⇒トレンド探査

★オンライン「初診OK」恒久化の是非

★オンライン「初診OK」恒久化の是非

   今月初め、かかりつけの病院に行くと待合室に「【重要】定期通院をされている方へ 電話による診療について」の貼り紙=写真=がしてあった。オンライン診療のお知らせだった。5月に行ったときには貼ってはなかった。医師からも「予約していただければ、電話でもOKですよ」と。で、次回はさっそくオンライン診療を利用することにした。

   これまでは、医師は血圧を測って、最近の様子を聞いて、いつもの薬を処方していた。これからは、自身で測った血圧の数値と、「とくに変わりありません」と電話で医師に伝えるだけだ。その後、病院からのFAXが指定する薬局に届き、自身は薬を取りに行くことになる。通院する時間が省け、何より、待合室での新型コロナウイルス感染への気遣いもなくなる。病院でのオンライン診療はコロナ禍以前でもOKだった。

   それのオンラン診療が大きく変わろうとしている。厚労省は特例措置として、新型コロナウイルスの院内感染などを防ぐため、ことし4月から電話やタブレット端末などを活用したオンライン診療での初診を容認している。ただし、期限は感染が収束するまでと決められていた。それを特例ではなく、いつでも初診はオンランでOKとする動きだ。菅内閣では特例措置を恒久化に向けて動き始めているのだ。

   報道によると、今月6日の政府の経済財政諮問会議では、民間議員がオンライン診療の「特例措置の恒久化」を提言。翌7日の規制改革推進会議でも当面の審議事項にオンライン診療を盛り込んで、「デジタル時代に合致した制度として恒久化を行う」と明記した。

   これについては、患者目線とズレがあると感じる。政府はデジタル化のために「初診もOK」と考えているようだが、患者側としては、やはり初診は医師に症状をしっかりと伝え、診療をしてほしい。もちろん、オンライン初診OKであったとしても、患者側が足を運べばよいだけの話なのだが。医師としても、触診など対面より得られる情報は少なく、誤診につながるのでNGだろう。リスクが高すぎる。

   さらに、医療側にすれば、検査料や管理料などが取れなくなるので収入減となり経営の問題にもなるだろう。さらに、患者になりすまして薬を不正に入手するといった犯罪の温床になるのではないか、といったことにも思いをめぐらしてしまう。デジタル化推進のためにオンラインで「初診もOK」の動きはどうもすっきりしない。後味が悪い。

⇒15日(木)朝・金沢の天気     くもり

★文明の利器ソ-ラーパネルも災害時には凶器に

★文明の利器ソ-ラーパネルも災害時には凶器に

          先日、近所の電気屋の社長とソーラー発電の話をしていて、意外なことを聞いた。ことし7月に九州など各地での豪雨が発生し、川沿いの平野部に設置されていた太陽光発電設備が冠水や浸水、水没して損壊したり、流されるというケースが相次いで起きたようだ。

   ネットで調べると詳しいサイトがあった。太陽光発電の専門メディア「PV eye WEB」(8月1日付)によると、鹿児島県志布志市にあるメガソーラーでは、崖の上から構内に大量の土砂がなだれ込み、約100枚のパネルが破損した。熊本県球磨郡錦町にある太陽光発電所は、付近を流れる球磨川が氾濫したために水没。鹿児島県鹿屋市のメガソーラーも太陽光パネルの下に備えつけられていたPCS(パワーコンディショナ)まで水に浸かった。被害は地上設置型の太陽光発電設備だけでなく、住宅用太陽光発電設備も多数被災した。

   水害にあったこうした太陽光パネルは絶縁不良となっていて、接触すると感電する恐れがあるというのだ。特に複数枚の太陽光パネルが接続されたまま飛ばされたり、流されたりしている場合、日射を受けて発電し、高い電圧・電流が発生するケースがあるようだ。

   経産省公式ホームページに、流された太陽光パネルの対応について説明している。水が引いた後であっても集電箱内部やパワーコンディショナ内部に水分が残っていることも考えられ、触ると感電するおそれがあり、ゴム手袋やゴム長靴着用等の感電対策を行うよう呼び掛けている。また、50kW未満の太陽電池発電設備の場合は販売施工業者が、50kW以上の設備の場合は選任されている電気主任技術者に連絡し、作業を行うよう設置業者に指示している。

   各自治体では独自の条例をつくり始めている。国土交通省や都道府県のホームページ等で公表されている洪水浸水想定区域や、市区町村のホームページ等で公表されている洪水ハザードマップの地域では設置そのものを禁止する動きだ。数々の水害に見舞われてきた石川県の小松市では、都市型水害から市民の生活や財産を守る「総合治水対策の推進に関する条例」を制定し、洪水ハザードマップなどの地域に太陽光発電施設などを設置する際は行政との事前協議が必要としている。

   損傷した太陽電池パネルは日が当たると発電し、感電や火災につながる可能性がある。可能ならばパネルの表面に遮光を施す、たとえばブルーシートや段ボールで覆う、裏返しにするなどの対策が必要となる。文明の利器も災害時には凶器となるのだ。

(※写真は能登半島の尖端、珠洲市にあるソーラー発電施設)

⇒12日(月)夜・金沢の天気 くもり

★こんな「ノーベル賞」を上げたい2人

★こんな「ノーベル賞」を上げたい2人

   「ノーベル賞」という言葉がメディアで目立ってきた。10月はノーベル賞の季節でもある。ノーベル財団の公式ホームページによると、10月5日に医学生理学賞を発表し、その後、物理学賞、化学賞、文学賞、平和賞と順次発表。12日の経済学賞をもって終える。 今年の授賞式は、新型コロナウイルスの影響でリモート形式のようだ。毎年気になるノーベル賞だが、もし、このようなノーベル賞があったらと想定して、自身が贈りたい人物を思い描いてみる。

   もし、「ノーベル環境賞」があるとすれば、あげたい人物は17歳の環境活動家、スウェーデンのグレタ・トゥーンベリさんだ。なんと言ってもパンチの効いたスピーチが心に響く。「You have stolen my dreams and my childhood with your empty words. And yet I’m one of the lucky ones. People are suffering. People are dying. Entire ecosystems are collapsing.」(あなたたちは空虚な言葉で、私の夢を、私の子ども時代を奪った。それでも、私は幸運な者の1人だ。人々は苦しんでいる。人々は死んでいる。生態系全体が崩壊している)=国連気候アクション・サミット2019(9月23日)でのスピーチから引用。

         地球温暖化対策に本気で取り組んでいない大人たちを叱責するメッセージだ。「私たちが地球の未来を生き抜くためには温暖化対策が必要なんです」と必死の叫び声が聞こえる。(※写真は、2019年9月21日に国連本部で開かれた「若者気候サミット」で温暖化対策を訴えるグレタさん(右)。左はグテレス事務総長=国連「Climate Action Summit 2019」公式ホームページより)

   もし、「ノーベル民主活動賞」があるとすれば、あげたい人物は、香港国家安全維持法の違反容疑でことし8月に逮捕され、保釈された民主活動家の周庭(アグネス・チョウ)さんだ。周さんは保釈後、日本のメディアに対し、香港警察から証拠の提示もなく、パスポートも押収され、「なぜ逮捕されたのか分からない」と流暢な日本語で答えていた。そして、拘束中に「欅坂46」のヒット曲『不協和音』の歌詞が頭の中に浮かんでいたという。

   『不協和音』には「絶対沈黙しない」「最後の最後まで抵抗し続ける」などの歌詞があり、民主活動家としての彼女の心の支えになったのだろうか。2014年のデモ「雨傘運動」に初めて参加してから、今回含めて4回目の逮捕だ。

   周さんは保釈後、「ユーチューブ」で動画を配信している。「釋放後Live!憶述警察爆門拘捕過程」のタイトルで逮捕について述べ、この中で3分間ほど日本語で語りかけている。「心の準備ができていないまま逮捕され本当に不安で怖かった。国家安全維持法では起訴後の保釈は認められていないため、このまま収監されてしまうのではないかと怖かった」「2台のパソコンと3台のスマホが没収された」と当時の状況を述べている。最後に「日本の皆さんも引き続き香港のことに注目してほしい」と呼びかけている。

    彼女の言葉には矜持を感じる。中国政府に対する葛藤、23歳にして香港という自らの居場所を死守するために戦い続ける勇ましさだ。

⇒30日(水)夜・金沢の天気     くもり

★真夏の夜の「階段」話

★真夏の夜の「階段」話

   夏休み期間に毎年実施してきた学生・留学生たちとの能登スタディ・ツアー(単位授業、※今年度感染防止対策で中止)での楽しみは、夜の懇談会でざっくばらんに楽しく会話することだった。学生から「先生のホラー体験を聞かせてください」と請われ、話したこともある。思い起こしながらこんなことを語った。

   小学6年(1966年)のときだった。ヤクルトの配達を半年ほど経験したことがある。そのころは夜の配達だった。奥能登の能登町(当時は柳田村)を自転車で回っていた。夏の夜、ある集落の竹やぶにほのかに光が揺らぐのが見えた。誰か花火でもやっているのかと思い、自転車から降りて竹やぶに近づくと、火の玉が浮かんでいた。怖くなって逃げた。

   帰宅してそのことを父親に話すと、「あの集落はドジャカジが多いから」と言われた。当時、土葬のことを土砂加持(どしゃかじ)と地域では言っていた。竹やぶの奥には塔婆が立ち並んでいた。現代では火葬が普通だが、当時、宗派によっては遺体を大きな木桶に入れて埋葬していた。土葬の墓地では、遺体から出たリンが燃えて火の玉になると信じられていた。それ以降は怖くて、竹やぶを避けて別の道を通って配達していた。

   新聞記者の駆け出しのころ(1978年)、金沢の警察署が担当だった。朝、刑事部屋に行くと、ある町の水田地帯で遺体が見つかったとの話を聞いたので、自家用車で現地に出かけた。ところが、水田は広く、一帯ではモヤがかかっていた。警察関係者はまだ誰も来ていなかった。遺体がどこにあるのか分からず道路沿いに一人立っていた。すると、「ここや、ここや」とかすかに声が聞こえた。その方向に向かって歩くと、用水の溝に仰向けになり、目が開いた老人の遺体があった。記者新人で初めて遺体に遭遇し、腰が抜けるほどびっくりした。間もなくして刑事がやって来て現場検証が始まった。それにしても、自分を呼び寄せたあの「ここや、ここや」は不思議でならなかった。単なる風の音だったのか。

   以下は割と直近の話である。金沢大学の角間キャンパスに創立五十周年記念館「角間の里」という木造施設がある。この建物は白山ろくの旧・白峰村の文化財だったものを大学が譲り受けて、2005年に移築したものだ。築300年の養蚕農家の建物だ。建て坪が110坪 (360平方㍍)もある。黒光りする柱や梁(はり)は家の風格というものを感じさせてくれる。

   その建物を大学に移築した2005年4月に地域連携コーディネーターとして大学に着任し、角間の里のオフィスで執務していた。その年の夏の夜だった。雨が降ったり雷鳴が響いたり不安定な天気だった。同僚たちは帰宅し、一人でパソコンに向かっていると、玄関入り口付近にある階段でミシリ、ミシリと誰かが階段を上っていくような音した。「誰か来たの」と声を出したが返答がない。そこで階段の下から再度「誰かいるの」と声掛けしたが返事がない。ふと階段を見ると水滴が落ちていた。電気をつけて階段を上ったが誰もいなかった。水滴は階段の途中で途切れていた。

   翌日この話を同僚にすると、数日前に同じ体験したことがあると言う。そのとき彼からこんな話を聞いた。「私も近くに住む人たちから聞いた話ですが、この建物の右上の林にはかつて火葬場があったそうですよ」と。結論として、その夜は玄関戸が開いていたので、ハクビシンなど動物が迷い込んで階段を上がったのかもしれないとの話で収まった。それ以降は、階段の音は聞いたことがなく、この話は忘れかけていた。

   もう一つ。キャンパス近くにミステリーゾーンがある。翌年の2006年春に地元の人に案内してもらった。「御瀑野(おたきの)」と呼ばれる地名で、キャンパス北側の隣接地に当たる。尾根伝いに道があり、かつて「仏教道」と土地の人は呼んでいた。この御瀑野はその一角にある。昔から土地の人が近づきたがらない場所だという。風が吹いていないのに木の葉が舞い、大木がそよぐ。誰も木を切っていないのに、突然に大木が倒れる。山道を知り尽くしたベテランが道に迷う。地元の多くの人が「不思議な体験」をしている場所だ。

   確かに不気味だった。まるで海の向こうから押し寄せてくる波のような轟(ごう)音が谷底から聞こえる。三方からの谷風が絶え間なく吹き上げてくる。

   話の最後に、学生たちにこのキャンパスのホラー体験を追体験してみないかと誘ったが、手は上がらなかった。逆に「元テレビ局にいただけあって、先生の話はリアリティがあって上手ですね」とほめられたのだった。

(※写真は、スイカの中身をくり抜き、目と鼻と口のカタチで抜く。最後にトウモロコシの「頭髪」をかぶせたもの。逆光で撮影するとエイリアンような凄みがある)

⇒9日(日)午前・金沢の天気    くもり時々はれ

☆ボーダーレスの未来可能性

☆ボーダーレスの未来可能性

   「KANTA&KAEDE」。金沢市に住む中学生と小学生の兄妹によるアーチストだ。世界的なシューズメーカー「オニツカタイガー」とのコラボレーションで商品開発を進めている。兄のKANTAは細かい図柄を描き、妹のKAEDEはおとぎ話をテーマにした切り絵を描くのが得意だ。

   オニツカタイガーの製品開発の担当者がたまたまインターネットで作品を知り、カラフルでポップな芸術性に着目した。2019年4月から同社はシューズ=写真・上=、バッグ、Tシャツに兄妹のデザインを取り込んだ製品を発売している。担当者は最初迷った。兄妹には発達障害があった。そこで「障がい者アート」として売り出せばよいのか、と。考えるうちに、アートの世界に障がいというボーダーはないことに気がつき、冒頭の「KANTA&KAEDE」のアーティストブランドを売り出した。

   話は変わる。「CCRC(continuing Care Retirement Community)」という聞きなれない言葉がある。アメリカでは、リタイア後の元気なうちに入居し、介護が必要になっても移転することなく同じ敷地で人生の最期までを暮らす、シニアのためのコミュニティー(小さな町)がある。若いころにマンハッタンなど大都会で働き稼いでも、老いは確実にやってくる。高層マンションでの孤独死を自らの最期にしてなるものか、と意欲あるシニアが次なる人生のステージを探す。日本語で言えば「終の棲家」だ。このアメリカ版終の棲家は全米で2千所以上もあり、60万人の居住者が生活しているといわれる。

   終の棲家、日本版CCRCは金沢にもモデルタウンがある。金沢大学の近くにある「シェア金沢」だ。3万6000平方㍍の敷地の中に高齢者向けデイサービス、サービス付き高齢者住宅、児童福祉施設、学生向けアパート、温泉、レストラン、カフェなどが点在する複合型福祉施設だ。高齢者や学生・若者、障がい者らが一つのコミュニティーの中で生活している。

   これまで何度か訪れたが、東京などから移住してきた高齢者夫婦が売店でレジをしていたり、学生たちと会話で笑っていたり、子どもたちと遊んでいたりと、いろいろな光景を見ることができる。温泉は近所の人たちにも無料で開放されていて、人気が高い。カフェでは移住してきたシニアの人たちと顔見知りとなった近所の人たちがまるで家族団らんのように話し合っている光景も目にする。これまで日本では高齢者施設、障がい者施設、児童福祉施設と施設ごとにボーダー(境界)を造っていた。それをまったく外し、近所の人たちも巻き込んだ、「ごちゃまぜ」の小さなタウン。終の棲家の理想形ではないだろうか。

   障がい者と健常者の心のボーダー、施設というボーダーを外すことで見えてくる新たな光景やビジネスチャンス。ボーダーレスの未来可能性は広がる。

(※写真・下は2016年2月、当時の石破地方創生担当大臣がシェア金沢を視察したときの様子)

⇒8日(土)午前・金沢の天気    あめ 
    

★VRやAR、そしてIoTと共存する時代

★VRやAR、そしてIoTと共存する時代

   コロナ禍のせいか、最近このブログでも暗いテーマが多くなった。そこで、明るい話題を集めてみた。シリーズで。   

   前回のブログで紹介した「ゴーグル墓参り」。このサービスを行っているのは一般社団法人「全国優良石材店の会」で、依頼を受けた地域の加盟店のスタッフが墓参りを代行し、周囲360度を撮影したデータを依頼者に送る。依頼者はその動画データをスマホに入れ、VRゴーグルに接続して見る。墓参りを自宅で疑似体験することになる。体が不自由なシニアにとってはこのようなゴーグル墓参りであっても、墓参りをすることで安堵を得るだろう。

   一般に完全なバーチャルの世界をVR(仮想現実)、現実の中に一部、バーチャルなものを付加したものをAR(拡張現実)、そしてVR、ARを包含するバーチャル全体を指すものをMR(複合現実)と定義されている。そして、これらを体験できるデバイスとして現在、頭部に装着するゴーグル(ヘッドマウントディスプレイ)=写真=があるが、より使いやすくて便利な眼鏡型が登場すれば、一気に普及が進むかもしれない。

   VR、ARはゲームの分野だけでなく、幅広い分野での導入が始まっている。特に有望視されるのはビジネスシーンでの活用だ。設計・デザインやトレーニング、プロモーション、現場での作業支援、コールセンターのオペレーターといった多種多様な分野において、VRを使った事前体験で能力や経験値を高めることができる効果に注目が集まっている。 

   とくに、医療や介護をターゲットにVRビジネスを立ち上げる傾向が相次いでいる。この分野の人材育成にVRが効果的なツールになり得るとのニーズがあるようだ。海外ではフェイスブックを筆頭にVR事業への参入が活発化していて、今後、ハードだけでなく、魅力あるコンテンツづくりがマーケットの成長を左右するカギとなるだろう。

   IoTも現代社会の一つのシンボルと言える。たとえば、ネット接続が可能なコネクテッドカーは現在、新車の35%を占めている。トヨタ自動車とあいおいニッセイ損害保険が、「つながる」保険を発売している。レクサスなどトヨタ車に搭載される通信機を通じ、運転者の特性を分析し、急発進や急ブレーキが少ないなどの安全運転を続けていると保険料が安くなるという仕組みだ。「見られている」という自覚が安全運転を促す。VRやARそしてIoTと共存する時代がやってきた。

⇒7日(金)夜・金沢の天気    くもり

☆風呂敷の美学

☆風呂敷の美学

   これは風呂敷の美学ではないか、見た瞬間、感動した。先日、知り合いの方からウイスキーをいただいた。ボトルが花柄の風呂敷で包まれてなんとも優雅なのである=写真=。風呂敷は包んで運ぶ道具という単純な概念だったが、包み方、そして結び方によってこれだけ優美に見える。同時に風呂敷の姿にバリエーションというものを感じる。

   これまで個人的には風呂敷は日本の古い道具だと思っていた。さらに「大風呂敷を広げる」という言葉があり、現実に合わないような大げさなことを言ったり、計画したりする意味で使うため、言葉のイメージそのものがよくなかった。その一方的なイメージが間違っていたと気付かせてくれたコメントがあった。7月1日付のブログ「★『マイバッグ』と『マスク』の両立問題」をチェックしてくれた京都の大学教授からのコメントだった。以下引用させていただく。

   「私は15年以上前から風呂敷研究会のメンバーとなり、大学生を対象に風呂敷が日本の伝統文化であり、いかに便利かを教えてきました。昔のような使い方ではなくて、バッグにして使えばとてもおしゃれな風呂敷バッグになります。ナイロンの90㌢角の風呂敷なら折りたためば100㌘もなくてポケットに収まります。エコバッグに比べればとても軽くていつでも持ち運べますね。」

   このコメントで気づかされたのは、今月から始まったレジ袋の有料化は、プラスチックの利用を減らし、再利用可能な袋やバッグを使うという「エコロジー運動」でもある。とうことは、風呂敷は再利用可能な包みの最先端ではないだろうか、ということだ。それがさらに使いやすく、折り畳み式の風呂敷バッグへと進化しているという。   

   大学教授のコメントは続く。「私は愛用してますが、風呂敷バッグの作り方を説明した本は10冊程度でてますが、実際に使っている人を見たことは皆無に近いです。風呂敷は何100年も前から使われてきた日本の伝統文化だと思いますが、ほとんどの日本人は西洋文化であるバッグしか使いませんね。大変残念ですが、もっともっと使う方を増やしたいと頑張ってます!!」

   風呂敷そのものは道具のメインではなくあくまでもわき役である。包みと結びで姿を変えていろいろなシーンを演出する。そして、用済みになれば元の一枚の布に戻る。風呂敷の美学ではないだろうか。

⇒10日(金)夜・金沢の天気    あめ

★日銀「デジタル円」の可能性へ実証実験も

★日銀「デジタル円」の可能性へ実証実験も

   政府と日銀はアフター・コロナの政策として、2024年に予定している新札発行をデジタル法定通貨へと舵を切るのではないかと憶測する、と5月24日付のブログで書いた。以前から紙幣や硬貨は非衛生的だとの指摘があり、新型コロナウイルスの感染拡大で一気にキャッシュレス化が進んだ。もちろん紙幣や硬貨を粗末にするという意味ではない。キャッシュレス化になじんできた国民もデジタル法定通貨を歓迎するのではないだろうか。

   日本銀行の公式ホームページをチェックするとその段取りが着々と進んでいることが分かる。デジタル法定通貨(Central Bank Digital Currency、以下CBDC)を発行する場合の技術的な課題についてまとめたリポート(報告書)が2日付で掲載されている=写真=。題して『中銀デジタル通貨が現金同等の機能を持つための技術的課題』。

   報告書で特に重視しているのは、誰でも使えるユニバーサル・アクセス(Universal access)の確保だ。現状のデジタル決済はスマホを使うことが浸透しているが、国内のスマホ普及率は2018年時点で65%にとどまっている(総務省「令和元年版 情報通信⽩書」)。スマホを持たない子どもたちやシニア世代は利用できないため、CBDCを受け渡しできるよう専用端末の開発も必要だとしている。

   リポートがもう一つ強調しているのが強靭性(Resilience)だ。日本は地震や津波、台風、大雨といった自然災害が多く、通信や電源が確保できなくなる状態ではスマホも使えなくなるので、オフラインの環境でもCBDCを受け渡しできる機能の確保が必要だとしている。たとえば、送金先や金額などの情報を暗号技術を使ってスマホのアプリなどで記号や番号にして、受け取る人に口頭で伝える仕組みなどを示している。

        ⽇銀としては、「現時点で発行する計画はない」としているが、今後、実証実験を行う予定でリポートの最後をこう締めくくっている。「技術⾯からみた実現可能性(フィージビリティ)を確認していくとともに、海外中銀や内外の関係諸機関と連携をとりながら、CBDC に関して検討を進めていく⽅針である」

   CBDCをめぐっては、中国が「デジタル人民元」の準備を進めている。アメリカのFRB(連邦準備理事会)も独自研究を進める。また、フェイスブックが独自にデジタル通貨「リブラ」の構想を打ち上げている。

⇒3日(金)午後・金沢の天気   くもり時々あめ

☆脱レジ袋の「新しい生活様式」

☆脱レジ袋の「新しい生活様式」

   あすから1日からレジ袋の有料化が義務づけられる。大手コンビニでは1枚3円の有料レジ袋とするようだ=写真・上=。マイクロプラスチックによる海洋汚染の問題に対処するためだが、率直に思うことは、レジ袋の有料化より、買い物を行う際にマイバッグ(布製、紙製など)の使用を国民に義務づけしてはどうか。有料化しないとレジ袋の削減が出来ないということは、逆に言えば、多くの人々がこの環境問題の深刻な状態を把握していない、ということになる。その現場を見てほしい。

   能登半島の尖端、珠洲市には塩田村がある。「揚げ浜式塩田」と呼ばれ、400年の伝統を受け継いでいる。浜で海水を汲んで塩田まで人力で運ぶ。今では動力ポンプで海水を揚げている製塩業者もいるが、かたくなに伝統の製法を守る浜士(はまじ=塩づくりに携わる人)もいる。ひとにぎりの塩をつくるために、浜士は雨が降らないかと空を眺め、海水を汲み、知恵を絞り汗して、釜で火を燃やし続ける。機械化のモノづくりに慣れた現代人が忘れた、愚直な労働の姿でもある=写真・中=。ここに、マイクロプラスチック問題が押し寄せている。

   製塩業者は海水にマイクロプラスチックが含まれていないか定期的に検査し、さらに、汲み上げた海水を5ミクロンと1ミクロンのフィルターのろ過装置に通し、マイクロプラスチックをはじめとするあらゆる固形物を除去した海水で伝統的な製塩作業を行っている。もし、これを行わなず、プラスチックの微細なかけらが商品から見つかったら大問題になる。マイクロプラスチック問題の川下で行われている涙ぐましいほどの努力だ。

   話は戻る。レジ袋だけがマイクロプラスチック問題を発生させているのではない。自分自身を含めた雪国の住民の問題でもある。道路などの除雪の際に使うスコップはさじ部がプラスチックなど樹脂製が多い。少し前までは鉄製やアルミ製だったが、今はスコップの軽量化とともにプラスチックが主流なのだ。除雪する路面はコンクリートやアスファルトなので、そこをスコップですかすとプラスチック樹脂が摩耗する=写真・下=。微細な破片は側溝を通じて川に流れ、海に出て漂うことになる。一部には製品化されたものもあるが、スコップのさじ部分の尖端を金属にすることで解決される。これを法令で措置すべきではないだろうか。

   粉々に砕けたプラスチックが海を漂い、海中の有害物質を濃縮させる。とくに、油に溶けやすいPCB(ポリ塩化ビフェニール)などの有害物質を表面に吸着させる働きを持っているとされる。そのマイクロプラスチックを小魚が体内に取り込み、さらに小魚を食べる魚に有害物質が蓄積される。食物連鎖で最後に人が魚を獲って食べる。

   レジ袋にしても、プラスチックのスコップにしても日常での環境問題である。人類の知恵、合意として、マイバッグなどは義務化すべきではないだろうか。新型コロナウイルスで培った「新しい生活様式」の発想を環境問題へと展開するチャンスかもしれない。

⇒30日(火)午前・金沢の天気    あめ

☆ウィズコロナの光景 クマと廻り焼香

☆ウィズコロナの光景 クマと廻り焼香

   きょう朝、大学からの一斉メールで「クマ出没注意」があった。午前5時19分、角間キャンパスの入り口の交差点付近での目撃情報が寄せられた。今月1日にも今回目撃されたところの近くで出没している。このため大学では学生たちに「鈴など音が出るものを携行しましょう」「集団での登下校などに努めましょう」「クマを引き寄せる残飯等のゴミは所定の場所に捨てる、または持ち帰りましょう」と日頃の注意行動を呼びかけている。

   キャンパスはかつて里山といわれた中山間地だが、山奥から人里まで切れ目なく森林が続く。この時節はキャンパスを流れる川の沢沿いを伝って新芽や新葉、果実類など求めて出没する。クマは人気(ひとけ)のないところを徘徊する。懸念するのは、この新型コロナウイルスの影響で、クマの出没が増えるのではないか、と。今月19日から対面授業は再開されたものの、51人を超える講義などは在宅での遠隔授業(オンデマンド)となる。登学してくる学生は4分の1ほどではないだろうか。クマにとって静かな、心地よいキャンパスなのである。

   話は変わるが、このブログでは前日どのページが何回検索されたかが表示される。最近目立って検索が増えているのが「廻り焼香」(2015年2月27日付)だ。通夜や葬儀・告別式の弔問客が焼香のみ行い、そのまま帰るという風習について述べた。もともと福井にある葬儀の風習で、多くの弔問客が滞りなく焼香を済ませるための知恵だったが、葬儀が小規模化した今でも廻(まわ)り焼香の風習は生きている。

   この廻り焼香はウィズコロナの時世にマッチする。あえて言葉を交わさず、祭壇に向かって合掌し焼香のみで帰る。すでに一部で「ドライブスルー焼香」や「オンライン葬儀」といった新たなカタチの葬式に取り組んでいる葬儀会社があると報道(6月22日付・NHKニュースWeb版)もあった。これまでの慣習が覆され、新しい生活様式が模索される中で、葬式の有り様も変わるかもしれない。ウィズコロナの光景ではないだろうか。

⇒24日(水)午前・金沢の天気    はれ時々くもり