☆5・5、1・1、8・8「ゾロ目」地震が続く 能登の被災地に「変化の光景」
昨夜は眠れなかった人たちが大勢いたのではないだろうか。気象庁はきのう8日、九州・日向灘で起きた地震を受け、南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)を初めて発表した。同地震の想定震源域では甚大な被害が想定されている。今後1週間は平時より発生の可能性が高いとされるので、防災・減災が最優先すると日常生活もままならない。それにしても不気味だ。去年能登の震度6強は5月5日、元旦の能登の震度7は1月1日、そして日向灘の震度6弱は8月8日だった。
きのう、元日の能登半島地震の被災地をめぐった。その中でみつけた「新たな変化」をいくつか。珠洲市で7月にオープンしたホテルのレストランで、ココナッツをベースとした薬膳カレーを注文し、夏のカレーを楽しんだ。ホテルとレストランの支配人の男性は札幌市出身で去年7月に珠洲市に移住。震災直後から、焚き出しや高齢者の避難所への送り、被災地の支援で訪れた人たちに自宅を開放するなどのボランティア活動に取り組んできた。
レストランから少し離れた場所で、新たに建築中の建物があった。支配人に「あれは何ですか」と尋ねると、「3
Dプリンターの住宅ですよ」と。兵庫県西宮市の建築会社が施工している建物で、ホテルのオーナーがホテルの一室として活用するために発注したようだ。2人暮らし向け平屋タイプで、ダイニングや寝室、バスルームなどがあり、9月早々には完成の見込み=写真・上=。石川県では初めての「3D住宅」だとか。どのような家なのか。また珠洲市を訪れる楽しみができた。
その後、6月21日付のこのブログでも紹介した、建築家・坂茂(ばん・しげる)氏が手掛けた木造2階建ての仮設住宅を訪れた。木の板に棒状の木材を差し込んでつなげる「DLT材」を使用している。DLT材を積み上げ、箱形のユニットを形成する。石川県産のスギを使い、木のぬくもりが活かされた内装となっている。外装の色合いも周囲の松の木と妙にマッチしていて、まるで軽井沢の別荘地のような雰囲気を醸し出している=写真・中=。
この後、輪島市で焼け野原状態になった朝市通りを訪れた。通行規制などがかかっていて、現地への立ち入りも許されなかった。そこで遠目で見渡して分かったのは、焼けたビルなどはまだ残ってはいるものの、散乱していたガレキはかなり片付いているということだった=写真・下=。
まったく変化が見られないところもある。平家の子孫とされる輪島市町野町の「上時国家」は国の重要文化財に指定されているが、地震で全壊した。また、能登で唯一、国の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)に指定されている輪島市門前町黒島のシンボル、「角海家」も倒壊しそのままだった。輪島市は重伝建保存対策事業費として3億4000万円の予算を組んでいる。「国の遺産」をいつまで手つかずの状態にしておくのか。
⇒9日(金)夜・金沢の天気 はれ
きょう(7日付)地元紙・北陸中日新聞が、「奥能登 相次ぐ熱中症搬送」の見出しで記事を掲載している。以下引用する。能登半島地震で大きな被害があった奥能登2市2町(輪島市、珠洲市、穴水町、能登町)で、7月に熱中症の疑いで24人が救急搬送された。24人のうち、住宅内で症状を訴えたのは9人。1人は仮設住宅にいた70代の男性でエアコンはあったが、使っていなかった。さらに、4人は住宅内のエアコンのない部屋にいた。ほか4人に関しては住宅内でどのような状況で熱中症に罹ったのかについて詳細は分かっていない。
行田市の田んぼアートは行政とJAが企画し、2008年から毎年実施されている。タテ180㍍余り、ヨコ150㍍余りの田んぼには、色の異なる4種類の稲(緑は「彩のかがやき」、白は「ゆきあそび」、赤は「べにあそび」、黒は「ムラサキ905」)が植えられる。この世界最大級の田んぼアートは2015年にギネス世界記録に認定されている。
トを通じ、世界に向けて能登復興を発信したいとの思いから、日本遺産「灯り舞う半島 能登~熱狂のキリコ祭り~」のキリコ祭りを図柄に選んだ。苗が成長し、7月下旬から見頃を迎えている。花火の下でキリコが3基舞い、キリコを担ぐ人々の姿などが緑の中に浮かび上がる。デザインの中の「能登」「復興祈願」「がんばろう!」の文字は、石川県立能登高校の書道部員の作品を使用している。(※写真・下は、毎年9月に開催される珠洲市正院のキリコ祭り)
写真・上は、去年5月の震災後の8月23日に金沢市内の学生たちとスタディ・ツアーで、作品の展示会場を訪れたときのもの。スカイブルーの室内で、白い塩の作品。高さ2.8㍍の塩の階段だ。床と階段で7㌧の塩を使っている。作品の階段の中ほどと頂上付近で崩れたように見える部分があるが、これは2021年の制作のときとまったく変わっていない。
どのように壊れたのか一度見てみたいと思い、先日(7月24日)、展示会場を訪ねたが、鍵がかかっていた。きのう、芸術祭の総合ディレクター・北川フラム氏が震災支援を目的に立ち上げた「奥能登珠洲ヤッサープロジェクト」公式サイトをたまたま見つけた。チェックすると、「
て、ワァッーと号泣する女性がいた。子どもながらにびっくりしたのを覚えている。あのときのイメージと阿部選手の号泣が重なる。
いよ」。能登の集落を回っていてよく聞く言葉だ。能登の祭りは集落や、町内会での単位が多い。それだけ人々が祭りに関わる密度が濃い。子どもたちが笛を吹き、太鼓をたたき、鉦(かね)を鳴らす。大人やお年寄り、女性も神輿やキリコと呼ばれる大きな奉灯を担ぐ。集落を挙げて、町内会を挙げての祭りだ。(※写真・下は、燃え盛る松明をキリコが威勢よくめぐる能登町宇出津の「あばれ祭」=7月5日撮影)
に運んでいく。この様子を見ていると、徐々にではあるものの復旧・復興へと向かっているようにも感じた。
量の荷物を運ぶ。一般的なごみ収集車の積載能力は2㌧から4㌧とされるが、連結トレーラーは16㌧積める。これが、能登を行き来している。連なって走行しているとなかなか壮観な光景だ。
街路の気温計を見ると33度だ。厚生労働省公式サイトの「熱中症による死亡数の年次推移」を読むと、2018年以降は国内で毎年のように1千人以上が命を落としている。すでに40度を超える暑さが各地で観測されている。生命に被害を及ぼす暑さはことしもか。
るところも見られる。素人目線から見ても、局地的豪雨が発生すれば、河川が氾濫する箇所となるのではないかと思ってしまう。犀川は二級河川で管理者は石川県。このまま河川を「草むら」化させておいてよいのだろうか。
ても、本来ならば定期的な除草作業などが施されているはずだ。それが「手抜き」状態となっている。なぜか。
鉄筋製に架け替えられていた。ところが、上流に架かる大桑橋や上菊橋、桜橋などの木橋が押し流され、犀川大橋に追突し、大橋も流されてしまう。
難所に留まらざるを得ない人がいる。行政の責任として1人1人の事情に沿って対応する必要がある」と改めて述べた。(※写真・上は、石川県庁公式サイト「知事のホームページ 」より)
県危機対策課のまとめ(7月30日時点)によると、避難生活を送っている人は1422人いる。被災地の地元の公民館や体育館など48ヵ所(1次避難所)で654人、県が指定した金沢市などのホテルなどの宿泊施設97ヵ所(2次避難所)で705人、そのほかで63人となっている。このほかにも、役所には届けていないが、県内外の親戚や知人宅に身を寄せている人が多くいると言われている。行政も実態はつかみ切れていない。(※写真・下は、地震で半壊した住家には「危険」などの貼り紙が)