#メディア

★国連に届いた性加害問題 芸能界とメディアはどう対応

★国連に届いた性加害問題 芸能界とメディアはどう対応

   日本のメディアの問題点は国内で語られることが多かった。それが国連機関によって指摘されるとは意外だった。各国の人権を巡る状況を調査する国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会の専門家チーム(2人)は7月24日から8月4日にわたり、日本を公式訪問した。チームは東京や大阪、愛知、北海道、福島などを訪れ、省庁や地方自治体、市民団体、労働組合、人権活動家、企業、業界団体代表などと会談し、政府と企業が人権上の義務と責任にどう取り組んでいるかを聞き取りした。また、ジャニーズ事務所の創設者である故ジャニー喜多川氏の性加害問題についても被害者から聞き取りを行った。

   最終日の4日に日本記者クラブで記者会見した。以下、会見で印象的だった内容をいくつか。その一つが、「声明文」として出したコメントの中で、日本のエンターテインメント業界に「性的な暴力やハラスメントを不問に付す文化」があるとの言及した点だった。「文化」とまで言い切った声明文なので、相当の物証や根拠があったということだろう。確かに、「知ってはいるけど、関わらない」と見て見ぬふりする文化がある。

   そして、コンプライアンス体制の整備に「透明な苦情処理メカニズムを確保することが必要」と求めている。故ジャニー喜多川氏の性加害問題は2003年の東京高裁の判決で「性加害がある」と認定されている。この事実を知りながら一切伝えてこなかったメディア業界、とくにテレビ、ラジオ、新聞、雑誌は「その罪は大きい」と指摘されても当然だろう。

   作業部会の専門家チームは、2024年6月に国連人権理に報告書を提出すると伝えられているので、それまでにメディア各社は「透明性のある対応」と向き合っていくことで必要だ。たとえば、問題として指摘があった故ジャニー喜多川氏の性加害問題についてのメディアの責任と、経営者の受け止めについてまとめた文書を専門家チームに送付したほうがよいのではないか。

   専門家チームの記者会見後に、「ジャニーズ性加害問題当事者の会」のメンバー7人も会見を行い、タレント数百人が性的搾取と虐待に巻き込まれる深く憂慮すべき疑惑が明らかになった。彼らの訴えが芸能界の体質を大きく変え、メディアの体質も変える「最後のチャンス」なのかもしれない。(※記事の作成にあたっては、「月刊ニューメディア」編集部・出版局長の吉井勇氏からいただたメールマガジンを一部引用)

(※画は、バチカン美術館のシスティーナ礼拝堂のミケランジェロの天井壁画『最後の審判』=撮影:2006年1月)

★岸田総理とメディアの「解散・総選挙」めぐる緊張感

★岸田総理とメディアの「解散・総選挙」めぐる緊張感

   前回ブログの続き。衆参5つの補選で自民党候補4人が勝利して一夜明けた24日、岸田総理は報道陣に囲まれ、「この勢いで解散・総選挙を近く実施されますか」などと質問を受けた。岸田氏は「重要政策を一つ一つ前進させ、結果を出すことに尽きる。いま、解散・総選挙は考えていない」と答えていた(24日付・NHKニュース)。

   メディアが尋ねた「解散・総選挙を近く実施」は、5月に開催する「G7広島サミット」を乗り切り、6月に「異次元の少子化対策」などの「骨太の方針」をまとめて提示し、6月21日の国会会期末までには解散という段取りか、と念押ししたのだろう。衆議員の任期満了は2025年10月30日なので、本来ならば同年10月に総選挙だろうが、自民党の党総裁任期は20249月に満了するので、それまでに政権基盤を固めておく必要がある。それは総選挙勝利という実績をづくりだ。

   メディアはこれまで何度も「解散・総選挙は近く実施されますか」と質問を向けてきた。岸田総理が3月21日にウクライナを電撃訪問し、G7広島サミットの議長国としての存在感をアピールしたときもそうだった。

   メディアがこのような質問をするのは、世論調査の内閣支持が上がっているという背景もある。読売新聞の4月の世論調査(14-16日)で、内閣支持率は47%に上り、前月調査より5ポイントも上昇。2022年9月以来、7ヵ月ぶりに支持が不支持を上回った。テレビ朝日系ANNの4月調査(15、16日)も前月から10.2ポイントも上昇しての45.3%だった。G7広島サミットを無事乗り切れば、さらには内閣支持率は「うなぎのぼり」に上昇する、かもしれない。

   総選挙は勝てると判断したときに打つ。前回は2021年10月の内閣発足から10日後という戦後最短で衆院を解散し、総選挙に勝利して政権基盤を確保した。メディア各社はこの岸氏の「サプライズ解散」を体感しているだけに、オウム返しのように「解散・総選挙は近く実施されますか」と尋ね、岸田氏は「いま、解散・総選挙は考えていない」と繰り返す。岸田総理とメディアの緊張関係でもある。

⇒24日(月)夜・金沢の天気    はれ

☆テレビメディアへの格闘技 馳知事の肖像権問題

☆テレビメディアへの格闘技 馳知事の肖像権問題

   元プロレスラーの闘争本能に火がついたようだ。石川県の馳浩知事は自身や県職員の映像が地元テレビ局が制作したドキュメンタリー映画で無断使用された訴えもめている。メディア各社の報道によると、馳知事はきのう4日の新年度記者会見で「今後の定例会見はテレビ局の社長の出席を踏まえて開催するかどうかを検討したい」と述べた。テレビ局と知事の「一対一」の対決ではなく、社長が出席しないのであれば定例会見そのものを開催しないとメディア全体を巻き込むようにも取れる発言だ。

   馳氏がやり玉に挙げているドキュメンタリー映画は石川テレビ放送(本社:金沢市)が制作し、去年10月に全国公開した映画『裸のムラ』。残念ながら、まだこの映画を鑑賞してはいない。ネットに上がっている映画のチラシ=写真=によると、去年3月、「保守王国」と言われる石川県の知事を7期28年つとめた谷本正憲氏から馳氏にバトンタッチ。知事選では「新時代」をスローガンに掲げて選挙戦を戦ったが、2000年6月の衆院選の初立候補のときも、スローガンは「新時代」だった、とテレビ局側は軽く筆力でパンチ。そして、「ここ一番で必ず登場するのは、ご存知キングメーカーの森喜朗だ」「ムラの男たちが熱演する栄枯盛衰の権力移譲劇」と読み手の想像力をたくましくさせる文章を掲載している。

   このドキュメンタリー映画は石川テレビ放送が2021年と去年に放送した2本のドキュメンタリ-番組に新たな映像を加えて再編集したものを映画化した。馳氏がクレームをつけているのはこの点。テレビ報道のドキュメンタリ-番組に加え、さらに商業目的でつくった映画にも無断で自身や県職員の映像を使用しているのは、肖像権の無視ではないのか、との論拠だ。これに対し、石川テレビ側は、ドキュメンタリー映画の制作も報道活動の一環との位置づけで、映像は公務中ものであり、報道の目的である公共性に鑑み、許諾は必要ないと反論している。

   問題が表面化したのは今年1月。馳氏は元旦にサプライズで出場で議論を呼んだプロレス試合の映像を地元メディア各社に提供したが、石川テレビ側への提供は拒んだ。これに対して、同16日、石川テレビ側は馳氏に対して質問状を提出。一方、馳氏は同27日の定例記者会見で、公務員の映像を無断で使うことについて、石川テレビの社長に定例会見に出席して番組制作に対する考えを述べるよう求めた。

   2月4日、石川テレビ側は一歩引いて、質問状を撤回し謝罪したものの、馳氏は引かず、定例記者会見の場に社長が出席するよう再度求めた。石川テレビ側をこれを拒否している。そして、冒頭のように、馳氏は3月の定例記者会見は開かず、今月4日の新年度の記者会見で「定例会見に社長の出席を」と繰り返し述べている。

   ドロップキックやジャイアントスイングのような大技ではないが、狙いを定めたら一歩も引かない、まるで馳氏の格闘技のようだ。

⇒5日(水)午後・金沢の天気   くもり

☆2021 バズった人、コト~その1

☆2021 バズった人、コト~その1

  「人の噂(うわさ)も七十五日」という言葉はかつて使ったが最近は使わないし、聞くこともなくなった。時代が変わって、「人の噂」はネットやSNS、メールが本流になり、「バズる」という言葉が使われている。「バズってますね」などと自身もやりとりしている。ことしも残り9日。このブログで取り上げた話題を振り返る。題して「2021 バズった人、コト」。

          ~東京オリンピック、トヨタのテレビCMストップはなぜ~

  ことしはオリンピックイヤーだった。東京五輪(7月23日-8月8日)は地元石川県では何といっても、レスリング女子57㌔級の津幡町出身の川井梨沙子選手と、62㌔級の妹・友香子選手がともに金メダルを獲得したことが話題になった。地元紙は姉妹で「金」は日本勢初の快挙と讃えた。北國新聞は連日の特別紙面で「最強の姉 約束の金lと、本紙では「梨沙子連覇 川井姉妹そろって金」と。北陸中日新聞は「川井 姉妹で金 梨沙子連覇」とそれぞれ一面の通し見出しだった=写真=。東京オリンピックの日本勢で、姉妹による金メダルは初めてだったので、日本のオリンピックの歴史に新たなレジェンドをつくったのではないだろうか。     

   コロナ禍でのオリンピックの開催をめぐっては反対意見が盛り上がっていた。東京五輪の中止を求めるオンライン署名サイト「Change.org」の署名は45万筆を超えていた。署名の発信者は弁護士の宇都宮健児氏で、相手はIOCのバッハ会長だった。そして、強烈なメッセ-ジを発したのはトヨタだった。東京オリンピックの大口スポンサーでもあるが、新型コロナウイルスの感染拡大が収束しない中での開催の是非について世論が割れていることを理由に、オリンピック関連のテレビCMをいっさい見送ると発表した。実際、五輪番組をテレビを見ていてもトヨタのCMを見ることはなかった。

   いまごろになって思うことだが、トヨタはなぜテレビCMを見送ったのだろうか。ワールドワイドな企業であるトヨタにとっては、オリンピックパートナーとしてメディアを通じてブランドイメージさらにアップさせるチャンスだった。そうした広告・ブランディング戦略にたけているはずだ。

   トヨタがCM中止を表明したのは開催4日前の7月19日だった。テレビと新聞による五輪開催へのマイナスな論調を見極めての決定だったのだろう。おそらく、この批判的な論調が開催期間中も続き、そうした論調のマスメディアにCMを出すのは企業にとってマイナスイメージとなると判断したのではないだろうか。ところが、オリンピックが始まると、開催に疑念を呈していたテレビも新聞もまるで「手のひら返し」をしたかのように、「ガンバレ日本」と選手たちの活躍を中心に報道を繰り広げた。トヨタはマスメディアの動向を見誤った。

   コロナ禍でのオリンピックは是か非かという論調は読者や視聴者に分かりやすいので、先頭だってマスメディアはそうした話題を提供する。身を張って五輪を阻止するというスタンスはもともとない。だから、オリンピックが始まってしまえば、マスメディアは五輪一色になる。別の視点から見れば、トヨタは「トヨタイムズ」という、タレントの香川照之が編集長となった自社メディアをホームページや「YouTubeチャンネル」で展開している。マスメディアの動向を観察しながら、自社メディアをどうカタチづくるか試行錯誤しているようだ。

   オリンピック競技を17日間視聴して、印象に残っているのはもちろんアスリートたちの姿だが、番組での解説やコメントなどスタジオのバックで流れていた桑田佳祐の『波乗りジョニー』だった。オリンピック競技場の無観客の状態は当初さみしいとも感じたが、毎日違和感なく視聴できたのもこの曲の高揚感のおかげだったのかもしれない。

⇒22日(水)夜・金沢の天気     くもり

★コロナ禍のオリンピック 報道との二律背反が鮮明に

★コロナ禍のオリンピック 報道との二律背反が鮮明に

   スポーツにはルールや規則というものがあるが、報道には基本的にはそれがない。しかし、ルールや規則に縛られるとなったら報道陣は「報道の自由を奪うのか」と大騒ぎするものだ。NHKニュースWeb版(7月2日付)によると、東京オリンピックにおける新型コロナウイルスの感染防止対策として来日する海外メディアの行動制限について、アメリカのニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストなど12社が6月28日付で大会組織委員会やIOCに対し、連名で抗議の書簡を送った。東京オリンピックでは、海外メディアを含めた大会関係者は、感染対策を定めた「プレーブック」に基づく行動が求められている。  

   この抗議書簡の原文を見たいと思い、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストの公式ホームページをチェックしたが、見当たらない。そこで、日本のメディア各社のニュースをまとめてみると以下になる。

   抗議の論点は主に2つ。日本と海外のメディアの取材陣にはソーシャルディスタンス(2㍍以上)を守り、ワクチン接種をしてマスクを着用することが前提となっている。しかし、日本人記者には自由な取材が認められているのに、海外メディアの記者には観客へのインタビューや都内での取材が制約される。こうした取材制限は不公平で、外国人記者を標的にした行き過ぎた規制だ。また、スマートフォンの位置情報(GPS)をオンにして知らせることになっているが、このGPS情報がどのように使われるのか不安があり、報道の自由が阻害されないよう、メディア側にもアプリの使われ方を検証する機会を与えよと求めている。

   確かに、大会組織委員会の公式ホームページに掲載されているプレイブック(第3版)「プレス」=写真=では規制が厳しい。7月1日以降の順守項目では、「入国後3日間は自室で隔離しなければならない。毎日検査して陰性であることと、GPSによる厳格な行動管理に従うことを条件に、入国日から取材活動を行ってもよい」、「競技以外に、観客や市中を取材することは認めない。散歩したり、観光地、ショップ、レストラン、バー、ジムなどに行ったりすることも禁止」などと。おそらくアメリカのメディアの記者とすると、まるで言論統制が厳しい共産主義国家のイメージしたのかもしれない。

   これに対し組織委員会は「現下の情勢に鑑みれば、非常に厳しい措置が必要で、すべての参加者と日本居住者のために重要なことと考えている。取材の自由は尊重し、可能なかぎり円滑に取材が行えるようにする」とコメントし、また、GPSについては「監視するものではなく、本人のスマートフォンに記録してもらい、必要な際に同意を得て提示を求めるものだ」と説明している(7月2日付・NHKニュースWeb版)。

   取材の基本は取材対象者へのアクセスにある。さらに、報道の自由は誰にも束縛されない立場を貫くことだ。この意味で、取材・報道の自由と防疫対策の厳格化は「二律背反」なのだ。さらに、アスリートの中から1人でも感染者が出れば、今度は日本のメディアが大騒ぎする。そして、アメリカだけでなく、取材に訪れ、窮屈さを感じる世界のメディア各社は「取材規制はオリンピック憲章に反する」とブーイングを発信するだろう。中には「これはまるで日独同盟だ」と戦前の歴史を持ち出して揶揄するメディアも出てくるかもしれない。この二律背反を共存させる知恵は大会組織委員会やIOCにあるのか。

⇒3日(土)午後・金沢の天気     くもり

☆「記者会見うつ」大坂なおみ選手の場合

☆「記者会見うつ」大坂なおみ選手の場合

   記者会見は筋書きのないドラマでもある。記者の質問によって、人物や会社や組織が試されたり、会見の場が修羅場と化すこともある。2014年7月、会見に応じた兵庫県議会の県議が政務活動費の不正問題に質問され、「このような指摘を受けるのはつらい」と突然大声で泣きだした。本来ならばローカルニュースだが、この号泣会見の模様はテレビでも全国ニュースに、さらにイギリスBBCもその泣きの会見を世界に流した。

   会見で記者たちはどのようことを意識して質問をするのか。事実関係の問いただしのほかに、カメラ目線や態度、言動から心理を読んだりする。政治家の場合はカメラの向こうの国民や有権者を意識して語るのが通常だが、妙に目線がキョロキョロとしていれば、心理的に相当な動揺があることが分かる。そこから、政局を読んで記事にすることもある。一方の質問される側はこのような記者目線は相当なプレッシャーであることは想像に難くない。   

   女子テニスの大坂なおみ選手がツイッターで、全仏オープンの記者会見を拒否し、今月2日予定の2回戦を棄権すると明らかにしたことが大きな波紋を呼んでいる。大坂選手は先月30日、全仏オープンの1回戦でルーマニアの選手に2対0のストレートで勝ったが、試合後の記者会見に出席しなかった。このため、大会の主催者は、1万5000㌦の罰金を科すと発表した(5月31日付・NHKニュースWeb版)。

   きのう31日付の本人のツイッターでは、2018年から「うつ状態」に苦しんでいることを告白し、「少しの間、コートを離れる」と休養も示唆した。「グランドスラム」と称される4大大会は、全豪オープン(1月)、全仏オープン(5-6月)、全英オープン(6-7月)、全米オープン(8-9月)だ。「少しの間、コートを離れる」とは、全仏と全米には出場しないという意思表示だろう。

   ツイッターを読んで、うつと格闘していると自分の有り様を公表したのはある意味で勇気のある行動であり、つらい心情と察する。反面で、スポーツ界におけるメンタルヘルスのケアはどうなっているのか気になる。主催者側が本人から事情を聴き、精神的につらいと申し出があれば、記者会見はその旨を記者に告げて中止にしてもよいのではないか。それは「アスリートファーストの配慮」というものだろう。それもなく、大会規則にのっとり罰金を科すとは。

   確かに、放映権を有するテレビなどメディアが世界に発信しているから大会の価値も上がり、有力なスポンサーもついて大会の賞金も上がるという相乗効果だ。主催者側は、トップ選手ともなれば、メディアに答えるのはある意味で義務と定めているのだろう。

   今回はストレート勝ちでの2回戦進出だったので、晴れ晴れと会見に臨むだろうとファンも期待したはずだ。では、本人はなぜ拒否したのだろうか。先月27日のツイッター=写真=で、全仏オープンで会見に応じない意向を表明していた。以下憶測だ。イタリア国際女子シングルス2回戦(5月13日)でストレート負けした大阪選手がラケットをコートに叩きつけて壊すというシーンがネット動画などで流れて批判も起きた。一瞬の怒りの行為とはいえ大阪選手はそのことを悔やんでいた。全仏オープンの記者会見でこの件について記者から質問が飛んで来るかもしれないと想像すると不安が募った。「うつ状態」がさらに激しくなり、会見に臨む意欲は失せていたのではないだろうか。

⇒1日(火)夜・金沢の天気     はれ

★「言葉は生き物」 時代の感性や鮮度

★「言葉は生き物」 時代の感性や鮮度

   2020年も折り返し地点を過ぎて、これにまで使ってこなかった言葉が気が付けば日常を覆っている。「パンデミック」「クラスター」「オーバーシュート」「ロックダウン」「東京アラート」「線状降水帯」など。金沢大学では教養科目として「ジャーナリズム論」を担当していて、学生たちには「言葉は生き物である」と教えている。

   たとえば、テレビなどで盛んに使われ流行した言葉の中には、一過性で死語になるものもあれば、その言葉の意味に普遍性が見出されて辞書に載るものもある。そして、時代が変われば言葉も劇的に変化する。江戸から明治に時代が転換し、西洋文明が押し寄せた。福沢諭吉はeconomyを「経済」、money ordersを「為替」と訳した。この「為替」の言葉がなければ、当時、海外から文化を輸入する文明開化は広がらなかったかもしれない。言葉は時代を動かす原動力にもなる。

   3年前、新書『実装的ブログ論―日常的価値観を言語化する』(幻冬舎ルネッサンス新書、2017)を上梓した。この本を出版した動機の一つとして、学生や若者たちに言葉を自在に操ってブログを書いてほしいという思いがあった。

   著書のタイトルにもある「日常的価値観の言語化」はごく簡単に言えば、自ら日頃考えていること、感じたことを言葉として表現すること。言葉に皮膚感覚や、明確な事実関係の構成がなければ伝わらない。実際に見聞きしたこと、肌で感じたこと、地域での暮らしの感覚、日頃自ら学んだことというのは揺るがないものだ。それらは日常で得た自らの価値観だ。その価値観を持って、思うこと、考えることを自分の言葉で組み立てることが「実装」である。学生たちにはブログなどを手段として自らの言葉を磨いていほしいと思う。

   ジャーナリズム論について深い考察で会話が弾む学生がいて、「なるほど。そこまで考えているのか」と共感することがある。ただ、人前での発表やディスカッションの場に誘うと、急に言葉がトーンダウンする。「人前で偉そうなことはいいたくない」「目立ちたくないから」と言い訳する。男子学生に多いのだが、これも今どきの若者気質ではある。

   そのような学生にはテレビ局や新聞社への就活を薦めている。言葉の深さはメディアへの関心度とも相伴する。エントリーシートの書き方から始め、面接のリハーサルを本人が納得するまで重ねる。受け答えの言葉のタイミングと表現、抑揚など、言葉を鍛えることで本人のモチベーションが高まり、感性も磨かれる。10数年で出版社含めメディア関係に35人が就職した。

   取材で金沢に立ち寄った彼らから声がかかり、一献傾けることがある。久しぶりに交わす彼らの言葉に時代の感性や鮮度を感じる。この上ない喜びでもある。

(※写真は、ラファエロ作「アテナイの学堂」。ギリシャの有名な賢人たちを描いている=2006年1月、サンピエトロ大聖堂で撮影)

⇒20日(月)夜・金沢の天気    くもり

☆メディアの世論調査は持続可能か

☆メディアの世論調査は持続可能か

    テレビと新聞に目を通してチェックする記事の一つが世論調査だ。各社が毎月調査して記事にするので、世論の流れが数字で読むことができる。とくに内閣支持率は政治に絡む失策やスキャンダル、不正といった内閣そのものを揺るがす、いわゆる「政局」と連動するので目が離せない。内閣支持率の20%台は政権の危険水域、20%以下はデッドゾーンとされ、こうした数字が見え始めると、「そろそろ選挙か」と胸騒ぎがしてくる。

   この世論調査の危機的状況がきのう公表された、FNN(フジニュースネットワーク)と産経新聞社が行っている合同世論調査のデータの不正入力問題で浮かび上がってきた。産経新聞公式ホームページは「お知らせ」(19日付)として、「FNN・産経新聞 合同世論調査」における一部データの不正入力について、とリリースしている。それによると、データの不正入力を行っていたのは、調査業務委託先の会社(東京)が業務の一部を再委託していた京都の会社のコールセンターの現場責任者だった。

   合同世論調査では電話による質問で回答を集計する形で行っているが、現場責任者は実際には電話をせずに架空の回答を入力していた。2019年5月調査分からことし5 月分まで計14回にわたる。1回調査で約1000 サンプルの有効回答を得るが、そのうち毎回100サンプル以上、14 回であわせて約2500 サンプルの不正が見つかった。このため、フジと産経はそれぞれ、14回の世論調査を報じた記事やニュースをすべて取り消すとしている(同リリース)。

   フジは「今回、委託先からの不正なデータをチェックできず、誤った情報を放送してしまった責任を痛感しております。今後、継続して調査・検証を行い、その結果に沿って、然るべき処置を行ってまいります 」、産経は「報道機関の重要な役割である世論調査の報道で、読者の皆さまに誤った情報をお届けしたことを深くおわび申し上げます」とそれぞれコメントしている(同)。

   全調査件数のうち2500サンプル、およそ17%に不正データが盛り込まれていたことが明らかになった。ではどのような経緯で発覚したのか。その点はリリースで公表されていない。想像するに内部告発ではないだろうか。コールセンターで働くのは多くは女性たちである。相当にストレスがたまる現場だと察する。そのような労働環境から出てきた問題ではないだろうか。

   自分自身もメディアに在職していたころ、アルバイトを雇って選挙の世論調査をしたことがある。電話調査の場合、途中で切られたり、逆に質問されたり、罵倒されたりで有効回答は3分の1ほどだった。その点、対面調査となる投票場での出口調査はほぼ100%だった。最近とくに、一般家庭ではオレオレ詐欺などがあり、電話が鳴ると警戒心が先立つのではないだろうか。そう考えると、電話調査そのものが回収効率の悪い、ストレスをためる旧態依然とした作業に思えてならない。

   世論調査を自動化すればよいではないかとの声も出そうだが、自動音声化(オートコール)の電話アンケ-トに自らの年齢や意見を述べる気持ちになるだろうか。メディアへの不信感や抵抗感が増すだけである。そう考えると、今回発覚した問題はフジ・産経にとどまる話ではない。電話による世論調査という手法そのものが陥っている構造的な問題ではないだろうか。ネットによる調査は低コストだが信ぴょう性に、戸別訪問は信ぴょう性は高いがコストに、郵便は信ぴょう性もコストもよいが、回収に時間的なロスなどそれぞれ課題がある。

   果たしてメディアの世論調査は継続可能なのだろうか。

⇒20日(土)午前・金沢の天気  くもり