⇒ドキュメント回廊

★「防災庁」設立を石破総理が所信表明 あす能登視察で切なる叫びを聴いてほしい

★「防災庁」設立を石破総理が所信表明 あす能登視察で切なる叫びを聴いてほしい

  きょうも石川県内は全域で雨模様だ。能登では先月の記録的な大雨や元日の能登半島地震の影響で地盤が緩んでいるところがあり、半島尖端の珠洲市ではいち早く昨夜、雨が強まり土砂災害のおそれがあるとして、市内の大谷、若山、清水、仁江の4地区の534世帯996人に避難指示を出し、早めの避難を呼びかけている。

  余談かもしれないが、珠洲市は先手を打ち、行動が実に速い。元日の震災後に仮設住宅の建設を進める石川県に対し、世界的な建築家で知られる坂茂(ばん・しげる)氏に珠洲市での仮設住宅の建築設計を依頼してほしいと要望したのは同市の泉谷満寿裕市長だった。その要望が実り6棟90戸が完成した。県産のスギを使い、木のぬくもりが活かされた内装となっている。同市の観光名所である見附島の近くあり、外装の色合いも周囲の松の木と妙にマッチしていて、まるで別荘地のような雰囲気だ。

  そして、去年5月5日に最大震度6強の揺れに珠洲市は見舞われた。この地震で死者1人、負傷者数48人、住宅の全半壊131棟の被害が出たが、その年の秋に開催した「奥能登国際芸術祭2023」(9月23日-11月12日)を無事やり遂げた。当時、市議会では、震災復興を優先して開催経費(3億円)をこれに充てるべきとの意見や、行政のマンパワーを復旧・復興に集中すべきとの意見が相次いだ。泉谷市長は「地域が悲嘆にくれる中、目標や希望がないと前を向いて歩けない。芸術祭を復興に向けての光にしたい」と答弁し、予定より3週間遅れで開催にこぎつけ、14の国・地域のアーティストたちによる61作品が市内を彩り、大勢の鑑賞者が訪れた。

  ちなみに、自身が初めて泉谷市長と関わりを持たせていただいたのは2006年6月の市長選で初当選されてまもなくのころだった。当時、金沢大学の地域連携担当スタッフだった自身は、生物多様性をテーマとした環境保全プロジェクト「里山里海自然学校」(三井物産環境基金)を泉谷市長に提案させていただいたのがきっかけだった。市内の小学校の空き校舎を無償で貸与していただいた。その後、金沢大学から5名の教員スタッフが常駐し、環境境保全型の農林水産業を実践的に学ぶ人材育成プログラムを実施、現在も「能登里山里海SDGsマイスタープログラム」として継続している。これまで述べた国際芸術祭や世界的な建築家、大学との関わりなどから、能登の尖端にありながら、時代の先端を走る珠洲というイメージを持つ県民は多い。ましてや震度6強の地震に2度も見舞われながら。

  石破総理はきょう衆院本会議で所信表明演説を行い、この中で「防災庁」の設立に向けて、専任閣僚を置くよう準備を進めると述べた。また、発災後速やかにトイレ、キッチンカー、ベッド、風呂を配備する官民連携体制を構築する。防災庁の具体化に向けて、ぜひ本庁をとは言わないが、拠点を能登に置いて珠洲市などの取り組みと連携してほしいと願っている。石破総理はあす5日に能登を視察する予定だ。ぜひ、被災者の切なる叫びを聴いてほしい。(※写真は、きょう4日の衆院本会議での石破総理の所信表明演説の様子=総理官邸公式サイトより)

⇒4日(金)午後・金沢の天気   あめ時々くもり

☆災難続く能登の農家 大雨冠水で横倒しの稲をどうする

☆災難続く能登の農家 大雨冠水で横倒しの稲をどうする

  異常気象が世界各地で災害をもたらしている。アメリカに上陸したハリケーンは南部のノースカロライナ州やジョージア州などで大規模な洪水や土砂崩れをもたらし、亡くなった人は6つの州合わせて160人を超え、行方不明者も多数出ているという(2日付・NHKニュースWeb版)。ネパールは雨期の大雨によって首都カトマンズの南部や近隣の都市が洪水や土砂崩れに見舞われ、市街地が水没するなど192人が死亡。ネパールでは数ヵ月前にも記録的な大雨や鉄砲水に見舞われている(1日付・CNNニュースWeb版)。去年は世界各地で熱波と干ばつが深刻化した。気象災害をもたらす地球温暖化を抑えることはできるのか。

  9月21日を中心に48時間で498㍉の雨が降った輪島市をきょう(3日)もめぐった。がけ崩れや河川の氾濫が顕著だった同市町野町の農村部に行くと、町野川の周囲の田んぼでは流れ込んだ河川水で横倒しになった刈り入れ前の稲が一面に広がっていた=写真・上=。

  稲刈りのシーズンでほぼ作業は終わっているが、横倒しになった稲の田んぼはどこも手付かずの状態だ。泥水をかぶり倒れた米はおそらく3等米以下、規格外なのだろう。農家にとっては大打撃だ。元日の能登半島地震で田んぼにき裂が入ったり水路が壊れたりで、奥能登(輪島市、珠洲市、穴水町、能登町)では作付け面積は例年の6割ほどと言われていた。せっかく作付けした田んぼだが、豪雨で冠水して商品にならないという事態に追い込まれた。それにしても、農家はこの田んぼをほったらかしにしておくのだろうか。

  田んぼ近くにあるいくつかの農家では裏山が崩れていた=写真・下=。中には、農機具などを保管しておく納屋が土砂で半壊状態になっているところもあった。農家の苦難を見た思いだった。地震で亀裂が入った田んぼを耕そうと、土砂崩れがあった納屋から耕運機と田植え機をなんとか取り出し耕した。稲刈りシーズンに入り、稲刈り機を取り出したものの、9月の大雨で河川が氾濫して田んぼが冠水。商品価値が下落してしまった稲穂を眺めながら農家の人たちは複雑な思いに駆られているのではないだろうか。勝手な憶測で筆を運んだ。

⇒3日(木)夜・金沢の天気    くもり時々あめ

★豪雨で不明だった輪島の少女 なぜか福井沖で遺体で見つかる

★豪雨で不明だった輪島の少女 なぜか福井沖で遺体で見つかる

  このニュースを見て不思議に思った。先月21日の能登の豪雨で輪島市の塚田川が氾濫し、4棟の住宅が押し流され、14歳の少女が安否が不明となっていた。30日に福井県沖で遺体が漂流しているのが見つかり、ズボンのタグに記された名前から、不明となっていた少女の可能性があるとして福井海上保安署はDNA鑑定などを行っている。不思議に思ったのは、能登半島で遺体が流れ、なぜ福井県沖で見つかったのか、日本海の海流とはまったく逆の流れなのだ。

  日本海の海流は、大陸側に沿って南下するリマン海流が、朝鮮半島の沖で対馬海流と合流し、山陰や北陸など日本の沿岸に流れ、能登半島の沖を経由して東に流れていく=図表=。元日の能登半島地震の津波で、能登地方や富山県の漁港から流失したとみられる小型漁船など25隻が新潟県の柏崎市や上越市に漂着していることが確認されている(1月16日付・新潟日報Web版)。ところが、少女の遺体は半島から西側の福井県沖で見つかった。

  なぜ逆流現象が起きたのか。自身は海流の専門家でもなく、以下まったく素人の憶測だ。20日から22日午後10時までの48時間で輪島市で498㍉と強烈な雨量だった。能登半島の河川から日本海に流れ出た大量の濁流が海流とぶつかるようにして、西側に流れたのか。あるいは、海に浮かんだ遺体が風に流されて西に向かったのだろうか。(※写真は、少女の住宅が流された輪島市の塚田川の周辺)

  豪雨によって亡くなった人は少女を含めて15人となる。また、能登地震の石川県内での死者は408人(直接死227人、関連死181人)だ。自然災害によって尊い命がこれほど奪われるとは。地元メディアによると、きのう就任した石破総理は今月5日に能登を視察するようだ。現地では哀悼の祈りをささげてほしい。

⇒2日(水)夜・金沢の天気     あめ

☆能登の観光名所ダブル被害 地震と豪雨で映画『忘却の花びら』ロケ地が大打撃

☆能登の観光名所ダブル被害 地震と豪雨で映画『忘却の花びら』ロケ地が大打撃

  先日(先月29日)能登半島の北側に位置する奥能登の輪島市町野町をめぐった。9月21、22日の豪雨の現場だ。行く途中で能登町を流れる町野川の橋脚で、自衛隊や消防隊員が瓦礫を取り除きながら捜索活動を行っていた=写真・上=。その様子を見守っていた土地の人に尋ねると、この周辺で31歳の女性が行方不明になっているので捜索を行っているのだという。輪島市の女性で、21日朝に職場に向かった後、消息が途絶えていて、本人の車が近くの道路で見つかっている。豪雨による死者は13人で、この女性含め3人が安否不明となっている。

  その後、町野地区に入った。この日は晴天で、少し風が吹いていたせいかぼんやりとかすんでいた。乾燥した泥が薄黄の粉塵になって舞い上がっているのだ。マスクをして車の外に出た。同地区の中心部にある「五里分(ごりわけ)橋」には大量の流木が橋脚に絡んでいた。豪雨当時はこの橋がダム化して流れを堰き止め、周囲の濁流があふれたのだろう。橋の近くのスーパーの店は閉まっていて、中には入れなかったが倒れた陳列棚や冷蔵庫など従業員が片付けていた。床には泥が覆っていた。ただ、店は休まず営業しているようで、隣接する倉庫のようなところでは水や食品などを扱っていた。

  また、近くで新築の家が建設中だったが、濁流にさらされたのだろう、高さ1㍍くらいまで水に浸かった跡が見えた。そして、水害から1週間経っていたものの、震災で倒壊した家々の中には泥水が生々しく残っていた。

  輪島市町野町の曽々木海岸に入った。ここには夕日がすっぽり入り幻想的な光景を描き出す「窓岩」で知られる観光名所でもある。ところが、窓岩は元日の地震で崩れ落ちた=写真・中=。さらに、豪雨で山からの土砂で埋め尽くされた状態になっていた。民宿や旅館が押し流されたり、山から落ちてきた岩に押しつぶされたりしている=写真・下=。

  この曽々木海岸は能登の観光ブームの発祥の地だった。昭和32年(1957)、曽々木海岸をロケ地とした東宝映画『忘却の花びら』(主演:小泉博・司葉子)が公開され、「忘却とは忘れ去ることなり、忘れ得ずして、忘却を誓う心の哀しさよ」の名文句が大ブームを呼んだ。横長のリュックを背負った若者が列をなしてぞろぞろと歩く姿を「カニ族」と称する言葉もこのころ流行した。さらに、昭和39年(1964)9月に国鉄能登線が半島先端まで全線開通、同43年(1968)に能登半島国定公園が指定された。

  能登の観光の一時代を背負ってきた曽々木地区の人たちにとっては、地震と豪雨が打撃となった。この二重災害を忘れてほしくない。忘却されてなるものか、地域の人たちの想いに違いない。

⇒1日(火)夜・金沢の天気    はれ

★境内に白ヒガンバナが咲き競う 神棚に供えるサカキの9割外国産

★境内に白ヒガンバナが咲き競う 神棚に供えるサカキの9割外国産

  近所のお寺の境内を夕方歩くとライトアップされたヒガンバナ(彼岸花)が咲いていた。ヒガンバナというと、赤い花というイメージがあるが、この寺のヒガンバナは白い花で知られる=写真・上=。40年ほど前に白い花が咲いていたのを檀家衆が株分けして数を増やしていったという伝えがある。そのせいか、花だけでなく境内も整備されて、ちょっとした「お寺の公園」というイメージだ。  

  ヒガンバナは割と好きな花だ。ヒガンバナの花言葉は「悲しき思い出」「あきらめ」「独立」「情熱」。秋の彼岸に墓参りに行くと墓地のまわりに咲いていて、故人をつい思い出してしまう。「悲しき思い出」を誘う花だ。植物に詳しい友人から、かつてこんな話を聴いた。ヒガンバナは茎にアルカロイド(リコリン)という毒性がある。昔の人は死体を焼かずに埋葬した。そこで、犬が近づいて掘り返さないようにと毒性のあるヒガンバナを墓地に植えたのだという。犬よけの花でもある。

  植物の話をもう一つ。サカキは、古くから神事に用いられる植物であり、「榊」という漢字があてられる。家庭の神棚や仏壇に供えられ、月に2度ほど取り替える習わしがある。能登産のサカキが、金沢市内では一束150円ほどで販売されている。ところが、コンビニやス-パーなど市場に出回っているサカキの90%以上は中国産だといわれる=写真・下=。サカキは普通に家庭の庭先に植えられていたり、金沢の里山でも自生している。それをなぜあえて「中国産」を販売しているのか。確かに、値段は国産のサカキの方が少し高いが、輸入品は防疫の消毒液がかかるため、長持ちするのは国産だといわれている。

  中国など外国産のサカキを神棚に供え、合掌することに違和感を持つ世代はもう少数派になったのだろうか。

⇒30日(月)夜・金沢の天気    くもり

☆「よそ者、若者、ばか者」石破新総裁の持論で国難を突破してほしい

☆「よそ者、若者、ばか者」石破新総裁の持論で国難を突破してほしい

  きのう(27日)の自民党総裁選の様子をNHK中継番組で視ていた。午後3時22分、「石破茂君を当選者と決しました」。拍手が起こると、石破氏は立ち上がり、手を上げて応えていた。そのとき、スマホにニュース速報が流れてきた。円高が進み1㌦=142円とのこと。高市氏との決選投票が決まった段階では円安が進み1㌦=146円だったのに、石破氏の大逆転と同時に円高に。この荒い値動きはいったい何だ。株価をチェックすると、午後3時で903円上がり、日経平均は3万9829円で取引を終了していた。総裁選が最終決着する前の株価だ。ということは、週明けの日経平均は大幅下落なのか。一瞬、そんなことが脳裏をよぎった。

  株価と為替の話はさておき、石破氏に一度だけインタビューしたことがある。金沢大学の教員だった2016年2月、学生に地方創生を理解してもら教材ビデオを制作していた。当時地方創生大臣だった石破氏が講演に金沢市を訪れた折に申し込み、単独インタビューに応じていただいた=写真=。

Q:地方創生にはどのような人材が必要なのですか
石破氏:昔から地域を変えるのは「よそ者、若者、ばか者」と言われ、外から新鮮な目で見ることが一つの要素なんです。若い感性とは、たとえばPCが使える、外国語が使えること。ばか者はこれまでの既成概念にとらわれない新しい考え方を持つこと。学生はそのすべてを持っている人が多いし、チャレンジ精神旺盛な方を求めたい。

Q:地域で活躍する若者に対して期待することは何ですか
石破氏:地方は東京と違い、行政との距離が近い。地域の特性を最大限に活かして金沢の大学が未来を作っていくのか。この国の未来は「学生」に創ってもらわないといけない、今はそんな時代です。明治維新など、歴史の変わり目に常に若者がいるというのはそういうことなんです。

Q:地域の大学に期待することは何ですか
石破氏:「象牙の塔」にならないこと。大学が持つ本来の真実を探求する心は忘れないでほしい。今は「地方が日本を変える時代」、その責任感や使命感、学生にはそんな感性を持って欲しい。

  10分足らずのインタビューだったが、石破氏は淡々と答えた。無駄のない、理路整然とし、そして奥が深い内容だった。冒頭での「よそ者、若者、ばか者」は意外な言葉だったが、印象的として残り、納得もした。「言葉は人柄を語る」である。顔の表情を変えずに、5回も総裁選にチャレンジして得ることになった総裁=総理の座。石破氏は自ら「ばか者」ぶりが発揮できたと自負しているのではないだろうか。

⇒28日(土)午前・金沢の天気   くもり

★12月に「強雪」また来るのか 能登に続く大雪、地震、大雨の猛威

★12月に「強雪」また来るのか 能登に続く大雪、地震、大雨の猛威

  この冬も大雪なのか。日本気象協会の「3か月予報」(今月24日発表)によると、「12月は平年に比べ曇りや雨または雪の日が多いでしょう」とある。さらに、同協会の気象予報士は「12月になると、冬型の気圧配置が強まる時期がありそうです。特に初冬期は海面水温が相対的に高く、上空に強い寒気が南下すると雪雲が急速に発達するでしょう。シーズン最初から局地的な短時間強雪に注意して下さい」と呼びかけている。

  解説によると、日本近海の2023年までのおよそ100年間にわたる秋(10-12月)の海域平均海面水温(年平均)の上昇率は、+1.45℃/100年となる。これを海域別に見ると、日本海中部が+2.21度、日本海南西部は+1.77度となっている。つまり、日本海中部や日本海南西部の海面水温の上昇率は、世界全体や北太平洋全体で平均した海面水温の上昇率のおよそ2〜3倍と大きくなっている。大陸で冬型の気圧配置が強まり、強い寒気が日本海に南下すると、雪雲が急激に発達し、局地的な短時間強雪になりやすい。12月の大雪は過去3年間続いている。2023年12月22日には北陸に「顕著な大雪に関する気象情報」が発表され、輪島では24時間の降雪量が53㌢と12月の観測史上1位を更新する短時間強雪となった。

  去年のブログでもこの大雪のことを記している。「雪による被害が出ているのは能登地方だ。半島尖端部にある輪島市や珠洲市ではきょう午前で50㌢余りの積雪となっている。大雪で倒れた木や電柱が道を塞ぎ、車で行き来できなくなっており、180世帯が孤立化した。また、停電が2200戸余り、凍結による断水なども起きている。地元紙のきょうの朝夕刊によると=写真=、道路での倒木の撤去に時間がかかるため復旧の見通しは立っていないところもあり、輪島市などではまだ170世帯余りの孤立状態が続いている。同市は要望に応じ、食糧や毛布といった救援物資を届けている。停電などは一部復旧したものの、2100戸で停電が続いている」(2023年12月23日付、写真も)

  輪島市と珠洲市など能登は大雪に見舞われ、その後10日目の元日に最大震度7の能登半島地震があった。大雪、地震、大雨と自然猛威が続いて来た。大雪はこの冬も繰り返すのか。

⇒27日(金)朝・金沢の天気    くもり時々はれ

☆記録的な大雨から6日目 小中学校で授業再開 不明者の捜索続く

☆記録的な大雨から6日目 小中学校で授業再開 不明者の捜索続く

  今月21日から22日にかけて能登半島の北部で降った記録的な大雨で輪島市内の小中学校12校は臨時休校となっていたが、そのうち10校はきょうから授業を再開した。床上浸水など被害が大きかった同市町野町の小中2校の授業再開は来月1日以降となる見通しという(26日付・地元メディア各社のニュース)。

  記録的な大雨による死者は輪島市9人、珠洲市2人の合わせて11人となった。行方や安否が分からない人が4人いる。このうち川が氾濫して4軒の住宅が流された輪島市久手川町の塚田川周辺では14歳の女子生徒が流され、連日、警察や消防、自衛隊がおよそ430人の態勢で捜索を行っている=写真=。

  大雨で大きな被害が発生していることから、天皇、皇后両陛下の長女愛子さまが今月28、29日に能登半島地震の復興状況を視察される予定だったが取りやめとなった。地元メディア各社が伝えている。愛子さまは仮設商店街や和倉温泉など視察し、復興に向けて取り組む住民と交流する予定だった。愛子さま単独での地方公務は能登が初めてとなると地元メディア各社は注目していたが、大雨で流れた。

  そんな中、石川県の馳知事のひと言がまた物議をかもしている。今月24日に開催された県の災害対策本部会議で、馳知事が「1日も早い復旧のためには、ボランティアのみなさんのお力が不可欠」と訴え、「泥かきなどのボランティアを大規模で投入する必要があると痛感した」と述べた。この「投入」という言葉は不適切ではないか、ボランティア軽視ではないか、と。

  馳知事とボランティアは相性が悪い。ことし1月10日の記者会見で「個人的なボランティアは2次被害に直結するので控えてほしい」と訴えた。知事は被災地へ向かう道路事情が悪く、個人的なボランティアで自家用車で現地に行くと渋滞に巻き込まれ、救急車や消防車の往来にも支障をきたすのでしばらく控えてほしいという意味で述べたのだが、いつの間にか「ボランティアは自粛」「行かないことが支援」の言葉が独り歩きを始めた経緯もある。

  馳知事にはボランティア軽視の気持ちはないかもしれないが、「投入」という言葉は自らの指揮命令で人を動員するときに使う言葉なので、ボランティアをコマのように扱っているとみられるだろう。

⇒26日(木)夜・金沢の天気  はれ

★「能登の再難」水害拡大させた地震、豪雨、そして流木による無慈悲な連鎖

★「能登の再難」水害拡大させた地震、豪雨、そして流木による無慈悲な連鎖

  先日(今月22日)、記録的な大雨の現場となった輪島市を巡った。同市門前町浦上地区での被災現場で地元の人たちが語っていた言葉が印象的だった。元日の地震で自宅が半壊し仮設住宅で生活しているシニアの男性は、今回の大雨で大量の流木が押し寄せて集落地区そものものが半壊状態=写真・上=となったことに、「神も仏もない」と涙ぐんでいた。たまたま、話を横で聞いていて自身も胸が痛くなった。災難が2度やってきて、なすすべなく悲嘆にくれる心境を感じた。

  けさの地元メディアの報道によると、能登半島の北部、奥能登を中心とした大雨でこれまで死者は9人、行方や安否が分からない人が6人いる。また、土砂崩れで道路などが寸断されて孤立している集落が46ヵ所・367人に上る。また、停電は2860戸。この停電の影響による水道施設の停止や水道管の破裂などで5216戸で断水となっている。

  21日の大雨は予想外だった。気象台の予測では、能登地方は24時間で150㍉の雨だったが、実際に降った雨は輪島市で午前8時から午前11時の3時間で220㍉、まさに「ゲリラ豪雨」だった。気象庁は21日午前10時50分に輪島市と珠洲市、能登町に大雨の特別警報を出したが、河川が一気に氾濫するなど手遅れの状態だった。22日午後10時までの48時間雨量は輪島市で498㍉、珠洲市で393㍉と平年の9月1ヵ月分の雨量の2倍余りに達した。

  冒頭の話に戻る。22日午後に輪島市を巡って見えたことは、山間地での流木の怖さだった。元日の震災で地盤が緩み、その後の大雨で山の中腹では土砂崩れが起きたのだろう、流木が人里にもなだれ込んでいた=写真・中=。流木の流れ落ちる角度が少し違っていれば、民家を直撃したに違いない。

  これらの流木は河川の下流で橋脚などに当たり、積みあがって今度は「ダム化」=写真・下=して、橋の周囲の街並みに広範囲に水害をもたらした。まさに、地震と豪雨が連鎖し、その媒体としての流木が水害を拡大させた。「神も仏もない」、まさに天地からの無慈悲な連鎖の構図が現地で見えてきた。

⇒25日(水)夜・金沢の天気    はれ

☆「能登の再難」元日地震と記録的な大雨合わせ避難者1356人に

☆「能登の再難」元日地震と記録的な大雨合わせ避難者1356人に

  大雨に見舞われた輪島市の被災地を見て回り、痛ましく感じたことがいくつかある。その一つが、元日の地震で自宅が全半壊したため仮設住宅に入り、さらに今回の大雨で床上浸水の災害を被り、再び避難所生活に戻る被災者の人たちの心情だ。輪島市門前町浦上地区の仮設住宅を訪れた。仮設住宅の住人に話を聞いた。山でがけ崩れが起き倒木が大量に発生した。近くの浦上川が決壊し、流木が次々と流れ着き、集落近くの橋梁にぶつかってたまり、まるで「土砂ダム」と化した。

  仮設住宅は河川の近くにあり、床上浸水の状態となった=写真・上=。ただ、橋の下流にあるので、流木が流れてきて仮設住宅を直撃するということは免れた。話をしてくれたシニアの男性は「仮設住宅は助かった方だ。この橋の上流はひどいことになっている」と。その話を聞いて少し上流に上がると、流木が押し寄せていた。流木が民家にぶつかり、壁などがゆがんでいた。軽トラック2台も流されてきたのだろうか。電柱が倒れ、一帯では広範囲に流木や泥があふれていた=写真・下=。

  男性は震災で仮設住宅に入った。今回の水害では周囲は泥であふれた。避難所から通って仮設住宅の泥を除去することが「当面の仕事だ」と話した。泥のにおいが一帯に立ちこめていた。

  最大震度7の地震、そして記録的な大雨。能登半島は「災難」、そして「再難」に見舞われた。石川県まとめによると、大雨による死者は23日現在で輪島市6人、珠洲市1人の計7人。避難者は計1088人(輪島市730、珠洲市243、能登町102、ほか13=22日午後4時時点)に上っている。能登半島地震での避難生活(地元での1次避難)も続いていて、計268人(輪島市72人、珠洲市145人、志賀町51人=9月17日時点)が避難所に身を寄せている。地震と水害を合わせ1356人となる。

⇒23日(月・振休)午後・金沢の天気    はれ時々くもり