#コラム

☆ある歯科医院の話

☆ある歯科医院の話

    半年ぶりにかかりつけの歯医者に行った。職場の金沢大学近くにある歯科医院「オードリー歯科(Audrey Dental Office)」。2009年4月、キャンディを噛んでいて右下あごの奥歯に被せてあった金属がポロリと取れ、駆け込んだのが「初診」だった。以前から気になっていたのが、「Audrey」という名称だった。院長はオードリー・ヘップバーンの大ファンで、それにちなんで名付けたのだろうと思っていた。

   通い始めて受付の女性職員に尋ねた。「オードリーという名は、院長先生がオードリー・ヘップバーンのファンなのですか」と。すると女性は「その質問はたまにあるのですが、大通りに面しているのでオードリーと名付けたようですよ」と。確かに、歯科医院は国道159号とつながる大通りに面している。そこから「Audrey」を発想するというのは、だじゃれというより、粋(いき)ではないかと感じ入ったものだ。

   それ以来、年に1回、最近では年に2回ほど、歯周病や虫歯の検診と歯石取りに出かけている。きょうも院長は「半年に1度くらいがちょうどいいですね。歯周病の予防に効果的だと思います。逆に期間が空きすぎると歯石の量も増えて固くなるので取る方も取られる方も大変ですよ」と言いながら、PMTC(Professional Mechanical Tooth Cleaning=プロによる歯のクリーニング)に取り掛かった。歯の表面についた歯垢や歯石、色素沈着などを専用の超音波器具(スケーラー)で取り除き、歯面を研磨した後、歯質強化に効果のあるフッ素を塗布する。全行程で20分足らずだった。

   いつも受付にいる女性職員が見当たらない。院長は「昨年の9月に辞めたんです。それ以来、ずっと一人で切り盛りしているんですよ」と。セッティングから片付けまで、事務処理と診療を一人で。「コロナのこともあり、なるべく人がいない方がいいですね。コロナが治まったら募集しようと思っているんですよ」と。通い始めた12年前は歯科衛生士や歯科助手もいた。金沢でも「歯科医院はコンビニより多い」と言われるくらいで、過当競争になっているのかも知れない。

   自身が小さいころ通った歯科医院も確か先生が1人だった。受診する側とすれば、丁寧に診療してくれればそれで充分なのだ。80歳になっても20本以上自分の歯を保とうという「8020(ハチマルニイマル)運動」を歯科医師会などが進めている。地域住民に寄り添い、高齢者のQOLに地道に尽力していただくことを期待している。

⇒22日(月)夜・金沢の天気   くもり

★待ったなし デジタル通貨

★待ったなし デジタル通貨

   ひょっとしてこれがポストコロナの景気浮揚策になるかもしれない。NHKニュースWeb版(2月20日付)によると、紙幣や硬貨と同じように使える「デジタル通貨」について、日本銀行この春から機能を確かめる実証実験を始める。この実証実験を第1段階と位置づけ、民間の事業者とも連携しながら、システム上で取り引き履歴を記録する台帳を作るなど、デジタル通貨の流通や発行に関する基本的な機能を確かめるとしている。各国の中央銀行も研究を進めており、日銀としては、将来にわたって決済システムの安定性を確保するため、国際的な環境変化に対応する準備を進めたい考え。

   うがった見方だが、世界の銀行の本音は中央銀行や政府が目の届かない現金システムを止めたいという本音があるのだろう。デジタル通貨にすれば、すべてのデジタルマネーの履歴やストック先などが把握できる。税金面での調査やマネーロンダリングの監視、金融犯罪などに対応できるという側面もあるだろう。

   デジタル通貨では先行している中国は「デジタル人民元」の実証実験を始めている。「中国では脱税やマネーロンダリング、資本流出等が課題となっており、これをコントロールしたいとの狙いがあるのではないか」(2020年11月30日付・ロイター通信Web版日本語)との見方である。

   では、日本の場合、デジタル通貨導入によるメリットは何だろう。それは、45兆円もあるといわれる「タンス預金」を吐き出させることではないだろうか。日銀と政府が、銀行などでの預貯金しかデジタル通貨と交換しないと発表した時点で、タンス預金は一気に消費へと回る。なぜか。多額の旧札が銀行などに持ち込まれることになれば、銀行を通じて国税にチェックされることになる。さらに、2024年度に1万円、5千円、千円の紙幣(日本銀行券)の全面的な刷新が行われる。翌年度からは旧札と新札の交換で手数料を取るということにすれば、タンス預金は今のうちから消費に回すしか手はない。

   その兆候はきょうこのニュースもあった。日銀の統計によると、家庭や企業に出回る紙幣・貨幣は2020年末に約123兆円分。単純計算だと国民1人平均100万円弱。うち1万円札の流通量を年末ごとに比べると、近年は2~4%台の増加だったが、昨年は15年末以来の5%超の高い伸びになった(2月21日付・朝日新聞Web版)。タンス預金の札束が動き始めている。

   その視線で周囲を見渡すと、面白い現象が見える。ドイツ製などの海外の高級車が身の廻りに最近増えているのに気づかないだろうか。いわゆる「小ベンツ」もあるが、堂々とした「本ベンツ」もよく見かけるようになった。最初はEUとのEPA(経済連携協定、2019年2月発効)の効果かと思ったが、それ以前に日本は輸入車の関税をすでに撤廃している。タンス預金の行き先現象と考えれば、実によく理解できるのである。タンス預金が市中に出回れば経済に貢献する効果は大きいことは言うまでもない。以上は憶測であり、データはない。

   日銀は「現時点でデジタル通貨を発行する計画はない」という立場だが、第1段階の実証実験を1年程度かけて行い、その結果も踏まえ、実現可能性を検証するための「第2段階」に移る方針(2月20日付・NHKニュースWeb版)。コロナ禍の日常の変化で、人が触ったものには触らないという行為が定着した。現金を粗末にするという意味ではないが、現金を手にすることに違和感を持つ人も多いだろう。カード払いなどのキャッシュレス化も進んでいるが、デジタル通貨を進める絶好のタイミングではある。

  では、日銀はどのような実証実験をするのか、日銀の公式ホームページをチェックしたが、記載はまだない。

⇒21日(日)夜・金沢の天気   くもり

☆春一番、ワクチン二番

☆春一番、ワクチン二番

   きょうは春本番かと思うほど暖かく、そして台風並みの風だった。北陸地方に春一番が吹いたと金沢地方気象台が発表した。とくにかく強烈な風だった。石川県内の最大瞬間風速は、能登で23.3㍍と2月の観測史上最大、金沢では21.2㍍だった。日中の最高気温は金沢で14.8度と4月上旬並みの暖かさ。自宅の庭や屋根の雪が見事に解けた。   

   そして待たれるのが新型コロナウイルスのワクチンだ。およそ4万人の医療従事者を対象に今月17日から接種が始まり、各地でニュースとなっている。政府は、接種が始まった富山県の富山労災病院で、副反応の疑いがある、じんましんの発生があったと、総理大臣官邸のきょうのツイッターで公表した=写真=。厚生労働省によると、19日午後5時現在でワクチンの接種を受けた人は5039人となっていて、国内での接種で副反応の疑いが公表されるのは初めて。厚生労働省は同じツイッターで、接種後15分以上は接種会場で様子を見るなどの安全対策の周知に努めていく、としている。医療従事者の次は65歳以上の高齢者なので、自身もぜひ接種に行こうと楽しみにしていたが、このニュースで少し気乗りがしなくなった。周囲の様子を見てからにしようか、と。

   このところ石川県内の感染者は二桁が続いている。きょうも19人の感染が確認された(石川県庁公式ホームページ「新型コロナウイルス感染症の県内の患者発生状況」)。感染者は10歳未満から90歳以上と幅広い年代に及んでいる。ニュースによると、このうち金沢市の30代から40代の男性3人は接待を伴う飲食店のクラスター関係の感染者。また、40代の女性は県内の福祉施設で介護を担当する職員、50代の男性は県内の医療機関に勤務する医師だ。これまで県内では合計1779人が感染、うち61人が亡くなっている。病床使用率は45.7%だ。県内の感染状況を総合的に判断すると、ステージ2の「感染拡大警報レベル」にあたるとしている(2月20日付・NHKニュースWeb版)。

   春一番の訪れたとともに、コロナ禍の勢いも治まってほしいと思うのだが、現実はなかなか厳しい。

⇒20日(土)夜・金沢の天気    くもり

★「海のベンチ」から火星探査へ

★「海のベンチ」から火星探査へ

   アメリカ人の宇宙への興味は尽きない。BBCニュースWeb版日本語(2月19日付)によると、NASAは18日午後3時55分(アメリカ東部時間、日本時間19日午前5時55分)、探査車「パーサヴィアランス」の火星着陸に成功した、と伝えた。火星の赤道付近にあるジェゼロと呼ばれる深いクレーターの中に降り立った。NASAが火星に探査車を着陸させたのは、2012年の「キュリオシティ」に次いでこれが2度目となる。

   重さ約1㌧のパーサヴィアランスは6つの車輪で移動。今後2年以上にわたって岩石部分を掘り進め、生命が存在していたことの証拠を探す。幅約45キロメートルのジェゼロ・クレーターは、数十億年前に巨大な湖があった場所とされる。水があれば、生命が存在した可能性はある(同)。地球外の生命体を探究するために莫大な経費を使い、ここまでやる。科学は見果てぬ夢でもある。

   このニュースで思い起こすのは、2010年11月にNASAが「宇宙生物学上の発見について」と題した記者予定を公表し、大騒ぎになったことだ。アメリカのテレビ・新聞のメディアは、「地球外生命体を発見か」などと報じた。12月3日(日本時間)のNASAの会見は世界のメディアだけでなく、ユーストリームなどネットでも中継された。ところが、会見は「ヒ素を食べる細菌の新発見」という内容だった。確かにこれまでになかった宇宙生物学上の発見だったものの、見えるカタチの生命体をイメージしていただけに肩透かしを食らった格好になった。

   とは言え、今回のNASAの火星の生命体への探究に信念のようなものを感じる。以下雑学である。アメリカの宇宙への関心度を高めたのは天文学者パーシバル・ローエル(1855-1916)ではないだろうか。ローエルは1916年に海王星の彼方に「惑星X」が存在すると予知し、他界する。その弟子クライド・トンボーが1930年にローエルの予知通りに新惑星の発見し、プルートー(冥王星)と名付けた(2006年の分類変更で「準惑星」に)。このことでローエルとトンボーは天文学史上で名前を残すことになる。

   ローエルはアメリカ人の宇宙への好奇心を煽ることにもなる。ローエルは火星人存在説も唱えていた。アリゾナ州に築いた天文台から火星を観察すると、表面に見える細線状のものは運河であり、火星には知的生命体が存在する、と。このローエルの説は、アメリカのSF小説に影響力を与えていく。1938年10月3日、CBSラジオ番組のハロウィンに合わせたスペシャル番組で、俳優であり監督のオーソン・ウエルズが、イギリスの著作家で「SF(Science Fiction)の父」とも呼ばれたハーバート・ジョージ・ウエルズの小説『宇宙戦争』をドラマ化した。普通の番組を放送している最中に臨時ニュースで、火星人が襲来し、アメリカの都市を攻撃している、と放送。「臨時ニュース」を聞いた人々はパニックに陥った。実話である。

   では、ローエルの火星人存在説の根拠となった、運河説はどこから得た発想なのだろうか。今から132年前の明治22年(1889)5月、ローエルは東京に滞在していた。そのときに、日本地図を広げて、能登半島のカタチと「NOTO」という地名の語感に惹(ひ)かれ、鉄道や人力車を乗り継いで当地にやってきた。七尾湾では魚の見張り台である「ボラ待ち櫓(やぐら)」によじ登り、「ここは、フランスの小説でも読んでおればいい場所」と、帰国後に随筆本『NOTO:An Unexplored Corner of Japan』(1891)で記した。ローエルが述べた「フランスの小説」とは、当時流行したエミ-ル・ガボリオの「ルコック探偵」など探偵小説のことを指すのだろうか。

   その後、ローエルはアリゾナ州に天文台を創設し、火星の研究に没頭し、その成果を著書『Mars(火星)』(1895)などにまとめた。ローエル研究者のウィリアム・シーハンは論文「To Mars by way of NOTO」(2005)で能登の海から火星の運河を着想したのではないかと述べていると、天文学マニアから聞いたことがある。残念ながら、自身はその論文を読んではいない。

   東京に滞在し日本地図を見ていたローエルが能登に興味を持ってやって来た。入り組んだ湾岸のベンチ(ボラ待ち櫓)で一日過ごし、フランスの小説を読んでいた。アリゾナの天文台から火星を観察し、能登の海から運河説を着想する。それがSFという発想を国民に膨らませ、その後アメリカとソ連が宇宙開発競争へと突き進んでいく。興味が尽きぬアメリカは火星探査を続けて生命体の発見に懸命だ。ストーリ-としては面白い。

(※写真・上は能登半島・穴水町にあるパーシバル・ローエルの来訪記念碑、下はローエルが海のベンチとして一日過ごしたボラ待ち櫓。写真は当時のものではない)

⇒19日(金)夜・金沢の天気    はれ

☆「五輪の決断」まであと22日

☆「五輪の決断」まであと22日

   あと5ヵ月だ。森喜朗氏に代わって、橋本聖子氏が東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会会長に決まった。日本国民、そして世界が注目するのは、橋本氏がこのコロナ禍でオリンピックを開催するのか否か、開催するとなれば観客を入れるのか否かの方針をいつどう決めるのだろう。難題が山積するにもかかわらずよく決断したものだ。もう一人、橋本氏の五輪担当大臣の後任となった丸川珠代氏とのコンビネーションが実にいい。この2人が日本のオリンピック開催の顔として、開催に向けて沈んだ雰囲気を反転させるのではないか。

   一方で、島根県の丸山達也知事が東京五輪聖火リレーの中止を検討すると表明して議論を呼んでいる。詳細が知りたくて、地元紙の山陰中央新報社(2月16日付)をチェックすると。聖火リレーの実施について、島根県は大会組織委員会と協定を結んでおり、聖火ランナーやルートを決める県実行委の事務局を担当している。同県の聖火リレーは土日にあたる5月15、16日に実施予定。津和野町をスタートし、松江城(松江市)を目的地とする14市町村(総距離34.3㌔)で170人が聖火をつなぐ予定だ。

   警備費用など約9千万円を県の財源で予算化しており、県の判断で聖火リレーを事実上ストップもできる。知事はすでに今月10日の定例会見で、東京都が感染拡大で手が回らなくなった保健所の調査を縮小したため、感染経路や濃厚接触者の追跡ができていないと不信感を表明している。全国の飲食店などが打撃を受けているにもかかわらず、緊急事態宣言が出た地域と、島根など感染者が少ない地域で、政府の支援に差がある現状にも不公平感を訴えていた(同)。

   島根県知事の不満はおそらく全国の知事が心の中で思っていることではないだろうか。正直な話、県の判断でストップできるのであれば、一億円近くかけてまで無理をしてやる必要はない、中止宣言すればよい。ただ、実施する県との調整を島根県はできるだろうか。「あとは知らない、調整は大会組織委員会が勝手にやればよい」では無責任とのそしりを免れないだろう。

   聖火リレーに関して、むしろ気をもんでいるのは福島県ではないだろうか。今月13日夜に震度6強の激震が走ったが、知事発言として聖火リレー中止の話は聞こえてこない。実は、昨年の延期決定で翻弄されたのは福島だった。IOCと組織委員会が延期決定を発表したのは3月24日(日本時間)、福島から聖火リレーが出発する2日前だった。このため契約上、設営や警備にあたる業者に契約通りの経費を支払う必要が出て、県が支出した費用は約2億5000万円に上った(2020年7月8日付・福島民友新聞Web版より)。

   ことしの聖火リレーは3月25日に福島を出発、栃木、群馬とバトンタッチされていく予定だ。警備会社などのキャンセル料の支払いを考えれば、中止や再延期となると、その決定はその2週間前、つまり3月10日には決断が必要だろう。あと22日だ。コロナ禍での各国のアスリートの選抜やワクチン接種の普及、国際世論を見極めながら決断となる。IOCバッハ会長、橋本大会組織委員会会長、丸川五輪担当大臣の手腕が問われる。

⇒18日(木)夜・金沢の天気     ゆき

★悲劇の始まりはどこにあったのか

★悲劇の始まりはどこにあったのか

   このニュースに接して言葉が出ない。残念としか言いようがない。事件は全国ニュースにもなった。石川県中能登町の前副町長の広瀬康雄氏(65)が93歳の母親とともに15日未明に死亡した状態で見つかった。県警の司法解剖などから、広瀬氏が母親を殺害後、自殺した無理心中とみられる(2月16日付・北國新聞)。広瀬氏は3月16日告示の町長選に出馬予定で、支援者は本人が「選挙事務所を開いてから体重が落ちた」と述べていたと言い、選挙の準備で相当なプレッシャーを感じていたようだ(同)。

   自身が広瀬氏と出会ったのは、2012年4月だった。自治体の特色ある取り組みを学生たちに講義してもうら、大学コンソーシアム石川の授業「石川県の市町」の講師依頼をした。当時は企画課長で快く引き受けてくれた。7月の講義で、「織姫の里なかのと」をタイトルに繊維産業を活かした地域づくりについて話していただいた。町の基幹産業である繊維については、麻織物から合成繊維へ、そして新素材や炭素繊維などにチャレンジしている企業の現状を紹介し、産業の観光化について熱く語ったのを覚えている。その後、住民福祉課長、総務課長を歴任して、2014年から副町長だった。講義をお願いしたことが縁となり、お会いすると言葉を交わし親しくさせていただいた。

   広瀬氏に転機が訪れたのは昨年12月だった。現職の町長から後継候補に指名され、本人も町長選に立候補を表明。1月15日に副町長を辞して、同30日に後援会の事務所開きをして選挙の準備を進めていた。先日、後援会事務所の前を通りかかったので、事務所をのぞいたが、本人はあいさつ回りに出かけていて不在だった。事務所のスタッフから、毎日100世帯以上を訪問していると聞き、選挙への意欲を感じた。

   事件についての記事を読むと、遺書などは見つかっていない。ただ、家族や支援者の話として、声がけしても返事がなかったり、本人の相当な疲労感を周囲も感じ取っていたようだ。亡くなったとされる14日もあいさつ回りをしていた。自身がこれまで接してきた印象は、理論的で仕事熱心、そして冷静なタイプだった。その人物がなぜ母親を道連れに死を選んだのか。悲劇としか言いようがない。

⇒16日(火)夜・金沢の天気    ゆき 

☆メディアに相互監視の機能はあるのか

☆メディアに相互監視の機能はあるのか

   記者がなぜこのような行為にいたったのかその背景を知りたい。共同通信社は12日、取材で得た録音データを外部に漏えいしたなどとして、大阪支社の記者を出勤停止7日間、本社社会部の記者を減給の懲戒処分にしたと発表した。1月20日に厚生労働省が開いた大麻などの薬物対策の検討会を、社会部の記者が制限に反して録音。大阪支社の記者の依頼に応じてデータを送った。この記者は外部の6人に音声データを提供するとともに、自身のツイッターに検討会の内容などを投稿した。投稿を見た厚労省が同社に抗議した(2月12日付・時事通信Web版)。
  
   取材で知り得た情報を報道目的以外で流出させるのは記者としての倫理を逸脱する行為である。「取材の自由」は、取材源を秘密にできるという記者の権利だ。今回は、そうした記者の権利とは真逆の行為だ。相手が役所とは言え、規制されていた音声録音をし、さらにその音声データを外部の6人に提供した。

   さらに、問題となるのは、外部の6人とはどのような人物だったのか。録音したのは、厚労省による大麻などの薬物対策の検討会だったので、大麻などの薬物に関わっている、あるいは関心がある人物なのだろうか。そのような人物に厚労省内部の情報を提供したのであれば、記者の倫理逸脱どころか、機密漏洩の犯罪ではないのだろうか。他のメディアは共同通信の記者がどのような人物たちに情報を漏洩したのか報じていない。メディアを監視する権力システムは日本にはない。あってはならない。メディアは相互監視であるべきだ。そうした相互監視は果たして機能しているのだろうか。この一件から疑問に感じる。

   メディアへの疑問はさらにある。新聞や放送、雑誌な220社余りが加盟するマスコミ倫理懇談会の全国大会が2007年9月に福井市で開催され、最高裁の平木正洋総括参事官は「容疑者は犯人だ」という予断を裁判員に与える報道をしないよう配慮をメディアに対して求めた。「一個人の私見」として、捜査段階での報道について6項目を具体的に問題点として挙げた。1)容疑者の自白の有無や内容、たとえば「・・と犯行をほのめかす」という記事表現、2)容疑者の生い立ちや対人関係、3)容疑者の弁解が不自然・不合理という指摘、4)DNA鑑定など容疑者の犯人性を示す証拠、5)容疑者の前科・前歴、6)事件に関する識者のコメント。

   総括参事官が指摘した報道の姿勢はその後、変化しただろうか。確かに、別件逮捕を明確に区別したり、「無罪推定」の原則を尊重したり、「起訴事実」を「起訴内容」としたりなどこれまでの報道とは違う点もいくつかある。ただ変わらないのは、犯人とおぼしき人物を追い込む姿勢は従来通りだ。

⇒15日(月)夜・金沢の天気     ゆき

★「オリンピックは参加することに意義」 ありやなしや

★「オリンピックは参加することに意義」 ありやなしや

   昨夜遅く、福島と宮城の両県で震度6強の激しい揺れがあった。日本海側の能登半島でも、半島尖端にある珠洲市で震度3を観測したほか、七尾市・輪島市・羽咋市などで震度2だった。金沢も震度1だったが、気づかなかった。気象庁の公式ホ-ムページでチェックすると、日本海側だけでなく、北海道まで広範囲に揺れている=写真、13日午後11時44分発表=。

   多くの国民は「オリンピックは大丈夫なのか」と案じているのではないだろうか。新型コロナウイルスによるパンデミック、そして、オリンピック組織委員会会長(12日辞任)の森喜朗氏の女性蔑視と取れる発言が国内外で問題になっていて、さらに東日本を揺さぶる地震だ。そして、福島市では7月21日、22日、28日に野球・ソフトボール競技が開催されることが決まっている。各国の代表選手も大丈夫かと気にしているのではないだろうか。

   話は変わる。イギリスのBBCニュースWeb版日本語(2月12日付)によると、中国の放送規制当局は、BBCワールドニュース(国際ニュース放送)の放送を中国国内で禁止すると発表した。中国はこれまで、新型コロナウイルスや少数民族ウイグル族への迫害をめぐるBBCの報道を批判してきた。中国の放送規制当局・国家広播電視総局は、BBCワールドニュースの中国報道について、「ニュースは真実かつ公平でなくてはならない」などとする中国の放送ガイドラインに「著しく違反した」と述べた。その上で、BBCの次年度の放送免許の更新申請を受け付けないとした。

   上記のニュースには伏線がある。同じくBBCニュースWeb版日本語の今月5日付。イギリス通信業界の独立監視機関、放送通信庁(Ofcom)は、中国の国営テレビ「中国環球電視台(CGTN)」のイギリス国内での放送免許を取り消した。CGTNのライセンスを保有するスター・チャイナ・メディア・リミテッド(SCML)が、英語の衛星ニュース・チャンネルについて「編集責任」を持たないことが、Ofcomのルールに違反したためとしている。

   さらに、同日付でBBCは中国での人権問題を報じている。新疆ウイグル自治区の収容施設に入れられたウイグル族の女性らが、組織的なレイプ被害を受けたとBBCに証言した。この報道を受け、アメリカとイギリスの政府は「深く憂慮している」と懸念を表明した。新疆ウイグル自治区の収容施設では、ウイグル族などの少数民族100万人以上が拘束されていると推測されている。

   米英と中国で「メディア戦争」が勃発しているのだ。バイデン政権も、国務省の報道官が先日、中国がウイグル人に対して「ジェノサイド(大量虐殺)」を行っていると認め、この点においては前のトランプ政権と現政権の見解は一致していると改めて述べた(2月5日付・AFP通信Web版日本語)。

   この一連のニュースで連想するのは、旧ソ連のアフガニスタン侵攻に抗議し、アメリカや日本など50ヵ国が1980年のモスクワオリンピックをボイコットした一件だ。すでに、開幕まであと1年と迫った2022年北京冬季五輪も似たような状況に展開しつつある。世界の180以上の人権団体が署名して、人道上の理由からボイコットを呼びかける書簡を発表した。書簡は「チベット、ウイグル、南モンゴル、香港、台湾、中国民主、人権運動団体連合」の名で発表された(2月5日付・CNNニュースWeb版日本語 )。オリンピックをめぐる争いの火ダネになりそうな気配だ。

           有名な言葉、「オリンピックは参加することに意義ある」(元IOC会長・クーベルタン)はもう過去の話なのかもしれない。

⇒14日(日)夜・金沢の天気    はれ

☆パンデミック、森発言 カギ握るNBCの論調は

☆パンデミック、森発言 カギ握るNBCの論調は

   前回のブログで「五輪も万博も『オワコン』か」と書いた。ブログを読んでくれた知人からメールで、「あとはアメリカのNBCが最終判断すれば、終わりじゃないのか」と。「日本のゴタゴタに世界はすでに見限っている」とも。確かにそうだ。 NBCはアメリカの3大ネットワークの一つだ。そして、1988年のソウル大会以降は全米のオリンピックの放送権を独占している。

   アメリカの放送権を独占しているだけなのに、なぜNBCの最終判断が注目されるか。IOCの収入は放送権料が73%、スポンサー料が18%とされる。実際にNBCはどれだけIOCに払っているのか。韓国・平昌冬季大会(2018年)と東京大会の合算した数字だが、NBCの供出額は21億9000万㌦で、全放送権料の50%以上を占めるとされる。ちなみに、開催国の日本はNHKと民放がコンソ-シアムを組んで5億9400万㌦だ。アメリカと日本では人口の違いがあるので1人当たりで計算すると、アメリカの人口を3億2800万人として1人当たり6.7㌦、1億2600万人の日本は1人当たり4.7㌦なので、NBCのチカラの入れようが分かる。

   知人からのメールで、NBCの論調が気になって公式ホームページをチェックしてみた。NBCニュースWeb版(12日付)はオリンピック組織委員会の森喜朗会長の辞任表明を伝えている。「Tokyo Olympics chief Yoshiro Mori resigns after sexist remarks」の見出し=写真=。記事内容は、新型コロナウイルスによるパンデミック、安倍総理の病気による退任、そして森氏の女性蔑視と取れる発言が続いて東京では混乱が続いている。森氏の退任で、IOCのバッハ会長は「東京オリンピックを安全かつ確実に開催するため、森氏の後継者と手を携えて活動を続けていく」と述べたと伝えている。

   記事の後に、イギリスのスポーツ史の研究者のコメントを紹介している。「“The biggest thing that people will always talk about is how they have dealt with the pandemic,” 」(人々が常に話題にする最大のことは、パンデミックにどのように対処してきたかということだ)と。最後に「“That will be what people will remember these games for.”」(人々がこのゲームを覚えているのは)と締めくくっている。NBCの論調は、森氏の発言よりむしろパンデミックといかに対応するかが今回のオリンピック、そしてスポーツの歴史で問われることなのだ、と強調している。

   以下は憶測だが、アメリカやEUの主要国のいずれかで選手派遣をやめると決断すれば、NBCは放送の中止を決断するのではないだろうか。先のリオ大会(2016年)でアメリカは46個の金メダルを獲得したが、競泳16個、陸上13個、体操4個と花形競技の3種で7割を占める。もし、水泳の選手たちが「五輪の精神に反する、女性差別の国には行けない」と言い出したら、おそらくスポンサーも降りて放送は中止せざるを得ないだろう。放映権料の大スポンサーが降りたら、それでもIOCはオリンピックは続行できるだろうか。

   4月になれば、東京ビックサイトに設営されたIBC(国際放送センター)にIOCから放送権を得たRHBs(Rights Holding Broadcasters)と呼ばれる放送メディアが続々と準備のために東京にやって来る予定だ。本来ならば、その第一陣はNBCなのだが。果たして。

⇒13日(土)午後・金沢の天気     はれ

★五輪も万博も「オワコン」か

★五輪も万博も「オワコン」か

   けさの新聞やテレビのニュースで、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が、女性蔑視と取れる発言の責任を取って辞任する意向を固め、後任をJリーグ初代チェアマンの川淵三郎氏が引き受ける意向を示したと報じている=写真=。ニュースの流れを見ていて、なぜか後味の悪さを感じる。森氏の辞し方ではなく、メディアの論調、そしてオリンピックの開催そのものについてだ。

   森氏の発言をめぐって、メディア各社は最初から辞するべきという流れだった。これでよかったのか。新型コロナウイルスの感染拡大で、オリンピック開催そのものが危ぶまれているタイミングであることを多くの国民が理解している。このタイミングで森氏が辞することのダメージやデメリットを検証する報道はあっただろうか。この時期に辞めたら大変ことが起きるのではと心の中で案じている国民も多いのではないだろうか。森氏の発言を許すと言っているのではない、このタイミングでの「辞めるべき」一辺倒の論調に躊躇する。

   イギリスのBBCは「Tokyo 2020: Games chief’s remarks about women ‘absolutely inappropriate’, says IOC」(2月10日付Web版)の見出しで、日本の首相とIOCが森氏の発言を非難するまで5日かかったが、これは双方にとって非常に恥ずかしく、ダメージの大きいエピソードとなった」と報じている。その一方で、「But others will worry that a change in leadership this close to the Games could make the job of organising them even harder.」(意訳:しかし、オリンピックに近い時期に指導者が交代すれば、大会を組織することがさらに難しくなるのではないかと心配する人もいるだろう)と、このタイミングでの辞任はいかがなものかと問うている。

   果たして、川淵氏にバトンタッチして、すっきりした気分で、オリンピック開催は可能なのだろうか。そもそも論にもなるが、国民はオリンピックの開催を心から歓迎しているだろうか。1964年の東京オリンピックは高度経済成長の真っただ中での開催だったので、国民のモチベーションも上がった。人口減少が続き、膨れ上がる赤字国債を誰が返済するのかという議論が出ているのに、さらに1兆6440億円の開催経費をかけてまでオリンピックを実施する意義はどこにあるのか。直近の世論調査でも、コロナ禍でオリンピックをどのようなカタチで開催すべきかとの問いで、「中止する」が38%で最も多く、「観客の数を制限」29%、「無観客」23%と続く(2月8日付・NHKニュースWeb版)。

   2025年開催の大阪・関西万博にしてもしかり。インターネットで情報が飛び交う時代に、万博で何か得るものがあるのだろうか。こうしたイベントで経済効果を期待すること自体、時代に合わなくなった「オワコン」(終わったコンテンツ)ではないだろうか。オリンピックにしても、万博にしても、「夢よ再び」の時代ではない。

⇒12日(金)朝・金沢の天気     はれ