★優しきジンベイザメ
学生・留学生と巡る「能登の世界農業遺産を学ぶスタディ・ツアー」の3日目。最終日のテーマは「里海の生業と生物多様性だ。能登町のリアス式海岸、九十九(つくも)湾に日本有数のイカ釣り船団の拠点・小木漁港を訪ねた。一般社団法人・能登里海教育研究所の浦田慎研究員から、イカ釣りの生業(なりわい)について講義を聴いた。「一尾冷凍」のニーズに取り組んだ進取の気質、イカ釣りという里海資源に配慮した漁法など印象に残る内容だった。この後、サプライズがあった。浦田研究員から「それではイカの冷凍庫がどのようものか見学しましょう」と提案があった。小木漁協の好意で冷凍庫を開けてくれるというのだ。「どうぞ」を漁協の職員が入るように促してくれたマイナス28度の空間、半袖で入ったせいか数秒で身震いが始まり、外に出た。するとメガネがいきなり真っ白になった。ハンカチで拭いても、また真っ白に。こればかりは数字では理解できない、体験して初めての実感だった。
学生からさっそくこんな質問が飛んだ。「冷凍庫に冷凍イカを出し入れする際にどのような服装で入るのですか」と。すると漁協職員は「普段着ですよ」と。冷凍イカは箱詰めされていて、フォークリフトで出し入れする。そのフォークリフトの運転席は個室タイプになっていてドアを閉めて暖房を入れることができる。すると普段着でもマイナス28度の冷凍庫に入ることができる、というわけ。ニーズに応じたフォークリフトがあるのだ。
この後、さらにイカの加工工場へ。魚醤の生産工場だ。イカの内臓やイワシを発酵させたもの。能登では伝統的に「いしる」と呼ばれる。ヤマサ商事の山崎晃一氏の案内で貯蔵庫を見学させてもらった。貯蔵庫入口のドアを開けたとたんに発酵のにおいに包まれた。発酵のにおいは不思議だ。「ヤバイ」と言いながら鼻をふさぐ者もいれば、「どこか懐かしいにおいですね」と平気で入る学生もいる。フランス人の女子留学生は逃げるようにして遠ざかった。発酵食の原点でもある魚醤のタンクがずらりと並ぶ。日本料理やイタリア料理の隠し味としてニーズがあるようだ。「イタリアから問い合わせもあります」と山崎氏。「能登のいしるがヨーロッパ進出」というニュースを期待したい。
七尾市能登島の「のとじま水族館」を見学した。池口新一郎副館長の解説を聴く。近海の魚介類を中心に500種4万点を展示。水族館のスターは地元の定置網で捕獲されるジンベイザメだ。体の大きさの割には威圧感がない。ジンベエザメは和名だが、模様が着物の甚兵衛に似ているからとの説も。小魚やプランクトンがエサで動きがゆったりしているので、人気があるのだろう。体長が6㍍になると、GPS発信機をつけて、再び海に放される。ジンベイザメの回遊経路などがこれによって調査される。
ツアーの最後は能登半島で一番高い山、宝達山(637㍍)に登った。「旅するチョウ」と言われるアサギマダラが宝達山の山頂をめざして飛来しているからだ。このチョウは春は日本列島の北の方へ、秋には南の方へ。その距離は2000㌔にも及ぶと言われる。宝達志水町職員でもある田上諭史氏たちはアサギマダラを捕獲、マーキングして放す。また、蜜がエサになるホッコクアザミを伐採しないなど保護運動につとめている。田上氏は白いタオルを回転させて、アサギマダラをおびき寄せようとしたが、風が吹いていたせいか、1匹しか捕獲できなかった。
それにしてもイカ、ジンベエザメ、そしてアサギマダラと、いろいろな人々が関わり合って、生業としたり、展示をしたり、保護活動をしたりと実に多彩だ。能登の生物多様性と人々の営みを理解する一助となった。宝達山頂から日本海の風景を堪能してツアーを締めくくった。
⇒16日(土)夜・金沢の天気 はれ
講義の後、稲刈りが終わって、はざ干しされた田んぼに出かけた。稲の言い匂いが漂ってきた。学生や留学生は始めてという。ただ一人、ベトナムからの女子留学生は「私も好きです。農村の匂いです」と。
午後、珠洲市で開催されている「奥能登国際芸術祭」の会場を巡った。印象深い作品を2つ。塩田千春:作品「時を運ぶ船」(旧・清水保育所)=写真・上=。珠洲市の塩田村の近くに、塩田氏が奇縁を感じて作品に取り組んだと地元のガイドが説明してくれた。赤い毛糸を部屋の全方位に巡らし、下に佇む、ひなびた舟。この赤い空間と舟は、人々の血のにじむ屈折と労働、そして地域の歴史を支えてきた子どもたちを育んだ胎内を表現しているのだろうか。直接話が聞きたくて「作者の塩田さんはここにおられますか」とガイド氏に尋ねると、「体調を壊されましてドイツに戻っておられます」と。作品づくりについて直接話を聞いてみたい一人だ。
国指定史跡である雨の宮古墳群は、眉丈山(びじょうざん)の尾根筋につくられた古墳群で北陸最大級。地元では古くから「雨乞いの聖地」として知られた。尾根を切り開いて造られた古墳は前方後方墳(1号墳)と前方後円墳(2号墳)を中心に全部で36基が点在している。全長64㍍の1号墳は、4世紀から5世紀の築造とされ、古墳を覆う葺石(ふきいし)も当時ままの姿。早稲田大学から参加したイギリス人の女子留学生は「まるでエジプトのピラミッドのよう。この地域の富と人々の知恵がなければ造れないですね」と考察した。山頂にあるこの古墳からは周囲の田んぼが見渡すことができる。この地域はコメの産地であり、海上交通・輸送の一大ルートだった。粘土で被われた石棺から、全国でも珍しい四角い鉄板で綴った短い甲、鉄剣、神獣鏡、腕飾形碧玉など多数出土している。古墳時代の能登がこの地でイメージできる。
させて広大な地域に対する超強力EMP攻撃まで加えることができる多機能化された熱核戦闘部だ.)と戦闘能力を誇っている。ここに出てくる「EMP」、これが電磁パルス(electromagnetic pulse)のことだ。北朝鮮は初めて公式にEMP開発の事実を明らかにした。
(朝鮮民主主義人民共和国の核兵器研究所声明 – 大陸間弾道ロケット搭載用スソタン試験で完全に成功)。スソタンは朝鮮語で「水素爆弾」のこと。
サイル発射は日本への積年の思いを晴らすものだと強調している。「ぶったまげる大胆な作戦」という表現には思わずのけ反ってしまった。
だった。一つ違っていたのは、数社のローカルテレビ局のリポーターが取材に来ていて、朝市おばさんや観光客にマイクを向けていた=写真・下=。「頑丈な建物に逃げてといっているけど、コンクリの店にゴメンネと言って入るしかないね」「輪島の地下施設ってどこにあるが」「あのサイレンの音、頭が痛くなるね」。朝市おばさんたちの反応はどこか素直に聞こえた。
それにしても、北朝鮮によるICBM(大陸間弾道ミサイル)発射を受けて、国連安全保障理事会は今月6日(現地時間5日)、国連憲章「第7章 平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動」第41条を基に兵力の使用を伴わない制裁決議案(経済制裁)を全会一致で採択したばかりではないか。その経済制裁が効かないということになれば、今度は第42条による陸海空軍による軍事行動になるだろう。しかし、そこまで一気にいけないだろう。第41条と第42条の中間点「海上封鎖」になるかもしれない。
バノン氏が経済戦争と称したのは、アメリカ企業の技術移転を義務付ける不透明な認可手続きや、中国の民間企業にアメリカ企業の買収を指示、中国政府によるアメリカ企業へのハッカー行為などだ。中国との貿易戦争にバノン氏は裏方で政策的なアジェンダを組み立て、USTRを動かしてきた。バノン氏更迭の後、こうした政策は遂行されるのだろうか。上記の見出しはポスト・バノンの政策には問題が山積している、と問題提起している。
ルで掲載された、アメリカのティラーソン国務長官とマティス国防長官による連名の寄稿だろう(現地時間13日)。
この時節いつも思うことだが、同じ墓参りでも金沢と能登・加賀では参り方に違いがある。金沢の場合は、墓所にキリコをつり下げる棒か紐がかけてあり、墓参した人は箱型キリコあるいは札キリコをかける。キリコには宗派によって、例えば浄土真宗の墓地ならば「南無阿弥陀仏」、曹洞宗ならば「南無釈迦牟尼仏」と書いて、裏の「進上」には墓参した人の名前を記す。このキリコを献上しておくと、その墓の持ち家の人はキリコをチェックすれば誰が墓参に来たのか分かる仕組みになっている。