☆GIAHS国際会議の視座‐5
対話から読むGIAHSの意義、現状、未来可能性
Q(GIAHS担当の能登の行政マン) 能登GIAHSと佐渡GIAHSは、先進国では初めての認定と言われています。地元では、そのことを自分たちはどう解釈すればいいのだろうという思いを巡らせながら、約2年がたとうとしています。そこでパルヴィスさんから、先進国のGIAHSに対する期待聞かせてください。
A(クーハフカン氏) これについてはいくつか考えがあります。日本は近代的
な工業国のリーダーの一つで、本当に素晴らしい興味深い例になってくれると私は確信しています。一つ目には、都市と農村のつながりです。私たちが都市の人口過剰と農村部の過疎という問題を抱えていることは疑いようがありません。私たちは、都市と農村の統合ができればいいと願っていますが、統合が無理なら、せめて交流が起こればいいと考えています。
具体的な例をいくつかご紹介しましょう。これは日本の一部の地域で、GIAHSのためではなく、別の目的のために起こったことなのですが、何が起こったのかというと、スーパーマーケットや産業界は、一般的に言って何かしら農村コミュニティに負っています。農村のいろいろな資源を利用してお金を稼ぎ、ビジネスが繁栄していく一方で、農村部は過疎が進んでいます。食品市場におけるスーパーマーケットの責任として、そのインフラを活用して、ローカルな農家が自分たちのローカルな製品を週に1回、2回、あるいは3回と、都市部に供給できるようになってきました。ローカルな製品、優れた製品、ブランドのラベルがつけられた製品、GIAHSなどのラベルのある製品がスーパーマーケットで販売されて、農村部に出向くことはない人々が購入できるようになっているわけです。これはスーパーマーケットがパッケージした食品ではなく、ローカルなレベルで生産された食品です。
ローカルな農家がその製品を都市部で販売できる可能性を拡大することは、市長や知事、その他の政治家の仕事ですが、興味深いことに、このような非常に高品質の食品というのはスーパーマーケットで売られる食品より安いことがよくあります。ブラジルなどでは、政府が学校給食や公式レセプション用
の食品をすべて、スーパーマーケットではなく地元で生産活動を行う小規模な農家から購入しています。
また、インターネットを通じてこのようなネットワークづくりを行うことも考えられます。都市の市民がその週、あるいはその日に欲しいものを簡単なリストにして、インターネットに載せると、市民のグループが様々な生産者のところへ出向いて製品を購入し、都市でそれを分配するのです。この制度はすでに運用されており、うまく行っています。カリフォルニアのバークレーなどにこのような動きがあって、このような活動は食品生産の多様性を促進するだけでなく、味や色、多様性に富んだ食文化を甦らせることにもつながっています。
最後に大事なことですが、産業部門にも果たせる役割があると思います。日本のような国ではどこでもインターネットを利用でき、インフラがあらゆるところに整備されていて、すべての人を都市に押し込めることなく、ビジネスが分散されています。人々が農村部に住んで、在宅勤務することもできます。美しい場所に住みながら働くことができるわけです。コンピューターの前で同じ仕事をすればいいわけですから、農村部に住んで農村部を豊かにし、農村部に生活を呼び戻しながら、そこで仕事をすることができるのです。他にもいろいろな事例が考えられますが、GIAHSのような概念的な枠組みに取り組み始めると、私にさえわからないような新しいことに投資が行われるということが重要です。
Q(大学の研究者) これまでに多数の場所が認定を受け、認定地とともに取り組みが進められていますが、すでに認定を受けた場所に対する評価はどうでしょうか。認定地の中でも進んでいるところ、成功しているところはどこでしょうか。またその理由は何でしょうか。
A(クーハフカン氏) これまでの認定地で非常にいい例となっているのは迅速に取り組みを進めた国々です。GIAHS認定というアイディアをしっかり把握し、そのプロセスを理解した国々で、中国、ペルー、チリ、マグレブ諸国のオアシスなどがそうです。多くの国が、コミュニティやGIAHSの観点からだけでなく、国の発展の観点からも農業遺産の重要性を理解するようになってきました。GIAHS認定によって、自分たちの持っている宝を再認識できたからです。それは文化であったり、自然であったり、技術(といっても伝統的な技術ですが)であったりしますが、そういった自分たちの宝の価値がわかるようになったのです。
これはGIAHS認定や、どんなに素晴らしい遺産があるか確認するというだけの話ではなく、この動き、このアイディアが今後の世代を実際にどう支援できるかという問題です。例えば、市場への非常に強力なエントリー・ポイントとして、私たちはラベリングを活用しています。現代では、消費者はより優れた選択肢を持ちたいと思っていて、より質の優れた製品を求めており、非常に味気ない大量生産のお米と、高山地帯や非常に特殊な場所で収穫されたとてもおいしいお米の違いを認識しています。また、より健康にいい製品も求めています。20年前には、有機農業について話す人のことをみんな笑っていたものです。しかし今では、世界の市場の製品の20%が有機栽培のものになっています。あいにく、実際にはビジネス界のほうが農家コミュニティより有機農業を活用しているのですが、これはまた別の問題です。
Q(能登の農業者1) 将来に向けた人材育成について、日本と海外の場合では環境ももちろん違いますし、生活の状況ももちろん変わると思います。海外の場合、例えば農業をやる人たちのモチベーションや意識は、もちろん食べてゆくためということが多いと思います。日本の場合、「幸せ」というものが変化しており、農業に対しても、若い人たちがサラリーマン的感覚になっていたり、時間を拘束されることを嫌ったりします。農業を一人や家族でやる場合は、そういう問題は比較的解決されるのではないかと思いますが、チームや組織として動く場合に、何か良いヒントをいただければと思います。
A(クーハフカン氏) GIAHSプログラムの枠組みで私たちが行っている取り組みに、「持続可能な暮らし(sustainable livelihood)」と私たちが呼んでいる全体的なアプローチがあります。持続可能な暮らしというのは、環境に目を向けると、どこにいようと、世界中のどの場所にあろうと、人には少なくとも五つの資本があるということをベースにしています。それは、自然資本、人的資本、社会資本、インフラ資本、金融資本です。
自然資本は、土地や水、生物多様性、森林のことで、非常にシンプルでわかりやすいです。人的資本は、健康、年齢、教育、知識のことです。社会資本は私たちの連帯、関係、組織、交流の力などです。インフラ資本は道路やインターネット、飛行機、市場、そういった私たちが持っているあらゆるもの、インフラのことです。金融資本はもちろん、私たちが投資するお金のことです。
さて、持続可能な生活を送るためのこれらの資本ですが、私たちはそのうちの一つだけではなく、五つすべてに投資をする必要があります。残念なことに、現代の社会、現代のビジネスは、一つだけ、多くても二つくらいにしか投資しておらず、それがこんなに歪んだ社会を生んだ原因になっています。金融資本に目を向けると、ただお金儲けすることが目的とされて、他のことは忘れられてしまい、自然が破壊されました。コミュニティを発展させようとしたときには、人的資本や社会資本にだけ目を向けて、他のことを忘れてしまいました。本当に持続可能な開発を実現したければ、私たちはこれらすべての資本に投資しなければならず、またこれらの資本が相互に作用するようにしなければならないのです。
要するに、本当に持続可能なビジネスをしたかったら、これらすべての資産、資本に目を向け、どうすればこれらすべてを同時に強化させられるか、考える必要があるということです。また、私たちはこれらの資本のうち、あるものを他のもののために活用しなければなりません。ある資本を別の資本に変化させる、一つの資本の限界に目を向けて、これらの資本を枯渇させるのではなく強化する、そういったことを目指さなければならないのです。これは、あらゆる持続可能なプログラムやビジネスに欠かせないことです。
Q(能登の農業者2) 日本では今、里山里海が本当に見直されています。しかし、ほんの30~40年前までは高度成長期で、乱開発が進んで公害等が出たりしていました。今、世界では同じように乱開発・環境破壊が進んでいて、それが自国内のみならず他国にも影響を及ぼしています。これについて、FAOあるいは世界農業遺産として、環境という面からどのような意見をお持ちでしょうか。
A(クーハフカン氏) 様々な違った国の社会があり、その内部には違った部分があることは、確かにビジネスの仕方や暮らし方を通じて互いに影響を与えています。しかしあるコミュニティが他のコミュニティに影響しようと、ある自治体が他の自治体に影響しようと、ある国が他の国に影響しようと、長い間たいして関心を集めずにそうされてきました。私たちは単にビジネスを行い、交換し、互いから利益を得ようとしてきたわけですが、資源に対する競争が激しくなり、自然資源の劣化が進むにつれ、もっと汚染が広がり、もっと問題が生まれることが明らかになってきたわけです。しかし、これが歴史的な流れでした。たいてい、先進国が最初に自然を破壊して豊かになり、それからもっと貧しい途上国を植民地支配したわけです。
現在では、二つの重要なコンセプトが生まれています。一つは「汚染者の国」、破壊を行ったものがその行為の代償を支払うというものです。自宅の周辺でも、近所の人が水を汚染したら、その人を罰せずに放っておくわけにはいきません。それと同じでビジネス界など社会の一部が海を汚染したら、放っておくわけにはいきません。しかし残念ながら、つい最近まで、各国政府は全く無頓着でした。そのための厳密な規則はあまり導入されてきませんでした。国の間でも同じです。気候変動が起こっているのは先進国が自然を破壊し、先進国のビジネスがこんなにもたくさんの温室効果ガスを排出しているからで、今ではみんなが非常に困難な状況にあることを理解しています。しかし今、途上国は先進国に自分たちはあなたたちの発展の犠牲者だから、あなたたちが責任を取って代償を支払えと主張しており、問題になっています。
現時点では、気候変動などに関連した各国間の最も大きな懸案事項は、先進国がこれまで通りにビジネスを続け、大量の炭素を排出し続けているということです。途上国は、なぜ自分たちがその代償を支払わなければいけないのか、自分たちだって発展したいと言っています。先進国は途上国が発展するのを阻止したがっています。例えば、アメリカと中国、あるいは日本と中国の間で対立が起こっていますが、それにはそれだけの理由があります。だからこそ、国連が壊れた道を実際に舗装し、対立したり緊張関係を作り出すのではなく、問題解決のためにみんなが一緒に取り組むよう、持続可能な方法で互いの長所を探し、互いに助け合うよう、みんなをまとめることが非常に重要です。そのために国際協力が存在し、協力が必要とされている、そのために京都議定書が存在し、生物多様性条約が存在するのです。これは非常に本質的な問題ですが、残念ながら私たちが生み出してきたあらゆる差異やあらゆる問題のために解決できていません。みんながビジネスだけについて考えるのではなく、もっと持続可能なやり方で成功を収め、私たちの問題をどうすれば本当に解決できるのか考えることが国際社会の重要な役割です。だからこそ、GIAHSや里山のようなプログラムが、このような統合されたアプローチを本当に推進するために、重要なのだと私たちは考えています。
⇒27日(月)朝・金沢の天気 はれ
私は能登の一部で、農薬の使用をやめた所を見学させていただきました。そこでは有機栽培で米が生産されており、少しずつ水田にカエルや動物、様々な種類のヒルやミミズ、貝類が戻ってきています。生態系や生物多様性を回復するだけでなく、自然の中のある種のバランスが取り戻され、農薬や肥料の必要がなくなるため、これは非常に重要なことです。このような自然なシステムがもっと増えれば、きっと水田にもっと魚が増え、GIAHSがいっそう改良されます。
は、優れた製品を生産するだけでなく、生態系と生物多様性を維持し、その恩恵を受けています。これはアメリカの現代の里山と言えるでしょう。
今月29日から能登半島・七尾市で開催されるGIAHS国際フォーラムには当然、主催者であるFAOからパルビスGIAHS事務局長も出席する。私の知る限りでパルビス氏の能登入りは今回のフォーラムを含めると4度目である。過去に2010年6月4日の事前視察、2011年6月17日の認証セレモニー(inception workshop)=写真・上=、2013年2月19、20日の国際GIAHSセミナー(能登キャンパス構想推進協議会など主催)=写真・下=である。
私は昨年、食料・農業のために使われる世界の土地資源および水資源の状況を、1冊の本にまとめて出版しました。FAO(食糧農業機関)が、過去50年にわたる土地・水利用の世界的な実態を評価したものです。世界レベルでは、農地が森林、湿地、山間部に12%拡大しました。灌漑地は117%増加し、食料生産は200%増加しました。つまり3倍になったということです。
フランスのモンペリエ第2大学(理工系)で生態学の博士号を取得したパルビス氏は天然資源管理や持続可能な開発、農業生態学に関する著書(2008「Enduring Farms:Climate Change,Smallholders and Traditional Farming Communities(困難に耐える農家:気候変動、小規模農家と伝統的農村社会)」など)もある。スピーチを聞けば論理を重んじる学者肌だと理解できる。そのパルビス氏は目を輝かせながら、のぞき込んだのが能登の水田で採取した昆虫標本だった=写真・上=。そして、「この虫を採取したのは農家か」「カエルやヒルやミミズ、貝類の標本はあるか」と矢継ぎ早に質問もした。当時、視察対応の窓口だった私の第一印象は「虫好き、生物多様性に熱心な人」だった。その年の10月に開かれた生物多様性条約第10回締約国会議(名古屋市)の会場でもお見かけした。
里海の人材養成についてプレゼンテーションを目的に出席、私は発言する立場にないオブザーバー参加だった。佐渡や能登の自治体、農林水産省、国連大学高等研究所、石川県庁など含め日本から総勢16人の参加だった。
た運営委員会を傍聴すらできないと当初思われていた。ところが、中村教授がパルビス氏に傍聴は可能と尋ねると「No problem」の返事だった。運営委員会の雰囲気は緊張ではなく、各国のテレビ局などメディアも入るオープンな場だった。認証式は翌日11日午前に行われた=写真・下=。
上記のようなパルビス氏の思い入れもあり、てっきり2013年のGIAHS国際フォーラムはカリフォルニア開催と思っていた関係者も多かったと思う。逆に言えば、谷本知事のトップセールスが熱心だったのだろう。国際会議を誘致する知事のトップセールスの腕前はこれだけではない。2008年5月24日、ドイツのボンで開催中だった生物多様性条約第9回締約国会議(COP9)の現地事務局に条約事務局長のアフメド・ジョグラフ氏を知事は訪ねた。このときすでに、2010年のCOP10の名古屋開催が内定していたので、「2010国際生物多様性年」のオープニングイベントなど関連会議を「ぜひ石川に」と売り込んだのだ=写真・上=。このとき、国連大学高等研究所いしかわ・かなざわオペレーティング・ユニットのあん・まくどなるど所長(当時)が通訳にあたり、「石川、能登半島にはすばらしいSatoyamaとSatoumiがある。一度見に来てほしい」と力説した。27日にはCOP9に訪れた環境省の黒田大三郎審議官(当時)にCOP10関連会議の誘致を根回した。
金沢で開催された国際生物多様性年のクロージングイベントは翌年の「2011国際森林年」にちなんだ式典でもあった=写真・下=。印象的だったのは、各国の大使クラスの参加者が参加した兼六園への散歩コース。雪つりを終えていた兼六園の樹木を眺めながら、海外からの来賓たちが「木の保護の仕方が独特。300年以上生きている木があることは驚き。これこそ日本の遺産だ」と絶賛していた。
北海道旅行の4日目(5月6日)は札幌を巡った。朝は気温が5度と低く、吐く息が白い。市内全体がガスがかかった感じで、テレビ塔(147.2㍍)=写真・上=もかすんで見える。オホーツク海に停滞している低気圧の影響で上空に寒気が流れ込んでいるためらしい。午前中のニュースでは、北海道の東部が雪に見舞われ、帯広では積雪3㌢となり、5月としては2008年以来の積雪を観測した、と。3日に新千歳空港に到着してからずっと春冷えで、まるで冬を追いかけてきたようだ。
の新聞を読んでの印象だ。それにしても、1855年産のワインはロシアからの相当前向きなメッセージではないだろうか。
こうした北海道の海陸の接点が重視され、金融や輸送の関連企業が続々と小樽に集まってくることになる。もう一つの国指定重要文化財である旧・日本郵船小樽支店=写真=は、日露戦争直後の明治39年(1906)に完成した。石造2階建て、ルネッサンス様式の重厚な建築だ。この建物が注目されたのは、日露戦争の勝利だ。明治38年(1905)9月5日締結のポーツマス条約で樺太の南半分が日本の領土となり、翌年明治39年の11月13日、その条約に基づく国境画定会議が日本郵船小樽支店の2階会議室で開かれたのである。このとき、ロシア側の交渉団の委員長が宴席のスピーチで「北海道は日本の新天地なり」と褒めちぎったといわれる。すなわち、北海道内の物流の結節点だけでなく、大陸貿易の窓口としての機能に期待が膨らんだのである。
道央自動車道を走り、登別から小樽に着いた(4日)。予約しておいた小樽運河沿いのホテルにレンタカーを停め、周辺を散策した=写真・上=。2007年8月にも家族で小樽に来ているので、5年9ヵ月ぶりになる。で、小樽はどうのように変わったのか印象を述べてみたい。
きしていると、中国語の会話をしながらワイワイと歩くグループとよく会う。海外からも観光客を呼び込む戦略も成功しているのだろう。
ば、北海道どこでも味わえるのではないか。その土地で磨かれた文化としての食はどこのあるのだろうか。
定的となったのか、熱が出るやら咳き込むやらで体長不良に陥った。季節は春とは言え、今回の寒さは、地元紙の北海道新聞にも「札幌 21年ぶり5月の雪観測」(3日付)と1面の見出しで、2日夜に札幌でみぞれが降り、積雪(1㌢未満)を観測した、季節外れの戻り寒波を記していた。タマネギやジャガイモを作付する道内の農家が「寒い春」の影響で低温と日照不足を案じる声も記事にされていた。
登別温泉に到着して。さっそく地獄谷を見学に行った。硫黄のにおいが立ち込め、いまも水蒸気を噴き上げている。「地熱注意」の看板も目につく。下に降りると、薬師如来の御堂がある。看板が書きに江戸時代に南部藩が火薬の原料となる硫黄を採取した、とある。そしてところどころに、閻魔大王の像やら漫画風のキャラクターが温泉街を彩っている。そして、楽しそうに写真を撮影しているグループの中には中国語が飛び交っている。
昨日から金沢では時折、雷が鳴り、荒れ模様の天気となった。そしてきょう27日は先ほど7時50分ごろに激しく「あられ」が降った。数分間だったが叩きつけるような激しい降りだった。金沢地方気象台の気象予報では、きょう27日は、上空に強い寒気を伴う気圧の谷が本州付近を通過するため、石川県では昼前まで雨や雷雨となる所がある、と。
