☆ニュースの裏読み

☆ニュースの裏読み

     報じられるニュースと報じられないニュースがある。簡単に言えば、報じられるニュースは建て前、報じられないニュースは本音、あるいは不都合な真実と言ってよいかも知れない。その事例をいくつか。

     経団連中西宏明会長が2021年春以降に入社する学生への会員企業の採用活動に関し、経団連が定めている面接解禁などの統一ルールを廃止する意向を表明したと報じられた。これに対し、遊説先で安倍総理は「企業側ともよく話をした結果、『採用活動は6月開始』というルールをつくったところだから、このルールをしっかりと守っていただきたい」と述べ、経団連は指針を守るべきだと述べたという。

     経団連がつくった就活の統一ルールはすでに形骸化している。リクルートキャリアが発表した数字では、面接など企業の選考活動が解禁されたことし6月1日時点で、大学生の就職内定率は68.1%となっていた。このままでいけば、経団連に加盟する大企業が「貧乏くじ」を引くことになってしまう。そもそも、リクルートスーツで身を固めて会社訪問というパターン化された就活に違和感を持つ学生は多い。最近聞いた学生の話では、留学先(オーストラリア)から東京の企業にメールで問い合わせ、後日スカイプで面接をして内定。帰国後に企業訪問をして卒業後の具体的な仕事内容について段取りをしてきた、と。学生の本分である勉学が就職活動が早くなることで疎外されること懸念する向きもあるが、リクルートスーツで何十社と回るより時間的なロスが少ないのではないだろうか。

    障害者手帳は地方公共団体に認定を受けると発行される、障害を証明するための手帳である。手帳は2 年ごとに更新が必要だ。いま問題となっている障害者雇用の問題はこの手帳を持っているのか、いないのかが基準となっている。正直私だったらこの手帳を持ちたくない。実際に手帳を持っている人の話だ。精神に障害を持つ彼は、担当の医師に手帳の更新の申請書を書いてもらう。その時、医師は「症状は随分とよくなっていると思いますが、そのまま書くと手帳がもらえなくなるので少々きつく書いておきますね」と言われたそうだ。実際書かれた申請書に目を通すと「暴れる」「奇声を発する」など大げさに書いてあった。

    働くために手帳をもらう。手帳をもらうために症状の水増しが行われる。彼は「人格が傷つけたれた思いがした」「本音を言えば手帳はいらない。更新時が憂鬱だ」と。このような声はニュースにはいっさい出てこない。

⇒4日(火)朝・金沢の天気    くもり時々はれ

★27年ぶり「猛烈台風」

★27年ぶり「猛烈台風」

          豪雨の次は猛烈な台風だ。「非常に強い」台風21号が4日に本州に上陸する。気象庁のきょうのホームページで掲載されている台風の進路予想図では同日夜には北陸が暴風域のど真ん中に入るルートになっている。「非常に強い」勢力の台風が本州に上陸するのは1991年以降初めと警戒感が広がっている。

    1991年9月27日夜に北陸を直撃した「台風19号」。鮮明に覚えている。このとき、北陸朝日放送の報道制作局に所属していた。開局を4日後の10月1日に控え職場では準備で慌ただしかった。さらに台風の直撃。カメラマンと取材場所をどこにするかと議論になった。台風は長崎県に上陸し、山口県をかすめて、日本海を北上していた。防波堤に叩きつけるような波を撮影しようと、カメラマンには金沢港に向かってもらった。この日は社内に泊まり込んだ。

   ところが一夜明けて大変なことになっていた。金沢の観光スポット、兼六園の名木が何本も倒れて無残な光景に。輪島市にある輪島測候所の風速計が最大瞬間風速57.3㍍を記録した後に破損するという事態になっていた。映像は「ネット上げ」(全国ニュース用)にテレビ朝日に送った。北陸朝日放送の駐車場にあった取材用のワゴン車1台も横転していた。その後、台風は青森、北海道を通過した。映像で繰り返し放送されて有名になったのは、収穫を前に青森のリンゴが軒並み落下し、落胆する農家の様子だった。このことから台風19号は「リンゴ台風」とも呼ばれた。

   では、27年ぶりの「非常に強い」台風21号はどうか。気象庁の予測データでは、4日の最大風速は北陸で30㍍、最大瞬間風速は45㍍、5日朝までの24時間に北陸では300-400㍉の雨。気象用語では最大風速30㍍は「猛烈な風」だ。風速33-49㍍(約10 秒間の平均)で「屋根瓦が飛び、ガラス窓が割れる。ビニールハウスの被害甚大。根の弱い木は倒れ、強い木の幹が折れたりする。走っている自動車が横風を受けると、道から吹き落とされる」とある。台風19号を経験しているだけにリアリティを感じる。(※写真は気象庁の3日付のHPから抜粋)

⇒3日(月)朝・金沢の天気    はれ

☆「ため池ハザ-ド」

☆「ため池ハザ-ド」

    豪雨の峠は越えたようだが、能登半島を中心に石川県ではきのう(31日)の降り始めからの雨量が各地300㍉近くに達しているところがあり、テレビのニュースでは気象台が土砂災害に警戒するよう呼びかけている。能登の人たちの心配はむしろこれからだ。きのう夕方のNHKニュース(ローカル)で、避難所に身を寄せている高齢女性のひと言が心配を象徴していた。「堤が壊れるんやないかと不安でここ(避難所)にきたんや」

    堤は「ため池」のこと。能登半島は中山間地での水田が多く、その上方にため池が造成されている。能登半島全体で2000ものため池があると言われている。中には中世の荘園制度で開発された歴史的なため池もある。「町野荘」があったことで知られる能登町には「溜水」と書いて「タムシャ」と呼ぶ集落もある。今でも梅雨入り前に集落の人たちが土手を補修するなど共同管理している。インタビューで高齢女性が不安に思ったため池はおそらく、過疎高齢化で管理する人たちがいなくなったに違いない。中山間地のため池が決壊すれば、山のふもとにある集落には水害と土砂災害が一気に襲ってくることになる。

    ため池は普段どのように管理されているのだろうか。能登町矢波地区に行くと、公民館に「ため池ハザードマップ」=写真=が貼ってある。同地区には5つのため溜め池があり、決壊した場合どのような範囲で水や土砂が流れるのか地図上で示されている。溜め池の管理人が堤防の亀裂や崩れ、沈下、濁水、水位などに異常を確認した場合、区長に連絡し、区長は住民に避難の連絡をすると同時に行政とともに現地対策本部を立ち上げると明記している。これだけ用意周到な対策を講じていれば、地域住民は安心感を得ることができる。

    問題は管理されないため池の存在である。石川県農林水産部が珠洲市で行った「ため池の管理に関するアンケート」(2010 年1 月)ではまったく管理や補修がされていため池が1割あった。耕作放棄や河川からの引水で灌漑の機能を失ったためだ。この傾向は増える傾向にあることは言うまでもない。「もう3割は管理されていないのでは」と指摘する向きもある。

    ため池を放置すれば土砂崩れや水害のリスクが高まる。沼地化して、その後に樹木が生えて原野に戻っていくこともある。能登半島はコハクチョウや国指定天然記念物オオヒシクイなどの飛来地としても知られる。これらの水鳥はため池周辺の水田を餌場としても利用している。また、ため池は絶滅危惧種であるシャープゲンゴロウモドキやトミヨ、固有種ホクリクサンショウウオなど希少な昆虫や魚類の生息地でもある。ため池の管理が大きな曲がり角に来ている。

⇒1日(土)午前・金沢の天気    くもり時々あめ

★世界農業遺産と持続可能な社会-下

★世界農業遺産と持続可能な社会-下

  和歌山県みなべ町で開催されている「第5回東アジア農業遺産学会(ERAHS)二日目のきょう28日はチャーターバスに乗ってのエクスカーション(視察)だった。日本や中国、韓国の参加者180人が4台のバスに分乗して、みなべ町の「県果樹試験場うめ研究所」「うめ振興館」、田辺市の「紀州石神(いしがみ)田辺梅林」「紀州備長炭記念公園」を巡った。

        紀州備長炭と南高梅の「共生」関係

     和歌山県の梅生産量は5万3500㌧で全国の62%を占める(平成29年農林統計)。うめ研究所によれば、その和歌山県の生産量のうち、みなべ町41%と田辺市35%だ。和歌山の梅生産の品種別割合でいえば全国で知られる「南高梅」が85%を占める。ちなみに「南高」というネーミングは、戦後に地元の優良品種の絞り込みが行われた際、南部高校園芸科の生徒たちが5年間の調査研究に協力して「高田梅」という品種を選び出したことから「南高梅」と命名されたという。ローカルから発した全国ブランドだ。

   その生産現場である紀州石神田辺梅林を訪ねて驚いた。急傾斜ですり鉢状の地形の底の石神集落を取り囲むように梅林が広がる=写真・上=。「ひと目三十万本」。その広さを説明してくれたのは紀州田辺観梅協会の会長、石神忠夫氏だった=写真・中=。30度から40度の傾斜地を上り下りしながら400年の歳月をかけて創り上げた世界農業遺産「みなべ・田辺の梅システム」のシンボル的な場所だ。坂道を速足で歩く石神氏は77歳。参加者の一人が「健康の秘訣は何ですか」と尋ねると、「暴飲暴食をしないこと。この土地の人は皆心がけていますよ」と即座に。条件不利地で伝統的な農業を受け継ぐには「体が資本」と言うことか。

   山並みの上部には水源涵養(かんよう)や崩落防止の役目を果たすウバメガシやカシ、クヌギなどの薪炭林が広がっている。薪炭林にはニホンミツバチが生息し、山の中腹に広がる梅林の花の受粉を手伝っている。システマチックに形成された自然環境と生物多様性はまさに里山、そのふもとに人里(集落)が広がる。ニホンミツバチの巣箱や梅の天日干しが行われているビニールハウスの現場を見る。梅の花が一斉に咲く2月の観梅期には地元に1万人ほどの来訪者がある。最近では台湾や中国からのバスツアーも増えた。「世界農業遺産のおかげですよ」と石神氏は目を細めた。

   ウバメガシを原料とする備長炭(びんちょうたん)もこの地域の主力産業の一つだ。紀州備長炭記念公園を訪れると、「炭琴」の演奏で歓迎してくれた=写真・下=。備長炭は鉄のように硬く、澄み切った音が響く。地元の女性たちで構成する「秋津川炭琴サークル」による 「上を向いて歩こう」「さくらさくら」の演奏に聴き入った。グループの中に20代の若さの女性がいた。演奏後に尋ねると、地域おこし協力隊のメンバーで去年3月に移住し、炭琴サークルに誘われて入った。「心に響く音色ですね」と水を向けると、「備長炭は湿気を吸って音程が変わるので、調律をしなければならないデリケートな楽器なんですよ」と。

   炭焼き窯に行くと、若夫婦が炭の窯出し作業を行っていた。窯の中で高温で蒸し焼きにし、窯から出して、素灰と呼ぶ灰を掛けて消火する。このため「白炭」とも呼ばれる。今月12日にウバメガシの原木を窯に入れ、きょう窯出しなので17日間の作業だ。3㌧の原木を入れて、製炭量は350㌔ほどになる。

   炭焼き業者は梅林の上にある薪炭林の中から太い幹だけを伐採する契約を梅栽培農家と結び原木を調達する。農家にとっても間伐は薪炭林の保全に必要だ。全国ブランドである紀州備長炭と南高梅はこうした「共生」関係にある。「梅システム」恐るべし。

⇒28日(火)夜・和歌山県みなべ町の天気    はれ

☆世界農業遺産と持続可能な社会-上

☆世界農業遺産と持続可能な社会-上

   きょう(27日)から和歌山県みなべ町で「第5回東アジア農業遺産学会(ERAHS=East Aisa Reserch Association for Agricultural Heritage Systems)が開催されている。2011年6月に「能登の里山里海」が世界農業遺産(GIAHS)に認定され以来さまざまな場面で関わっているが、今回は中国、韓国、日本の行政のGIAHS担当者や実践者、研究者を交えた学術学会に参加している。
    
       伝統的な知識とサイエンスをいかに統合していくか

   GIAHSは農業の大規模化や品種改良、肥料や農薬の使用などの近代化で失われつつある世界各地の伝統的な農業や農村の文化や景観、生物多様性に富む生態系を次世代に継承すること目的に、国連食糧農業機関(FAO、本部・ローマ)が2002年に始めた認定制度だ。現在21ヵ国52の認定地(サイト)がある。

   開催地のみなべ町は2015年に認定された「みなべ・田辺の梅システム」のサイト。養分に乏しい斜面の梅林周辺に薪炭林を残し、水源涵養や崩落を防止しながら薪炭林を活用した紀州備長炭の生産と、ミツバチを受粉に利用した梅栽培を行うことで評価されてる。400年の歴史があり、梅栽培は国内50%の生産量を誇る産地でもある。開会挨拶で和歌山県知事の仁坂吉伸氏は「梅の養分の機能性が世界で見直されつつある。これはGIAHS認定の効果ではないか」と。

   基調講演でFAOのGIAHS事務局長の遠藤芳英氏が「GIAHSをめぐる最近の動向」と題して3つポイントを述べた。一つは、ヨーロッパで初めて2017年にスペインの「アクサルキアのレーズン生産システム」と「アナーニャの塩生産システム」が認定されたのをきっかけに、イタリアやポルトガルでもエントリーが相次ぎ、GIAHSの地理的な拡大になっている。二つ目は、国連教育科学文化機関(UNESCO)の世界遺産とGIAHSの連携を図るため共同会議や連携作業を進めていく。三つ目は、GIAHSの次なるステップとして学術分野との連携。千年、2千年と続くGIAHSサイトには地球規模の気候変動に耐え、農法や伝統知識を伝承した知恵がある。科学的、経済的、社会的な分析を施すことで価値を共有したい。

   国連大学サステイナビリティ高等研究所上席客員教授でERAS名誉議長の武内和彦氏は「GIAHSとパートナーシップ」というテーマで、国連の持続可能な開発目標(SDGs)と足並みをそろえることの重要性を訴えた=写真=。SDGs目標 17「パートナーシップ」の意義は、「GIAHSのリソース(経営資源)は限られているものの、多様なパートナーシップを形成することで広がり、持続可能性が担保される」と述べた。

   GIAHSサイトにはそれぞれの歴史や伝承の知恵が詰まっているがゆえに、パートナーシップと言っても簡単ではない。ただ、共通価値を互いに見出すことでそれは国際的に広がり(ネットワーク)を形成できる可能性がある。武内氏のスライドには面白い提案があった。GIAHS「能登の里山里海」(FAO)、金沢の文化創造都市(UNESCO)、岐阜・白川の世界文化遺産(UNESCO)、GIAHS「岐阜・長良川」(FAO)を結ぶ「文化回廊(コリド-)」だ。広域でパートナシップを結ぶことで、新たなツーリズムルートが開発できるのではないか。ERAHSには行政担当者や地域の実践者、研究者が集まる。ごちゃ混ぜにして、伝統的な知識とサイエンスをいかに統合していくか、学会の狙いでもある。

⇒27日(月)午後・和歌山県みなべ町の天気    はれ

★「張り手」と「搦め手」のバトル

★「張り手」と「搦め手」のバトル

   24日付のニューヨーク・タイムズWeb版で気になる記事が出ていた=写真=。「Trump Asks Pompeo to Cancel North Korea Trip, Pointing to Stalled Diplomacy」との見出しで、非核化に向けたアメリカと北朝鮮の交渉で進展が見られないので北朝鮮への訪問(今月27日)を中止してはどうかとトランプ大統領がポンペイオ国務長官に指示した、と。その4日前、ロイター通信社のインタビューでトランプ氏が金正恩委員長と再び会談する「可能性が最も高い(most likely)」と述べたと報じられていた。それが一転した。非核化交渉が進まいことにしびれを切らしたトランプ氏が例の「張り手」を演じたのかと思ったが、どうやら背景はもっと複雑なようだ。

   「張り手」とは、横綱・白鵬の「張り手」も以前話題になったが、立ち合いで相手の頬っぺたを叩いてひるませるやり方なのだが、トランプ流は「行かない」「止める」「中止」の脅迫的な言葉でカウンターパンチを食らわせる。予定されていた米朝首脳会談(6月12日)を中止すると発表したことは記憶に新しい。交渉を優位に進めようとするにはそのくらいの手練手管は必要なのだろう。今回の一件で分かったことは非核化交渉は膠着しているということだ。メディアのニュースを斜め読みしただけでも、その背後に中国の存在があるかもしれないと思ってしまう。

   その一つ。北朝鮮の9月9日の建国記念日の行事に中国の習近平国家主席が参加するとのニュースが広がっている。金氏はことし、中国を3回(3月、5月、6月)訪問し習氏と会談している。会談の中で北朝鮮訪問を習氏に懇願したであろうことは想像に難くない。それが実現するとすれば、中国国家主席の訪問前に、アメリカに外交成果(非核化交渉)を誇示させることはしたくないと金氏は考えるだろう。非核化交渉の膠着はこれが要因か。

   二つ目が肝(きも)かもしれない。互いに高関税をかけあって一歩も引かないアメリカと中国の貿易摩擦だ。アメリカと厳しい貿易交渉を行っている中国は、北朝鮮とアメリカの非核化交渉の進展をただ眺めているだけだろうか。これまでの金氏と習氏の3回の会談で、金氏は自国への経済制裁解除を要求しているはずだ。貿易摩擦をめぐるアメリカと中国の駆け引きの材料の中に北朝鮮への経済制裁の解除が中国の「交渉カード」になってはいないだろうか。簡潔に言えば、米中貿易の交渉でアメリカの圧力が強まれば、中国は北朝鮮への経済制裁に協力しない、と踏み込む。アメリカにとって困ることは、北朝鮮との非核化交渉がさらに膠着化することだ。

   敵の背後に回って襲いかかることを「搦(から)め手」と言うが、まさにこれだ。北朝鮮への制裁解除を匂わせてアメリカの譲歩を引き出す戦術だ。アメリカの「張り手」と中国の「搦め手」の壮絶なバトルではないか。勝手な想像なのだが。

⇒26日(日)朝・金沢の天気    はれ

☆暗雲を晴らす政策論争を

☆暗雲を晴らす政策論争を

    昨夕(23日)自宅近くから西の空を見ると不気味な雲が覆っていた。午後6時40分ごろだ。黒い雲が幾重にも走るように重なっている=写真=。以前、図録で見た長谷川等伯の『龍虎図屏風』のようだった。鋭い前足の爪を立てながら一頭の龍が暴風の黒雲の中から現れる姿をイメージさせる。台風20号が北陸も通過するとニュースで流れていたので、暗雲が立ち込めるとはまさにこの空だと実感した。

   「暗雲」と表現すると誤解を招くかもしれないが、9月7日告示、20日投開票で行われる自民党総裁選の雲行きがおかしい。すでに石破茂氏(元幹事長)が出馬を表明し、現職で3期目を目指す安倍晋三氏と一騎打ちになる見通しだ。今月10日付のこのブログでも述べたが、総裁選では、石破氏は外交や安全保障政策について、安倍政権の不確実性を指摘して、トランプ大統領との日米同盟でこの国の安全保障を真に託せるのかと問うべきだ。「いつまでトランプに頼っているのか」と安倍氏の外交・安全保障を対立軸として明確にすれば、党内でも議論が起き、総裁選も面白くなるのではないか、と書いた。

   そのためにも「公開討論会」を期待しているのだが、どうやら雲行きが怪しい。メディア各社のWebニュース(24日付)を検索すると、自民の総裁選挙管理委員会が23日までに街頭演説などの日程について協議した。告示後に党が主催する遊説日程が実質5日間となる案も示された。ところが、公開討論会は日本記者クラブ主催のものに限定し、総裁選の公式日程には組み込まれないようだ。有権者に分かりやすいのは、まず公開討論を実施して、その後にそれぞれが持ち前の論点を街頭演説で訴えていくというのが筋ではないだろうか。政策論争なき政権与党の総裁選というのは一体なんだろう。

   政策論争で期待したいことは先に述べた外交や安全保障政策だけではない。アベノミクをめぐる論点にも注目したい。第2次安倍内閣が発足した直後の2013年1月から、企業に雇われている「雇用者数」は66ヵ月連続プラスとなり、今年6月は5940万人。実に450万人も雇用が生み出された(総務省統計局)。アベノミクスの「一億総活躍」「女性活躍」「生涯現役」「人生百年時代」の相乗効果だろう。

   ではなぜ、デフレ脱却の切り札として打ち出された2013年4月の「異次元緩和」、大胆な金融緩和の効果が表れないのか。日銀総裁はマネタリーベースを2倍にして、2年で2%の物価上昇を達成するとしたが、達成目標年度を何回も先送りしているではないか。消費が盛り上がらないのは可処分所得が増えていないからだろう。確かに賃金は上昇傾向にあるが、一方で年金掛け金など社会保険の負担も増え続けている。ではどうすればよいか。有権者が案じている経済、外交、安全保障の暗雲を政策論争を通じて晴らしてほしいものだ。

⇒24日(金)朝・金沢の天気     くもり時々あめ

★豪雪、豪雨、そして「災暑」

★豪雪、豪雨、そして「災暑」

           アメリカのCNNテレビのニュースが、大型のハリケーン「レーン」がハワイに接近していて、ハワイ島はきょう(23日)夜にも暴風圏に入る恐れがあり、州知事は非常事態を宣言したと伝えている。日本でも「W台風(19、20号)」が西と東で並んで日本列島を通過する。今夜から北陸でも風が強まりそうだ。このとろの異常気象が世界中で猛威を振るっている。

    きょうも金沢は35度を超える猛暑日だ。きのう小松市で観測史上最高の38.6度まで上がった。直射日光に焼け付くような痛さを感じる。1時間ほど駐車場に置いておいた自家用車のドアを開けると、車内から熱風が吹き出し、入れない。しばらく前後のドアを開けて待ち、それから運転席に着き、エアコンを最大限にしてようやく運転開始。それでも車内が熱い。「車は走るかまど」とはよく言ったものだ。県内のニュースによると、きのう県内で21人が熱中症の疑いで病院に搬送されている。

    ことしのブログのテーマは「異常気象」扱ったものが多い。2月9日付では、豪雪について書いた。金沢でも1㍍を超える大雪となった。ところが、気温が上がり、今度はまとまった雨が降るという。雪国で生活する者の直感として不安感がよぎる。屋根に積もった大量の雪にさらに雨が降れば、どれだけの重さが家屋にのしかかってくることか、と。屋根の瓦には雪止めがしてあって、自然には落ちてこない。屋根雪降ろしをして、木戸を開けると、背丈をはるか超える、まるで南極のような雪壁が迫っていた=写真・上=。

    7月10日付は西日本豪雨について書いた。「死者126人 平成最悪」と新聞の見出しは白抜きベタで伝えている。西日本豪雨での大雨特別警戒は全て解除されたものの、その後の被害は日々拡大している。昨日付の紙面では104人だった死者がきょう付で126人だ。安否不明者は86人もいる。先週5日に気象庁が「記録的な大雨になる恐れがある」と呼びかけたが、「平成最悪」になるとは想像すらできなかった。

    豪雪、豪雨、そして猛暑日。7月30日付では「災暑日」について述べた。気象庁は天気予報や解説などで予報用語を使っているが、最高気温が35度以上の日を「猛暑日」と定義して、2007年4月から使っている。これまでは最高気温が30度以上の日を「真夏日」としていたが、最高気温が35度以上の日が1990年以降急増したため、レベルアップした用語が必要となったからだ。熊谷市で41.1度を記録した23日、気象庁の予報官が記者会見でこう述べた。「命に危険をおよぼすレベルで、災害と認識している」と。深刻な発言に思えた。40度以上の日、これを「災暑日」と名付け予報用語としてはどうか。

    異常気象はすでに「気象災害」と化している。加えて、大地震などの地殻変動も世界各地で頻繁に起きている。我々の地球はどこに向かっているのか。ふと、そんなことを考えてしまう。

⇒23日(木)午後・金沢の天気    はれ(猛暑日)

☆歩きスマホと二宮金次郎

☆歩きスマホと二宮金次郎

   「みなさんはご存知ですか。二宮金次郎の像は高さが1㍍ということを」。先日、学生たちと能登半島の珠洲市をインターンシップで訪れた。元小学校の跡地に建てられた保育所は数年で閉鎖され、昨年開催された奥能登国際芸術祭の作品(塩田千春作『時を運ぶ船』)の展示会場として活用されている。会場の入口付近に小学校の名残をとどめる二宮金次郎像がある。冒頭の言葉は、地域を案内いただいた地元の方の説明だった。この方は中学校の元校長で教育に詳しい。

    学生たちは「知らなかった、そんな1㍍という決まりはなぜあるのですか」と質問した。すると元校長氏は「私も詳しくは分かりません。ただ、一説に昔の尺貫法からメートル法に変わる時に、子どもたちが1㍍はどのくらいか判断できるようにと工夫されて造られたようです」と。あの薪(まき)を背負って歩きながら本を読んでいる金次郎像は、貧しい環境にありながらも自己実現に向かって勉学に励むモデルではなかったのか。それが、メートル法の周知のために造られたのか、意外だった。確かに2、3㍍の大きな金次郎像は見たことがない。統一されたサイズかもしれない。

   長さに尺(しゃく)、質量に貫(かん)を用いた日本固有の単位系が
メートル法へとシフトしたのは、明治8年(1875)に明治政府が度量衡制度を設け、メートル条約を締結したのが始まりとされる。独自の経済圏で栄えた鎖国だったが、1853年にアメリカのペリー提督が「黒船」で交易を求めて横浜・浦賀沖に来航した。外国の圧倒的な技術力や軍事力を見せつけられ、開国へ進む。西欧の技術力を導入するためにメートル法による度量衡制度が必要だった。そのメートル法が一般に普及し、尺貫法が法律上で廃止されたは昭和34年(1959)だった。金次郎像はその間に普及したのだろうか。

   学生からさらに質問が出た。「いまはメートル法が当たり前なので、二宮金次郎像は過去の遺物と解釈していいですね」と。この質問に対して他の学生から意見が出た。「薪を背負う子どもが読書しながら歩く姿は戦時中の教育といった感じで、いまの子どもたちは薪すら何なのか理解できない。でも、小学校に寄付してくださった方の気持ちを『過去の遺物』と簡単に決めつけてよいのでしょうか」と。別の学生は「歩いてマンガ本を読むのは転ぶから危険だよと小さいころに親から言われた。校庭にいたので、親が二宮金次郎の像を指さしていた。歩きスマホは危険と反面教師として金次郎像を活用すればどうでしょうか」と。このコメントは笑いを誘った。

   すると元校長氏は「珠洲市と姉妹提携を結んでいるブラジルのペロタス市から教育関係者が学校を訪れた折に、二宮金次郎の像を見て、知的な少年像ですね、教育熱心な日本のシンボルですね、と言われました。このようなモチーフの像は世界はないそうです」と。二宮金次郎像をめぐる会話はここで終わり。

   時間にして5分もなかったが、世代を超えた共通価値としての二宮金次郎像はそれなりに話題を提供してくれる。スマホと本を両手で掲げて未来を向く、そんな現代版金次郎像があってもよいのかもしれない。

⇒21日(火)夜・金沢の天気    はれ(猛暑日)

★「山一つ」「海二つ」曳山の醍醐味-下

★「山一つ」「海二つ」曳山の醍醐味-下

   学生たちが祭りで担う役割はとてもシステマチックに構成されている。曳山の運行で方向転換など担う「舵棒取り」に2基の曳山にそれぞれ男子学生10人が配置された。祭りの舞台となる黒島の街並みは重伝建(重要伝統的建造物群保存地区)に選定されていて、しかも道幅は狭いところで4㍍ほどである。ここを曳山が巡行するので道路沿いの家の屋根部分に接触しないよう舵取りが必要となる。そこに学生たちの活躍の場がある。巡行する街路は山と海それぞれに平行に走っている。地元のベテランの舵取り担当が「山一つ」と声を上げると、学生たちが一斉に山側に舵棒を1回押す。すると、曳山の車輪は海側に10度ほど舵を切ることができる=写真=。「海二つ」と声が上がると、海側に2回押して山側に20度ほど舵を切る。この作業を繰り返しながら、曳山は曲線道路を器用に巡行する。

     祭礼の人出不足、その地域課題にどう向き合うか

   女子学生は行列の先頭で枠旗を持ちや奴振りの扇ぎ手を担当する。地域の子どもたちが扮する奴振り行列では、子どもたちに歌舞伎役者のような化粧が施される。ところが顔に汗が出ると化粧が崩れてくるためにウチワで顔を扇ぐ。獅子舞係の男子学生は地元の若手といっしょになって路上でパフォーマンスを演じる。とくに、「お立ち」と呼ぶ行列の出発を神輿の担ぎ手に催促したりする。

   祭りで学生たちがそれぞれの役割を演じると、活き活きとした表情になる。この意味で、学生たちが地域の伝統文化をフィールドで学ぶ、教育的な体験プログラムにもなっている。地域にとっても、今年5月に日本遺産「北前船寄港地・船主集落」に追加認定されてから初めての天領祭だったので、妙に街全体が盛り上がっていて、参加者、見学者ともに例年に比べ多いように思えた。

   能登だけではなく、日本の多くの過疎地で祭礼の人手不足現象が起きていることは想像に難くない。一方で祭りが大好きな都会人や、日本で文化体験をしたいインバウンド観光客は大勢いるはずだ。人手不足の祭礼と、参加したい人たちとのマッチングをどう図るか、まさに課題解決型のプランが求められていると実感している。

⇒19日(日)午後・金沢の天気    はれ