★手間暇かかる能登の墓石の復旧 斜面地や細道多く機械が入れない墓地も
きょうも北陸には「熱中症警戒アラート」が出されている。予想最高気温は能登半島の尖端・珠洲市で35度、金沢も35度、隣県の富山市では37度、福井市は36度とまさに北陸は猛暑日だ。予報は晴れ時々曇りだが、昼過ぎから夜にかけて雷雨になるところもあるようだ。猛暑と雷雨、穏やかでない一日となりそうだ。
前々回のコラム(7月20日付)で能登の墓石の倒壊のことを述べた。けさのNHKニュースでも取り上げていたので、以下引用する。能登半島地震で多くの墓地で墓石が倒れるなどの被害が出たが、半年以上たった今も手つかずのままとなっているところが多い。こうした状況を改善しようと、日本石材産業協会や全国優良石材店の会などに所属する全国からの職人10人が22日、七尾市内3ヵ所の寺院墓地で支援活動に入った。
職人たちは墓地の通路に倒れている墓石を移動させたり、いまにも土台から落ちそうになっている墓石をもとの位置に戻したりして安心して墓地の中を歩けるように作業した。参加した大阪の職人は「手が足りていないと聞き参加しました。ひどい状況なので、しっかりと取り組んでいきたい」と話した。
ボランティア活動の運営に携わる石川県石材組合連合会の番作一之会長は「全国から職人に来ていただき助かっている。墓を直す機械を墓地に入れるためにもまずは通路の安全確保を進めたい」と話した。地元石川の職人を含めて延べ70人があす24日まで七尾市のほか輪島市や穴水町の寺院も訪れ、墓石の仮復旧を進める。
以上は記事の引用だが、実際に能登の墓地に入ると山地など斜面地だったり、道が細くて機械が入れないところもある。道路に面したフラットな地形の墓地の場合は、小型クレーン車などを使って墓石を吊り上げて元の位置に戻す。が、細道や斜面地の場合は小型クレーン車などが入れないので、現場で柱を三又に組んでチェーンブロックを取り付け、墓石を一つ一つ上げ下げして修復することになる。とても手間暇がかかる。(※写真は、手動のチェーンブロックで吊り上げて倒れた石灯籠を修復する様子=金沢市内、2月17日撮影)
それにしても、能登の被災地には公費解体や支援ボランティアなどで多くの人たちが入っている。照りつける連日の日差しの中で熱中症にかからなければよいがと願うばかりだ。
⇒23日(火)午後・金沢の天気 はれ時々くもり
院は山門(国文化財)などは無事だったものの、33㍍の廊下「禅悦廊」(同)が崩れるなどブルーシートがあちこちに被せてあった。
近所の人と話をすると、「石屋に修理を依頼しているが手が回らんようで、墓参りに間に合うかどうかは分からん」とのことだった。能登の墓参りは8月の旧盆が多い。以下は個人的な想いだ。被災した人たちの生活再建が優先で、墓石はその後でも致し方ない。修理の順番待ちで2年かかろうが3年かかろうが、墓参りを絶やさないことが何よりの先祖供養ではないだろうか。
たものの、水温が低くなりすぎるなど生育環境が悪化して死に至った。(※写真は、2018年9月に撮影した「のとじま水族館」のジンベエザメ)
口」(電話など)を開設し、工事業者を紹介していほしいといった被災者からの希望に応じて工事業者を手配する仕組みを設けた。
公費解体などの作業に追われている被災者や作業員の人たちも多く、熱中症になるのではないかと気になる。(※写真は、金沢の自宅前から撮影。18日午後0時24分ごろ)
走行して思ったことは、この道路を使用するのは12月末が限度だろうと。というのも、能登の冬の訪れは例年だと、12月後半だ。積雪も多い。去年2023年12月21日から22日かけて能登では60㌢もの積雪があった。同じ積雪があった場合、アップダウン勾配や左右急カーブの道路では、除雪車の走行すら難しいのではないだろうか。(※写真は、対面通行が可能になった「のと里山海道」。道路の崩落現場=右=では転落した車が生々しい姿で残っていた)
能登の人たちが大規模な盛り土の崩落現場を目にするのは3回目となる。前述の、ことし元日の能登半島地震での「のと里山海道」、1985年7月11日の能登線事故、そして、2007年3月25日の能登半島地震で起きた各地の道路崩落だ。
高めるなど強靭な道路が造られている。このため、新たな道路では元日の地震で盛り土などでの崩れはなかった。また、のと里山海道の橋梁では橋脚の部分を鉄板で耐震補強が施されていたため大きな損壊などはなかった=写真・下=。
か」、そして「この事件が能登半島地震の風化を加速させるのではないか」などと。
なっていて、見た目で2分に1ほどになっていた。巣の下を見ると、営巣で使われていたであろう木の枝がかなり落ちていた。住宅に例えれば、「半壊」状態だったのはないだろうか。
3回目が7月6日だった。このときは巣に親鳥もひな鳥もいなかった=写真・下=。ただ、一瞬見えたのが遠方へ飛んでいく二羽のコウノトリの姿だった。また台湾に帰っていく姿だったのか。思わず、「来年も来てくれよ」と心で叫んだ。
先日(7月5日)に能登町の仮設住宅の横を通ると、簾(すだれ)が掛かっている家々があった。そして、窓の日よけのためだろうか、つる性の植物が伸びていた。夏の暑さ対策をエアコンだけでなく、いろいろと工夫している様子がうかがえた=写真・上=。これまでの日常の生活で行ってきたことを仮設住宅でもさりげなく、そんな雰囲気を感じた。
人たちは初対面の人たちと違和感なく話すことに長けている。これは能登の特性と言えるかも知れない。