#輪島の白米千枚田

★輪島・千枚田で稲刈り 被災から耕作にこぎつけた120枚の物語

★輪島・千枚田で稲刈り 被災から耕作にこぎつけた120枚の物語

  台風が去り、能登半島ではようやく稲刈りのシーズンが到来した。先月24日に輪島市の白米千枚田を訪れると、ボランティアで耕作を行っている「千枚田愛耕会」のメンバーがいて、31日から稲刈りを行う打ち合わせをしていた。元日の能登半島地震で千枚田に多数のひび割れが入ったことから田んぼの修復作業を重ね、5月に120枚の田植えにこぎつけた。展望台のから千枚田を見渡すと、120枚の田は黄色く色づき、海風が通るとかすかながらサラサラと音を立て稲穂がそよいでいた=写真、8月24日撮影=。

  その千枚田で稲刈りが始まったのはきのう(3日)だった。台風10号の影響で31日の稲刈りを延期、今月1日に台風から熱帯低気圧になったものの、能登地方では2日にかけて雨が降っため、稲刈りが遅れていた。地元メディアによると、作業を行ったのは棚田のオーナー制度で田んぼを借りて耕している会員や愛耕会のメンバーら20人。稲刈り機は田んぼに入らないので、鎌で一株ずつ刈り取り、ワラで結んではざ掛けした。稲は「能登ひかり」という早生品種。

  「能登ひかり」にはちょっとしたストーリーがある。一昔前まで能登の気候に合う品種ということで生産されていたが、モチモチ感のあるコシヒカリに押されて生産する農家は少なくなっていた。それを見直したのが、京都や大阪といった関西の寿司屋だった。「ベタベタとした粘りがない分、握りやすく、食べたときにも口中でパラッとバラけるので、寿司によいのだという」(講談社新書『日本一おいしい米の秘密』)。さらに、このバラける食感がスープ料理にも合うということで、金沢市内のレストランなでども使われるようになった。

  4㌶の斜面に小さな棚田が連なる白米千枚田は2001年に文化庁の「国指定文化財名勝」に指定され、2011年に国連世界食糧農業機関(FAO)から認定された世界農業遺産「能登の里山里海」のシンボル的な存在だ。こうした評価の重荷を背負いながら愛耕会メンバーが中心となって、「1000分の120枚」の耕作にこぎつけた。メンバーの大半も被災し、いまも金沢市に2次避難している人もいると聞く。そして来年も耕作枚数を増やそうと、いまも田んぼの修復作業を重ねている。苦労がしのばれる。稲刈りは8日まで続く。

⇒4日(水)夜・金沢の天気     はれ

☆能登半島地震 災害あれど稲が風そよぐ千枚田

☆能登半島地震 災害あれど稲が風そよぐ千枚田

  能登のリアス式海岸のシンボル的な光景が輪島の白米千枚田だ。きのう(4日)ようやく現地を訪れることができた。それまでは土砂崩れで国道249号が切断されていたので行けなかった。2ヵ月余り経って、輪島市街からようやく行けるようになった。しかし、千枚田からさらに東方向へは通行止めが続いていて、曽々木海岸や揚げ浜式塩田などへは行くことができない。

  千枚田は正確に言えば1004枚の棚田が広がる。元日の地震で多くの住宅が損壊し、名所の曽々木海岸の窓岩は崩れ、平家ゆかりの時国家住宅などは損壊した。また、輪島の朝市通り周辺の200棟が全焼するなどした。千枚田は土砂崩れなどはなかった=写真・上=。ただ、よく見るとところどころに亀裂が見える。近づいてよく見ると、大きなもので、幅10数㌢、深さ50㌢ほどの地割れが数㍍続いている。

  田んぼは水はりをするので、地割れで水耕は大丈夫なのかと、素人ながら考えてしまう。千枚田を運営管理する公益財団法人「白米千枚田景勝保存協議会」では稲作を続けようと、クラウドファンディングで呼びかけている。「修復には大量の土砂や杭が必要であり、また、人力での修復となりますので、人を動かすお金も必要です。これらの資金を調達するため、みなさまから支援を募り、修復費用等に充てさせていただきます」と。目標1000万円に対し、きょう5日現在で1247万円が集まっている。

   亀裂が入った田んぼ眺める。ところどころに岩石がある=写真・下=。これを見ると千枚田の歴史を思い浮かべる。「大ぬけ」と今でも地元で伝えられる大きな土砂崩れがあった。1684年のこと。いまで言う深層崩壊だ。その崩れた跡を200年かけて棚田として再生した。そのときに落ちてきた岩石は今でもところどころにある。そして、今回の地震で地割れが起きた。

  これまで災害にめげずにひたすら棚田を耕してきた。人手が足りなければ「棚田のオーナー制度」で人を集め、田に亀裂が入ればクラウドファンディングで資金を集めて修復を行う。ひたむきなアイデアと地道な努力で千枚田の稲が風にそよぐ。

⇒5日(火)夜・金沢の天気    あめ