☆たかが電子データ、されど…
パソコン生活で起きた「事件」だった。今月20日、日曜日のこと。急ぎの用事があったので、ノートPCのメディア・プレーヤーを再生途中に強制終了(リブート)をかけた。すると、いつもはプシュという音で終了するのに、パツッという音がした。いやな予感がして、今度は立ち上げようとしたが立ち上がらない。
そこで、金沢大学近くにあるPCの修理店に持ち込んだ。店員は、OSを再インストールする必要があるという。そして念のために、ハードディスクがどんな状態かみてもらった。すると、反応がない。コツコツと軽くたたいても反応がない。店員は「やられていますね」と。つまり、壊れている。この一言で頭の中が真っ白になった。ファイルなどのデータは全滅。なかには翌日(21日)と次週28日のメディア論の授業で使うパワーポイントも入っていたのだ。
自失茫然。涙が込み上げてくる。そして、「なんと浅はかなことをしたのだ」と自分自身に対する怒りも。店員から「お客さん、大丈夫ですか。真っ青ですよ」と顔を覗き込まれ、我に返った。PCの修理を依頼して自宅に帰ったが、哀しさや怒りが収まらない。そうは言っても、当面、あすの授業をどうするか。新たにポワーポイントを作成しようにもPCがない。すると今度は手元にPCがないことの恐怖感が襲ってきた。メールの受発信をどうするか、自らが孤立するような不安感である。
そして、PCが修理されて帰ってきても、これまで使っていたソフトのインストール作業の手まひまとコストを考えるとまた暗澹(あんたん)たる気持ちに陥った。
ハードディスクが壊れただけで、たかが電子データを失っただけで、失ったことのはかなさと哀しさ、自らへの怒り、ネット環境からはぐれてしまうことへの恐怖を感じてしまう。そして、いま代替機でブログを書いているが、ブログを書こうと気を取り戻すまでに5日間もかかったのである。
ただ、唯一の救いだったのは先月末に外付けのハードディスクに一部のデータを保存してあったことだった。たかが電子データ、されど電子データの1週間だった。
⇒25日(金)朝・金沢の天気 くもり
このゴールデンウイークで行われた石川県七尾市の青柏祭(せいはくさい)を見物してきた(5月4日)。この祭りの山車(だし)の大きさが半端ではない。高さ12㍍だ。ビルにして4階建ての高さになる。車輪の直径が2㍍もある。民家の屋根より高い。通称「でか山」がのっそりと街を練る様はまさに怪獣映画に出てきそうなモンスターではある。
とも言われる。先述したように、山車の高さは12㍍、上部の開きは13㍍、車輪の直径2㍍あり、山車としては日本最大級。上段に歌舞伎の名場面をしつらえるのが特徴だ。
4月29日に能登半島地震の被災地、輪島市門前町を訪れた。被災家屋の軒下でツバメが巣づくりをしていた。帰巣本能で飛来したツバメは家屋の様相が一変しているのに戸惑ったに違いない。ツバメは3月25日の能登の震災を知らない。季節は移ろっているのだ。
中越地震でボランティア経験もある地元・輪島市門前町のN・Oさん(52)から聞いた話では、避難所生活が長くなってくると、気力が弱ってくるせいか、お年寄りは外に出たがらなくなる。「外に出て深呼吸するだけでも随分といいのだが」と心配する。
や連絡調整を行うための「金沢大学能登半島地震対策本部」が設置された。今回の学術調査部会は対策本部のセクションとしての位置づけである。
曜日、本来ならば金沢の兼六園などは花見の客でにぎわうころだ。ところが「異変」が起きている。
取りもいない。市民は花見を忘れたかのような静けさだ。
地震では灯ろうが多数倒れる被害があり、「もしや」と思い、墓地に入った。案の定、3基に1つの割合で倒れる、ずれる、割れるなどの状態だった。ふと見ると、傾きつつも絶妙のバランスで難を免れた墓石があった。高さ40㌢ほどの円筒状である。手前の枯れた竹の切り株が垂直に立っているのでそれと比べると傾き加減が分かる。イタリアのピサの斜塔は傾斜角5.5度。傾きはだいたい同じかと思われるが、この墓石は円筒とは言え、バットのように上部に膨らみがついているので重心はピサの斜塔より上になる。つまり、その分鋭く傾いているということになる。
じつはもう一つ。絶妙なバランスを保つ石積み(ケルン)が能登にある。輪島市の沖合い49㌔に浮かぶ舳倉(へぐら)島で、漁に出た漁船の目標にしようと、あるいは岩礁が多いため沖に沈んだ難破船の供養のためにと住民が石を積み上げつくった築山だ。この写真を撮影したのは14年ほど前。ご覧の通り傾きつつも日本海の風雨に耐えている造形芸術ではある。
余震があり危険として、これまで正式なボランティアの受け入れはなかった。いわば、きょう28日が初日である。午前8時に金沢を乗用車で出発し、寸断された能登有料道路を避けて下道を走行する。午前10時すぎに到着した。参加したのは私を含め金沢大学の職員、学生あわせて5人(男性3、女性2)。門前小学校で設置されたボランティアセンターで登録し、保険の手続きをする。センターの指示で家屋倒壊の被害がもっとも多かった道下(とうげ)地区に。何しろ25日の地震で50の家屋が全壊した。その後も余震で被害が拡大している。
ろう復旧作業に金沢大学の学生ボランティアをどこにどう派遣すればよいのか、現地のボランティア受けれグループとの打ち合わせをするためだ。
は出せない。
庫裏などは無事だった。
泊りをしている家族もいる。この寒さはこたえているはず。