⇒ドキュメント回廊

★燃えるような紅葉の那谷寺 青空に映える冠雪の白山

★燃えるような紅葉の那谷寺 青空に映える冠雪の白山

  久しぶりに石川県小松市にある名刹、那谷寺を訪れた。「石山の石より白し秋の風」。江戸時代の俳人、松尾芭蕉が那谷寺で詠んだ『おくのほそ道』の俳句だ。奇岩がそびえ立つ景観で知られる那谷寺は紅葉の名所でもある。境内ではモミジや、カエデなどが赤々と燃えて、見事な景観だった=写真・上、2日午前11時37分撮影=。

  境内を巡っていて、「紅葉良媒(こうようりょうばい)」という言葉を思い出した。見学に訪れている人たちを見ると、男女のカップルが多いことに気づき、この四字熟語が脳裏に浮かんできた次第。紅葉を見に行くことがきっかけとなって良縁が結ばれることを意味する言葉だ。さらに、奇岩がそびえ立つ那谷寺はパワースポットとしても知られ、若い人たちにとっては人気がある。「奇岩良媒」かもしれない。

  展望台から臨んだ「奇岩遊仙境」(国名勝指定)。ここから遊仙境を眺めると、寺でありながら赤い鳥居と稲荷社が点在するのが見える。パンフによると、奈良時代に創建された白山信仰の寺院とのこと。確かに、那谷寺の周辺からは白山が見える=写真・下、2日午前11時24分撮影=。青空に映えた冠雪の白山、じつに神々しい。

  「風かをる越しの白嶺を国の華」。これも芭蕉が詠んだとされる句。白山のまわりには、さわやかな風が吹き渡っていて、まるで国を代表するような山だ、と解釈する。白山は北陸3県ほか岐阜県にまたがる標高2702㍍の活火山で、富士山、立山と並んで「日本三名山」あるいは「三霊山」と古より称される。奈良時代には禅定道(ぜんじょうどう)と呼ばれた登山ルートが開拓され、山岳信仰のメッカでもあった。

  その白山を源流とする手取川は加賀平野を流れ、日本海に注ぎこむ。去年2023年5月にその白山と手取川がセットになって、ユネスコ世界ジオパークに認定された。遠方から白山を眺めると、白山には長く厳しい冬が訪れている。その名のとおり「白い山」となり、山容は穏やかでやさしい。芭蕉が讃えたように「国の華」のようだ。

⇒3日(火)夜・金沢の天気      くもり時々あめ

☆冬の訪れは雷鳴と氷あられ  子どものSNS環境めぐり規制の動き

☆冬の訪れは雷鳴と氷あられ  子どものSNS環境めぐり規制の動き

  けさ雷鳴とともに叩きつけるような氷あられが降ってきた。屋根にあたる音がバシバシと強烈だった。しばらくして雨になった。氷あられが降ったのは午前6時すぎ、その後、午前9時40分ごろに自宅の庭に出ると、氷あられがところどころに残っていた=写真=。見ると、1㌢四方の大きさのものもある。午前6時に降ってきたのはそれより大粒だったろう。歩行者にけがはなかっただろうか、農家のハウスは大丈夫だったのか、などと考えてしまった。その後も金沢では雨が降り続き、いまも大雨警報が出されている。

  話は変わる。NHKニュース公式サイト(29日付)によると、オーストラリアの議会は、16歳未満の子どもがSNSを利用することを禁止する法案を可決した。アルバニージー首相は29日朝、記者会見を行い「今回の法律で親と子どもの会話が変わり、その変化はオーストラリアの子どもたちにとって害を少なくし、より良い結果をもたらすことになる」として、子どもと保護者のための法律だと述べた。この法律は、SNSの運営会社に16歳未満の子どもが利用できないような措置を講じることを義務づけるもので、違反した場合は最大で4950万オーストラリアドル、日本円でおよそ49億円の罰金が科される。保護者や子ども自身への罰則はない。

  オーストラリアでは近年、子どもたちがSNSにのめり込み、日常生活や心の健康に悪影響が出ることへの懸念が高まっているほか、悪質ないじめにあったり、性被害にあったりする事態が相次ぎ、保護者を中心に規制を求める声が高まっていた。

  オーストラリアだけでなく。フランスではSNSの運営会社に対して、保護者の同意がないかぎり、15歳未満の子どものアクセスを制限するよう義務づける法律が制定している。また、アメリカの一部の州でも、未成年のSNS利用を規制する法律を制定していて、ユタ州などでは未成年がSNSを利用する際には保護者の同意が必要となる(29日付・NHKニュース)。

  一方、イギリスBBC公式サイト日本語版(11月7日付)によると、オーストラリア最大の子供の権利擁護団体のひとつ、「オーストラリア子供の権利タスクフォース」は、この禁止措置を「あまりにも乱暴な手段」と批判している。同団体は10月に政府に公開書簡を送付。100人以上の学者と20の市民団体が署名したこの書簡はアルバニージー首相に対し、禁止措置に代えてSNSに「安全基準」を課すことを求めた。同団体はまた、国連の助言を引用し、オンライン空間を規制するための「国家政策」は、「子供たちがデジタル環境と関わることで利益を得る機会を提供し、その安全なアクセスを確保することを目的とすべきだ」と指摘した。

  政府が子どもたちのSNS環境そのものを規制するのか、あるいは規制せずにSNSに安全基準を課すことでアクセスを確保するのか。デジタル化が進む世界の情報環境にあって、争点として浮上している。

⇒29日(金)夜・金沢の天気     あめ

★震源は能登半島を南下してくるのか 連動する活断層の不気味さ

★震源は能登半島を南下してくるのか 連動する活断層の不気味さ

  前回ブログの続き。今月25日付のブログ『☆能登地震による液状化で電柱同士が接触し発火 これはレアケースなのか』を読んでくれた金沢の知人から、きのうメールがあった。「(26日の)震度5弱の地震で傾いて今にも倒れそうになっている電柱が内灘にある。危なっかしくて道路を通るのも不安になる」と。知人は内灘町の企業に勤めている。きょう現地を見に行った。

  危なっかしい電柱がある場所は内灘町室地区の県道沿い。同町では元日の能登半島地震による震度5弱の揺れと液状化被害で全半壊の住家が686棟にも及んでいる。今月25日付ブログは、傾いた道路の電柱が地盤の液状化でさらに傾き、隣接する工場敷地内の電柱との電線が接触して発火したと書いた。危なっかしい電柱は発火した電柱と同じ県道沿いにあり、わりと近い。その傾き加減は素人目線で15度から20度はあるかもしれない=写真=。傾きが以前より大きくなったのは、ここ数日の雨と26日の地震の影響なのだろうか。この周囲の電柱もこれほどではないが軒並み傾いている。このまま倒れば人身事故になりかねない。

  それにしても気がかりなのは、今月26日の震度5弱の揺れなど、このところ能登で頻発している地震の震源が元日の半島尖端から南下していることだ。地元メディアの報道によると、地震学者のコメントとして、元日の地震で動いた断層とは別の「羽咋沖西断層」が震源の可能性があるとしている。元日の震源は半島尖端の珠洲市だったが、このところの地震は半島の真ん中の羽咋市の沖に位置する。さらに南下すると金沢に限りなく近いづいてくる。

  金沢には「森本・富樫断層」がある=図=。国の地震調査研究推進本部の「主要活断層」によると、切迫度が最も高い「Sランク」が全国で31あり、その一つが森本・富樫断層だ。断層は全長26㌔におよび、今後30年以内の地震発生確率が2%から8%とされる。金沢市の公式サイトに掲載されている「平成24年度(2012)被害想定調査結果」によると、この森本・富樫断層で金沢市内中心部に直下地震が起きた場合、マグニチュード 7.2、最大震度7と想定されている。地震は連動する。連動しながら南に降りてくるのか。じつに不気味だ。

⇒28日(木)夜・金沢の天気    あめ 

☆能登の地震いつまで続く 震度5弱、四国から東北まで揺らす

☆能登の地震いつまで続く 震度5弱、四国から東北まで揺らす

  昨夜は午後10時00分過ぎに帰宅。アルコールが入っていたせいもあり、ゆったりと寝ようか思っていた矢先の午後10時47分ごろ、スマホの緊急地震速報が鳴り響き、同時にグラグラと揺れが来た。あわててリビングに行き、テレビのNHK速報をチェック。「能登地方で最大震度5弱を観測する地震」「震源地は石川県西方沖で、震源の深さは10㌔、マグニチュードは6.4と推定」のテロップが流れていた。自宅がある金沢は震度3だった。その後、速報値は更新され、震源の深さは7㌔、マグニチュードは6.6となっている。

  揺れの中心にあたる震央が志賀町にある志賀原発と向き合っている位置にあり、津波は大丈夫か、原発施設への被害はないかなどと案じていたが、「北陸電力によると、停止中の志賀原発1、2号機に異常は確認されていない。また、敷地外の放射線量を監視するモニタリングポストの値に変化はみられない」「沿岸で若干の海面変動があるものの、津波被害の心配はない」とのコメントが流れていた。

  ただ、元日の地震では午後4時6分ごろにマグニチュード5.5、震度5強の揺れがあり、その4分後の4時10分にマグニチュード7.6の地震が2回連動して起きて震度7の大きな地震となったので、今回もそのケースで前触れの地震後に本震がくるのではないかとしばらく身構えていた。1時間余り経って、ようやく寝付いた次第。

  けさのメディア各社の報道をチェックすると、昨夜の地震で震度1以上の揺れは四国から東北へと広範囲で観測されている(※各地の震度図は気象庁公式サイトより)。能登半島で震度5弱以上を観測したのは、ことし6月3日の5強の地震が発生して以来となる。気象庁は元日の地震以降も周辺では地震活動が活発になっていて、今後も強い揺れが起きる可能性があるとして、注意するよう呼びかけている。

  もう一点、今回の地震で気になっていることがある。最大震度5弱は輪島市門前町走出と志賀町香能で観測された。この2地点は海岸沖の震源から20㌔ほどと近くだった。ところが、この2地点は元日の地震で最大震度7が観測された地点でもある。震源の半島の尖端、珠洲市からおよそ45㌔離れていたにもかかわらず、最大震度だった。震源地の珠洲市や近隣の能登町は震度6弱から6強だった。震源地から遠方のポイントが揺れが大きくなる。このメカニズムはどうなっているのだろうか。

⇒27日(水)午前・金沢の天気    くもり時々あめ

★国史跡の「利家とまつ」前田家墓所の石灯篭など100基倒壊 本格復旧へ調査始まる

★国史跡の「利家とまつ」前田家墓所の石灯篭など100基倒壊 本格復旧へ調査始まる

  グラグラと金沢の自宅が揺れた。午後10時47分ごろ。NHK速報によると、輪島市門前町走出と志賀町香能で震度5弱、金沢で震度3だった。震源は能登半島の西方沖でマグニチュードは6.4だった。輪島市門前町走出と志賀町香能 は元日の地震で震度7を観測した地点だ。

              ◇

  前回ブログの続き。元日の能登半島地震の影響はさまざまな場所で起き、そしてさまざまなケースがある。金沢には野田山墓地があり、山頂から山腹にかけて墓石が並ぶ。年代物と思われる古いものや最近のものまでさまざまだ。金沢の山沿いは震度5弱だった。野田山墓地を見渡す限りでは、地震で崩れている墓石はさほどないよう見える。ただ、よく見ると墓石がズレていたり、石塔の一部が欠けたりしているものも多くある。                                  

  中でも目立って石灯篭などが倒れていたのが、国の史跡でもある「加賀藩主前田家墓所」だった。加賀百万石の礎を築いた前田利家の墓碑や、横にある正室まつの墓碑は無事だったが、両墓碑の入り口などにある石灯篭の笠の部分が崩れたりしていた=写真、1月14日撮影=。金沢市文化財保護課の調査によると、前田家墓所全体では石灯篭を中心に100基余りの石像物が倒れたり、割れたする被害が確認されている(26日付・地元メディア各社の報道)。このうち、まつや2代藩主利長などの墓にある石灯篭6基については5月末に石工職人が滑車で起こするなど復元作業を終えている。

  現地の看板「野田山墓地由来記」によると、野田山墓所は天正15年(1587)に利家が兄・利久をこの地に葬ったことから墓地としての開発が進み、慶長4年(1599)には利家がまつられ、以降14代藩主と正室ら家族の墓地となった。前田家墓所の墳墓は84基あり、全体で敷地面積が8万6千平方㍍にもおよぶ。文化財の価値を保全するためには、建立当時と同じような石材や工法が求められるため、金沢市では文化庁の担当者らと協議を重ねながら、倒壊した石像物などの本格復旧をめざし調査を進める。このため、同市では12月補正予算案に3510万円を計上した。「利家とまつ」前田家墓所の復旧作業がこれから本格的に始まる。

⇒26日(火)午後・金沢の天気    あめ

☆能登地震による液状化で電柱同士が接触し発火 これはレアケースなのか

☆能登地震による液状化で電柱同士が接触し発火 これはレアケースなのか

  元日の能登半島地震の影響はさまざまな場所で起き、そしてさまざまなケースがある。その典型がこの事例だろう。地元メディア各社の報道によると、今月23日午後7時20分ごろ、金沢市に隣接する内灘町の県道沿いの電柱から出火し、消防がまもなく消し止めた。周辺の10戸ほどが3時間ほど停電した。近くの住人から「家が突然停電し、外の電柱が燃えている」と110番通報があった。
 
  きょうその現場を見てきた。出火した電柱は地震による液状化被害が大きかった同町宮坂地区にある。出火した電柱は傾きが進み、近くにある工場敷地内の細い電柱との電線同士が接触して発火したようだ=写真・上=。この周辺ではこの電柱だけでなく相当数の電柱が傾いている。中には目算で20度ほども傾いているのではないかと思えるものもある。北陸電力の関連会社では、電柱の建て替え作業を進めているが、内灘町だけでなく能登でも相当数の電柱が傾いていて施工が間に合わないのだろうか。
 
  問題の電柱の下を見ると、黒と黄色の電柱標識板の一部が地面に埋まっている=写真・下=。日常で見る標識板は地面から40-50㌢上にあるので、これは電柱が地盤に沈下したのだろう。液状化がいまも進んでいるのではないだろうか。
 
  内灘町では地震の揺れは震度5弱だった。震源地の珠洲市からは直線距離で100㌔あまり、そして震度7が観測された輪島市からは直線距離で85㌔離れている。今回の地震で道路がいたるところで隆起したり陥没したりしている。地面がゆがみ、多くの住宅や電柱が傾いている。道路が15度ほど斜めになっているところもある。震源との距離は離れているが、全半壊の住家は686棟に及んでいる。ちなみに、隣接する金沢市では276棟だ(11月22日時点・石川県危機対策課まとめ)。なぜ、これだけ影響が大きかったのか。宮坂地区などは河北潟の西側に広がる。この地域は江戸時代から河北潟を埋め立てる干拓事業が進められてきた。もともと砂地だった場所なので液状化現象が起きたのだろう。これは憶測だ。
 
  冒頭で述べたように、予期せぬさまざまな出来事が起きている。今回のように傾いた電柱と電柱が接触しての出火。冬季に入れば雨量がさらに増え、時間とともに液状化した地盤が動き、同様のケースが連続的に発生するのではないだろうかと危惧する。
 
⇒25日(月)夜・金沢の天気   はれ

★能登地震の被災者の語り 「長靴の恩返し」「ペチャンコの家」「DMATに感謝」

★能登地震の被災者の語り 「長靴の恩返し」「ペチャンコの家」「DMATに感謝」

  元日の能登半島地震で被災し、仮設住宅で生活している人たちから直接話を聴く機会がこれまで何度かあった。そのなかからリアルな話をいくつか。「家がペチャンコになった」から始まった話があった。ペチャンコは潰れて平になるとの意味。能登半島では2020年12月以降、地震が頻発するようになった。揺れに慣れてきて、「また地震か」という気持ちになっていた。この気の緩みのせいで、いざというときに持ち出す貴重品の置き場を定めておくのを失念していた。元日に大きな揺れが来て、貴重品どころか逃げ出すのがやっとだった。ペチャンコになった家からは貴重品を取り出せず、公費解体に立ち会うことにしていて、順番をひたすら待っている。

  別の被災者の話。元日の夕方の揺れで、慌てて外に出た。「家にまだ人がいます。誰か助けてください」とひたすら叫んでいた。すると一台の車が止まった。小学生の子供ら家族が乗っていた。30代くらいの女性が車の中から出てきて、「これを履いてください」と長靴をくれた。靴を履かずに靴下で外に出ていたことに気がついていなかった。女性は「東京に帰りますので」と言い、そのまま去った。そのときお礼も十分にできずにいた。その長靴の恩はいまも忘れられない。色とりどりの円模様が入った黒長靴だ。「お礼をしたい」と繰り返し話していた。

  ほかにも地震にまつわるさまざまな話を聴いた。地震で家屋がきしむギシギシという音を思い出して、いまも身震いすることがある。地震で物が落ちると言うが、元日の震度7の揺れではじつに奇妙な落ち方だった。棚の上にあった電子レンジが一瞬、宙に舞うようにして落ちた。

  避難所生活の話。学校の体育館で避難生活を続けていた、もともと独り暮らしのシニアの話。体育館では、小さな子どもたちも一緒に避難所で生活していたので、走り回ったり、騒いだり、その姿にむしろ元気をもらった。困った話も。シニア層はトイレの回数が多く、夜中もトイレに何度か行く人もいる。トイレの帰りに手洗いをしない人も多く、問題になっていた。避難所にやってきたDMAT(災害派遣医療チーム)の看護師に相談すると、消毒液スプレーを配置してくれた。これをみんなが使うようになり、安心した。

  震災の環境での暮らしで被災者には新たな発見や悩み事などさまざまにある。これまで話を聴かせてもらい、むしろ被災者から元気をもらったり、知恵を授かったりすることが多い。これからも被災者の話に耳を傾けていきたい。

⇒24日(日)夜・金沢の天気    くもり   

☆きょう二十四節季の「小雪」 凍結や積雪への心構えが問われる日

☆きょう二十四節季の「小雪」 凍結や積雪への心構えが問われる日

  きょうは二十四節季の「小雪」。寒さが進み、そろそろ雪が降り始めるころとされるが、金沢は朝から雨模様だが、最高気温は15度、最低気温は9度となっていて、寒さを感じるほどではない。例年、小雪のころから冬の訪れを告げるかのように雷が鳴り始める。きょう金沢では雷注意報が出ていて、午後6時前ごろに雷鳴がとどろいていた。今月28日と29日にも雷マークが出ている。北陸ではこの時季の雷を「冬季雷(とうきらい)」、能登では「雪だしの雷」と言ったりする。ブリが能登半島に回遊してくるころと重なる。

  きのう夕方、金沢と能登を結ぶ自動車専用道路「のと里山海道」を走っていると、「スノータイヤ 早めに装着」と電光掲示板が出ていた=写真=。ノーマルタイヤからスノータイヤへの履き替えを促している。寒波が吹き込むと、のと里山海道の路面は凍結や積雪におおわれる。海岸沿いの道路は凍結し、山沿いの道路は積雪となる。なので、スノータイヤへの交換は北陸の冬では必須だ。冬の時季、のと里山海道や北陸自動車道で事故が多いのが県外ナンバーの車だ。スタッドレスなど冬用タイヤを装着していなかったために追突やスリップ事故などに遭遇する。そもそも、凍結や雪道での運転に慣れていないせいもあるだろう。話が逸れた。

  元日の能登地震で奥能登(輪島市、珠洲市、穴水町、能登町)では、道路に敷設された消雪装置の大半が壊れたままとなっていて、その路線が延べ40㌔ににもおよぶと、地元メディアが報じている(21日付)。中でも、半島の尖端に位置する珠洲市では市内の国道、県道、市道の合わせて25㌔の消雪装置が壊れたままとなっている。消雪装置は市内のメイン道路に設置されていて、冬場の通勤や通学の道路には欠かせない。同市では上下水道の復旧を最優先で取り組んでいて、道路の消雪装置の修繕の見通しは立っていないようだ。車道に雪が残れば、スタッドレスタイヤを装着した車でもスタック(立ち往生)が格段に増える。

  報道によると、同市では消雪装置が使えない分を除雪車を増やして対応する予定で、前の冬から10台増やし190台で対応する。また、国道では積雪5㌢で除雪車が出動するが、一部の県道でも国道と同じ基準で除雪を行う。雪道では車道、歩道問わず事故が発生しやすい。いよいよその季節がやってくる。

⇒22日(金)夜・金沢の天気    あめ

★「コロナ」から5年、ワクチン接種8回目 マスクはすっかり日常に定着

★「コロナ」から5年、ワクチン接種8回目 マスクはすっかり日常に定着

  打つか打たないか少々迷ったが、結局、打つことにした。きのう(18日)金沢市内のクリニックで新型コロナウィルスのワクチン接種をしてきた。新型コロナウイルスの感染症法上の位置づけが2023年5月に5類に移行して、単なる風邪くらいのイメージだったが、5類以降でコロナに罹った知人から発熱とのどの痛みに悩まされ続けたと聞かされ不安に思ったことがある。なので5類以降も、接種の案内が市役所から届くたびに律儀に接種を続けてきた。ただ今回市役所から案内で迷ったのは、前回去年11月13日に接種したのが最後だったので、あれから11ヵ月も経っている。「もういいだろ」と「いちおう念のため」の思いが交錯した次第。

  1年ぶりの接種、8回目だった。医師は右肩にさりげなく接種。これまでは、15分ほど待合室で待機して、何もなければ退室だったので、今回も「このまま15分待っていればいいですか」と医療スタッフに問うと、「そのままお帰りください」とのことだった。新型コロナワクチンは、2023年度までは全額公費負担で無料接種が行われてきたが、今年度はインフルエンザと同じ予防接種扱い。なので自己負担、2300円だった。(※写真・上は、ファイザー社のワクチン=同社の公式ホームページより)

  間もなく師走。年の瀬ともなれば年末の行事や買い物など忙しくなり、人と会う機会も格段に増えるだろう。で、「やっぱり打ってよかった」といま思っている。ワクチ接種に理由はない。要は自己防衛の本能なのだろう。

  日本人と新型コロナウイルスとの長い戦いは2020年4月に政府から出された「緊急事態宣言」から始まった。国民生活や経済に甚大な影響をおよぼす恐れがあるとして、総理大臣が宣言を行い、緊急的な措置を取る期間や区域を指定した。5年が経ち、あのころとまったく変わっていない光景がある。マスク着用のことだ。5類に移行してある意味で平時に戻って、世の中全体が肩の荷を下ろしたように楽になった。感染症法に基づく外出自粛要請や濃厚接触者の特定などは廃止となり、マスク着用も個人の判断に委ねられるようになった。ところが、電車やバスの中はもちろんのこと、金沢の街を歩いていてもすれ違うほとんどの人がマスクを着用している。(※写真・下は、2020年4月に当時の安倍総理が1世帯2枚のマスクを配布すると説明=首相官邸公式ホームページ)

  マスクへの執着は弊害を生むこともあった。2020年の非常事態宣言後の夏にマスク着用者に熱中症が続出し、厚生労働省と環境省は「マスクをはずしましょう」とポスターで呼びかけた。マスクを着けたままだと、自らがはいた熱い息を吸うことで、熱中症のリスクが高まる、というのだ。そこで、人と人の間で2㍍以上の十分な距離がとれるのであれば、「マスクをはずしましょう」となる。あれから5年経っても、夏マスクを着けている人は多い。

  コロナ感染が世の中からなくなったわけではないので着用は当然なのかもしれない。コロナ禍でマスクがすっかり日常に定着した。これも自己防衛の本能なのだろう。

⇒19日(火)午後・金沢の天気     くもり

☆豪雨でドロ沼となった輪島の仮設住宅を復旧 キッチンカーや移動販売車が行き交う

☆豪雨でドロ沼となった輪島の仮設住宅を復旧 キッチンカーや移動販売車が行き交う

  前回の続き。輪島市は二重被災地でもある。元日に最大震度7の地震、そして9月に48時間で498㍉という記録的な大雨に見舞われた。市役所に近い宅田町の仮設住宅では、地震の被災者が住んでいた182戸が近くを流れる河原田川が豪雨で氾濫して一帯が冠水した。仮設住宅に土砂が流れ込み、水が引いても一帯はドロ沼の状態だった=写真・上、9月22日撮影=。この豪雨でほとんどの世帯は近くの小学校体育館などの避難所に身を寄せている。今月15日に現地を訪れると、住宅の床や壁の取り換えや、泥を落とす作業、消毒などが行われていた=写真・中=。

  仮設住宅を管轄する石川県庁では、被災者には再入居してもらうことを前提に年内をめどに仮設住宅の復旧作業を急いでいる。それにしても、被災者は元日の震災で避難所生活となり、7月上旬にようやく仮設住宅入居したものの、その3ヵ月後に豪雨で再び避難所生活を余儀なくされている。度重なる自然災害に翻弄され、心痛はいかばかりか。

  河原田川の上流にある小学校グラウンドの仮設住宅を訪ねた。時間は正午過ぎで、仮設住宅地の入り口にキッチンカーが駐車していて、人の列ができていた=写真・下の㊤=。「スパイスカレー」の看板が見えた。このカレーの匂いに誘われて列ができたのだろうか。キッチンカーの場合は、食品衛生管理者講習を受講し、その後に飲食店営業許可(食品衛生法に基づく許可)を取得すれば開業できるので、震災以降ずいぶんと増えているように思える。

  仮設住宅をめぐるとキッチンカーのほかにも、食料品や日用品を積んだ移動販売車=写真・下の㊦=をよく見かける。輪島市内の商店や飲食店の多くはシャッターが閉められていて、被災地の人にとっては、ある意味で便利な存在かもしれない。

  地震の被災者用に整備された仮設住宅は七尾市、輪島市、珠洲市、羽咋市など能登を中心に10市町で6882戸(159ヵ所)におよび、今月12日時点で6671戸が完成している(石川県まとめ)。また、豪雨の被災者用に輪島市で264戸、珠洲市で22戸の整備が進んでいる。供与期間は原則として仮設住宅の完成から2年間となるが、住宅の新築など個別の事情に応じて延長できる。まもなく寒波とともに冬の季節がやってくる。被災者への手厚い対応を行政に望みたい。

⇒18日(月)夜・金沢の天気    あめ