2005年 10月 27日の投稿一覧

★「近い存在」「遠い存在」

★「近い存在」「遠い存在」

   「トヨタは年間の宣伝費のうち800億円をテレビで使っている。私だったらこの金で自前のテレビ局をつくる…」。そう言ったのは、10月14日に金沢市で講演したIT業界の論客、孫泰蔵氏(「アジアングルーヴ」代表取締役)だ。民放キー局系のBS放送の資本金が300億円ほどなので、年間800億円もあれば、相当なパワーをもったテレビメディアの構築は確かに可能である。

   TBSに対して共同持ち株会社による経営統合を提案した楽天の三木谷浩史会長兼社長はきのう(26日)、TBS株を持ち株比率で19.09%まで買い増したと発表した。楽天がこれまでTBS株の取得につぎ込んだ合計はざっと1110億円にのぼる。孫氏流に言えば、「この1110億円の金で、自前のテレビメディアをつくればいいじゃないか」となる。

   インターネット企業から見れば、テレビ局は「近い存在」と思うかもしれないが、テレビ局から見れば、インターネット企業は「遠い存在」である。楽天はインターネットという通信を利用して「仕組み」をつくり、その便利さを競って利用者を集めて使用料を取る。しかし、テレビ局は番組という商品をつくってスポンサーに売る。評判(視聴率)が悪ければ、次は買ってもらえない。テレビ局はメーカーなのである。これに対し、ネット企業はどちらかと言えばサービス産業に近い。ここに感覚のズレがある。「株を買占めたから会社を統合しよう」と迫る楽天の発想は株式の上で通用しても、実際の経営で果たして通用するのか。

   事例を上げれば分かる。アメリカ・オンライン(AOL)と、CNNなどを傘下に持つ「タイムワーナー」が2000年に合併した。当時勢いのあったAOLは株価も高く、実質的にタイムワーナーを38兆円で買収したと話題になった。あれから5年、どうなったか。統合すると、タイムワーナー側の経営はAOLに比べ強固で安定していた。それに比べ、AOL側はネット不況による業績不振や粉飾決算疑惑などコンプライアンスの問題で、AOL側の経営陣が次々と駆逐され、結局、経営の主導権を握ったのはタイムワーナー側だった。企業名も「AOLタイムワーナー」から「タイムワーナー」に戻り、AOLはタイムワーナーの単なるネット部門に成り下がった。いまAOLを切り離そうと、株式の売却交渉が進んでいる。

   では、楽天には三木谷氏以外どれだけの経営陣がそろっているのか。仮に統合したとする。TBSはすでにデジタル化投資を終えた超優良企業だ。弱みはない。しかも、「モノづくり」や大手スポンサーとの交渉で鍛え上げてきたTBS側の実務スタッフと、楽天側が同じテーブルで論議すれば一目瞭然だろう。楽天側は論破され、太刀打ちできなくなる。楽天がAOLの轍(てつ)を踏むとまで言わないが、プロセスが似ている。

   再度、孫氏の言葉を引用する。「それだけお金があれば、自前でテレビメディアをつくればいいじゃないか」。孫氏が講演で語った真意は、確立されたメディア媒体を買収するより、ニューメディアをつくった方が企業価値は高くなる、と説いたのである。孫氏の言葉は正論に聞こえる。

⇒27日(木)朝・金沢の天気  はれ