☆地震損壊の共同墓地や墓石を行政が支援 この際「一村一墓」の発想を
旧盆には間に合わなかったが、秋の彼岸までにはなんとかならないかと思っている人たちは多いのではないか。元日の能登半島地震で倒壊した墓石のことだ。いまもブルーシートで包まれた墓石を各地でみかける。この光景を見かねたのか、被害が大きかった奥能登の穴水町では、倒壊した墓石の修復費用の半額を補助する制度を創設することにし、2024年度の補正予算案に8000万円を計上した(4日付・新聞メディア各社の報道)。
補助金額は1世帯当たり最大で10万円で、宗教や宗派は問わない。ただ、修復に当たる石材業者の数が限られ、年度内に作業が終わらないことも考えられ、町では来年度も継続することを検討しているという。墓石の地震被害では、2018年の北海道地震で被災した自治体が見舞金を支給したケースはあったものの、墓石の復旧費用を自治体が住民に助成する制度は全国的にも珍しいようだ。
一方、石川県は県予算で被災した集落が管理する共同墓地の復旧を支援するとし、9月補正予算に8800万円を計上した。補助はたとえば、共同墓地で共有の通路に倒れた墓石の移動や壊れたフェンス、共同墓地の敷地内の水
道の普及費用など。ただ、集落の共同墓地のみが対象で、宗教法人や市町などの公共団体などが運営する墓地、個人管理の墓石などは対象にならない。
8月13日付のこのブログでも述べたが、能登には「一村一墓」という言葉がある。半島の尖端・珠洲市三崎町の大屋地区での言い伝えだ。江戸時代の「天保の飢饉」で人口が急減した。能登も例外ではなく、食い扶持(ぶち)を探して、大勢の若者が離村し人口が著しく減少した。大屋村のまとめ役が「この集落はもはやこれまで」と一村一墓、つまり集落の墓をすべて集め一つにした。そして、ムラの最後の一人が墓参りをすることで「村じまい」とした。その後、村は残った。江戸時代に造られた共同墓は今もあり、共同納骨堂とともに一村一墓は地域の絆(きずな)として今も続いている。(※写真は、珠洲市三崎町大屋地区の共同納骨堂。20年ほど前に建て替えられ、地域を出た人でも死後この納骨堂に入ることが多いという)
いまは珍しくないが、共同墓の原点のような話ではある。この際、「令和の一村一墓」という構成を描いてはどうだろうか。「墓じまい」という言葉を最近よく聞くようになった。子孫が東京や大阪などで暮らし、墓だけが能登にある。菩提寺に依頼して「墓じまい」を行う。その墓じまいを知らずに親戚や縁者の人たちが新盆や旧盆、彼岸の墓参りにきて戸惑うことがある。この際、能登の集落で共同墓と共同納骨堂を広めてはどうか。そうした一村一墓に行政は補助金を出せないものだろうか。地域コミュニティの維持に必要と思うのだが。
⇒5日(木)午後・金沢の天気 はれ
その千枚田で稲刈りが始まったのはきのう(3日)だった。台風10号の影響で31日の稲刈りを延期、今月1日に台風から熱帯低気圧になったものの、能登地方では2日にかけて雨が降っため、稲刈りが遅れていた。地元メディアによると、作業を行ったのは棚田のオーナー制度で田んぼを借りて耕している会員や愛耕会のメンバーら20人。稲刈り機は田んぼに入らないので、鎌で一株ずつ刈り取り、ワラで結んではざ掛けした。稲は「能登ひかり」という早生品種。
する際に住民票を移すことになる。一時的な現象かもしれないが、能登からの転出者が増え、人口流出につながっている。一時的と言うのも、みなし仮設の人たちが能登で住宅を再建して2年以内に故郷に戻れば転入増になるのだが。
この共同声明を読むと、まさに地殻変動を重ねて出来たジオパークについて地形や地質の保存・活用に関する知見を有する自治体の「使命」というものを感じる。「地震で得た多くの教訓を風化させず、防災意識の向上に生かす」と強調。地震の発生要因や被害の実態を国内外へ発信することで連帯感をにじませている。また、能登地震で4㍍隆起した海岸が続いており、石川県ではジオパークに登録申請するために調整を行っている。被災地の復興と合わせてジオパーク登録へと動き出すチャンスではないだろうか。(※写真は、海底が隆起した輪島市門前町の漁港=3月4日撮影)
を余儀なくされている(8月27日時点)。そんな中で被災地の人々にとって、心の安らぎの一つが入浴だったろうと思う。同市では3ヵ所で陸上自衛隊が入浴支援を続けていた。
このブログで何度か取り上げている能登半島地震で亡くなった人たちの「直接死」と「関連死」について。関連死かどうか判断する石川県と被災自治体による6回目の合同審査会(医師・弁護士5人で構成)が今月26日に開かれ、輪島市や珠洲市など5市町の21人を新たに認定するよう答申することを決めた。答申を受けた各市町の首長が正式に認定する。県内の関連死はこれで131人となり、家屋の下敷きになるなどして亡くなった直接死229人と合せて、震災の犠牲者は360人となる。(※写真は、能登半島地震の被災地と金沢の病院を往復する救急車=1月5日撮影)。
それにしても、気が気でないのは能登半島地震の被災地の人たちではないだろうか。地盤沈下が起きた能登町宇出津港の周辺では、満潮を迎えると海面と道路の高さがほぼ同じになる状態が続いている=写真・上、7月9日撮影=。これに台風10号による高潮が発生したらどうなると地域の人たちは不安を抱えていることだろう。
石川県教委の調査(2月13日時点)によると、公立学校(小中高など)344校のうち、292校が地震で被害を受けた。全体の85%に相当する。地元メディア各社の報道によると、輪島市に隣接する穴水町の穴水小学校は柱が破損するなど、文科省による被災度区分判定で「半壊相当」の被害となった。このため、小学校の校庭に軽量鉄筋造り2階建ての仮設校舎の建設が進められていた。授業は直線距離で700㍍ほど離れた中学校に間借りするカタチで行われていた。
稲刈りとしてはちょっと早いのではないかと。そうか、台風10号の接近で収獲を前倒ししているに違いないとようやく気がついた。
えている。10㌔袋で3480円(同)だった。それが、1100円、3割も高くなっている。
公費解体加速化プランによると、その加速化の中心となるのが「自費解体」だ。これまでメインで進めてきたのは「公費解体」だったが、自費解体との両輪で進めることで全体の作業のピッチを上げる。自費解体は全半壊の家屋を所有者が事前に自治体に届け出を行い、独自で解体作業を行う。かかった経費(解体費、運搬費、処分費)は各市町の算定基準で後日、償還される。(※写真は、輪島市の家屋解体現場=今月24日撮影)
日中は33度の真夏日だった。輪島市内で見た民家の解体現場での光景は、作業員が暑いにもかかわらず、ベストのようなものを着用していた。空調ファン付きの衣服だ=写真・上=。屋外工事の作業服として着用されている。空調服は背面にある半径5㌢ほどの2個のファンで風を取り入れ、汗が気化する際に体温を下げて冷涼感を生む仕組み。バッテリー付きだ。作業員の男性に着心地を尋ねると、「一度着たらやめられないね。空調服なしに夏場は仕事ができないよ」と、すがすがしそうな声で返事が返って来た。
アスベストに関しては、厳しい規制がある。解体現場では石綿が建物に含まれているかどうかの事前調査や、含まれていた場合はマスクをしたり、飛散防止のための水まきが法律で義務付けられている。かつて、アスベストは耐火材や断熱材、防音材として家屋のいたるところで使用されていた。しかし、人の健康に被害をもたらす危険性があることから、1975年に一部使用が禁止されるなど法的な制限がされるようになり、2012年以降は全面的に使用禁止となっている。