⇒トピック往来

☆続・イタリア行

☆続・イタリア行

  「イタリア行」は、金沢大学が国際貢献と位置づけているフィレンツェの教会壁画の修復プロジェクトの現状を取材するのが目的だ。旅程を終え、22日に帰国した。後日、金沢大学の社会貢献情報誌「地域とともに」(3月発行予定)でリポートを掲載する予定だ。以下、イタリアで考えことや見聞したことをシリーズで。

  目的地のフィレンツェを前にローマを訪れた。写真は円形闘技場「コロッセオ」から見た凱旋門だ。ローマは遺跡の向こうに遺跡が見える、街そのものが歴史だ。この凱旋門は、312年に「ミルヴィオ橋の戦い」で勝利したことを記念して315年に作られた凱旋門だといわれる。凱旋門の高さは25㍍。帝政ローマ時代の凱旋門の中では一番大きい。フランスのエトワール凱旋門のモデルにもなっていて、ユネスコの世界遺産(文化遺産)の一つである。

  そしてローマの街を歩くと、その広告が面白い。 写真はバイクのレンタルの広告だが、図柄は何かの美術書で見たことがあるものだ。指先を軽くタッチする、映画「ET」のモデルにもなったといわれるあの名画、ミケランジェロの「アダムの創造」である。名画のモチーフが普通に使われていて、ある意味で奥深い。

  ローマの街には石畳の道路が多い。これが風情でもある。ただ、トランクのキャスターが時々、石と石の間にはさまり不便さをかこったりもする。そんなことを差し引いても、ローマの街は魅力的である。

⇒25日(水)夜・金沢の天気  くもり

★イタリア行

★イタリア行

  「海外へ行く」と周囲に言うと、すでにその場所へ渡航経験のある人ならは土地の名所とか、グルメの店の情報などを教えてくれるものだ。しかし、今回は国の名前を告げたとたんに「気をつけた方がいい」「人を見たら○○と思えだよ」とさんざんな評価だ。イタリアのことである。

  イタリアといえば、ローマ、ミラノ、フィレンツェなど世界史にその名が出てくる都市が多くあり、独自の文化と産業がある「まばゆい国」というイメージがある。ところが実際に渡航経験のある人から話を聞くと、10人中9人が「物取り」の経験談。子どもの集団に囲まれ強引にバッグを取られた。バッグが人混みの中で切られ貴重品を取られた。女性から声をかけられしどろもどろしているうちにバッグごと取られた。中には、「イタリアでは日本語の被害届があると」と被害後の対処方法までアドバイスをしてくれる人も。

  中には武勇伝もある。金沢大学のスタッフの女性は2年前、妹と旅行に出かけた。ローマの地下鉄で子どもの集団に囲まれ、強引にバッグを取られそうになった。すると妹はその少年の手首をむんずと掴み、「こらっ~」と地下鉄中に響きわたるくらいの大声を出して睨みつけた。すると集団はスゴスゴと別の車両に逃げていった…。

  それでは何のためにイタリアへ。金沢大学のイタリア美術史の教授がフィレンツェの教会で、幅8㍍、高さ21㍍にも及ぶ壁画の修復作業に携わっている。1380年ごろにフレスコ画法で描かれたルネサンスの傑作であり、ビルでいえば7階建てにも相当する巨大な文化遺産だ。この修復プロジェクトの現状を取材して、後日、大学の社会貢献誌でリポートを掲載する予定。

  その現地の教授もメールで、「治安の悪さは決して改善されていませんから、充分な準備と覚悟で出発して下さい」と。さてどうなることやらイタリア…。

⇒15日(日)朝・成田の天気  はれ 

  

★チラシに映る時代のトレンド

★チラシに映る時代のトレンド

  プロの広報マンだったらおそらくチラシ一枚でも無駄にはしないだろう。時代のトレンドを読み、仲間と論議し、どのようなデザイン、あるいはキャッチコピーだったら人々が気に留めて手に取ってくれるだろうかと試行錯誤を繰り返し、そしてようやく一枚のチラシを世に出す。そのチラシには時代が投影されている。

    きのう6日、石川県立音楽堂を訪ねた。大晦日の「岩城宏之ベートーベン全交響曲演奏」のインターネット配信の際、ホームページでPRしていただたお礼を述べるためである。コンサートの掲示板に貼ってあったチラシが気になり、チケットカウンターで一枚もらった。それが写真のチラシ。

   金沢大学ほか、金沢工業大学、北陸大学、それにプロのオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の4者の管弦楽による合同コンサート(2月19日・金沢市観光会館)。指揮は金聖響氏、「スラブ行進曲」「弦楽セレナーデ」「交響曲第5番」のオールチャコフキーのプログラムだ。学生オーケストラとOEKの合同公演は珍しくない。私が振り向いたのはチラシのデザインだ。

   「金聖響」似の指揮者が力強くタクトを振る姿が描かれインパクトのあるチラシだ。高校生から若い層ならピンとくる人も多いだろう。クラシックをテーマにしたコミック「のだめカンタービレ」(二ノ宮和子著・講談社)がブームだ。それを意識して、あえてチラシのデザインをコミック調にしたという当たりがミソなのだ。このチラシの発案者のY氏は「これだったら、クラシックを聴いたことがない若者でも、これを機会に演奏会場に一度足を運んでみようという気になるのではないか」と期待する。アニメブームという時代がこのチラシに映されている。

   クラシックのファンは人口の数%に過ぎないと言われる。石川、あるいは北陸というマーケットの中でコンサート会場を満席にするのは至難のわざだ。Y氏らはいつもどうすれば会場を埋めることができるかと腐心している。その中からこうした柔軟な発想が生まれてくる。

⇒7日(土)午後・金沢の天気   ゆき   

★続・「拍手の嵐」鳴り止まず

★続・「拍手の嵐」鳴り止まず

  元旦付の朝日新聞に2005年度朝日賞の発表があり、指揮者の岩城宏之さんの名前が載っていた。「日本の現代音楽作品を幅広く紹介した功績」というのがその受賞理由だ。

   日本では、「大晦日にベートーベンの全交響曲を一人で振る」岩城さんというイメージもある。が、海外ではタケミツ(武満徹)などの現代音楽で知られている。2004年4月から5月のオーケストラアンサンブル金沢(OEK)のヨーロッパ公演では、「鳥のヘテロフォニー」(西村朗作曲)がプログラム最初の曲なのに、演奏後、何度もカーテンコールを求められた。また、岩城さんが指揮するコンサートのプログラムにはよく「世界初演」と銘打ってあり、「初演魔」と評されるほどに現代音楽を意欲的に演奏しているのだ。

   現代音楽に恵まれたのは、同時代の作曲家である友人にも恵まれたからで、「武満」や「黛敏郎」の故人の人となりをよく著作で紹介している。そして友人をいつまでも大切にする人だ。2003年9月に大阪のシンフォニーホールで開かれたOEK公演のアンコール曲で「六甲おろし」を演奏した。当時阪神タイガースの地元向けのサービスかと思ったが、そうではなく、18年ぶりに優勝した阪神の姿を見ることなく逝ってしまった「熱狂型阪神ファン」武満氏に捧げたタクトだったのだと後になって気づいた。

   元旦付の紙面に戻る。インタビューに答えて、「…ベートーベンだって当時はかなり過激で反発もあったが、執拗に繰り返し演奏する指揮者がいて定着していった。大衆は新しい芸術の価値に鈍感なものだが、指揮者は何十年かけても未来へ情報(作品)を残す粘り強さが必要です」。過去の遺産を指揮するだけではなく、現代の可能性のある作品を未来に向けて情報発信することが指揮者に求められている、と解釈できないか。スケールの大きな話である。

   パーカッション出身の岩城さんだからこそ、あの複雑で小刻みな現代音楽の指揮が出来るのだろうぐらいにこれまで思っていた。以下は推測だ。岩城さんは武満氏らと現代音楽を語るとき、上記のことを論じ合っていたのではないか。「君らは創れ」「オレは発信する」と…。そうした友との約束を自らの指揮者の使命としてタクトを振り続けている。それが岩城さんのいまの姿ではないのか、と思う。

 ⇒2日(月)朝・金沢の天気   くもり

☆「拍手の嵐」鳴り止まず

☆「拍手の嵐」鳴り止まず

  ベートーベンの交響曲を1番から9番まで聴くだけでも随分勇気がいる。そのオーケストラを指揮するとなるとどれだけの体力と精神を消耗することか。休憩を入れるとはいえ9時間40分の演奏である。指揮者の岩城宏之さんがまたその快挙をやってのけた。東京芸術劇場で行われた2005年12月31日から2006年1月1日の越年コンサートである。

   写真は、演奏の終了を告げても2000席の大ホールをほぼ埋めた観客による拍手の嵐の様子である。観客は一体何に対して拍手をしているのだろうか。クラシックファンを名乗るほどではないが、年に数回は聴きに行く。それでもこれだけのスタンディングオベーションというのはお目にかかったことはない。演奏の完成度に加え、おそらくベートーベンの1番から9番を「振り遂げた」「聴き遂げた」「演奏を遂げた」というある種のステージと客席の一体感からくる充足感なのだろう。

  演奏終了後に岩城さんの控え室を訪ねた。憔悴しきったのであろう。控え室の前で40分ほど待った。その間に番組ディレクターに聞いた。「何カットあったの」と。「2000カットほどです」と疲れた様子。カットとはカメラの割り振りのこと。演奏に応じて指揮者や演奏者の画面をタイミングよく撮影し切り替える。そのカットが2000もある。ちなみに9番は403カット。演奏時間は70分だから4200秒、割るとほぼ10秒に1回はカメラを切り替えることになる。これも大変な労力である。私は今回、その映像をインターネットで配信する役目の一端を担い会場にいた。経済産業省によるコンテンツ配信の実証事業の一環である。世界に唯一とも言うべきこの映像をネット配信できたことに私も意義を感じている。 岩城さんを訪ねたのはその協力のお礼を言うためだった。

  岩城さんは演奏者控え室前のフロアであった打ち上げの席上で、「また来年大晦日も」と宣言した。そして引き続き1月2日と3日は東京で、4日は大阪でコンサートが控えているという。足掛け4連投。これが05年8月に肺の手術(通算25度目の手術)を受けた人の言葉かと一瞬耳を疑った。このエネルギーの源泉はどこから来るのか。われわれはその岩城さんからある意味でエネルギーをもらっているようなものだ。もっと医学・生理学的に「岩城研究」がなされてよいのではないかとも思った。

⇒1日(日)朝・東京の天気   くもり   

☆年末「撮って出し」3題

☆年末「撮って出し」3題

  テレビ放送では、取材現場から帰ってきて、VTRを編集せずにニュースに突っ込むことを「撮って出し」という。これと同じく、最近気になったニュースや生活情報を「撮って出し」風にいくつか紹介する。

                  ◇

  街ではクリスマスのムードが漂っている。金沢市内のデパートのショーウインドーで子どもたちのクリスマスの合唱を人形にしたディスプレイがあったので写真に収めた。ところで、12月としては異例の寒波が押し寄せている北陸。金沢市内でも50㌢ほどの積雪になっている。ディスプレイのようにホワイトクリスマスなのだが、市内の靴店では紳士用の長靴の品切れが続出している。しかも「入荷のメドは立っていません」と店側。23日には鹿児島でも積雪があった。長靴業界には思わぬ「特需」に違いない。

   韓国ソウル大学の黄禹錫(ファン・ウソク)教授が発表した胚(はい)性幹細胞(ES細胞)研究の論文をめぐる疑惑で、同大の調査委員会は23日、黄教授の論文データは捏造だったと断定する中間結果を発表した。黄教授は教授辞職を表明した。再生医療に不可欠な技術として世界の注目を集めた研究成果が「でっち上げ」とされたことで、韓国が目指した「ノーベル賞の夢」が消えた。その一方、北朝鮮のドル偽造の疑いをめぐり、アメリカ政府財務部は16日、日本や韓国、中国をはじめ東南アジア、欧州連合(EU)など40カ国の外交官を集め、紙幣偽造疑惑についてブリーフィングをした。また、ライス国務長官は20日、ワシントンを訪問した韓国の鄭東泳(チョン・ドンヨン)統一部長官に「(北朝鮮の紙幣偽造問題について)アメリカは不法活動に対する法執行次元で措置をとるのみ」と主張した(韓国・中央日報)。「南の偽造」もさることながら、「北の偽造」に対するアメリカの対応に何かきな臭さを感じるのだが…。

   TVはもともとアメリカの文化だ。そのアメリカではアナログ地上波テレビ放送を2009年2月までに終了し、デジタル放送に全面移行することを盛り込んだ法案が21日、上院で可決された。これまで、06年末か、デジタル放送受信機の普及率が85%に達するかの遅い方を移行期限としてきたが、受信機の普及が進まないのにしびれを切らし、期限の設定に踏み切った格好だ。日本での全面移行は2011年7月を予定している。アメリカが日本より前倒しするのには、TVメディアのデジタル関連産業を促し、この分野でのイニシャチブをとりたいとの思惑が見え隠れする。ただ、政府が対応を誤ると受信機を買えない貧困層から反感を買う。文化として大衆に根付いてしまっているTVを国の政策として扱うことはそう簡単ではないはずだ。

⇒24日(土)朝・金沢の天気   ゆき

★続々・岩城氏「運命の輪」

★続々・岩城氏「運命の輪」

  指揮者の岩城宏之さんはオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の音楽監督である。11年前、OEKの運営赤字が表面化し、補助金を出している石川県の議会などで問題となった。そのとき、番組ディレクターとして「文化の発信って何だ」とのドキュメンタリー番組を全国放送(95年5月)した。それが縁で、岩城さんとOEKが朝日新聞東京本社浜離宮ホールで足掛け7年、25回にわたって演奏した「モーツアルト全集」を番組化した。そして、テレビ局を辞した後も巡り巡って、9時間半にもおよぶ岩城さんの「ベートーベン振るマラソン」とかかわることになった。

   地域のテレビ局が制作する優良な文化コンテンツをインターネットで配信することに興味を示してくれたのは経済産業省だった。同省の地域映像コンテンツ配信実証事業として公募をかけ、テレビ局から上がってきた岩城さんの番組の企画書を審査したとき、「大晦日、世界でおそらく唯一の放送コンテンツです」と採用理由を説明した。

   採用はされたが、難問が山積していた。まず、制作費には限りがあり地元テレビ局単独ではできない。何しろ9時間半にもおよぶ生番組となると地上波ではまず放送時間枠が確保できない。そこで、テレビ局側が知恵を絞ってCS放送とパートナーを組んで共同制作とした。実はこのパートナーシップは前回も同じ組み合わせで実施していて、信頼関係がベースにあった。大きな問題は、演奏者の著作権だった。10月に岩城さんと金沢でお会いし、インターネット配信を説明した。「オーストラリアやヨーロッパの友人が見ることができるのなら、それはいい」と理解をいただいた。また、コンサートを企画運営する三枝成彰氏の事務所にも「国の実証事業」ということでお願いした。

   最後の問題として回線の問題が残った。大晦日、ブロードバンドで配信するのである。ただでさえ回線が混み合う日にうまくつながるのか、果たしてどれだけのユーザーが視聴にくるのか、回線のバックボーンや映像のクオリティー確保などを勘案して「500K」でエンコードをすることにした。「有料・クローズ」という案もあったが、最終的に「無料・オープン」にした。

  2005年の大晦日、インターネット配信による世界で唯一になるだろうクラッシクのコンテンツはこのような経緯をたどり誕生する。 <前編を読む>

⇒22日(木)朝・金沢の天気   あめ

☆続・岩城氏の「運命の輪」

☆続・岩城氏の「運命の輪」

  このブログ「自在コラム」では、指揮者・岩城宏之さんのことを何度か取り上げた。ことし5月14日付の「岩城流ネオ・ジャパネスク」では、日本からクラシックを繰り出す岩城さんの発信力を、また、6月10日と12日の「マエストロ岩城の視線」「続・マエストロ岩城の視線」では指揮者のすごみを岩城さんから感じた、と述べた。プロの音楽家でもない我々がマエストロ=巨匠の「運命の輪」に引き込まれるのはなぜか…。

  何しろ本人は「ステージ上で倒れるかもしれない。でも、それがベートーベンだったら本望だ」と言い切っている。73歳にして、9時間半もの「振るマラソン」にことしも挑戦するのである。去年3月ごろだったか、岩城さんの口からこの話が出たとき、「山本直純(故人)だったら派手にやったかもしれないが、何も岩城さんがやらなくても…」とちょっと冷ややかに見る向きもあった。ところが、やり遂げると海外からの高い評価もあって、賞賛の嵐となった。本来なら、この記録を一回打ち立てれば、それで十分だろう、と私を含め周囲は見ていた。ところが、上記の言葉通り、「ことしもやる」のである。

   しかも、それをやり遂げるため、ことし10月、自らつくり育てた所属事務所「東京コンサーツ」から、作曲家の三枝成彰氏の事務所「メイ・コーポレーション」に移籍した。金沢で岩城さんにお会いして、「なぜ」と聞いたら、その言葉が振るっていた。「あと10年、周囲は何回も手術をしたのだから無理せず穏やかにと言う。これでは面白くないと思ってね、三枝さんの所で暴れることにしたんだ」「大いに暴れるよ」と。私は呆気にとられた。「オレは指揮者だ、病院のベッドで死ねるか、ステージで死ぬんだ」と言っているように聞こえた。

   12年前の春、岩城さんを初めて取材したとき、あいさつで「岩城先生」と呼んだら、「私は指揮者です。医者や政治家ではありません」と酷くしかられた。それ以来、「岩城さん」あるいは「マエストロ」と呼ばせていただいている。こうした岩城さんを気難しいと見るか、違いが分かる人と見るかは、評する人の人間性だろう。私は後者で見ている。だからクラシックの門外漢でありながらも「運命の輪」に入って岩城さんの生き様を見させてもらっている。そして人生の大先輩として尊敬もしている。<次回に続く> <前編を読む>

⇒21日(水)午後   金沢の天気  ゆき

★岩城宏之氏の「運命の輪」

★岩城宏之氏の「運命の輪」

   「ステージ上で倒れるかもしれない。でも、それがベートーベンだったら本望だ」と指揮者の岩城宏之さんは言う。そして、ことしの大晦日にまたベートーベンの全交響曲(1番から9番)を9時間30分かけて演奏する。「岩城さんは本気だ」と共感した演奏者たちが続々と集まった。31日15時30分から東京芸術劇場で繰り広げられるコンサートは、さしずめ「運命の輪」の広がりか。

  去年の大晦日、ローカル民放テレビ局に在籍していた私は岩城さんの初めて試みをなんとか番組にしたいと思い、CS放送「スカイ・A」と共同制作でライブ番組にこぎつけた。自局ではその後2月に岩城さんの生き様を交えドキュメンタリー番組(全国放送)になった。そのドキュメンタリー番組が放送される前の1月に私は50歳を期して人生の一つの区切りとしたいと思いテレビ局を辞した。

   その数ヶ月後、ドキュメンタリー番組を担当したディレクタ-から、「岩城さんが再度、ベートーベンチクルス(連続演奏)に挑戦すると言っているんです。また、番組をつくれませんか」と聞いた。「番組をつくれませんか」というのは、つまるところ「お金をつくれませんか」との意味だ。 お金をつくれませんかといわれても、すでにテレビ業界から足を洗い、大学というアカデミックな場に身を置いていたので、これまでのように口八丁手八丁でスポンサーと掛け合うことはできる立場でもないし、番組とかかわる理由もなかった。だから、話は聞いてはいたが、放っておいた。

   そして、「運命の日」が巡ってきた。インターネットで地域の映像資産を配信する実証実験事業(経済産業省)に石川県映像事業協同組合の申請が採択された。この事業のコンソーシアムに金沢大学がかかわることになり、地域連携コーディネーターである私が担当となった。そして実証実験として県内のテレビ局が制作する優良な番組コンテンツをネットで配信することが決まった。季節は秋になっていた。

   番組の公募が始まり、くだんのディレクターに「岩城さんの番組の話、エントリーしてみたら」と促した。そして番組企画書がコンソーシアムに送られてきた。審査で採用が決まったが、それからが大変だった。演奏者の権利の処理問題など難問が山積していた。しかし、不思議な気がした。去年は放送でかかわり、今度はインターネットでかかわる。岩城さんの「運命の輪」に自分自身もいつしか絡まっていたのである。<次回に続く>

⇒20日(火)朝・金沢の天気    くもり

☆寒波一服、ドカ雪の朝

☆寒波一服、ドカ雪の朝

     真冬並みの寒波が一服して、15日の朝はご覧の通りドカ雪である。金沢城石川門の櫓(やぐら)は分厚い雪を頂き、朝焼けに映える民家の雪つりはまるでクリスマスツリーのようになった。私のオフィスである金沢大学創立五十周年記念館「角間の里」は雪に埋まった。

   「角間の里」の周囲で積雪が60㌢あり、おそらく12月としては記録的な大雪だろう。こうなると文字で語るより、写真の方が雄弁だ。

⇒15日(木)朝・金沢の天気  はれ