣菜の棚は売り切れ。ポテトチップスなどスナック類の菓子もない。店員に聞いた。「おそらくテレビ局の方だと思うのですが、まとめて買っていかれましてね」との返事だった。
聞き取り調査の中で、輪島市門前町在住の災害ボランティアコーディネーター、岡本紀雄さん(52)の提案は具体的だった。「新聞社は協力して避難住民向けのタブロイド判をつくったらどうだろう。決して広くない避難所でタブロイド判は理にかなっている」と。岡本さんは、新潟県中越地震でのボランティア経験が買われ、今回の震災では避難所の「広報担当」としてメディアとかかわってきた一人である。メディア同士はよきライバルであるべきだと思うが、被災地ではよき協力者として共同作業があってもよいと思うが、どうだろう。
タブロイド判の裏表1枚紙で、文字が大きく行間がゆったりしている。住民が「役に立った」というのは、災害が最も大きかった被災地・輪島のライフライン情報に特化した「ミニコミ紙」だったからだ。
に及んだ。多くの住民は避難所でテレビやラジオのメディアと接触することになる。ここで、注目すべきことは、門前町を含める45ヵ所のすべての避難所にテレビが完備されていたことだ。地震で屋根のテレビアンテナは傾き、壊れたテレビもあったはず。一体誰が。
の分割払いで貸付けられた。つまりリースされたのである。