#山上徹也被告

☆政治家へのテロ行為 根深い恨みなのか義憤なのか

☆政治家へのテロ行為 根深い恨みなのか義憤なのか

   戦後、政治家への襲撃事件を起こした3人の若者に共通点はあるのか、探ってみたい。解散総選挙を控えた昭和35年(1960)10月12日、東京の日比谷公会堂で当時の自民党と社会党、民社党の党首演説会が行われた。社会党の浅沼稲次郎委員長が演説中に壇上に駆け昇ってきた17歳の山口二矢(おとや)に刃物で脇腹や胸を刺され死亡した。逮捕された山口は東京少年鑑別所に入れられたが、事件の3週間後の11月2日、首吊り自殺した。山口は、銀座・数寄屋橋での辻説法で知られた赤尾敏(1899-1990)が率いた大日本愛国党に入党するなど、右翼思想に傾倒していた。

   今月15日、和歌山市の漁港で選挙の応援に訪れていた岸田総理に向かって手製の爆発物が投げ込まれた事件。逮捕された木村隆二容疑者24歳は、被選挙権を30歳以上とする規定や供託金(300万円)を必要とする規定などがあり参院議員選挙に立候補できなかったのは憲法違反だとして、国に損害賠償を求める裁判を起こしていた(18日付・NHKニュースWeb版)。

   木村容疑者が起こした裁判は、代理人の弁護士をつけない「本人訴訟」で行われている。裁判所に提出した準備書面で、憲法15条の3項で「公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する」と定められているのに、被選挙権の年齢制限や供託金の制度が設けられているのは実態は「制限選挙」であり、憲法違反だとして批判していた。また、ツイッターで、岸田内閣は安倍元総理の国葬を閣議決定のみで強行したと主張し、「このような民主主義への挑戦は許されるべきものではない」などと訴えていた(同)。

   去年7月8日、奈良市で街頭演説中の安倍元総理を手製の銃で撃って殺害したとして、同市に住む山上徹也容疑者41歳が殺人と銃刀法違反の罪で逮捕された。2005年まで3年間、海上自衛隊の広島県呉地区の部隊で勤務していた。今後、裁判員裁判で審理されることになるが、殺害の動機とされるのが、母親が世界平和統一家庭連合(旧「統一教会」)へ高額な献金をしたことから家庭が崩壊し、恨みを募らせたことが事件の発端とされる。安倍氏は祖父・岸信介の代から三代にわたって旧統一教会と深いつながりがあり、山上被告は安倍氏にも恨みを抱いていたとされる。

   3人の凶行で思い当たるのは、「義憤」という言葉だ。山口の場合は、浅沼稲次郎が1959年に中国を訪問した際に、「アメリカ帝国主義は日中両国人民の共同の敵」と演説したことが、日本の赤化(共産化)を図ろうとする許し難き人物と義憤をたぎらせた。木村容疑者は制限選挙は憲法違反、さらに、世論の反対が多いにもかかわらず安倍元総理の国葬の決行したことは民主主義への挑戦と。また、山上被告はいわゆる「宗教2世」として貧困を体験して、旧統一教会と関わりが深かった安倍元総理に銃を向けた。

   義憤は「道理に外れたことや、公平ではないことに対する怒り」と解釈している。山上被告の場合は当事者であり体感型の義憤、山口の場合は思想型の義憤、木村容疑者は被害者意識型の義憤と言えるかもしれない。彼らの行為を正当化するつもりはいっさいない。

⇒18日(火)夜・金沢の天気    くもり

☆安倍氏銃撃事件を振り返る ~上~

☆安倍氏銃撃事件を振り返る ~上~

   去年7月8日、奈良市で街頭演説中の安倍元総理を銃で撃ったとして逮捕された山上徹也容疑者が殺人と銃刀法違反の罪で13日付で起訴された。今後、裁判員裁判で審理されることになる。母親が世界平和統一家庭連合(旧「統一教会」)へ高額な献金をしたことから家庭が崩壊し、恨みを募らせたことが事件の発端とされるが、その動機の解明が裁判の焦点となってくるだろう。

            一発目の銃声でなぜ安倍氏の身を守る警察の行動がなかったのか

   メディアを通じて事件に注目していて、いまでも解せない点がある。安倍氏は命を落とすべくして落としたのだろうか。簡単に言えば、なぜ防げなかったのか。事件は衆人環視の中で起きた。

   奈良市の大和西大寺駅前の交差点で安倍氏は候補者とともに立っていた。この場所はガードレールに囲まれていて、警視庁のSP1人を含む4人の警察官が警備にあたっていた。SPは安倍氏を見ながら、前方の大勢の聴衆を警戒していた。2人の警察官は安倍氏の目線と同じ方向にいる聴衆を警戒していた。つまり、傍らにいた3人が会場前方を中心に警備していたことになる。そしてもう1人の警察官は主に安倍氏の後方の警戒にあたっていた。

   以下、朝日新聞社会面(2022年7月17日付)の記事を引用する。最初、山上被告と安倍氏の直線距離は約15㍍だった。その後、安倍氏の背後に回り込むように歩いて車道を横断。ショルダーバッグの中から手製の銃を取りだし、約8㍍の距離から発砲した。周囲の人たちが大きな音に身をすくめる中、被告は白煙の上がる銃を手にし、さらに5歩前進。2.7秒後に、背後約5㍍から2発目を撃った。銃音の方を振り向くような動きを見せていた安倍氏は身をかがめるようにして倒れた。被告は直後、車道上で取り押さえられた。

   ここで理解できないのは、背後8㍍まで近づいて発砲し、さらに5歩進み、2.7秒後に2発目を発射している点だ。その間、SPと警察官の4人は何をしていたのか。事件の警備をめぐっては、警察庁が立ち上げたチームが検証を行い、後方の警備が不十分となり襲撃を防げなかったことなど問題点を明らかにしている。ならば、どのような点が不十分だったのか、とくに一発目と二発目の2.7秒で何をしていたのか。

   ネットに上がっている関連動画やテレビを見ると、一発目の後、安倍氏に覆いかぶさるなど警護対象者の身を守るような行動は確認できない。警察は常に容疑者の身柄の確保を最優先に考えていて、一発目の砲音と同時に犯人捜しに視線が注がれ、安倍氏をガードする行動が遅れた。5歩、2.7秒の二発目はまさに警備の死角を突いたのだろう。警察とすれば、オレたちはガードマンではない、犯人逮捕が仕事だ、との発想が根底にあるのだろうか。8月25日、警察庁長官は検証結果と警護の見直し策をまとめた報告書を公表した後に自らの責任を認め辞職している。

⇒14日(土)夜・金沢の天気   あめ