★拉致問題、先読み‐2
話は変わる。能登半島には一連の拉致被害の第1号の現場がある。最近何度か訪れた。警察関係者の間では、「宇出津(うしつ)事件」と称される。1977年9月19日、東京都三鷹市役所の警備員だった久米裕さん(当時52歳)が石川県能登町宇出津の海岸で失踪した。当時事件を取材した元新聞記者から話を聞いた。
久米裕さんは在日朝鮮人の男(37歳)と、国鉄三鷹駅を出発した。東海道を進み、福井県芦原温泉を経由して翌19日、能登町(当時・能都町)宇出津の旅館「紫雲荘」に到着した。午後9時。2人は黒っぽい服装で宿を出た。旅館から通報を受け、石川県警は能都署員と本部の捜査員を急行させた。旅館から歩いて5分ほどの小さな入り江「舟隠し」で男は石をカチカチとたたいた。数人の工作員が姿を現し、久米さんと闇に消えた。男は外国人登録証の提示を拒否したとして、駆けつけた署員に逮捕された。旅館からはラジオや久米さんの警棒などが見つかった。
元新聞記者によると、この事件で石川県警察警備部は押収した乱数表から暗号の解読に成功したことが評価され、1979年に警察庁長官賞を受賞している。ただ、この事件は単に朝鮮半島に向けて不法に出国をした日本人がいたという小さな話題としてしか報道されなかった。以降、日本海沿岸部から人が次々と消える。この年の11月15日、横田めぐみさんが同じ日本海に面した新潟市の海岸べりの町から姿を消したのだ。
警察は、乱数表およびその解読の事実を公開した場合は、工作員による事件関係者の抹殺など、事件解決が困難になるリスクもあると判断し、公開に踏み切れなかったともいわれる。当時、大々的に拉致問題として報道していれば、その後の被害者も最小限だったかもしれない。当時は外交による国交回復が望まれていた。そんな折、あえて事件化できなかったともいわれる。
宇出津事件の現場を歩くと、不気味な感じがする。入り組んだ典型的なリアス式海岸で、急な坂道を上り下りする。夜は人が歩けるような状態ではない。だから、事件が起きたのだと実感する。あの外交問題の拉致事件の第1号ながら、有名な歴史スポットになってもよさそうだが、看板一つない。地元の人たちにとって、ここが観光地であり、拉致は歴史の汚点と考え、あえて明示したくないのかもしれない。
⇒31日(土)昼・金沢の天気 はれ
安倍総理にとって拉致問題の解決は政治家としての「ライフワーク」とも言える。これまでの記憶をたどる。安倍氏は小泉内閣時に官房副長官と官房長官を務めた。2002年3月に官房副長官に就任し「拉致疑惑に関するPT(プロジェクトチーム)」を発足させ、さらにその年の4月には衆参院で「拉致疑惑の早期解決を求める決議」が採択された。その年の9月にあの電撃的な小泉訪朝が実現する。当時の金正日総書記と会談し、拉致を認めさせた。翌10月には蓮池薫さんら拉致被害者5人が帰国した。さらに2004年5月、小泉総理が再訪朝し、拉致被害者の子5人が帰国した。小泉氏が総理として爆発的な人気を得たのは、郵政民営化だけでなく、何と言ってもこの拉致被害者の帰国があったというのも大きい。当時、小泉訪朝を支えた安倍氏は一貫して「日本人拉致疑惑をうやむやにして、国交正常化などすべきではない」が持論だった。影の立役者だった。
北ベトナムとアメリカによる、いわゆるベトナム戦争の真っただ中の1974年、当時の南ベトナムが支配していた西沙諸島を中国人民軍が武力で確保し、「領土」とした。ベトナム戦争が終結した1988年には、さらに南沙諸島にも中国が進出し、統一ベトナムとの間で軍事衝突が起きた。中国は南シナ海のほぼ全域を覆うように「九段線」と呼ぶマーキングエリアを設定し、中国の主権と権益が及ぶと公言している。
この件の事情を韓国メディアの掲載記事で検索すると、2013年9月23日付の中央日報WEB版(日本語)は嘆いている。経済協力開発機構(OECD)加盟国で交通事故死亡率1位(2010年基準)、人口100万人当たり死亡者は114人。「交通事故死亡者5392人のうち57.4%に当たる3093人が歩道と車道が区分されていない幅9㍍未満の生活道路で犠牲になった。高速道路や広い道路よりも住宅地周辺の狭い道がさらに危険なのが韓国の現実だ」と。ちなみに、同じ統計で日本では100万人当たり死亡者45人なので、韓国の死亡事故は日本の2倍以上となる。ただ、交通死亡事故の定義は日本は24時間以内で死亡した統計であり、各国との比較は微妙だが、それにしても韓国の死亡事故は多い。
もちろん、4人の教師は無断欠席したわけではなく、校長に事前に届けていたので、「倫理」を問うというのはおおげさかもしれない。ただ、新入生の担任が入学式の当日にいないとなると、どうなっているのかと不審に思う保護者(父母など)もいるだろ。一方で、擁護する人は、教師は聖職者ではあるが、人の親でもあり、職業より私生活を優先させるケースがあったとしてもそう目くじらを立てることもない。それは、校長との話し合いでの上の判断なのだから、相当な理由があったはず、と。