#コウノトリ

☆トキより先にコウノトリがやって来た

☆トキより先にコウノトリがやって来た

   これは絶妙なタイミングと言えるかもしれない。きょうの各紙朝刊によると、能登半島の志賀町で営巣していた国特別天然記念物のコウノトリのつがいからひな3羽が誕生した=写真・上=。石川県内でのひなの誕生は1971年に日本で野生のコウノトリが絶滅して以来初めて。能登の自治体は同じく国の特別天然記念物トキの野生放鳥の候補地として環境省に名乗りを上げているので、コウノトリのひな誕生は追い風になりそうだ。

   記事によると、ひなを育てているつがいは足環のナンバーから、兵庫県豊岡市で生まれたオスと、福井県越前市生まれのメスと分かる。4月中旬に近隣住民が電柱の上に巣がつくられているの発見し、町役場がメスが卵を抱いている様子を定点カメラで確認した。5月下旬には親鳥がひなに餌を与え、3羽が巣から顔を出した。ひなが順調に育てば、8月上旬ごろに巣立つという。

   コウノトリは江戸時代までの身近に見られた鳥だった。留鳥として日本に定住するものがほとんどだった。明治以降、餌場となる湿地帯や巣をかけることのできる大きな木が少なくなったこと、農薬や化学肥料の使用によって餌となる水生生物が減ったことなどが災いし、1971年に野生のものが絶滅した。その後、人工繁殖・野生復帰計画は豊岡市にある兵庫県立コウノトリの郷公園が中心となって担い、中国や旧ソ連から譲り受けたコウノトリ(日本定着のものと同じDNA)を元に繁殖に取り組んだ。現在国内での野外個体数は244羽が生息する(5月31日付・兵庫県立コウノトリの郷公園公式サイト)。

   もう14年も前のことだが、能登半島の先端・珠洲市の水田にコウノトリ=写真・下=が飛来していると土地の人から連絡をもらい、観察にでかけた。3時間ほど待ったが見ることはできなかった。そのとき聞いた話だ。この水田地帯には多くのサギ類もエサをついばみにきている。羽を広げると幅2mにもなるコウノトリが優雅に舞い降りると、先にエサを漁っていたサギはサッと退く。そして、身じろぎもせず、コウノトリが採餌する様子を窺っているそうだ。ライオンがやってくると、さっと退くハイエナの群れを想像してしまった。堂々したその立ち姿は鳥の王者を感じさせる。(※写真は2008年6月・珠洲市で坂本好二氏撮影)

⇒11日(土)午後・金沢の天気      くもり

★「コウノトリ」ストーリーの商品展開

★「コウノトリ」ストーリーの商品展開

  先日このブログで「世界が認める『生き物ブランド米』」(2月10日付)と題して、兵庫県但馬地域のブランド米「コウノトリ育むお米」がフランスへの輸出を始めることになったとNHKニュースWeb版(2月9日付)の記事を引用して書いた。地元のJAが特別天然記念物、コウノトリの野生復帰を促す活動に協力するため、農薬や化学肥料をできるだけ使わない環境に配慮した栽培方法で稲作を進めていて、ブランド米としての評価が高まった。動植物と共生する稲作づくりで販売するコメは「生き物ブランド米」と称される。佐渡市の「トキ米」と並び、ブランド米の代名詞だ。

   先日、金沢のスーパーで『コウノトリの郷のおかき屋さん』という袋を見つけてさっそく購入した=写真・上=。兵庫県豊岡市で栽培するモチ米でつくっていて、「生き物ブランドせんべい」と言えるだろう。となると、当然「生き物ブランド酒」もあってしかるべき。実際にある。『コウノトリの贈り物』という銘酒だ。前回のブログの繰り返しになるが、なぜそのような銘柄がついたのかストーリーをたどる。

   豊岡は古くからコウノトリが舞い降りる名所だった。ところが、戦時中には巣をつくる営巣木のマツが大量に伐採され、さらに、戦後はコメの増産から農薬が普及して、田んぼにはコウノトリのエサとなるカエルやドジョウなどが激減し、コウノトリもほとんど見かけなくなった。そこで、2005年9月に「コウノトリの里」の復元を目指して、秋篠宮ご夫妻を招いてコウノトリの放鳥が行われた。カゴから飛び立った5羽のうち一羽が近くの田んぼに降りてエサをついばみ始めた。その田んぼでは有機農法で酒米フクノハナをつくっていた。金沢の酒蔵メーカー「福光屋」が豊岡の酒米農家に「農薬を使わないでつくってほしい」と依頼していた田んぼだった。

   このことがきっかけでJAなどが中心となってコウノトリにやさしい田んぼづくりを始めるようになった。農家の人たちは除草剤など使わず、手作業で草を刈るようになった。その後、豊岡ではコウノトリが野生復帰した。コウノトリが舞い降りる田んぼの米「コウノトリ米」には付加価値がついた。コウノトリを見ようと毎年50万人が訪れ、エコツーリズムの拠点にもなった。福光屋は豊岡での限定販売で『コウノトリの贈り物』という純米酒を造っている=写真・下=。

   この物語は金沢では知られてはいないし、一般の酒屋で『コウノトリの贈り物』も販売されていない。そこで、福光屋に問い合わせると「本社のみで販売しております」との返事だった。同社のホームページをチェックすると、通信販売も可能だ。せっかくなので足を運んだ。

   1本750㍉㍑が1650円。購入しただけでも満足度が高まる。それが「ストーリー買い」というものだ。さらに、収益の一部は「豊岡市コウノトリ基金」に寄付されると記載されていた。駄目押しのセリフだ。コウノトリのストーリー展開は実に奥深い。

⇒3日(水)午後・金沢の天気     はれ

★世界が認める「生き物ブランド米」

★世界が認める「生き物ブランド米」

   あさニュースをチェックしていて目に留まる記事は、「環境」や「エコロジー」といったワードが入っていたりする。NHKニュースWeb版(2月9日付)の記事。兵庫県北部の但馬地域のブランド米「コウノトリ育むお米」は、国の特別天然記念物、コウノトリの野生復帰を促す活動に協力するため、農薬をできるだけ使わずに作られている。ブランド米を販売する地元の農業協同組合が、フランスへの輸出を始めることになった。環境に配慮した栽培方法をアピールし、環境問題への関心が高い現地のニーズを取り込みたいとしている。

   今月下旬にもフランス南部のマルセイユにおよそ100㌔を輸送し、日本の食材を扱う小売店などに卸す予定だという。このブランド米はすでにアメリカやアラブ首長国連邦など世界6ヵ国に輸出しているが、ヨーロッパへの販路拡大は初めて(同)。

   この記事を読んで、豊岡とコウノトリの「物語」を思い出した。豊岡にはコウノトリが舞い降りる名所だった。ところが、戦時中には巣をつくる営巣木であるマツが大量に伐採され、さらに、戦後はコメの増産から農薬が普及して、コウノトリは激減していた。そこで、2005年9月に「コウノトリの里」の復元を目指して、秋篠宮ご夫妻を招いてコウノトリの放鳥が行われた。カゴから飛び立った5羽のうち一羽が近くの田んぼに降りてエサをついばみ始めた。その田んぼでは有機農法で酒米をつくっていた。金沢の酒蔵「福光屋」が酒米農家に「農薬を使わないでつくってほしい」と依頼していたものだった。

   このことがきっかけでJAなどが中心となってコウノトリにやさしい田んぼづくりを始めるようになった。その後、豊岡ではコウノトリが野生復帰した。農家は農薬を使わず、手で雑草を取っているという光景がみられるようになった。コウノトリが舞い降りる田んぼの米「コウノトリ米」には付加価値がついた。それをブンラド化した。コウノトリを見ようと毎年50万人が訪れ、エコツーリズムの拠点にもなった。福光屋は地元での限定販売で「コウノトリの贈り物」という純米酒を造っている。

   こうした、生き物と稲作が共生することで、コメの付加価値を高めることを「生き物ブランド米」と呼んでいる。まさに、豊岡の成功事例がお手本となった。自身もこれまで、新潟県佐渡市の「トキ米」や、地元石川県白山市での「ホタル米」などを見学したことがある。農家の人たちは実に熱心でブランド価値を高めることに余念がない。有機農業はヨーロッパなど世界では常識だが、それにさらに生き物を冠してのブランド米となると注目されるかもしれない。ヨーロッパでは「赤いクチバシ」のコウノトリは幸せを運んでくると言われるそうだ。

(※写真は、「JAたじま」公式ホームページより)

⇒10日(水)朝・金沢の天気    はれ