⇒メディア時評

☆小さなコーブ(入り江)の話

☆小さなコーブ(入り江)の話

         久しぶりにこの人の名前が目に留まった。リチャード・オバリー氏、和歌山県太地町でのイルカ保護活動家だ。報道によると、最高裁は、オバリー氏が退去強制処分の取り消しを求めた訴訟で、国の上告を受理しない決定(11月17日付)を下した。オバリー氏は2016年1月、成田空港から観光目的で入国しようとしたが、上陸手続きで「活動内容が不明」として認められず、異議申し立ても退けられた。同年2月に退去強制の処分を受け出国。2019年10月の1審で東京地裁は「漁業関係者への嫌がらせを入国目的としていた疑いがあるというのは困難だ」と指摘、2審の東京高裁も支持した(11月18日付・産経新聞Web版)。

   イルカをめぐる保護活動か、漁業者への嫌がらせか。自身は2011年5月5日のゴールデンウイークに家族と和歌山県南紀を観光で訪れた折に太地町に赴き、現場を見に行ったことがある。当時の率直な感想は「嫌がらせ」だ。イルカ保護活動を職業にしている、というイメージだった。そのときの様子を再現してみる。

   訪れたのは5月5日午前10時ごろ。追い込み漁が行われている小さな入り江へ行く=写真・上=。イルカが網にかかっており、翌日市場が再開するので漁業関係者が網からイルカを外して解体処理場に運んでいた。その様子を橋の上からオバリー氏が見ていた=写真・下=。もう一人の外国人が沿岸で漁の様子をカメラ撮影していた。和歌山県警の警官も数人いて、周囲にはちょっとした緊張感があった。

   「嫌がらせ」と感じた場面は近くの漁協の前でのことだ。外国人数人がいて、漁協前で停まった車から漁師風の男性がおりると近寄り、たどたどしい日本語で「イルカ漁をやめてほしい」とお札を数枚差し出していた。男性は無視して漁協に向かった。漁協の前に車が停まるたびにそれが繰り返されていた。物理的な阻止行動ではない。今回の裁判官とすれば、漁師が無視すればよいだけの話で「嫌がらせ」ではないとの印象かもしれない。

   問題はお金をちらつかせながら「イルカ漁をやめろ」という行為だ。「板子一枚、下は地獄」とよく漁師が言うように、漁は危険を伴う職業だ。現実に、1878年(明治11)クジラを追った船団が沖に流され遭難した100人以上が亡くなっている。その慰霊碑が立っていて、今でも慰霊参拝が続けられている。自然への恐れや畏怖の念を抱きながら、それでも太地の人たちは海からの恵みを得ようと歴史を刻んできた。そこにオバリー氏らが突然やってきて、金をやるからイルカ漁を止めろと活動しているのである。地元の漁師たちにとって、迷惑な話で「嫌がらせ」と感じても不思議ではない。

   オバリー氏が主役となって撮影された映画『ザ・コーヴ』は2010年にアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞した。それ以来、イルカの保護運動の活動家にとって、太地町は悪名をはせ、オバリー氏はヒーローになった。世界の支持者から寄付金が集まり、裁判にも勝った。81歳、まだまだ頑張るつもりだろう。

   和歌山で生まれ、博物学者であり、生物学者(特に菌類学)であり、民俗学者の南方熊楠。その一生を記した著書(神坂次郎著『縛られた巨人 南方熊楠の生涯』)を読んだことがある。熊楠はクジラの塩干しを炭火であぶって、よく酒を飲んだと著書にあった。この塩干しが食べたくなり、太地町の商店から「鯨塩干」を取り寄せたことがある。オーブンで5分間ほどあぶって口にすると、スルメイカの一夜干しのあぶったものと歯触りや味がそっくりだった。

   熊楠が現代に生きていたら、オバリー氏をどう評しただろうか。頭に血が上ると口撃が止まらない悲憤慷慨(こうがい)の性格で徹底して対峙したか、あるいは妙に気が合って酒を酌み交わしたか。

⇒19日(木)夜・金沢の天気     はれ

★数字の裏読み、深読み、独り歩き

★数字の裏読み、深読み、独り歩き

    数字には納得できるものと納得できないものがある。さらに納得できたとしても、「さらに裏の潜むもっと大きな数字もあるだろう」と思わせるものもある。日本と中国の相互意識を探る第16回日中共同世論調査(実施=言論NPO、中国国際出版集団)の結果だった。17日付のNHKニュースWeb版の記事を引用しながら数字を読んでみる。

    調査は9月と10月に18歳以上を対象に行われ、日本は全国で1000人、中国は北京や上海など10都市で1571人からの回答をもとにしている。記事によると、中国に「良くない」という印象を持つ日本人は前回に比べ5ポイント増の89.7%に上った。その理由として、中国公船などによる「尖閣諸島周辺の日本領海や領空の侵犯」が同6ポイント増の57.4%で最も多く、以下、「国際的なルールと異なる行動」49.2%、「南シナ海などで行動が強引・違和感」47.3%で、中国による一方的な海洋活動が対中感情を悪化させている。設問はメディアで報道される内容に沿っている。

   一方、中国人で日本に対する印象が「良くない」と答えたのは52.9%で前回と横ばいだった。「良くない」理由は、「侵略の歴史 きちんと謝罪・反省せず」74.1%、「魚釣島・周辺諸島『国有化』で対立」53.3%、「米国と連携し包囲しようとしている」19.7%となっている。良くない印象の理由の設問はおそらく中国側が独自に作成したものだろう。その設問の内容は国内での反日教育をベ-スにしたものや、2012年9月に日本が尖閣諸島を国有化したこと、経済圏構想「一帯一路」のシーレーンをめぐる動きなど、いわゆる国策をベースにしたものだ。

   以下は深読み、裏読み、憶測である。「89.7%」をどう読むか。率直に中国で独り歩きをする危険な数字ではないだろうか。その大前提には中国人と日本人ではまったく情報は共有されないという事情がある。たとえば、日本人が「良くない」とする一番の理由である中国公船の尖閣周辺での航行について、日本で大きな問題となっていることは中国では報じられていないだろう。つまり、なぜ「良くない」のか理解されない。

   今回のアンケート調査の数字は中国でどのように報じられるのだろうか。憶測だが、「中国嫌いの日本人は89.7%」「日本嫌いの中国人は52.9%」の表現だろか。すると、「なぜ中国嫌いの日本人が多いのだ」と、今度は数字が独り歩きをして、逆に中国での反日感情を煽る可能性も出てくる。あるいは、数字は政治的に利用されることもあるだろう。

   折しも、「自由で開かれたインド太平洋」のもと日本、アメリカ、インド、オーストラリアの4ヵ国の海軍と海上自衛隊がインド近海での共同訓練を行っている。中国とすれば、格好の「口撃」材料だろう。「中国嫌いの日本人89.7%が敵に回っている」とプロバガンダにされる、かもしれない。

⇒18日(水)朝・金沢の天気     はれ

☆アメリカ大統領選から見えたメディアの有り様

☆アメリカ大統領選から見えたメディアの有り様

    それにしても「長い長い戦い」とはこのことを言うのだろう。アメリカ大統領選挙は、投票日(今月3日)から10日が経ちようやく、トランプ氏とバイデン氏の選挙人の獲得数が確定した。50州と首都ワシントンでの選挙人538人のうち獲得したのはバイデン氏が306人、トランプ氏が232人だったとメディア各社が報じている。

   フロリダ大学「選挙プロジェクト」サイトでの推計によると、今回の大統領選の投票数は1億5883万票で、アメリカの18歳以上の有権者数2億3925万人に対する投票率は66.4%だった。二者択一の投票率は高いものだが、たとえば、大阪市を廃止して4つの特別区に再編する「大阪都構想」の住民投票(今月1日)は今回62.4%だった。大阪より熱いアメリカだったとも言える。

   アメリカ大統領選について動画やサイトをチェックしていたが、アメリカのメディア、とくにテレビは日本の選挙報道と少し趣(おもむき)が異なる。現地時間12日付のCNNは「Trump fails to address election loss」(トランプ氏、選挙敗北への対応に失敗)とトランプ氏に対しては皮肉たっぷりに伝えている=写真=。選挙期間中を問わず、CNNはいつもトランプ氏には対して厳しい論調だ。

   日本では新聞やテレビに選挙報道の公正さを求める(公選法148-1)、テレビ放送に政治的な公平性を求める(放送法4)、テレビ放送に候補者の平等条件での放送を求める(放送法13)などだ。この法律に従って、マスメディアの選挙報道は公示・告示の日から投票時終了まで、候補者の公平的な扱いを原則守っている。

   アメリカでもかつてテレビ局に「The Fairness Doctrine」(フェアネスネドクトリン)、つまり選挙報道などでの政治的公平が課せられ、連邦通信委員会(FCC)が監督していた。ところが、CATV(ケーブルテレビ)などマルチメディアの広がりで言論の多様性こそが確保されなければならないと世論の流れが変わる。1987年、連邦最高裁は「フェアネス性を義務づけることの方がむしろ言論の自由に反する」と判決を下し、フェアネスドクトリンは撤廃された。このころから、テレビ局に政治色がつき始め、たとえば、FOXは共和党系、CNN、NBCは民主党系として知られるようになった。

   アメリカではむしろこの傾向が「テレビ離れ」に拍車をかけているのかもしれない。確かに、アメリカでは、ヘイトスピーチもフェイクニュースも表現の自由であり、むしろ、誰かが言う権利を否定することこそが忌まわしいという風潮は今もある。ただ、メディアの公平性というのは、フェイクやヘイトがネットで蔓延する社会だからこそ求められる報道スタンスであり、それが今、信頼性として評価される時代ではないだいろうか。FOXもCNNも脱共和、脱民主を追求してみてはどうか。

⇒14日(土)朝・金沢の天気     はれ

☆アメリカ大統領選 メディア観察記

☆アメリカ大統領選 メディア観察記

   きょう朝からアメリカ大統領選の開票の成り行きを観察している。日本時間で午前6時にニューヨーク証券取引所は取引を終えた。ダウは554㌦高い、2万7480㌦と大幅上昇。一時700㌦超えも。世論調査では、民主党候補のバイデン前副大統領が支持率で全国的にトランプ大統領をリードしており、選挙で明確な勝敗が決まり、バイデン氏が約束するインフラ支出を盛り込んだ刺激策が選挙後に実施されることへの期待につながっている(ロイター通信Web版日本語)。いわゆる「思惑買い」だ。

   アメリカのほとんどの州で有権者の得票数で1票でも多かった候補者がその州のすべての選挙人を独占する「勝者総取り」方式をとっていて、全米で538人の過半数の270人を獲得した候補者が勝者となる。CNNニュースWeb版でも「THE RACE TO 270」と題して速報値を伝えている。ちなみに、カリフォルニアの選挙人がもっとも多く55人、テキサス38人、フロリダとニューヨークが29人となっている。

          日本時間で午後3時ごろ、ABCテレビが速報で、「FloridaD. Trump, projected winner」と激戦地フロリダ州での勝利を確実にしたと伝えた。前後して、トランプ氏はツイッターで「I will be making a statement tonight. A big WIN!」と述べた。さらに、「We are up BIG, but they are trying to STEAL the Election.」とツートしたため、ツイッター社は「誤解を招く可能性がある」として警告ラベルを付けて閲覧者に注意を促している。

   日本時間の午後4時ごろ、ABCテレビが速報で、「Minnesota-J. Biden, projected winner」とミネソタ州での勝利を伝えた。ことし5月、黒人男性が白人警官から首を圧迫されて亡くなった事件をきっかけに、「Black Lives Matter (黒人の命は大切)」の人種差別への抗議デモが広がったところでもある。

   日本時間の午後5時現在、CNNニュースWeb版の「THE RACE TO 270」ではバイデン氏が220人の選挙人を確保、トランプ氏は213人となっている。

   アメリカのメディア各社が行った出口調査をNHKがまとめている。「大統領に求める最も重要な資質は」について、「強い指導者であること」32%、「判断力がある」24%、「自分のような人のことを配慮する」21%、「国を団結させる」19%。ペンシルベニア州の男女別の支持では、男性の「トランプ支持」54%、「バイデン支持」44%、女性の「トランプ支持」42%、「バイデン支持」56%。人種別では、白人(回答者の81%)の「トランプ支持」55%、「バイデン支持」43%、黒人(回答者の11%)の「トランプ支持」6%、「バイデン支持」92%だった。

   「ヤフー・ジャパン・ニュース」の「みんなの意見」で、「米大統領選トランプ氏とバイデン氏、勝つのはどっちだと思う?」のアンケ-トがあり、「トンラプ」59%、「バイデン」34%と答えている(4日午後10時現在で投票数54万546)。中国に圧力をかけるトランプ氏を日本人は頼りにしているのかもしれない。

   日本時間で午後10時40分現在で、 CNNニュースWeb版の「THE RACE TO 270」ではバイデン氏が224人の選挙人を確保、トランプ氏は213人となっている=図表=。6時間前からほとんど数字が動かない。

⇒4日(水)夜・金沢の天気    くもり

★哲人政治家ホセ・ムヒカ氏の「ことばのチカラ」

★哲人政治家ホセ・ムヒカ氏の「ことばのチカラ」

   「世界一貧しい大統領」として知られた元ウルグアイ元大統領のホセ・ムヒカ氏が今月20日、政界からの引退を表明した。新型コロナウイルスの感染拡大で、政治の身上である「議員の仕事は人と話し、どこへでも足を運ぶこと」ができなくなり、免疫系の持病もあるとして、この日議会で演説し明らかにした。(10月21日付・共同通信Web版)。

   ムヒカ氏は85歳で2010年から15年まで大統領を務めた。以降は上院議員として活動した。ホセ・ムヒカ論については、朝日新聞の萩一晶記者が現地での単独取材を元に出版した朝日新書『ホセ・ムヒカ 日本人に伝えたい本当のメッセージ』(2016年発行)に詳しく記されている。以下引用させていただく。(※写真は、朝日新書『ホセ・ムヒカ 日本人に伝えたい本当のメッセージ』の帯から)

   ムヒカ氏は政治的な辣腕をふるって自国を経済的に豊かにしたのか、実はそのようなタイプの政治家ではない。むしろ、教育に全力を注いだ政治家である。南米ウルグアイには、スペインからの独立戦争、封建制度と貴族政治、軍政との長い戦いがあり、民政に移管されたのは1985年だった。本人もかつて極左ゲリラ組織のメンバーとして誘拐などに関与、「投獄4回、脱獄2回、銃撃戦で6発撃たれた」(同書)という過去もある。

   ムヒカ氏の言葉は日本人に心によく刺さる。「私が思う『貧しい人』とは、限りない欲を持ち、いくらあっても満足しない人のことだ。でも私は少しのモノで満足して生きている。質素なだけで、貧しくはない」。まさに人生訓だ。もう一つ。「生きていくには働かないといけない。でも働くだけの人生でもいけない。ちゃんと生きることが大切なんだ。たくさん買い物をした引き換えに、人生の残り時間がなくなってしまっては元も子もないだろう」

   日本にも「清貧」という言葉がある。昔から「清く貧しく美しく」という生き方が良しとされてきた。清貧であることを美化するつもりはまったくない。ただ、日本人の発想の根底には清貧があって、それが、現在のReduce(消費削減)、Reuse(再利用)、Recycle(再生利用)という環境活動の3Rなどにつながっていると考えている。話が横にそれた。

   ムヒカ氏がよく使う言葉は「Nobody is more than nobody」(英訳、同書)。誰も誰かより偉いということはない、という意味だろう。近い響きが、福沢諭吉の「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずといへり」(『学問のすゝめ』)ではないだろうか。こうしたムヒカ氏の言葉はどこからくるのだろか。ウルグアイの軍政下で13年にも及んだ刑務所生活での悟りのなのだろうか。ちなみに福沢の「天は人の上に・・」はアメリカの独立宣言の一節「・・ that on all men are created equal on、・・」 を意訳したものといわれている。 

   ムヒカ氏は世界に向けても言い放った。2012年6月、ブラジルのリオデジャネイロで開催された「国連持続可能な開発会議」(Rio+20)での演説。「西洋の豊かな社会と同じような消費と浪費を、世界の70億、80億の人ができると思いますか」「発展することが幸福を損なうものであってはなりません。発展とは、人間の幸せの味方でなくてはならないのです」と。

   12月から始める金沢大学での教養科目「ジャーナリズム論」では講義(12月23日)に萩記者を招いて哲人政治家、ホセ・ムヒカ氏について語っていただいく予定だ。ぜひ、この話の続きを聞きたい。

⇒28日(水)夜・金沢の天気   はれ

☆「学問の自由」、福沢諭吉の教え

☆「学問の自由」、福沢諭吉の教え

   「学問の自由」という言葉は学生時代によく聞いた。1970年代の学園紛争の最中、集会に参加するとヘルメットを被った活動家たちが、「俺たちは学問の自由を守るために権力と闘っている」と強調していた。ときには、校門にバリケードをはって、学生がキャンパスに入れないように封鎖したこともあった。

   「学問の自由」の実践家として福沢諭吉の伝記を思い起こす。1868(慶応4)年5月、新政府軍と旧幕府側の彰義隊が上野で戦闘を開始した。慶応義塾を創設した福沢はこのころ、芝新銭座の有馬家中屋敷(現在の東京都港区浜松町1丁目)で英語塾を開講していた。福沢は、戦闘で噴煙があがるのを見ながらも、塾を休むことなく、塾生たちに英書『ウェーランドの経済書』を講義した。挿絵=写真=は、戦火を眺め動揺する塾生を背に粛然と講義を行う福沢の姿である。師が動揺しては塾生も動揺する。自らの使命を遂行することが肝要と自身に言い聞かせていたのだろう。

   1871(明治4)年に福沢は、新政府に仕えるようにとの命令を辞退し、東京・三田に慶応義塾を移して、経済学を主に塾生の教育に励む。その年、廃藩置県で大勢の武士たちが職を失い、落ちぶれていった。武士が自活できるように、新たな時代の教育を受ける学びの場が必要なことを福沢は痛感していたに違いない。福沢は慶応義塾の道徳綱領を1900(明治33)年に創り、その中で「心身の独立を全うし自から其身を尊重して人たるの品位を辱めざるもの、之を独立自尊の人と云う」(第2条)と盛り込み、「独立自尊」を建学の基本に据えた(「慶応義塾」公式ホームページ)。

   では、福沢はいわゆる「西洋かぶれ」だったのか。2009年に東京国立博物館で開催された『未来をひらく 福沢諭吉展』にを見学に行った。ここで紹介されていた福沢の写真のほとんどは和服姿だった。「身体」を人間活動の基盤と考え、居合刀を日に千回抜き、杵(きね)と臼(うす)で自ら米かちをした。身を律して、4男5女の子供を育て、家族の団欒(だんらん)という当時の新しいライフスタイルを貫いた。公費の接待酒を浴びるほど飲んで市中を暴れまわった新政府の官員(役人)たちを横目に、「官尊民卑」と「男尊女卑」に異議を唱えた。

   「政府の提灯は持たぬが、国家の提灯は持つ」。福沢は「学問の自由」を徹底して貫いた。「学問の自由」という言葉を発するのであれば、政府と距離を置くこと。福沢から学んだことである。

 ※写真は、2009年に開催された『未来をひらく 福沢諭吉展』で市販された挿絵より。

⇒11日(日)夜・金沢の天気   くもり

☆中秋の名月なれど、世に暗雲漂う

☆中秋の名月なれど、世に暗雲漂う

   今夜は「中秋の名月」を雲の切れ間から見ることができた=撮影:午後6時35分=。名月をめでることができる幸福感はこの上ない。というのも、北陸は天候が変りやすく名月を拝めないことがままあるからだ。芭蕉の句がある。「名月や北国日和定なき」(『奥の細道』)。今夜は中秋の名月を期待していたけれど、あいにく雨で拝むことができなかった。本当に北国の天気は変わりやすい。福井・敦賀で詠んだ句とされる。

   中秋の名月は時代劇のドラマでよく使われるカットだ。大事件、裏切り、画策、謀反、旗揚げなど大きな出来事の前触れのシーンなどで、犬の鳴き声、ススキの穂とともに名月が浮かんで出てくる。今の時代もそう変わりない。

   東京証券取引所できょうシステムトラブルが起こり、終日すべての株式の取引が停止した。午前中にこのニュースを知って、ハッカーの仕業かと疑ったが、そうではないらしい。取引所ではシステムトラブルに対応するためにバックアップシステムを備えていたようだが、なぜバックアップに切り替えることができなかったのか、解明してほしい。あす(2日)は午前9時から通常通り売買を行う見込みのようだが、原因が分からない、バックアップシステムが機能しない証券取引所に誰が信頼を置くだろうか。東京は国際金融都市を目指しているが、シンガポールに取引の拠点を移す投資家が続出するのではないだろうか。日本の沽券(こけん)にかかわる問題だろう。

           日銀金沢支店がきょう発表した短観(公式ホームページ)によると、北陸の経済見通しがよくない。北陸の334社の回答によると、景気が「良い」と答えた企業の割合から「悪い」と答えた企業の割合を差し引いた指数は、「全産業」の数値でマイナス37ポイントだった。マイナスは4期連続。前回6月調査のマイナス39ポイントよりいくぶん改善しているものの、企業の景気判断はきびしい状態が続いている。

   アメリカ大統領選挙に向けたトランプ大統領とバイデン氏のテレビ討論会(9月29日)を視聴したが、トランプ氏がバイデン氏や司会者の発言を何度も遮って持論を主張していた。そのたびに、司会者が「ルールを守ってください」と発言を制止するシーンがあった。一方のバイデン氏も相手を「うそつき」や「最悪の大統領」と述べて、討論会どころか非難や中傷の合戦だった。子どもたちには決して見せたくない、荒れた討論会だった。これが民主主義の総本山とされるアメリカの現実なのだろうか。情けない思いがしてリモコンをオフにした。

   香港ではきょう、中国の建国記念日にあたる国慶節に合わせて、民主派の団体が毎年行っているデモ行進を計画したが、警察は新型コロナウイルスの感染防止を理由に認めなかった。しかし、SNSなどで中国や香港の政府に対する抗議活動が各地で呼びかけられ、このうち香港島の中心部では多くの人が集まり「香港の独立を」「香港の自由を守ろう」などと声を上げた(10月1日付・NHKニュースWeb版)。戦いをあきらめない人々も今夜の中秋の名月を眺めているだろうか。

⇒1日(木)夜・金沢の天気    はれ

☆メディア業界、総選挙もリスク分散か

☆メディア業界、総選挙もリスク分散か

   来年に延期された東京オリンピックについて、IOCのバッハ会長が「協力すれば必ず実行でき、歴史的な大会になる」と述べたと、きのう25日のブログでニュースを引用した。すると、このブログを見てくれた知人から「IOCはオリンピックがビジネスなのでそうした発言は当たり前、ニュースでも何でもない」との趣旨のメールが届いた。

   確かにIOCには多額の放映権料が支払われている。2018年の韓国・平昌冬季大会と東京大会の合算額で、日本は5億9400万㌦を払っている。人口1億2600万人として、1人当たり4.7㌦だ。アメリカは21億9000万㌦、1人当たり6.7㌦だ(民放連公式ホームページなど参考)。さらに、アメリカのテレビ局の放送権料は全体シェアの50%以上ともいわれる。アメリカの放送権料が日本より高いのは訳がある。IOCとの金額交渉の仕方が異なるのだ。

   日本の交渉形式はNHKと民放が「ジャパン・コンソーシアム」(JC)というチームを組んでの交渉だ。そして、金額が確定した場合は、NHKが70%、民放が30%で負担することになる。アメリカの場合は民放が強く、3大ネットワークと呼ばれる「世界最大の放送局」のABC、「系列局数ではアメリカ最大」のCBS、そして「アメリカ最古」のNBCが放送権の獲得を目指して、競ってIOCと交渉するので、日本などと比べると割高となる。

   こうして眺めてみると、日本のテレビ業界は「リスク分散型」、アメリカは競争を繰り広げる「ハイリスク、ハイリータン型」といえる。日本の場合はNHKという巨大な公共放送があるという点がアメリカとのテレビ事情を異にしている理由かもしれない。

   以下は伝聞だが、オリンピックだけでなく選挙報道もコンソーシアム化するかもしれない。新型コロナウイルスの感染拡大がCMを激減させている。そしてNHKも持続化給付金の給付決定を受けた事業者への受信料の免除など行っている。経費節減が緊急の課題なっている中で、総選挙が近いかもしれないと政局が持ち上がっている。

   これまで、NHKは「選挙のNHK」と呼ばれるほど、出口調査や開披台調査などを独自で実施し、民放各社とは比べものにならないくらいの速さと正確性で「当選確実」を出してきた。なので、候補者はNHKの当確を確認して初めて万歳をするのが習わしになっているほどだ。そのNHKが、民放や新聞各社に呼びかけ、経費分担して選挙特番の情報を収集するようだ。いわゆる「選挙コンソーシアム」だ。民放や新聞各社にとっても経費節減の折、おそらくこの誘いに乗るだろう。

   リスク分散とは言え、こうなるとどのチャンネルも開票速報は同じ、となる。もちろん、候補者の当確の予想はそれぞれの局の分析なので異なるだろう。ひょっとして総選挙をやってほしくない、と願っているのはメディア業界かもしれない。

⇒26日(土)午後・金沢の天気    あめ

★新聞業界、いまそこにある危機

★新聞業界、いまそこにある危機

   来年に延期された東京オリンピックの準備状況を確認するIOCの調整委員会がきのう24日から2日間の日程で始まり、バッハ会長は「協力すれば必ず実行でき、歴史的な大会になる」と述べ、大会の開催へ強い意欲を示した、と報道されている(9月24日付・NHKニュースWeb版)。このニュースでホッと胸をなでおろしてる業界の一つは、新聞・テレビのマスメディア各社ではないだろうか。オリンピックなどのビッグイベントは広告スポンサーの稼ぎ時であり、新聞社は部数を増やすチャンスでもある。

   先日、購読している新聞に「購読料改定のお願い」のタイトルでペーパーがはさんであった=写真=。趣旨は簡単に言えば、値上げである。10月1日から「朝夕刊(月ぎめ)4350円(税込み)、朝刊(月ぎめ)3300円(税込み)」となる。我が家では朝刊のみで、毎月2988円を払っているので、来月から312円、10%余りの値上げということになる。1日10円の値上がりでもある。

   本文を読んでみる。「購読料の改訂は、消費税の引き上げ分を除き1994年(平成6年)2月以降、26年8ヵ月ぶりとなります。この間、様々な経営努力を重ねて本体価格を据え置いてまいりましたが、新聞製作に関わる経費と流通経費は上昇し、新聞発行並びに戸別配達を維持することが大変厳しい状況となっております。新型コロナの影響が見通せない中で、ご愛読いただいている皆様にご負担をおかけすることは大変心苦しい限りです」

   率直な感想として、26年8ヵ月ぶりということならば、いたしかたないのかなとも思う。また、毎日の戸別配達には確かに労務管理コストが相当かかるだろう。この文を読んで、かなり以前から値上げのタイミングを検討していていたのだろうと察した。おそらく、消費税増税(2019年10月)の前後は避けて、東京オリンピックを前に値上げのタイミングと見込んでいたのではないだろうか。おそらく、4月1日ではなかったか。ところが、WHOが3月11日に新型コロナウイルスが世界的に感染拡大しているとする「パンデミック宣言」と発表した。これをうけて、同月24日には東京オリンピックの開催が来年に延期となり、値上げのタイミングを逸してしまった。

   一方で、コロナ禍で経済減速が今後さらに鮮明になってくると、値上げのタイミングはさらに難しくなるので今のうちに、と。そう判断し、当初予定の半年遅れ、10月1日に値上げに踏み切った、のではないだろうか。あくまでも憶測だ。

   コロナ禍では、新聞各紙が値上げに踏み切るかどうか、判断が分かれている。ある全国紙の関係者から聞いた話では、コロナ禍で宿泊客が急減し、客室に新聞をサービスしてきたホテルなどが新聞の購入を一斉に止めた。ホテルだけでなく、病院や公民館、図書館、事業所などもそうだ。しかも、客が戻りつつあっても再講読のオーダーはほとんどない。一般家庭でも購読が急減している。コロナ禍での値上げは「このきびしい現実の中で、購読中止の口実になってしまう」と警戒する。「3年後、4年後に新聞社そのものも急減するのではないか」とも。単なる値上げの話ではない。いまそこにある危機でもある。

⇒25日(金)朝・金沢の天気     くもり

★国連への評価が低くなった日本人の本音

★国連への評価が低くなった日本人の本音

          国連に対するイメージが自身の中で変化していると思っていた。どうやらこれは日本人全体がその傾向にあるようだ。アメリカの世論調査機関「ピュー・リサーチ・センター」は、創設75年を迎える国連の実績について先進14ヵ国で実施した世論調査を発表した。それをCNN が伝えている。「Americans think the UN is doing a good job. Japanese people disagree.」(9月22日付・CNNニュースWeb版)。国連に対する評価が最も低かったのは、国連バッシングを続けているアメリカではなく、日本だった。

   調査は、アジア太平洋地域、北米と欧州の先進14ヵ国で6月10日から8月3日にかけて電話での聞き取り方法で行われた。調査対象国は、日本、韓国、オーストラリア、アメリカ、カナダ、デンマーク、ドイツ、オランダ、イタリア、スウェ―デン、ベルギー、フランス、スペイン、イギリスでそれぞれおよそ千人、合計1万4276人からデータを抽出した。

   CNN記事によると、アメリカ人の国連に対する評価は、トランプ政権の初期にはやや低下したが、ここ2年間に再び上昇してオバマ前政権時代とほぼ並んだ。国連に「好感を持つ」は62%に上り、「好感を持たない」は31%だった。この傾向は、他の先進国とそれほど大きな違いはなかった。

   突出していたのは日本で、国連に対する好感度は14ヵ国の中で最も低かった。「好感を持つ」は29%で、「好感を持たない」が55%と半数を占めた。1年前の前回調査は、「好感を持つ」が47%で、「好感を持たない」35%を上回っていた。「分からない」と「答えたくない」は今回16%、前回18%だった。

   上記の数字からも、日本人の国連に対する好感度は前回もさほど良くはなかった。それが、1年後には完全に逆転して、「好感を持たない」がハッキリした。では、自身を含め日本人の意識が大きく変化した理由はなぜか。ここからは自身の考えを述べたい。

   この1年で国連を見つめる目が大きく変化したのは、はやり新型コロナウイルスの感染拡大、パンデミックに対するWHOの対応だろう。中国でヒトからヒトへの感染を示す情報がありながら、WHOがその事実を知っていたにもかかわらず世界に共有しなかった。WHOと中国の関係性が疑われたのは1月23日だった。中国の春節の大移動で日本を含めフランスなど各国で感染者が出ていたにもかかわらず、この日のWHO会合で「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」宣言を時期尚早と見送った。同月30日になってようやく緊急事態宣言を出した。自身を含め日本人の多くはこの一件で中国に配慮したWHOとのイメージが根付いた。

   今回の調査でも数字で表れている。WHOによる新型コロナウイルス対応を「悪い」と答えた日本人は67%と、14ヵ国の平均のおよそ2倍だった。評価が日本よりも低かったのは韓国のみで、「悪い」とする回答は88%だった。ちなみに、アメリカは44%だった(9月22日付・CNNニュースWeb版)。中国の近隣国である日本と韓国の目線は、WHOの中国との処し方が最初から腑に落ちていなかったのだ。

   なぜ国連への好感度が低下しているのか。二つ目は国連安保理の常任理事国の有り様ではないだろうか。香港やウイグルにおける人権弾圧問題で国際批判を浴びている中国が常任理事国の座にある。連日のように尖閣諸島への中国公船の領海侵入がある。常任理事国の座にあれば問題を起こしても国連では問われない。その座を守っているのは拒否権だ。ロシアなどは旧ソ連時代を含めて127回も拒否権を発動している(2008年現在、「ウイキペディア」より)

   そして、国連憲章(第53、107条)で定めらている「敵国条項」に日本がいまだに入っている。ある国を攻撃する場合は国連安保理の承認が必要だが、「敵国」に再侵略の企てがあるとみなせば先制攻撃が可能で、安保理の承認は不要という規定だ。年間2億4千万㌦もの国連分担金を払っている日本が「敵国」なのである。

   矛盾の数々がこれまで日本人の心の底に眠っていたが、このところのWHOや最近の中国の動向で国連とは何か、このままでよいのかという義憤に転化してきたのではないだろうか。菅政権が向き合うべき課題がまた一つ増えた。

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