⇒メディア時評

★続・アルツ新薬の論調 「ボケた者勝ち」なのか

★続・アルツ新薬の論調 「ボケた者勝ち」なのか

   今回もアルツハイマー病の新薬がアメリカのFDAで承認された話題を。新薬「アデュカヌマブ」の開発に携わった日本の「エーザイ」の株価が8日、9日と連日でストップ高となり、株式投資家の間でも注目の的になっている。定年を過ぎて株式投資を楽しんでいるという知人がこのブログを見て、メールを送ってきた。「オレは厚労省が承認したとしてもこの薬は点滴しない。だって、ボケた者勝ちだよ」と。

   その後、知人とメールで何回かやりとりして、「ボケた者勝ち」の言葉の背景を知ることができた。知人の父親はアルツハイマー病ですでに亡くなったが、自宅で奥さんといっしょに入浴や食事、排泄などの世話をしていた。80歳を過ぎてボケが始まったころは独りでトイレに行っていたが、そのうちにトイレがどこにあるのかも分からなくなった。介助しようとすると、「何する」としかられ、その都度「トイレへ行こう」と言うと、「世話かけるな」と礼を言う。また、5分もたつと忘れてしまい、同じことを繰り返した。

   ただ一つ発見したことがあったという。何かと心配性だった父親の顔から不安げな表情がなくなり、ボケたとは言え、表情が以前よりはつらつとしていた。不安なことはすっかり忘れて、自分が言ったことや行ったことも覚えていない状態。「父にとって毎日が新鮮な気分なんだろうと思えるようになった。幸せなんだろうと」

   確かに、頭脳は普通に動いているが、自分が寝たきりになって、食事や入浴、排泄の介護を受ける自分の姿を見て、何を思うだろうか。家族や周囲との人間関係のしがらみを記憶から一切外し、家族に面倒や世話をかけていると認識もせずに、その日を暮らしていければ、それで十分ではないか。「ボケた者勝ち」とはそういう意味ではないかと知人から教えられたような気がした。

   「エーザイ」の公式ホームページによると、アメリカ人の平均体重74 kgの場合の点滴投与は1回当たり4312㌦、4週間に1回の投与で年間コストは5万6000㌦、つまり610万円となる。自らの「ボケ封じ」に金を注ぐより、貧困にあえぐ難民の子どもたちへの教育や環境問題と向き合っているNGOに寄付をした方が後悔しないですむかもしれない。

⇒10日(木)午前・金沢の天気     はれ

☆アルツ新薬の論調 「重要な節目」か「大きな誤り」か

☆アルツ新薬の論調 「重要な節目」か「大きな誤り」か

      きのうのブログでも取り上げた、アルツハイマー病の新薬のニュース。世界で3000万人もの患者がいるといわれるだけに関心が集まる。メディアはどのように取り上げているのか。

   アメリカの製薬会社「バイオジェン」と日本の「エーザイ」が開発したアルツハイマー病の新薬「アデュカヌマブ」について、アメリカのFDA(食品医薬品局)は原因と考えられる脳内の異常なタンパク質「アミロイドβ」を減少させる効果を示したとして治療薬として承認した(6月8日付・NHKニュースWeb版)。これまでの治療薬は、病気によって脳の神経細胞が壊れていくこと自体を止めることはできず、症状の悪化を数年程度、遅らせるものだった。承認された新薬は、アミロイドβを取り除く効果が認められ、病気の進行そのものを抑える効果が期待される初めての薬となる(同)。

   イギリスBBCニュースWeb版(6月8日付)は「US approves first new Alzheimer’s drug in 20 years」の見出しで伝えている=写真=。記事によると、過去10年間で100以上の治療薬の候補の開発が失敗に終わっている。「アデュカヌマブ」も、3000人の患者が参加したの国際的な後期臨床試験では、同薬を月1回投与された患者に、偽薬を投与された患者よりも記憶や思考の問題の悪化を遅らせる効果はみられないとの分析結果が出たため、2019年3月に臨床試験が中止となっていた。が、同年末、開発2社はデータ分析から、より高用量で投与すれば薬が有効であり、認知機能の低下を大幅に抑制すると結論付けた。

   この臨床試験結果のプロセスから、科学者の間では同薬の効果について意見が割れていると、BBCは専門家のコメントを紹介している。克服すべき多くの障壁があるももの、「a hugely significant milestone」(非常に重要な節目)と前向きなコメント。FDAが認知や機能の低下の減速を示さない試験からのデータを無視した「a grave error」(重大な誤り)の声も。一方で、「this is a drug with marginal benefit which will help only very carefully selected patients.」(この薬はせいぜい、非常に注意深く選ばれた患者にわずかな効果しかないもの)とのコメントも。また、イギリスの慈善団体は国内でも早く承認するよう動いていると紹介している。

   今回のFDAの承認は、深刻な病気の患者に早期に治療を提供するための「迅速承認」という仕組みで行われたため、FDAは追加の臨床試験で検証する必要があるとしていて、この結果、効果が認められない場合には承認を取り消すこともある、としている。

  「アデュカヌマブ」については日本でも昨年12月に厚生労働省に承認の申請が出されている。きのう8日の記者会見で、加藤官房長官は長は記者の質問に答えて、「我が国でも実用化されれば、認知症施策推進大綱が掲げる共生と予防の推進に資する」「厚労省でもPMD(医薬品医療機器法)に基づいて審議を進めている」と前向きなコメントを述べている(総理官邸公式ホームページ)。

   「エーザイ」の公式ホームページによると、アメリカ人の平均体重である74 kgに対しての点滴投与は1回当たり4312㌦、4週間に1回の投与で年間コストは5万6000㌦、つまり610万円となる。これが健康保健適応となれば、これはこれで新たな財政的な問題が。日本でのアルツハイマー病の患者は360万人ともいわれる。

 
⇒9日(水)午前・金沢の天気      はれ

☆「広告うつ」にさいなまれるテレビ業界

☆「広告うつ」にさいなまれるテレビ業界

    最近知人たちから「電話うつ」という言葉を聞くようになった。新型コロナウイルスのワクチン接種を予約しようと、自治体のコールセンターに何10回と電話をかけても繋がらない。ようやく繋がってもきょうの予約分はすでにいっぱいになっていて、係員から「あすまた電話をおかけください」と言われ、ショックを受ける。電話そのものをかけたくなくなる。   

   話は変わるが、コロナ禍で巣ごもり生活が当たり前になってテレビをよく視聴するが、CMが随分と減っている。石川エリアではよく温泉旅館やホテルなどの宿泊施設、料理店やレストラン、パチンコ店のリニューアルオープン、リクルートを意識した企業のCMなどがよく流れていたが、このところあまり見かけない。バンセンと称される番組宣伝や「ACジャパン」が目立つ。

   その結果が数字となって表れてきた。ローカル新聞の経済面で地元テレビ局の2020年度決算が掲載されている。きのう29日付で掲載されていたテレビ朝日系ローカル局は売上高は前期比で17%減で赤字決算。CM収入の落ち込みやイベント中止が売上に響いた。赤字転落はリーマン・ショックの影響を受けた2010年度3月期以来で11年ぶり。フジ系は16%減で49年ぶり、TBS系も11%減で6年ぶりの赤字だった、日本テレビ系は15%減だったが黒字は確保した。ローカル局だけでなく、東京キー局もCMを中心に10数%の減収となっている。

   これはコロナ禍による一時的な現象だろうか。テレビをはじめとするメディアの広告収入はネットに押されて後退を余儀なくされている。電通が調査した「2019年 日本の広告費」によると、通年で6兆9381億円と広告全体は8年連続のプラス成長だった。このとき、インターネット広告は初めて2兆円超え、テレビ広告を抜いてトップの座に躍り出た。さらに「2020年 国内広告費」では通年で6兆1594億円と広告全体は前年比89%と激減した。ところが、ネット広告は2兆2290億円と前年比106%のプラス成長となった。テレビ広告は前年比89%となり、明暗が分かれた。ネット広告が伸びた背景には通販やオンラインイベントなどのニーズが後押した。コロナ禍の巣ごもり需要の恩恵を受けたのはテレビ業界ではなく、ネット業界の方だった。

   かつて「ローカル局の炭焼き小屋論」という言葉がテレビ業界であった。2000年12月にNHKと東京キー局などがBSデジタル放送を開始したが、このBSデジタル放送をめぐってローカル局から反対論が沸き上がった。放送衛星を通じて全国津々浦々に東京キー局の電波が流れると、系列のローカル局は田舎で黙々と煙(電波)を出す「炭焼き小屋」のように時代に取り残されてしまう、といった憂慮だった。ネット一強の状況がいま、テレビ業界全体の問題として再燃しているだろう。

   コロナ禍は今後数年続くとも言われる。さらに、放送とネットの同時配信という時代のニーズにどう対応していくのか。CMの減少傾向に歯止めがかからない「広告うつ」にテレビ業界がさいなまれる日々は続く。

⇒30日(日)午後・金沢の天気      はれ

☆オリンピックの終焉を暗示する「アルマゲドン」

☆オリンピックの終焉を暗示する「アルマゲドン」

   IOCの委員がイギリスの「Evening Standard」紙(5月26日付)に語ったコメントが波紋を広げている。記事の見出しは「Barring Armageddon, the Tokyo Olympics will go ahead, says IOC committee member Dick Pound」=写真・上=、意訳すれば、「アルマゲドンにならない限り、東京オリンピックはやれるだろう、IOC委員のディック・ポウンド氏は語る」。例えとは言え、「Armageddon」という言葉を使った時点で世界に強烈な衝撃を与えたに違いない。「人類最終戦争」という意味だが、久しぶりに聴いた言葉だ。

   自身がこの言葉を知ったのは、一連のオウム真理教事件の取材を通じてだった。オウム事件は、坂本堤弁護士一家殺害事件(1989年11月)、長野県松本市でのサリン事件(1994年6月)、東京の地下鉄サリン事件(1995年3月)など数々ある。一方で、犯行の首謀者で教祖の松本智津夫(麻原彰晃、2018年7月死刑執行)は「アルマゲドンが迫っている」と不安を煽ることで若者の心理につけ込み、信者を急速に増やしていた。あの電極が付いた「ヘッドギア」は「カルト教団」を強く印象づけた。

   その麻原彰晃が1992年10月、石川県能美市(当時・寺井町)で記者会見した。自身は当時、テレビ朝日系ローカル局の報道デスクで現場にも立ち会ったので覚えている。寺井町の油圧シリンダーメーカーの社長に麻原が就いた。前社長は信者で資金繰りの悪化を機に社長を交代した、という内容だった。ほとんどの従業員は教団の経営に反発して退職し、代わりに信者が送り込まれていたので「教団に乗っ取られた」と周囲の評判は良くなかった。まもなくして会社は倒産。会社の金属加工機械などは山梨県の教団施設「サテイアン」に運ばれていた。その後の裁判で、金属加工機械でロシア製カラシニコフAK47自動小銃を模倣した銃を密造する計画だったことが明らかになった。

   話が随分と横にそれた。「もう時機を逸した。やめることすらできない状況に追い込まれている」。先日届いた東京の知人(メディア専門誌編集長)からのメールマガジンにこのようなことが書かれてあった。東京オリンピック・パラリンピックの開催についてだ。メルマガでは、日本の戦史に残る大敗を喫した「インパール作戦」の事例が述べられていた。

   大戦の末期、日本軍は1944年3月からイギリス軍の駐留拠点だったインドのインパールに侵攻する。当時、十分な武器や食糧もない中での作戦だった。その時の陸軍司令官はこう言ったとされる。「兵器や弾丸、食糧がないことは戦いを放棄する理由にはならない。弾丸がなかったら銃剣がある、銃剣がなくなれば、腕で行け、腕がなくなったら足で蹴れ、足をやられたら噛みつけ。日本男子には大和魂がある。日本は神州である。神々が守ってくれる」と。この事例は、精神論ではもう大会の開催は無理だと物語っている。

   アルマゲドンにならなくても、すでにオリンピックへのモチベーションは下がっている。NHKニュースWeb版(5月17日付)によると、オリ・パラで予定されている海外選手の事前合宿や交流について、国内の感染拡大への懸念などから少なくとも全国の54の自治体で受け入れが中止された。相手国側から「日本で感染が収まらず移動にリスクがある」や「選手やスタッフの安全を確保できない」といった理由で中止が8割余りで、それ以外は、自治体側から申し出たり両者で協議したりしたケースだった。

   IOCが粘って開催を唱えれば、それだけ人々の心はオリンピックから遠ざかっていく。アルマゲドンという言葉を出したこと、それ自体がオリンピックの終わりを暗示しているのではないだろうか。

⇒28日(金)夜・金沢の天気     くもり

☆女子プロレスラーの死から1年 テレビの制作現場は

☆女子プロレスラーの死から1年 テレビの制作現場は

   フジテレビが放映した、共同生活をテーマにしたリアリティ番組『テラスハウス』(2020年5月19日放送)に出演していた女子プロレスラーがSNSの誹謗中傷を苦に自死した事件(同5月23日)から1年が経った。警視庁は侮辱罪の公訴時効(1年)までに、ツイッターで複数回の投稿があったアカウントの中から2人の男を書類送検。また、女性の母親からの「過剰な演出」による人権侵害の訴えを受けて、BPO放送人権委員会は6回に及ぶ審理の結果を見解としてまとめ、ことし3月3日付で公式ホームページで公表している。

   問題のシーンは、シェアハウスの同居人の男性が女子プロレスラーが大切にしていたコスチュームを勝手に洗って乾燥機に入れて縮ませたとして、「ふざけた帽子かぶってんじゃねえよ」と怒鳴り、男性の帽子をとって投げ捨てる場面だ。放送より先に3月31 日に動画配信サービス「Netflix」で流され、SNS上で炎上し、この日、女子プロレスラーは自傷行為に及んだことをSNSに書き込んだ。番組スタッフがこのSNSを見つけ、本人に電話をするなどケアを行っていた。ところが、5月19日の地上波放送では、問題のシーンをカットすることなくそのまま流した。これが、SNS炎上をさらに煽ることになり、4日後に自ら命を絶った。

   BPOの見解は、怒鳴りのシーンは少なくとも相当程度には真意が表現されたものと理解でき、番組制作による演出ではないとして、人権侵害などは認めなかった。しかし、自傷行為など精神的な健康状態への配慮が欠けていたとして、フジテレビ側に放送倫理上の問題があったとの見解を示した。

   書類送検とBPO見解で、この問題は一件落着したのだろうか。問題の根底には、番組制作サイドに「数字」へのこだわりがあったのではないか。自身の経験知でもあるが、テレビの番組制作者は視聴率にこだわる。地上波放送の場合、視聴率の評価基準である全日時間帯は6時から24時であり、この番組は深夜0時以降の放送で視聴率の対象外だった。では、『テラスハウス』の制作者は何の数字にこだわったのか。以下憶測だ。

   リアリティ番組は出演者のありのままの言動や感情を表現し、共感や反感を呼ぶことで視聴者の関心をひきつけ、番組のSNSアカウントにフォロワーの獲得数としてそのまま数字として表れる。視聴率に代わる評価指標のバロメーターだ。数字を獲得すれば、深夜番組から格上げして、プライムタイム(午後7時-同23時)入りも可能だ。制作スタッフはここを狙っていた。なので、ツートされたコメントの内容より、数の多さにこだわった。

   そう考えれば、動画配信サービスのSNS炎上で女子プロレスラーの自傷行為があったことにも配慮せず、放送でそのまま番組を流した理由も分かる。番組はこの事件をきっかけに打ち切りとなった。彼女の死から1年、この事件を教訓にテレビ局の制作現場は変わったのだろうか。(※写真は2020年5月23日付のイギリスBBCニュースWeb版で掲載された女子プロレスラーの死をめぐる記事から)

⇒24日(月)午前・金沢の天気     くもり

★ダイアナ元妃に十字架を背負わせたTVメディア

★ダイアナ元妃に十字架を背負わせたTVメディア

   2006年1月にイタリアのフィレンツェを訪れ、サンタ・クローチェ教会の壁画に描かれているフレスコ画「聖十字架物語」を鑑賞した。1380年代にアーニョロ・ガッティが描いた大作。絵は、4世紀はじめにローマの新皇帝となったコンスタンティヌスの母ヘレナ(中央)がキリストの十字架を発見し、エルサレムに持ち帰るシーンを描いたものだ=写真・上=。その時ふと、聖女ヘレナの横顔がイギリスのダイアナ元妃(1997年8月に事故死)にとても似ている感じがして思わずカメラを向けた。

   いまダイアナ元妃をめぐってイギリスを騒がせているのが、国際的なテレビメディアであるBBCが1995年11月に放送した、ダイアナ妃(当時)への独占インタビュー番組でついてだ。もう25年も前の話なのだが、BBCが自省の念を込めて、「Martin Bashir: Inquiry criticises BBC over ‘deceitful’ Diana interview」の見出しでその経緯について伝えている(現地時間5月20日付Web版)=写真・下=。

   当時、ダイアナ元妃のインタビュー番組は世界に衝撃を与えた。夫のチャールズ皇太子と別居していた彼女の口から自身の不倫や皇太子の愛人の名前、自殺未遂や自傷行為などが語られた。この番組の放映後に彼女は離婚。1997年にパリで起きた自動車事故により36歳で亡くなった。

   今回問題となったのは、このインタビューを行ったBBCの記者がダイアナ妃への取材交渉をする際につくり話と偽造文書を使っていたことだ。記者は、マーチィン・バシール氏58歳。当時、ダイアナ妃の弟、チャールズ・スペンサー氏に取材を持ち掛けた際、ダイアナ妃の情報を横流しする王室関係者の銀行口座にメディアから報酬が振り込まれているなどと説得し、その際に偽造した銀行の取引明細書を見せて信じ込ませていた。

   今回、スペンサー氏が告発したことを受け、BBCは昨年2020年11月、イギリス最高裁の元判事に調査を依頼した。報告書は今月公表され、BBCのグラフィックデザイナーが銀行の取引明細書に関与していることなども判明した。そして「”We can see now that the false bank statements were the lever that opened the doors to the access to Diana.”」(偽の銀行明細がダイアナ元妃に近づくドアを開くレバーだったと、いまわかった)と、当時のBBC会長の言葉を引用してこの記事を終えている。

   王室関係者からリークされているとの記者のつくり話とそれを証明するかのような偽の銀行取引明細書に騙されて、当時のダイアナ妃は恐怖心を抱いて自らのこと、そして夫である皇太子のことなど王室の現状を暴露してしまったことは想像に難くない。インタビューに応じてしまったことにダイアナ元妃は十字架を背負ったような重い心の負担を感じていたのではないだろうか。BBC、そして記者の罪は重い。

⇒22日(土)夜・金沢の天気     くもり時々あめ

☆世界にさらす「ワクチン敗戦国」の姿

☆世界にさらす「ワクチン敗戦国」の姿

   国ごとの新型コロナウイルスのワクチンの接種率はすでに国際評価の判断基準になった。オックスフォード大学などが運営する共同サイト「Our World ㏌ Data」によると、「少なくとも1回のワクチン接種した人数の国ごとの人口割合」(5月16日現在)で日本は3.46%となっている。トップはイスラエルでの62.7%で、それに続くのがモンゴルで54.25%だ。同じサイトでワクチン供給元を探すと、モンゴルはアストラゼネカやファイザーの企業のほか、中国やロシアからも入れている。地の利を生かしながら世界からワクチンを集めているのだ。こうしたデータを見ると「日本3.46%」は実に情けない数字だ。それどころか、国際評価から完全に見放されている。

   その事例が経済と株価、そして東京オリンピックではないだろうか。先ほど内閣府が公式ホームページで発表した2021年1-3月期の国内総生産(GDP)速報値は物価変動の影響を除いた実質の季節調整値で前期比1.3%減、年率換算で5.1%減だった。マイナス成長は3四半期ぶり。1-3月期は新型コロナウイルスの感染拡大で政府が東京などに緊急事態宣言を発令した時期と重なる。そして2020年度は前年度比4.6%減で、戦後最大の落ち込みとなったことが分かった。日本は国債や借入金などを合わせた「国の借金」が3月末時点で1216兆円に達し、過去最大、そして世界で最大となった。世界の誰もが考えることは、日本は変異株によってこれからも緊急事態宣言を繰り返すことで経済はさらに低迷する、国の借金で財政破綻するのも間近だろう、と。

   東京オリンピックについても世界は厳しい目で見ている。ニューヨーク・タイム紙(5月11日付)は「A Sports Event Shouldn’t Be a Superspreader. Cancel the Olympics.」の見出し=写真=で、オリンピックを研究する政治学者の記事を掲載している。記事では、IOCは収益の73%を放送権料が占めるので東京五輪を手放さないだろうが、ワクチン接種が数%で日本の世論も60%が開催に反対している。オリンピックを「スーパースプレッダー(感染源)」してはならない、「科学に耳を傾け、危険なジェスチャーを止める時が来た。東京オリンピックは中止されなければならない」と痛烈だ。

   日経平均株価はことし2月16日に3万714円をつけて以降は、最近は下降傾向で2万8000円台だ。逆に、アメリカは3月以降、コロナ感染状況の好転とワクチン接種の進展を受けて経済活動が息を吹き返し、5月10日にダウは3万5000㌦を一時突破した。ワクチン接種が遅れた日本と進んだアメリカの格差が、株価パフォーマンスとしてはっきりと表れている。

   今後、日本はグローバル化から見放されて世界から旅行先などに選ばれなくなるだろう。また、留学生たちも母国に帰りワクチンを接種、そして日本には戻らないのではないだろうか。こう書いているだけで気が滅入る。

⇒18日(火)午前・金沢の天気     くもり

☆「自然に触れ、命と向き合う」河合雅雄氏の言葉

☆「自然に触れ、命と向き合う」河合雅雄氏の言葉

   ニホンザルなどの霊長類の研究で多大な功績を残した河合雅雄氏(京都大学名誉教授)が今月14日に亡くなられた。97歳だった。もう16年も前になるが、河合氏を金沢大学に招き、シンポジウムの基調講演をいただいた。80歳を過ぎておられたが、かくしゃくとした姿、語り口調だったことを覚えている。故人をしのんで、ネットで掲載した講演の主旨を再録する。

   2005年12月17日に開催したシンポジウムは朝日・大学パートナーズシンポジウム「人をつなぐ 未来をひらく 大学の森 ~里山を『いま』に生かす~」(主催:金沢大学、龍谷大学、朝日新聞社)。基調講演のテーマは「森あそびのすすめ」。

                  ◇

   森林文化の盛んなヨーロッパを訪ねると驚く。森のかなり奥まで道があり、深い森の中をおばあさんが1人で歩いていたり、お年寄りが孫を連れて歩いていたりする。人々は命あるものとの交流を楽しんでいる。特にドイツ人は森が好きで、月曜の朝には「どこの森に行って来たの」というあいさつになるくらいだ。

   文化資源として森を利用するということが、日本では欠けている。文化とは、芸術だけではない。いろいろな「あそび」も文化だ。私はよく「森あそびのすすめ」と言っている。内容は、英語の頭文字で言うと「CSRE」。つまり、Cはカルチャー(文化)、Sはスポーツ、Rはレクリエーション、Eはエデュケーション(教育)だ。

   川あそびなら、わかるだろう。日本人は世界でも傑出した川あそびの文化をつくってきた。私も子どものころ、夏になると、朝から晩まで川に入り浸っていた。今は「川は危険だ」ということで、子どもはプールに行く。だが、プールは泳ぐだけ。川では泳ぐことはごく一部。そこにはカワセミが飛び、いろいろな魚や水生昆虫が住み、石の裏には生物の卵や幼虫がいる。子どもはあそびの天才で、自発的なあそびを展開する。同じように森という自然を舞台に、森あそびを考えていいと思う。

   子どもの理科離れがいわれる。もっと怖いのは自然離れだ。人格形成にかかわる問題だ。子どもを取り巻く環境は人工化してしまっている。個室を与えられ、そこにはマンガがあり、電子ゲームがあり、テレビがある。人間との対話も携帯電話でないとコミュニケーションできない。

   自然に触れ、命あるものと向き合って対話し、心の潤いを得る。もっとも子どもは自然の中で残虐なこともやる。私もトンボの尾をちぎって棒を突き刺して飛ばしたこともある。だが、いつか自分でふと気づく。「かわいそうやな、こんなアホなことやめよう」と。行為を通じて自分の中の残虐性に気づく。自然とのかかわりの中で、命の尊さを知る。

   子どもは本当は自然が好き。ただ、知らないだけだ。大人が取り上げたのではないか。大人が子どもに自然を返してあげる努力が必要だ。

                 ◇

   パネル討論では、会場から「石川にはクマ問題がある。クマと人との共存はあり得るか」という質問があった。河合氏は「あり得るが、簡単ではない。原因の一つが里山問題。クマは奥山にいて、人と動物が共有する里山がバリアになっていた。でも、里山に人がいなくなり、動物のものになった。動物がおいしい農産物の味を一度覚えたら、戻すのは簡単ではない。保護管理に専門家があたらなければならない」と。また、司会者からの「里山をもっと楽しく、みんなのものにする提言を」とのふりに、河合氏は「新しい、多様な里山を作ってはどうか。例えばモミジの山、小鳥が集まる山、昆虫の森など。オオムラサキが飛んできたら、子どもたちは大感激するはずだ」と答えて会場をなごませた。

(※写真は、2005年11月2日、シンポジウムの事前打ち合わせに兵庫県篠山市=現・丹波篠山市=の自宅を訪ねた折、河合氏は和装で出迎え)

⇒16日(日)午後・金沢の天気    くもり時々あめ

☆広告メッセージの凄み 「政治に殺される」

☆広告メッセージの凄み 「政治に殺される」

   きのう朝8時39分に友人からメールが届いた。「おはようございます。今日の読売新聞です」と書かれ、画像が貼り付けられていた。「ワクチンもない。クスリもない。タケヤリで戦えというのか。このままじゃ、政治に殺される。」。出版社の宝島社の全30段(左右両面)の全面広告だ=写真・上=。図柄をよく見ると、戦時下の子どもたちの竹槍訓練の写真の真ん中に赤いウイルスがある。見ようによっては、国旗の日の丸の部分がウイルスになっている。

   キャッチコピーの下に趣旨が述べられている。「私たちは騙されている。この一年は、いったい何だったのか。いつまで自粛をすればいいのか。我慢大会は、もう終わりにして欲しい。ごちゃごちゃ言い訳するな。無理を強いるだけで、なにひとつ変わらないではないか。今こそ、怒りの声をあげるべきだ。」と。

   実は4日前の今月7日にメールを送ってくれた友人たち3人で昼食を伴にした折に、まさに、キャッチコピーや趣旨文と同様のフレーズが次々と出て、話が盛り上がった。「いまだにワクチンも接種できない。日本はまるで敗戦国だ」と。

   この広告は、読売のほかに朝日、日経の朝刊にも掲載されていた。宝島社はこれまでも全面広告を出している。印象深いのが、2019年1月7日付だった。「敵は、嘘。」(読売新聞)と「嘘つきは、戦争の始まり。」(朝日新聞)の2パターンあった=写真・下=。

   「敵は、嘘。」はデザインがイタリア・ローマにある石彫刻『真実の口』だった。嘘つきが手を口に入れると手が抜けなくなるという伝説がある。「いい年した大人が嘘をつき、謝罪して、居直って恥ずかしくないのか。この負の連鎖はきっと私たちをとんでもない場所へ連れてゆく。嘘に慣れるな、嘘を止めろ、今年、嘘をやっつけろ。」と。当時国会で追及されていた森友・加計問題のことを指していた。

   そして、「嘘つきは、戦争の始まり。」のデザインは湾岸戦争(1991年)のとき世界に広がった、重油にまみれた水鳥の画像だった。当時は、イラクのサダム・フセインがわざと油田の油を海に放出し、環境破壊で海の生物が犠牲になっていると報じられていた。また、イラクがアメリカ海兵隊部隊の沿岸上陸を阻むためのものであるとの報道や、多国籍軍によるイラクの爆撃により原油の流出が生じたなど、その真偽は定かではない。この広告の掲載のときは、アメリカ大統領のトランプ氏が2017年の就任時からメディアに対して「フェイクニュース」を連発していた。為政者こそ軽々しく嘘をつくな、というメッセージだった。

   今回の広告は、コロナ禍で後手後手になっている為政者をダイレクトに突き刺す広告である。企業広告とは言え、国民の気持ちを代弁するメッセージの数々に喝采を送りたい。

⇒12日(水)夜・金沢の天気      はれ

☆ニュースをリアルタイムで知る醍醐味

☆ニュースをリアルタイムで知る醍醐味

   あれからちょうど10年になる。2011年5月2日、ニューヨークの同時多発テロの首謀者とされたオサマ・ビン・ラディンに対する斬首作戦がアメリカ軍特殊部隊によって実行された。命令を下したのは当時のオバマ大統領だった。

   パキスタンのイスラマバードから60㌔ほど離れた潜伏先をステルスヘリコプター「ブラックホーク」などで奇襲し殺害。DNA鑑定で本人確認がなされ、アラビア海で待機していた空母カール・ビンソンに遺体は移され、海に水葬した。作戦完了の直後、オバマ氏はホワイトハウスでの緊急声明で、「Justice has been done」と発した。声明はアメリカ東部時間で1日午後11時30分すぎ、日本時間で2日午後0時30分すぎだった、ニュースは世界を駆け巡った。

    ニューヨークの同時多発テロもリアルタイムで見た。2001年9月11日、ニューヨ-ク・マンハッタンの高層ビル「ワールドトレードセンター」に最初の1機が突っ込んだのは東部時間で午前8時46分、日本時間で午後9時46分だった。当時帰宅して、報道番組「ニュースステーション」が始まったばかりの同9時55分ごろにリモコンを入れると、マンハッタンの高層ビルに民間航空機が追突する事故があったと生中継で放送していた。食事を取りながら視聴していると、2機目が同じワールドトレードセンターの別棟に突っ込んできた=写真・上=。すると、番組のコメンテーターが「これは事故ではなく、おそらくテロです」と解説し、スタジオが騒然となった。リアルタイム映像は衝撃的だった。そして、テロリズム(terrorism)という言葉が世界で認知されたのは、この事件がきっかけではなかったか。

   バイデン大統領はきょう「この日」をどう思い浮かべているのだろうか。オサマ・ビン・ラディンに対する斬首作戦は軍によって同時中継され、ホワイトハウスの

   もう一つ。小学生のときにテレビで見た、ケネディ大統領の暗殺シーンと、「悲しいニュースをお送りしなければならないのはまことに残念に思います」というアナウンサーの声が妙に記憶に残っていた。テキサス州ダラスでの悲劇は1963年11月23日(土)に起きた。アメリカ東部時間で22日午後1時30分、日本時間で23日午前3時30分だった。調べると、11月23日に日本とアメリカで放送を衛星中継でつなぐ実験が2回行われた。1回目が日本時間の午前5時27分から20分間、2回目が同じく午前8時58分から17分間だった。その2回目の始まりのときに、毎日放送のニューヨーク駐在のアナウンサーが冒頭の「悲しいニュース」を読み上げ、衝撃的な映像が繰り返し流された。58年も前に、その日に起きた大統領暗殺事件の第一報を生中継で視聴したことになる。

   おそらく、自身は友人たちと遊びながら「朝、テレビ見たか。すごいニュースがあったぞ」とケネディ暗殺事件を知ったかぶりで周囲に語ったに違いない。子どものころからのニュースを語る癖はそのころ身についた。大学卒業後にマスメディアの新聞記者や番組制作を担当、金沢大学ではメディア論を講義した。16年前からはブログでも語っている。自身にとってニュースをリアルタイムで知ること語ることの醍醐味は今も変わらない。

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