☆ニュースをリアルタイムで知る醍醐味
あれからちょうど10年になる。2011年5月2日、ニューヨークの同時多発テロの首謀者とされたオサマ・ビン・ラディンに対する斬首作戦がアメリカ軍特殊部隊によって実行された。命令を下したのは当時のオバマ大統領だった。
パキスタンのイスラマバードから60㌔ほど離れた潜伏先をステルスヘリコプター「ブラックホーク」などで奇襲し殺害。DNA鑑定で本人確認がなされ、アラビア海で待機していた空母カール・ビンソンに遺体は移され、海に水葬した。作戦完了の直後、オバマ氏はホワイトハウスでの緊急声明で、「Justice has been done」と発した。声明はアメリカ東部時間で1日午後11時30分すぎ、日本時間で2日午後0時30分すぎだった、ニュースは世界を駆け巡った。
ニューヨークの同時多発テロもリアルタイムで見た。2001年9月11日、ニューヨ-ク・マンハッタンの高層ビル「ワールドトレードセンター」に最初の1機が突っ込んだのは東部時間で午前8時46分、日本時間で午後9時46分だった。当時帰宅して、報道番組「ニュースステーション」が始まったばかりの同9時55分ごろにリモコンを入れると、マンハッタンの高層ビルに民間航空機が追突する事故があったと生中継で放送していた。食事を取りながら視聴していると、2機目が同じワールドトレードセンターの別棟に突っ込んできた=写真・上=。すると、番組のコメンテーターが「これは事故ではなく、おそらくテロです」と解説し、スタジオが騒然となった。リアルタイム映像は衝撃的だった。そして、テロリズム(terrorism)という言葉が世界で認知されたのは、この事件がきっかけではなかったか。
バイデン大統領はきょう「この日」をどう思い浮かべているのだろうか。オサマ・ビン・ラディンに対する斬首作戦は軍によって同時中継され、ホワイトハウスの
もう一つ。小学生のときにテレビで見た、ケネディ大統領の暗殺シーンと、「悲しいニュースをお送りしなければならないのはまことに残念に思います」というアナウンサーの声が妙に記憶に残っていた。テキサス州ダラスでの悲劇は1963年11月23日(土)に起きた。アメリカ東部時間で22日午後1時30分、日本時間で23日午前3時30分だった。調べると、11月23日に日本とアメリカで放送を衛星中継でつなぐ実験が2回行われた。1回目が日本時間の午前5時27分から20分間、2回目が同じく午前8時58分から17分間だった。その2回目の始まりのときに、毎日放送のニューヨーク駐在のアナウンサーが冒頭の「悲しいニュース」を読み上げ、衝撃的な映像が繰り返し流された。58年も前に、その日に起きた大統領暗殺事件の第一報を生中継で視聴したことになる。
おそらく、自身は友人たちと遊びながら「朝、テレビ見たか。すごいニュースがあったぞ」とケネディ暗殺事件を知ったかぶりで周囲に語ったに違いない。子どものころからのニュースを語る癖はそのころ身についた。大学卒業後にマスメディアの新聞記者や番組制作を担当、金沢大学ではメディア論を講義した。16年前からはブログでも語っている。自身にとってニュースをリアルタイムで知ること語ることの醍醐味は今も変わらない。
⇒2日(日)午前・金沢の天気 あめ
これも裏と表の表層とも言えるかもしれない。在日中国大使館が先月29日付のツイッターで、「アメリカが『民主』を持って来たらこうなります」という日本語のコメントとともに、アメリカを死神になぞらえた画像を掲載した。アメリカの国旗を模した服を着た死神が、イラクやリビア、シリアなどと書かれた扉を開けて回り、部屋の中からは血が流れ出ている=写真・上=。このツイートは現在削除されているが、なぜ在日中国大使館がこのような画像をわざわざ掲載したのか解せない。その背景を憶測する。
もう一つ、絶妙なタイミングがある。日本政府が東電福島第一原発で増え続けるトリチウムなど放射性物質を含む処理水を海へ放出する方針を決めた(4月13日)。すると、中国と韓国が反発し、中国外務省の趙立堅副報道局長が26日付のツイッターで、葛飾北斎の「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」を模したパロディ画像を投稿して批判した=写真・下=。
演壇に立ったバイデン氏はまず自分の後ろに並ぶナンシー・ペロシ下院議長と上院議長でもあるカマラ・ハリス副大統領にあいさつした。確かに、大統領の議会演説で後ろの上下院両議長がともに女性という光景はアメリカ史上初めてのこと。「Madam Speaker, Madam Vice President」で議場内は拍手や歓声で沸いたに違いない。
先日、輪島市門前町の「黒島天領祭」の関係者から電話でヒアリングがあった。黒島はかつて北前船船主が集住した街で、貞享元年(1684)に幕府の天領(直轄地)となり、立葵(たちあおい)の紋が贈られたことを祝って始まった祭礼とされる。輪島塗と金箔銀箔で飾った豪華な曳山=写真=が特徴で、毎年8月17、18日に行われる。自身もこれまで祭りに参加する学生たち40人ほどを連れて黒島を訪れている。昨年(2020年)は新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため中止となっていた。
に生ける=写真=。赤と白の花のコントラストがまたいい。自慢話になってしまった。
は無所属だが、相手は自民、立憲民主、公明、国民民主が推薦する「相乗り候補」だった。選挙で問われる年齢は河村氏が72歳、相乗り候補は59歳。さらに、名古屋市長として初の4期目を賭けた選挙だった。本来ならば逆風となる「スキャンダル、支持政党なし、高齢・多選批判」を見事に乗り越えた「選挙モンスター」だ。
そこに描かれていた作品の数々はまるで「花と生き物たちの楽園」だった。作者は小原古邨(おはら・こそん、1877-1945)、明治末から昭和にかけて活躍した花鳥画の絵師だ。金沢出身で、初の「里帰り」展がきのう24日、金沢市の石川県立歴史博物館で開幕した。実は自身もこれまで名前すら知らなかった。きょう鑑賞に出かけた。
「踊る狐」だった=写真・中=。ハスの葉を被って、まるで踊っているように面白く描いた作品だ。この作品を眺めていて国宝の「鳥獣戯画」のワンシーンを連想した。生き物たちのユートピアだ。緊張感のある絵もある。「金魚鉢に猫」=写真・下=は、鉢の中の金魚をじっと見つめて狙っている。このネコの姿は現代も変わらない。こうした鳥や動物、花といった身近な自然を木版画で写実している。
いわゆる江戸時代の浮世絵と同じようには見えない。伝統的で高度な浮世絵の技術をベースにまるで水彩画のように美しい色合いで表現することで、明治、大正、昭和と生き抜いた画家だったのだろう。大正末期からは「祥邨」の号を用い、華やかな色とモダンな画面構成の作品はアメリカやポーランドなど欧米で展示されるようになった(チラシ文より)。
緊急事態宣言の効果がどれほど上がるのか、その結果次第かもしれない。5月半ばまでに感染拡大が治まらなければ、当然7月も見通しが暗くなり、無観客とせざるを得ないだろう。
新聞広告で「週刊文春」(4月29日号)の「小室圭さん母 『年金詐取』計画 口止めメール」の見出しを読んでコンビニで文春を買い求めた。いわゆる「文春砲」と称されるだけあって、強烈な内容だった。というのも、冒頭の「小室文書」では、母親の元婚約者との金銭トラブルをめぐるもので、2012年9月、元婚約者からの婚約破棄にともない金銭に関する要求はしないとの会話を収めた録音データがあると記されている。「切実に名誉の問題」とまで述べていた。ところが、今週の文春では、見出しの通り「年金詐取」というまったく異なるステージの話が展開している。以下、記事の引用。