#コラム

☆稲刈りシーズン 千枚田に新たな歴史の1ページ 田んぼアートに小学生の想い

☆稲刈りシーズン 千枚田に新たな歴史の1ページ 田んぼアートに小学生の想い

  能登の田んぼも稲刈りが最盛期だ。きのう(7日)輪島の白米千枚田を訪れると、ことし耕された120枚の田んぼでほぼ稲刈りが終わっていた=写真・上、7日撮影=。本来ならば1004枚の田んぼは地元の千枚田愛耕会や棚田のオーナー制度の会員、ボランティアによって耕作されるが、元日の能登半島地震でひび割れなどが起きて、ことしはなんとか120枚を耕すことできた。

  震災後、自身が千枚田にたどり着くことができたのは3月4日だった。リアス式海岸沿いにある千枚田、その海岸沿いを走る国道249号が海底の隆起や土砂崩れでズタズラになった。いまでも一部は通行止となっている。千枚田は土砂崩れなどはなかったが、田んぼのいたるところで亀裂が走っていた=写真・中、3月4日撮影=。大きなもので幅10数㌢、深さ50㌢ほどの地割れが数㍍続いていた。田んぼは水はりをするので、この地割れでことしの水耕は無理だと素人ながら考えてしまった。一方で、千枚田を運営管理する公益財団法人「白米千枚田景勝保存協議会」では稲作を続けようと、クラウドファンディングで寄付を募っていた。「修復には大量の土砂や杭が必要であり、また、人力での修復となりますので、人を動かすお金も必要です」と。

  行政を交えた景勝保存協議会とすれば、千枚田は2001年に文化庁の「国指定文化財名勝」に指定され、2011年に国連世界食糧農業機関(FAO)から認定された世界農業遺産「能登の里山里海」のシンボル的な存在だ。是が非でも耕作を続けたいとの意思があったのだろう。それが奏功して、愛耕会や棚田のオーナーの協力を得て、なんとか120枚の耕作にこぎつけた。稲刈りを終えた田んぼを見て、千枚田に新たな歴史の1ページが刻まれたような思いがした。

  輪島市に住む知人から、「輪島市の町野に面白い田んぼがある」とメールをもらっていたので、千枚田を後にして見に行った。田んぼに「生きる」という文字や、ハートを抱きしめた人の姿が描かれていた=写真・下、7日撮影=。通りかかった地元の人に尋ねると、小学生が描いた「田んぼアート」という。ハートの赤は古代米の赤米、文字や絵の線の緑は同じく古代米の緑米で、黄色い部分はコシヒカリとの説明をいただいた。子どもちを指導したのは地元のベテランの農家の方とのことだった。

  能登半島地震では家屋の下敷きになるなど227人(※県が9月3日に229人から修正)が直接被害で亡くなっている。田んぼアートに描かれた「生きる」というメッセージは、子どもたちが「みなさん、亡くなった人たちの分も頑張って生きましょう」との想いを込めたのだろうか。

⇒8日(日)夜・金沢の天気    はれ 

☆地震損壊の共同墓地や墓石を行政が支援 この際「一村一墓」の発想を

☆地震損壊の共同墓地や墓石を行政が支援 この際「一村一墓」の発想を

  旧盆には間に合わなかったが、秋の彼岸までにはなんとかならないかと思っている人たちは多いのではないか。元日の能登半島地震で倒壊した墓石のことだ。いまもブルーシートで包まれた墓石を各地でみかける。この光景を見かねたのか、被害が大きかった奥能登の穴水町では、倒壊した墓石の修復費用の半額を補助する制度を創設することにし、2024年度の補正予算案に8000万円を計上した(4日付・新聞メディア各社の報道)。

  補助金額は1世帯当たり最大で10万円で、宗教や宗派は問わない。ただ、修復に当たる石材業者の数が限られ、年度内に作業が終わらないことも考えられ、町では来年度も継続することを検討しているという。墓石の地震被害では、2018年の北海道地震で被災した自治体が見舞金を支給したケースはあったものの、墓石の復旧費用を自治体が住民に助成する制度は全国的にも珍しいようだ。

        一方、石川県は県予算で被災した集落が管理する共同墓地の復旧を支援するとし、9月補正予算に8800万円を計上した。補助はたとえば、共同墓地で共有の通路に倒れた墓石の移動や壊れたフェンス、共同墓地の敷地内の水道の普及費用など。ただ、集落の共同墓地のみが対象で、宗教法人や市町などの公共団体などが運営する墓地、個人管理の墓石などは対象にならない。  

  8月13日付のこのブログでも述べたが、能登には「一村一墓」という言葉がある。半島の尖端・珠洲市三崎町の大屋地区での言い伝えだ。江戸時代の「天保の飢饉」で人口が急減した。能登も例外ではなく、食い扶持(ぶち)を探して、大勢の若者が離村し人口が著しく減少した。大屋村のまとめ役が「この集落はもはやこれまで」と一村一墓、つまり集落の墓をすべて集め一つにした。そして、ムラの最後の一人が墓参りをすることで「村じまい」とした。その後、村は残った。江戸時代に造られた共同墓は今もあり、共同納骨堂とともに一村一墓は地域の絆(きずな)として今も続いている。(※写真は、珠洲市三崎町大屋地区の共同納骨堂。20年ほど前に建て替えられ、地域を出た人でも死後この納骨堂に入ることが多いという)

  いまは珍しくないが、共同墓の原点のような話ではある。この際、「令和の一村一墓」という構成を描いてはどうだろうか。「墓じまい」という言葉を最近よく聞くようになった。子孫が東京や大阪などで暮らし、墓だけが能登にある。菩提寺に依頼して「墓じまい」を行う。その墓じまいを知らずに親戚や縁者の人たちが新盆や旧盆、彼岸の墓参りにきて戸惑うことがある。この際、能登の集落で共同墓と共同納骨堂を広めてはどうか。そうした一村一墓に行政は補助金を出せないものだろうか。地域コミュニティの維持に必要と思うのだが。

⇒5日(木)午後・金沢の天気    はれ 

★輪島・千枚田で稲刈り 被災から耕作にこぎつけた120枚の物語

★輪島・千枚田で稲刈り 被災から耕作にこぎつけた120枚の物語

  台風が去り、能登半島ではようやく稲刈りのシーズンが到来した。先月24日に輪島市の白米千枚田を訪れると、ボランティアで耕作を行っている「千枚田愛耕会」のメンバーがいて、31日から稲刈りを行う打ち合わせをしていた。元日の能登半島地震で千枚田に多数のひび割れが入ったことから田んぼの修復作業を重ね、5月に120枚の田植えにこぎつけた。展望台のから千枚田を見渡すと、120枚の田は黄色く色づき、海風が通るとかすかながらサラサラと音を立て稲穂がそよいでいた=写真、8月24日撮影=。

  その千枚田で稲刈りが始まったのはきのう(3日)だった。台風10号の影響で31日の稲刈りを延期、今月1日に台風から熱帯低気圧になったものの、能登地方では2日にかけて雨が降っため、稲刈りが遅れていた。地元メディアによると、作業を行ったのは棚田のオーナー制度で田んぼを借りて耕している会員や愛耕会のメンバーら20人。稲刈り機は田んぼに入らないので、鎌で一株ずつ刈り取り、ワラで結んではざ掛けした。稲は「能登ひかり」という早生品種。

  「能登ひかり」にはちょっとしたストーリーがある。一昔前まで能登の気候に合う品種ということで生産されていたが、モチモチ感のあるコシヒカリに押されて生産する農家は少なくなっていた。それを見直したのが、京都や大阪といった関西の寿司屋だった。「ベタベタとした粘りがない分、握りやすく、食べたときにも口中でパラッとバラけるので、寿司によいのだという」(講談社新書『日本一おいしい米の秘密』)。さらに、このバラける食感がスープ料理にも合うということで、金沢市内のレストランなでども使われるようになった。

  4㌶の斜面に小さな棚田が連なる白米千枚田は2001年に文化庁の「国指定文化財名勝」に指定され、2011年に国連世界食糧農業機関(FAO)から認定された世界農業遺産「能登の里山里海」のシンボル的な存在だ。こうした評価の重荷を背負いながら愛耕会メンバーが中心となって、「1000分の120枚」の耕作にこぎつけた。メンバーの大半も被災し、いまも金沢市に2次避難している人もいると聞く。そして来年も耕作枚数を増やそうと、いまも田んぼの修復作業を重ねている。苦労がしのばれる。稲刈りは8日まで続く。

⇒4日(水)夜・金沢の天気     はれ

☆能登地震の復興さなか UFO伝説の街・羽咋市で激突、市長選へ

☆能登地震の復興さなか UFO伝説の街・羽咋市で激突、市長選へ

  能登半島の人口が急減している。石川県総務部統計情報室はきのう(2日)、8月1日時点での県内の人口推計を発表。それによると、元日の能登半島地震で被害が大きかった半島北部の6市町(七尾市、輪島市、珠洲市、志賀町、穴水町、能登町)の人口は1月1日時点から5266人減少し、11万4384人となった。減少数は前年同期比で2.5倍にも上る。出生者数が死者数を下回る「自然減」とともに、転出者が転入者を上回る「社会減」が加速している。(※数字は、3日付の地元新聞メディアの記事を引用)

  社会減が加速している背景には、「みなし仮設住宅」(賃貸型応急住宅)という制度があるからかもしれない。自治体が仮設住宅の代わりに、民間のアパートや一戸建て住宅を借り上げて、全半壊などで住宅に住めなくなった被災者に提供する。家賃は国と県が負担する。入居期間は2年以内。元日の震災で、県内では4300戸のみなし仮設住宅を用意された。金沢市は能登地方にアクセスしやすいということもあり、みなし仮設住宅の希望が多いとされる。金沢のみなし仮設住宅に入居し、職探しや子どもたちの転校手続きをする際に住民票を移すことになる。一時的な現象かもしれないが、能登からの転出者が増え、人口流出につながっている。一時的と言うのも、みなし仮設の人たちが能登で住宅を再建して2年以内に故郷に戻れば転入増になるのだが。

  話は変わる。能登で首長選が始まる。地元メディアによると、羽咋市長選に現職が再選を目指し立候補することを表明。同市長選にはすでに女性市議が出馬を表明しており、選挙戦は確実となった。選挙の争点は何だろうか。能登半島地震で同市では589棟が全半壊、一部損壊は3137棟の被害が出た。460棟で公費解体の申請があり、完了したのは69棟(8月19日時点)だ。現職は「未来につながる復興は私に課せられた責務」と訴え、女性市議は災害公営住宅の建設場所の選択制や住民提案型のまちづくりなど被災者に寄り添った市政運営を訴えている。まさに復興のさなか、今月29日告示、10月6日投開票となる。(※写真は、羽咋市役所の外観=8月17日撮影)

  知る人ぞ知る話だが、羽咋はUFO伝説で知られる。同市に伝わる昔話の中に「そうちぼん伝説」がある。そうちぼんとは仏具の一つで、楽器のシンバルのような形をしている。伝説はそうちぼんが同市の北部にある眉丈山(びじょうざん)の中腹を夜に怪火を発して飛んでいたという話だ。この眉丈山の辺りには、「ナベが空から降ってきて人をさらう」神隠し伝説もある。さらに、同市の正覚院という寺の『気多古縁起』という巻物にも、神力自在に飛ぶ物体が描かれているそうだ。UFOという歴史文化遺産を有する世界でも珍しい地域でもある。

⇒3日(火)夜・金沢の天気    はれ

★能登地震とジオパーク 連帯に向けた共同声明「大地の営みに学ぼう」

★能登地震とジオパーク 連帯に向けた共同声明「大地の営みに学ぼう」

  各地に「記録的雨量」をもたらした台風10号が北陸に向かってくる途中で熱帯低気圧になり、金沢ではきょう(2日)未明に強い雨が降っていた。日本気象協会では、「元台風10号」という言葉を用いて、いまも関東や近畿地方で大雨に警戒するよう呼び掛けている。が、民放各社はあれほど「台風10号」「台風10号」と繰り返し叫んでいたのに、低気圧になったとたんに静かになった。気象情報とすれば「格落ち」なのだろうか。

  話は変わる。自然公園「ジオパーク」の保全に取り組む関係自治体が開催していた日本ジオパーク全国大会(青森県むつ市)の最終日のきのう、能登半島地震の記憶継承を支援するとの共同声明を発表した。声明を出したのは糸魚川(新潟)、佐渡(新潟)、苗場山麓(新潟・長野)、立山黒部(富山)、白山手取川(石川)、恐竜渓谷ふくい勝山(福井)の6地域のジオパーク協議会。

  この共同声明を読むと、まさに地殻変動を重ねて出来たジオパークについて地形や地質の保存・活用に関する知見を有する自治体の「使命」というものを感じる。「地震で得た多くの教訓を風化させず、防災意識の向上に生かす」と強調。地震の発生要因や被害の実態を国内外へ発信することで連帯感をにじませている。また、能登地震で4㍍隆起した海岸が続いており、石川県ではジオパークに登録申請するために調整を行っている。被災地の復興と合わせてジオパーク登録へと動き出すチャンスではないだろうか。(※写真は、海底が隆起した輪島市門前町の漁港=3月4日撮影)

          「令和6年能登半島地震の記憶継承に関する共同声明」

「令和6年1月1日に発生した能登半島地震は、能登地方において地震および津波により甚大な被害をもたらしました。また、その影響は北陸地方一帯の周辺地域にも広く及び、各地で被害も発生しました。被災委された地域の皆様にお見舞い申し上げますとともに、お亡くなりになった方々に、心よりご冥福をお祈りいたします。甚大な被害が発生した地域では、復興への道のりはまだ遠く、未来に向けた歩みが一歩ずつ前に進むことを願ってやみません。

さて、今日までジオパーク活動を進めてきた私たちにとって、今回の地震は地球の動きと人々の暮らしの関わりについて改めて強く意識した瞬間でもありました。ユネスコ世界ジオパークである、糸魚川地域、白山手取川地域、日本ジオパークである佐渡地域、苗場山麓地域、立山黒部地域、ふくい勝山地域は、能登半島地震で得た多くの教訓を風化させることなく、さらなる防災意識の向上や災害に関する知識の定着に生かすことを使命であると感じています。そして、国内外のジオパークネットワークを活かし、防災・減災活動の普及啓発につなげていきます。

また、ジオパーク地域のみならず能登地域に関しても、大地の営みと人々の暮らしの普遍的な関係性とその価値について、大地の営みに直面した被災地域の人々が学ぶことへの支援を行っていきます」

⇒2日(火)夜・金沢の天気    あめ 

☆能登地震から244日 救援物資、人命救助、そして入浴支援・・自衛隊の任務終える

☆能登地震から244日 救援物資、人命救助、そして入浴支援・・自衛隊の任務終える

  きょう9月1日は「防災の日」。元日の能登半島地震から244日が経過した。この日の重なりは自衛隊の災害支援の日の重なりでもあった。物資輸送の自衛隊のヘリコプターが航空自衛隊小松基地を飛び立ち、金沢の上空を経由して能登へ頻繁に飛んでいた。救難物資を積んだ海上自衛隊の艦艇「せんだい」や「はやぶさ」が輪島市や珠洲市に港に入った。崩落した土砂の撤去作業や、孤立した集落への物資輸送や住民の移送などを担ったのは陸上自衛隊だった。このほかにも、給水活動や人命救助、診療、患者搬送など多様な支援に当たった。その自衛隊の支援活動がきのう8月31日で終止符が打たれた。

  自身が現地に赴いて実際に目にしたのは、珠洲市で行われていた陸上自衛隊による被災地での入浴支援だった。珠洲市では住家3700棟余りが全半壊し、さらに災害を免れた家々でも一時2320戸で断水状態となり、今でも断水が一部で続いている。給水が可能になっても、ガス供給がストップして給湯器が使えなかったりしたケースもあった。そして、現在も177人が避難所生活を余儀なくされている(8月27日時点)。そんな中で被災地の人々にとって、心の安らぎの一つが入浴だったろうと思う。同市では3ヵ所で陸上自衛隊が入浴支援を続けていた。

  その一つの宝立小中学校に設置されている仮設風呂に行った。校舎の裏手に「男湯」テントと「女湯」テントがあった=写真、6月24日撮影=。入浴は午後3時から入浴の受付が始まっていた。近くの仮設住宅に住んでいるという男性は「無料でとても助かっている」と話していた。仮設住宅にも小さな浴槽はあるものの、足の膝を痛めていて足を伸ばすことができないので、ここを利用しているとのことだった。  

  防衛省は地元の要望に基づき、同市での入浴支援を続けてきた。8月末まにで延べ49万4千人が仮設風呂を利用した。市内では2ヵ所に民間の入浴施設があり、このほど営業を再開したことなどを受けて、自衛隊の入浴支援の終了が決まったようだ。

  それにしても自衛隊がなぜここまで能登に配慮したのだろうか。石川県には3つの自衛隊の基地がある。石川県の南から加賀地区に航空自衛隊小松基地、金沢地区には陸上自衛隊金沢駐屯地、そして能登地区には半島の先端に航空自衛隊輪島分屯基地がある。輪島市の高洲山(567㍍)の山頂にあるレーダーサイトには航空警戒管制レーダーが配備され、「G空域」と呼ばれる日本海上空に侵入してくる航空機や弾道ミサイルを速く遠方でも発見するため24時間常時監視を行っている。日本海に突き出た能登半島は「守りの要(かなめ)」の地でもある。おそらく自衛隊員ならばこの認識は共有されている。「能登を守る」。地域住民のために丁寧な支援を続けることで自らの任務も自覚したのではないだろうか。

⇒1日(日)午前・金沢の天気    はれ

★震災の関連死131人に 現場対策を看護師のプロ目線で

★震災の関連死131人に 現場対策を看護師のプロ目線で

  台風10号の進路図をみると、予報円のサイズは後半になるほど大きくなっている。これを見ると、台風が北東に進むほど暴れまくるのかと思ってしまうのだが、そうではないようだ。日本気象協会「tenki.jp」の解説によると、台風の強さや大きさとは無関係で、位置の誤差が大きくなることを示しているという。ということは、予報円のサイズが大きい台風10号はどこに進むのかよく分からない、気象予報士泣かせの気まぐれな台風だ。気象庁によると、石川県ではあす31日から9月2日にかけて大雨となる恐れがあり、台風の進路や勢力、雨雲の発達によっては警報級の大雨になるとの予報だ。

  このブログで何度か取り上げている能登半島地震で亡くなった人たちの「直接死」と「関連死」について。関連死かどうか判断する石川県と被災自治体による6回目の合同審査会(医師・弁護士5人で構成)が今月26日に開かれ、輪島市や珠洲市など5市町の21人を新たに認定するよう答申することを決めた。答申を受けた各市町の首長が正式に認定する。県内の関連死はこれで131人となり、家屋の下敷きになるなどして亡くなった直接死229人と合せて、震災の犠牲者は360人となる。(※写真は、能登半島地震の被災地と金沢の病院を往復する救急車=1月5日撮影)。

  地元メディアの報道によると、今回の関連死の事例として、入所施設で被災し断水や停電で十分な介助が受けられなかったり、自宅で被災し避難先での生活でストレスがたまり体力が低下して死に至ったケースがあったという。関連死の場合は相当な肉体的、精神的な負担をともなった場合が多い。熊本地震の場合、関連死の原因として▽地震のショック、余震への恐怖による肉体的・精神的な負担▽避難所生活での肉体的・精神的な負担、が死亡の原因の69%を占めている(内閣府公式サイト「防災のページ」関連死について)。

  関連死を防ぐ対策はできないものだろうか。能登地震でこれまで問題となった、避難所における衛生的なトイレ利用や、避難者がストレスなく就寝できるスペースの確保など、高齢者が安心して暮らせる避難所の運営をプロの目線で配置できる人材が必要だろう。地元メディアの報道(30日付・北國新聞)によると、石川県は9月補正予算案に、県立看護大学が災害への対応力を備えた看護師の育成をする専門講座を開設する経費を盛り込んだ。

  看護の知識をベースに避難所運営や感染症予防や健康管理を関わるプロを養成する。関連死を防ぐ、まさに「災害看護師」だ。

⇒30日(金)午前・金沢の天気   はれ   

☆まもなく2学期 新たな「仮設校舎」で学ぶ能登の子どもたち

☆まもなく2学期 新たな「仮設校舎」で学ぶ能登の子どもたち

       「ノロノロ台風」なのか「グズグズ台風」なのか。当初の気象庁の予想では、台風10号が石川県に最接近するのは今月27日だったが、最新情報では遅れて31日から9月1日の見込みとなっている。さっさと日本列島から立ち退いてほしいものだ。

  それにしても、気が気でないのは能登半島地震の被災地の人たちではないだろうか。地盤沈下が起きた能登町宇出津港の周辺では、満潮を迎えると海面と道路の高さがほぼ同じになる状態が続いている=写真・上、7月9日撮影=。これに台風10号による高潮が発生したらどうなると地域の人たちは不安を抱えていることだろう。

  能登半島地震の復旧・復興の一つのステップとして、仮設住宅と仮設商店についてこのブログで取り上げた。被災地で必要な仮設住宅は6804戸で、うち6262戸は今月中に完成する予定。残り542戸は9月以降となる。仮設店舗は七尾市では今月、手始めに4店舗が営業を始めた。輪島市では9月をめどに3ヵ所で32店舗、珠洲市でも8店舗が開業に向け準備が進んでいる。もう一つの仮設が学校の校舎だ。

  石川県教委の調査(2月13日時点)によると、公立学校(小中高など)344校のうち、292校が地震で被害を受けた。全体の85%に相当する。地元メディア各社の報道によると、輪島市に隣接する穴水町の穴水小学校は柱が破損するなど、文科省による被災度区分判定で「半壊相当」の被害となった。このため、小学校の校庭に軽量鉄筋造り2階建ての仮設校舎の建設が進められていた。授業は直線距離で700㍍ほど離れた中学校に間借りするカタチで行われていた。

  仮設校舎は2学期に間に合わせるように今月下旬に完成した。先日(今月24日)奥能登を訪れた折に、仮設校舎に立ち寄った=写真・下=。外観はプレハブ校舎だが、入り口の戸が開いていたので入ると、玄関や教室はよく見る小学校の雰囲気だった。各クラスのほか、理科室や音楽室、保健室なども設けられていた。

  穴水小学校はきょうが登校日で、来月2日に始業式。仮設校舎とは言え、児童たちにとっては「母校」に戻った気分ではないだろうか。行政とすると、教育環境を整えると同時に新校舎の建設に向けてのスタートだろう。町では復旧・復興に向けてことし12月までに復興計画を、来年3月までに整備計画を策定する段取りだ。それまでに新校舎の立地場所などを決定することになる。

  能登地震の復旧・復興プロセスが穴水小学校のケースに凝縮されているようにも思える。

⇒29日(木)午後・金沢の天気    くもり時々あめ

★台風迫る 稲刈り前倒し、なぜ3割高い新米価格

★台風迫る 稲刈り前倒し、なぜ3割高い新米価格

  金沢から能登方面を往復する自動車道路を走っていると、金沢など4市町にまたがる河北潟周辺に水田が広がっている。薄黄色に色づいた稲穂が風に揺れていた。稲刈りのコンバインが走っていた=写真・上、27日撮影=。ほかに数台走っていた。ふと思ったのは、コメが早生品種であったとしても、稲刈りとしてはちょっと早いのではないかと。そうか、台風10号の接近で収獲を前倒ししているに違いないとようやく気がついた。

  暴風雨となると、田んぼ全体で稲の倒伏が起きる。稲が倒れると、収穫作業が困難になり、収穫量や品質の低下を招くことになる。倒伏して穂が水につかった場合、籾(もみ)が発芽しまうからだ。台風が迫り、農家の人はいろいろと気を揉んでいるに違いない。

  いくらなんでも、3割アップは高すぎる。先日(25日)近所のスーパーに行くと、石川県産の品種「ゆめみづほ」の新米の販売コーナーが設置されていた。このコメは早生品種でいわゆる新米のトップランナー、例年この時期に店頭に並ぶ。今回は値段に驚いた。10㌔袋で4580円(税抜き)だ=写真・下=。何度か買ったことがあるのでこれまでの値段は覚えている。10㌔袋で3480円(同)だった。それが、1100円、3割も高くなっている。

  メディアも報じている。コメの卸売業者によると「ゆめみづほ」の出荷量は例年並みだが、全国的にコメが品薄になり、肥料も高騰していることから、価格が3割ほど高くなったという(今月24日付・NHKニュースWeb版)。言葉は適切ではないかもしれないが、これは先を見越した便乗値上げではないかと思ってしまう。非常に強い勢力の台風10号が間近に迫っている。冒頭で述べたように、稲の倒伏などが全国的に起きるとコメ不足に陥り、価格は上昇するだろう。それを見越した値上げではないか、と考え込んでしまう。

  9月上旬からは県産のコシヒカリなどもスーパーの店頭に並ぶので価格表には注視したい。さらなる値上げになるかもしれない。そうなると、まさに「令和の米騒動」だ。

⇒28日(水)夜・金沢の天気   くもり

☆全半壊の家屋解体が正念場 見込より1万棟増え、台風の影響は

☆全半壊の家屋解体が正念場 見込より1万棟増え、台風の影響は

  前回ブログの続き。石川県庁はきのう(26日)能登半島地震で全半壊した家屋の解体を加速させる、「公費解体加速化プラン」を公表した。これまで県は解体棟数を2万2499棟と想定していたが、9911棟多い3万2410棟に見直しをしたからだ。本来ならば、来年2025年10月で解体作業を完了するとのスケジュールも同時に見直すことになるが、それはせずに「加速化」を推進することで、帳尻を合わせるようだ。

  公費解体加速化プランによると、その加速化の中心となるのが「自費解体」だ。これまでメインで進めてきたのは「公費解体」だったが、自費解体との両輪で進めることで全体の作業のピッチを上げる。自費解体は全半壊の家屋を所有者が事前に自治体に届け出を行い、独自で解体作業を行う。かかった経費(解体費、運搬費、処分費)は各市町の算定基準で後日、償還される。(※写真は、輪島市の家屋解体現場=今月24日撮影)

  今回の公費解体の見込棟数の大幅な見直しは、県では2月に空中撮影と現地調査で被害状況の確認を行い、解体見込み数を2万2499棟と算定していた。ところが、4月末から受け付けた申請件数はすでに2万6774棟(8月19日時点)と大幅に上回ったことから、県は被害状況の見直し行っていた。

  県が想定する解体棟数を9911棟上乗せしたことで、災害廃棄物の量をこれまで244万㌧と推計していたが、これも大幅に上回る見込み。このため、廃棄物を一時的に置く仮置き場は現在、12の市町で計16ヵ所あるが、暫定的に6ヵ所増設し、追加の設置も検討しているという。

  話は飛ぶが、非常に強い勢力の台風10号が29日に九州に上陸し、石川県内は30日午後から31日午前にかけて最も近づく見込みだ。このため、輪島市は30日に予定していた市内の小・中学校あわせて12校の2学期の始業式を9月2日に延期することを決めた(26日付・NHKニュース)。この台風が解体作業の現場などにどのような影響をもたらすのか。

⇒27日(火)午後・金沢の天気    はれ時々くもり