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☆「光で再生した古い家」と「金継ぎの皿」

☆「光で再生した古い家」と「金継ぎの皿」

   能登半島の珠洲市で開催された「創造都市ネットワーク日本(CCNJ)現代芸術の国際展部会シンポジウム」の続き。2日目(最終日)はバスで常設作品を見学するエクスカーションだった。印象的だったのは中島伽耶子作『あかるい家   Bright  house』。珠洲は珪藻土で屋根瓦や七輪などを生産する工場がいまもある。使われなくなった相当古い戸建ての事務所に入ると、まるで銀河の世界のようだった=写真・上=。外壁や屋根に無数の穴が開けられていて、穴から太陽光が差し込んでくる。

    よく見ると、穴の一つ一つには穴と同じ直径の透明の円柱のプラスチックが埋め込まれていて、雨や風などが入ってこないように工夫されている。それにしても、星空のごとく無数の穴を創るだけで相当の労力だ。柱や梁がしっかりと造られているものの、古いこの家をアートとして再生させた作家のモチベーションを聴きたくなった。

   6作品をめぐるエクスカーションの最後は「スズ・シアター・ミュージアム『光の方舟』」。このミュージアムのコンセプトは「大蔵ざらえプロジェクト」。半島の尖端にある珠洲は古来より農業や漁業、商いが盛んだったが、当時の民具などは時代とともに使われなくなり、その多くが家の蔵や納屋に保管されたまま忘れ去れていた。市民の協力を得て蔵ざらえした1500点を活用し、8組のアーティストと専門家が関わって博物館と劇場が一体化した劇場型民俗博物館としてミュージアムがオープンした。日本海を見下ろす高台にある廃校となった小学校の体育館だ。

   奥能登は「キリコ祭り」という伝統的な祭り行事がいまでも盛んで、人を料理でもてなすことを「ヨバレ」と言う。そのヨバレで使われたであろう古い食器などが展示されているコーナーを見学した。目に止まったのが「金継ぎ」の大皿だった=写真・下=。松の木とツルとカメの絵が描かれ、めでたい席で使われたのだろう。それを、うっかり落としたか、何かに当てたのだろうか。中心から4方に金継ぎの線が延びている。

   東京パラリンピックの閉会式でアンドリュー・パーソンズ会長が発した言葉を思い出した。器のひび割れを漆と金粉を使って器として再生する日本の金継ぎの技術について、「不完全さを受け入れ、隠すのではなく、大切にしようという発想であり素晴らしい」と述べて、金継ぎという言葉が世界でもトレンドになった。

   この家の大正か昭和の初めのころの皿だろうか。金継ぎの皿からその家のにぎわいやもてなし、そして「もったいない」の気持ちが伝わる家風まで見えてきたような思いだった。

⇒23日(日)夜・金沢の天気        くもり

☆「さいはての地」という特異点に迫るアートと起業

☆「さいはての地」という特異点に迫るアートと起業

   「アートとSDGsはつながるのか」、そんな思いをめぐらしながら参加したシンポジウムだった。きょう21日、能登半島の珠洲市で始まった「創造都市ネットワーク日本(CCNJ)現代芸術の国際展部会シンポジウム」。国際芸術祭を開催している自治体が開催している勉強会でもある。

   珠洲市で昨年秋に開催された「奥能登国際芸術祭2020+」の総合ディレクターの北川フラム氏=写真・上=が「持続可能な地域社会と国際芸術祭」と題して基調講演。「厳しい地域ほど魅力的で、珠洲は地政学的にも特異点がある。芸術祭で大いに変わる可能性がある。ぜひ10年で最低3回の芸術祭をやってほしい」と述べた。珠洲の特異点として、「この地には日本で失われた生活が残っている。そして、国と人がつながる日本海を望む『さいはての地』であり、鉄道の消滅点でもある。地域コミュニティーの絆が強く、里山里海の自然環境に恵まれている。アートはこうした特異点に迫っていく」とアーチスト目線で珠洲の魅力と可能性を強調した。

   珠洲市の国際芸術祭は2017年と2021年の2回。北川フラム氏が地域が大きく変化するには「10年、最低3回」と述べたが、すでに珠洲市には変化が起きている。移住者数で見てみる。芸術祭開催前の5年間(2012-16年度)と開催後の5年間(2017-21年度12月末)との比較では開催前が135人に対して、開催後は255人と1.9倍も増えている。また、今年度の上半期(4-9月)は転入者が131人、転出者が120人で、転入が初めて転出を上回った。この社会動態の変化はなぜ起きているのか。北川フラム氏が述べたように、半島の先端という地理的な条件や過疎化といったハンディはアーチストにとって「厳しい地域こそ魅力的」に感じ、移住者も共感するという現象なのか。 

   その社会的な背景には、若者世代を中心として都市の人口集中、一極集中とは一線を画して、地域の新たな価値を見出す動きが活発化しつつある。そんな時代とマッチしたのかもしれない。事例を一つ上げる。去年3月に東京のIT企業に勤める男性が珠洲市に移住してきた。テレワークを通して本社の仕事をしながら、副業ビジネスとして、能登でクラフトジンを開発するためだ。ジンの本場・イギリスのウェールズにある蒸留所に行き、能登のユズやクロモジ、藻塩など日本から送りそれをベースにジンの生産の委託契約を結んできた。勤務先の会社が副業を解禁としたタイミングだった。将来は小さな蒸留所を能登でつくる計画も抱いている。能登の地域資源であるボタニカル(原料植物)を探して夢に向かって進む姿と、アーチストたちの創作の姿を重なって見える。「のとジン」=写真・下=は来月から通信販売が始まる。

   冒頭の「アートとSDGsはつながるのか」の問題提起は次回で。

⇒21日(金)夜・珠洲の天気    くもり時々ゆき