☆元日の地震と9月豪雨 農耕儀礼「奥能登のあえのこと」に農家どう向き合う

☆元日の地震と9月豪雨 農耕儀礼「奥能登のあえのこと」に農家どう向き合う

  ユネスコ無形文化遺産の農耕儀礼「奥能登のあえのこと」(2009年登録)は毎年12月5日に各農家で営まれ、目が不自由とされる田の神さまを丁寧にもてなす民俗行事として知られる。家の主(あるじ)は田の神は見えないもの、あたかもそこに客人がいるかのように家に迎え入れ、入浴と食事でもてなし、一年の労をねぎらう。12月5日に迎え、春耕が近づく翌年2月9日に送り出す。「あえのこと」は、「あえ=饗」「こと=祭り」の意味。この日に行事が一般公開されるのが能登町の柳田植物公園にある「合鹿庵(ごうろくあん)」という茅葺民家だ。(※写真は、2022年の合鹿庵「あえのこと」迎え行事)

  元日の最大震度7の能登地震で、この合鹿庵も壁が剥がれ落ちるなどしたため、ことし2月9日の送りの行事は中止となっていた。そこで、間もなく迎える12月5日の迎え行事について、能登町ふるさと振興課に問い合わせると、建物の修復ができない状態が続いていて、迎え行事は中止するとの返事だった。ユネスコの無形文化遺産であり、国の重要無形民俗文化財(1976年指定)でもある民俗行事が見学できないことに残念な思いがした。もちろん、あくまでも一般公開向けの「あえのこと」行事が中止になっただけで、本来の各農家では例年通り行われるのだろう。ただ、他人事ながら不安もある。

  奥能登(輪島市、珠洲市、穴水町、能登町)では地震によって、農地の亀裂など538件、水路の破損655件、ため池の亀裂や崩壊が165件、農道の亀裂や隆起などの損壊が398件に上った(3月26日時点・石川県農林水産課のまとめ)。このため、奥能登の田植えの作付面積は去年の2800㌶からことしは1600㌶にとほぼ半減した(同)。輪島市の白米千枚田では多数のひび割れが入り、耕せたのは120枚だった。

  輪島市の旧知の農家に電話で尋ねると、元日の地震の被害に加え、9月の記録的な大雨で田んぼに河川の泥水が流れ込むなどの被害が広がっていて来春の耕作の見通しが立たないとのことだった。この農家では12月5日に「あえのこと」は行うものの、特別な料理などは供えたりせずに、「ほそぼそと行う」と。また、高齢やサラリーマンの農家では農業法人に委託して耕作するケースが増えていて、耕さない農家は「あえのこと」も行うことはないだろう、とのことだった。確かに、田んぼを耕さなければ農耕儀礼はない。田の神さまはこの奥能登の現実、時代の流れをどう思っているだろうか。

⇒11日(月)夜・金沢の天気    はれ

★「初物七十五日」ズワイガニとワインの寡黙なひととき

★「初物七十五日」ズワイガニとワインの寡黙なひととき

  北陸の冬の味覚の主役、ズワイガニがスーパーの店頭をにぎやかに彩っている=写真・上=。石川県沖は今月6日に解禁されたものの、海のシケで2日間休漁を余儀なくされ、8日から漁が始まった。店頭ではオスの「加能ガニ」、メスの「香箱ガニ」が並んでいる。値札を見ると、手ごろな香箱ガニは800円なので、価格は平年並みのようだ。カニの季節の始まりだ。

 「初物七十五日」という言葉がある。旬の時期に出回り始めた初物を食べると寿命が「七十五日」延びるという意味。 四季に恵まれた日本ならではの季節感で、それほど旬の食材を大切にしてきたということだろう。先日(8日)獲れたての香箱ガニとオーストラリア産ワインを楽しむ会が金沢であり、参加した。  

  これまで、「カニには地酒が合う」と思っていた。能登のカニには能登の地酒が、加賀のカニには加賀の地酒が合うと自身は勝手に思い込んでいる。ぴっちりと締まったカニの身には少々辛口が、カニ味噌(内臓)には風味のある地酒がしっくりなじむ。その自らのイメージがひっくり返ったのが今回のワイン会だった。ワイングラスで食するとなかなかおつな味がする=写真・下=。中でも、ウチコとミソにはロゼがぴったり合う。ロゼの甘味とカニの甘味が溶け合うように口の中で絡まる。カニの身を食べ、最後に甲羅にロゼを入れて飲む。日本酒とはまったく異なる絶妙な風味が口の中に広がる。参加者は寡黙になり味わいを楽しんでいた。カニと日本酒は合う、そしてワインも合うと実感して気分が高揚した。寿命が「七十五日」延びた気分にもなった。 

  ところで、ズワイガニはこの時節の食材で、北陸に住む人は食べ方を自ら体得する。一匹丸ごとのカニを食するのは簡単ではない。脚を関節近くで折り、身を吸う。その音はパキパキ、ズーズー、その食べる姿はまるでカニとの格闘だ。食べ出したら寡黙となり、手と口が休むことがない。カニ食い選手権大会のような真剣勝負となる。

  ズワイガニは乱獲で漁獲量が減り、石川県から島根県の漁業者らが昭和39年(1964)に「日本海ズワイガニ採捕に関する協定」を結び、漁期や漁獲量を取り決めた。そのころから、ズワイガニは高嶺の花となった。カニの話は尽きない。

⇒10日(日)夜・金沢の天気    はれ

☆能登の震災遺構 5㍍の津波に見舞われた郵便局、海底隆起の白い岩場が広がる海岸

☆能登の震災遺構 5㍍の津波に見舞われた郵便局、海底隆起の白い岩場が広がる海岸

  元日の能登半島震災から300日と10日余りが経った。同じ石川県に住む金沢市や加賀地方の人たちとの会話の中で能登地震が話題に上ることがめっきり減った。こちらから話を持ちかけても、「そうなんやね」との返事で、話が続かないことが多い。そう言う自身のブログも能登地震をテーマにしたものは減っている。きょうは今月1日以来、8日ぶりに震災関連を。

  能登の被災地では「震災遺構」として被害を受けた建物などを残す動きが始まっている。石川県の「創造的復興プラン」ではリーディングプロジェクトとして13の取り組みを打ち出しているが、その中に「震災遺構の地域資源化に向けた取り組み」がある。このプランに沿って、能登町では地震の津波で被災した白丸地区の郵便局を震災遺構として保存・活用する計画が進んている。郵便局は防波堤を乗り越えてきた高さ5㍍の津波で窓や壁が壊れた=写真・上=。今月5日に現地を見て回ったが、郵便局のほか地域全体が津波に襲われ、多くの民家などが全半壊したままになっていた。

  郵便局は現在も業務を休止していて、町は所有者から土地と建物の寄付を受けたことから震災遺構として保存することにした。町では津波の高さを示す看板なども設置し、自然災害の脅威を知ってもらうとともに、防災教育にも役立てていく(11月4日付・メディア各社の報道)。

  輪島市など能登半島の外浦側の海岸では海底隆起し、最大で4㍍も上昇したところがある。隆起した海岸では白い岩が広がっている。輪島市では隆起した海岸に国道249号のう回路が造成されるなど特異な景観もある=写真・下=。同市ではこうした隆起した海岸を震災遺構として保存し、さらに一部を海岸を見て回るサイクルロードとして整備する構想を打ち出している(11月5日付・同)。

  能登町や輪島市のケースを皮切りに今後、他の市町でも復興プランとして震災遺構が次々と持ち上がってくるだろう。かつて、震災遺構が議論となったことがあった。2011年3月11日の東日本大震災での気仙沼市のケース。津波で陸に打ち上げられた大型巻き網漁船を同市は震災遺構として保存を目指していた。ところが反対論もあり、市民アンケートを実施したところ、回答数のうち68%が「保存の必要はない」で、「保存が望ましい」16%を大きく上回った。この住民の意向を受けて、漁船は解体撤去された。被災住民とすれば、日常の光景の中でいつまでも被災の面影を見たくはなかったのだろう。震災遺構の指定に行政は住民の微妙な感情に配慮する必要があるとの事例だ。

⇒9日(土)夜・金沢の天気    はれ

★海外22ヵ国に酒の旨み伝える能登杜氏・農口尚彦氏 ユネスコ文化遺産で存在感

★海外22ヵ国に酒の旨み伝える能登杜氏・農口尚彦氏 ユネスコ文化遺産で存在感

  日本酒や焼酎など日本の歴史と伝統的に育まれた酒造りについて、文化庁の申請を受けたユネスコの評価機関が無形文化遺産に登録することがふさわしいとする勧告をまとめ発表した(今月5日付・メディア各社の報道)。12月2日からパラグアイで開かれる政府間委員会で登録が正式に決まる。このニュースを読んで、思い浮かべたのが酒造りに励む能登杜氏、農口尚彦氏の姿だった。御年91歳で現役の杜氏だ。ユネスコ無形文化遺産の登録と農口氏の姿を連想したのは、ひょっとして農口氏の酒がユネスコ無形文化遺産の登録に貢献しているのではないかと頭にひらめいたからだ。

   農口杜氏の酒造りは日本酒ファンからは「酒造りの神様」、地元石川では「能登杜氏の四天王」と尊敬される。「山廃(やまはい)仕込み」を復活させた「現代の名工」でもある。その神業はNHK番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』(2010年3月)で紹介された。能登半島の北側の能登町生まれ。16歳から酒蔵に入った。農口氏自身はまったくの下戸(げこ)で酒が飲めない。その分、飲む人の話をよく聴く。日本酒通だけでなく、学生や女性、そして海外から訪れた人からの客観的な評価に率直に耳を傾ける。それをまとめたノートは膨大な数に上る。まるで研究者のような姿勢で酒造りと向き合う姿に、オーナー(共同出資者)は酒蔵を「農口尚彦研究所」と名付けた。

  石川県小松市の里山にある農口尚彦研究所をこれまで何度か訪れた。直近では2022年12月だった。高齢ながら酒蔵の中をきびきびと動き回る姿やその腕の太さを見れば、いかに屈強な仕事人であるかが理解できる。農口氏と初めてお会いしたのは2009年だった。自身が金沢大学で教員をしていたときで、担当していた地域学の講義科目の非常勤講師として酒造りをテーマに講義をお願いした。それから3年連続で講義をいただいた。毎回自ら醸造した酒を持参され、講義の終わりには学生にテイスティングしてもらい、学生たちの感想に熱心に耳を傾けていた=写真=。

  本題に入る。農口氏がユネスコ無形文化遺産の登録に貢献しているのではと思いついたのは農口氏のこの言葉だった。「ブルゴーニュワインのロマネ・コンティをイメージして造っているんだよ」。その説明を求めると、「のど越しのキレと含み香、果実味がある軽やかな酒。そんな酒は和食はもとより洋食に合う。食中酒やね」と。洋食に出す日本酒を意識して造っているというのだ。確かに、農口杜氏の山廃仕込み無濾過生原酒は銀座や金沢だけではなく、パリ、ニューヨークなど世界中にファンがいて、すでに22ヵ国に輸出されている。「世界に通じる酒を造りたいと思いこの歳になって頑張っております」。この話を聞いたのは2017年だったので、7年前のことだ。

  酒が飲めなくてもロマネ・コンティの価値を学び知り、「日本酒のロマネ・コンティ」を目指して酒造りに励む農口氏。いま日本酒は世界的なブームを呼んでいると報道されている。このブームの火付け役の一人はひょっとして農口氏ではないだろうか。時代感覚を意識した酒造り、世界で求められる味わいの探究、農口杜氏の仕事の流儀は尽きない。

⇒8日(金)夜・金沢の天気    はれ

☆トランプ・安倍は笑顔でゴルフ外交 石破総理は友好関係を築けるのか

☆トランプ・安倍は笑顔でゴルフ外交 石破総理は友好関係を築けるのか

  初の女性大統領か130年ぶりの返り咲きの大統領かと国際世論を煽ったアメリカ大統領選の審判が下った。共和党のドナルド・トランブ元大統領の当選が確実になり、2025年1月20日に第47代大統領の就任式を迎えると報道されている。トランプ氏の政治方針は「アメリカ第一主義と利益優先」だ。就任早々に外国製品に10%から20%、中国製品に60%の一律関税に着手するだろうし、日本には防衛費のさらなる負担増を求めてくるだろう。ロシアのウクライナ侵攻を巡っては、対ウクライナ支援を見直し、早期の和平仲介に乗り出すに違いない。各国の首脳はすでに選挙前から「トランプ詣で」に動き出している。

  トランプ氏との日米関係で思い出すのが、2019年5月26日付で総理官邸のツイッターが公開したこの写真。まるでお笑いコンビのようなこの2人は、当時の安倍総理(右)とトランプ大統領(左)。千葉県のゴルフ場で自撮りした写真だ。同日のアメリカのCNNニュース(日本版)は「外務省によれば、昼食は米国産の牛肉のダブルチーズバーガーだった。トランプ大統領は相撲観戦も行った。優勝した力士には、トロフィーの上部に翼を広げたワシをあしらった『トランプ杯』も贈呈した」と伝えている。

  安倍氏がトランプ氏とこのような友好関係を築くまでに念入りな作業があった。トランプ氏が大統領就任前の2016年11月、ニューヨークのトランプ・タワーの私邸を訪ね、1時間半におよぶ非公式会談を行っていた。就任前に私邸を訪れたことに、当時の海外メディアは「charm offensive」と皮肉っていた。charm offensiveは目標を達成するために意図的にお世辞や愛想をふるまうことを意味する。そして、2017年11月5日、大統領として日本の地を初めて踏んだトランプ氏は安倍氏とともに埼玉県でゴルフを楽しんだ。同年2月にはフロリダで初めてのゴルフ外交を行っていた。

  この笑顔の写真が撮影されるまでに、安倍氏は就任前のトランプ氏の私邸を訪ねて非公式会談を行い、それ以降3回のゴルフ外交を重ねていたことになる。トランプ氏は2016年の大統領選では一貫して「大統領に就任すれば、日本などアメリカ軍が駐留する同盟国に駐留経費の全額負担を求める」などと演説していた。当時の安倍氏はこれを新たな日米の緊張関係と読んでいたのだろうか。

  さて、石破総理はきょう7日午前、トランプ氏と5分間、電話で協議し祝意を伝えたとメディア各社が報じている。トランプ氏は「会って話をすることを楽しみにしている」と応じたという。はたして石破氏は安倍氏のような友好関係をトランプ氏と築けるかどうか。ちなみに、石破氏は現在ゴルフとは疎遠だが、高校時代は体育会ゴルフ部に所属していたようだ。

⇒7日(木)夜・金沢の天気     くもり

★パティシエ・辻󠄀口博啓氏のチョコ作品『能登の大地の恵み』が国際祭典で金賞

★パティシエ・辻󠄀口博啓氏のチョコ作品『能登の大地の恵み』が国際祭典で金賞

  けさドスンと落ちるような揺れで目が覚めた。一瞬、北朝鮮の弾道ミサイルが落下したのかと頭をよぎった。NHKテレビをチェックすると、午前6時42分、石川県加賀地方を震源とするマグニチュード3.8、揺れは小松市、白山市、能美市で震度3、金沢市などで震度2と速報が流れていた。加賀地方と言えば、石川県と岐阜県にまたがる白山が眺望できる。その白山の山頂付近を震源とするマグニチュード4.2の地震が今月4日午後7時21分にあり、岐阜の高山市で震度2を観測している(気象庁)。白山は活火山であり、気象庁は「噴火警戒レベル1」としている。専門家でない者が軽々に言うべきことではないが、今回の震度3の地震と噴火の可能性は連動しているのだろうか。

  話は変わる。パティシエの辻󠄀口博啓氏がオーナーを務めるチョコレート専門店「LE CHOCOLAT DE H(ル ショコラ ドゥ アッシュ)」がフランス・パリで開催された世界最大級のチョコレートの祭典「サロン・デュ・ショコラ」に出品し、ショコラ品評会「C.C.C.」で最高評価であるゴールドタブレット(金賞)を受賞した。今回の受賞で8回連続の最高位受賞となる(10月31日付・「㈱アーシュ・ツジグチ」ニュースリリースより)。

  出品した作品は、「能登半島への感謝と復興を願う」をテーマに創作した4粒のチョコレート。作品名は『能登の大地の恵み』=写真・上=。その素材は能登産のものを使い、被災した生産者への復興応援の思いを込めて創ったものだ。左から『No.1 テロワール能登』は「能登の大地の恵みを閉じ込めたボンボンショコラ。能登いちじく、能登ワイン、能登クロモジを重ね、素材の香りと食感、余韻を楽しむ一粒」(説明文より)。『No.2 ふきのとう』は「雪の中で芽吹くふきのとうの力強さを能登半島の復興に重ねて表現。能登の鳥居醤油を使いキャラメルのような味わいのガナッシュと独特な香りとほろ苦さが特徴のふきのとうのガナッシュを重ねて」(同)とある。このブログで何度か紹介したように、辻口氏は能登半島の七尾市の出身。鳥居醤油は同市にある老舗だ。なので辻口氏にとっては天然仕込みの伝統の味なのだろう。

  3番目が『No.3 能登ヒバと酒』。「能登ヒバから抽出した香りを閉じ込めたガナッシュ、数馬酒造の酒かすと珠洲の塩のガナッシュを重ねました。日本の升の香りとそこに注がれる酒をイメージしたショコラ」(同)。数馬酒造も能登の老舗の酒蔵、そして珠洲市の塩は揚げ浜式製塩と呼ばれる伝統的な製法でつくられている。『No.4 能登柚子とレモンマリーゴールド』は「能登半島あんがとう農園で採れるレモンマリーゴールドの柑橘香が能登柚子の香りと余韻をさらに強く印象付けるショコラ。ハーブと柚子の相乗効果が際立つ3層構成」(同)とある。ニュースリリースによると、受賞した作品は来年1月中旬から「LE CHOCOLAT DE H」の店舗と全国のバレンタイン催事で販売する予定という。

  自身が金沢大学で特任教授を務めていたとき、講師として辻口氏を招き、一粒のチョコレートに込める思いを語ってもらった=写真・下=。印象的だったのは、カカオ豆やそのほかの素材をナノの粒子にまで粉砕して、それをチョコにしているということだった。すると、歯ざわり、ふくよかな香りが広がり、口の中で自然に溶けていく。これは、スイーツとしての価値を高めるだけでなく、高齢者やあごに障害があり、噛むことができない人たちのためのスイーツをつくることがきっかけだったという。小麦粉アレルギーの人々のために米粉のスイーツも製造している。

  「能登はやさしや土までも」の文化風土で生まれ育った精神性、そこからナノ粒子に粉砕してつくるという先進性が、チョコレートを世界ブランドへと高めている。能登をチョコにくるんだ、熱い思いが伝わってくるニュースだ。

⇒6日(水)夜・金沢の天気     はれ

☆ 能登の山に潤うキノコ「においマツタケ、あじコノミタケ」

☆ 能登の山に潤うキノコ「においマツタケ、あじコノミタケ」

  世の中が騒々しい。北朝鮮は先月31日に続いてきょうまた弾道ミサイルを発射した。防衛省公式サイトによると、午前7時30分から39分にかけて、北朝鮮西岸付近から、少なくとも7発の弾道ミサイルを北東方向に向けて発射した。落下したのはいずれも半島東岸付近の日本海であり、日本のEEZ(排他的経済水域)外だった。発射された弾道ミサイルは最高高度100㌔程度で、約400㌔飛翔した。北朝鮮は核実験の準備を終え、アメリカ大統領選に向けて実験を強行する可能性があるとの韓国国防省の見解が報じられている(31日付・メディア各社の報道)。きな臭さが一気に漂い始めている。

  話題をガラリとのどかな話に変える。例年より遅めだが、能登の山で採れるコノミタケのシーズンだ。能登ではマツタケと並んで、コノミタケが重宝されている。何しろ、能登の人たちはマツタケとコノミタケをコケと呼び、それ以外はゾウゴケ(雑ゴケ)と呼んで区別している。一般的には「においマツタケ、あじシメジ」と称されるが、能登では「においマツタケ、あじコノミタケ」だ。(※写真は大皿に盛られたキノコ。左がマツタケ、右がコノミタケ)

  ホウキダケの仲間で暗がりの森の中で大きな房(ふさ)がほんのりと光って見える。見つけると、土地の人たちは目が潤むくらいにうれしいそうだ。コノミタケはマツタケとともにすき焼きの具材になる。能登牛(黒毛和牛)との相性がよく、肉汁をよく含み旨味があり香りもよい。

  きのう(4日)友人たちを誘い、能登の料理屋ですき焼き鍋を囲んだ。このコノミタケは石川県林業試験場などの調査で、DNA解析で他のホウキタケ類とは独立した種であることが確認されていて、「ラマリア・ノトエンシス(Ramaria notoensis、能登のホウキタケ)」という学名もある。そして、コノミタケを標準和名とすることが、2010年の日本菌学会で発表されている。そんなことを話題にしながら、さらに食の話題はあす6日に漁が解禁となるカニに移って行った。ようやく深まる秋、能登の食の話題は尽きない。

※6日午前0時に解禁されるズワイガニ漁は、海のシケの影響で石川県内全域で漁の延期が決まった(5日付・地元メディア各社のニュース)

⇒5日(火)夜・金沢の天気    あめ

★茶道用の木炭「菊炭」からイメージされた加賀友禅の斬新な模様

★茶道用の木炭「菊炭」からイメージされた加賀友禅の斬新な模様

  加賀友禅は金沢で染められる友禅で、京都の京友禅や東京の江戸友禅と合わせて「三友禅」と称される。加賀友禅のコレクション展がきょうから開催されていると知人から案内があり、会館「加賀友禅ミュージアムそめりあ」(金沢市)へ見学に行ってきた。加賀友禅は、「加賀五彩」とよばれる臙脂 (えんじ) ・藍・黄土・草・古代紫の5色を使い、花や鳥など自然をモチーフにしたデザインが描かれる。1975年に国の伝統的工芸品に指定され、いまもその技術は脈々と受け継がれている。

  今回ミュージアムを訪れたのは、「加賀友禅らしからぬ面白い作品がある」と聞いて、ぜひ見てみたいと思ったからだ。その作品は1階・特別展示室の「おもてなし加賀友禅着物発表会」で飾られていた。加賀友禅作家の河守彩香氏が制作した作品『菊炭』=写真・上=。デザインは花や蝶ではなく、木炭がモチーフなのだ。菊炭は茶道で使われる炭だ。茶道用の炭は切り口がキクの花模様に似ていることから「菊炭」と呼ばれ、炉や風炉で釜の湯を沸かすのに使う=写真・下=。クヌギの木を材料としていて、菊炭はススが出ず、長く燃え、燃え姿がいいとされる。

  河守氏は茶道を習っていて、菊炭に美を見出したようだ(知人の話)。この菊炭を生産している石川県で唯一の人が能登にいる。能登半島の尖端、珠洲市の製炭業者、大野長一郎氏だ。大野氏はカーボンニュートラルの実践者としても知られる。樹木の成長過程で光合成による二酸化炭素の吸収量と、炭の製造工程での燃料材の焼却による二酸化炭素の排出量が相殺され、炭焼きは大気中の二酸化炭素の増減に影響を与えない。ただ、実際にはチェーンソーで伐採し、運ぶトラックのガソリン燃焼から出る二酸化炭素が回収されない。そこで、ライフサイクルアセスメント(LCA=環境影響評価)の手法を用いて計算し、生産する木炭の2割以上を不燃焼利用の製品(床下の吸湿材や土壌改良材)とすることで、カーボンニュートラルを達成している。

  菊炭の文様と同時に、炭づくりと環境問題に取り組む生産者の熱い想いが友禅作家の創作のモチベーションをかき立てたのではないだろうかと作品を鑑賞しながら思った。

⇒2日(土)夜・金沢の天気   くもり

☆能登の震災から10ヵ月、豪雨から40日 泥出しボランティア集めに躍起

☆能登の震災から10ヵ月、豪雨から40日 泥出しボランティア集めに躍起

  きょうから11月、元日に能登半島で起きた震度7の強烈な地震から10ヵ月が経った。復旧・復興の途上の9月21日に奥能登が48時間で498㍉の記録的な豪雨に見舞われた。これまで金沢と能登を自家用車で何度も往復して、二重被害の現地の様子を見てきた。この目で見た能登の現状をまとめてみたい。

  半島を縦断する自動車専用道路「のと里山海道」を走ると、救急車とすれ違うことがある。1月や2月ほど頻繁ではないが、いまもある。金沢市や七尾市の病院への救急搬送だろうと推測する。石川県危機対策課がまとめた10月29日時点での地震による死者は408人で、そのうち、家屋の下敷きになるなどして亡くなった直接死は227人、災害による負傷の悪化や避難生活での身体的負担による疾病で亡くなった関連死は181人だった。県は10月23日と31日に関連死の審査会(医師、弁護士5人で構成)を開き、新たに33人の認定を決め、各市町が近く正式に認定することになる。これにより、犠牲者は441人に増えることになる。また、能登豪雨で亡くなった人は15人になる。

  二重被害が集中した地域の一つが輪島市だった。震災による火災で中心部の朝市通りの店舗や住宅など200棟が焼けて、焦土と化した。大通りでは輪島塗の製造販売会社の7階建てのビルが転倒した。そして豪雨では、中心部に近い久手川町を流れる塚田川に架かる橋に流木が大量に引っかかり、せき止められた泥水があふれて、住宅地に流れ込んだ=写真=。このため、住宅4棟が流され、14歳の少女ら4人が犠牲となった。同市町野町では震災と洪水で中心部の街並み全体が倒壊した状態になっている。輪島市では地震による仮設住宅が2900戸あるが、うち205戸で床上浸水となった(11月1日付・北國新聞)。県では年内をメドに被災者の再入居のため泥の除去など改修工事を進めている。

  二重被害のあった輪島市や珠洲市など奥能登をめぐると、場所にもよるが、全半壊した家屋が並ぶ街の光景がこの10ヵ月まったく変わっていないところが多い。輪島市の町野町などはその典型かもしれない。石川県の「被災建物の公費解体の進捗状況」によると、公費解体の申請があった3万1613棟ののうち、10月28日時点で解体が完了したのは全体の23%、7251棟となっている。作業は4月下旬から本格的に始まっていて、半年余りでこのペースだとあと2年ほどかかるのではないか。冬季には積雪もある。そして、豪雨での全半壊は55棟(10月18日時点)あり、政府は半壊した家屋も全壊と同様に公費解体を認めている。

  さらに難題がある。石川県の試算では輪島と珠洲、能登3市町で泥出しが必要な宅地は2600棟におよんでいて、家の中の泥出しは各自が行う。このうちボランティアの協力が必要なほど泥が堆積しているのは1500棟と想定していて、県など行政は泥出しボランティアを集めるのに躍起になっている。

⇒1日(金)午後・金沢の天気    あめ

★北朝鮮のICBM発射は核実験の前触れ予告なのか

★北朝鮮のICBM発射は核実験の前触れ予告なのか

  ニュース速報が飛んできた。北朝鮮はきょう31日午前7時11分、北朝鮮内陸部から、少なくとも1発の弾道ミサイルを北東方向に向けて発射。弾道ミサイルは北海道・奥尻島の西方約200㌔の日本のEEZ(排他的経済水域)外の日本海に同8時37分ごろ落下した。飛翔距離は1000㌔、最高高度は過去最高の7000㌔を超えると推定される(31日・防衛省公式サイト、イメージ図も)。

  北朝鮮は去年12月18日にも奥尻島の方向に向けて弾道ミサイルを発射している。このときはICBM(大陸間弾道ミサイル)級のミサイルで、奥尻島の北西およそ250㌔のEEZ外の日本海に落下した。飛行距離は1000㌔ほど、最高高度は6000㌔超でおよそ73分間飛行した(2023年12月18日付・防衛省公式サイト)。今回の飛行時間は86分間(前回は73分間)の長時間だったので、今回もICBM(大陸間弾道ミサイル)級のミサイルと推測される。(※写真は、2022年3月24日に北朝鮮が打ち上げたICBM「火星17型」=同月25日付・労働新聞Web版)

  では、なぜICBM級のミサイルを北朝鮮は打ち上げたのか。以下は憶測だ。軌道を高い角度で打ち上げて飛距離を抑える飛ばし方は「ロフテッド軌道」と呼ばれる。これを通常の軌道で発射すれば、搭載する弾頭の重さなどによっては飛行距離が1万5000㌔を超えてアメリカ全土が射程に入ることになる。つまり、アメリカを意識した発射だったのではないか。

  国連安保理は30日、ウクライナ侵攻を続けるロシアに北朝鮮が派兵したことを受けて緊急会合を開催した。アメリカのウッド国連次席大使は「ロシアの支援のため(北朝鮮兵士が)ウクライナに入れば、北朝鮮兵は遺体袋で帰国する」と述べ、金正恩・朝鮮労働党総書記に「無謀で危険な行為の再考」を促した。多くの理事国から北朝鮮のロシア派兵は安保理決議違反にあたるとして批判が集中するなか、北朝鮮の金星・国連大使は派兵について直接の言及は避けつつ、「アメリカと西側の危険な試みによって、ロシアの主権および安全保障上の利益が脅かされたとみなした場合、必要な措置を取る」と述べた(31日付・メディア各社の報道)。今回の北朝鮮のICBM級ミサイルの発射は、この「必要な措置を取る」との言葉を裏付けするかのような脅しに思えてならない。

  そして、このニュースで別の憶測もよぎる、北朝鮮が核実験の準備を終え、11月5日のアメリカ大統領選の前後に実験を強行する可能性があるとの韓国国防省の見解が報じられている(31日付・メディア各社の報道)。とすれば、核実験の前触れ予告にICBMを発射したのか、と。きな臭さが一気に漂い始めている。

⇒31日(木)午前・金沢の天気    くもり