#ソメイヨシノ開花

☆桜は咲けど金沢は騒然とした街に 「尹奉吉記念館」めぐり街宣車連なる

☆桜は咲けど金沢は騒然とした街に 「尹奉吉記念館」めぐり街宣車連なる

金沢でもソメイヨシノが咲き始め、金沢地方気象台は29日に開花は発表した。平年より5日早い開花という。自宅の近くにある「六斗の広見(ろくとうのひろみ)では、泉野菅原神社の早咲きの寒桜が満開を迎えている=写真・上=。後を追うようにソメイヨシノが咲くとまるで競い咲きのような華やかさが楽しめる。ちなみに広見はいわゆる広場のことで、市内の何ヵ所で設けられている。これは藩政時代から火災の延焼を防ぐため火除け地としての役割があったとされる場所だ。

話は変わる。きのう(30日)午後、買い物のために金沢市の市街地を車で走るととても混んでいた。道路のところどころに警察官が多数配置されていて、バリケードを設置して警戒に当たっていた。そして、聞こえてきたのがいわゆる右翼団体の街宣車による大音量のマイクの叫びだった。その街宣車は数十台は走っているように見えた=写真・中=。何を叫んでいるのかよく聞き取れなかったが、「尹奉吉記念館・・・」との文字が見えたので、「いよいよ騒動になってきたのか」と憂鬱な気持ちになった。

韓国では「義士」として知られる尹奉吉(ユン・ボンギル)。現在の韓国大統領の尹錫悦氏が2022年6月に大統領選挙への出馬を宣言した場所がソウルにある「尹奉吉義士記念館」だったことでも知られる。その尹奉吉の碑が金沢市の野田山墓地にある。日本が朝鮮半島を統治していた1932年4月29日、中国・上海の日本人街で行われていた天長節(天皇誕生日)の行事に、尹奉吉が手榴弾を投げ込んで日本軍の首脳らを死傷させ、軍法会議で死刑判決となった。その後、陸軍第9師団の駐屯地(金沢市)に身柄が移管され、同年12月19日に銃殺刑に処せられた(Wikipedia「尹奉吉」)。戦後、韓国では「尹奉吉義士」と称され、野田山には在日大韓民国民団石川県地方本部が建立した碑がある=写真・下=。

メディア各社の報道によると、韓国メディアがことし1月に尹奉吉の「追悼記念館」の設置が金沢市内で計画されていると報道。設置に動いているのは民団ではなく、韓国在住の元テレビプロデューサーという。そのオープンの日が爆殺事件を起こした「4月29日」であることから、右翼団体を巻き込む騒動に持ち上がっている。今月2日には民団県本部の壁に、開設計画に反対する右翼団体のメンバーとみられる軽自動車が突っ込む事件が起きている。韓国人にとっては「義士」なのだが、日本人にとっては「テロリスト」でもあり、今後この騒動がどう展開していくのか。

それにしても、右翼団体が大音量で叫びながら街宣車で連なる騒然とした光景は、金沢を訪れている多くのインバウンド観光客にはどう映るだろうか。「ファシズムが金沢で頭をもたげている」との印象ではないだろうか。

⇒31日(月)午後・金沢の天気   はれ

☆桜は咲けど、被災地に春の訪れはまだ遠く

☆桜は咲けど、被災地に春の訪れはまだ遠く

  きょうから4月。金沢地方気象台は午前、ソメイヨシノの標本木が開花したと発表した。平年より2日早く、過去最も早かった去年よりも9日遅い開花となった。自宅近くにある例年早咲きの桜はもう見頃を迎えている=写真・上=。そして、自宅近くでホーホケキョのウグイスの初鳴きが聞こえた。しかし、春の訪れを喜んでばかりはいられない。

  奥能登(輪島市、珠洲市、穴水町、能登町)の人たちと話をすると必ず出て来る言葉がある。「わやくそ」。能登の方言で、「めちゃくちゃ」という意味だ。震災によって、住宅だけでなく、家財道具、水田など何から何まで壊れてしまったという。例年だと4月に田起こし、5月上旬に田植えを行う。田んぼの水は山の中腹のため池から引水しているが、がけ崩れで水路がふさがれた状態になっている。復旧のめども立っていない。   

  石川県農林水産課のまとめ(3月26日現在)によると、県全体で農地の亀裂など被害は912件(うち奥能登538件)、水路の破損など1257件(同655件)、ため池の亀裂や崩壊は327件(同165件)、農道の亀裂や隆起などの損壊は922件(同398件)に上っている。田植えができる農家は激減するのではないだろうか。(※写真・下は、輪島の千枚田で起きている地割れ=3月4日撮影)

  避難所生活も続く。被災者が住む市町の避難所で暮らす人々は4528人(うち奥能登3367人)に、県が避難所として借り上げた金沢などの旅館・ホテル・スポーツセンターに避難している被災者は3580人に上る(3月29日現在)。このほかにも、県内外の親戚宅や車中泊、自宅などで暮らす被災者は1万3047人に上る(3月25日現在)。県では応急仮設住宅4956戸(うち奥能登4209戸)の建設に着手しているが、3月26日現在で完成したのは894戸(同677戸)となっている。

  そして問題は生活インフラだ。停電は解消されたものの、水道管の復旧作業が難航し、まだ7860戸で断水が続く(3月29日現在)。このうちのほとんどが輪島市と珠洲市などの奥能登で7650戸におよぶ。浄水施設の修繕のほか、水道管の漏水確認と修理などが遅れている。

  ただ、土砂崩れや地割れなどの被害が大きかった主要道路「のと里山海道」や国道249号などは、政府の緊急復旧工事によって一方通行ながら通行可能になっている。とは言え、のと里山海道は盛り土が大規模に崩落している区間などあり、全面復旧にはかなり時間がかかりそうだ。また、半島の沿岸を通る国道249号では千枚田ある地区などで地滑りが起きていて、現在のルートでの復旧は素人目でも難航が予想される。

  前回ブログでも述べたように、政府は新年度予算で予備費を1兆円規模に倍増し、能登半島地震の被災地のニーズをくみ取り、復興の取り組みを全速力で実行していくと強調している(3月28日・岸田総理の会見)。しかし、全面復旧にはかなりの時間を要するだろう。5年先、10年先、20年先かもしれない。春の訪れは遠い。

⇒1日(月)夜・金沢の天気     はれ