#コラム

☆「こう見る」2冊~下~

☆「こう見る」2冊~下~

 『「誤解」の日本史』(井沢元彦著、PHP文庫)は歴史の通説に一石を投じている。「織田信長は宗教弾圧者」とか「田沼意次は汚職政治」とは高校の教科書などでそう習った覚えがあり、また、時代劇の映画やテレビのドラマではそう表現されてきた。ところが、見方によっては全く異なる人物像が浮かび上がる。

          信長の日本人への贈り物、宗教勢力の武装解除

 元亀2年(1571)、織田信長は比叡山延暦寺を焼き討ちし、僧侶などを皆殺しにしたといわれている。後世の人々は、丸腰の坊さんや罪のなき人たちを皆殺しにしたことから織田信長は残酷残忍で、宗教弾圧を行った人と脳裏に焼き付けている。では、当時、坊さんたちは丸腰だったのか。比叡山延暦寺は「天文法華の乱」という、京都の法華寺院を焼き討ちし大量虐殺を行っている。広辞苑ではこう記されている。「天文五年(1536)、比叡山延暦寺の僧徒ら18万人が京都の法華宗徒を襲撃した事件。日蓮宗21寺が焼き払われ、洛中ほとんど焦土と化した。天文法難。」と。平安時代中ごろから「強訴(ごうそ)」と呼ばれた威圧的なデモンストレーション(僧兵が神輿を担いで都に押し掛ける)を通じて朝廷に圧力をあけるいったこともやっていた。その延長線上に天文法華の乱がある。

 信長は、武装勢力であり利権を持つ宗教団体の比叡山延暦寺を攻撃したのであり、宗教である天台宗を弾圧したのではない、と筆者は語る。比叡山延暦寺に次いで、その5年後に石山本願寺攻めを行う。加賀の国の一向一揆(浄土真宗のことを一向宗とも)などは武家勢力を追い出して浄土真宗を拠り所とした「百姓の持ちたる国」をつくる。石山本願寺はこうした北陸の一向宗門徒の勢いにバックに信長勢との対立を深めていく。天正8年(1580)の顕如が本願寺を退去し、本願寺は戦闘行為を休止する。これは信長の宗教勢力の武装解除だった。

 本書ではこんなことも述べられている。「ローマの歴史に詳しい塩野七生さんの言葉を借りれば、これは、信長の日本人に対する巨大な贈り物なのです。つまり政教分離というのは今のヨーロッパでも実現できていないようなところがいっぱいあるし、ましてやイスラム教国ではいまだに政教一致のところすらあります」。信長、秀吉、家康の3代で宗教勢力は完全に非武装化した。坊さんが丸腰になったのはそのような歴史的な経緯からだった。

 きょう12日も、リビアでイスラム教の預言者ムハンマドを冒涜(ぼうとく)する映像作品がアメリカで製作されたとして抗議するデモ隊がアメリカ領事館を襲撃し、大使と領事館員ら4人が死亡したと発表された。イスラム過激派「アルカイダ」しかり、宗教の武装攻撃は容赦ない。殺伐としている。政治と宗教を切り離すこと、すなわち宗教が政治に口だしすることを排除した信長の「日本人に対する巨大な贈り物」にはうなづける。なるほどこうした歴史の見方があったのか。

※武装した僧兵でおなじみの弁慶。千本の太刀を求めて武者と決闘して999本まで集め、千本目で義経と出会う物語は有名=JR紀伊田辺駅前

⇒12日(水)夜・金沢の天気   はれ

★「こう見る」2冊~上~

★「こう見る」2冊~上~

 8月28日から9月2日の中国・浙江省行きで、機内で読もうと2冊の本を関西国際空港で買った。『「誤解」の日本史』(井沢元彦著・PHP文庫)と『中国人エリートは日本人をこう見る』(中島恵・日経プレミアシリーズ)だ。その中から、面白いと思ったことを何点か。

          「自然災害を受けても自然を恨むことがない日本人」         

 『中国人エリートは日本人をこう見る』で紹介されている中国人エリートは中国共産党や政府の将来を嘱望された若手といった現役ではなく、日本の大学で学ぶ留学生や日本の企業で職を得て働く若者ら、いわば「未来のエリート」たちである。筆者は、彼らに粘り強くインタビューして、日本に対する本音を引き出している。

  北京でミュージシャン、作家として活動の場を広げる女性(25歳)の言葉が印象的だ。「日本はアジアの中で最も東方文化の伝統が残っている国」。その理由として、高い木の上で枝降ろしの作業をする職人「空師」が作業を始める前に塩とお神酒を木の幹にまくという儀式や、女の子が浴衣で花火大会や夏祭りの出かけるよう様子など、文化大革命(1966年から10年間)でいったん否定された中国の伝統文化の在り様と比較すると、日本では伝統文化が残っているというのだ。

 広い中国の一点だけを見て考察するのは危険だが、今回の中国旅行で上記のことと逆に、中国における伝統の在り様を考えた。訪ねた浙江省の村々では、新しい3階建ての建物が林立している。中国人のガイドに聞くと、「3階建ては見栄ですね。2、3階は使っていない家が多い」と。伝統的な家屋は残ってはいるが、どれも老朽化している。伝統と近代をミックスした家屋や、伝統建築をリフォームしたような新しい家屋を探したがなかなか見つからなかった。伝統家屋は「過去の遺物」と化しているのかもしれない。

 震災と日本人をみつめる中国人の若者の証言は新鮮だった。滞日10年の男性会社員。「日本人は自然災害を受けても自然を恨むことなく、大自然とともに生きていく覚悟がある。自然災害は『天命』と受け入れて、どんな災害が待ち受けていようとも『故郷』にこだわり、リスクがあるのに『故郷』で生きていく道を選択する。これは合理的に考える外国人にはわかりにくい感情です。でも、日本人にとって故郷とはそれだけ特別な存在なのでしょうね」

 偶然だったが、今回の中国のワークショップでも、日本側の発表で一つのキーワードとなったのが、「レジリエンス(resilience)」だった。レジリエンスは、環境の変動に対して、一時的に機能を失うものの、柔軟に回復できる能力を指す言葉。生物の生態学でよく使われる。持続可能な社会を創り上げるためには大切な概念だ。2011年3月11日の東日本大震災を機に見直されるようになった。「壊れないシステム」を創り上げることは大切なのだが、「想定外」のインパクトによって「壊れたときにどう回復させるか」、これが大切なのだ。日本は古来より災害列島である。この列島からは逃げられない。ならばでどう回復させるか、復興させるか、レジリエンスな日本人。中国人はよく日本人のことを見ている。

⇒11日(火)夜・金沢の天気  雨

☆世界農業遺産の潮流=7=

☆世界農業遺産の潮流=7=

  中国・浙江省紹興市で開催された「世界農業遺産の保全と管理に関する国際ワークショップ」(主催:中国政府農業部、国連食糧農業機関、中国科学院)で意外だったのは、中国側からの「中国にあるGIAHSに対する誤った認識」(通訳)という言葉だった。中国では政府主導(中央政府、省政府など)でGIAHSを進めており、「誤った認識」など中国にはないという印象があった。  これについて触れたのは、閔慶文・中国科学院地理科学資源研究所研究員だった。

          GIAHSをめぐる課題の共有について

  閔研究員は、中国のGIAHSの特徴について、1)小規模の自家庭経済型、2)特殊な遺伝子保護型、3)多様性生物共生型、4)優れた景観生態型、5)持続的な水・土地資源利用型、と5つのタイプがあると説明し、中国ではGIAHS地域を奨励し保護するために、1)多主体参画の仕組み、2)動的保全の仕組み、3)生態や文化報償制度、4)有機農業、5)グリーンツーリズムやエコツーリズムなど観光産業を進めていると述べた。その上で、「中国の重要農業文化遺産(GIAHS)の保護に関する誤った認識もある」と述べた。その「誤った認識」とは「現代農業開発との対立」、「農家生活レベル改善との対立」、「農業文化遺産地の開発との対立」との3点だ、と。

  「現代農業開発との対立」とは、農業の生産性を高めるには大規模化や機械化など進める必要があるのにどうして伝統農業や生産性が低い農業を守らなくてはならないのか、という相対する意見。「農家生活レベル改善との対立」は、GIAHSで地域の伝統農業に誇りが持てたとしても当の農作物がブランド化して、農民たちの収入が増え、生活が良くなるのか、若者たちが魅力を感じてその伝統農法を継承してくれるのかという意見。そして、「農業文化遺産地の開発との対立」は、認定区域では伝統的な景観などにこだわり、新たな土地開発ができないのではないかという意見である。閔研究員は、「対話を重ね成果を上げればこうした対立した認識も薄まると思う」と述べた。

  中国側のこうした懸念は実はそのまま日本にも当てはまる。日本では「対立認識」というわけではないが、ある意味、冷ややかな反応がある。「GIAHSは、昔の農業に戻れということか」、「GIAHS栄えて、農業滅ぶ」などは農業関係者からも聞く話である。化学肥料や農薬、除草剤を使わない農業を進めて、生産性が落ちて、それで生物多様性が高まったとして、それは誰のための農業ですか、その農業に未来はあるのですか、と。

  確かに、日本の食料自給率が40%に落ちている。日本の農業を再生させるのが優先なのに、「昔ながら里山の農業」を唱えてみても、どれほどの効果があるのか、「農業ミュージアム」なら理解できる。そもそも農業の大規模化など国際的な取り組みを奨励してきたのは国連の食糧農業機関(FAO)ではないか、と。

  話は変わる。2010年10月、生物多様性条約第10回締約国会議(CBD/COP10)が名古屋市で開催された。そのいくつかのセッションの中で、(財)妻籠を愛する会の理事長、小林俊彦氏の講演の言葉が印象に残っている。「生物多様性条約というのは国際版生類憐みの令だね」。「生類憐みの令」は五代将軍・綱吉が動物愛護を主旨とする60以上の諸政策、法令のこと。綱吉が「犬公方(いぬくぼう)」と陰口されたように専制的な悪法として定着しているが、その保護対象は「猿」「鳥類」「亀」「蛇」「きりぎりす」「松虫から」「いもり」にまで及んでいたとされる。また、捨て子禁止や行き倒れ人保護といった弱者対策が含まれていたという。日本を統一するための戦(いくさ)はとっくに終わっていたものの、あぶれた武士たちによる辻斬りや剣を互いにかざす殺伐とした世相を戒める法で、当時とすれば画期的だったと見直されてる。

  ことし7月、佐渡市で開催された「第2回生物の多様性を育む農業国際会議」(佐渡市など主催)の立食パーティーで地元の農業者の方と話す機会があった。農薬を減らし生き物を増やす田んぼづくりを率先している。「数年前までは反収(1反=約10㌃当たりの米の収穫高)を上げることばかり考えて農業をやっていた。今は生き物を増やす工夫をしながら、おいしいコメをつくることに専念している。トキがうちの田んぼにエサを突きにくることを楽しみにしている。本当の美田というのは生き物がいる、にぎやかな田んぼのことだと気がついた」

 GIAHSが単なる「農業ミュージアム」でないことは生物多様性をその評価の柱に据えていることからも分かる。田んぼを生産現場ととらえるのか、自然の恵みの場ととらえるのかによっても農業への視点は異なる。GIAHSの先にあるのは持続可能な農業、あと100年、500年の農業を展望をどう切り拓くのかである。今回のワークショップで日中で共通する課題の共有ができた気がする。

※写真の上、下とも中国・浙江省青田県で

⇒9日(日)朝・金沢の天気   くもり

★世界農業遺産の潮流=6=

★世界農業遺産の潮流=6=

 今回の中国・浙江省行きではいろいろと見聞きした。そのメモ書きからいくつかを紹介する。

 中国の3高 中国のマンションの建設ラッシュはピークを越えたと言われているが、地方ではその勢いは止まっていないと思った。中国・浙江省青田県方山郷竜現村の水田養魚を見学した(8月31日)。その山あいの村でも、マンション建設が進んでいた。さらに新築マンションの看板がやたらと目についた=写真=。中国人の女性ガイドがバスの中でこんなことを披露してくれた。「日本でも結婚の3高があるように、中国でも女性の結婚条件があります」と。それによると、1つにマンション、2つに乗用車、そして3つ目が礼金、だとか。マンションは1平方㍍当たり1万元が相場という。1元は現在12円なので円換算で12万円となる。1戸88平方㍍のマンションが人気というから1056万円だ。それに乗用車、そして礼金。礼金もランクがあって、基本的にめでたい「8」の数字。つまり、8万元、18万元、88万元となる。この3つの「高」をそろえるとなると大変だ。

 「ろ&B」わさび 紹興市でも青田県のホテルはバイキング形式で刺し身のコーナーがあり、マグロは人気だった。醤油は少々甘口だったが、問題は「チューブ入りわさび」だった。これが、むせ返るほど辛い。半端ではない辛さだ。チューブには「S&B」とのマークが入っていたので、日本でおなじみにエスビー食品だと思っていたら、これが辛すぎする。何か変だと思いながら、涙目でよくロゴを見ると「ろ&B」=写真=とも読め、明らかに「S&B」とは異なる。辛味成分(アリル芥子油-アリルイソチオシアネート)の調合が明らかにおかしいと思いつつも、ただこの刺激が慣れてくるとなんと脳天に心地よい。周囲も「これ以上食べると脳の血管がおかしくなるかもしれないと」と言いながら食べていた。

 「国連」幼稚園 水田養魚の竜現村は、100年以上も前からヨーロッパや中南米に出稼ぎに出掛ける人多い。村は山や石も多いため、耕作を広げには限界があり、若者たちの多くはスペインやブラジル、イタリアなどの国に行き、中華料理レストランを開いたり、石彫りなどの商売をしているという。彼らの子どもは故郷の竜現村に戻り、祖父母が育てている。この村の幼稚園児は10ヵ国余りから来ており、そのため「国連」幼稚園と呼ばれているそうだ。

 榧子(ひし)の実 帰りの土産を買おうと、杭州空港で免税店に入った。視察に訪れた紹興市の会稽山(かいけいざん)の「古香榧林公園」でも食べたカヤの実が袋入りで売っていた。これが500㌘入り398元もする=写真=。日本円でざっと4800円だ。アーモンドチョコレートなどより格段に高い。確かに現地では、カヤの実を炒って粉末にしたものは寄生虫の虫下しや小児の夜尿症によいとされていると聞いたが、高額だと思った。榧の寿命は1000年に及ぶ。スギやヒノキと比べて成長が遅く、30cm伸びるのに3、4年かかり、直径1㍍ほどの成木になるまでには300年とも。「不老長寿」の木なのだ。そんな木から実ったものならばこそ当地では重宝されるのだろう。

⇒7日(金)夜・金沢の天気  くもり

☆世界農業遺産の潮流=5=

☆世界農業遺産の潮流=5=

 水田で養殖をしている魚が稲を突くと、稲についた害虫が田んぼの水面に落ち、それを魚がエサとして食べる。まさに稲と魚の共生、そんな光景を見学しようと「世界農業遺産の保全と管理に関する国際ワークショップ」3日目(8月81日)と4日目の現地視察は、浙江省麗水市青田県を訪れた。紹興市からバスで4時間余り、直線距離にして230㌔ほど南に位置する。

           GIAHS認定第1号「青田県の水田養魚」の取り組み

 青田県の水田養魚は2005年5月、国連食糧農業機関(FAO)から初めてGIAHS認定を受けたグループの一つ。視察は3日目が青田県方山郷竜現村で、4日目は小舟山郷の2ヵ所で行われた。双方とも海抜300㍍から900㍍の山間。青田県の水田養魚は600年以上の歴史があるといわれる。水田に入り込んだ川魚が成長することはよくあるが、青田県の人々は600年にわたって。田んぼでの養魚に知恵と工夫を重ねてきた。

 水田の水温が10度以上になるころに、生石灰をまいて軽く消毒し、薄い塩水で洗った稚魚を放流する。魚に寄生虫が繁殖しないよう、山からクスノキや松の枝を拾ってきて水田に浸す。魚はエサを探すとき、水面を波立てて、泥を掘り返す=写真・上=。これよって養分や生長空間を稲から奪うコナギやタイワンヤマイやコナギなどの水田雑草を魚が食べる。また、このときに稲も揺らすので、葉についた害虫が落ちる。これも食べる。魚のふんは天然の肥料なる。病虫害駆除、水田の除草と代替肥料に役立ち、稲作のじゃまにもならず、一枚の水田からコメと水産品の両方を生産することができる。これまでの実践経験から、養殖が稲作の収穫量を、稲作が漁獲量を押し上げるという相乗効果も工夫している。こうしてGIAHSが認定する「稲と魚との共生システム」をつくり上げてきた。

 方山郷の水田の稲穂を手に取って見ると、コシヒカリのようなジャポニカ米より少々長粒で大きい。10㌃当たり730㌔の収穫と説明があった。すると佐渡市からの参加者からは「うちは570㌔だ。これはすごい」と驚きの声が。水田で養殖する魚は「田魚」と呼ばれるコイの一変種で、色は黒、赤、黄、白の4種類。ウロコが軟らかい。活き魚で1㌔100元(現在1元=12円)、また「田魚干」として人気があるワラとヌカで燻し、さらに炭火で乾燥させたものは1㌔300から400元と贈答用としても人気がある、という。この村では田魚を嫁入り道具にする習わしがある。また、田魚の踊りもある。

 では、GIAHS認定で地域がどうかわったのか。小舟山郷=写真・下=の水田養魚組合の組合長から話が聞けた。郷では1980年代には4000ムー(畝=6.67㌃)もあった養魚の田んぼは2006年には2400ムーに激減した。そのころの養魚(生)の価格は1㌔20元だった。仲卸の業者が個別に買い付けにきていた。GIAHS認定を境に徐々に値上がりし今年2012年には1㌔100元となった。2006年に水田養魚組合を組織し、組合による農家からの買い入れや共同出荷、干乾しの加工も手掛けている。魚も住める安心安全な米として、米は1㌔6元(市場価格)で中国では高値だ。最近では菓子メーカーと契約話が進んでいる。養魚水田の面積を増やす方向だ。

⇒2日(日)夜・関西空港の天気    くもり  

★世界農業遺産の潮流=4=

★世界農業遺産の潮流=4=

 「世界農業遺産の保全と管理に関する国際ワークショップ」の2日目(8月30日)と3日目は現地視察が行われた。最初に訪れたのが、紹興市が次のGIAHS認定に向け動いている会稽山(かいけいざん)の「古香榧林公園」。当地では、秦の始皇帝も登った山として知られる。ここでは昔から榧(カヤ)の木が植栽されている。ざっと4万本、中には樹齢千年以上のものある。カヤ(学名:Torreya nucifera)は、イチイ科の常緑針葉樹。材質は弾力性があり加工しやすい、樹脂が多く風合いが出る。碁盤や高級家具、木彫の材として用いられてきた。

        カヤの木、千年の知恵と活用

 また、種子は食用となる。当地では、そのままではアクが強いので数日間、灰汁につけてアク抜きしたのちに煎る。実際食べてみると、歯触り味ともにアーモンドのようなだった。果実から取られる油は高級な天ぷら油の食用として、虫下しの漢方にも用いられるという。間伐材や枝は燻して蚊を追い払うためにいまでも使われている。

 世界農業遺産(GIAHS)に申請する上での売りは、成長は遅いが寿命が長い、このカヤの木を接ぎ木などの方法で植栽する技術や、暮らしと密着した2次加工の知恵など「木と人の総合的なかかわり」である。FAOによるGIAHSの認定基準は農業生産、生物多様性、伝統的知識、技術の継承、文化、景観が対象となる。その評価基準からすれば、伝統的知識、技術の継承、文化などの評価点は高いのかもしれない。それにしても驚くのは、認定前からGIAHSを意識した公園整備やDVD、解説書の作成にかける周到な準備である。

 ここまで中国がGIAHSにかける意味合いは何だろう。中国には1958年から実施されている戸籍制度がある。すべての国民は「農業戸籍」(農村戸籍)と「非農業戸籍」(都市戸籍)に分けられており、社会保障や教育、医療などは、どこに戸籍があるかで変わってくる。行政サービスは戸籍地でなけらば受けられない。ところが、都市に産業立地が集中し、都市と農村の格差が広がっている。それでも人々の農村から都市への流失が起きている。これは日本でも同じだ。中国政府とすると、農村の生産基盤に付加価値をもたらすことで農村の生活基盤を安定させたい。おそらくそのような思いがGIAHSに傾注する一つの要因になっているのもしれない。

 この後、王羲之が書いた「蘭亭序」にちなんだ公園「蘭亭」(紹興市)に赴いた。353年、王羲之と当時の名士たち41人がこの地で集まり、曲水(曲がりくねった小川)の両側に座り、清流に流された酒盃が自分の前で止まったら即興で歌を詠むという宴会を楽しんだとされる。その様子が再現されて、人気スポットになっていた。竹林は京都のお寺のような雰囲気だった。

⇒1日(土)夜・浙江省青田県の天気 くもり

☆世界農業遺産の潮流=3=

☆世界農業遺産の潮流=3=

 世界農業遺産(GIAHS)の名称は「世界遺産」と混同されやすい。世界遺産は1972年にUNESCO総会で、「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」(世界遺産条約)が採択され、人類が共有すべき「顕著な普遍的価値」をもつ遺跡、景観、自然などをテーマに、文化遺産(日本では法隆寺、姫路城、古都京都、白川郷、原爆ドームなど)と自然遺産(屋久島、白神山地、知床など)がある。世界農業遺産は、国連食糧農業機関(FAO)が2002年に制定したもので、「Globally Important Agricultural Heritage Systems」。頭文字を取って「GIAHS(ジアス)」と呼ぶ。これを日本語に訳すると、「世界重要農業遺産システム」となるが、これでは理解しづらく国民に浸透しないと、2011年6月に能登と佐渡が認定を受けた折、認定に向けて働きかけをしてきた武内和彦国連大学副学長(東京大学サステイナビリティ学連携研究機構長・教授)らが一計を案じて、一般の略称である「世界農業遺産」をひねり出した。従って、世界農業遺産と呼ぶのは日本だけで、中国では「世界農業文化遺産」などと呼んだりしている。

              レジリエンスを特徴にする日本のGIAHS

 今回のワークショップの日本側の発表で一つのキーワードとなったのが「レジリエンス(resilience)」だった。レジリエンスは、環境の変動に対して、一時的に機能を失うものの、柔軟に回復できる能力を指す言葉。生物の生態学でよく使われる。持続可能な社会を創り上げるためには大切な概念だ。2011年3月11日の東日本大震災を機に見直されるようになった。「壊れないシステム」を創り上げることは大切なのだが、「想定外」のインパクトによって、「壊れたときにどう回復させるか」についての議論をしなけらばならない。よく考えてみれば、日本は「地震、雷、火事…」の言葉があるように、歴史的に見ても、まさに災害列島である。しかし、日本人は大地震のたびにその地域から逃げたか。東京や京都には記録に残る大震災があったが、しなやかに、したたかに地域社会を回復させてきた。ある意味で日本そのものがレジリエンス社会のモデルなのだ。

 レジリエンスと日本の世界農業遺産のかかわりついて述べたのは、国連大学サステイナビリティと平和研究所シニア・プログラム・コーディネーターの永田明氏だった。FAOによるGIAHSの認定基準は農業生産、生物多様性、伝統的知識、技術の継承、文化、景観が対象となる。さらに、日本の特徴として加味するのは3つある。1つ目は「レジリエンス」(自然災害、気象・気候、病虫害、市場価格、消費者ニーズへの対応)、2つ目は「地域の主体性」(農林漁業の従事者、企業、行政、NPO、ボランティア、都市住民の連携可能性、コミュニティ、高齢者の参画など)、3つ目はトータルな6次産業化(観光との有機的な連携の可能性、農山漁村の歴史・文化の活用、農林水産物のストーリー性の創出など)。加味する意味合いは、日本は先進国で初めて認定されたがゆえに、その特徴を出そうという意味合いでGIAHSの付加価値を高めることに意義がある。

 世界に誇ってよい日本の農山漁村文化があまたある。生物多様性や社会の復元力(レジリエンス)、そのような価値を世界に広める場がGIAHSだと実感した。

⇒31日(金)朝・浙江省青田県の朝 はれ

 

★世界農業遺産の潮流=2=

★世界農業遺産の潮流=2=

 世界農業遺産(GIAHS)の国際ワークショップが開催されている紹興市は中国・浙工省の江南水郷を代表する都市とされる。市内には川や運河が流れ、 その水路には大小の船が行き交っている。歴史を感じさせる建造物や石橋などと共に見える風景は「東洋のベニス」だろうか。人口60万人の水の都だ。

     「国策」としてGIAHSを推進する中国の思惑

 紹興と言えば「紹興酒」、中国を代表する酒だ。ワークショップが開催され、われわれの宿泊場所ともなっている「咸亨酒店(Xianheng Hotel)」は、「酒店」の名の通り、紹興酒の造り酒屋がルーツ。『阿Q正伝』を表した文豪、魯迅の叔父が1894年に開業した酒屋として中国では知られる。その咸亨酒店が出しているのが紹興酒「太雕酒(たいちょうしゅ)」。8年間貯蔵し熟成された上質の紹興酒は琥珀色、さらに熟成18年ものとなると赤黒くふくよかな味わいなのだ。これが浙江料理と呼ばれるラインナップに合う。とくに豆腐料理。浙江の豆腐は独特のにおいがする。「豆腐」の意味がなとなく理解できる。このにおいはすぐ慣れる。

 前回のブログで中国にいることを知った友人からメールが届いた。「こんなややこしい時期に中国に行って大丈夫か」との助言である。28日と29日の両日の街の様子など見た限りでは、テレビのニュースにあるような政治的なスローガンを掲げた喧騒は見当たらない。また、現地の浙江日報(28日付)を広げても、日本関係の記事は国際面に「日否決東京都登島申請」などと通常の記事扱いである。宿泊しているホテルの1階に「日本料理」の店もあるが、客は入っている。

 話を世界農業遺産のワークショップに戻す。国連の食料農業機関(FAO)はGIAHSサイトを100から150ヵ所で認定したいと述べている。このGIAHS認定で一番熱心なのは中国だろう。すでに世界で12件が認定されているが、このうち中国は4件。「Rice-Fish Agriculture(水田養魚農業)」(浙江省青田県)、「Hani Rice Terraces System(ハニ族の棚田群のシステム)」(雲南省ハニ族イ族自治州など)、「Wannian traditional rice culture system(万年の伝統的な稲作文化の仕組み)」(江西省万年県)、「Dong’s Rice Fish Duck System(トン族の稲作・養魚・養鴨システム)」(貴州省従エ県)である。これに、昨日の中国側の発表によると、来月(9月)に雲南省の「プーアル茶」の産地と内モンゴルの「乾燥地農業」が認定され、2件加わる。さらに、浙江省のカヤの林「会稽山の古香榧林」を準備中だ。広大で農業の歴史がある中国は有利だ。ここれほどまでになぜ中国はGIAHSに積極的なのだろうか。

 中国側の参加者のスピーチだ。「山に住んでいると、その山の景観や価値というものは分からない。下りて振り返って眺める、他の山から自分の山を眺めて初めて自分の山の価値が分かるものだ」と。GIAHS認定では、日本の場合(佐渡と能登)は地域の自治体が名乗りを上げて、申請書きを行う。中国は政府が主導している。農業振興という面もあるが、ハニ族やイ族、トン族といった少数民族への配慮もあるだろう。少数民族が守ってきた伝統の農業に国際評価をつける、その「山の価値」を見直してもらい、プライドを持たせるという明確な意図があるように思える。日本の地域活性化というレベルを超えた「国策」という勢いを感じたのは自分だけだろうか。 ※写真は、水郷の都・紹興をイメージした咸亨酒店の中庭

⇒30日(木)朝・中国の紹興市の天気  はれ 

☆世界農業遺産の潮流=1=

☆世界農業遺産の潮流=1=

 中国・雲南省のプーアル茶は世界に愛飲家がいる。加熱によって酸化発酵を止めた緑茶をコウジカビで発酵させる熟茶と、経年により熟成させた生茶があり、高いミネラル濃度によって飲むと血圧が下がり、血液循環が良くなると日本でもファンが多い。そのプーアル茶の産地が新たに世界農業遺産(GIAHS)に認定され、来月(9月)にFAOから認定を受けることになったようだ。

                       GIAHSを活用する日本と中国の期待

 きょう29日から中国・浙江省紹興市で開催されている「世界農業遺産の保全と管理に関する国際ワークショップ」(主催:中国政府農業部、国連食糧農業機関、中国科学院)の席上で中国側から披露された。昨年6月、国連食糧農業遺産(FAO、本部ローマ)が制定する世界農業遺産に「能登の里山里海」と佐渡市の「トキと共生する佐渡の里山」が認定された。この国際的な評価をどう維持、発展させたらよいか、ワークショップでは中国と日本のGIAHS関係者120人が集まり、GIAHSに認定されたサイト(地域)の現状や環境保全、将来に向けての運営管理など意見交換するものだ。日本から農林水産省、東京大学、国連大学、石川県、佐渡市の関係者17人が参加した。石川県から泉谷満寿裕・能登地域GIAHS推進協議会会長(珠洲市長)、金沢大学の中村浩二教授、渡辺泰輔・石川県環境部里山創成室長らが出席している。

 ワークショップで泉谷会長は「能登は過疎・高齢化による耕作放棄地や後継者不足などに問題を抱えているが、世界農業遺産の認定によって、環境に配慮した農業やグリーンツーリズムへの関心が高まっている」と現状を説明。また、来年5月ごろに、石川県でFAO主催のGIAHS国際フォーラムが開催されることを報告した。中村教授は「能登の里山里海を未来につなぐため人材養成を行っている」と大学の取り組みを説明した。

 佐渡市の山本雅明生物多様性推進室長はこう佐渡の取り組みを紹介した。かつて、佐渡の水田は経済性や効率性を優先した土地改良が進み、大規模化、低コスト化が進む中、ため池がダムに変わり、土の水路がコンクリートへと変化し、カエルやドジョウなどトキの餌となる生きものたちの多様性が失われつつあった。また、かつてはトキを育んだ小規模な水田は効率性や農家の高齢化等を理由として、耕作放棄となり、トキの野生復帰とその餌場となりうる水田の保全にも危機が訪れていた。水田を餌場として活用する新たな農業への挑戦は、「朱鷺と暮らす郷づくり認証制度」から始まった。これは水田を餌場とするトキを守るため、生きものを育む農法を農業技術として同市が認証するシステム。水田に江(え)という「深み」を設置したり、冬期湛水、魚道の設置などの実施は、水田に棲むドジョウやカエルなどの小さな生きものの命を守り、生態系の再生を促し、トキの生息環境の向上につながると考えた。そして、農薬・化学肥料を大幅に削減することを加え、佐渡から新しい生物多様性保全型農業を創出した。

 中国では、積極的にGIAHSサイト(地域)を増やそうとしている。少数民族や農家に誇りを持たせ、生産の意欲や新たなツーリズムを開発しようというのだ。農村から大都市へ出稼ぎが相次ぎ、農村が空洞化する懸念があるからだ。双方が知恵を出し合い、手のかかる、高品質の農産物をつくり、世界のあすの農業を切り拓く。日本と中国のそんな思惑が交差する会議の印象だった。

⇒29日(水)夕・中国の紹興市の天気  はれ
 

★五輪の後味

★五輪の後味

 第30回の夏季オリンピック・ロンドン大会は日本時間の13日早朝からオリンピック・スタジアムで閉会式が行われている。「007」の映画のパラシュート降下の映像、「Mr.ビーン」のパロディーの映像で注目された開会式は、映像を使い安上がりだったが、簡素さを感じさせない、華やかな演出だった。運営では競技プールの水を水洗トイレに使うという「もったいない」の精神が貫徹されていた。見事だったのは、ホスト国として競技会場や選手村の運営、そしてテロ対策に気を配り、金メダルを29個も獲得し、堂々の世界3位(アメリカ、中国に続く)である。大会を通じてイギリスの底チカラをというものを感じた。経済危機で混乱するEUにあって今大会でイギリスの存在感を高めたのではないだろうか。

 ロンドンでのオリンピックは1908年、48年に続き同一都市で3度目だった。東京も2度目の2020年大会誘致向けて余念がないが、ハプニングも。IOC国際オリンピック委員会は、IOCの選手委員に立候補していた陸上男子ハンマー投げの室伏広治が、選挙活動規定に違反したとして、候補者から取り消したと発表した(11日)。室伏は立候補した21人中、選手間による投票数は1位、つまりほぼ当確だった。その違反とは、選手村のダイニングホールで選挙活動をしたとのこと。当選すれば、IOC委員もかねるため、東京五輪招致に向けての活動が期待されていただけに、JOC日本オリンピック委員会の落胆ぶりが目に浮かぶ。うがった見方をすれば、ダイニングホールでの名刺交換を「選挙活動だ」とIOCに指したライバルがいるということだ。後味が悪い。

 後味の悪さをもう一つ。日本と韓国戦となったサッカー男子3位決定戦の試合後に、勝った韓国の選手が竹島の領有権を主張する紙を掲げたとして、IOCが調査に入った。韓国の朴鍾佑選手が「独島は我々の領土」と韓国語で書かれた紙を頭上に掲げている写真を韓国メディアの掲載し発覚した。写真があるのだからこれは事実だ。オリンピック憲章は、施設や試合会場での政治的メッセージを含む宣伝活動を一切禁じている。この紙は、会場に応援に来た韓国サポーターが掲げていたものを試合終了後に朴選手が受け取ってスタジアムを走り回ったというから連携プレー、つまりどさくさ紛れの計画的な政治活動ということになる。

 日本領として残されることを決定したサンフランシスコ講和条約発効直前の1952年(昭和27年)1月18日、韓国の李承晩大統領が領土ラインを一方的に設定して竹島を占領した経緯がある。この騒動の発端となった、韓国の李明博大統領による竹島上陸問題。日本政府が領有権問題解決のため国際司法裁判所(ICJ)への提訴を検討すると表明したことに、韓国の与党・セヌリ党の洪日杓報道官が日本を「盗っ人たけだけしい」などと批判したとニュースになった。この言葉をそのままお返した方がよさそうだ。

 12日最終日にレスリング男子フリースタイル66㌔級で米満達弘選手が、前日にはボクシング男子ミドル級で村田諒大選手がそれぞれ金メダルを獲得して、日本選手団の金は7個となった。目標とした金15個以上には届かなかった。メダル総数は2004年アテネ大会を上回る史上最多の38個に達した。ここで前回のブログで書いた「金1個の放送権料」を修正する必要が出てきた。IOC国際オリンピック委員会に支払ったテレビ放映権料は日本コンソーシアム(NHKと民放)が3億5480万㌦(※バンクーバー冬季大会含む一括)、アメリカ(NBCテレビ1社)20億㌦(同)である。日本は金7個なので1個当たり約5000万㌦、アメリカは金46個なので1個当たり4300万㌦となる。「有終の金」2個、なんとか日本五輪に花を添えた。

⇒13日(月)朝・金沢の天気   あめ