☆福島から-下-
2月25日に福島市で開かれた三井物産環境基金交流会シンポジウムは、除染と復興、放射能と人の心情、安心と安全のパーセプションギャップなど問題が凝縮されていて、迫力のある内容だった。パネル討論が終わり、さらに分科会=写真=に出席した。テーマは「除染と健康、放射能と対峙するには」。放射能の土壌や健康への影響、そして除染の状況、今後の課題について、鈴木元・国際医療福祉大学教授、野中昌法教授が専門家の立場から口火を切った。
放射線リスクは「安全のお墨付き」より「値ごろ感」
鈴木教授の専門は放射線病理、放射線疫学。最初に「低線量遷延被ばく、内部被ばくの健康リスクとどう付き合うか」と題して話した。「遷延被ばく」とは、福島第一原発の事故のように、環境中にばらまかれた放射性降下物からのゆっくりとした被ばくのこと。「内部被ばく」は放射性物質が含まれている飲み物や食べ物、空気体内に摂取したり吸ったりすることで起きる被ばくのこと。鈴木教授は、放射線リスクは「ある」「ない」で論じられるが、この世にゼロリスクはない。「リスクは低ければ低いほどよい」と一般的に認識されるているが、低めるに当たり失うものを考慮しないと、誤った価値判断に陥る。「低線量被ばく、内部被ばくは、急性被ばく(たとえば原爆による被ばく)よりリスクが何百倍も高い」との話が広まっているが、これを裏付ける疫学的なデータはない、と述べた。以上の点から、専門家としては「安全のお墨付き」というものを与えることはできないが、放射線リスクの「値ごろ感」というものを伝えることができる。そのために、「個々人、あるいは地域のみなさんに『受容レベル』を価値判断するための材料を提供できる」と慎重な言い回しで語った。
いくつかの事例が紹介された。原爆による人体への影響を調査している放射線影響研究所(広島市)による「原爆被爆生存者調査結果」によると、肺がんや消化器がんなどの固形がんは、被爆後15年ごろから増え始め、現在も続いている。被ばく線量とがんのリスクについてはこのようなデータがある。日本人男性ががんで死亡する確率は30%とされる、10歳の男の子が100ミリ・シーベルトの急性被ばくをしたとすると、30%だった生涯のがん死亡確率が32.1%、つまりプラス2.1%になる。女の子だと、20%だったのが22.2%になる。被曝量が10ミリ・シーベルトだと、その10分の1に減り、男の子は30%が30.2%、女の子は20%が20.2%になる。50歳の男性と10歳の男の子を比べると、7倍ぐらいの差になり、子供のほうがリスクが高いという評価が出ている。つまり、リスクを考えていくとき、どんなに小さい線量になっても、線量に応じてリスクは残ると考ええていると鈴木教授は述べた。
福島に関連して以下言及した。放射性セシウムのセシウム134、セシウム137は、それぞれの半減期が2年、30年と長いため、環境中に長くとどまる。ただ、雨風によりセシウムが表土から流出するので、実際の環境中から半減する期間は、30年よりはずっと短くなること。そのセシウムは体に入ると、カリウムと同じような動きをし、消化管から吸収され、細胞に取り込まれる。代謝によって排せつされる。尿中に90%ほどが排泄され、大人だと100日で半分が排泄される。子供の場合は早くて、2週から3週で半分が排泄されることがわかっている。
海外の事例が紹介示された。インドのケララ地方は、モナザイトという岩石から放射線が出て、高いガンマ線による被ばくがある地区。年間平均4ミリ・シーベルトぐらいで、多い人では1年間に70ミリ・シーベルトを被ばくする。ところが疫学調査が進められているが、ガンのリスクの上昇は認められていない。10年目の途中経過の報告なので、今後の報告が待たれる。
「悲しい現実」として紹介されたのが、チェルノブイリ事故後の精神健康に対する影響。旧ソ連では自殺が増加し、心因性疾患が増加したと報告されている。また、旧ソ連だけではなくて、ヨーロッパ各国で堕胎が増加したという報告(一説にポーランドだけで40万人)がある。放射線に対する過剰な不安が、国民を不合理な行動に走らせ、そして堕胎という生命損失を招いた。福島でそのようなことがないように情報を提供していきたい、と。
最後にキーワードは「リスクの認知と受容」だと述べた。年間5ミリ・シーベルトの被曝による健康への影響は、10歳の子供が生涯にがんで死亡するリスクが最大で0.1%上昇するといった大きさ。国際放射線防護委員会(ICRP)は、低線量の遷延被曝の場合、リスクは半分になると言っており、0.05%ということになる。そうなると、生涯がん死亡リスクは、10歳の男の子で、30%が30.05%になる、リスク上昇はそのくらい、と。むしろ、低線量被ばくのリスクを恐れて、園児に外遊びさせないということになれば、肥満によるガンのリスクが高まる。野菜不足も栄養面でマイナスだ。家にこもることも、心の健康を害したり、家族やコミュニティの崩壊を招く。リスクを自分なりに整理して、それをコントロールする知恵を身に付けてほしい。それが、環境中の放射線レベルを低減しながら、生活を守るということだ。あわてずに、計画的に生きよう、と。
土壌学が専門の野中教授は「福島の90%の農地は除染が必要ないと考える」と述べた。大切なのは、農家が自分の田畑の土壌を「測定すること」の重要性、そして直売所で農産物の放射線測定をして「消費者に伝えること」が大切だ、と。これ以上田畑を汚染させないために、稲わら、落ち葉などを入れて腐植土をつくり、作物への吸収を減じることが可能だと述べた。そして「何百年と引き継がれた肥沃な土づくりを、除染で表層土壌を取り除いたり、深耕したり、天地返しで20㌢より深い土壌と入れ替えることは、農業者が農業を続けられなくすることに等しい」と強調した。
野中教授は「除染よりむしろ大切なのは、事故前より、より良い農業・農村づくりを目指すことだ。それは可能であり、放射能を測って農村を守ること」と話し、「Man has lost the capacity to foresee and to forestall. He’ll end by destroying earth.(未来を見る目を失い現実に先んずるすべを忘れた人間。その行く先は自然の破壊だ)」と、医療と伝道に生きたアルベルト・シュヴァイツァーの言葉を引用して、会場を訪れた農業者を励ました。
⇒1日(金)朝・金沢の天気 はれ
この地震速報の前後でパネルディカッションが熱気を帯びていた。そのキーワードは「徐前の費用対効果」だった。飯館村村長の菅野典雄氏は、放射能で汚染された土壌の改良、つまり除染に関しては、国家プロジェクトでやってほしいと述べた。つまり、避難している村民が戻ってきて、仕事や生活ができるような環境は、除染が大前提である、と。費用3200億円(20年間)をかけて除染を急いでいる。「放射能とは長い戦いになる。しかし、除染をすれば数値は下がる。これ(除染)をやらなければ避難している村民に戻ろうと言えない」、「それを『費用対効果』で語る政治家がいるのは残念だ」と述べた。
福島市に来ている。積雪はJR福島駅周辺で25㌢ほどだろうか=写真=。新聞やテレビのニュースを見ていると、地吹雪や視界不良で磐越自動車道が一時交通止めになったり、山形新幹線が一時立ち往生、南会津町でスキー大会が中止、きょう25日の国公立大学2次試験で会津大学の試験時間を2時間繰り下げたと報じている。
「5大シャトー」は、1855年のパリ万国博覧会で、皇帝ナポレオン3世は世界中から集まる訪問客に向けて、フランスのボルドーワイン(赤)の展示に格付けが必要だと考えた。 そこで、ボルドー・メドック地区で、ワイン仲買人が評判や市場価格に従って、ワインをランク付けした。その格付けで4つのシャトーに「第一級」の称号を与えられた。それ以来、ボルドーワインの公式格付けとなった。その4つとは「Ch.Lafite-Rothschild(シャトー・ラフィット・ロートシルト)」、「Ch.Margaux(シャトー・マルゴー)」、「Ch.Latour(シャトー・ラトゥール)」、「Ch.Haut Brion(シャトー・オー・ブリオン)」のこと。これに、1973年の格付けで昇格した、「Ch.Mouton Rothschild(シャトー・ムートン・ロスシルド)」を加え、これら5つが世界トップクラス・シャトーといわれるようになった。インターネットで調べてみても、それぞれ1本5万円は下らない。ちなみの、今回の講座の会費は2万3千円。グラスに1杯ずつ5大シャトーが飲めるのだから。一生に一度のチャンスと思えば、案外お得かも知れない。
大友さんによると、室町期に書かれ、元旦から大晦日までの宮中行事100余を記した『公事根源』に、「延喜11年(911)」の年に「後院より七種を供す」と記述があり、当時すでに宮中で唐土(中国大陸)からの厄病を運ぶ鳥の退散を期する七草の行事が行われていたようだ。この季節の風習は行事は、徳川期に入っても「若菜節句」と称して幕府の年中行事に取り入れられ、諸大名が将軍家へ登城してお祝いを述べ、将軍以下全員が「七種の粥」を食したようだ。次第に諸大名から武家へ、商家へ、庶民へと広まった。ただ、現在では「七種の粥」が一般の家庭で行われている話は見たことも聞いたこともない。食糧自給や予防医学の発展で、人々の健康体が保てるようになったからかもしれない。あるいは、「唐土の鳥」という迷信の正体が黄砂ではないのかと知れ渡るようになったからではないか、とも推察している。
前々回に紹介した金沢の料亭「大友楼」でいただいた「鯛の唐蒸し(たいのからむし)」=写真=が誤解の一つだった。二匹の鯛の腹に卯の花(おから)を詰めて大皿に並べたもの。婚礼に際して供される料理。、「にらみ鯛」や「鶴亀鯛」と呼ばれることもある。嫁入り道具とともに花嫁が持参する鯛を、婿側が調理して招待客にふるまうのがならわしである。子宝に恵まれるように、銀杏・百合根・麻の実・きくらげ・人参・蓮根などを入れた卯の花を鯛の腹一杯に詰め、雌雄二匹の鯛を腹合せにして並べる。これまで、知人や同僚の婚礼の披露宴に出席して、何度か口にした。が、正直見栄えだけ豪華でおいしくない料理との印象が残っていた。それが誤解だった。
これはニュースにおけるスクープやスピードだけのことなのだろうか。先日、現役の新聞記者と話す機会があり、話題になった。記者によると、「夜討ち・朝駆けという取材手法があるのは世界で日本と韓国だけらしい」と。続けて、「複数の記者たちを前に事件が経緯や概要を発表するのはある意味で建て前だ。ただ、捜査の経緯の中で隠されたことや、謎の部分で公表したくてもできない場合がある、つまりその本音を聞きたい」と。面白いのはそれが日本と韓国だけらしい、という点だ。確かに、両国とも本音と建て前の精神性がある。かしこまっての公の場ではなかなか本音が出ない。ならば、裏の非公式な場でその本音の話を聞こうとなる。ただ、本音の話を聞き出せても、実名はなかなか書けない。そこで、「警察幹部によると」などの書き出しで始まることになる。匿名である。
七草は、大友楼ではセリ(野ぜり)、ナズナ(バチグサ、ペンペン草)、五行=御行(ハハコグサ)、ハコベラ(あきしらげ)、仏の座(オオバコ)、すず菜(蕪)、スズシロ(大根)のこと。これを台所の七つ道具でたたき=写真=、音を立てて病魔をはらう行事で、3代藩主利常の時代から明治期まで行われたという。面白いのは、たたくときの掛け声だ。「ナンナン、、七草、なずな、唐土の鳥が日本の土地に渡らぬ先にかち合せてボートボトノー」と。つまり、旧暦正月6日の晩から7日の朝にかけて唐の国(中国)から海を渡って日本へ悪い病気の種を抱えた鳥が飛んで来て、空から悪疫のもとを降らすというので、この鳥が我家の上に来ない様にとの願いが込められている。「平安時代からの行事とされる」と、藩主の御膳所を代々勤めた大友家の7代目の大友佐俊さんは言う。
前年(2011)に比べNHKは4.2点、新聞3.1点、民放テレビは3.5点それぞれ下げたことになる。新聞、テレビ、ラジオ、インターネットの情報信頼度が、いずれも調査を始めた2008年以来最低となった。気になるのはメディアとしてのインターネットは53.3点取っている。ラジオは58.6点なので、その差は5点。民放テレビとも7点差だ。年代別の結果で、20代、30代ではインターネットとラジオ・テレビの差がさらに縮まる。これは、テレビ・ラジオの経営者としてはショックだろう。「信頼度がインターネットとそれほど変わらないのであれば、われわれの存在価値はどこにあるのか」などと自問せざるを得ない。
耕儀礼として知られている。毎年12月5日、その家の主(あるじ)は田んぼに神様を迎えに行く。あたかもそこに神がいるがごとく身振り手振りで迎え、自宅に招き入れる。お風呂に入ってもらい、座敷でご馳走でもてなす。田の神は目が不自由であるとの設定になっていて、ホスピタリティ(もてなし)が行き届く丁寧な所作が特徴だ。もてなし方は土蔵で執り行うパターンなど、その家々によって流儀が異なる。田の神に恵みに感謝し、1年の疲れを癒してもらうコンセプトは同じだ。
でもイフガオでも、稲作は神からの授かりものという概念に、モンスーンアジアにおける文化の共通性を感じる。