2026年 1月 の投稿一覧

★能登地震で倒壊の重文「上時国家」 復旧に向けて動き出す

★能登地震で倒壊の重文「上時国家」 復旧に向けて動き出す

この家屋が国の重要文化財に指定された際に、「江戸末期の民家の一つの到達点」との評価を受けていた。それが2024年元日の能登半島で倒壊した。震災以降で何度か立ち寄ったが手付かずの状態が続いていた。確かに、重要文化財だと再建に向けた準備と段取りに相当な時間がかかることは想像に難くない。それがようやく動き出すようだ。

日本史で知られる平氏と源氏が一戦を交えた壇ノ浦の戦い(1185年)。平家が敗れて一族の平時忠(※平清盛の後妻である時子の弟)が能登に流刑となり、その子孫が輪島市町野地区に根付いて製塩業や海運業など営み、現在も2軒の時国家が継承されている。

2軒の住宅(国の重要文化財指定)のうち上時国(かみときくに)家の入母屋造りの主屋は約200年前に造られ、間口29㍍、高さ18㍍に達する。それが能登半島地震で倒壊。さらに、同年9月の記録的な大雨では裏山が崩れ、敷地全体に被害が及んだ。

厚さ1㍍にもおよぶ茅葺の屋根が地面に覆いかぶさるように倒壊した。上時国家の古文書8千点余(石川県指定文化財)も主屋と離れを結ぶ廊下に保管されていたが、家屋の下敷きとなった。それを国立文化財機構文化財防災センターのスタッフや石川県教委の職員、大学教授ら20人でレスキュー活動を行い運び出した。

能登の歴史を語る古文書などは何とか救出できたが、家屋そのものが2年間手付かずの状態だった。地元メディアの報道(今月2日付)によると、新年度から本格的に復旧に向けて動き出すことなり、上時国家近くに現地事務所が設けられるようだ。文化財復旧のための設計管理は公益財団法人「文化財建造物保存技術協会」(東京)が行う。

 文化財の復旧作業は解体した部材を取り出し、それぞれがどの位置にあったかを示す印をつけて管理していく作業が進められる。建築設計図などがないことから、一つ一つの部材が建物のどの部分に使われていたかを類推しながらの作業となる。このため、11年の工期を要するプロジェクトになり、復旧に関わる費用は30億円を超えるようだ。

(※写真・上は、上時国家の賓客をもてなす「大納言の間」=2010年8月撮影。写真・下は、能登地震で倒壊した上時国家の主屋など=2024年2月撮影)

⇒5日(月)午前・金沢の天気  

☆国の特別天然記念物トキ 能登での放鳥まであと6ヵ月

☆国の特別天然記念物トキ 能登での放鳥まであと6ヵ月

ことし石川県でのビッグイベントと言えば、6月に予定されている能登でのトキの放鳥ではないだろうか。日時の詳細はまだ発表されていないが、放鳥する場所は能登半島の中ほどにある邑知潟(おうちがた)周辺=羽咋市南潟地区=と決まっている。本州で初となるトキの放鳥だけに注目されるだろう。

この場所は環境省の専門家による調査などを経て、決定したようだ。選ばれた理由は大きく二つある。一つは、邑知潟を中心に羽咋市南潟地区には2㌔圏内の水田面積が1185㌶あり、放鳥が予定される15羽から20羽のエサ場としても十分な広さがある。もう一つが、地形が佐渡の地形とよく似た場所とされる。潟と平野を挟むように眉丈山系と石動山系があり、トキがねぐらをつくる場所として適している。また、新潟県佐渡から飛来したとみられるトキの姿が2011年以降たびたび目撃されていて、2013年には5ヵ月間ほど住み続けたことなども評価されたようだ。(※写真・上は、輪島市三井町で営巣していたトキの親子=1957年、岩田秀男氏撮影)

かつて能登はトキの生息地だった。眉丈山では1961年に5羽のトキの棲息が確認されている。ところが、田んぼでついばむドジョウやカエルなどのエサは農薬にまみれていた。眉丈山のほかにもいた能登のトキは徐々に減り、「本州で最後の一羽」と呼ばれたトキが1970年に捕獲され、佐渡の環境省トキ保護センターに繁殖のために送られた。ところが、翌年1971年3月、鳥かごのケージの金網で口ばしを損傷したことが原因で死んでしまう。「能里(のり)」という愛称で呼ばれていたオスだった。(※写真・下は、羽咋市南潟地区の邑知潟と水田。左の山並はかつてトキが生息していた眉丈山)

こうした経緯があり、石川県と能登9市町は環境省に能登でのトキの放鳥を働きかけてきた。国連が定める「国際生物多様性の日」である5月22日を「いしかわトキの日」と独自に定め、県民のモチベーションを盛り上げてきた。そして能登9市町は「トキ放鳥推進モデル地区」を独自の取り組みとして設け、いつトキが舞い降りてもいいように受け皿をつくっている。一連の熱心な動きが環境省で評価され、ことし6月の能登での放鳥につながったとされる。

トキのゆかりの地でもある眉丈山と邑知潟に再びトキが舞う日がやってくる。能登半島地震の災害からの復興のために石川県が策定した『創造的復興リーディングプロジェクト』の13の取り組みの中に、「トキが舞う能登の実現」が盛り込まれている。トキが舞う能登を震災復興のシンボルとしたい。能登の人たちの願いがいよいよ動き出す。

⇒4日(日)午前・金沢の天気     くもり 

★北陸の雪いよいよ本降り 食材の価格高騰か、おせち料理に変化

★北陸の雪いよいよ本降り 食材の価格高騰か、おせち料理に変化

この冬で初めての本格的な雪の降り方だ。自宅の庭は30㌢ほどの積雪になっている。五葉松の枝にはこんもりと覆いかぶさるように積もっている=写真・上、午前8時ごろ撮影=。雪吊りがなかったから枝が折れていたかもしれない。とりあえず、人が通れる幅で「雪すかし」を行った。

気象庁は警報級の大雪の恐れがあると発表している。日本付近は冬型の気圧配置となっており、本州付近の上空5500㍍にはマイナス36度以下の強い寒気が流れ込んでいる。日本海側を中心に大雪となっていて、きょう3日午前6時から24時間の降雪量の予想は、北陸地方で40㌢とさらに雪が積もる。いよいよ冬将軍の到来か。

先月26日付のブログでも述べたが、雪すかしには「暗黙のご近所ルール」がある。何㌢以上の積雪があると町内が一斉に除雪するというルールや当番がいるわけではない。町内の児童たちが登校する前の午前7時ごろ、ご近所の誰かが、スコップでジャラ、ジャラと雪すかしを始めるとそれが合図となり、ご近所の人たちもスコップを持って家から出てる。「よう降りましたね」「冷え込みますね」と朝のあいさつを交わす。いつの間にかご近所が一斉に雪すかしをしている。そんな暗黙のル-ルだ。ただ、きょうは正月なので学校は休み。スコップのジャラ、ジャラという音は1ヵ所でしか聞こえなかった。

話は変わる。この正月、おせち料理を堪能した=写真・下=。例年、金沢市内のホテルから取り寄せている。家族で分け合って食べたが、ちょっとした変化に気が付いた。例年ならば身を詰めたカニの甲羅が入っているのに、ことしはエビが2つ。アワビの煮ものはなく、巻貝が2個。数の子などは例年通りだが、具材の一部が替わっている。価格は例年並み。味に問題があるわけではない。ということは、食材の価格が高騰しているのだろうか。

参考までに農林水産省の公式サイトをチェックすると、先月12月の食品価格動向調査(魚介類)では、エビとブリがそれぞれ高くなっている。エビは前月比で4%、平年比で10%、ブリは前月比で21%、平年比で32%だ。カニやアワビも高騰しているのだろうか。円安の影響なのだろうか。そんなことを思いながら正月のおせち料理を味わった。

⇒3日(土)午前・金沢の天気   くもり

☆能登半島地震から2年、犠牲者700人余 花を手向け追悼式

☆能登半島地震から2年、犠牲者700人余 花を手向け追悼式

大晦日の昨夜、NHKの番組『紅白歌合戦』を視聴していると、地震速報のテロップが入った。「午後11時27分ごろ東北地方でやや強い地震がありました」と。岩手県沖で発生したマグニチュード(M)5.7の地震で、盛岡市で最大震度4だった。東北の人々にとっては恐怖だったろう。それにしても年末を締めくくる番組の大トリの場面で地震か、と。北陸に住む自身は「嫌がらせ」のように感じた。2024年の能登半島地震は元旦だったので、つい関連付けて「大晦日と元旦に事を起しやがって」と思った次第。とは言え、ことしの干支は午(うま)。「人間万事塞翁が馬」という座右の銘がある。安易に一喜一憂しないことだ。

元旦のきょう、能登半島地震と奥能登豪雨(2024年9月)で亡くなった人たちを弔う追悼式が輪島市にある能登空港に隣接する日本航空学園キャンパス体育館で営まれた。また、能登地区の市役所や町役場、そして石川県庁(金沢市)など10ヵ所で献花台が設けられ、自身も県庁で黙とうを捧げてきた。献花台の横にはテレビモニターが設置され、輪島での追悼式の様子がリアルタイムで映し出されていた。(※写真は、石川県庁に置かれた献花台で黙祷をささげる人たち)

追悼式では、馳知事や地震当時の総理大臣だった岸田文雄議員が追悼の言葉を述べていた。印象的だったのは遺族代表の中山真さんの語りかけるような言葉だった。中山さんは輪島市町野町に住み、地震で自宅が全壊する被害を受け、さらに豪雨災害では当時31歳の姉を亡くした。地域の絆(きずな)を語り合いで繋いでいきたいと、被災地のFM放送である「災害FM」の立ち上げに関わり、現在、パーソナリティーを務めている。中山さんは「今後もラジオを通して震災や豪雨で大切な人を亡くした悲しみを抱える方に寄り添いたい」「姉は空の上から聴いてくれていると信じている」と述べていた。

この後、地震が発生した午後4時10分に合わせて1分間の黙とうをささげた。引き続き、オーケストラアンサンブル金沢のメンバーによる弦楽奏がしめやかに流れる中で献花が行われ、参列した人たちが花を手向けて犠牲者を悼んだ。

地震による犠牲者は2025年12月25日時点で、石川、富山、新潟3県で計703人(直接死228人、災害関連死475人)。石川県内では、関連死の審査を待つ人が12月末時点で251人いて、さらに増える可能性がある。また、輪島市では2人が行方不明となっている。豪雨では災害関連死を含めて20人が亡くなっている。

住宅被害は、3県に福井を加えた4県で計16万5千棟にのぼり、うち石川県内は11万6千棟となっている。石川県内では半壊以上の建物で、申請のあった4万4千棟の公費解体をほぼ終えている。石川県内の被災者で、仮設住宅で暮らす人は9135世帯・1万8586人にのぼる(12月1日時点・石川県生活再建支援課まとめ)。

⇒1日(木)夜・金沢の天気   ゆき