#コラム

★晴れ間に浮かぶアートっぽい雪中の景色

★晴れ間に浮かぶアートっぽい雪中の景色

   北陸に降っていた雪もけさ午前8時過ぎには止んで青空が見えてきた。大雪は峠を越えたようだ。先ほど自宅周囲を物差しで測ると積雪は35㌢だ。きのうより8㌢かさ上げしている。晴れ間の庭の様子を撮影してみた。

   玄関で面白い文様が描かれている。玄関には横線が幾重にも入った門扉がある。日差しがその横線を雪面に映している=写真・上=。現代アートのようにも思えるが、見ようによってはシマウマが寝そべっているようにも。

   雪吊りが施されたウメの木。かなりの老木なのだが、雪吊りに支えられて枝を保っている。その下にはイチイの木が植わっている。ふだんはウメを見て、イチイの木を別々に見ている。そこに雪が被ると、一体に見える。まるで、白い衣装をまとったバレリーナが踊っているかのように錯覚した=写真・中=。

   雪中の芸術といえば、やはり雪吊りと樹木、そして雪のマッチィングではないだろうか。青空を突きさすように伸びた雪吊りの先、そして天を上るような雲のようにも見える枝葉に積もった雪=写真・下=。雪吊りで代表的な「りんご吊り」で、五葉松などの高木に施される。木の横に孟宗竹の芯(しん)柱を立てて、柱の先頭から縄を17本たらして枝を吊る。パラソル状になっているところが、アートのように見える。と同時に「雪圧」「雪倒」「雪折れ」「雪曲」といった樹木への雪害を防いでくれている。

   この時節、周囲の庭木の雪吊りを眺めながら、スコップで雪すかし(除雪)をする。玄関前の雪を側溝に落とし込む。ちょっとした運動でもある。晴れ間に雪中のアートっぽい景色を楽しみながら、35㌢の積雪と向き合う。

⇒7日(月)午前・金沢の天気     はれ

☆「値上げ寒波」 ガソリン高騰どこまで

☆「値上げ寒波」 ガソリン高騰どこまで

   「立春寒波」の雪は止まない。金沢地方気象台は昨夜、大雪警報を石川県加賀地方に出していてたが、現在は注意報に切り替わり、しんしんと雪が降り続いている。きのうから一夜明けた写真(上)ときのうのブログの写真を比べると、マツの木の枝や電線に積もった雪からも分かるように、積雪はかなり増えた。自宅周囲を物差しで測ると積雪は27㌢だ。きのうの撮影時は5㌢ほどだった。降雪はきょう夕方まで続く。

   「値上げ寒波」も強烈だ。何度か給油したことがある市内のガソリンスタンドの前を通ると「会員価格レギュラー170円」の表示が出ていた=写真・下=。ほかのスタンドでも「168円」の表示が目立つ。この燃料価格の高騰には国・政府も焦っているようだ。

   日経新聞Web版(4日付)によると、経済産業省は今月10日から、ガソリンや灯油など燃料価格の急騰を抑える補助金を上限の1㍑あたり5円に引き上げる見通しだ。最近の原油価格の高騰を反映し、現在の支給額の3.7円から上積みする。10日から1週間適用する。全国平均のガソリン価格を1㍑あたり170円に抑えるための激変緩和策だが、原料となる原油コストの上昇を補助金で相殺しきれず、補助金がすべて価格の抑制に回っても小売価格は170円に収まらなくなる。補助金は石油元売り各社に支給する。その分をガソリンと灯油、軽油、重油の卸値から差し引いてもらい給油所などの小売価格の上昇を抑える。

   このニュースで、経産省の緩和策に違和感を持った。そもそも、ガソリン価格が上昇したときに、石油元売り会社に補助金を支給するというのはおかしな話だ。この政策を立案した経産省の役人は自ら乗用車を運転して給油した経験がないのではないか。というのも、ガソリンの店頭価格を決めているのはガソリンスタンドを運営する会社であって、石油元売り会社ではない。元売り会社は同じでも、写真のガソリン価格で販売しているスタンドもあれば、「164円」で販売しているスタンドもある。それぞれ地域の事情に応じた価格競争がある。ある意味、これが自由主義経済の原則というものだ。

   経産省の狙いは石油元売り会社に補助金を支給することで、元売り会社を通じてそれぞれのスタンドの価格設定について圧力をかけるということではないのか。いわゆる「価格統制」だ。近所のスタンドのガソリンが高くなれば、消費者は1円でも安いスタンドに行く。それでも高くなれば、バスや電車などに切り替える、あるいは車の乗り合いをするものだ。その価格を考え、どのスタンドで買うか、あるいは買わないかを判断するのは消費者だ。

   むしろ、石油元売り会社に補助金を支給するよりは消費者に還元すべきではないのか。たとえば、ガソリンが1㍑170円以上になった場合、給油スタンドで発行されたレシートをコンビニに持って行けば、その差額分で買い物ができるようにすればいい。さらにガソリン価格が将来つり上がるようならば、おそらくEV車への乗り換えが一気に加速する。

⇒6日(日)午前・金沢の天気    ゆき

★立春寒波 ひたすら待つ「三寒四温」と「ぼんぼら風」

★立春寒波 ひたすら待つ「三寒四温」と「ぼんぼら風」

   「立春寒波」がやって来た。金沢地方気象台は北陸の上空5000㍍にマイナス36度以下の強い寒気が流れ込み、金沢などの平野部でも大雪となるおそれがあるとニュースで伝えている。きょう5日午後6時までに降る雪の量は多いところで加賀地方の平野部で20㌢、山沿いで60㌢、能登地方は平野部と山沿いともに30㌢と予想されている。発達した雪雲が同じ地域に流れ込み続けた場合は、6日にかけて警報級の大雪になる見通し、とか。発表を聞いただけで震える。

    けさ午前7時ごろの積雪は自宅周囲で5㌢ほど。これからが本番なのだろう。庭を眺めるとロウバイの黄色い花にうっすらと雪がかぶっていた=写真・上=。ロウバイは大寒から立春の時節に咲く。ロウバイの木に近づこうとすると、雪面から野鳥が1羽、驚いたように飛び立っていった。よく見えなかったが、目のふちが黒っぽく、尾羽が長めだったので、セキレイではなかったか。

   雪と花と鳥のイメージで何気なく思い出したのが、4年前、石川県立美術館(金沢市出羽町)で開催されていた伊藤若冲の特別展の『雪中雄鶏図』だった=写真・中、図録より=。竹や残菊に雪が積もる様子、そして雄のニワトリが餌を探して雪面をくちばしで突く絵は妙にリアリティと存在感があった。

   そして、この降雪で自宅周辺はまるで水墨画のような世界となった=写真・下=。金沢には古くから「一里一尺」という言葉がある。金沢地方気象台が発表する積雪量は、海側に近いところにある同気象台での観測であり、山側にある自宅周辺とでは積雪の数値が異なる。山側へ一里(4㌔)行けば、雪は一尺(30㌢)多くなる。

   今回の立春寒波はJPCZ(日本海寒帯気団収束帯)と呼ばれる発達した列状の雲だ。今後雪はさらに深まるだろう。この時季、北陸人はひたすら寒さに耐えながら春の気配が日に日に高まる「三寒四温」を待つ。そして、春一番の南風が吹くと、加賀や能登では「ぼんぼら風が吹く」と言って気持ちが踊り出すくらいにうれしくなる。「ぼんぼら」は生暖かいという意味だ。そして、新型コロナウイルス感染もきのう県内は551人と猛威が止まない。三寒四温のように徐々に治まってほしいと願うばかりだ。

⇒5日(土)午後・金沢の天気      ゆき

☆北京オリンピック 健康管理アプリから漏れ出る情報とは

☆北京オリンピック 健康管理アプリから漏れ出る情報とは

   このブログでは「不都合な真実」という言葉をたびたび使っている。一見して正論のように見えて、奥にはとてつもない矛盾やたくらみがあったりするとそのような表現をする。アメリカのクリントン政権で副大統領を務めたアル・ゴア氏が主演するドキュメンタリー映画『不都合な真実 (An Inconvenient Truth)』で、地球温暖化の裏側で起きている石油業界と政治の癒着を指摘した。15年前に鑑賞した映画だった。

   今また不都合な真実が見えてきた。総理官邸公式ホ-ムページに掲載されている松野官房長官の記者会見(3日午後)=写真・上=で、産経新聞記者から質問があった。それは、北京オリンピックで新型コロナウイルス感染など健康状態を管理する中国の公式アプリについて、すでに7ヵ国1000人の選手は情報の抜き取りなどを懸念して「使い捨てスマホ」に切り替えているとして、日本政府の対応を質した。これに対して、松野官房長官はスポーツ庁がJOCを通じて選手側に対し、帰国後は速やかにアプリを削除するなどの注意点を伝えていることを明らかにした。

   中国は各国の代表団やメディアに対し、入国14日前に公式アプリ「MY2022」のスマホへのインストールを義務づけ、入国後は毎日の体温の登録などを求めている。ところが、このアプリについては中国当局による監視や情報の抜き取りへの懸念が広がっている。BBCニュースWeb版(1月18日付)は「Winter Olympics: Athletes advised to use burner phones in Beijing」(北京冬季五輪: 必須アプリのセキュリティーに懸念 プリペイド携帯使用を推奨する国も)の見出しで特集を組んだ=写真・下=。サイバーセキュリティーの研究団体によると、問題のアプリには「検閲キーワード」が埋め込まれているのが見つかった。検閲キーワードは発信者がその言葉を使った場合、当局が発信者の氏名や内容などをチェックできるとされる。

   こうしたことを重く見たアメリカ、カナダ、イギリス、ドイツ、スウェーデン、スイス、オランダの欧米各国は、中国の通信回線を通じて個人情報が盗まれたり、行動を監視されることを警戒し、自国選手に個人所有のスマホやノートパソコンを持ち込まないようにと注意し、プリペイド携帯に替えるよう呼びかけているという。上記の松野官房長官の発言も、アプリは必要最小限の使用にとどめ、帰国後は速やかにアプリを削除することや、アプリを導入する端末を別途用意するのが望ましいこと、さらに違和感があった場合は「内閣サイバーセキュリティセンター」などに連絡するよう呼び掛けた。

   では、中国はどのような情報を入手したいのだろうか。以下は憶測だ。オリンピック選手には軍の関係者もいる。たとえば、今回の北京オリンピックではバイアスロンとクロスカントリースキーの2種目の日本代表選手のうち7人が自衛隊所属だ。中国とすれば、どのような会話や情報が7人の中で、あるいは自衛隊本部と交わされているのかチェックしたいのではないか。あくまでも憶測だ。健康管理アプリという名の情報管理アプリ、まさに不都合な真実だ。アプリは必要最小限の使用にとどめ、帰国後は速やかに削除することを願う。

⇒4日(金)午後・金沢の天気     あめ時々みぞれ

★現場を行く~金沢の団地の下で土砂崩れ

★現場を行く~金沢の団地の下で土砂崩れ

   この現場の様子を見て、昨年7月3日に静岡県熱海市で起きた土石流を思い起こした。濁流が住宅地を飲み込み23人の死亡が確認された。金沢のこの現場では家屋や人的被害は出ていないが、土砂崩れ現場の上の住宅地の人々は眠れない日々を送っているに違いない。

   報道によると、今月1日午前2時10分ごろ、金沢市東長江町の団地の下の斜面が高さ40㍍、幅20㍍で崩落した=写真、撮影2日午後4時16分=。市は近くのおよそ30世帯に避難指示を出していたが、2日午後4時に解除した。また、斜面の崩落の影響で周辺の206世帯が断水していたが、2日午前7時までに解消した。

   現場は急斜面で2008年に石川県の土砂災害特別警戒区域に指定され、金沢市がハザードマップで注意を呼びかけていた。金沢の外環状道路山側幹線という国道159号の道路沿い。自身も乗用車で能登へ行く際によく利用する道路でもあり、ニュースを知って現場がイメージできた。

   この地域の地層は「大桑層(おんまそう)」と呼ばれる砂が固まってできた地盤で、貝の化石などが出土することで知られるが、一方で水を含むと緩みやすい。2017年7月1日に県内に大雨洪水警報が出されたときも、この近くで土砂崩れがあったと記憶している。

   では、今回は大雨もなかったのになぜ土砂崩れが起きたのか。地盤を専門とする大学の研究者がテレビ局のインタビューに答えていた。1月中旬に降った雪が解けて土が水を含んだ、あるいは、宅地造成からおよそ50年経ていて、団地の上の貯水施設からの配水管パイプが老朽化して水が漏れている可能性があると指摘だった。これを裏付けるように、別のテレビ局のインタビューに住民が土砂崩れの前日、現場周辺の道路を通った際にへこみを感じていたこと、以前、現場付近の配管から水が漏れていたことなどを証言していた。

   「災難の先触れはない」とよく言われるが、今回は予兆があった。国道沿いでもあり、行政には早期の復旧を願いたい。

⇒3日(木)午前・金沢の天気    くもり時々みぞれ

☆現場を行く~海上の空で消えたF-15戦闘機~

☆現場を行く~海上の空で消えたF-15戦闘機~

   その現場は、源義経が都落ちして平泉に向かうとき、武蔵坊弁慶が杖で義経を叩いて検問をくぐり抜けたという歌舞伎『勧進帳』などの伝説で知られる「安宅の関」(石川県小松市)の沖合だった。31日午後5時30分ごろ、航空自衛隊小松基地を離陸したF-15戦闘機一機が基地から西北西におよそ5㌔離れた日本海上空でレーダーから機影が消えた。この戦闘機にはパイロット2人が搭乗していた。戦闘機から異常を知らせる無線連絡やパイロットが脱出する際に発せられる救難信号は感知されていない。パイロットはまだ見つかっていない。

   きょう午後2時ごろ、「安宅の関」近くの海岸に行き、捜索の様子を眺めた。目視で4隻の船が捜索に当たっていた。一隻は海上自衛隊の潜水艦救難艦「ちはや」だった=写真・上=。潜水艦救難のためにDSRV(深海救難艇)、ROV(無人潜水装置)など装備している。確認できたもう一隻は海上保安庁の巡視艇だった=写真・下=。また、海岸沿いでは基地の隊員数人が海岸を見回っていた。機体の残骸などが打ち上げられていないか、確認しているようだった。航空自衛隊は1日付の報道発表で、浮遊物として、航空機の外板等の一部と、救命装備品の一部を回収したと発表している。

   同じく1日付の報道発表「小松基地所属F-15戦闘機の航跡消失について(第3報)」で2人の搭乗員について氏名を公表している。「搭乗員(前席)は、航空戦術教導団飛行教導群司令1等空佐、田中公司52歳、搭乗員(後席)は同飛行教導隊1等空尉、植田竜生33歳」。「飛行教導群」は戦闘機部隊に対する技術指導を行うベテランパイロットが所属している。

   岸防衛大臣の会見(1日午前)では、すでに事故調査委員会を航空幕僚監部に設置。「今回の場合は純粋に訓練に向かう途中の単独の事故ということであり、そういった意味での飛行停止は求めていない」と語っていた。が、報道によると、きょう2日、小松基地の石引司令がF-15戦闘機の事故後初めて小松市役所に宮橋市長を訪ねて事故の件を謝罪し、「すべての訓練飛行を見合わせている」と説明した。

⇒2日(水)夜・金沢の天気      あめ

★ベテランパイロット操縦の戦闘機、なぜ墜ちたのか

★ベテランパイロット操縦の戦闘機、なぜ墜ちたのか

  「ジェット戦闘機」という言葉が脳裏に焼き付いたのはこの事故だった。1969年2月8日午前11時59分、金沢市泉2丁目の住宅街に航空自衛隊小松基地の「F104J」戦闘機が墜落し、死者4人、負傷者22人、全焼17戸という大惨事だった=写真・上は1969年2月8日付・北國新聞夕刊=。墜落の原因は落雷で、パイロットは脱出し、無人の戦闘機が市街地を直撃した。翌年入学した高校が墜落現場から1.5㌔離れたところにあったことから、何回か現場を見に行ったことを覚えている。当時は「70年安保粉砕」「自衛隊違憲」が盛り上がっていたころで、社会が騒々しく動いていた。

   53年前の墜落事故を思い起こさせる事故がきのう31日に起きた。NHKニュースWeb版(1日付)によると、午後5時30分ごろ、小松基地のF15戦闘機1機が訓練のために離陸したあと、基地から西北西におよそ5㌔離れた日本海上空でレーダーから機影が消えた=写真・下=。この戦闘機は「飛行教導群」と呼ばれる部隊の2人乗りの機体で、パイロット2人が搭乗していた。防衛省や海上保安庁が捜索した結果、消息を絶った周辺の海上でこの戦闘機の外板や救命装備品のそれぞれ一部が見つかった。パイロットはまだ見つかっていない。

   記事を読んで考え込んだのは、自衛隊の説明によると、「飛行教導群」は戦闘機部隊を教育する任務に当たっていて、高い技術が求められる航空自衛隊の戦闘機パイロットの中でも精鋭が集められている、ということだ。パイロットの中でもベテラン中のベテランだ。戦闘機から異常を知らせる無線連絡やパイロットが脱出する際に発せられる救難信号は感知されていない。一瞬の出来事だった。事故は単なる操縦ミスなどはなく、予期せぬ落雷か、あるいはそれに相当する何かの異変が起きたのか。

   同基地のF15戦闘機は領空侵犯をする可能性がある飛行物体に対してスクランブルをかける任務に当たっている。

⇒1日(水)午後・金沢の天気    くもり時々あめ  

☆佐渡金山を深堀りすれば

☆佐渡金山を深堀りすれば

   去年秋に佐渡の金山を見学した。佐渡市で開催された「GIAHS(世界農業遺産)認定10周年記念フォーラム」(10月29-31日)のエクスカーションだった。中学生の歴史教科書にも出て来るように、佐渡金山は徳川幕府の直轄の天領として奉行所も置かれ、金銀の採掘のほか小判の製造も行われていて幕府の財政を支えた。

   ガイドの女性の案内で坑道に入って行き、最前線で鉱石を掘る「金穿大工(かなほりだいく)」と呼ばれた採掘のプロたちの説明があった。坑道で使われた器具の中で、「水上輪(すいしょうりん)」も興味深かった。長さが「9尺」(2.7㍍)ある円錐の木筒で、内部にらせん堅軸が装置されている。上端についたハンドルを回転させると、水が順々に汲み上げられて、上部の口から排出される仕組みになっている。紀元前3世紀にアルキメデスが考案したアルキメデス・ポンプを応用したものだという。

   水上輪は坑道の安全を守るために必要だった。地下に向かって鉱石を掘れば掘るほど水が湧き出るため、放っておけば坑道が水没する恐れがあった。そこで、手動のポンプである水上輪を導入し、水を汲み上げて排水溝に注いだ。ただ、ハンドルを回すのは相当な力仕事だった。水上輪だけでなく、桶でくみ上げる作業と合わせて坑道の排水作業は「水替人足(みずかえにんそく)」の仕事だった。

   そこで、ガイドの女性に質問した。「水替人足はどんな人たちだったのですか。島流しの人たちですか」と。すると、ガイドは「そうおっしゃる方もいますけど、佐渡金山は流刑の地ではありません。水替人足は無宿人(むしゅくにん)と呼ばれた人たちが行いました。無宿人は凶作や親から勘当を受けるなどさまざまな理由で故郷を離れ江戸や大阪にやってきた人たちで、江戸後期(安政7年=1778)から幕末までの記録で1874人が送られてきたそうです」と。重い罪で島流しになった「流人」とは異なる人たちだった。「そうなんですね。認識不足で申し訳ありません」と詫びた。

   幕府の鉱山開発の拠点となった佐渡へは日本各地から山師、測量技術者、商人などが集まり人口も急増した。食糧需要が増えて島の農民はコメに限らず換金作物や消費財の生産で潤った。豊かになった島の人々は武士のたしなみだった能を習った。いまでも島内の能舞台は33ヵ所あり、国内の能舞台の3分の1は佐渡にある。

   そうした佐渡金山について、岸田総理は28日、ユネスコ世界文化遺産の候補として推薦する方針を表明した。推薦期限となるあす2月1日に閣議了解を得て、2023年の登録を目指す。今回の推薦について、韓国は佐渡金山で「強制労働」があったと反発している。佐渡金山の申請対象は、韓国側の主張と直接関係ない「江戸時代まで」に限定している。登録までには紆余曲折も予想されるが、歴史遺産が対立の火種にならないよう願いたい。

⇒31日(月)午後・金沢の天気      はれ

★大陸間弾道ミサイル発射再開の地ならしか

★大陸間弾道ミサイル発射再開の地ならしか

    ことしに入って7回目のミサイル発射だ。松野官房長官はきょう午前9時、臨時会見を行った。総理官邸公式ホームページに掲載された会見動画によると、北朝鮮はきょう7時52分ごろ、北朝鮮内陸部から弾道ミサイル1発を東方向に発射。最高高度はおよそ2000㌔、飛しょう時間は30分、およそ800㌔を飛しょうし、日本海側のEEZ外に落下したものと推定される。付近を航行する航空機や船舶および関係機関への被害などは確認されていない。

   気になるのは、最高高度が2000㌔ということは、打ち上げ角度を高くする、いわゆる「ロフテッド軌道」型の弾道ミサイルということだ。2017年5月14日に発射した中距離弾道ミサイル(IRBM)級の新型弾道ミサイルは、2000㌔を超える高度に達した上で800㌔飛しょうさせている。さらに、同じ年の11月29日に発射した大陸間弾道ミサイル(ICBM)級新型弾道ミサイルは4000㌔を超える高度に達し、1000㌔を飛しょうした。ここから推測できることは、北朝鮮はICBMの発射の地ならしを始めたのではないか、ということだ。

   北朝鮮は今月19日に開いた朝鮮労働党の政治局会議で「アメリカ帝国主義との長期的な対決に徹底して準備しなければならない」とする方針を決定し、2018年に中止を表明していたICBMの発射実験や核実験については見直しを検討するとしている(1月27日付・NHKニュースWeb版)。

   このブログでは日本海側に住む者の一人の危機感として、北朝鮮のミサイル発射の動向をその都度記している。この1ヵ月で7回の発射は異常で、ミサイルの多様化には異様さを感じる。今月5日は極超音速の弾道ミサイルだった。11日の弾道ミサイルも極超音速型で、ミサイルから分離された弾頭が1000㌔先の目標に命中した。14日には鉄道から短距離弾道ミサイル2発を発射。17日に戦術誘導弾として弾道ミサイル2発を日本海上の島に「精密に打撃」した。25日にも長距離巡航ミサイル2発を「9137秒飛行し1800㌔先の島に命中」させている。6回目の27日は2発の戦術誘導弾を標的の島に「精密に打撃」、爆発威力は「設計上の要求を満たした」ものだった。

   そしていよいよ大陸間弾道ミサイル発射を再開させ、「ロケットマンが自殺行為の任務を進めている」(2017年9月、アメリカのトランプ大統領の国連総会演説)のステージに逆戻りするのか。

(※写真は、2020年10月の北朝鮮軍事パレードで登場した新型ICBMと見られる弾道ミサイル、令和4年1月・防衛省発表資料「北朝鮮による核・弾道ミサイル開発について」より)

⇒30日(日)午後・金沢の天気    くもり時々はれ

☆若者の地方移住は「デジタル田園都市構想」のチャンス

☆若者の地方移住は「デジタル田園都市構想」のチャンス

   総務省がきのう28日発表した「住民基本台帳人口移動報告」の報道資料を読むと、東京23区では、2021年の年間の転出者は38万2人、転入者は36万5174人で、初めて転出が転入を上回った。メディア各社は、東京一極集中の流れに変調などと報じているが、若者を中心に大都会から農山漁村への移住はこの時代のトレンドだと読んだ。そして、少々突飛かもしれないが、「デジタル田園都市構想」にチャンスが訪れたのはないか。

   現在のこのトレンドは、新型コロナウイルスの感染拡大で、テレワークという働き方の概念が急速に普及して、生活を地方に移す社員が増えたことが影響している。さらに、副業を認める会社では、社員が地方でやってみたいことにチャレンジするという副業型移住も増えている。

   身近な事例で言えば、能登半島へも「田舎暮らし」を求めて大都会からさまざまな感性や技能を持った若者たちがやって来ている。その顔ぶれは東京など大都会などからのIT企業の社員が多い。最近では企業そのものが本社機能を一部移転するカタチでやって来る。なぜ移住者の顔が見えるのかというと、2007年に金沢大学は社会人の人材育成事業「能登里山里海マイスター養成プログラム」を始め、自身も関わった。あれから15年、修了生は203人に及んでいる。15年間、移住の若者たちと接して、今回のコロナ禍における都会からの田舎暮らしのトレンドは第2波のように思える。

   その第1波は2011年の東日本大震災の後だった。それまで地元の若者が多かったこのマイスタープログラムに首都圏からの移住者が目立つようになった。そのときもITエンジニアやITデザイナーなどの技能を有する人たちだった。面接で彼らに移住の動機を尋ねると、「パーマカルチャー」という言葉が返ってきた。パーマカルチャー(パーマネント・アグリカルチャー、持続型農業)は農業を志す都会の若者たちの間で共通認識となっている言葉だった。天変地異が起きたとき、人はどう生きるか、それは食の確保だ。それを彼らは「農ある生活」ともよく言う。

   冒頭の「デジタル田園都市構想」は政府が目指している政策だ。「地方からデジタルの実装を進め、新たな変革の波を起こし、地方と都市の差を縮めていくことで、世界とつながる『デジタル田園都市国家構想』の実現」(内閣官房公式ホ-ムページ)だ。震災やコロナ禍で実際に田舎暮らしをしているITエンジニアやITデザイナーには「田園都市」という地方の実情がよく見えている。どう世界とつながる「デジタル田園都市」に変革すべきかという構想や提案を描いている人もいるはずだ。こうした若者たちに地方からのデジタル実装を託すビッグチャンスが到来しているのではないだろうか。

⇒29日(土)夜・金沢の天気       くもり時々あめ