☆総選挙の新「第3極」
今朝7時35分ごろ、金沢市内の平野部で霰(あられ)が降った=写真=。自宅近くでも1分間ほど降り、登校の子どもたちが騒ぎながら小走りで学校へと急いだ。きょうの朝刊も騒がしい。「卒原発」を掲げる滋賀県の嘉田由紀子知事が、新党結成に動き出したことでもちきりだ。きょう27日午後、記者会見するという。
各紙を読むと、「国民の生活が第一」の小沢一郎代表らとの連携を模索しており、脱原発を旗印とした「第3極」勢力の結集につながる可能性がある、と書かれている。仕掛け人は小沢氏だろう。ここで「小沢構想」を深読みすれば、2つのことが浮かぶ。1つ目は、第2次新党ブームともいうべきトレンドだ。
平成5年(1993年)7月18日に実施された衆院総選挙で、自民党を離党した羽田孜氏が結成した新生党、同じく武村正義氏の新党さきがけ、前熊本県知事の細川護煕氏が前年に結成した日本新党の3新党が計100議席余りを獲得し、第3局を創りだした。それまでは、社会党が「土井たか子ブーム」を巻き起こしていたが、新党ブームに押されて議席数を半減(70席)させた。理念や政策、政治手法が異なった8つの党・会派をまとめるために、政界再編・新党運動の先駆者として国民的に人気の高かった細川氏を担ぎ上げて新政権を樹立したのは、新生党代表幹事だった小沢氏の功績だった。今回の選挙では、「安部」「石原」「橋下」の男の顔は見えるが、女性の顔が見えない、さらに狼煙が上がっている脱原発の顔が政治の舞台で見えない。そこで、政局のトレンドを読むことに長けた小沢氏は「新たな女性の代表」「脱原発」のシンボルとして嘉田知事を担ぎ上げようとしているのだろう。
小沢構想の2つ目は「橋下崩し」だろう。嘉田氏は昨日の会見で、日本維新の会の橋下徹氏について、「太陽の党と合流して、私も『(卒原発の)仲間を失った』と述べさせていただいた」と、すでに連携できない関係にあることも強調している。嘉田氏は「関西の水」の守護者でもある。若狭の大飯原発で大事故が起これば、 関西1200万人の「水がめ」である琵琶湖は汚染され甚大な被害をもたらす、というのが嘉田氏の「卒原発」の柱だ。選挙戦でここを強調すれば関西の有権者は「嘉田新党」になびく、つまり勢いに乗じる維新の会を分断できると考えているのだろう。
ある意味で、「小沢構想」は一義的に「脱原発」という争点のテーマを浮き上がらせた、つまり有権者に明確な選択肢を与えたことになる。月並みな言葉だが、新「第3極」は有権者の間で漂っていたもやもや感を随分すっきりさせてくれた。午後の記者会見が注目される。
⇒27日(火)朝・金沢の天気 あめ・あられ
中津の旧居近くの駐車場に立て看板があった=写真=。団体名に「北部校区青少年健全育成協議会」とあるので、青少年に向けた啓発看板。これに福沢の文が引用されていた。「願くは我旧里中津の士民も 今より活眼を開て先ず洋学に従事し 自から労して自から食い 人の自由を妨げずして我自由を達し、修徳開智 鄙吝(ひりん)の心を却掃し、家内安全天下富強の趣意を了解せらるべし 人誰か故郷を思わざらん 誰か旧人の幸福を祈ざる者あらん」(明治三年十一月二十七 旧宅敗窓の下に記 「中津留別之書」)。明治3年(1870)、中津にいた母を東京に迎えるため一時帰郷した福沢が旧居を出る際に郷里の人々に残したメッセージだ。「敗窓の下」とあるので、家屋も壊れていたのであろう。
断崖絶壁の難所に342㍍の隧道を掘り抜かれたのは寛延年間(1750年代)。観光案内の立札の説明によると、諸国遍歴の途中に立ち寄った禅海和尚がこの難所で通行人が命を落とすのを見て、托鉢勧進によって資金を集め、石工たちを雇ってノミと槌だけで30年かけてトンネルを完成させたと伝えられている。能登半島にも同じような逸話がある。かつて「能登の親不知」と言われた輪島市曽々木海岸の絶壁に、禅僧の麒山和尚が安永年間(1772-1780)前後に13年かけて隧道を完成させた。いまでも、地元の人たちは麒山祭を営み、遺徳をしのんでいる。
い、競い合うように連なる「競秀峰(きょうしゅうほう)」=写真・下=と呼ばれる山がある。江戸時代からの名所で、中津藩の名勝でもあった。明治27年(1894)年2月、福沢諭吉は息子2人(長男、次男)を連れて、20年ぶりに墓参のため中津に帰郷した。当時の福沢は、私塾だった慶應義塾に大学部を発足させ、文学、理財、法律の3科を置き、ハーバード大学から教員を招くなど着々と大学としての体裁を整えていた。また、明治15年(1882)に創刊した日刊紙『時事新報』は経済や外交を重視する紙面づくりが定評を得ていた。
の血液であった水分が現在の河川の水流になったり、昨夜の夕食のスープの材料になっていることも十分にありえます」と筆者、月尾嘉男氏は考えた。おそらく趣味のカヤックをこぎながら海を眺め、そう発想したに違いない。著書『水の話』(遊行社)は水にまつわる時空を超えた壮大な話である。
冒頭で述べたように、もともと淡水という資源は限られ、人口が増えるにつれ、源流から河口までに複数の国を流れる「国際河川」では紛争が起きやすい。インドシナ半島を流れる大河メコンは、中国南部のチベット高原を源流とし、ミャンマー、ラオス、タイ、カンボジア、ベトナムを通過する。中国が最近巨大なダムの建設を開始している、という。中国側は水力発電をするだけで、水はそのまま下流に放水するとから影響はないと言っているが、「下流の国々は疑心暗鬼です」(筆者)と。
犯人による派手な振る舞いは「劇場型犯罪」とも言われる。ポップアーチストのアンディ・ウォーホル(1928-1987)の名言「誰でも15分間は有名人でいられる時代が来る」は、劇場型犯罪の時代を予見した言葉でもある。犯行を予告、事件を派手に起こし、捜査が入る、テレビの中継が入る。テレビメディアにとっては、「血が流れればトップニュース」である。テレビメディアはショッキングな映像を求め続ける。事実、金嬉老事件では、テレビ局のスタッフが「ライフルを空に向けて撃ってくれませんか」と依頼し、犯人が実際に空に向かって数発撃っている映像を流したのだった。
3社とも自民が民主を上回る傾向は同じものの、維新の会が1ケタの朝日と共同、2ケタの毎日とでは数字の印象がまったく異なる。たとえば、総選挙でキーワードとなりそうな「第3極」について、朝日と共同では維新と太陽はこれからとのイメージだが、毎日だと維新と太陽は「第3極」として、すでに民主を凌いで自民と肩を並べているとの読み方になる。17日は、「太陽の党」が解党して「日本維新の会」に合流した日なので、調査する側にも多少の混乱はあったかもしれないと察するが、それにしてもこの数値の違いはどこからくるのか。
前回のブログで述べたように、知り合いの新聞記者からメールがあった。「選挙の投開票の日に開披台調査を実施するので学生たちの協力を得たい」との相談だった。「開披台(かいひだい)調査」をもう一度簡単に説明すると、投票日の午後8時に投票は締め切られ、各投票場の票が開票場に集められる。全部集まったところで、自治体の職員が一斉に開票、集計の作業を行う。この開票作業の様子を双眼鏡でウオッチし、刻一刻と積み上がる票数を開票者の手元で数え、マスメディアの選挙報道センターに伝えるのが開披台調査だ。新聞社と連携したテレビの選挙特番では、こうした開披台調査や、投票所の出口で有権者にどの候補に投票したのか記入してもらう出口調査のデータなどを突き合わせ、リアルタイムに当選確実の速報を打っていく。記者の相談は、「この開披台調査、学生の参加が多ければ多いほどいい」という。
市長が「大分裂」と言ったのは、決議支持率が低迷する中の解散・総選挙では民主の苦戦が必至で、すでに同党の一部議員による新党結成や、有力議員の日本維新の会への合流など離党の動きが出ている。そこで、13日の民主党常任幹事会で「党の総意」として年内解散に反対する方針で合意していた。にもかかわらず、野田総理は党の分裂を覚悟で、「16日解散」を表明したのである。市長の読みは的中したことになる。
首位は、オークリッジ国立研究所(アメリカ)の「タイタン」。1秒間に1京(京は1兆の1万倍)7590兆回の計算速度を記録したという。3位の「京」は1京510兆回。速さだけを競うのであれば「3位」だが、実用的という意味では「京」は優れている。計算科学研究機構(AICS)のホームページで掲載されている立花隆氏(ジャーナリスト)の文が分かりやすいので、以下部分引用させていただく。
その紙から、里山の問題を考えさせるセミナーが昨日(10月31日)、金沢大学角間キャンパスであった。企画したのは香坂玲准教授。講師は、中越パルプ工業の西村修・企画営業部長。同社は、竹紙(たけがみ)を生産している。竹の伐採や運搬、原料チップの加工など、竹は木材に比べ効率が悪く、コスト面で不利とされてきたが、あえてそれに挑んだ。地域の住民や、チップ工場などの協力を得ながら集荷体制を築き、竹パルプ10%配合の製品を開発。さらに工場設備を増強し、2009年は国産竹100%の紙を販売。封筒やはし袋、コップといったほかに、パンフレットやカレンダー、名刺やノートなど使用用途を広げるために工夫をこらしてきた。現在、年間で2万㌧(67万本相当)の竹を使う。日本の竹のみを原料とする紙を「マスプロ製品」として生産する唯一の会社といってよい。