⇒メディア時評

☆早とちりの選挙謀略説

☆早とちりの選挙謀略説

   国際比較あるいは世界ランキングというのがマスメディアでたまに出てくる。「日本は何位…」という例のランキングだ。タイミングがよいのか悪いのか、今回の衆院選と絡めるとこのようなうがった見方もできる。8日付の新聞各紙で掲載された、国連開発計画(UNDP)による2005年版「人間開発報告書」によると、日本は健康、教育など「人間の豊かさ」を測る人間開発指数で177カ国・地域中11位(前年は9位)と、初めてベスト10から転落したそうだ。この大きな理由が、女性の政治・経済分野への進出度を示す性別権限指数(ジェンダー・エンパワーメント・メジャー=GEM)が43位と、先進国では極端に低かったことによる。

   このランキングを前向きに受け止め、もっと女性候補者を国会に送り出そうと考えれば、今回の衆院選で多く女性候補を出している党を応援しなければならないことになる。ちなみに一番多く女性候補を出している党は共産党で69人、次いで自民党26人、民主党24人と続く。さらに当選の可能性を言えば、比例代表の1位に女性候補者を据えている自民党となるだろう。

   この記事を読んで、私は正直言って「これは巧妙な世論誘導だ」と思った。ある党の党首クラスなどはさっそく「新聞にもありましたが、女性の政界進出は国際的に見ても遅れております。その点、わが党は優先的に女性候補を擁立しております…」などと街頭演説のネタにするだろう。この意味で今回の人間開発報告書のニュースリリースは謀略に近い、と感じたのだ。この時期、このタイミングでこんな国際統計を出してくる「霞ヶ関」は一体どこなのだろうかと勘ぐった。

   新聞をつぶさに読んだ。しかしリリースした省庁名がどこにも記載がない。そこで数紙の記事をもう一度読むと、冒頭に「ニューヨーク」あるいは「ジューネーブ」とある。つまり特派員が記した記事なのである。ここで私の謀略説は一気に崩れた。早とちり。

   しかし、そもそも紙面をよく読めば、この統計もなんとなく怪しい。日本のGEMが38位から43位に低下した理由は女性国会議員の割合が9.9%から9.3%に下がったのが響いたのだとか…。個人的な思いだが、女性の権限を統計化するのであれば、「家計における女性の権限」を追加してほしい。年代は忘れたが、総理府統計では、家計の財布を握る女性は70数%と欧米に比べ群を抜く。個人の金融資産はトータルで1300兆円。預貯金や保険をやり繰りしている日本の女性は世界に類を見ない金融パワーの持ち主なのだ。これが統計として評価されれば、ランクは一気に上がるはずだ…。

⇒9日(金)午前・金沢の天気  晴れ

☆あすからニッポンの選挙

☆あすからニッポンの選挙

    あすは総選挙の公示日だ。この日を境にしてマスメディアの取材対応は新聞もテレビもがらりと変わる。やけに公平、ことに客観的、妙に紳士的になる。たとえば、公示日の各候補者の動きを報じるテレビの「お昼のニュース」を見てほしい。トリキリと言って各候補者の第一声をそのまま流す。各候補者のトリキリ(15秒程度)の秒数は同じだ。つまり平等だ。仮にこれがA候補が10秒で、B候補が12秒だとすると、A候補の選挙事務所から「なぜウチの候補者の声が短い」と抗議の電話がかかってくる。対応がまずかったりすると「公平性を欠く」「選挙妨害」と総務省にねじ込まれたりもする。特にテレビ局の場合は放送法で選挙に関する公平さが法律で規定されている。

     おそらくそれを見越しての自民党の動きである。新聞各紙によれば、自民党は28日、郵政民営化法案に反対した前衆院議員への対立候補について「刺客」という言葉を使わないよう報道各社に文書で申し入れた。郵政民営化反対派への強硬策あるいは見せしめなどを意図する言葉としてマスメディアは使っている。これが選挙区に送り込んだ相手が女性だと「くノ一」などと、いずれもイメージの悪い死語を用いている。申し入れの理由については「刺客は暗殺者を意味し、候補の呼び名としてふさわしくない」「自民党とその候補のイメージダウンを図る効果が生じている」としている。自民党とすれば申し入れは当然だろう。真面目に争点を論じようにも、「くノ一の刺客」などとマスメディアに喧伝(けんでん)されてはかなわない。

     この措置は、自民党選対本部が総務省と連絡を取り合って、公職選挙法(選挙妨害)や放送法(報道の公平性)などの法律に抵触するかどうか相談した上でのことだろう。つまり、「予め警告しておく。公示以降は法的な措置も検討する」という意味合いだ。しかし、これを受けた29日の紙面は対応がバラバラだ。相変わらず「刺客」と使っている紙面もあれば、「郵政民営化法案に反対した前職に党本部が公認候補らをぶつける郵政分裂型の選挙区」(朝日新聞)などとすかさず対応している新聞社もある。

     しかし、あす30日からは、みなが紳士的になり、「くノ一の刺客」やホリエモンという言葉は使わないだろう。「郵政民営化に賛成の自民党の女性候補」「堀江貴文候補」となる。そして、9月11日午後8時の投票終了以降はまた「くノ一の刺客」やホリエモンに戻る。こうしたマスメディアの対応を外国人ジャーナリストが記事にすれば「選挙に見るニッポンの奇観」との見出しが立つのではないか。

    それではインターネットのブログは自由に書けるのか。公職選挙法では、公示日から投票日までは立候補者や政党はホームページの更新や開設が原則禁止となる。候補者はもちろん、関係のない個人であってもメールやブログ、掲示板で特定候補への投票呼びかけは禁止である。違反した場合は2年以下の禁固、もしくは50万円以下の罰金だ。日本の選挙はかくのごとく厳粛なのである…。

 ⇒29日(月)午後・金沢の天気  晴れ

★世論調査と注目の選挙区

★世論調査と注目の選挙区

   最新の世論調査を読み解く。読売新聞社がきょう掲載した衆院選に関する世論調査(電話方式・17日‐19日)によると、内閣支持率は53.2%で衆院解散直後の調査(8、9日)より5.5ポイント上昇し、不支持は34.1%で前回調査より8.2ポイントも減った。今回の衆院選の比例代表で投票したい政党は自民37%で前回調査より10ポイント増加、民主党16%で5ポイント減だった。公明4%、共産3%、社民党2%、国民新党1%と続いた。小選挙区でどの政党の候補に投票したいかでは自民党39%で前回より9ポイント増、民主党14%で4ポイント減。公明3%、共産党2%、社民1%、国民新党1%となった。

   おそらく世論調査の担当は驚いているだろう。通常の国政選挙の世論調査でこれほど数字は動かない。調査ごとに、一つの政党にグングンと数字が集約されていくということは、有権者の関心が相当高まり、争点がはっきりしてきたという証左でもある。1989年参院選のマドンナ旋風と1990年総選挙の反消費税で議席を増やした社民の「おたかさんブーム」以来ではないか。世論調査の担当者は「ヤマは動く」と今回の総選挙の結果をすでに読み切っているに違いない。

   世論調査の分析を踏まえ、各マスメディアの選挙担当は今後の番組や紙面構成を練っている。つまり、「注目の選挙区」「話題の選挙区」の選定である。重点的に記者を投入し、公示後に選挙区ルポなどを行う。これも大方決まったようなものではないか。何と言っても、郵政民営化反対のドンである亀井静香氏とITの風雲児ホリエモンこと堀江貴文氏の広島6区だろう。続いて「刺客」という言葉が踊った東京10区(小林興起氏VS小池百合子氏)、静岡7区(城内実氏VS片山さつき氏)、民営化反対のもう一人のドンであり「国民新党」代表の綿貫民輔氏の富山3区も注目を集めそうだ。

   こうして見ると自民VS民主という構図で注目される選挙区は少ない。目立つのは衆院補選から4カ月後にまた同じ顔ぶれで戦うことになる自民・山崎拓氏VS民主・平田正源氏の福岡2区ぐらいではないか。

   ここにきて総選挙を報道するマスメディアも争点あるいは対立軸を「郵政民営化に賛成か反対か」の一本に絞らざるを得ない状態になってる。年金で争っている選挙区はどこにあるのか、という具体的な話で詰めていくとそのような選挙区ははないからである。従って「注目の選挙区」の取材が進み報道されれば郵政民営化問題がさらにクローズアップされることになる。マスメディア側に意識はないものの、マスメディアに日ごろ触れている有権者が自然と誘導される「見えざる世論操作」ともえいる現象なのだ。

⇒20日(土)朝・金沢の天気   晴れ

☆「選挙」上手の商売下手

☆「選挙」上手の商売下手

   9月11日の衆院選挙に向けて一番張り切ってきるのが小泉総理、二番目がNHKではないかと推測する。小泉総理は解散後の内閣支持率が50%前後と急上昇し、この勢いを過半数の議席確保(自民と公明で)につなげたいところだろう。NHKは去年7月に発覚した元チーフプロデューサーによる番組制作費の着服事件以来相次いで不祥事が発覚しており、なんとか得意分野の選挙報道で信頼回復をしたいと腕をさすっているに違いない。

    実際、NHKの選挙報道は民放テレビ局に比べ、開票速報のスピードや出口調査による当落の分析、選挙番組のボリュームなどにおいて群を抜く。だから、候補者が選挙事務所で万歳を行うとき、NHKの「当確」速報を確認してからというケースがままある。いくら民放が早々と「当確」を打っても候補者すら事務所に現れないこともある。また、視聴率も国政選挙ならばローカルでも20数%は稼ぐ。民放は最初からNHKを別枠にして「選挙番組の視聴率は民放で何位だった」などと広報したりする。

    受信料の不払い・保留件数が7月末現在で117万1千件にも達した。このままでいけば減収は年100億円にも上ることが予想され、秋の中途採用(40-50人)を取りやめると発表したほどだ。だから、降って沸いたような選挙だが、視聴者をNHKにクギづけして、「やっぱり皆様のNHKでしょう。そこで、受信料はお支払いください」とアピールするよいチャンスにしたいとNHK経営陣は考えているはずだ。

    しかし、選挙報道の上手は必ずしも商売上手にはつながらないようだ。NHKは公開番組の観覧申し込みについて、受信料を支払っている人に限定する措置を取るという。新聞報道によれば、9月27日放送分の番組「NHK歌謡コンサート」を東京・渋谷のNHKホールで収録する。応募者の中から抽選で1500組3000人に入場整理券を送るが、その前に応募はがきと受信料の契約台帳を照合し、支払いを確認するというのだ。人気歌手の鳥羽一郎や藤あや子が出演だから応募も多いだろう。

    どうやら「受信料を払っていない人でも番組が見られる」という不公平感や、「受信料を払っていない人が番組観覧できるのはおかしい」との声がNHKに寄せられたことによる措置らしい。が、不払い者締め出しは逆効果である。もともと余分な出費を抑えたいと思っていた人が一連の不祥事をきっかけに不払いに転じているのだ。最近は「隣が払っていないのなら私も」という便乗組も増えている。しかし、今は支払いを渋っていても、これらの人の中にはNHKの努力によって支払いを再開する人もいるはずだ。努力とはNHK営業マンによる戸別訪問とか、優良な番組を提供することによる信頼の回復である。ところが、支払う者と不払い者を選別すると、選別された側は強制力を持った法律でも出来ない限り、一生不払いになる。

    むしろ、番組観覧を有効に使えばいいのである。厳選に抽選して、その中に不払い者がいればNHK職員が持参して「抽選の結果当選しました。つきましては受信料もお願いします」と一言添えて入場整理券を手渡せばいい。新聞社は新規読者を開拓するためにこのような地道な努力をしている。選別は反感を買うだけだ。

⇒14日(日)夜・金沢の天気  雨

☆選挙プロのある読み

☆選挙プロのある読み

  新聞を丹念に読む人であるならば、きょう(10日)の紙面を読んで「勝負はついた」と判断しただろう。そして、選挙を実際に何度か指揮した、あるいは選挙情勢の分析に長けたいわゆる「選挙のプロ」ならば、「さて、8月15日に小泉総理はどう動くか」と思いをめぐらせていることだろう。

  新聞各紙はきょう一斉に世論調査を掲載した。共同通信が郵政民営化の否決と衆院解散が決まった8日から9日にかけて実施した内閣支持率は47.3%、7月の調査に比べ4.7ポイントのアップだった。衆院解散は54.4%が「良かった」と評価されている。同じく朝日新聞の調査は、内閣支持率が46%、7月の調査に比べ5ポイントのアップ、衆院解散に48%が「賛成」である。内閣支持率は40%が「上々」、50%が「磐石」と言われている。従って、小泉総理は総選挙を行わなくても「すでに勝利」しているのである。もちろん内閣支持率が小選挙区での議席獲得にダイレクトに結びつくわけではない。

  この共同通信と朝日新聞の世論調査で数字の差が出た点が大きく分けて2つある。一つは、自民党内の郵政民営化反対者のいわゆる「造反組」に対し、共同の調査では52.5%が「理解できる」としているのに、朝日では「共感する」が34%しかいない。これは「理解」と「共感」の設問の語感から取れるニュアンスの違いだろう。「共感」はより踏み込んだ「理解」の意味で、そこまでは評価できない、ということになる。もう一つ、選挙でどの政党の候補者に投票する意向かの調査項目で、共同は1位の自民が37.4%だったのに対し、朝日は1位の自民が29%と8ポイントも差がついている。これは朝日のアンケート調査にきちんと答えようとする人たちの意識の差、つまり「自民嫌い」が共同より多いとも取れる。

  きょうの新聞紙面で傑作だったのは、この世論調査の結果発表と民主党の岡田代表の記者会見の内容を並べたことだ。「内閣支持率47%に上昇」の見出しの脇で、下のほうに「岡田代表、政権取れなければ辞任」の見出し。見出しを流し読みすると、岡田代表の敗北宣言との印象になる。新聞ではたまにこうした妙な並べ方がある。岡田氏が読んだら目を白黒させるに違いない。

  ところで注目すべきポイントは、小泉総理は8月15日に靖国神社に参拝するか否か、である。私の友人(選挙のプロ)の見立てはこうだ。選挙がなければおそらく小泉総理は15日に参拝する。しかし、選挙になったので参拝の可能性はなくなった。なぜか。選挙の争点がぼけるからである。世論調査でも、67%が郵政民営化が選挙の争点としている。争点がくっきりと浮かび上がっている。この意味で、小泉総理の思惑が的中したと言ってよい。そこへ一石を投じるがごとく靖国参拝をするだろうか。選挙の定石から言えば、焦点ぼかしになるような行動は得策ではない。

  現に、朝日の世論調査では「小泉総理は靖国参拝を続けた方がよいか」との設問に「よい」が41%、「やめた方がよい」が47%となっており、二つに意見が分かれる。ということは総理の参拝が一気に争点化する可能性もあり、わずかながらでも「やめた方がよい」とする意見がある以上は選挙にもマイナスの作用に働くと見たほうがよい。つまり、小泉総理の靖国参拝は9月11日まではないと見るべきだろう。むろん筋論で言えば、戦後60周年の節目こそ8月15日の参拝に意味がある、だから総理の参拝はある、との見方も根強い。参拝の是非論は別として、選挙と靖国参拝をどう読むか。

⇒10日(水)夕・金沢の天気  晴れ  

☆大いなる産業実験

☆大いなる産業実験

        「あらゆる手段を使って、2011年を乗り切りましょう」。会長の庄山悦彦・日立製作所社長が答申のまとめをこの言葉で締めくくると、庄山氏の左横で麻生総務大臣は大きくうなずいた。きのう29日の総務省情報通信審議会(総務相の諮問機関)での答申は「大いなる産業実験」の最終工程へと大きく踏み出した。この答申が民放ローカル局のあり方を大きく変える劇薬になるのか、あるいは死へと導く毒薬になるのか。

   「自在コラム」では地上デジタル放送(略して「地デジ」)について何度かコメントしてきたが、そのポイントは「2011年問題」に尽きる。全国に地デジを普及させ、2011年7月に現行のアナログ放送を停止する。そして停止されたアナログ放送の電波帯域は民間通信業者に開放するというのが国の計画(国策)だ。問題は、今から6年後には全世帯がデジタル対応テレビに買い換えるか、既存のアナログテレビにSTB(セット・トップ・ボックス=外付けのデジタル放送チューナー)を取り付けなければならない。デジタル対応テレビの普及率は現行8%である。6年後に100%に近づくのか。また、民放各局は中継局をデジタル対応にする設備投資を始めているが、小さなテレビ局でも45億円ほどの投資は必要とされ、放送インフラが遅れる可能性もある。「普及率も伸びない。そもそも地デジの中継局は間に合うのか。アナログ停波を先延ばししてはどうか」との声が高まってくるだろう。これが「2011年問題」なのだ。

        この問題に対する回答の一つが、光ファイバーの通信網を利用する今回の答申だ。それによると、ビルの陰など電波が届きにくい地域を中心に、IP(インターネット・プロトコル)技術を使った光回線で番組を送信する。06年から通常の画質(SD)の放送を認め、08年からはハイビジョン画質(HD)の番組の送信を全国で認める計画だ。また今回、CS(通信衛星)で地上波放送の番組を流すことも認められた。冒頭の「あらゆる手段」とはこのことだ。

        ここで疑問が生じる。いったん光ブロードバンドで送信できるようになれば、原則として県単位になっている放送エリアは意味がなくなる。これに対して、答申でも、光回線での送信も放送対象地域の中でしか視聴できないようにする技術を確立することを条件にしている。果たして、そのような技術開発は可能か。制限なく見えてしまえば、県域が原則になっている放送免許制度の意味がなくなりかねない。民放ローカル局はこの県域を守ることで経営が成り立っている。民放連も神経を使っていて、たとえば7月21日の記者会見でのやり取りで、日枝会長は今回の答申を想定した記者の質問に注意深く答えている。

【記者】:衛星やIPでデジタルソフトをデリバリーすることになると、県域放送の充実を標榜したデジタル化の意義が薄らぐのではないか。
【日枝会長】:総務省は、放送のエリアと同じ県域の視聴者にIPを利用して番組を届けることができるか検証するのであり、同時再送信が前提と考えている。衛星利用についても、技術的に難しい面もあるようだが、県域の再送信が前提である。ただ、中継局を建設した方が低コストになる可能性もあるわけで、今のうちに検討しておこうというのが総務省の考えだろう。

       つまり、日枝会長は、インターネットや衛星放送にエリア制限を加える無理な技術を開発するより、ローカル局が中継局を建設する国の補助を充実した方がコスト的に安い、と言外に滲ませたのである。ところが、この放送免許制度そのものを疑問視する動きも出てきた。政府の規制改革・民間開放推進会議では8月にもまとめる中間報告で放送業界に新規参入を促すための制度の再検討を求めるようだ。新規参入の自由化が実現すると、民放が50年かけて築き上げた県域主義による「集金システム」が総崩れになる可能性もある。

        地デジの成功はデジタル対応テレビなど家電の売れ行きに大きな波及効果を与える。1台30万円のテレビが3千万台売れたとすると9兆円、民放のデジタル化投資が8000億円、これだけでもざっと10兆円ほどになる。国が狙っている「大いなる産業実験」とはこのことなのだ。だから民放がいくら利益を出しても、国の実験に次から次へと付き合わされ利益を吐き出していく。この実験が終了した後、おそらく放送の免許制度は撤廃される。日立製作所社長の庄山氏の横でうなずく麻生大臣の2人の構図を私はそのように読み取った。

 ⇒30日(土)夕・金沢の天気  晴れ

★不払いの悪循環

★不払いの悪循環

   これでもか、これでもかと問題が噴出してくる。NHKは28日、ビール券購入をめぐり不正があったとして、福井放送局のチーフ・カメラマン(46)を懲戒免職処分にしたと発表した。チーフ・カメラマンは、2000年6月から2004年12月にかけ、取材協力者への謝礼との名目でビール券を局に購入させて4830枚を換金し、354万円をだまし取った。チーフ・カメラマンは「単身赴任などで生活費がかさむと思い、不正を始めた。洋服代などに充てた」と話しているという。カメラマンは全額を弁済している。

    新聞などによると、チーフ・カメラマンは127回にわたり上司の印鑑を勝手に持ち出してビール券の発注伝票に押印していた。おかしな話である。一つには、私文書を偽造したとしても、なぜ個人が4830枚ものビール券を局から引き出せたのか。ちょっとした謝礼なら常識的に言えば1回につき10枚が相当である。すると5年間で483回分の謝礼ということになる。1年で平均97回、月平均で8回も謝礼があるのか。次に、不正で得た金を「洋服代などに充てた」とする理屈である。他のテレビ局のカメラマンがこの話を聞けばせせら笑うだろう。カメラマンは10㌔以上もあるカメラを操作する。移動中もカメラを手放さないものだ。だから常に動きやすい服装で、夏だったら襟付きの半そでポロシャツにスラックスという服装だ。このカメラマンはブランドもののスーツを着込んで仕事をしていたというのか。そうでない限り、「洋服代など」という理屈が理解できない。

   うがった見方をすれば、このカメラマンはビシっとスーツで決めて、夜の繁華街を札ビラを切りながら闊歩していた、ということだろうか。しかも、去年7月に元チーフプロデューサーによる6230万円にも上る番組制作費不正流用が発覚したが、カメラマンはその後も不正行為を続けていたことになる。悪質である。

   こうなるとカメラマンが悪いというより出金する管理業務がなぜチェックできなかったのかと首をかしげたくなる。4830枚ものビール券をなぜ買い与えてしまったのか。一連の不正事件で浮かんでいるのは、管理業務のチェック体制の甘さである。この方が罪が重い。監督責任を問われて、福井放送局長や放送部長ら5人が減給、副部長ら2人が譴責(けんせき)処分、ほか2人を厳重注意を受けているが…。

   NHKは今年度の予算で、受信料の不払いが45万件になると想定して事業計画を立て、受信料収入は前年度比1.1%(72億円)減の6478億円を見込んでいる。ところが次々とさらなる不祥事が発覚し、5月末の受信料不払い件数は当初見込みを上回る97万件に上り、6月末には100万件を突破したとみられる。こうなると「不払いの数が多いから払わない」という悪循環が出てきて、不払いの勢いが止まらなくなる。受信料の不払いが増えれば今度は番組制作費も削減され、番組が「劣化」することにもなりかねない。

   この悪循環を断ち切るにはこれしかない。金品で不正を働いた者は業務上横領の罪で警察に告訴してけじめをつけ、退職金は一切払わない。この2点がなければ国民は納得しないだろう。弁済しているから告訴しないとNHKが言い訳しているのであれば、国民は「カメラマンが『オレよりもっと悪いヤツがいる』と、警察にベラベラしゃべられてはNHKが困るからだろう」とNHK自体を勘ぐってしまう。

⇒29日(金)午前・金沢の天気  曇り時々晴れ

★権利のクリアランス

★権利のクリアランス

  ことし3月、ライブドアがニッポン放送株をめぐって争奪戦を繰り広げたのはフジテレビの番組コンテンツをインターネットに取り込むためだった。この強烈なメッセージはテレビ業界には「ネット業界による乗っ取り」、インターネットのユーザーには「放送と通信の融合」、一部の政治家には「外資に対する警戒」とさまざまなかたちで伝わった。そして今月に入り、テレビ業界が動いた。日本テレビとフジテレビが相次いでインターネットによる動画配信ビジネスに参入すると表明し、フジは女子バレーボール世界大会の番組をきっかけに録画配信を行った。民放キーの3番目の動きとして20日、TBSがテレビ番組のネット配信とDVD化のための新会社を、ソフトレンタル店「TSUTAYA」を展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)と共同で設立すると発表した。

  新聞報道によると、記者会見したTBSの取締役は「番組出演者らの権利処理などの課題解決に向けた議論も進んでおり、積極的に展開したい」と述べた(21日付朝日新聞)。TBSはすでに、CMをとって番組を無料でネット配信するUSENの「GyaO」(ギャオ)にニュースの動画コンテンツを提供しており、配信のノウハウを着々と構築してきた。ある意味で満を持しての記者会見だったろう。

  一方でTBS取締役が「権利処理などの課題解決に向けた議論も進んでおり」とわざわざコメントしたのには背景がある。日本経済団体連合会(経団連)=写真=を調整役とした権利処理の動きが急速に進んでいるのだ。ことし3月に音楽、映画、放送など著作権関連団体と、映像コンテンツ関連の9団体で構成している利用者団体協議会が協議し、「最も権利関係が複雑」とされるテレビドラマのブロードバンド配信の際の使用料率を「情報量収入の8.95%」と合意した。配信による収入が100万円だった場合、8万9500円を著作権保有者に払うとの合意である。内訳はドラマのシナリオライターに2.8%、俳優に3.0%、音楽に1.35%、レコードに1.8%だ。ストリーミング配信を前提とした数字で、来年3月までの暫定ルールとなる。経団連はさらに権利関係者の許諾手続きをスムーズに行うためネット上でシステムを構築し来年度から運用を開始すると今月発表した。「権利のクリアランス」に向けた道筋が見えてきた。テレビ業界が堰(せき)を切ったように動画のネット配信ビジネスに参入すると表明したのはこうした理由からだ。

  芸術・文化とは言え、収益にかかわるこうした権利調整となると文化庁など官僚では仕切れない。権利調整という少々生臭い役回りを経団連が買って出たのは、おそらく政府筋から依頼を受けてのことだろう。実は、経団連とメディアの関係は浅くない。前記のニッポン放送の設立(1954年)にかかわったのが経団連で、当時副会長だった植村甲午郎氏がニッポン放送の社長に就く。植村氏は後に日本航空社長になる人である。また、海外メディアの特派員に対し取材のサポートを行っているフォーリン・プレスセンター(FPC)は経団連と日本新聞協会とが共同出資でつくった財団法人(1976年設立)だ。これは意外と知られていない。

  民放の黎明期、海外メディアの窓口、そして放送とインターネットを結ぶための著作権処理と時代のニーズに応じてメディア業界にその存在感を示してきたのが経団連だった。メディアだけではない、産業界の「仕切り役」なのである。

⇒22日(金)朝・金沢の天気   曇り

☆「メディアと極東ロシア」講義録

☆「メディアと極東ロシア」講義録

  金沢大学教養課程で講義を行った(7月19日)。テーマは「メディアと極東ロシア」。1992年1月にロシアのウラジオストクが対外開放され、テレビを中心とする日本のメディアが続々と極東ロシアに取材拠点を構えた。ところが、2000年を境に潮が引くように撤収を始めた。このメディアの動きは一体何だったのか、極東ロシアのこの15年の動きとリンクさせながら、その謎解きを行った。以下は90分の授業で講義の要約。テキストはちょっと長い…。

                 ◇

 初めに、日本のマスメディアが極東ロシアに眼を向けるにいたった経緯について、それまでの主な時代の流れについて、簡単におさらいをしておきましょう。1979年から始まります。この年、イスラム原理主義が勢力を伸ばしていたアフガニスタンでは、ソ連のコントロールのもとにあった政権があやしくなってきた。そこでソ連のブレジネフ書記長は政権を支えるために大規模な軍事介入に踏み切ります。いわゆる「アフガン侵攻」です。このアフガン侵攻は西側に衝撃を与え、翌年はモスクワでオリンピックがありましたが、日本を含む西側諸国のボイコットが相次ぎました。1981年にアメリカ大統領となったのは元映画俳優のロナルド・レーガンです。彼は「強いアメリカ」を標榜していました。そして、アフガンに駐留を続けるソ連を「悪の帝国」と名指しで非難したのです。いまのブッシュ大統領は「悪の枢軸」という表現を使っていますが、当時は「悪の帝国」が流行っていたわけです。そして、レーガンはソ連を意識して大規模な軍事拡大路線に走っていきます。その代表的なものが、「スター・ウォーズ計画」と呼ばれたSDI(戦略的防衛構想)です。

  ちなみに、ジョージ・ルーカス監督の映画「スター・ウォーズ」の初めての上映は1977年ですから、アフガン侵攻の2年前です。アメリカ人にとって、おそらくこのSDI計画は映画のように分かりやすかったでしょう。巨大な宇宙ステーションから発するレーザー光線でソ連のミサイルをたたくのだというイメージが真っ先に浮かんだと思います。この意味で、アメリカのペンタゴン、国防総省はこの映画を最大限に政治的に利用したといえるでしょう。

  こうした一連の流れがあった1980年代前半を「新・冷戦の時代」ともいいます。この新しい冷戦の構造が、逆にソ連とアメリカに対話を促すことになります。アメリカの過剰な軍事拡大路線は2兆ドルともいわれた国家財政の累積赤字を生み出すことになります。ここでレーガンは政策転換を余儀なくされ、ソ連との対話を再開することによって軍事費を抑制しようとします。ソ連もまた、アフガン侵攻で膨大な戦費が費やされ、国家財政が破綻寸前に追い込まれていました。こうして、1986年、お互いに困っていたアメリカとソ連の首脳がアイスランドのレイキャビックで会うことになります。アメリカはレーガン、ソ連はあのペレストロイカ(立て直し)を掲げたゴルバチョフでした。会談はうまくいかなかったのですが、両首脳がなんとか顔を合わせた。これだけでも随分と歴史的なこととなりました。そして、1989年11月、東西ドイツのあの「ベルリンの壁」が崩壊します。翌月の12月、地中海のマルタ島で、当時のアメリカのブッシュ、いまのブッシュ大統領のお父さんですが、と、ソ連のゴルバチョフが会談して、「東西の冷戦の終結」を宣言するわけです。このマルタ宣言では、長らく滞っていた戦略兵器削減条約(START)の早期解決が合意され、GATT、いわゆる関税貿易一般協定をはじめとする西側の経済システムにソ連を組み入れることも話し合われました。過去の軍備拡大のツケの清算だけでなく、ソ連の未来まで決めてしまった、そんな意義ある会談だったわけです。

  ゴルバチョフはこのマルタ会談の翌年1990年にノーベル平和賞をもらいます。おそらく有頂天だったと思いますが、それもつかの間、彼の人生とソ連という国、そして歴史が大きく変わります。1991年8月19日、ソ連の大統領となっていたゴルバチョフですが、改革路線に反対して昔ながらの共産党支配の復権をもくろむクーデターが身内から起こります。クリミア半島の別荘にいたゴルバチョフを、副大統領ヤナーエフ、首相パブロフ、国防のヤゾフら側近がゴルバチョフを軟禁して、非常事態国家委員会を宣言したのです。

  これに対し、この年の6月にロシアの大統領に当選していたエリツィンがクーデターへの抵抗を市民に呼びかけます。ロシアの共和国庁舎にたてこもるわけです。そして、クーデターを起こした側は強硬手段をとることができずに、2日後の21日にはあっけなくクーデターは失敗します。この事件をきっかけに、ゴルバチョフの時代が終わり、エリツィンの時代の幕開けやってきます。まず、エリツィンによって、ロシア共産党禁止の措置がとられ、ついで、ゴルバチョフがソ連共産党中央委員会の解散を勧告するわけです。これは、事実上の共産党の解体宣言となります。そして、その年の12月、ロシア、ウクライナ、ベラルーシーの3つの共和国の首脳がベラルーシーのブレストで会談し、ソ連が国際法上、その存在を停止したことを確認するわけです。つまり、ソビエト連邦が消滅し、現代史から消えた瞬間でした。

  ここからが本題です。激動したソ連の中央での動きをウオッチし、極東ロシアへの進出のタイミングをうかがっていたのが日本のマスメディアでした。ソ連が消滅した翌月、つまり1992年1月にウラジオストクが対外開放されます。では、それまではどうだったのかと言いますと、ウラジオストクにはロシア太平洋艦隊の司令部があり、外国人の立ち入りが厳しく制限されていた、いわゆる閉鎖都市だったわけです。隣国であり、地理的に日本に近かった極東ロシアですが、実はベールに包まれていたのです。

  その「ニュースの未開の地」に真っ先に乗り込んだのは日本のメディアではNHKでした。ウラジオストクの開放から4ヵ月後の5月には支局を開設しています。一番乗りというのは、幸運にも恵まれるもので、NHKが支局を開設した途端に、ロシア太平洋艦隊の弾薬庫が爆発するという大きな事故がありました。これをNHKは大々的に流しました。もちろん現地にもロシアのテレビ局はありますが、もし、対外開放されていなければわれわれ日本人が知ることができなかったニュースだったのかもしれません。

  この事故をもうちょっと詳しく説明しますと、ウラジオストクにある弾薬庫が爆発事故を起こしたというニュースはその後3日間も日本を始め、世界を駆け巡りました。極東ロシアの弾薬庫の爆発がなぜ世界的なニュースになったかというと、実は弾薬庫に保管されているであろう化学兵器に爆発が及んだ場合にはとんでもない事態になると予測されたからです。幸いにしてそうはならなかったものの、いくつかの問題を日本に問いかけることになりました。一つには、ロシアが遠い対岸の国ではなく、わずか800㌔の距離、空を飛んで2時間足らずで手が届く隣国であることに日本人がリアリティーを持って気づかされたこと。二番目に、ソビエトの崩壊と同時にロシア極東軍の士気の低下が他人事ではなく、日本の日常も脅かしかねないことが、「環日本海」をめぐる草の根の交流や、ビジネスチャンスの到来という明るい側面が大いに盛り上がっていた時だけに、冷戦時代には見えなかったいわゆる「影の部分」が見事に見えるようになったわけです。われわれは今後、この国とどのように付き合えばよいのかということを、われわれのお茶の間にも問題提起をした。あえて、言うならば、そのようなことを具体的に浮かび上がらせたのがこの爆発事故だったのです。

  では、実際に極東ロシアにどのようなマスメディアが拠点を構えたのでしょうか。テレビから行きます。一番早かったのが先ほどのNHKです。92年5月にウラジオストクに開設しています。次いでテレビ朝日系列のネットワークである北海道テレビ放送がちょっと遅れはしたものの、民間放送では初めてその年の7月にウラジオストクに開設しました。TBS系列の北海道放送は当初、93年にユジノサハリンスクに開設しましたが、95年にウラジオストクに支局を移転しています。移転した理由はあとで説明します。そして、日本テレビ系列のテレビ新潟が94年3月にウラジオストクに支局を開設しています。これだと、日本の民放の4大ネットワークの中でフジ系列がないのですが、ここはフジ系列の北海道文化放送が91年にモスクワに特派員を派遣し、ここから随時、極東ロシアの取材をカバーするという体制を組んでいます。

  今度は新聞ですが、全国紙や通信社で極東ロシアに支局を置いた新聞社はありませんでした。北海道新聞は「ブロック紙」と呼びますが、ユジノサハリンスクとハバロフスクに特派員を置きました。そして、中日新聞北陸本社は現地の通信員と契約し、定期的に記事を送ってもらっています。「います」というのは現在も続いているからです。

  このように見ますと、テレビが新聞より積極的に極東ロシアの取材をしているようにも思えます。これは新聞が消極的、あるいは怠けているということではないのです。実は、メディアの手法の違いです。簡単に言いますと、新聞は活字ですから、映像はなくてもよい。ロシア内部での第一級の情報がほしい、権力闘争にかかわる内部情報がほしい。すると限りなく権力機構に近づこうとします。ですから、権力と情報が集中するモスクワに陣取っていた方が便利となるわけです。そして極東ロシアはその都度、モスクワからカバーすればよいというふうになります。これが、全国紙や通信社のスタンスだったわけです。ただし、同じ新聞でも北海道新聞は極東ロシアは北海道の交流圏であり経済圏であるとの発想で、ユジノサハリンスクとハバロフスクの2ヶ所に特派員を置きました。北海道新聞、現地では「道新」と呼びますが、北海道とロシアは同じ地平線上にある、そんな取材の視点があるのではないでしょうか。

  一方、テレビ局はまず映像がほしい、それもスクープ映像がほしい、これまでどのテレビ局も紹介したことがない人々の暮らしや街の様子をテレビカメラで撮影したい、との欲求があります。しかし、モスクワからウラジオへは9000㌔も離れています。いざ何か事件が発生しても映像が間に合わなくなる可能性がある。そこで、極東ロシアに常駐のカメラマンを置いておこうと発想するわけです。もちろん、系列テレビ局のキー局がそれぞれモスクワに局を構えていますので、ある意味で、地域的にバランスのとれた適正な配置といえます。同じマスメディアでも、活字の新聞と映像のテレビでは、発想にこれだけの違いがあります。その考え方がくっきりと浮かび上がったのが極東ロシアにおける支局の配置でもあるわけです。

  もうひとつ注目したいのは、それでは、極東ロシアにはハバロフスクという都市もあるのに、なぜウラジオストクにテレビ局が支局を設置することにこだわったかというと、実は理由があります。先に紹介したTBS系列の北海道放送は当初、93年にユジノサハリンスクに支局を置いて、2年後の95年にウラジオストクに支局を移しています。その理由は、当時の日本の国際通信会社であるKDDなどが出資して、「ボストーク・テレコム」という会社をウラジオストクにつくります。実際のサービスの運用開始は93年の暮れになります。このおかげで、日本と極東ロシア間の国際電話だけではなく、取材したテレビの映像を通信衛星で伝送することが可能になったのです。

  それでは、極東ロシアではどのようなニュースが発信されたのでしょうか。ウラジオストクは軍隊の規律が緩んでいて、先ほども紹介した爆発事故などさまざま事件が起きていました。その象徴的な出来事が、軍による弾薬の横流しです。犯罪組織だけでなく市民の生活にまで影響が出ていました。たとえば、ナホトカの市場では子供が持っていた手榴弾が爆発して6人が死亡したり、ウラジオストクのバスターミナルで夫婦喧嘩に爆弾が使われたりと、横流しされた爆弾がらみの事件や事故が多く発生しました。

  また、インフレも凄まじいものがありました。91年、モスクワの地下鉄の運賃は5カペイカ、つまり、100分の5ルーブルでした。ところが、その5年後の96年になると1000ルーブル、1500ルーブルと数万倍にもなりました。また、インフレで経済社会が混乱すると、マフィアという犯罪集団がウラジオストクをはじめ各地で幅を利かせ始めます。当時、ウラジオオストクだけで、500ものマフィア集団があり、なかでも有名なのがロシア人による「セントラル」や、中国人系による「キタイスカヤ」といった5つの大きなグループが覇権を争っていました。ちなみに、北海道テレビが支局で使っていたのはトヨタのランドクルーザーですが、当時、地元のマフィアとも同じランドクルーザーを使っていたことから、取材のスタッフは必ず車の床下を覗き込んで爆弾が仕掛けられてないかチェックしたそうです。

  2000年、プーチンが大統領になって、ロシア全体の政治と経済が安定し、極東ロシアの治安や経済も徐々に回復してきます。すると、かつて、「ニュースの未開の地」として日本のマスメディアが一斉に乗り込んだ極東ロシアも、存在感が薄れてきます。すると、こんどは極東ロシアからのメディアの撤退が始まります。2000年4月には日本テレビ系のテレビ新潟、続いて同じく6月にはテレビ朝日系の北海道テレビ、そして、TBS系の北海道放送も翌年の9月にウラジオストクから撤退します。北海道新聞もユジノサハリンスクに取材拠点を一本化します。テレビ局で拠点を構えているのはNHKだけとなりました。

   こう見てみますと、日本のメディアはご都合主義だなと、政治や経済の混乱がなければ、さっさと撤退か、とそう思われる人も多いと思います。しかし、実は、日本のTVメディア側にも大きな問題があったのです。それは、ロシアではなく日本国内の経済的な混乱とでもいいましょうか、足元に火がついた状態になります。それは、97年暮れごろから顕在化した、山一證券や北海道拓殖銀行の破綻に見られる金融不安です。しかし、この時点では、まだ日本のマスメディアはまだ強気でした。金融不安があったにせよ、携帯電話やインターネット関連のあたらしい産業が好調で、テレビ業界の売上は落ちていなかったからです。ところが、翌年98年の夏ごろに、為替相場が急激に円安にぶれてきます。95年の夏には1㌦80円台だった為替相場が98年には140円台にまで円安になってきました。

  私はそのころローカル民放の報道制作部長として、系列全体のニュース基金を検討する立場にありました。その時の論議を振り返ってみますと、ニュース基金が運用難に陥ったのは、ニュース基金の支出の実に47%、半分ぐらいがドル建ての支払いになっていて、円安にぶれた為替相場の影響をまともに受けていました。これは他の系列局のニュース基金も同じ事情でした。そこで、次に出てきた論議が、円安は当面続くだろう、ニュース基金を防衛するために、ドル建て支払いと直結する海外支局のリストラをしようという論議に展開していったのです。そして、2001年までにはシドニー、ベルリン、ウィーン、香港、そしてウラジオストクといった海外支局が次々と統廃合されました。

  では、なぜ、ウラジオストクがリストラの候補上げられたかというと、先ども言いました、ロシア全体が政治的にも経済的にも安定してきた、テロ事件や事故は相変わらず多いものの、弾薬の大爆発といった政情不安に結びつく混乱はなくなった、普通の国になってきたというのがその理由だったと思います。そして、ちょうどその時期とあわせたように、日本における金融不安、円安または日本はこの先どうなるのかという、ニュース全体が内向きの傾向になってきた、そんなタイミングで極東ロシアからメディアが引いていったのではないかと思います。

  私は今回のテーマの冒頭で、極東ロシアにおける日本のマスメディアの動向を探ることによって、極東ロシアと日本のことがよく分かるといいましたが、いま考えてみますと、ひょっとしてテーマは逆だったのかもしれません。「極東ロシアから見えた日本のメディア」と表現してもよかったのかもしれません。

※ 授業後半は、元北海道テレビ放送ウラジオストク支局長の中添眞氏を交えてトーク

⇒21日(木)夕・金沢の天気  晴れ

★勝負はついた

★勝負はついた

  日本テレビがこの10月から会員制のホームページを開設し、1年以内に1万本以上の番組を有料配信すると、きょうの日経新聞が報じた。テレビ業界で今後の生き残り競争に誰が勝ち名乗りを上げるのかと言えば、これで勝負はついた、フジテレビの負け、日テレの勝ちである。

  ライブドアがニッポン放送株をめぐって争奪戦を繰り広げたのは、最終的にはフジテレビの番組コンテンツを取り込むためだった。それを、フジは逃げて逃げて逃げまくって、最終的には1400億円の対価をライブドアに払うことで折り合いをつけ逃げ切った。ところが、日テレは、ライブドアがやろうとしていたことを自ら打って出てやろうというのである。日テレがやろうとしている番組のオンデマンド配信はインターネットがこれだけ普及しブロードバンド化した現在、自然といえば自然な流れなのである。逃げるほうが不自然。これをきっかけには日テレはインターネット上での主導権を握ることができるのだ。

  新聞記事によると、会員100万人以上を確保する計画という。地上波放送で広告収入に依存してきたテレビの新たなビジネスモデルとして注目を集めることは間違いない。有料配信としたのは、USENの「GYAO」のようなCM収入になると地上波放送と競合し、ヘタをするとネットの部分のCMは地上波の「おまけ」になる可能性があったからだろう。それに、広告市場のパイの奪い合いをこれ以上激化させると、ローカル局にしわ寄せがいく可能性もある。

  仮に、この有料配信が不調に終わったとしても、損害は軽微だろう。フジの1400億円のことを思えば、である。株式も反応した。日テレの東証株価、きょうの終値はプラス580円、3.77%の上げだ。大いに好感したのである。

フジはきょう、上記の新聞記事を追いかけるようにして、インターネットでの自社の番組を有料配信を今月15日から開始すると発表した。フジの新サービスは、主要なネット接続サービス業者などと提携してサイト上にフジの特設コーナーを設け、録画した番組を提供する仕組みで、地上波放送で13日から中継する女子バレーの試合を試験サービスとしてスタート。全15試合を525円で視聴できるようにする。その後、当面はCS(通信衛星)放送向けに制作した番組を中心に、1番組当たり210円で提供という。しかし、業務提携したはずのライブドアはなぜか主要なネット接続サービス業者の中に入っていないのである。これがまた不自然さを感じさせるのだ。日テレのように「1年以内に1万本の映像コンテンツを」といった腰の据わった取り組みなのかどうか。

⇒12日(火)午後・金沢の天気  くもり