☆北陸新幹線の敦賀延伸 どうする「乗り換え」ストレス
時間をうまく短縮することを「タイパ」、タイム・パフォーマンスとよく言われる。移動手段での最高のタイパは新幹線だろう。北陸新幹線の金沢・敦賀間が来年3月16日に開業する。ところが、金沢に住む一人として、関西と中京が少々遠くなった気もする。それは「乗り換え」という煩わしさ、ストレスだ。
北陸新幹線の金沢・敦賀間の開業によるJR西日本の運行計画概要(8月30日付ニュースリリース)=図=によると、金沢と大阪方面を結ぶ特急「サンダーバード」、そして、名古屋方面を結ぶ特急「しらさぎ」は敦賀止まりとなる。金沢から北陸新幹線に乗って大阪に行く際は敦賀でサンダーバードに乗り換え、名古屋に行く際も敦賀でしらさぎに乗り換えになる。時間は短縮されるだろうが、これまで直行だった列車が、乗り換えとなると不便さを感じるのではないだろうか。もちろん、当初から予定されていたことであり、いまさら言うのも適切ではないかもしれない。
この乗り換えによって、戸惑っているのは関西や中京の客が多い北陸の温泉街ではないだろうか。「関西の奥座敷」とも呼ばれる加賀温泉郷(山中、山代、片山津)へはサ
ンダーバードやしらさぎで関西や中京と直行列車で結ばれているが、来年からは乗り換えの手間が客に煩わしさを感じさせるのではないだろうか。(※イラストは、敦賀市役所公式サイト「新幹線敦賀駅前広場のイメージ図を作成しました!」より)
懸念を深めているのは能登半島の代表的な温泉地である七尾市の和倉温泉かもしれない。現在、1日1往復だけだが、サンダーバードが大阪駅から乗り入れている。来年3月からは、関西の客は敦賀で新幹線「つるぎ」に、金沢で特急「能登かがり火」にと2度の乗り換えとなる。JRでは能登かがり火について、1往復増やして5往復で対応するとしているものの、2度乗り換えで客側に時間や不便さを感じさせるのではないだろうか。一方で、温泉への旅の感覚では乗り換えはそれほど苦にはならないかもしれない。
ほど前に白い花が咲いていたのを檀家が株分けして数を増やしていったという伝えがある。そのせいか、花だけでなく境内も整備されて、ちょっとした「お寺の公園」というイメージだ。
ジ」と呼ばれる、瞬間的に電線を伝って高電圧の津波現象が起きる。この雷サージがパソコンの電源ケーブルから機器内に侵入した場合、部品やデータを破壊することになる。(※写真は、北陸電力公式サイト「雷情報」より)
日」として日本軍との戦いに勝利したことを祝い、10年に一度は大規模な式典が開催されている。本来ならば1945年8月15日が終戦の日だが、ルソン島で最後まで抵抗を続けていた日本軍の山下奉文陸軍大将が降伏を表明したのは9月2日だった。
面白いのは形状だけでなく、従来の図書分類の枠を超えたコンセプトだ。吹き抜けに面して1階から上へと続く360度の円形書架には、12のテーマで7万冊の本が手に取りやすい形で並べられている。たとえば、「自分を表現する」という書架には、絵を描く、音楽を奏でる、写真を撮る、演じるといった芸術関連の本が並ぶ。それは芸術論ではなく、本を手に取って読むことで自らも表現してみたくなるような内容の本だ。司書が選りすぐった本なのだろう。ほかにも「暮らしを広げる」「文学にふれる」「仕事を考える」「体を動かす」などのテーマで本が並ぶ。また、分類別図書の本棚には30万冊が並ぶ。
この時節いつも思うことだが、同じ墓参りでも金沢と能登・加賀では参り方に違いがある。金沢の場合は、墓所にキリコをつり下げる棒か紐がかけてあり、墓参した人は札キリコをかける。札キリコには浄土真宗の墓所ならば「南無阿弥陀仏」、曹洞宗ならば「南無釈迦牟尼仏」と書いて、裏の「進上」に墓参した人の名前を記す。この札キリコをつるすことで、その墓の持ち主は誰が墓参に訪れたのか分かる仕組みになっている。
墓参りの帰り、インド料理の店に入った。初めての店だった。店内で流れるBGMはまるでお経の合唱のような、ゆったりとして荘厳な響きで、インドの民謡のような雰囲気だ。マトンカレーとプレーンナン、タドリーエビを注文。
津幡町河合谷(かわいだに)地区は石川県と富山県の県境沿いの山間地にある。「禁酒の村」はこれまで話には何度も聞いていたが、先日、初めて現地を訪れた。かつては河合谷村として独立村だった。その村長から村ぐるみの禁酒の提唱があったのは大正15年(1926)1月28日のことだった。以下、説明書き「河合谷村【禁酒】の碑 由来」から。
生涯で1900余の句を残したといわれている。
18歳で加賀藩の足軽の家に嫁ぐも、20歳のときに夫と死別したことから松任の実家に帰る。このころから、金沢や小松、名古屋、美濃、伊勢の俳人らと交流を深める。52歳で剃髪して尼僧となる。(※写真は「千代女の里俳句館」の千代尼象)
自身もきのう菩提寺を訪れ、墓参りを済ませた。最近思うことだが、墓地をざっと眺めて板キリコの数が減っているように思えてならない。つまり墓参する人の数が減っている。きのう午後に訪れたときも、墓参者はまばらだった。
グのドアを開けてくれた。すると、縦70㌢・横50㌢・奥行き30㌢ほどのコンパクトな仏壇が仕舞ってあった。「もちろん、月命日には家族で手合わせして供養している」とのこと。住宅の洋風化とともに仏壇がコンパクト化している、そんな印象を受けた。
最初、容疑者と安倍氏の直線距離は約15㍍だった。その後、安倍氏の背後に回り込むように歩いて車道を横断。ショルダーバッグの中から手製の銃を取りだし、約8㍍の距離から発砲した。周囲の人たちが大きな音に身をすくめる中、容疑者は白煙の上がる銃を手にし、さらに5歩前進。2.7秒後に、背後約5㍍から2発目を撃った。音の方を振り向くような動きを見せていた安倍氏は身をかがめるようにして倒れた。容疑者は直後、車道上で取り押さえられた。(※写真は、安倍氏銃撃事件を伝える、7月8日付の地元紙の夕刊) 