2025年 12月 の投稿一覧

★ゆく年くる年、能登地震から2年⑤~震災の犠牲者を追悼する除夜の鐘

★ゆく年くる年、能登地震から2年⑤~震災の犠牲者を追悼する除夜の鐘

寺の鐘つき堂で勢いをつけて鐘をつくと、その響きが全身を包むように伝わってきて、欲望や執念にかられた煩悩が払われたような気持ちになる。大晦日のきょう、菩提寺の龍渕寺(金沢市野町3丁目)では門徒や近所の人たちが自由に鐘をつくことができる「プレ除夜の鐘」というイベントが行われた。時間は午後2時から2時間と限られていたが、子どもたちも参加して、鐘をついていた=写真・上=。笑顔で鐘をつく人もいれば、ついた後で涙をぬぐっている人もいた。それぞれが想いを込めて鐘をついていたのだろう。寺院ではあす1月1日は能登半島地震で亡くなった人たちの3回忌にあたることから追悼法要が営まれ、犠牲者の鎮魂を祈った。

この一年の大きなイベントと言えば、世界158の国・地域が184日間にわたって歴史・文化や最先端のテクノロジーなどを発信した大阪・関西万博大阪だった。能登から発信したのは、あの輪島塗の地球儀『夜の地球 Earth at Night』だ=写真・下=。展示された万博展示棟には国内外から321万5784人が鑑賞に訪れた。8月には秋篠宮家の次女佳子さまも見学されるなど、能登復興のシンボルとしても注目を集めた。

この地球儀は輪島塗の人間国宝の小森邦衛氏を中心に5年がかりで制作した作品。間近で観賞すると、宇宙に浮かぶ夜の地球にロマンを感じさせ、まさに漆黒の芸術作品だ。そういえば、万博会場で地球儀を見学した東京の知り合いからこんなSMSメールが届いた。「夜の地球儀は名作だね。ところで昼の地球儀はあるの」と。なるほど思いながらも、説明するのに窮した。「輪島塗は黒をベースに金箔や蒔絵で模様を描くので、昼の地球儀は難しいかも」と返信。すると、「調べたら、輪島塗は漆黒がベースで、朱色もあるね。夕焼けの地球儀もいいかも」と妙に理解してくれたようだった。夜の地球儀は、石川県輪島漆芸美術館で常設展示されている。

受け継がれる万博のレガシーもある。大屋根リングは1周2㌔、高さ最大20㍍の世界最大の木造建築物としてギネス世界記録にも認定された。万博閉幕後は解体され、木材は無償で譲渡されている。能登半島の尖端に位置する珠洲市もその一部を譲り受ける。能登地震の「復興公営住宅」の一部に活用されるようだ。関わっている建築家は坂茂(ばん・しげる)氏だ。阪神・淡路大震災(1995年1月)を契機に復興支援に取り組んでいて、能登半島地震でもいち早く行動を起こしたことで知られる。珠洲市にはすでに坂氏が監修した仮設住宅なども整備されている。復興公営住宅では万博のシンボルである大屋根リングがどのように再活用されるのか。まさに万博のレガシーが能登でよみがえるのではないだろうか。

⇒31日(水)午後・金沢の天気   あめ

☆ゆく年くる年、能登地震から2年④~大の里関、永井豪氏のメッセージ

☆ゆく年くる年、能登地震から2年④~大の里関、永井豪氏のメッセージ

この一年を振り返って、人物名として浮かぶのはやはり石川県の郷土力士、横綱・大の里関だ。同じ横綱の輪島以来52年ぶりに地元から横綱に昇進した。6月29日に大の里関の祝賀バレードが出身地の津幡町で開催された。同町に住む親せきが自宅の2階から撮った写真を送ってくれた。オープンカーに二所ノ関親方と大の里関が乗り、こちらに向かって手を振ってくれている=写真・上=。1.2㌔のルートを30分ほどかけて進み、沿道の町民やファンが「おめでとう」などと盛んな声援を送っていたようだ。去年9月の大関昇進、そしてことし5月の横綱昇進は、去年元日の能登半島地震に見舞われた地元石川の人々にとって、「唯一無二」の励みとなったのではないだろうか。

大の里関は第75代横綱となり、石川県では「3人目の横綱」と呼ばれている。「黄金の左」と呼ばれた第54代横綱の輪島(1948-2018)は能登半島の中ほどにある七尾市出身、そして江戸時代後期に活躍した第6代横綱の阿武松緑之助(おおのまつ・みどりのすけ、1791‐1852)は半島尖端に位置する現在の能登町の出身だ。阿武松は個性の強い人物と伝えられ、立合いでよく「待った」をかけたようだ。当時の江戸の庶民はじれったいことをすると、「待った、待ったと、阿武松でもあるめぇし…」と相手をなじった、という。それほど話題になった人物だった。能登町の海辺に、高さ4.5メ㍍、幅2.4㍍の石碑(1937年建立)がある。案内板によると、相撲力士碑としては日本一の大きさのようだ。能登半島地震にも耐え、堂々と海を望むように建っている=写真・中、2024年4月撮影=。

石川県とゆかりのある人物をもう一人。11月の秋の叙勲受章式で、芸術文化の分野で漫画家の永井豪氏に旭日小綬章が贈られた。永井氏は能登半島の輪島市出身で、朝市通りにあった「永井豪記念館」の名誉館長をつとめていた。今から40年余り前の話だが、自身は新聞記者として輪島支局に赴いた。当時の永井氏の作品のイメージは、『ハレンチ学園』などギャグ漫画だった。地元の人たちは永井氏が輪島出身ということを知ってはいたが、当時それを自慢話として語る人はいなかった。

地元での評価が一転したのは日本のアニメが海外で大ブームとなり、永井氏の『UFOロボ グレンダイザー』などがヨーロッパで人気を博したことだった。輪島市役所は2009年に「永井豪記念館」の設置へと動いた。2019年、フランス政府から芸術文化勲章「シュバリエ(騎士)」が永井氏に贈られた。永井豪記念館にはインバウンド観光の見学者が増えるなど、観光スポットにもなった。その記念館が能登地震で朝市通り一帯が焼けて、ビルも焼け焦げた=写真・下、2024年3月撮影=。

その後、ビルは公費解体で撤去された。永井氏と所属プロダククションは輪島市と石川県にそれぞれ1000万円、計2000万円の義援金を贈っている。永井氏は「漫画はつらいときこそ、力になって希望を満たすことができる。漫画を描くことで『前に進もう』というメッセージを伝えたい」と語っていた(2024年1月25日付・読売新聞オンライン)。永井氏はことし6月に輪島市を訪れ、市役所に輪島塗の額に入った『マジンガーZ』の活版印刷作品など11点を寄贈した。翌7月には永井氏らが行ったチャリティーオークションで得た収益金1億2300万円を石川県庁を訪れて寄付している。ふるさとへの想いが伝わって来る。「前に進もう」

⇒30日(火)午後・金沢の天気   あめ

★ゆく年くる年、能登地震から2年③~クマが「参拝出没」、能登に泳ぎ渡るのか

★ゆく年くる年、能登地震から2年③~クマが「参拝出没」、能登に泳ぎ渡るのか

前回ブログで述べた日常で警戒するリスクは地震のほかにもある。。クマの出没が金沢でも相次いでいる。石川県自然環境課がまとめている「令和7年ツキノワグマ目撃痕跡情報」(12月24日時点)によると計409件に上り、このうち金沢市内では61件だ。身近なケースでは、11月11日午後6時35分ごろ、山手に近い銚子町で体長1㍍ほどの1頭を目撃したと住民から行政に出没情報が寄せられた。このため、市職員と警察署員がパトロールを行い警戒した。銚子町は付近に北陸大学があり、金沢大学とも近い。金沢大がある角間キャンパス付近では「クマ注意」などの看板が掲げられている。通学する学生たちの間でも緊張感が漂っているのではないだろうか。

懸念されるのは正月の神社への初詣だ。「白山さん(しらやまさん) 」と呼ばれる、白山市の白山比咩神社は金沢からの参拝者も多い。その白山さんの境内に七五三詣での時季にクマが出没してニュースになった。11月1日午前6時10分ごろ、「クマが南参道から神社の建物の方へ向かっていくのを参拝者が目撃した」と神社から市に通報した。境内では10月22日午後にもクマが目撃されていた。白山比咩神社に行くと、本殿入り口の山門などに「クマ出没注意」の立て看板が置かれていた=写真・上、10月23日撮影=。クマによる人身被害は令和2年(2020)に金沢市や白山市などで15人に及んでいる。注意したい。

冒頭の目撃痕跡情報409件のうち、白山麓の加賀地区の4市(加賀、小松、能美、白山)で360件、医王山がある金沢と周辺の2市1町では81件となる。では能登地区ではどうか。9市町で28件となっている。半島という立地、そして標高の高い山がないことからクマの出没は少ないのだろうと考えがちだが、そうでもない。令和3年(2021)は年間で計264件だったが、うち60件が能登地区だった。同年の目撃痕跡のマップ図=写真・下=を見ると、加賀地区や金沢周辺では山沿いが多いが、能登では海沿いが多い。とくに半島尖端の珠洲市や能登町での情報はまさに海岸沿いだ。とうことは、クマは対岸の富山県から富山湾を泳いで能登に渡って来たのだろうか。あくまでも憶測だ。 

実際、泳ぐクマを見たことがある。40年余り前の話だ。新聞記者時代にレジャー欄で『ぐるり白山』という企画記事を担当していた。富山県の庄川峡を訪ね、小牧ダムで遊覧船に乗って、大牧温泉に向かった。季節は6月だった。曇り空で今にも雨が降りそうな天気。出港してしばらくして乗客がざわめいた。「クマが泳いでる」。船の舳先を横切るように犬かき姿で泳いでる。しかも、かなり速いスピードで、対岸に向かっていた。エサを求めて泳ぎ渡る。本能として泳ぐ。生き抜くための生命力というものを当時感じた。

それ以来、クマは泳ぐ動物というイメージが自身にはインプットされている。能登半島の尖端の海岸沿いで目撃されるクマ情報。繰り返すが、富山湾を泳いで渡って来るのだろうか、これからも注視したい。

⇒29日(月)午後・金沢の天気   はれ

☆ゆく年くる年、能登地震から2年②~金沢直下の断層帯が動くと被害は

☆ゆく年くる年、能登地震から2年②~金沢直下の断層帯が動くと被害は

この2年で感じていたリスクは何だったかと考えてみると、やはり地震だ。能登半島地震で少々過敏になっているのかもしれないが、2024年元日に半島尖端を震源とするマグニチュード7.6、震度7の地震以降、11月26日にも半島の西方沖を震源とするM6.6、最大震度5弱の揺れがあった。元日の地震が南下したように感じる。半島西方沖の地震はことしに入って、M4クラス、最大震度3の揺れが3回起きている。

そんな折、石川県危機対策課はことし5月7日に地震の被害想定を27年ぶりに見直し、報告した。政府の地震調査委員会が去年8月に示した「長期評価」などに基づき、9つの断層帯で将来、大地震が発生することを想定したものだ。それによると、人や建物への被害が最も大きいとされるのは金沢市の直下を走る「森本・富樫断層帯」(全長26㌔)で、最大震度7の揺れが金沢市で想定されるとしている。今回の見直しで特徴的だったのは、被害想定が正月やゴールデンウィークなど5つの状況を設定され、精密に被害を予測していることだ。以下、冬の被害想定をチェックすると。

冬の朝5時に地震が発生した場合、2212人が亡くなると見込まれている。要因別では、雪の重みなどによる建物の倒壊での死者が2029人と最も多く、次いで火災が94人、ブロック塀の倒壊や自販機などの転倒などによる死者が81人などと推定されている。けが人は9344人に上ると試算される。地震発生から1週間後の避難者は19万1898人と想定されている。

冬の午後6時に地震が発生した場合、もっとも多くなると推定される。この時間は、火気の使用で火災の危険が高まることや、積雪の重みで倒壊する家屋が増えることも考慮され、4万6947棟が全壊・全焼、5万5359棟が半壊と予測される。金沢市では36%の建物が全半壊することになる。

今回の被害想定の見直しは、1998年3月の被害想定が現状とかけ離れていることも背景にあった。前回の想定では能登半島北方沖断層(50㌔)を震源とするマグニチュード7.0の地震が起きた場合、死者は7人、建物の全壊は120棟になると想定していた。実際に起きた去年元日の能登半島地震では、建物の倒壊などによる直接死は228人、関連死は456人にのぼる(今月23日時点)。住家の全半壊は2万4891棟におよんでいる(11月20日時点)。

県の被害想定の見直し発表以降、金沢の町内会でも震災に関するセミナーや、震災を想定した避難訓練が行われるようになった。数値のリアルさ、そして能登半島地震が金沢の住民を災害訓練へと動かしている。

⇒28日(日)午前・金沢の天気   はれ

★ゆく年くる年、能登地震から2年①~金沢城の「しめ飾り」と崩れた石垣その後

★ゆく年くる年、能登地震から2年①~金沢城の「しめ飾り」と崩れた石垣その後

きょうを含めてことしもあと5日。雪景色の金沢市内は多くの観光客でにぎわっているが、一方で正月の準備も進んでいる。市の中心街にある金沢城公園の橋爪一の門では恒例の「しめ飾り」が取り付けられた。きょう街に出たついでに見学に行くと、ここも人だかり。正月飾りを珍しそうに撮影するインバウンド観光客も多くいた。金沢城の橋爪門は正門とされ、しめ飾りはここだけに取り付けられている=写真・上=。

面白いのはしめ飾りの呼び方で、「数の子飾り」。藩政時代に浮世絵の巌如春(いわお・じょしゅん)が描いた『加賀藩儀式風俗図絵』の中で、元日の登城の風景画として出てくる=写真・中、金沢大学附属図書館デジタルアーカイブ「儀式風俗図絵」より=。しめ飾りは稲なわで造られ、縄の長さは約3間(5.4㍍)あり、数の子を横にしたカタチにも見える。見た目だけではなく、数の子を「子が多い」という意味でとらえ、子孫繁栄の願いが込められているようだ。しめ飾りは1月14日まで設置されている。

それにしても金沢城公園をぐるりと取り巻く石垣は壮観だ。城郭は石の素材やカタチや大きさ、積み方、そして年代など実に多様性に富んでいて、「石垣の博物館」とも称される。2024年元日の能登半島地震で石垣の一部が崩れ落ちた。半島尖端の震源地から直線距離にして120㌔ほど離れていたが、金沢は震度5強の揺れに見舞われた。このため、石垣の被害は30ヵ所に上り、うち江戸から昭和期にかけて造成された5ヵ所で崩落が起き、23ヵ所で壁面が膨らむなど変形した。(※写真・下の上はきょう27日に、下は能登地震直後の去年1月2日にそれぞれ撮影)

その一つ、「本丸南石垣」に行って見ると、復旧途中であるものの石垣が元の姿に戻りつつあった。落ちた石195個を回収して、1ヵ所に集め、形状などから元の配置場所を特定。その場所を示す数字を回収した石にそれぞれナンバーリングした。それを元に再度積み上げる作業が行われている。

金沢城の石垣の石は8㌔ほど離れた戸室山の周辺から運ばれた安山岩だ。金沢では「戸室石(とむろいし)」として知られる。赤味を帯びた石は「赤戸室」、青味を帯びたものは「青戸室」と称される。戸室山で発掘した石を運んだルートを石引(いしびき)と言い、現在でも「石引町」としてその名前は残っている。石垣の石には歴史が刻まれている。

「ゆく年くる年、能登地震から2年」と題して、2024年元日の能登半島地震のその後の現状をまじえながら各地の年末年始の光景を綴る。

⇒27日(土)夜・金沢の天気   はれ

☆金沢で今季初の積雪 「雪すかし」に暗黙のご近所ルール

☆金沢で今季初の積雪 「雪すかし」に暗黙のご近所ルール

朝起きると雪が積もっていた。金沢の自宅庭では5㌢ほどになっている。この冬初めて庭に雪が積もった。近くにある道路の気温計は正午過ぎで、「0度」となっていた=写真=。そして風も強い。金沢地方気象台によると、金沢では午前2時前に28.4㍍の最大瞬間風速が観測されている。この強風で金沢市のフットボール専用スタジアムの屋根が20枚ほど剥がれ落ちたと地元メディア各社が報じている。気象台によると、27日朝6時までにさらに平地で5㌢、山地に10㌢の積雪が予想され、今夜遅くにかけての落雷や突風に注意するよう呼びかけている。いよいよ本格的な冬の訪れだ。

雪の積もった自宅前の道路で今季初めて「雪すかし」をした。「雪かき」という言葉を使う人もいるが、いわゆる除雪のこと。すかした雪を家の前の側溝に落とし込み、積み上げていく。冬場の側溝は雪捨て場だ。気温が5、6度に上がると雪解け水が側溝を流れ出す。すると、積み上げられ固まった雪を融かして用水や川に流れていく。翌朝、また側溝に雪を捨てるということを繰り返す。

この雪すかしにはちょっとした「暗黙のご近所ルール」がある。何㌢以上の積雪があると町内が一斉に除雪するというルールや当番がいるわけではない。町内の児童たちが登校する前の午前7時ごろ、ご近所の誰かが、スコップでジャラ、ジャラと雪すかしを始めるとそれが合図となり、ご近所の人たちもスコップを持って家から出てる。「よう降りましたね」「冷え込みますね」と朝のあいさつを交わす。いつの間にかご近所が一斉に雪すかしをしている。

雪すかしをする範囲についても暗黙のご近所ルールがある。すかす範囲はその家の道路に面した間口部分となる。角にある家の場合は横小路があるが、そこは手をつけなくてもよい。家の正面の間口部分の道路を除雪する。しかも、車道の部分はしなくてよい。つまり、登校する児童たちが歩く「歩道」部分でよい。

暗黙のご近所のルールに従わなかったからと言って、罰則や制裁があるわけではない。雪は溶けて消えるものだ。しかし、町内の細い市道でどこかの家が積雪を放置すれば、交通の往来に支障をきたすことになる。もちろん、道路の雪害は住民の責任ではなく、行政にある。一方で道路を使うのは住民なので、公共の意識で出来る範囲で除雪を行う。そんなルールだ。町内の雪すかしは、雪国の住民の「自助・共助」の光景でもある。

⇒26日(金)夜・金沢の天気  くもり

★来年の世界の旅先ベスト20に「石川県」 能登ツーリズムに弾み

★来年の世界の旅先ベスト20に「石川県」 能登ツーリズムに弾み

100年余りの歴史を刻むイギリス国営放送のBBCはグローバルメディアだ。BBCがニュースとして取り上げると、フランスのAFP通信やアメリカのニューヨーク・タイムズなども追いかけるように取り上げることもある。ニュースの取り上げ方も、グローバルメディアにありがちな上から目線ではなく、視聴者の目線に徹している。そうした影響力のあるBBCが今月12日(日本時間)に発表した「The 20 best places to travel in 2026」(2026年に訪れたい旅行先ベスト20)に、なんと「Ishikawa, Japan」が選ばれた。

国内のメディア各社が報じていたので、BBC公式サイトで調べてみた。中世の数々の建築で知られるサントドミンゴ(ドミニカ共和国)、美術館やオペラハウスラなどが集積する文化芸術都市として知られるフィラデルフィア(アメリカ)などと並んで石川県が紹介されている=写真・上=。画像部分は大名庭園で知られる金沢城の玉泉院丸庭園。見出しは「Why go: Traditional crafts and award-winning sake」、そして、紹介文の冒頭はこう記されている。「On New Year‘s Day 2024, a 7.6-magnitude earthquake devastated Japan’s remote Noto peninsula in Ishikawa Prefecture. Two years on, local leaders are urging visitors to return to help support the area‘s renewal.」

紹介文を以下、意訳する。見出し「なぜ行くのか:伝統工芸と誉(ほまれ)のある日本酒」。紹介文「2024年元日、マグニチュード7.6の地震が能登半島を襲った。2年が経ち、地元の人たちは地域再生を支援するためにぜひ能登を訪れてほしいと呼びかけている。金沢市は東京から新幹線で行け、有名な庭園である兼六園、そして伝統工芸の世界が広がる。金箔や加賀友禅で自分の作品をつくることもできる。そして、訪問者が最も心動かされるのは被災した能登だ。農家民宿では稲作などに参加でき、宿泊することで何世紀も続く白米千枚田を支えることにもなる。能登は海の幸や輪島塗、能登杜氏が造る日本酒で知られる。被災した能登の酒蔵を立て直すために『能登の酒を止めない』プロジェクトの取り組みが行われている」

上記の内容からも分かるように、BBCが「The 20 best places to travel in 2026」に「石川」を選んだ大きな理由に能登半島地震がある。欧米では被災地を巡る旅行を「ダ-クツーリズム(Dark tourism)」と呼んでいる。被災地や戦場跡地などを訪ね、死者を悼むとともに、悲しみを共有する観光とされている。すでに、能登ではインバウンド観光客が多く訪れている。ことし9月18日に輪島市の白米千枚田に立ち寄ると、インバウンド観光客が目立っていた。稲刈りは半分ほど終わっていたが、展望ができる高台からわざわざ下に降りてあぜ道を歩いて見学するグループの姿もあった=写真・下=。今回のBBCの選定で能登へのインバウンド観光にさらに弾みがつくかもしれない。

⇒25日(木)午後・金沢の天気   あめ

☆冬至の頃、冬将軍はいつやって来るのか

☆冬至の頃、冬将軍はいつやって来るのか

ことし冬の北陸の降雪量は「平年並み」との予報を金沢地方気象台が発表している(23日付)。一時的に冬型の気圧配置が強まり、大雪となる可能性もあるようだ。3月の気温は平年並みか高い見込みで、春の訪れも平年並みか早くなりそうだ、との予報。とは言え、冬将軍は来るときに来て大雪をもたらす。

ことし2月20日前後には金沢市内で30㌢余りの積雪となった。JR金沢駅前にある「もてなしドーム」も雪に覆われた=写真=。ドームは3019枚の強化ガラスで造られているが、雪がさらに積もって、その重みでガラスが壊れはしないかと実際に眺めて心配になった。何しろ金沢の雪は湿気を含んでいて重い。調べてみると、強化ガラスは180㌢の積雪に耐える強度をもっている(金沢市役所公式サイト)とあり、少しは安心できた。

大陸で冬型の気圧配置が強まり、強い寒気が日本海に南下すると、雪雲が急激に発達し、局地的な短時間強雪になりやすい。2023年12月22日には北陸に「顕著な大雪に関する気象情報」が発表され、輪島では24時間の降雪量が53㌢と12月の観測史上1位を更新する短時間強雪となったこともある。

雪国に住んでいて、この時節の気象予報士の言葉遣いに耳を傾ける。キーワードは2つ、「ラニーニャ」と「JPCZ」だ。「ラニーニャ現象」は、同じ海域で海面水温が平年より低い状態が続く現象をいう。ラニーニャの年には豪雪がやってくる。あの1963年の「三八豪雪」も、1981年の「五六豪雪」もラニーニャだったと言われている。今冬はどうか。世界気象機関(WMO)によると、ことし12月から2026年2月の気温は、北半球の多くの地域と南半球の広範囲で平年より高く、「弱いラニーニャ現象が発生する可能性は55%」と発表している。

そして近年よく使われる気象用語が「JPCZ(日本海寒帯気団収束帯)」。シベリアから寒気団が日本海に向かって流れてくる際に朝鮮半島北部の白頭山によって、いったん二分されるが、その風下で再び合流することで雪雲が発達し、北陸地方などになだれ込んでくる。2021年1月にJPCZが若狭湾付近に停滞して大雪が降り続き、福井県の北陸自動車で1600台が2日間動けなくなったことが大きなニュースとなった。日本気象協会「tenki.jp」公式サイトによると、あす25日夜からJPCZが山陰地方にかかり、26日は雪や風が強まり大荒れの天気。27日朝にかけて中国地方の日本海側や山地沿いを中心に大雪となる見込みとの予報だ。

北陸地方も予報で26、27日は雪マークがついている。大雪となるのかどうか。いよいよ本格的な冬の季節がやって来る。

⇒24日(水)夜・金沢の天気    あめ

★「核を持つべき」総理官邸幹部オフレコ発言の波紋広がる

★「核を持つべき」総理官邸幹部オフレコ発言の波紋広がる

残すところあと9日。この1年を振り返って、どんな年だったのだろうかと思いめぐらしてみても、ぴったりとはまる言葉が思い浮かばない。ふと出た言葉が、ケセラセラ(Que será, será)。若いころの流行語で、「どうにかなるさ」という意味のスペイン語だ。ところが、ケセラセラでは済まされないような怪しい雰囲気が漂い始めている。安全保障政策を担当する総理官邸の幹部が今月18日に記者団とのオフレコ発言の中で、「核を持つべきだと思っている」と語ったことが波紋を広げている。

メディア各社の報道によると、この発言に真っ先に反応したのは北朝鮮だった。北朝鮮外務省の傘下機関にある日本研究所は20日、「極めて挑発的な妄言だ」と反発する談話を発表した。21日付の朝鮮中央通信が伝えた。日本政府は表では世界で唯一の被爆国だとして非核化を唱えつつも、裏では核保有を目指していると主張した。さらに北朝鮮側は、アメリカが韓国の原子力潜水艦の建造を承認したことを契機に、日本でも原潜の必要性が議論されるようになったとも指摘した。「アメリカを背に核武装化へと突き進んでいる戦犯国・日本の危険極まりない妄動を断固として阻止しなければならない」と批判した、と報道されている。

日本海側に住む一人として懸念するのは、総理官邸幹部の発言が北朝鮮に弾道ミサイルを日本海側に打ち込む口実を与えるのではないか、ということだ。北朝鮮は10月22日、数発の短距離弾道ミサイルを発射し、日本海に撃ち込んでいる。この日は高市総理が総理に就任した翌日。高市氏は自民党「北朝鮮核実験・ミサイル問題対策本部」の本部長代理を務めていた。(※写真は、10月22日の北朝鮮の弾道ミサイル発射を受けて記者会見に応じる高市総理=首相官邸公式サイトの動画から)

そもそも、冒頭の「オフレコ発言」とは何か。記者取材の用語に、「オンレコ」と「オフレコ」がある。オン・レコードはメモ取り、オフ・レコードはメモ取りなし。オンレコは記者会見といった実名で発言内容がニュースになることが多い。オフレコは一応記事にしないことを前提とした取材を指す。情報のニュースが高く、記事にする場合は、オフレコの発言者を今回の場合のように「総理官邸幹部」や「政府筋」といった匿名の表現にとどめる。発言内容も一切報道しない「完オフ」(完全オフレコ)という場合もある。

もし、総理官邸幹部のオフレコ発言を口実にして北朝鮮が弾道ミサイルを日本海に放ったら、どのような事態になるのか。高市総理は官邸に入り、防衛、外務両大臣に必要な情報の収集と分析を指示することになるだろう。それでもメディア各社は匿名を続けるのか、あるいはこの際、実名とするのか。ケセラセラと言ってはおれない事態になる。

⇒23日(火)午前・金沢の天気   はれ

☆高市内閣2ヵ月の支持率、各紙の世論調査で軒並み7割

☆高市内閣2ヵ月の支持率、各紙の世論調査で軒並み7割

季節は移ろい、きょうは冬至。一年でもっとも昼が短く、夜が長い頃を言う。逆に言えば、これから日が延びていく始まりの日でもある。などと、悠長なことは言ってられない。年の瀬も迫ってきて、片付けるべきことが山のように。ユズ湯に浸かる余裕もなく、長野から送っていただいたリンゴを食べて、冬至の日を迎えた次第。

話は変わる。きょう付の読売新聞が報じている世論調査(今月19-21日)によると、高市内閣の支持率は73%で、前回調査(11月21-23日)72%を若干上回り、10月の内閣発足以降で最高となった。不支持率は14%で前回17%より下回った。内閣の発足直後から2ヵ月後も支持率70%以上を維持したのは、1978年発足の大平内閣以降では細川、小泉の両内閣に続く3例目、と報じられている。朝日新聞の世論調査(今月20、21日)も内閣支持率が68%で、前回調査(11月15、16日)69%を下回ったものの、3ヵ月連続で7割近い支持率となった。不支持率は19%だった。毎日新聞の世論調査(今月20、21日)は支持率67%、不支持率22%だった。日経新聞の世論調査(今月19-21日)は支持率75%、不支持率18%、共同通信の世論調査(今月20、21日)は支持率67.5%、不支持率20.4%だった。

この内閣支持率の高さはどこにあるのかと考えてみる。世論調査の中から浮かび上がってくるのは、高市内閣の中国に対する姿勢ではないだろうか。11月7日の国会で、総理は台湾有事に関し「戦艦を使って武力行使を伴うのであれば、存立危機事態になり得る」と答弁した。翌日、中国の駐大阪総領事が SNSで「汚い首は斬ってやるしかない」と投稿した (※現在は削除)。さらにエスカレートし、中国政府は国民に日本への渡航自粛を求め、日本のアニメ映画の上映やコンサートの中止、日本産の水産物の輸入を停止。そして上野動物園のパンダは来月に中国へ返還されることになった。

中国側はこの総理答弁の撤回を求めて圧力を強めているが、本人は動じない。この中国に対する総理の姿勢に対する世論の反応は、読売調査では「評価する」が62%、「評価しない」が25%だった。朝日調査では「評価する」が55%、「評価しない」が30%となっている。毎日調査は答弁を撤回すべきか尋ねていて、回答は「撤回する必要はない」が67%で、「撤回すべきだ」の11%を大きく上回った。共同通信調査では、総理の答弁について不用意な発言かどうか尋ねていて、回答は「不用意だったとは思わない」が57.0%、「不用意だったと思う」が37.6%だった。

上記の調査数値から、高市総理の中国に対する不動の姿勢が内閣支持率につながっていると読めなくもない。そう思える数値をもう一つ。朝日調査は、来月いなくなるパンダの再来日に向けて、政府は中国側に働きかけたほうがよいかと尋ねている。回答は「その必要はない」が70%にのぼり、「働きかけたほうがよい」は26%だった。この結果には自身も納得する。

⇒22日(月)夜・金沢の天気    くもり