☆メモる2007年‐7‐
放送法改正案がきのう21日の参議院本会議で可決・成立した。08年春にも施行される見通し。放送メディアをめぐっては今年ほどニュースの多い年はなかったのではないか。何しろ私の放送メディアに関する新聞切り抜きのスラップ帳の枚数は例年の2.5倍、900枚余りにもなった。おかげで、大学の授業では講義のネタに事欠かかなかった。
「あるある」問題は一端にすぎない
新聞とハサミの格闘が始まったのは、何といっても、新年早々の「発掘!あるある大事典」(07年1月7日放送)の捏造問題だった。番組制作側の関西テレビに対する週刊朝日の「納豆ダイエット」についての質問から端を発した事件だった。関テレ側は社長出席の記者会見で、「制作上のミスであり、お詫びします」と陳謝して逃げ切ろうと思ったのだろう。しかし、新聞記者の追及は甘くなかった。結果的に、納豆ダイエットの番組の中だけで、日本語のボイスオーバー(吹き替え)による捏造4件、データ改ざん4件、そのほか実験方法が不適切であったり、研究者の確認を取ってないものが8件もあった。このほかにも「足裏刺激でヤセる」(06年10月8日放送)などで捏造が次々と明るみとなり、スポンサーの花王が降りて番組は打ち切りとなった。
その後、外部委員が作成した調査報告書には関テレの責任についてこう記述された。番組を捏造した責任は再委託(孫請け)先の制作会社(「アジト」など)にあるものの、委託した日本テレワークとのその制作担当者、さらにその管理・監督する立場にある関テレのプロデューサーら番組制作担当者はその不正をチェックし、防止することができなった。また、これまで健康情報を扱った番組の不祥事が相次いだが、放送責任を負う関テレの経営幹部には危機意識が薄く、再発防止のための内部統制の仕組みを構築するなどしてこなかった。これは「(関テレの)構造的な要因」とし、「関テレの取締役と番組の制作担当者らの社会的責任は極めて大きい」と指摘した。
注目すべき点は、これら一連の不正が放送法3条の2第1項3号にある「報道は事実をまげないですること」に抵触しているかどうかの解釈についてだ。調査報告書はこの点について、「『発掘!あるある大事典』は報道そのものには当たらない」とし、さらに関テレ側は捏造を見過ごし、結果として事実に反する内容を放送したものの、「この規定に違反したとまではいえないと考える」としている。つまり、関テレが意図的に事実を曲げたわけではない、との解釈である。しかし、この番組はバラエティー番組ではなく教養番組と銘打っていた。会社も制作現場も教養番組を「バラエティーと報道の中間ぐらいのステータス」という程度に考えていたに違いない。この甘さが結果的に墓穴を掘ったのでないか。
この「捏造」や「やらせ」は繰り返されてきた。テレビ業界で「やらせ」の代名詞ともなっているのが、1992年9月30日と10月1日の2夜で放送されたNHK番組「禁断の王国・ムスタン」である。流砂現象を人為的につくったなど問題が指摘された。そこで、性懲りもなく繰り返されるテレビ業界のこの体質を改善するべく、与党は先の国会(会期末6月23日)で番組捏造などが発覚した場合に再発防止計画の提出を義務化する改正案を放送法に盛り込んだ。が、年金記録問題などで国会日程が窮屈になり継続審議となっていた。
そして、7月29日投票の参院選挙では与野党の勢力が逆転。今国会では番組等の不祥事については、あくまでも世論の批判とテレビ業界の自浄努力に委ねるべきであって、国家権力が安易に介入すべきではないとする野党の主張を与党がくみ入れ、この「再発防止計画の提出義務化」の改正案は削除された。テレビ業界は胸をなで下ろしたことだろう。これもNHKと民放が先手を打ったからだ。両者が共同でつくる「放送倫理・番組向上機構」(略称=BPO、放送倫理機構)に放送倫理検証委員会を設け、やらせや捏造が発覚した番組を外部委員にチェックしてもらい、問題があった局に再発防止策を提出させるという自主的な解決システムをつくった。これが奏功したといえる。
確かに、「発掘!あるある大事典」が端緒となった、政府とテレビ業界の法改正をめぐる攻防はこれで決着した。しかし、やらせや捏造を繰り返す背景とされる、番組外注とチェック体制の問題、放送局と制作会社の関係、下請けの制作プロダクション間の格差・上下関係の問題など、テレビ業界のしがらみや泥沼のような構造的な問題はそのまま残った。そして視聴者が怒っているのは、やらせや捏造だけでない。その取材手法、番組の質、さまざまな問題点がさらに噴き出そうとしている。それはBPOホームページの「寄せられた意見」のページを読めば一目瞭然だ。11月だけで1111件、ことしの累計1万2千件余り(11月まで)、すさまじい苦情の嵐である。
セクハラまがい、子供たちに見せたくない低俗な番組、霊界や占いを誇張する番組、集団取材による過熱報道…、テレビを見る世間の目は厳しさを増す。これらテレビに対する視聴者の声を一読すれば、今年揺れ動いた「発掘!あるある大事典」問題はテレビ業界が抱える問題の一端にすぎない。と同時に、テレビを身の回りの環境問題ととらえる見方が早晩出てくるのではないかと思っている。
⇒22日(土)夜・金沢の天気 くもり
境省を訪れた石川県の谷本正憲知事が田村義雄事務次官に対し、トキの分散飼育に「いしかわ動物園」(石川県能美市)もその候補に含めてほしいと陳情したところ、田村氏は「トキを育てている佐渡島の皆さんは、本州最後のトキがいた能登地区にいい思いを抱いている」と告げたという。この記事のポイントは①知事が事務次官に陳情した②上記の言質を得た、というたった2点なのだが、「トキ分散飼育、石川は有力」と5段抜きの見出しが躍った。
大学の講義でメディア論を担当している。その中で、著作権と放送法の概論は必須なのだが、著作権より放送法の説明が難しく、とくに「県域主義」や「県域免許」などを学生に理解してもらうのにひと苦労する。「県域主義」や「県域免許」とは放送免許は基本的に県単位で与えられており、隣県にはなるべく電波が飛ばないようしてある。しかし、学生はこういうふうに解釈する。「地域のニュースや番組を充実させるためというのは理解できるが、なぜそれが県単位でなければならないのか、電波そのものをブロックできないのに」と。そこでふと考えた。今回の区域外再送信の問題がこじれて、民放局がケーブルテレビ局に「同意せず」を連発すると、テレビ業界の閉鎖性がむしろ世論で問題視され、マイナスイメージが先行するのではないか、と。
金沢大学では震災後、医療のほか復興のためのボランティア活動を学生や職員に呼びかけた。避難所生活が長期化し、落ち着かない日々を過ごす人たちを元気づけようと、社会貢献室ではかねてから交流のあった山口県岩国市の「猿舞座」座長の村崎修二さんと連携して開いた。体長1.2㍍のサル「安登夢(あとむ)」が跳び上がって輪をくぐる「ウグイスの谷渡り」などの芸を披露すると、会場は歓声と拍手に包まれた。
氏のクレジットを必ず入れることを条件に写真の使用許可をいただいた。
アンケートの調査は、震度6強に見舞われ、住民のうち65歳以上が47%を占める石川県輪島市門前町で行った。当初は地震発生の翌日に被災地に入り、地域連携コーディネーターとして、学生のボランティア支援をどのようなかたちで進めたらよいか調査するのが当初の目的で被災地に入った。そこで見た光景が「震災とメディア」の調査研究をしてみようと思い立った動機となる。震災当日からテレビ系列が大挙して同町に陣取っていた。現場中継のため、倒壊家屋に横付けされた民放テレビ局のSNG(Satellite News Gathering)車をいぶかしげに見ている被災者たちの姿があった。この惨事は全国中継されるが、地域の人たちは視聴できないのではないか。また、半壊の家屋の前で茫然(ぼうぜん)と立ちつくすお年寄り、そしてその半壊の家屋が壊れるシーンを撮影しようと、ひたすら余震を待って身構えるカメラマンのグループがそこにあった。こうしたメディアの行動は、果たして被災者に理解されているのだろうか。それより何より、メディアはこの震災で何か役立っているのだろうか、という素朴な疑問だった。
ことし3月25日の能登半島地震で「震災とメディア」の調査をした。その中で、「誰しもが一瞬にして情報弱者になるのが震災であり、電波メディアは被災者に向けてメッセージを送ったのだろうか」「被災地から情報を吸い上げて全国へ発信しているが、被災地に向けたフィードバックがない」と問題提起をした。その後、7月16日に新潟県中越沖地震が起きた。そこには、「情報こそライフライン」と被災者向け情報に徹底し、24時間の生放送を41日間続けた放送メディアがあった。
さらに同じ輪島でサバのダイナミックな食べ方を教わった。塩サバである。8月下旬、輪島の大祭が恒例だ。祭りが終わり、神輿や奉灯キリコをしまう。その後、直会(なおらい)があり、神饌(しんせん)やお神酒(みき)のお下がり物を参加者が分かち飲食する。このときに、塩漬けされたサバが大皿に乗って出てくる。お神酒を飲みながら、塩で身が硬くなったサバを手でむしって食べる。これがなんとも言えず美味なのだ。残暑の中、塩サバに日本酒を食するので当然、喉が渇く。そこで水の代わりにお下がりのスイカを食べる。冷やしてはないが清涼感があり甘い。するとまた塩サバが食べたくなる。手はサバの脂でベタベタになるが気にせず、むしり取る。そして飲む。またスイカを食べるという繰り返し。
かつて別荘地が造成された。真っ先にその別荘地を買ったのは富山の人たちだったと聞いたことがある。「立山を見て余生を暮らせたら」。そんな思いが募ったのかもしれない。
けさ(19日)の屋外の光景を見て、金沢の人、あるいは北陸人の季節感は一気に「冬モード」にスイッチが切り替わったのではないだろうか。薄っすらと雪化粧、初雪である。11月半ば、こんなに早く冬の訪れを感じたのは何年ぶりだろう。
