★能登地震「長く静かに始まり、向きや傾斜の異なる断層を次々と破壊」
元日の能登半島地震で港の海底が隆起して漁船が動けなくなっていた輪島漁港が早ければこの夏にも出漁できるようになるとの石川県農林水産部の見通しをメディア各社が伝えている(6月14日付)。「この夏」の具体的な日程は報じられていないが、現在片側通行となっている金沢と能登を結ぶ幹線道路「のと里山海道」を7月末までに全区間で対面通行ができるようになるとの見通しを国土交通省が発表しており、交通インフラの復旧の動きと連動した日程になるのではないか。
話は変わる。今回の地震の特徴はなんだろう。メディア各社のインタビューで専門家や研究者は、半島の北東から南西にのびる150㌔の活断層がずれ動いたことを特徴の一つとして挙げている。1995年1月17日の阪神・淡路大震災を引き起こした活断層は50㌔ほどとこれまで言われているので、長さはその3倍にもなる。(※図はウエザーニュース公式ホームページより)
また、発災以来よく聞いた言葉は「液状化現象」。能登の震源地から100㌔以上も離れ、金沢市に隣接している内灘町では道路がいたるところで隆起したり陥没した。同町の東側は河北潟に面していて、埋立地の地域では地面がゆがみ、多くの住宅や電柱が傾き、道路が15度ほど斜めになっているところも。現場では土砂が噴き上げた様子があちらこちらにあった。
そして元日の地震以前から指摘されていたのが「流体」だ。去年5月5日に半島の尖端部分でマグニチュード6.5の地震があり、珠洲市では震度6強の揺れを観測した。翌日6日に国の地震調査委員会が臨時会合を開き、まとめた見解が「流体」だった。2020年12月から能登で活発化している一連の地震は、地下深くの流体が誘発しているとみられ、活動域は半島尖端の北側の海域に広がっていることが確認された、と。ただ、今回の地震では「流体」の言葉はあまり聞こえてこない。
以下、ネットで見つけた京都大学での研究論文の概要。「2024 年 Mw 7.5 能登半島地震における複雑な断層ネットワークと前駆的群発地震によって制御される複合的な破壊成長過程」(研究者代表:奥脇亮・筑波大学生命環境系助教、深畑幸俊・京都大学防災研究所附属地震災害研究センター教授)。概要を引用する。世界中で観測された地震波形データを解析し、能登半島地震の破壊過程を推定した。その結果、この地震は複数の破壊エピソードから成ること、特に地震の発生から 10 秒ほど続いた初期破壊は、地震前に観測されていた活発な地殻活動域に重なっていたことが分かった。さらに、初期破壊後に進展した主破壊は初期破壊域を挟んで西と東に分かれ、それぞれ向きや傾斜の異なる断層を次々と破壊しながら大きく成長していった様子が明らかになった。
上記のことを論文では簡潔な言葉で、「長く静かに始まり、向きや傾斜の異なる断層を次々と破壊した」と表現している。東西に150㌔にのびる活断層がずれ動いて、向きや傾斜の異なる断層が次々と破壊されていった。その過程で4㍍もの隆起や地盤沈下など大規模な地殻変動が起きた。能登半島地震の複雑なメカニズムを端的に言い表している。
⇒15日(土)夜・金沢の天気 はれ
石川県のまとめによると、被災地の体育館や公民館に身を寄せている1次避難者は1317人(6月11日時点)。長期化する避難生活に加え、この暑さが体にこたえるのではないだろうか。先日(今月6日)輪島市の被災地で倒壊した家屋で作業をしている中年夫妻らしき男女に、「たいへんですね」と声がけすると、「服を取り出しに来たんや」と男性から返事があった。それ以上は尋ねなかったが、2人はビニール袋に衣類を詰めていた。避難所あるいは仮設住宅に入ったときは冬服だったが、この暑さで半袖などの衣類を取り出しに来たようだった。それにしても、日照りの被災地で作業をしている人たちを見かけると、他人事ながら熱中症は大丈夫かとつい心配になる。(※写真は、輪島市の仮設住宅=6月4日撮影)
きょうも2隻が家族や関係者に見送られながら出港した。船は大漁旗を海になびかせ、また見送る側は操業の安全と大漁を願うカラーテープを船に投げ、海に彩りを添えている。(※写真は、小木を拠点に里海の教育と研究に取り組んでいる一般社団法人「能登里海教育研究所」の浦田慎氏提供)
地域は限定的だった。そして、緊急地震速報が出されていた東北から関東、近畿地方では震度1から2程度の揺れが多かった。(※図は、左が6月3日朝に出された緊急地震速報の第1報エリア、右が第2報エリア=6月10日付・気象庁公式サイト「地震活動及び火山活動について」資料より)
このブログで輪島市の輪島漁港や鹿磯(かいそ)漁港での海底の隆起を取り上げた。同じ能登半島の海でも石崎漁港などでは地盤沈下が起きている。延長800㍍余りの岸壁のうち、県漁協七尾支所近くの一部のコンクリートが崩れていて、海面より沈下している。周辺に土のうは積んであるが、それでも海水が道路に流れ込んでいる。排水ポンプも作動しているが、追いつていない。岸壁から30
㍍ほど離れた道路も冠水している。近くには川も流れている。冒頭で述べたように大潮と暴風雨などのリスクが重なれば、住宅地にまで被害が及ぶのではないだろうか。
たからだ。当面はイカリを使って海底のガレキなどを回収することになるようだ。
た自宅に行き、庭に咲いていた花々なのだろう。いつもなら、自宅の玄関で生けて飾っていたかもしれない。その花々を眺めていとおしく思ったのだろう。さりげなく仮設住宅の軒下で生けた。
の一般質問で馳知事が述べた。石垣の復旧には少なくとも15年以上はかかる見通しという(6月8日付・メデイア各社)。
おおむねであっても全区間で対面通行が可能になれば、がれき撤去などの復旧工事車両の移動時間も削減されて、復旧・復興が進むだろう。実際にのと里山海道を走行すると、進捗状況は道半ばではないかと思いをめぐらせてしまう。
るが、復旧工事では何ヵ所かを鉄橋にする作業が進められている=写真・上、6月6日撮影=。一方でまったく手つかずの状態の現場も散見する。道路のアスファルトに大きなひび割れが入り陥没している。崩落した道路を走行した乗用車が転落した現場はいまもそのままの状態だ=写真・中、同=。転落した車の現場は、のと里山海道の「被災のシンボル」のようにも見える。
道路を走ると、2015年にNHKで放送された、能登半島が舞台の連続テレビ小説「まれ」の主題歌「
所に行こうとするのか、あるいは枝を足すなど修復してこの地で営巣を続けるのか。どうなんだろう、ということだった。
現場ではショベルカーが動いていたが、がれきなどを運ぶトラックは見当たらなかった。以下は憶測だが、鉄やコンクリートを現場で仕分けして積み上げ、輪島港の浚渫(しゅんせつ)作業が終わり次第、トラックで港に持って行き、運搬船で各地に運び処理をするのだろうか。発災から5ヵ月余り、焦土と化した朝市通りはまるで時間が止まっていたが、ようやく動きだした。
災害廃棄物として解体が可能になった。公費解体の申請は100棟以上あり、輪島市役所は申請のあった建物から順次、解体に取り組む。(※写真・上は輪島市朝市通り=6月4日撮影)
ィア各社の報道によると、輪島市は6月補正予算案に重伝建保存対策事業費として3億4000万円を計上する。重伝建では従来の8割補助から9割に上げ、建物を修復する。補助限度額は主屋を1500万円、土蔵を900万円とする。(※写真・下は輪島市門前町黒島の倒壊した「旧角海家」=2月5日撮影)