★能登の日常や伝統行事を染める「赤・朱・紅」色の文化
このブログを読んでくれている知人からメールが届いた。「能登って赤尽くしですね」と。きのう19日付でアップした「☆春の訪れを深紅の花で彩る 金沢で『のとキリシマツツジ』観賞会」、今月16日付「☆JR金沢駅ドームに能登キリコ 新幹線金沢開業10年と能登復興のシンボルに」、今月9日付「★観光列車『花嫁のれん』運行再開 当面は団体ツアー専用も能登の観光復興に弾み」の画像の被写体が赤色で印象深いとのメールの内容だった。そう指摘されて、自身も初めて気が付いた。
振り返って、3画像をもう一度見てみる。能登半島を走る観光列車「花嫁のれん」の車体は確かに赤く塗られている。「花嫁のれん」はかつての加賀藩独特の婚礼行事がいまも半島中ほどに位置する七尾市に伝わっている。花嫁が持参したのれんを嫁ぎ先の家の仏間の入り口に掛けてくぐる。花嫁のれんをくぐることで、嫁ぎ先の家族一員となる証(あかし)とされる。その花嫁のれんのデザインは赤や白、青などの模様が使われているが、印象的には赤のイメージが強い。そこで、列車を車体を赤で染めたのだろう。これは憶測だ。
能登の伝統行事である祭りのキリコが北陸新幹線の開業10年を迎え、JR金沢駅前の「もてなしドーム」で設置され話題を呼んだ(※現在は撤去されている)。高さ6㍍ほどのキリコで、半島の尖端に位置する珠洲市上戸町から持ち込まれたもの。上戸のキリコは毎年8月の第一土曜日の地域の祭りに担ぎ出され、鉦や太鼓の響きとともに街中を練り歩く。今回のお披露目は、新幹線開業10年のイベントが行われた今月15日に合わせて、金沢市の呼びかけで珠洲市から出張してきた。幾何学的なドームの天上の模様と、キリコの立ち姿が妙にマッチしていて、じつに絵になっていた。
そして、のとキリシマツツジの紅色。金沢市の中心街にある「しいのき迎賓館」で展示会が開催された。能登町のツツジ愛好家らで結成する「花の力」プロジェクト実行委員会が観賞展を金沢で始めてことしで7年目となる。去年元日の能登半島地震後の3月にも観賞展を開催し、燃え盛るような満開の深紅の花が被災地から金沢に2次避難してきた人たちを励ました。今回も樹齢35年から100年の6鉢が展示され、故郷の花の観賞に能登出身の人たちが多く訪れていた。
確かに能登では赤系のものがいろいろ楽しめる。英語では「レッド」で表現される赤は、日本語では「赤」「朱」「紅」などと色の深みによってあてる文字が異なる。能登の人たちはその微妙な色の違いを楽しんでいるのかもしれない。
⇒20日(木)夜・金沢の天気 くもり
き渡る。高さ6㍍ほどのキリコが柱たいまつの火の粉が舞う中を勇ましく練り歩く。神輿2基とキリコ37基が港湾側の祭り広場に集った。キリコの担ぎ手は老若男女で衣装はそれぞれ。キリコに乗って鉦と太鼓をたたく、笛を吹く囃子手(はやして)にも女性も多くいた=写真・上=。
争心をむき出しにして元気よくキリコを担ぐ、そのような言い伝えのある祭りなのだ。
先日、能登町の実家に行く際、う回路の穴水町を経由した。道路はどこもかしこもヒビ割れて隆起し、傾いていまにも崩れそうな家屋も多い。のと鉄道「穴水駅」近くにある穴水大宮の前を通ると、鳥居や手水舎(てみずしゃ)が無残にも崩れ落ちていた=写真=。毎年9月に大宮などを中心に盛大なキリコ祭りが開催される。神輿やキリコ、山車などが曳き出され、提灯や奉灯で長い光の帯ができ、イヤサカヤッサイ、サカヤッサイと男衆の掛け声も勇ましく、笛と鉦、太鼓の囃子が町中に響き渡る。崩れた鳥居や周囲の家屋を眺めると、能登の伝統のキリコ祭りは今後どうなるのかと気がかりになる。
「輪島キリコ会館」に入った。2015年3月にリニューアルオープンしている。展示スペースには、高さ10㍍規模の大キリコが7基と、5㍍ほどのキリコが24基展示されている=写真・上=。直方体のあんどんに、屋根や四本の柱、担ぐための棒などには輪島塗が施され、昇り竜の彫刻に金箔を貼り付けた飾り物などが際立つ=写真・下=。若い衆が激しく動かす祭りのときのキリコのイメージとは違って、まるで装飾品だ。
能登の他の地区では、祭りが終わればキリコの倉庫や、解体して神社の倉庫に仕舞われるが、輪島のキリコはキリコ会館で展示されいて、祭りになるとそのまま担がれて街を練る。祭りが終われば、また会館で展示され、観光客を呼び込むというシステムになっている。輪島でそれが可能になったのは、キリコ会館の周辺には奥津比咩神社大祭(8月22、23日)、重蔵神社大祭(同23日)、住吉神社大祭(同24日)、輪島前神社大祭(同25日)と祭りが集中して、展示にムダがないせいかと推測する。
学生たちが目を輝かせたのは、珠洲市で去年開催された「奥能登国際芸術祭2020+」の展示作品だった。予約によって鑑賞が可能な作品の中から主に3つを選んだ。一つは、「スズ・シアター・ミュージアム『光の方舟』」。家の蔵や納屋に保管されたまま忘れ去られていた民具1500点を活用し、8組のアーティストと専門家が関わって博物館と劇場が一体化した劇場型民俗博物館をオープンした。音、光、民具がアートとなって見る側に感動をもたらす。
ち込み、波と手のひらをモチーフに全面に彫刻を施したもの。学生らがチェーンソーやノミでひたすら木を彫り込んだ力作に圧倒される。
能登の祭りは派手でにぎやかだ。大学教員のときに、留学生たちを何度か能登の祭りに連れて行った。中国の留学生が「能登はアジアですね」と目を輝かせた。キリコは収穫を神様に感謝する祭礼用の奉灯を巨大化したもので、大きなものは高さ16㍍にもなる=写真=。輪島塗の本体を蒔(まき)絵で装飾した何基ものキリコが地区の神社に集う。集落によっては、若者たちがドテラと呼ばれる派手な衣装まとってキリコ担ぎに参加する。もともと女性の和服用の襦袢(じゅばん)を祭りのときに粋に羽織ったのがルーツとされ、花鳥風月の柄が入る。インドネシアの留学生は「少数民族も祭りのときには多彩でキラキラとした衣装を着ますよ」と。留学生たちは興味津々だった。
先日、輪島市門前町の「黒島天領祭」の関係者から電話でヒアリングがあった。黒島はかつて北前船船主が集住した街で、貞享元年(1684)に幕府の天領(直轄地)となり、立葵(たちあおい)の紋が贈られたことを祝って始まった祭礼とされる。輪島塗と金箔銀箔で飾った豪華な曳山=写真=が特徴で、毎年8月17、18日に行われる。自身もこれまで祭りに参加する学生たち40人ほどを連れて黒島を訪れている。昨年(2020年)は新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため中止となっていた。
