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☆九谷焼、創作という裏技

☆九谷焼、創作という裏技

 九谷焼の掘り出し物を並べる「九谷茶碗まつり」(5月3日-5日)は好天に恵まれたせいもあって盛況でした。でも、よいものはやはり高い。「掘り出し物にめぐり合えるチャンスはそうない」と自分に言い聞かせ、今年も何も買わずに会場を後にしました。帰途、九谷焼資料館に立ち寄り、古九谷、吉田屋窯、永楽窯など草創期から現在にいたる作品を鑑賞したのですが、人間とは不思議なもので、見ただけで何となく描ける気分になるものです。そこで、絵付けができる九谷焼陶芸館に立ち寄りました。
絵付け風景

 ここで400円の白磁の小皿を買い、色とりどりの絵付けが楽しみました。この後、同館ではそれを800-1000度の上絵窯で焼成します。2週間ほどで出来上がるそうです。これでオリジナルの「マイ九谷焼」が完成というわけです。なにしろ値段が安い。制作費は小皿の値段400円だけです。19種類の白磁の器が用意されていて、大皿で1300円、花生け600円、ワイングラス700円などどれも手ごろ値段です。器そのものは九谷茶碗まつりで市価より安いと見ました。

 絵心のある人なら、店で九谷焼を買うより陶芸館で自分で絵付けをして作ればどうでしょう。楽しみが倍に膨らむというものです。絵付けのほかに手びねりやロクロ成形のコーナーもあり、作陶気分がより深く味わえます。九谷焼を創作する、これは裏技かも知れません。【九谷焼陶芸館・℡0761-58-6300】

⇒6日(金)午前・金沢の天気

☆オトナの休日を過ごす

☆オトナの休日を過ごす

 《「サライ」風に》
 このゴールデンウイークに金沢の東の茶屋街の一軒家でつかの間の休日を過ごした。築140年の民家である。庭木を眺めながら、季節が春から初夏に移ろう時の流れを楽しむ。部屋の隅には季節の生け花もさりげなく飾られ、[もてなす人]の気遣いが伝わる。携えてきたお気に入りの万年筆と和紙の便箋を取り出し、[ある人]に文をしたためる。内容などは言えるはずがない。ここにはオトナの時空が流れているのである。

 この家を出て小路を30㍍ほど歩くとポストがある。手紙が落ちたポトリという音に安堵する。小路を引き返し右の小路を曲がると評判の甘味処がある。誘惑にかられてのれんをくぐるとほのかに香水の匂いがした。ひょっとして私の前にのれんを分けたのは東の芸妓(げいこ)さんかしらと一瞬想像した。白玉クリームあんみつを注文する。隣の席には、修学旅行とおぼしき女子高校生が2人。携帯電話を盛んに弄んでいる。この少女たちは携帯電話を手放さない限りオトナにはなれないかもしれない、と案じた。ともあれ、運ばれてきた白玉クリームあんみつの白玉が芸妓さんのかんざしと重なって見えたのは気のせいか。想像力がたくましくなければオトナになれないのである…。(写真は「金沢市東茶屋街の休憩所」・無料)

★ベトナムのフォーを食す

★ベトナムのフォーを食す

 金沢の近江町市場はいろいろな食材がそろっていることで有名。先日、散歩を兼ねてぶらぶらと歩いていると、アーケード街の入り口にベトナム麺の店があるのを見つけ、「さすが近江町、なんでもある」と感心しながら店に入った。

 店のメニューはフォー・ハイノ風(500円)とフォー・サイゴン風(同)の2種類。ちなみにハノイ風は塩味でさっぱり風味、サイゴン風はシナモン入りの香辛料をベースに甘味だ。ハノイ風を注文した。フォーは麺のことで、ベトナム米を石うすで粉にし、水で溶かしたものをクレープ状に広げ、蒸して刻んだもの。薄く透き通った麺は、まるでベトナム女性が着るアオザイのようにまぶしい。

 理屈よりまず汁の味から。あっさりした塩味に蒸し鶏が合う。さらにエスニック気分を味わうために、香草のパクチャーやベトナムの魚しょうゆ「ヌクマム」、ニンニクと唐辛子の漬込み酢「ザンムアット」をどんどん入れていく。店長によると、金沢の情報システムや建築材を取り扱う会社の社長が進出したベトナムでこの味にほれ込んで開店したのだとか。

 一気に食べたせいか、ちょっと物足りない。「無料で替え玉」と貼り紙があるので、麺だけを追加注文した。実は、食感がよい麺なので、ヌクマムだけをかけて食べたらどうか、つまり、讃岐うどんに生しょうゆだけをかける食べ方でどうかとひらめいたのである。能登半島にはイシルというイカやイワシを材料にした魚しょうゆがあり、金沢でも販売されている。少々生臭いが独特の風味がある。店長は「ベトナムではそんな食べ方しませんね。熱いのをツルツルとやってますよ。でも、試してください」と快く出してくれた。

 いよいよ、ベトナム人も試したことのない食べ方に挑戦。フォーにヌクマクを円を描くようにして少々たらす。まるで、道を歩く真っ白なアオザイの女性に、後ろからきたバイクが水溜りの泥水をひっかけたようだと想像しながら、薄く茶色に染まったフォーを口にはしを運んだ。「これはいける」と思わず。予想していた通り、のど越しといい、ヌクマクと麺の絡まりといい、絶妙なのだ。欲を言えば、フォーを冷水で洗って出してもらえばさらに食感は増したはず。試したという満足感と、満腹感は十分だった。そして、フォーにちょっと恋をした気分になって店を後にした。