☆ワクチン敗戦国の無残な姿~上
きょう6日、金沢市でも65歳以上を対象にした新型コロナウイルスのワクチン接種の予約受付が始まった。自身もその対象に入るのでさっそく自宅近くの内科医院へ申し込みに出かけた。「電話での申し込み」と市の説明書に書いてあったが、電話だと混雑してかかりにくいかもしれないと察して、直接申し込みに行くことにした。ところが、医院の受付の女性は「せっかくおいでいただきましたが、直接の申込受付はいたしておりません。市のコールセンターに電話して申し込むか、LINEでも予約ができます」とチラシ=写真=を出してきた。
自国で開発できず、国民は求めさまよう、これが日本の姿か
せっかく来たのにと文句の一つでもと思わないでもなかったが、「市の健康政策課の担当者からは医療機関に電話で直接申し込むことができる言われましたよ。わざわざ足を運んだのですから、受付の登録をしてくださいよ」とお願いした。すると、「当院では直接受け付けておりませんので市のコールセンターにお電話ください」の一点張りだ。すると、「そんなダラなね。せっかく来たのに」と背後から声がしたので振り返ると、順番待ちの人が5人いて、私と受付の女性のやり取り聞いていたようだ。「市のコールセンターに電話をかけたけど、電話が繋がらんからわざわざ来たんや。それがダメならどうすりゃいいんや」と、杖をついた高齢の男性が怒りだした。一触即発の状況だととっさに思い、「ここで言い合っていてもラチがあきませんので、自宅から気長にコールセンターに電話しましょう」と場をなだめて外に出た。
そもそも、高齢者にLINEで予約を申し込めということ自体が間違っているのではないか。総務省「情報通信白書(令和2年版)」によると、70代(70-79歳)のSNS利用者は41%だ。さらに、「NTTドコモ」モバイル社会研究所のSNS利用動向についての調査リポート(2020年6月29日付)によると、スマホを所持する70代の46%がLINEを利用している。この割合でいくと、LINEを使っている70代は19%、つまり5人に1人ということになる。金沢市の65歳以上の人口は12万人なので、LINEで申し込んでいる人は2万2千人だ。残り9万8千人は電話で申し込むか、直接申し込むしかない。
午後4時、コールセンターに30回目の電話をしたが、『回線が混み合ってるのでかけ直して下さい』と自動的に繰り返さるだけだった。そこで、近くの別の内科医院を探して申し込みに行った。この医院では窓口に「コロナワクチン受付」と貼り紙がしてあり、名簿に記入して待合室で順番を待った。番号は「165」だった。しばらくして受付の女性から名前が呼ばれた。「ウノさんは当院は初めてですよね。当院では通院をされておられる方のみワクチン接種は受け付けています。申し訳ありません」と。「えっ、でもコロナワクチン受付と書いてあるではないですか。ダメなんですか」と言うと、「配布されるワクチンの量が限られているということで仕方なく通院されている方を優先させていただいています」と。
実に情けない気分になった。LINEは使わないことにしているので、わざわざ申し込みに出向いたのにこの様だ。その後、コ-ルセンターに電話しても繋がらない。高校時代からの友人が金沢に住んでいるので電話した。すると彼も通っている病院に申し込んだが、1週間後に再度申し込んでほしいと言われたという。「まるで日本はワクチン後進国だね」と言うと、彼は「いや、ワクチン敗戦国だよ」と返してきた。自国でワクチン開発をできず、他国の企業に頼らざるを得ない。一国の首相がわざわざ製薬会社の社長に電話して拝む頼むでワクチンの供給を懇願する。そして、国民はワクチンを求めてさまよっている。まさに、敗戦国の姿ではないか。
⇒6日(木)夜・金沢の天気 はれ
先日、輪島市門前町の「黒島天領祭」の関係者から電話でヒアリングがあった。黒島はかつて北前船船主が集住した街で、貞享元年(1684)に幕府の天領(直轄地)となり、立葵(たちあおい)の紋が贈られたことを祝って始まった祭礼とされる。輪島塗と金箔銀箔で飾った豪華な曳山=写真=が特徴で、毎年8月17、18日に行われる。自身もこれまで祭りに参加する学生たち40人ほどを連れて黒島を訪れている。昨年(2020年)は新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため中止となっていた。
当時テレビで熊本城の被災の様子が報じられていた。かろうじて「一本足の石垣」で支えられた「飯田丸五階櫓(やぐら)」を見に行った。ところが、石垣が崩れるなどの恐れから城の大部分は立ち入り禁止区域になっていて、見学することはできなかった。ボランティアの腕章を付けた女性がいたので、「被災した熊本城でかろうじて残った縦一列の石垣で支えらた城はどこから見えますか」と尋ねた。すると、「湧々座(わくわくざ)の2階からだったら見えますよ」と丁寧にもその施設に案内までしてくれた。
るりと一周したが、飯田丸五階櫓だけでなく、あちこちの石垣が崩れ、櫓がいまにも崩れそうになっていた。
などがもう顔を出していた。無心に雑草を抜き取り、落ち葉を掃く。草むしりはまるで雑念を払う修行のようなものだ。
での研修だ。カリキュラムに沿って学ぶ。里山概論や土地利用、生態学的な視点、伝統的なコメづくり、地元食材の料理法などを学んでいる。その上で、イフガオ棚田を保全し、活性化することを自らのテーマとして選び、調査し、議論を重ねた。
究していた。発表を聴いたイフガオ州知事のハバウエル氏は「州の発展に役立つものばかりだ。ぜひ実行してほしい。予算を考えたい」と賛辞を送った。
ルソン島中央のコルディレラ山脈の中央に位置するイフガオ族の村、バナウエに着いた。2000年前に造られたとされる棚田は「天国への階段」とも呼ばれている。最初に見た村の光景は、半世紀前の奥能登の農村のようだった。男の子は青ばなを垂らして鬼ごっこに興じている。女子はたらいと板で洗濯をしている。赤ん坊をおんぶしながら。ニワトリは放し飼いでエサをついばんでいる。七面鳥も放し飼い、ヤギも。家族の様子、動物たちの様子は先に述べた「昭和30年代の明るい農村」なのだ。
先日自宅近くのガソリンスタンドで給油した。ガソリンはまだ半分ほど残っていたが、このところ毎日のように価格が値上がりしているので、1円でも安いうちにと消費者心理が働いて満タンにした。1㍑当たり149円だった。それにしても不思議だ。新型コロナウイルスの感染で、不要不急の外出自粛やオンライン会議、リモートワークの生活スタイルが定着して、自身もマイカーに乗る回数が減ったと実感している。街中でもコロナ禍以前の3分の2ほどの交通量だ。さらに、脱炭素化で「EVシフト」が加速し、電気自動車やプラグインハイブリッド車が目立つようになってきた。
ー物質になりにくいとされているが、黄砂に付着した微生物や大気汚染物質がアレルギーの原因となり、鼻炎など引き起こすようだ。さらに、黄砂の粒子が鼻や口から体の奥の方まで入り、気管支喘息を起こす人もいる。
これまで意識はしていなかったが、ヒメリュウキンカはヨーロッパが原産のいわゆる外来種のようだ(3月21日付・北陸中日新聞)。日本の固有種を駆逐するような特定外来生物などには指定されていない。1950年代ごろに園芸用として国内に入り、金沢市内でも一時、流行したという。葉の形が似たリュウキンカから名前が取られたが、属は異なる。英語名のセランダインとも呼ばれる(同)。
12日午前中に東京・八重洲で畠山氏と会うことができた。頭髪、ひげが伸びていて、まるで仙人のような風貌だった=写真・上=。この折に、9月2日に輪島市で開催する「地域再生人材大学サミットin能登」(能登キャンパス構想推進協議会主催)の基調講演をお願いし、承諾を得た。4ヵ月後、畠山氏と輪島で再会した。人は自然災害とどのように向き合っていけばよいのか、実にリアルな話だった。以下、講演の要旨。
私の家は海抜20㍍近くだが、自宅すぐ近くまで津波は押し寄せた。津波は海底から水面までが全部動く。昨晩、(輪島市の)海辺の温泉のホテルに泊まらせていただいた。窓を開けるとオーシャンビューで、正直これは危ないと思った。4階以下だったら、山手の民宿に移動しようかと考えたが、幸い8階と聞き安心した。温泉には浸かったが、安眠はできなかった。あの津波の恐怖がまだ体に染み込んでいる。
津波が起きてしばらくは、誰もが元の所に帰るのは嫌だと言っていた。しかし、2ヵ月くらいすると、徐々に今まで生活した故郷を離れられないという心情になってきた。ただ恐れていたのは、海が壊れたのではないかということだった。震災後2ヵ月までは海に生き物の姿が全く見えなかった。ヒトデやフナ虫さえ姿を消していた。しかし2ヵ月したころ、孫が「おじいちゃん、何か魚がいる」と言うので見ると、小さい魚が泳いでいた。その日から、日を追ってどんどん魚が増えてきた。京都大学の研究者が来て基礎的な調査をしているが、生物が育つ下地は問題なく、プランクトンも大量に増えている。酸素量も大丈夫で、水中の化学物質なども調べてもらったが、危ないものはないと太鼓判を押してもらった。これでいけるということで、わが家では山へ行ってスギの木を切ってイカダを作り、カキの種を海に下げる仕事を開始した=写真・下=。