2025年 11月 の投稿一覧

★参院選で若い世代の投票率アップ 共感呼ぶSNSが決め手

★参院選で若い世代の投票率アップ 共感呼ぶSNSが決め手

けさスマホのメールをチェックすると、「警察庁」から「重要なお知らせ」が届いていた。「組織犯罪対策部」からの連絡で、「あなたはマネーロンダリングの疑いがあります。保釈金として180万円を下記の口座にお振り込みください・・・」と。真夜中に到着したメールだ。こうしたメールは開かないことにしてるが、眺めているうちに段々と腹が立ってきた。おそらく日本語を知らない人物の仕業だろうと想像がつく。「疑い」で「保釈金」を払うことの意味が通らない。まさに架空料金請求詐欺だ。警察庁をかたっての詐欺行為を警察はなぜ真っ先に取り締まらないのか。ほかにも、「NTTドコモ」から「請求書支払いについての詳細」などが届いていた。最近この手の迷惑メールが多すぎる。

話は変わる。この数値は、日本の選挙行動の常識を根底から変えるシグナルではないだろうか。総務省がまとめたことし7月20日投開票の参院選の年齢別投票率(抽出調査)によると、2022年7月の前回選や2024年10月の衆院選と比べて19~39歳の若い世代の投票率が大幅に上昇したことが分かった(今月5日付・メディア各社の報道)。今回の参院選全体の投票率は58%で、前回選の52%を6ポイント上昇したものの、上昇幅が最も大きかったのは20歳代後半の52%で、これは前回選の37%や衆院選の38%から14ポイント前後増加した。さらに、30歳代前半は56%で前回選から12ポイント、30歳代後半は57%で同じく11ポイント上昇した。

これまでよく言われていた投票率は「年齢≒投票率」で、60代は60%、30代は30%という直線的な相関の数値だった。ところが直近の参院選で20〜30代の投票率が大幅に上昇した。この背景は何なのか。大きな要因として、SNSを基盤とした情報流通の断層化があるかもしれない。若い世代はテレビや新聞などの選挙報道よりも、共感できる発信者とプラットフォームを媒介に投票行動を決める傾向がある。つまり、政策の中身だけでなく、どの媒体で誰が何を語るかが決定的に重要になるのだろう。

とは言え、SNSの潮目は速いので、同じプラットフォームが次回以降も持続するかどうかは不確実だ。一つ言えることは、これまでの「高齢者向け施策を優先すれば選挙に勝てる」という政界の暗黙の前提が崩れつつあるということだ。政治家に求められるのは若い世代に刺さる政策、そして選挙ではプラットフォームごとに適合させたコミュニケーションの仕方が勝敗を分けるのかもしれない。※経営戦略のコンサルタントで知られる大前研一氏のメールマガジン(11月14日付)の記事を一部引用

⇒14日(金)夜・金沢の天気   くもり

☆横綱・大の里「4日目の鬼門」を突破 クマ対策にきな臭さ

☆横綱・大の里「4日目の鬼門」を突破 クマ対策にきな臭さ

JR金沢駅の入り口の観光案内所では、石川県の郷土力士の等身大パネルが設置されている。きのう駅に行くと、パネルが入れ替わっていた。横綱の大の里と十両の輝はそのままだが、元小結の遠藤が引退したため外れ、新入幕で前頭の欧勝海が加わった=写真・上=。パネルを眺めていると、やはり大の里には貫禄がある。その大の里はきのう「4日目の鬼門」を振り払って、九州場所を4連勝とした。前回の秋場所の4日目で平幕の伯桜鵬に土俵際で突き落とされ、初黒星を喫していた。大関に昇進した昨年の九州場所以降の6場所で4日目は1勝5敗だったので、鬼門は今回で2勝5敗となった。

話は変わる。このところクマ出没が金沢でも相次いでいる。石川県ではことしのクマの出没件数は336件(今月11日時点)で、このうち金沢市内では50件ほどになる。先日11日午後6時35分ごろ、金沢市の山手に近い銚子町で体長1㍍ほどの1頭を目撃したと住民から行政に出没情報が寄せられた。このため、市職員と警察署員のパトロールを行った(地元メディアの報道)。銚子町は付近に北陸大学があり、金沢大学とも近い。金沢大がある角間キャンパス付近では「クマ注意」などの看板が掲げられている=写真・下=。通学する学生たちの間でも緊張感が漂っているのではないだろうか。

全国各地でクマの被害が相次ぐ中、きょう(13日)から警察官によるライフル銃を使った駆除が可能となる。クマの駆除をめぐっては、特殊な銃の用途について定めた国家公安委員会規則の一部が改正された。生活圏に出没したクマを対象に、警察官によるライフル銃を使った駆除が目的となる。ただ、警察庁は原則としてハンターに依頼するこれまでの運用は変わらないとしていて、緊急時に限った運用となる。

警察庁では被害が深刻な秋田県と岩手県に、テロなどの対応にあたる「銃器対策部隊」の機動隊員を派遣し、地元の猟友会からクマの特性を学ぶなどして準備を進めてきた。その上で警察庁は、全国の警察本部に通達を出し、クマの駆除を実施するための体制を確立するとともに、市町村長と緊密に連携し、ライフル銃の使用にあたっても十分な意思疎通を図るよう指示した。

ここまで来ると単なる獣害の域を超えている。テロ対策とまで言わないが、きな臭さを感じる。

⇒13日(木)午後・金沢の天気   くもり

★マツタケ不作で高値 ズワイガニ豊漁で割安

★マツタケ不作で高値 ズワイガニ豊漁で割安

金沢の近江町市場は季節の食材がずらりと並んでいる。少々驚いたのが能登産マツタケの価格。1本150㌘の大きさのものが3万8000円、小さいもの9本300㌘で4万8000円の値札がついていた=写真・上=。店の人に「いつもの年より(値段が)高いね」と声かけすると、「ことしは不作なんですよ。残暑が長く続いて、大雨もあったせいですかね」との返答だった。確かに、店頭には能登のほか国産のマツタケそものが少ない。店の人によると、例年より4割から5割ほど高値だという。むしろ、カナダ産や中国産、ヒマラヤ山脈産などが多く並んでいて安い。

店頭を眺めながらふと思った。以下憶測だ。マツタケが不作というより、クマの出没が多発していて、キノコ採りの人たちが山に入るのを控えているのではないか、と。石川県ではことしのクマの出没件数は336件(今月11日時点)、隣県の富山県内では843件(同10日時点)となっている。富山では過去10年で最多だった2019年の919件に迫るペースだという(地元メディア各社の報道)。クマのエサとなるドングリが凶作や不作に見舞われている。さらに「人馴れ」したクマが増えていて、人里に出没するケースが増えているとの見方もある。

マツタケの産地の能登ではクマの出没件数は少ないものの出るときには出る。今月5日正午ごろ、半島北部の穴水町の道路沿いで体長1㍍から1.5㍍ほどの一頭の目撃情報が寄せられている(石川県庁公式サイト「令和7年のクマ出没記録」より)。マツタケのシーズンは今月下旬までといわれているので、消費する立場の自身も複雑な気持ちだ。マツタケに手が届かないまま今季は終わりか、と。人里の安全のためにクマ駆除の早急な対応を政府や自治体を願いたい。

さらに近江町市場を巡っていて気が付いたこと、それは今月6日に解禁となったズワイガニの価格が手ごろになっている=写真・下=。オスの加能ガニは大きなサイズだと1匹2万2000円という高値のものもあったが、そこそこのサイズだと5000円から6000円の値段多い。年によって価格は異なるものの、例年より2割から3割安いのだ。鮮魚店の人に尋ねると、解禁以降、好天続きで水揚げ高も多く、「ズワイは表年(おもてどし)だよ」と笑顔で話した。ただ、カニの需要期は12月から冬場にかけてなので、この時期に荒天が続くと高値を呼ぶかもしれない。

⇒12日(水)夜・金沢の天気   くもり

☆能登で演じ、演出した俳優・仲代達矢氏死去

☆能登で演じ、演出した俳優・仲代達矢氏死去

俳優の仲代達矢氏が亡くなった。40年前に、主宰する無名塾の合宿場所を能登半島の中ほど位置する七尾市中島町に設け、同町で造られた能登演劇堂では、自ら演じ、演出を行ってきた。能登半島地震の復興に想いを寄せ、ことし5月と6月に能登演劇堂で演じた『肝っ玉おっ母と子供たち』が最後の舞台となった。このブログでは仲代氏が演出した『等伯~反骨の画聖~』について書いている。以下再録。                

織田信長や豊臣秀吉が名をはせた安土桃山時代の絵師、長谷川等伯は七尾で生まれ育った。その等伯をテーマとする演劇『等伯~反骨の画聖~』が2023年10月に能登演劇堂で上演された。無名塾と市民キャストによる合同公演で、演出は仲代達矢氏。鑑賞に行ってきた。

感想から先に言えば、京都で画壇の一大勢力となっていた狩野永徳らの狩野派に、能登からやってきた等伯が挑み、名刹の障壁画や天井絵などを手掛けて狩野派の壁を破っていく。下剋上の戦いを制したかと思ったときに、親交があった千利休が切腹を余儀なくされ、跡継ぎの長男・久蔵が病で亡くなる。その後に古里である能登の風景の『松林図屏風』を渾身の想いで描く。松林図屏風に等伯が込めた想いとは何だったのか。強風に耐えて細く立ちすくむ能登のクロマツの林に、等伯は自らの心を重ねたのだろうか。等伯の人生ドラマはここで終わる。

演出を担当した仲代氏は松林図屏風を描いた等伯の心情をこう表現している。「天下一の絵師となるために政りごとに阿(おもね)るかのような、世俗に仕えた彼の一面を見るような気がするのである。とは言え、彼はその世俗に流されることなく、彼自身の独自の世界を切り拓いていった。それは、松林図屏風に象徴されるように、世の中の動きとはっきり一線を画した、彼の孤高の世界だったように私には思えるのである」(『等伯~反骨の画聖~』公式パンフレットより)

等伯が「松林図」を描いたのは1594年、56歳のころだった。その後、大徳寺や南禅寺で襖絵を手掛け、僧侶の地位である「法眼」に叙せられる。時代は江戸幕府へと移り、家康の命だったのだろうか、72歳で江戸に向かうも発病。到着して2日後に亡くなったと伝えられている(同)。墓は等伯が上洛し身を寄せた京都市上京区の本法寺にある。

                    ◇

仲代氏はことし2月に等伯生家の菩提寺である七尾市の本延寺で営まれた等伯の四百十六回忌法要に参列している。このとき、能登との縁で演出した等伯の人生ドラマに自らの人生を重ねていたかもしれない。享年92歳。(※写真は、能登演劇堂公式サイトより)

⇒11日(火)夜・金沢の天気    くもり

★震災の能登にインバウンド観光客 ダ-クツーリズムの流れか

★震災の能登にインバウンド観光客 ダ-クツーリズムの流れか

「ダ-クツーリズム(Dark tourism)」という言葉を初めて耳にしたのは、去年元日の能登半島地震で最大震度7の揺れが観測された志賀町香能(かのう)地区を3ヵ月後の3月4日に見て回ったときだった。帰りに現地と近い富来地区のコンビニに立ち寄った。駐車場で外国人男性2人が警官から職務質問を受けていた。2人は「名古屋」ナンバーの車で来たようだ。店舗に入るためその横を通ると、警官がどのような目的で能登に来たのかと尋ねていた。すると、外国人は「ダークツーリズム」と答えていた。その後、外国人たちはどこをめぐったのかは知る由もないが、今にして思えば、おそらく香能に向かったのだろう。

ダークツーリズムは日本では使われていない言葉だが、欧米では被災跡地や戦場跡地などを訪ね、死者を悼むとともに、悲しみを共有する観光とされている。能登半島地震は世界のメディアでも大きく報道されたことから、インバウンド観光客がダークツーリズムに能登を訪れても不思議ではない。ただ、日本では「被災地への物見遊山はやめとけ」としかられそうだが。

確かに能登半島ではこのところインバウンド観光客をよく目にする。これはことし9月18日午後3時ごろに撮影したもの。輪島市の白米千枚田に立ち寄ると、稲刈りは半分ほど終わっていたが、多くの観光客が訪れていた。そこでもインバウンド観光客が目立っていた。中には、展望ができる高台から、わざわざ下に降りてあぜ道を歩いて見学するグループの姿があった=写真=。

地震により1004枚ある田んぼの8割でひび割れが生じたとされ、ことしは250枚しか耕されなかった。そのひび割れの現場を見たり、強風などで稲が倒れてまだ刈り取りが行われていない田んぼの様子を観察するためだろうか、倒伏した稲を撮影する姿もあった。欧米からと思われるインバウンド観光客の場合、危険とされる場所であっても、あえて現場に行く。ダークツーリズムは徹底した現場主義なのだろう。

能登の観光名所となっている奇岩など風光明美な景観と、震災後の光景を比較して眺めると、大地の造形物は何千年、何万年と歴史を刻みながら少しづつ姿を変えきたのだと実感することがある。その意味で、いまの能登は地球のダイナミズムを感じさせる「ジオパーク(Geopark)」でもある。ダークツーリズムとしてインバウンド観光客を積極的に受け入れるチャンスなのかもしれない。

⇒10日(月)午前・金沢の天気   あめ

☆秋深まり紅葉見ごろ 能登地震の公費解体は年末までに完了

☆秋深まり紅葉見ごろ 能登地震の公費解体は年末までに完了

きょうの金沢は雨模様で日中の気温は15度と秋の深まりを感じる一日だった。市内で買い物をした帰りに、兼六園周辺を車で走ると紅葉が見ごろとなっている場所がいくつか目に入ってきた。その一つが金沢市役所近くにある「しいのき迎賓館」(旧県庁)と「四高記念館」に挟まれた通りで、「アメリカ楓(ふう)通り」と呼ばれている。樹木のアメリカ楓は別名で、正式には「モミジバフウ」。原産地がアメリカだったことからアメリカ楓と呼ばれている。空を見上げると赤と曇り空のコントラスが目に映える=写真・上=。

兼六園にも「紅葉山」とも称される名所がある。本来の名称は「山崎山」。高さ9㍍ほどの、いわゆる築山(つきやま)、造られた山だ。雪吊りの唐崎松の雰囲気とはまったく異なる景色で、カエデやトチノキなどが赤や黄に色づく。山頂にある茅葺き屋根の四阿(あずまや)からは兼六園の紅葉、そして雪吊り作業の様子を見渡すことができる。天気予報ではあさって11日から晴れ間がのぞくようだ。

話は変わる。このブログで何度か取り上げているが、去年元日の能登半島地震と9月の能登の記録的な大雨で損壊した家屋の公費解体が遅れている。石川県の馳知事はこれまで10月末の完了を明言していたが、おととい(7日)の記者会見で10月末時点で公費解体を終えたのは申請棟数の95%に当たる4万56棟だったと述べた(地元メディア各社の報道)。そして、残り2106棟については、年内の完了を目指すと完了目標を切り替えた。

現実はどうか。地震と豪雨で被害が大きかった能登北部は輪島市(申請件数1万2523棟)で解体率は95.8%、珠洲市(同8449棟)は同98.7%だが、半島の中部に位置する七尾市(同7175棟)は同83.3%にとどまっている。七尾市での解体作業が遅れているような数字だが、同市では解体作業に戸惑う被災者への配慮から申請期限を8月末までとしたことが影響しているようだ。輪島市などは5月末を申請期限としていた。申請が遅れた分、解体作業は後回しとなったようだ。(※写真・下は、倒壊したままとなっている輪島市中心街の寺院=ことし10月23日撮影)

七尾市が公費解体の申請期限を輪島市や珠洲市になどに比べ遅らせたのには理由があるようだ。自治体が経費を全額負担する公費解体は家屋の損壊が「半壊以上」の被害認定を受けることが必要となる。一方で半壊以上の家屋には修理費用の一部(限度70万円)を自治体が負担する「応急修理制度」もある。ここで半壊の被災者は迷うことになる。解体か修理か、と。以下憶測だ。輪島市、珠洲市は震度6強以上の地区が多く、七尾市は震度6弱の地区が多かった。この揺れの強弱の違いで、同じ半壊でも多少の違いがあったのではないか。公費解体を行い新築するか、あるいは修理して住み続けるか。思い悩んだ被災者が七尾市では多かったということだろうか。

⇒9日(日)夜・金沢の天気   くもり

★きょう立冬 季節の味ズワイガニ、初競り450万円、かに面おでん

★きょう立冬 季節の味ズワイガニ、初競り450万円、かに面おでん

季節は移ろい、きょうは二十四節季の「立冬」。カニの季節が訪れ、食卓に上る頃でもある。きのうズワイガニ漁が解禁となり、きょう金沢市民の台所でもある近江町市場に並んでいる。店頭ではオスの「加能(かのう)ガニ」やメスの「香箱(こうばこ)ガニ」がずらりと=写真・上=。「加能」は加賀と能登の意味。山陰地方の「松葉ガニ」、福井県の「越前ガニ」の向こうを張った名称ではある。「香箱」は小さな箱の意味で小さな甲羅のこと。

市場で市民が求めていたのは甲箱ガニ。小さいので食べやすい。ゆで上がったもので1匹1200円から2200円。甲羅の中の内子(未成熟卵)と外子(成熟卵)、カニ味噌はまさに季節の味わい。市民が香箱ガニを求めるもう一つの理由。それは食する期間が加能ガニに比べ短いから。ズワイガニの漁期は3月20日までだが、その中で香箱ガニの漁期は資源保護政策で12月29日まで。食する期間が短いのではやく食べておこうという気持ちにかられる。

市場で買い求めたのは、ちょっと贅沢な「かに面」。香箱ガニの身と内子、外子などを一度甲羅から外して詰め直したもの。手ごろなもので1個1500円から1800円。金沢のおでん屋に行くと、おでんのだし汁で味付けされたものが出される=写真・下=。かつて、かに面おでんは庶民の季節の味だったが、いまは1個3000円はする高級品のものもある。急騰したのは2015年3月の北陸新幹線の金沢開業がきっかけだった。金沢おでんが観光客の評判を呼び、季節メニューのかに面が人気の的となり、おでんの店には行列ができるようになった。いまの言葉で言えば、「オーバーツーリズム」かもしれない。

ところで、毎年ズワイガニ漁の解禁で初競りが地元メディアのニュースになる。各漁船が選んだカニの最高価格を競う「蟹-1(かにわん)グランプリ」。ことしは重さ1.76㌔、甲羅幅16.1㌢の加能ガニが最高級ブランド「輝(かがやき)」に選ばれ、450万円で競り落とされた。水揚げしたのは能登の珠洲市の漁船。競り落としたのは、きょう7日に開業する金沢の旅館だった。香箱ガニの最高級ブランド「輝姫(かがやきひめ)」は甲羅幅9.5㌢以上のものが対象となるが、それに資するものはなかったようだ。ようやく訪れたズワイガニの季節。例年のことだが、しばらくは家族や友人たちとの会話はカニの話題で盛り上がりそうだ。

⇒7日(金)夜・金沢の天気   はれ

☆日常生活にクマ出没 駆除に自衛隊出動という非日常

☆日常生活にクマ出没 駆除に自衛隊出動という非日常

クマの駆除に陸上自衛隊が派遣された。前代未聞のことだが、まさに過疎化する日本を象徴する出来事ではないだろうか。メディア各社の報道によると、クマによる人身被害を防止するため、秋田県と陸上自衛隊第9師団(青森市)は5日、クマの捕獲に向けて協定を結んだ。自衛隊は箱わなの運搬などで県内市町村を支援する。きのうからさっそく、秋田駐屯地(秋田市)の隊員が鹿角市で活動を始めた。支援は自衛隊法100条(土木工事等の受託)などに基づき、①箱わなの運搬、②箱わなの設置や見回りに伴う猟友会員らの輸送、③駆除したクマの運搬や埋設のための掘削、④情報収集――の4項目。武器による駆除は対象外となっている。支援期間は今月末まで。

クマの市街地での出没や人身事故は秋田県だけでなく、全国的な問題となっている。近年その傾向が強まったため、政府はことし4月、クマやイノシシが市街地に出没し、建物内に立てこもったり、木の上に登ったりするなど膠着状態が続いた場合、それぞれの自治体の判断で発砲できるようにする「改正鳥獣保護管理法」を成立させた。そこで問題となっているのが、クマ対策に関わる人材の不足だ。山奥から人里に入って来るクマを途中で阻止するために仕掛ける箱わなは重さが200㌔のあり、それをクマの通り道を推測して各所に設置するというのは、人材不足で地方では手が回らない、というのが現実のようだ。

クマの出没は地方だけの話ではない。最近では「アーバンベア(都市型クマ)」と呼ばれ、市街地周辺で暮らし、街中に出没するクマも増えている。金沢市の野田山は加賀藩の歴代藩主、前田家の墓がある由緒ある墓苑だ。市街地と接しているが、供え物の果物を狙って出没する。野田山では「お供え物は持ち帰ってください」との看板が随所にかかっている。中心街にも出没する。周辺にオフィスビルなどが立ち並ぶ兼六園近くの金沢城公園で、たびたび出没したことから、捕獲用のおりを仕掛けたところ体長1㍍のオスがかかったこともある(2014年9月)。(※クマ出没に注意を呼びかける石川県自然環境課によるポスター)

環境省公式サイトの「クマに関する各種情報・取組」によると、今年度の上半期(4-9月)の全国のクマの出没件数(速報値)は2万792件だった。昨年度同時期の1万5832件を大幅に上回り、統計の残る2009年度以降で最悪のペースとなっている。これだけ出没が頻繁になってくると懸念されるのは人身被害もさることながら、動物から人に伝染する「ズーノーシス」(Zoonosis=人獣共通伝染病)ではないだろうか。人間の活動領域と野生動物の領域が混じり合いことで、間接的であったとしても野生動物との接触度が増えることで感染リスクが高まる。欧米を中心にかつて広まった感染症「サル痘」やエボラ出血熱などはズーノーシスとされる。

少々乱暴な言い方になるが、日本でもズーノーシスが起きるのではないか。感染したクマが人里や住宅街に頻繁に入ってくることで、人々に感染症をもたらすかもしれない。そんなことを懸念する。

⇒6日(木)夜・金沢の天気   はれ

★選挙通じ組織固めか 旧統一教会元会長が金沢市長選に出馬へ

★選挙通じ組織固めか 旧統一教会元会長が金沢市長選に出馬へ

しばらく鳴りを潜めていた世界平和統一家庭連合(旧統一教会)が再び動き始めた。きょう5日付の石川県の新聞メディアによると、来年3月の任期満了に伴う金沢市長選に、旧統一教会の元会長の徳野英治氏(70歳)が立候補の意向を固め、今月10日にも記者会見し、正式表明するという。韓国の前の政権との癒着疑惑で旧統一教会トップの韓鶴子総裁が逮捕・起訴され、また、日本では解散命令の是非が東京高裁で審理されている=写真、3月26日付の各紙=。このようなタイミングで元会長の金沢市長選への出馬の狙いは何なのか。

徳野氏はある意味で危機管理が強みのようだ。金沢の高校時代に入信し、その後、2008年に11代会長に就任する。統一教会の霊感商法が社会問題となり、2009年2月に警視庁の摘発を受け複数の教団信者が逮捕されるという事件があった。このとき、徳野氏は記者会見で謝罪し、「コンプライアンス宣言」を発した。コンプライアンス宣言以降は捜査機関による検挙はなかったものの、霊感商法は止まっていなかった。全国霊感商法対策弁護士連絡会によると、1987年から2021年までの霊感商法による「被害件数」は3万4537件で、「被害総額」は約1237億円に上る(Wikipedia「全国霊感商法対策弁護士連絡会」より)。

さらに政治家とのネットワークづくりにも長けている。徳野氏が2012年から13代会長(2020年まで)となり、2016年6月、当時の安倍総理から首相官邸に招待されていたとの報道もあった。双方が反共産主義の立場を共有していて、教会側が党候補者の選挙支援などを行っていた。自民の議員秘書の中には信者が入り込んでいるなどと、新聞メディアなどで報じられたこともある。

教団の実力者である徳野氏が金沢市長選に出馬する狙いは何だろうか。以下、あくまで憶測だ。それは、旧統一教会トップの韓鶴子総裁が逮捕・起訴され、また、日本では解散命令の是非が東京高裁で審理されていている中で、動揺する信者の気持ちを引き締めたいとの思いがあるのかもしれない。おそらく、徳野氏の立候補がきっかけとなり、各地で旧統一教会の幹部の出馬が続くかもしれない。選挙を通じて信仰を訴え、組織内を引き締めていく、そんな新たな布教の手段だろうか。あるいは、宗教法人の解散を見越して政治団体化を狙っているのか。

⇒5日(水)午前・金沢の天気   くもり

☆建築家の坂茂氏が「文化功労者」に 能登復興への美学と使命感 

☆建築家の坂茂氏が「文化功労者」に 能登復興への美学と使命感 

前回ブログの続き。取り上げる順番は逆になったが、政府は2025年度の文化勲章・文化功労者を発表した(10月17日)。その中で能登の国際芸術祭や震災復興と関わってきた建築家の坂茂(ばん・しげる)氏が文化功労者に選ばれている。坂氏の能登での仕事の一端を初めて見たのは、能登半島地震の前年2023年5月5日に震度6強の揺れが起きた珠洲市を訪れたときだった。以下再録。

同市に入ったのは10日後の5月15日だった。家屋などの被害が大きかった同市正院町を歩いていると、横から声をかけられた。市長の泉谷満寿裕氏だった。金沢大学の教員時代に同市との協働プロジェクトを手掛けたことが縁で、これまでも声をかけていただいていた。そのときに、「バンさんのマジキリがすごいので見に行かれたらいい」と。「バンさんのマジキリ」の意味が分からなかったが、「それはどこにありますか」と尋ねると、近くの公民館にあるとのことだった。

さっそく行ってみると、公民館は避難所となっていた。スタッフの人が案内してくれた。実際に見てみると、避難所でつくられた個室パーテーションだった=写真・上=。説明によると、坂氏は被災した人々にプライバシーを確保する避難所用の「間仕切り」の支援活動を行っていて、同市にも震災後にいち早く間仕切りが寄贈された、とのこと。間仕切りは木製やプラスティックなどではなく、ダンボール製の「紙管」を使ったもの。カーテン布が張られているが、プライバシー確保のために透けない。中にあるベッドもダンボールだ。坂氏は1995年の阪神大震災を契機に災害支援活動に取り組んでいて、このような「バンさんのマジキリ」を開発したようだ。

坂氏はその年の秋に同市で開催された「奥能登国際芸術祭2023」では、日本海の絶景が見渡せる丘の上に長さ40㍍、幅5㍍の細長い建物「潮騒レストラン」を造った=写真・中=。一見して鉄骨を感じさせる構造だが、よく見るとすべて木製だった。ヒノキの木を圧縮して強度を上げた木材を、鉄骨などで用いられる「トラス構造」で設計した日本初の建造物という。日本海の強風に耐えるため本来は鉄骨構造が必要なのかもしれないが、それでは芸術祭にふさわしくない。そこで、鉄骨のような形状をした木製という稀にみる構造体になった。まさにこの発想はアートだと感じ入った。

もう一点。2024年元日の最大震度7の能登地震で同市では坂氏が監修した仮設住宅が整備された=写真・下=。木造2階建ての仮設住宅は木の板に棒状の木材を差し込んでつなげる「DLT材」を積み上げ、箱形のユニットとなっている。地元県産のスギを使い、木のぬくもりが活かされた内装となっている。観光名所でもある見附島近くあり、外装の色合いも周囲の松の木と妙にマッチしていて、まるで海辺のリゾート地のような雰囲気を醸し出していた。

建築を通じて社会貢献をしていきたい、社会課題を解決していきたいという提案型の作品をつくり続ける坂氏の美学、そして使命感が伝わってくるようだった。

⇒4日(火)午前・金沢の天気   はれ