#生物多様性

☆能登の新たな風~CO²回収と「火様」を守る炭焼き~

☆能登の新たな風~CO²回収と「火様」を守る炭焼き~

   能登半島の尖端にある珠洲市で木炭製造会社を経営する大野長一郎氏を久しぶりに訪ねた。伝統的な炭焼きを今も生業(なりわい)としている石川県内で唯一の事業所で、二代目でもある。

   大野氏の話は「火様(ひさま)」から始まった。能登では囲炉裏の火を絶やさず守る「火様」の伝統があったが、燃料が電気やガス、灯油などにシフトする燃料革命でその伝統は風前の灯(ともしび)となった。去年の9月、能登で300年の火様の伝統を守っている人から声をかけられ、火種を分けてもらった。炭焼きの伝統技術に、新たに火様の伝統を受け継いだ。(※写真・上は、火鉢に入れた能登の伝統の火を受け継ぎ守る大野氏)

   大野氏の火へのこだわりは多様だ。「炭焼きでカーボンニュートラルを起こすと決めたんです」。樹木の成長過程で光合成による二酸化炭素の吸収量と、炭の製造工程での燃料材の焼却による二酸化炭素の排出量が相殺され、炭焼きは大気中の二酸化炭素の増減に影響を与えない、とされる。しかし、実際は木を伐採するチェーンソーや、運ぶトラックのガソリン燃焼から出るCO²は回収されていない。「炭焼きは環境にやさしくないと悩んでいた」

   そこで、知り合った金沢大学の研究者と、自らの生業のCO²の排出について検証する作業に入る。ライフサイクルアセスメント(LCA=環境影響評価)の手法を用い、過去6年間の製造、輸送、販売、使用、廃棄、再利用までの各段階における環境負荷を検証した。事業所の帳簿をひっくり返しガソリンなどの購入量を計算。仕事の合間で2年かけて二酸化炭素の排出量の収支計算をはじき出した。また、環境ラベリング制度であるカーボンフットプリントを用いたCO²排出・固定量の可視化による、木炭の環境的な付加価値化の可能性などもとことん探った。

   得た結論は、生産する木炭を2割以上を不燃焼利用の製品にすれば、排出するCO² 量を相殺できるということが明らかになった。そこで商品生産の方針を決め、生産した炭の3割を床下の吸湿材や、土壌改良材として商品化することにした。

   付加価値の高い茶炭の生産にも力を入れている。茶炭とは茶道で釜で湯を沸かすのに使う燃料用の炭のこと。2008年から茶炭に適しているクヌギの木を休耕地に植林するイベント活動を開始。すると、大野氏の計画に賛同する植林ボランティアが全国から集まるようになり、能登におけるグリーンツーリズムのさきがけにもなった。(※写真・下はクヌギの木を材料とした茶道炭。切り口がキクの花模様に似ていることから菊炭とも呼ばれる)

   さらに、炭焼きの原木を育てる植林地では植物だけでなく、昆虫や野鳥などの生物も他の地域より多いことが研究者の調査で分かってきた。植林地に枝打ちや間伐など手を入れることで、生物多様性が育まれる。炭焼き業がカーボンニュートラルやバイオエコロジーに新風を吹き込むかもしれない。

⇒7日(金)夜・金沢の天気     くもり

★「里山」が国際用語「SATOYAMA」になる言葉の価値

★「里山」が国際用語「SATOYAMA」になる言葉の価値

    このブログでもよく使う「里山」という言葉はすでに国際用語になっていると周囲で話すと、驚く人が多い。「なんで里山が」「どういうこと」と。その事例として出すのが、国連大学サステイナビリティ高等研究所が事務局となっている、「SATOYAMA イニシアティブ国際パートナーシップ」(IPSI)という国際組織だ。2010年10月に名古屋市で開催された生物多様性条約第10回締約国会議(CBD/COP10)で採択された「Satoyama Initiative」の推進母体となっている。

   SATOYAMAイニシアティブは生態系を守りながら農林業や漁業の営みを続ける「持続可能な利用」という概念であり、生物多様性の戦略目標とする国際的な取り組み。SATOYAMAイニシアティブがCOP10で採択されたのには伏線があった。2008年5月にCOP9がドイツのボンで開催され、日本の環境省と国連大学が主催したサイドイベント「日本の里山・里海における生物多様性」で、当時の黒田大三郎環境省審議官が「SATOYAMAイニシアティブ」を提唱した。

    これに、CBD事務局長のアフメド・ジョグラフ氏が共感し、「成長を続け現代的な社会を形成した日本は文化や伝統、そして自然との関係を保ってきた。そのコンセプトは世界で有効であり、日本の経験に大きな期待が集まっている」と支援を表明した。そのジョグラフ氏は4ヵ月後、名古屋市で開催された第16回アジア太平洋環境会議(エコアジア)出席の後、能登半島を訪れ、輪島市の千枚田や地域の人たちの森林保全の取り組み、休耕田を活用したビオトープでの環境教育など日本のSATOYAMAの現場をつぶさに見学した=写真・上=。

   じつはそれ以前にもSATOYAMAは海外で紹介されていた。イギリスBBCがNHKのドキュメンタリー番組『映像詩 里山』を動物学者で番組プロデューサーのD・アッテンボロー氏のナレーションで吹き替えて、番組『SATOYAMA』として放送し、これが欧米で反響を呼んだ。1999年のことだ。こうしたいくつかの伏線があって、COP10で「SATOYAMAイニシアティブ」が採択された。COP10の参加者は「SATOYAMAエクスカーション」公認コースとなった能登半島を訪れている。

    このSATOYAMAをさらに国際用語へと押し上げたのは能登と佐渡だった。国連食糧農業機関(FAO、本部ローマ)が認定する世界農業遺産(GIAHS)への2011年申請に、能登の8市町は共同して「Noto’s Satoyama and Satoumi(能登の里山里海)」を、そして、佐渡市は「SADO’s Satoyama in harmony with the Japanese crested ibis(トキと共生する佐渡の里山)」を提出した。双方とも申請タイトルに「Satoyama」を冠した。2011年6月、北京でGIAHS国際フォーラムが開催され、日本で初めてこの2件がGIAHSに認定された=写真・下=。「Satoyama Initiative」の採択と連動する相乗効果でもある。

   自身はCOP9、そしてCOP10、北京でのGIAHS国際フォーラムに実際に参加して、「Satoyama」「SATOYAMA」の言葉が持つ深みや重み、可能性というものを感じてきた。生物多様性や世界農業遺産の国際評価のキーワードでもある。そして、SDGsとの親和性も高い。COP10から11年、GIAHS国際フォーラムから10年、「里山」の言葉の価値をふと振り返ってみた。

⇒4日(月)午後・金沢の天気     はれ

★啓蟄 萌え出づる生物多様性

★啓蟄 萌え出づる生物多様性

    きょうは二十四節気の一つ「啓蟄(けいちつ)」だ。冬ごもりしていた虫が春の気配を感じ姿を現わし出すころ。虫に限らず、さまざまな生き物が目覚める。万葉の時代から、この春の感覚は共有されていたようだ。「石ばしる垂水の上のさわらびの 萌え出づる春になりにけるかも」(志貴皇子)。雪解けの水が岩からほとばしる滝のほとりに、ワラビが芽を出す春がきた、と。地上に生命力があふれる季節がめぐってきた。

   啓蟄にちなんで、このブログで取り上げてきた生物多様性にちなむ名言を紹介したい。コフィ・アナン氏(元国連事務総長)の言葉だ。「生物多様性は生命そのものにとっての生命保険でもある。農業や文化の多様性や生物多様性は、我々の生命維持システムにとって重要であり、保険のような存在。生物多様性が優れていればいるほど、我々は将来の問題に備えて保険をかけることができる。キノア(アンデス地方で栽培される雑穀)は種ごとに違った病気に強いという性質があり、全体として非常に病気に強い、生物多様性に富んだ農場が数多くある。これは、現在と将来の世代にとって重要なことだ」

   能登半島を4度訪れたパルビス・クーハフカン氏(元FAO世界農業遺産事務局長)が2013年2月に開催された国際セミナーで語ったこと。「私は能登の一部で、農薬の使用をやめた所を見学させていただいた。そこでは有機栽培でコメが生産されており、少しずつ水田にカエルや動物、様々な種類のヒルやミミズ、貝類が戻ってきていた。生態系や生物多様性を回復するだけでなく、自然の中のある種のバランスが取り戻され、農薬や肥料の必要がなくなるため、これは非常に重要なことだ。このような自然なシステムがもっと増えれば、きっと水田に魚が増え、GIAHS(世界農業遺産)がいっそう改良される」

   そのパルビス氏が初めて能登を訪れたのは2010年6月だった。国連大学高等研究所の研究員らとともに金沢大学の能登学舎(珠洲市)で、研究スタッフから能登の里山里海の地域資源を活用する地域人材の養成の仕組み、とくに生物多様性など環境配慮の水田づくりの実習カリキュラムなどについて説明を受けた。目を輝かせてのぞき込んだのが水田で採取した昆虫標本だった=写真=。標本をカメラに撮りながら、「この虫を採取したのは農家か」「カエルやヒルやミミズ、貝類の標本はあるか」と矢継ぎ早に質問も。フランスのモンペリエ第2大学(理工系)で生態学の博士号を取得し、専門は天然資源管理や持続可能な開発、農業生態学だ。   

           昆虫標本を見終えて、パルビス氏は「若者の人材養成に昆虫標本の作製まで 取り入れているプログラムはレベルが高い」「能登の生物多様性と農業の取り組みはとても先進的だ」と評価。翌年2011年6月のGIAHS北京フォーラムで審査された「能登の里山里海」と佐渡市の「トキと共生する佐渡の里山」がとともに日本で初めて世界農業遺産に認定された。パルビス氏がよく口にする言葉は「バイオ・ハピネス(Bio-Happpiness)、自然と和して生きようではないか」だ。

⇒5日(金)午後・金沢の天気     あめ