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☆再燃「ローカル局の炭焼き小屋論」~下

☆再燃「ローカル局の炭焼き小屋論」~下

   前回述べたBSデジタル放送問題は、キー局側が地上波番組をそのまま同時再送信するような放送を避けて、独自色のある番組を放送することで、系列局側の「炭焼き小屋論」は杞憂に終わった。ところが、コロナ禍と放送とネットの同時配信で、「炭焼き小屋論」が再燃する様相だ。

    県域ローカル局は競争と共創の2チャンネル発想  

    ネット動画に接続できる機能を備えたテレビ受像機は今では普通だ。東京キー局が番組をそのまま全国にネット配信すると、同じ系列局のローカル局にチャンネルを合わさなくても、ダイレクトにキー局の番組を視聴するようになる。また、県によっては民放局が2局、あるいは3局しかないところがあり、他のキー局の番組がネットで配信されると、県域のローカル局を視聴する比率が落ち込むことになりかねない。キー局による、ローカル視聴率のストロー現象が起こりかねない。

   二つめは設備のコストだ。ローカル局が独自に動画配信となると、ローカル局でも数十万件のアクセスを想定した動画サーバーや回線を確保しなけらばならず、ネット配信自体にコストがかかる。キー局や準キー局(大阪、名古屋)ならばコスト負担に耐えられるかもしれないが、ローカル局単体でネット配信の余力はあるだろうか。

   そして著作権の処理の問題もある。日本の著作権処理は細かすぎる。テレビ番組を制作し放送する権利処理と、その番組をネットで配信する権利処理は別建てとなる。ネット配信だとドラマの場合は出演者、原作者、脚本家、テーマ曲の作詞家、作曲家、テーマ曲を歌った歌手、CDを製作した会社、番組内で使用した全ての楽曲の権利者など、全ての権利者の許諾を取らなければならない。番組は「著作権の塊(かたまり)」でもある。スポーツ番組も放送する権利と配信権があるなどややこしい。テレビで流していた番組をネットで同時配信するとなると、ネット分の著作権料が上乗せされる。放送のビジネスモデルは主に視聴率だが、ネット配信のビジネスモデルはアクセス数による広告料でしかなく、収益化は可能だろうか。

   逆転の発想でローカル局(系列局)のチャンスが到来するかもしれない。「炭焼き小屋」を暗いイメージで使ったが、能登半島の尖端に全国から注目されている炭焼き小屋がある。栽培しているクヌギで高品質の茶道用の炭を焼き、全国から注文が殺到している。同様に、地域の魅力があふれる面白い番組は全国から視聴される。北海道テレビのバラエティ番組『水曜どうでしょう』などはローカル発全国の先鞭をつけた番組だった。あるいは、首都圏や関西圏など他エリアに住む出身者に「ふるさと」をアピールできるのではないだろうか。

   コストがかかる送信鉄塔施設などは鉄塔を共用するテレビ局数社がこの際、共同出資で鉄塔を維持保全する会社をつくるとう選択肢もあるだろう。また、自社制作比率が低いローカル局は単独でネット配信をしなくても、同じ県域のローカル局数社が共同で運営する動画配信サービスを始めてもよい。事例として、名古屋の民放局4社が立ち上げた動画配信サービス「Locipo(ロキポ)」=写真=がある。4局がニュースや情報番組などを配信している。このサイトにアクセスすれば、名古屋のリアルな情報を視聴できる。金沢でも民放4局が共同出資でこのような動画配信サービスを日本語と英語で構築できないだろうか。能登、金沢、加賀の県内各地のケーブルテレビ局も巻き込む。「KANAZAWA」チャンネルを売りに観光ツーリズムを誘う。

   ローカル局には「ネット上げ」という言葉がある。キー局が全国ネットワークのニュースとして取り上げてくれるニュースや特集、あるいは番組のことを指す。ロ-カル局が共同で動画配信サービスを構築して「ネット受け」を狙う。ローカル局同士は電波では互いに視聴率の競争をするものの、ネット配信では共創を目指す。ビヨンド・コロナ(コロナ禍を超えて)の「2チャンネル」の発想が必要なのではないだろうか。

⇒16日(土)午前・金沢の天気   くもり時々あめ

★再燃「ローカル局の炭焼き小屋論」~上

★再燃「ローカル局の炭焼き小屋論」~上

   10数年前になるが、大学の調査である会社を訪問すると才気あふれる美貌の女性たちがてきぱきと仕事をこなしていた。上司(男性)に 「いずれアヤメかカキツバタ、ですね」と話すと、上司は「この職場は、立てばシャクヤク、座ればボタン、歩く姿はユリの花です」と笑って返してきた。女性を花にたとえる言葉だが、最近あまり使われない。「女性は職場の花ではありません。それはハラスメントです」と突っ込まれそうなので自身も言葉を控えている。そのアヤメが自宅庭に咲き始めたので、玄関に活けてみた=写真=。確かにカキツバタと見分けがつけにくいが、こだわるのは日本人だけかもしれない。英語ではひっくるめてアリス(iris)と称している。

   放送とネットの時配信 ローカル局の生き残りは可能か

    冒頭の会社は金沢の民放局だった。いまでも笑顔が絶えない明るいオフィスだろうか、と気になった。というのも、新型コロナウイルスの災禍でいま民放全体に危機感が増しているからだ。ローカル局の関係者が憂いていた。「最近、キー局が冷たい」と。放送と通信の同時配信をNHKが本格的に4月からスタートさせた。民放キー局も同時配信を新しいビジネスモデルで構築する転換期を迎えている。ネットフリックスといった動画配信事業者との対抗策も念頭に置いている。

   民放キー局それぞれが本格的に同時配信を進めれば、ローカル局を介さずにオールジャパン、そして世界に番組を発信できる。ところが、ローカルの存在基盤となっている「県域」が外れる。県域は放送電波の割当てのことで、放送免許は基本的に県単位で1波、あるいは数県で1波が割り与えられている。1波とは、東京キー局(日本テレビ、テレビ朝日、TBS、フジテレビ、テレビ東京)の系列ローカル局のことだ。キー局の番組がネットを通じてダイレクトに全国や世界で視聴できるようになれば、県域の意味が失せる。こうなると、キー局と系列局という関係性は電波では残るが、ネット上では関係性がなくなる。地方局の関係者が「最近、キー局が冷たい」と嘆いた背景がここにある。

   さらに、民放全体の危機感として、屋台骨のテレビ広告費の減少にある。電通がまとめた「2019年 日本の広告費」によると、通年で6兆9381億円で前年比101.9%と、8年連続のプラス成長だった。中でも、インターネット広告費が初めて2兆円超えてトップの座に躍り出て全体を底上げした。一方、テレビ広告費(1兆8612億円)は対前年比97.3%と減少し、首位の座をネットに明け渡した。テレビ広告費の減少要因は、台風などの自然災害や、消費税増税に伴う出稿控えやアメリカと中国の貿易摩擦の経済的影響などで3年連続の減少となった。ことしはさらにコロナ禍で「官公庁・団体」「金融・保険」などは増加するかもしれないが、「化粧品・トイレタリー」「情報・通信」などは激減するだろう。最近のテレビCMは自社広告や「ACジャパン」が目立つ。

   かつて「ローカル局の炭焼き小屋論」という言葉がテレビ業界であった。2000年12月にNHKと東京キー局などがBSデジタル放送を開始したが、このBSデジタル放送をめぐってローカル局から反対論が沸き上がった。放送衛星を通じて全国津々浦々に東京キー局の電波が流れると、系列のローカル局は田舎で黙々と煙(電波)を出す「炭焼き小屋」のように時代に取り残されてしまう、といった憂慮だった。当時の状況がいま再燃しているのだ。

⇒15日(金)夜・金沢の天気    はれ