★文明論としての里山10
行き詰ったいまの文明社会のどこに未来可能性のモデルを見い出していったらよいのか-。きょう(6日)、「にほんの里から世界の里へ」と題したシンポジウムが金沢市で開催された。金沢大学と総合地球環境学研究所、(財)森林文化協会、国連大学高等研究所いしかわ・かなざわオペレーティング・ユニットが主催した。生物多様性、そして「里山の未来可能性」をテーマに論じ合われた。そのなかからいくつかトピックを拾ってみる。
人類の叡智としての里
過疎・高齢化と都市化のはざまで、なお、健やかな人の営み、美しい景観と生き物のにぎわいを保っていると思われる各地の里を、森林文化協会と朝日新聞社が100ヵ所選び、「にほんの里100選」とした。いくつもの里が、自らの里の営みが持続してきた自然、文化、景観の価値に気付き、里に暮らすことへの誇りを取り戻そうと動いている。8つの事例発表があった。長野県上村下栗の里は傾斜地30度、「日本のチロル」と呼ばれる。昭和40年代の写真を基に景観修復と生活文化の継承を目指す地域住民の憲章作りが話題に上っている。山梨県増富の里では、都市との交流の中で、バイオマスや小型の水力発電を使ったエネルギー自給自足の試みが進んでいる。企業CSRを受け入れ、企業による復田や耕作が始まっている。岩手県萩荘・厳美の里では、連続するため池群の保全、外来種への対応など、生物多様性保全・再生に向けた地域住民主体のボトムアップ型の取り組みが始まっている。「自治会生態系規則」を議決し、生態系に支えられた1次産業再生を実践する瀬戸内海、山口県祝島の里では、誇りある島の暮らしの持続を目指す。セミナーでは、自然に人が働きかけることで、変化しながらも一定の持続的な表情を保っている里山・里海モデルの意味をアピールした。「里」はしぶとく、たくましく生きている。
新しい里山・里海を未来に受け継ぐために、どんな社会を目指すのか。里山・里海とともにある新しいコミュニティのありようや、企業、大学などの里へのかかわり方を探った。里の人々の持続的な暮らしのあり方への再評価と、その結果もたらされる生態系サービスに対する都市の人々の関与のあり方まで視野に入れた議論があった。
そして、里山への関心が高まっている。自然の宝庫だった里山。トキやコウノトリだけではない。メダカにタガメ、キキョウにオミナエシといったありふれた動植物すら見かけることがなくなった。身近な生き物の喪失はもっとも深く、われわれに自然保護の大切さを思い起こさせる。里山への関心は、自然保護の視点だけではない。環境負荷の小さい、持続可能な農林水産業のあり方のヒントを里山に見る人もいる。各省庁も里山の重要性を強調しはじめた。都市を中心に、里山の復活にかかわろうとする人も増えてきた。
こうした中、金沢大学は能登半島の里山・里海の復興をテーマに地道に研究を重ね、現在は人材養成に取り組んでいる。「人手が加わることにより豊かになる自然がある」。自然との共存を考える上で里山の叡智に学ぶことが多いと考えているのである。その里山は、日本人が、日本の風土のなかで創り上げた歴史的空間であり叡智である。世界にもそれぞれの風土の中でそこに住む人々が長い歴史のなかで創り上げた「里山」がある。
世界各地にみられる人と自然が創り上げた豊かな空間を、ここではSATOYAMAと呼んでいる。総合地球環境学研究所は、環境問題を人間文化の問題ととらえ、世界の各地でSATOYAMAの研究も行ってきた。残念ながらその多くは、かつての里山と同じく崩壊の危機にある。セミナーでは、まず里山とSATOYAMAをめぐる共通の問題-農村人口の流失、経済効率のみを重視した生産体系-を明らかにした。問題の根底に、人と自然の関わり方が大きく変化したことがあると考えている。そのうえで、かつての里山を懐かしむだけではなく、21世紀の今日的文脈の中で、あらたな里山SATOYAMAのあり方をともに考えてゆきたい。それは豊かさを問うことであり、一人ひとりがよりよい生き方をさぐることになる、との論議が相次いだ。そして、面白かったのは欧米でSATOYAMAは通用するかとの論議だった。自然を収奪の対象と考える欧米に自然との共存という概念は果たして通用するのか。日本発のテーマとするより、むしろ、アジアのモデルを再構築して、アジア発とした方が説得力があるかもしれないとの論議だった。
シンポジム全体を通して清明感が流れ、いろいろと問題はあるものの時代はそこへ向かっていくのではないかという予感に包まれたのではないかと思う。そして、地吹雪の中、全国からそして地元から400人が集まった。その意味でも価値あるシンポジウムだった。
⇒6日(土)夜・金沢の天気 くもり
かつて父親から聞いたこんな話を思い出す。「大本営」という日本軍の司令塔があった。父親が赴いた仏印(ベトナム)など前線では戦局が悪化し、兵力・兵站(たん)は絶たれ、餓死者も出ていた。終戦間際のそんな状況にあっても、大本営のスタッフは「わが皇軍は勝利せり」と発表して、夕方6時の退社時には帰宅していた。父親の話はここまでである。ここからは私の考えだ。国民はその発表を信じて喜び勇んでいた。おそらく当初は、大本営は国民に動揺を与えないためにあえて戦局の悪化を伝えなかった。それが慣れっこになると国民を鼓舞するために話を次々と作り出して、国民を欺くようになった。戦地に物資を供給する国民も生活が苦しいので、大本営の「つくり話」にも耳を傾け安堵を得た。それが限界点に達したころ、沖縄戦線や原爆投下で現実が露呈すると今度は「一億総玉砕」へと自死を強いるようになる。現実に戻った。
この「へんざいもん」という言葉を数年前に知って、中沢新一著『愛と経済のロゴス』(講談社・2003)を想起した。グローバル経済を突き動かしているのは欲望だ。しかし、愛もまた欲望に根ざしている。となれば、愛と経済は深いところでつながっている。そんなところからいまの資本主義の有り様を批判したのが『愛と経済のロゴス』である。以下、著書を自分なり解釈しながら、経済とは何かを考えてみる。
痛切に感じる「もったいない」は「土」と「人」の失われた関係である。耕作放棄地や荒れ放題の山々を見るがいい。祖先は生きる糧を食料に求め、開墾し耕した。心血を注ぎ、田を耕し命をつないできた。それを子孫はあっさりと捨てて都会に出て行く。労働と引き換えに貨幣を得て、商品を得る。コマーシャルリズムに踊らされて、トレンドだ、ブランドだと物への欲望をかきたてる。商品取引イコール経済活動という交換経済の中に埋没していた。
白山ろく、旧・白峰村(現・白山市)に焼き畑の伝統技術を現代に伝える人たちがいる。焼き畑の研究をしている橘礼吉(たちばな・れいきち)氏からこんな話を聞いた。「かつて焼き畑は原始的、粗放的な農耕といわれてきたが、そうではない。循環型の、持続可能な農法なのです」と。焼き畑というと、森林破壊の元凶とのイメージを持つ人が多い。化学肥料をまいて、その土地が持つ地力以上の農産物を搾り取るのが近代農業だ。焼き畑はそうではなく、地力を生かした農業であり、休閑地を設けて自然な森林の再生を促す。ヒエやアワをつくり、木から道具をつくる。炭を焼く、薬草を採取する。
本文を引用しながら、いまから1千年以上前にメキシコ・ユカタン半島とその周辺で崩壊したマヤ文明の謎解きをしてみる。その崩壊のプロセスはこうだ。マヤ民族は少なくとも500万人はいた。「入手可能な資源の量が人口増加の速度に追いつけなくなった」ことで人口と資源の不均衡が始まる。「森林破壊と丘陵地の侵食」が農地の総面積を減らす。減少する食料資源をめぐって、人間が争いあうようになり「戦闘行為が増加」した。小国同士がつばぜり合いを演じた。統一帝国ができなかったのは、マヤにはウマやロバといった運送に利用できる家畜がいなく、陸路の運搬は人の背に載せて行われたからだ。つまり、長距離の戦闘はできなかった。しかも、主食であるトウモロコシを兵士も荷役も食べるので、長期間の戦闘でできなかった。マヤの軍事行動は「期間も距離も大きく制限されていた」のである。そして、マヤを気候変動が襲う。旱魃(かんばつ)だ。
前回述べたように、<SATOYAMA=里山>は国際用語として認知されようとしている。環境省がG8環境大臣会合(08年5月)で採択された「生物多様性のための行動の呼びかけ」を受け、「実行のための日本の約束」として「SATOYAMA=里山イニシアティブ」(以下「里山イニシアティブ」)を打ち出した。生物多様性条約事務局長のアフメド・ジョグラフ氏は、人と自然が共生するモデルとして描く里山イニシアティブに対し、「日本は成長を続けて現代的な社会を形成した一方で、文化や伝統、そして自然との関係を保ってきた。そのコンセプトは世界で有効であり、日本の経験に大きな期待が集まっている」(COP9での発言)と、条約事務局として支援を表明している。2010年10月にCOP10が名古屋市で開催されることもあり、日本発の<SATOYAMA=里山>は国際会議のキーワードになりつつある。
NHK教育で、N響による第九の演奏が放送された。指揮者はクルト・マズアだ。82歳・マズアといえば、「あれから20年」である。ベルリンの壁崩壊につながったとされる1989年10月9日、旧東ドイツのライプチヒで「月曜デモ」が起きた。民主化を要求するデモ参加者に、秘密警察と軍隊が銃口を向け、にらみ合いとなった。このとき、マズアは東ドイツ当局と市民に「私たちに必要なのは自由な対話だ」と平和的解決を要望するメッセージを発表した。この流血なき非暴力の反政府デモが広がり、「月曜デモ」の9日後にホーネッカー議長が退任し、11月9日のベルリンの壁崩、東西ドイツは統一へと向かう。そして、ベートーベンの第九は東西ドイツ統一の賛歌になった。そんなマズアの歴史的な功績に思いを重ね合わせながら、NHK教育の第九に耳を澄ませていた。
さらに、<SATOYAMA=里山>は国際用語として認知されようとしている。その認知度を一気に高めたのが、生物多様性条約第9回締約国会議(CBD/COP9、ドイツ・ボン)で日本の環境省と国連大学高等研究所が主催したサイドイベント「日本の里山・里海における生物多様性」(2008年5月28日)だった。スピーチの中で、環境省の黒田大三郎審議官(当時)らが「人と自然の共生、そして持続可能社会づくりのヒントが日本の里山にある」と述べ、科学者による知識と伝統的な自然との共存を組み合わせることを目的とした「里山イニシアティブ」を生物多様性の戦略目標として提唱した。さらに、石川県の谷本正憲知事は「石川の里山里海は世界に誇りうる財産である」と強調し、森林環境税の創設による森林整備、条例の制定、景観の面からの保全など具体的な取り組みを紹介した。
日本でも食の問題が起きた。どこの国で生産されたのかも不明な食材や加工食品を、安全性を二の次にして安価というだけで市場に流す。そのため価格では太刀打ちできない国内の小生産者は生産を止め、地域そのものが疲弊していく。地域の労働の担い手は都会に出て行く。土地を離れた労働者は現金収入によって生活をする非熟練労働者になる。彼らを待ち受けているのは結局、失業と貧困である。 これまで、「国民の経済」に歪みや偏りが起こると政府は、税金や補助金や社会保障給付というカタチで所得の再配分を行ってきた。ところが、一部を除いて世界的な不況となると自動車産業などグローバル企業でさえ赤字決算に陥る。日本を始め欧米は軒並み巨額な国債発行で財政をしのいでいが遅かれ早かれ国家自体が破綻する。民主党政権が、郵貯の民営化にストップをかけたのも、再び郵貯を「国債消化機関」として復活させようとしているからだとの見方もある。資本主義だけではなく、政治も国家も疲弊している。