☆さいはてのアート <上>

☆さいはてのアート <上>

   能登半島の先端・珠洲市で開催されている「奥能登国際芸術祭2017」(9月3日―10月22日)にこれまで4度訪れた。その中から自らの私の感性に合った作品をいくつか紹介する。

     ~海沿いの寂れた小屋と捨てる貝殻が作品になる「サザエハウス」~

   前回ブログで紹介した珠洲市馬緤のキリコ祭り(13、14日)に参加した後、国際芸術祭のポイントをいくつか巡った。途中、沿道の広場で衆院選の候補者用の掲示板があり、近所のおばさんたち3人が候補者ポスターを見ながらにぎやかに話していた。たまたま、通りかかったので、聞き耳を立てた。石川3区(能登地区)では自民の新人(48歳)、希望の元職(43歳)、共産の新人(36歳)の3人が立候補している。「今回の選挙は若い人ばっかりやね。元気があっていいね」と笑っている。すると、一人が口元をほころばせている自民候補のポスターをのぞき込んで、「この人、ちょっと歯並びがよくないね、前歯がガタガタや」と。するともう一人が同じく歯を見せて笑っている希望元職を指さして、「この人はしっかりした歯やわ」と比較した。あとは雑談で終わったようだ。人物は見た目の印象が心に残る。ひょっとして歯並びが投票行動の決め手になるのかもしれないと考えさせられた。本題から話がずれた。

    「サザエハウス」(作者:村尾かずこ)。海沿いの一軒の小さな小屋の壁面を膨大な数のサザエの貝殻で覆っている。よく見るとサザエだけでなく、アワビや巻貝の殻もある。また、同じサザエでも貝殻のカタチが違う。殻に突起がくつもあるもの、まったくないもの、それぞれにカタチの個性がある。サザエは一つ一つがその生息地(海底の岩場の形状など)に適応して形づくられた、完成度の高いアートなんだと改めて思えるから不思議だ。靴を脱いでハウスの中に入ると今度はサザエの貝殻の入ったような白色の曲がりくねった世界が広がる。

   入り口にいたシニアの男性ボランティアに、サザエの殻はどこから集めたのかと尋ねた。すると「全部で2万5千個、全部市内からですよ」と少し自慢気に。聞けば、アーチストの村尾氏との地元の人たちの打ち合わせで、今年6月から一般家庭や飲食店に呼びかけて集め始めた。貝殻の貼りつけ作業が7月からスタートし、作品のカタチが徐々に見え始めると、集まる数も増えた。当初から作品づくりを見守ってきたという男性ボランティアは「サザエの中身は食べるもの、殻は捨てるものですよ。その殻が芸術になるなんて思いもしなかった。殻を提供しただけなのに地元は参加した気分になって、(芸術祭で)盛り上がってますよ」とうれしそうに話した。

   「サザエハウス」の外観は全体に白っぽい。カメラを向けていると、赤いスカートの女性が通り過ぎたのでシャッターを押した。赤と白のコントラストが鮮やかに映った。半島の先端、さいはてのアートがまぶしい。

⇒16日(月)午後・金沢の天気   くもり

★義経伝説とキリコ祭り

★義経伝説とキリコ祭り

  きのう(13日)ときょう、能登半島の先端・珠洲市の馬緤(まつなぎ)という集落で伝統の秋祭りがあり、大学の教員スタッフや学生5人でボランティアに出かけた。祭りのボランティアというのは、能登で「キリコ」と呼ぶ高さ12㍍にも及ぶ奉灯を動かす人手が足りず、集落に住む知人から「5、6人、祭りに来て」とSOSが入った。

  夜にキリコが沿道を動き始めると家々の人々は外に出てきて、巡行を嬉しそうに眺める。キリコは集落の誇り、あるいは自慢でもあるのだ。ところが、過疎化で若者の絶対数が足りない。でも、集落のシンボルでもあるキリコは出したい、そこでお声がかかるというわけだ。ただ、私自身がキリコ祭りが好きなので、還暦を過ぎても呼ばれればひょいひょいと出かける。

    この馬緤集落は、キリコに描かれる絵が面白い。源義経の「八艘跳び」の絵や義経と弁慶の絵=写真=なのだ。このキリコ絵の作者であり、祭りに誘ってくれた田中栄俊氏(元珠洲市教育長)が馬緤集落と義経伝説について語ってくれた。

  平氏と源氏が一戦を交えた壇ノ浦の戦い(1185年)で功名を上げた義経は京に帰り、敵方だった平時忠(たらいのときただ、平清盛の後妻である時子の弟)の娘を妻に迎える。義父である時忠は武士ではなく、「筆取り武士」と呼ばれた文官だったこともあり、死罪ではなく流刑となる。その配流先が能登だった。間もなくして、義経も兄・頼朝との仲違いで追われた。義経は奥州・平泉に逃げ延びる途中に加賀の安宅の関、そして能登に流された時忠を訪ね面会した。その場所が馬緤集落なのだ。

  義経の一行がここで滞在するため、馬を繋いだので、「マツナギ」という地名になり、その後「馬緤」の漢字が当てられた。馬に与えるエサがなかったので、海藻の神馬藻(ギバサ、ホンダワラの一種)を村の人が与えた。土地の人は義馬草(ぎばさ)と漢字を当てている。では、弁慶はどうか。「安宅の関」ほどの活躍はないが、能登では水路の石を弁慶が担いで脇によけたと言われる「弁慶石」がある。もう一人、常陸坊海尊は義経一行と別れて能登の山に住み着き修行に励んだ。その山は「山伏山」といわれている。能登にはこうした義経にまつわる伝説が多い。この地域には時忠の子孫とされる人たちもいて、平氏と源氏の伝説が共存する里でもある

  祭りには3基本のキリコが舞った。担ぎ手はシニア世代が多いが、元気がいい。伝説に彩られた地域の「祭りパワー」を感じた。

⇒14日(土)夜・金沢の天気     くもり

☆里海と子どもたち

☆里海と子どもたち

   能登半島の先端、能登町に一般社団法人「能登里海教育研究所」がある。今月6日に同研究所などが主催する「里海科研究発表会・能登の海洋教育シンポジウム~里海と地域連携教育~」が開催され、聴講に出かけた。この一般社団法人が設立する際に関わったこともあり、どのような教育活動がなされているのか関心があった。

    会場は同町立小木(おぎ)小学校。この小学校は文部科学省の特例校に指定されている。この特例校というのは、学習指導要領によらない教育課程を編成して実施することを認める制度で、同小学校は独自の「里海科」を持っている。小学校がある小木地区はイカ釣り漁業が盛んで、地域の生業(なりわい)を初等教育から学ぼうと3年前に開始した。一般社団法人はそうした町教育委員会の動きを支援しようと金沢大学の教員や地域の有識者が構成メンバーとなり、日本財団からファンドを得て設立された。

   同小学校では、たとえば5・6年生の里海科では35時間を使って、漁師の仕事と水産業、海運業、海洋資源、海の環境保全など学ぶ。シンポジウムでは前半に公開授業が、5年生の教室では「日本の水産業」、6年生の教室では「漁師の仕事」をそれぞれテーマに児童たちの話し合いも行われていた。子どもながらイカ釣り漁業の作業工程などしっかりと話しているという印象があった。子どもたちは日頃から父親や祖父から生業について聞いてる。それを授業で語り合うとなると、子どもたちも自然と語り口調にチカラが入るのかもしれない。熱い語りぶりに思わずほくそ笑んだ。

   シンポジウム後半は体育館で、「海洋教育の実践~豊かな自然とアクティブラーニング~」をテーマにポスターセンション、続いて「海洋教育の未来像:学校と地域の連携」をテーマとしたパネルディスカッションがあった。小学校だけではなく、中学や高校の教諭らが能登の豊かな自然環境をハイレベルな海洋教育の実践の場として活用していることが実感できた。

   ただ個人的にはパネルディスカッションなどを聴いていて何か物足りなさを感じていた。シンポジウムの締めの挨拶に立った同小学校の校長の話を聞いてその思いが晴れた。話の中ほどにさりげなくこう触れた。「小木のイカ釣りですが大和堆では北朝鮮の漁船が近寄ってきてイカ漁をするのでうまくいっていない現実もあります」と。

    日本の排他的経済水域(EEZ)の大和堆に北朝鮮の木造船が群れでやってきて、イカの集魚灯を照らす日本のイカ釣り漁船に近寄り、網でイカを採る。イカ釣り船はその網が船のスクリューに絡まって船が破損しないか警戒している。現実に大和堆での漁を断念する漁船が続出している。校長はその現実に触れたのだ。

   教育の現場でいつも問われるのは現実感覚ではないだろうか。子どもに現実を教えても教育にはならないと考えるプロは大半だろう。ところが、小木の漁師の家庭の子どもたちは父や祖父から実際に北朝鮮の話を聞いて知っている。その憤慨して語る姿を目の当たりにしているのだ。締めの挨拶とはいえ、校長がその現実にあえて触れたことは意味があると思った。里海科に日本海で起きているイカ釣り漁の現実をテーマに、漁業をめぐる国際問題を話し合ってみたらどうだろうか。小木の子どもたちは意外と領海、EEZ、安全保障など熱く語るかもしれない。

⇒12日(木)朝・金沢の天気   あめ

★「ごちゃごちゃ選挙」の行方

★「ごちゃごちゃ選挙」の行方

   きょう10日、衆院選の公示、総選挙がいよいよ始まったというか、「ごちゃごちゃ選挙」がとりあえず始まったという印象だ。夜、帰宅すると「投票のご案内」という金沢市選挙管理委員会からの郵便はがきが届いていた。中を開いてみると、期日前投票や不在者投票のことなどが細かく記されていて、なおさら「ごちゃごちゃ感」が募った。

    ごちゃごちゃ選挙の印象はどこが理由なのか、自分なりに点検してみる。第一に争点がどこにあるのか分からない。安倍総理は「国難突破解散」と称して、北朝鮮の核実験・弾道ミサイルの発射に対応した体制づくりと消費税を10%に増税し、幼児教育や保育の無償化など少子化対策に回すと争点を掲げた。野党は増税の凍結を訴えるが、それよりも「解散そのものが森友・加計隠しだ」とのボルテージが高い。政策論争が聞こえない。

   二つ目に、「政権選択選挙だ」と希望の党の小池代表氏は「反安倍」を打ち出したが、肝心の希望の党が総理候補を掲げずに選挙戦に臨んだ。これでは、有権者は政権選択ができない。三つ目が、立候補者そのものの「ごちゃごちゃ感」だ。民進党の出身者の多くが希望の党に鞍替えしたが、政策の調和がはっきりしない。希望の党の公約には「9条を含め憲法改正論議を進める」と明記されているが、鞍替えした中には与党の安保法制や改憲に一貫して反対を叫んできた候補者もいる。地元の選挙でたとえると、今回石川2区で希望の党から立候補した柴田未来氏は弁護士で、昨年7月の参院選では民進党から立候補した。そのとき、金沢市内での街頭演説を聴いたが、「憲法の理想を現実に合わせて引き下げるべきではない」と強調していて、さすがに弁護士だけあって護憲と安保法制の反対の信念は筋金入りだと印象を強くしたものだ。

   きょうの公示、すっきりしない中でも、さまざまな現象が起きている。日経平均株価は6営業日連続の値上がり、132円高い2万823円で今年の最高値となった。これは選挙で政権交代が起きて政治が刷新されるとの期待値なのか、どうか。株式相場の世界では「うわさで買って、事実で売る」と格言があるらしい。うわさ=期待で株価は上がり、結果で売られて下がる。そんなパターンになるのかどうか。ただ、今回の上げは選挙というよりアメリカの景気が連動しているようだ。どこに投票するか、誰に投票するか、秋の紅葉を散策しながら思案したい。

⇒10日(火)夜・金沢の天気   はれ

☆中秋の名月、世俗では

☆中秋の名月、世俗では

    今夜は「中秋の名月」を雲の切れ間から見ることができた。月をめでることができる幸福感に包まれたのだが、それにしても、世俗では毎日テレビで戦国時代のドラマを見ている気分になる。旗揚げ、画策、裏切り、謀反、切腹・・・のシーンが出てくる。

  謀反のシーンは昨日(3日)あった。小池都知事の支持母体「都民ファーストの会」の都議の音喜多駿、上田令子の両氏が辞表を提出した。その言い分は、「二足のわらじが悪いわけではないが、都政は豊洲移転問題や東京五輪を控える中で、都政を片手間にして国政に手をかけることが果たして正しいのか」と指摘。小池知事が国政政党「希望の党」を設立したことや、先月に都民ファーストの代表を選ぶ際、所属議員に諮らずに小池氏から執行部3人だけで決定したことなどを問題視して、「ブラックボックスだ」と。音喜多氏は忠君のイメージが強かっただけに、小池陣営にすれば謀反だろう。

  民進党の枝野幸男氏は2日、「希望の党の理念や政策は私たちのめざす理念や政策の方向性とは異なる」として新たに「立憲民主党」の設立を表明、3日に新党設立の届けを出した。枝野氏は先月30日のインタビューで、民進党の前原誠司代表が進めた民進党の希望の党と合流案について、安全保障関連法廃止を掲げるリベラル派議員が入れないのではと記者に問われ「前原代表は、私には出来なかったら腹を切るとまで言っていたから実現するのではないか」と答えていた。しかし、リベラル派議員は容赦なく排除された。前原氏の切腹はどうなったのか。そういえば、最近、前原氏の姿がテレビに映らない。

  先月27日「希望の党」の旗揚げ会見で、小池氏は2019年10月に予定されている消費税率10%への引き上げを「凍結」、また、2030年までの「原発ゼロ」を訴えた。政権選択をアピ-ルするための「画策」である。昨年7月の都知事選では、小池氏は原発についてあえて明確な方針を掲げず、争点化していなかったはずだ。その手法は「豊洲移転・築地再開発の市場両立」と同じで、良いとこ取りだ。果たして、この手法で国政を動かすことはできるのか。

  衆院選挙を前にした野党再編劇は希望の党が昨日第1次公認を発表したことで少し落ち着きが出た。そして、きょう夕方、元警察官僚で論客でもあった亀井静香氏が政界引退を表明した。80歳。老兵は去った。(※ 写真は、4日午後10時00分、金沢市の上空を撮影) 

⇒4日(水)夜・金沢の天気      くもり

★不都合な真実か

★不都合な真実か

   きょう3日も日経平均株価が前日比213円高の2万0614円で終えた。連日で年初来の高値を更新だ。知り合いとの話で、「復興株」と呼ばれている日成ビルド工業(本社・金沢市)のことが話題に上がった。同社は大規模災害時にプレハブの仮設住宅を造ることで実績を上げ、立体駐車場の建設でも定評がある。知人が言うには、「ここ最近、再び上がってきた。北朝鮮がミサイルを日本に打ち込んできたら仮設住宅が必要になる。投資家はそこまで見込んでいる。買いだ」と。「そんな物騒な話で儲けようとは話にならない」と不快感を示すと、知り合いはさらに「いや、ミサイルだけではない。北からの難民が大量に日本に流れ込んでくる。その時はおそらく各地で何百、何千という単位で難民が漂着するだろう。仮設住宅が必要になるんだよ。買いだよ」と。ますます気が重くなった。

    一方の「防衛関連株」の石川製作所(本社・白山市)の終値は2986円(前日比21円高)と3000円目前に迫った。アメリカのトランプ大統領が国連総会での演説(9月19日)で、北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長を「ロケットマン」と揶揄(やゆ)すれば、金委員長はすかさず声明(9月21日)で「老いぼれ」と返した。北朝鮮メディアによる罵詈雑言は珍しくないが、最高指導者が直に発したのは異例だろう。さらに、李容浩外相は金委員長への批判について「明白な宣戦布告」と見なすと声明(9月25日)を発表した。こうした「言葉の戦争」で防衛関連株はエスカレートしているのか。

   朝日新聞の朝刊(3日付)を読んでいてある記事に目が止まった。「裁判―青酸連続死」の記事。京都、大阪、兵庫で起きた連続不審死事件で殺人罪に問われた筧(かけひ)千佐子被告の裁判員裁判。2日、京都地裁での最後の被告人質問のやりとりがそのまま掲載されていた。裁判員が「死刑になっても仕方がないと思うか」と質問すると、筧被告は「人を殺(あや)めて ごめん、助けてという気持ちは一切ない」、裁判員が「事件について反省しているのか」とただすと、被告は「そんな少女ドラマのようなことを聞かないでほしい。あなたのような若い人にここまで言われたくない。私はあなたのおばあさんのような年だ。失礼だ」と。筧被告の人格がそのまま出ているようなやりとりではないだろうか。

    と、同時にこの記事から石川五右衛門のイメージがわいてきた。京都・南禅寺で包囲され、「絶景かな、絶景かな。春の宵は値千両とは、小せえ、小せえ」とセリフを吐く。そして、三条河原で釜茹(かまゆで)の刑に処せられたとき、「石川や、浜の真砂は尽くるとも、世に盗人の種は尽きまじ」と辞世の句を詠んだ。筧被告は「私はあなたのおばあさんのような年だ。失礼だ」と大見得を切った。

⇒3日(火)午後・金沢の天気     あめ

☆秋の夜長、祭りに浸る

☆秋の夜長、祭りに浸る

   日本列島を過疎化という現象が覆っている。地方の「シャッター通り」や限界集落は珍しくないが、都会であってもシャッター通りはあちらこちらにあり、古びたマンションなどは窓ガラスなどが割れてまさに、崩れかけた空き家が点在する限界集落の様相だ。能登半島は過疎化の先進地域だが、祭りの日だけは賑わいが戻る。

    「盆や正月に帰らんでいい、祭りの日には帰って来いよ」。能登の集落を回っていてよく聞く言葉だ。能登の祭りは集落や、町内会での単位が多い。それだけ祭りに関わる密度が濃い。子どもたちが太鼓をたたき、鉦(かね)を鳴らす。大人やお年寄りが神輿やキリコ=写真=と呼ばれる大きな奉灯を担ぐ。まさに集落挙げて、町内会を挙げての祭りだ。

   2011年8月、輪島市のある集落から、金沢大学地域連携推進センターに所属する私にSOSが入った。「このままだと祭りの存続が危うくなる。学生さんたちのチカラを貸してほしい」と。当時地域連携コ-ディネーターをしていた私は事情を聴きに現地に足を運んだ。黒島地区という集落。ここで営まれる天領祭は江戸時代からの歴史がある。かつて、北前船で栄えた町で、幕府の天領地でもあったことから曳山は輪島塗に金箔銀箔を貼りつけた豪華さ、奴振り道中など、他の能登の祭りとは異なる都(みやこ)風な趣の祭りだ。

   SOSの電話をいただいた祭礼実行委員会の方と会って、話を聞くと行列の先導の旗を持つ「旗持ち」に女子学生10人、曳山の運行で方向転換など担う「舵棒取り」に男子学生10人のサポートが欲しいとの要望だった。他の大学の学生も含め20人余りが、8月17、18日の両日に営まれた天領祭に参加した。今年は40人余りの学生を連れて参加した。もともと、地元の高校生や帰省した若者らがその役回りを担っていたが、少子高齢化で担う人数そのものが減少しているのだ。

   ほぼ毎年参加しているが、頼まれ仕方なくではなく、学生たちには地域の伝統文化を実際に体験する、フィールドの学びとして貴重な教育プログラムにもなっている。こうした地域の祭り体験ができるプログラムは日本人学生だけではなく、海外からの留学生にとっても貴重な「日本体験」になっている。今年の天領祭で、インドネシアから修士課程で来ている女性は、見事な太鼓のバチさばきで地元のベテランから一目置かれる存在になった。

   能登だけではなく、多くの過疎地で祭礼の人手不足現象が起きていることは想像に難くない。それは危機的だ。一方で祭りが大好きな都会人や、日本で文化体験をしたいインバウンドは大勢いるはずだ。人手不足の祭礼と、参加したい人たちとのマッティングをどうビジネス化していくか、まさに課題解決型のビジネスだ。

   そうそう、私は能登半島の先端・珠洲市の方から、「ことしもお願いします」と依頼され学生たち6人を連れて、10月13日にキリコ祭りに行く。秋の夜長、どっぷりと祭りに浸る。

⇒30日(土)夜・金沢の天気    はれ

★衆院解散、アナログな一日

★衆院解散、アナログな一日

    きょう正午、テレビ中継を視聴していて、臨時国会の冒頭で解散が行われ、バンザイの声が上がった。こんな古典的なアナログなことをいつまでやっているのかと一瞬思い、笑ってしまった。「よしっ、次も当選を目指すぞ」と心意気なのだろうが、それだったら、拍手の一本締めでよいのではないか。    

    午後2時すぎ、金沢大学で担当している共通教育科目「マスメディアと現代を読み解く」を履修した学生たちに次のようなメールを出した。「きょう臨時国会で冒頭解散があり、10月22日の衆院選挙が決まりました。メディア(新聞・テレビ)は選挙情勢や候補者の当落など分析に動いています。ここでお誘いですが、22日の投票が終わり次第、開票作業が始まります。この開票作業を双眼鏡でウオッチして当落を見極める「開披台(かいひだい)調査」というメディア独自の調査手法があります。メディアと連携して開披台調査を実施します。学生30人を募集します。この調査に参加するとメディアの選挙報道の在り様を学ぶことができます。交通費・手当も出ます。10月12日に説明会を開催しますので、参加希望の学生は集まってください。講義を履修していない学生の参加も可能です。」

   この開披台調査は双眼鏡で開票作業員の手元をみて、実際にどの候補に票が入っているのかを読んでそれをメディアの選挙本部に電話で知らせる。30人15組で多様な角度からウオッチするので候補者の得票比率を確かめるには精度は高い。とてもアナログな手法なのだが、確かな読みができる。もちろん、開披台調査は新聞社やテレビ局が各自治体の選挙管理委員会に事前に届けて行う合法的な調査である。

    午後3時ごろ、金沢大学創立五十周年記念館「角間の里」で、「石川県のクマ事情とネバダ州のクマ対策」と題した講演があり聴きに行った。すると、集まった社会人メンバーの中に、民進党の支持を公言してきたA氏の姿があった。挨拶すると、A氏は「民主党時代から支持してきたが、今回の希望の党への合流はさっぱり理由がわからん。地元の支持者も気落ちが混乱してる」と嘆いた。

    地元の民進党石川県連は1区(金沢)、2区(加賀)、3区(能登)にそれぞれ元職や新人を立てる予定だった。急きょ3氏は希望の党へ公認申請することになった。10日に公示され選挙戦が始まるが、3氏は希望の党から出馬する理由を支持者に説明することから始めなければならないだろう。中には、安全保障関連法の白紙撤回を主張してきた立候補予定者もいる。希望の党への公認申請を望んでも、小池党首からポリシィが違うと排除される可能性もある。選挙に当選するためならば、政権交代のためならば主義主張を曲げてもよいのか、すっきり割り切れないアナログな心の葛藤が渦巻く様子が見て取れる。

⇒28日(木)夜・金沢の天気     くもり   

  

☆総理会見を勘ぐる

☆総理会見を勘ぐる

  25日の日経平均は北朝鮮情勢の悪化と読まれ、きょう続落した。一方で石川県白山市に本社がある石川製作所は2895円ときょうも最高値を更新した。どこまで続くのか。同社は機雷など生産する、いわゆる防衛関連株である。今後経済制裁の圧力がさらに高まった場合、北朝鮮の海上封鎖へと展開する違いない。そのとき、機雷の需要が出てくる、と投資家は読んでいるのかもしれない。

    25日午後6時からの安倍総理の記者会見をNHK総合でライブで視聴した。質問時間を入れて40分だった。この記者会見で、安倍総理は今月28日召集の臨時国会の冒頭で解散する方針を固め、その解散の理由を事前表明し国民に理解を求めた。衆院解散ならば10月10日に公示、同22日に投開票となる。

  会見では解散理由のキーワードがいくつかあった。核実験やICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射を繰り返す北朝鮮と、少子高齢化への対応を挙げて「国難突破解散」と銘打った。「生産性革命、人づくり革命はアベノミクス最大の勝負」「選挙はまさに民主主義における最大の論戦の場。総選挙は、私自身の信任も含めて与党の議員全ての信を問う」「より多くの人たちが才能を生かせる社会にしなければ少子高齢化社会を乗り切っていくことができない」

  気になるシーンがあった。イギリスのフィナンシャルタイムズ東京支社の記者の質問に対する安倍総理の返答だ。記者「先週、トランプ大統領が北朝鮮のリーダーをロケットマンと呼び、アメリカは北朝鮮を完全に破壊するしか選択はないかもしれないと述べた。このコメントは日本をより安全にするのか。それとも日本人の安全性は低くなるのか」と。総理は「トランプ大統領の個々の発言についてのコメントは控えたいと思いますが、日本は全ての選択肢がテーブルの上にあるとの米国の立場を一貫して支持しています」と述べ、「ロケットマン」発言についての言及はあえて避けたのだ。

  国連でのトランプ大統領の「ロケットマン」発言に北朝鮮は「ロケットがアメリカ本土に到達することを不可避にした」と猛烈に反発した。記者はこの日本の安全保障に関わる重大発言について、総理の所感を質したのだ。ところが、総理は「トランプ大統領の個々の発言」とあえて質問の意味を遠ざけた。これは一体どういうことなのか。しかも、伏し目がちに逃げるようなそぶりだった。ここから勘ぐりが始まる。なぜあえてトランプ発言に言及しなかったのか、と。

  総理は先月29、30日、そして国連で今月21日にトランプ大統領と会談している。1ヵ月で3回も、である。単に圧力をかけましょうではなく、相当話し込んだ内容ではなかったか。つまり密約である。以下勘ぐりである。総理と大統領の間でアメリカによる北への斬首作戦について日程調整が進められた。総理は作戦実行前に政権基盤を固めておきたいと総選挙の腹を固めた。作戦実行後では極東アジアが大混乱に陥る、難民や武装難民、局地戦など、そんなときに日本で総選挙など難しいだろう。総理が何度も繰り返した「国難」とは斬首作戦実行後のこの大混乱のことだ。

  そう考えると、総理が腹をくくった理由がなんとなく理解できる。フィナンシャルタイムズ記者の質問にあえて言及しなくても、作戦のスケジュールはもう決まっている。余計なことを言及する必要はない、との総理のスタンスか。と、勘ぐった。(写真は総理官邸ホームページより)

⇒25日(月)夜・金沢の天気      はれ
  

★自然は「きびしい」

★自然は「きびしい」

    北朝鮮は15日朝、平壌近郊から弾道ミサイルを発射した。北朝鮮が8月29日に発射したものと同じ中距離弾道ミサイルで、北海道上空を通る飛行コースもほぼ同じだった。16日に北海道で買い求めた新聞各紙は「渡島半島と襟裳岬の上空を通過するルートは北朝鮮の『実験街道』になっているのではないか」と今後もミサイルの通過があると危惧する記事を載せていた。

また、17日付の北海道新聞朝刊によると、北朝鮮が10月10日の朝鮮労働党創建記念日を控え、アメリカ本土も射程内とされるICBM(大陸間弾道ミサイル)を太平洋に発射する恐れがあると伝えている。これに対応して、道庁は来月10月から毎月1回、Jアラート(全国瞬時警報システム)の緊急情報を自動的に伝える手段を持つ市町村を対象に、住民への情報伝達訓練を行うことを決めたと報じている。これは防災行政無線の音声放送などが正常に作動しないケースがあったためで、定期的な訓練で、機材の不具合などを未然に防ぐ狙い。併せて、ミサイル発射を想定した住民避難訓練も実施していく。この記事を素直に読めば、地域の危機意識にリアルさを感じる。

    先のブログで述べた 定期的に噴火を繰り返す有珠山と共生する、という周辺地域の人々の価値感があれば、被災地域を超えて「大地の公園」、ジオパークという発想に立てる。ところが、ミサイル発射は人為的なリスクだ。それでも、北海道の人々は自然災害と同じように「防災」「減災」「リスクヘッジ」をひたむきに追求している。もちろん、この危機対応や被災に対する心構えといった感性は北海道の人々だけではないのは言うまでもない。

   北海道旅行の2日目(17日)午後、洞爺湖から登別にレンタカーを走らせた。日和山の噴火活動でできた爆裂火口跡。谷にはあちこちに湧出口や噴気孔があり、泡を立てて煮えたぎる湯の様子を「地獄谷」=写真=と称して観光名所としている。言い得て妙だ。観光パンフレットによると、温泉の湯量は1日1万㌧あり温泉街のホテルや旅館に給湯されている。大地の恵みだ。

   登別の温泉街を歩くと、「登別日台親善協会」の看板が目に入った。登別温泉ではインバウンド観光が盛んで、中でも台湾からの観光客が多いこともあって、2013年8月に設立された。登別の公式ホームページをのぞくと、日台親善協会は北海道では札幌、旭川、釧路など9つの協会があり、登別は10番目だそうだ。組織的なつながりだけでなく、北海道と台湾の直行便は、新千歳空港をはじめ函館、帯広、旭川、釧路などの道内の各空港で台湾とつながっている。そのため北海道を訪れる台湾人観光客は47万人(平成26年度・北海道経済局調べ)とインバウンド観光では圧倒的に多い。延べ宿泊人数だと151万人だ。地球の南と北、大地の景色も歴史も街並みも異なる「異郷の地」に台湾の人々は魅力を感じているのかもしれない。

   北海道の最終日(18日)は台風18号の直撃を受けた。朝から登別は暴風雨だった。新千歳から小松への空港便は果たして飛ぶのか。観光どころではなくなった。叩きつける雨の中、レンタカーを空港に向けて走らせた。欠航が相次ぎ空港カウンターは混乱していた。が、フライトの午後2時35分ごろには台風一過、晴れ間ものぞいて無事飛んだ。しかし、台風余波の影響かエアポケットにどんと機体が落ちる感じがして、キャッーと女性や子供たちの悲鳴が機内に響いた。自然は油断ならない、そして、きびしい。

⇒19日(火)夜・金沢の天気  くもり