★銀座の巨大なツル
てきたので、つい調子に乗って、ラッパの口にご祝儀(1000円)を入れた次第。
ふと5階の窓から外を眺めると、巨大なツルの影が3羽、窓の外にいるかの錯覚に捕らわれた。工事現場だ。ツルの影は銀座の夜景に映えた大型クレーン。6丁目の1区画全部が工事中だ。巨大なビルが再開発されているようだ。降りて、工事フェンスの工事広報看板を確かめると、敷地は9077平方㍍、地上13階・地下6階の巨大な複合施設が来年2016年11月には完成するようだ。「銀座6丁目プロジェクト」と名付けられているこの再開発工事は森ビルなどが「設計プロジェクトマネージャー」として名を連ねている。そこで、森ビルのホームページからその概要を以下拾ってみる
「松坂屋銀座店」跡地を含む街区と隣接する街区の2つの街区、約1.4haを一体的に整備する再開発事業となっている。「Life At Its Best~最高に満たされた暮らし~」をコンセプトにしたリティの高い商業施設や、都内で最大級の1フロア貸室面積6100平方㍍の大規模オフィスも予定されている。さらに、「観世能楽堂」など文化施設も入る。「銀座エリア最大級となる大規模複合施設を計画しています」「銀座エリア全体のさらなる魅力と賑わいを創出するとともに、国内だけでなく、世界中の人々を惹きつける複合施設として、東京の国際競争力強化に貢献します」と誇らしげに書いてある。
翌朝、今度はホテルの7階窓から眺めていると、6丁目だけではない、銀座界隈で巨大なツルがここを含めて4ヵ所で確認できる。どこかで見たことのある光景、そう、20数年前のバブル時代の光景ではないかと思った。銀座だけではない。JR有楽町駅から隣の東京駅まで電車に乗っても、車窓からは巨大なツルがあちこちにいる。
バルブの光景と称したものの、日本の経済は「バブル経済」ではなく、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けた開発など実需要に支えられたものだ。投機ではない。この銀座の光景が日本の各地に波及するのかどうか…。
⇒23日(金)午後・東京の天気 くもり
を挟んだ向こう側には基地反対派のテントが張られて大音響で入れ替わり、立ち代わりアジテートの演説が行われている。タクシーでその前を走行すると、「辺野古新基地NO!」などのプラカードが車から見えるように道路側に差し出されるのである。正面で陣取っていた人がいた。「辺野古埋立阻止」のプラカードを持って、椅子に腰かけている。基地と歩道の境界線である黄色い線を超えないように、公道ギリギリのところでアピールしている=写真=。
ている、という。地元と反対派は一体化していないようだ。
ラムサール条約登録の湿地「名蔵アンパル」を見学できるというので、隣接する「石垣やいま村」というテーマパークに立ち寄った。八重山の古い民家も移築して保存されている。沖縄の民謡を三線(さんしん)で生演奏している家などあり、にぎやかな雰囲気だった。入口から東に向かって、途中、カンムリワシのケージを横目で見て、さらに坂を下りていく。ウッドデッキがあってマングローブの群生林に入っていく。
22日付の朝刊をホテルで読むと、琉球新報と沖縄タイムスの一面の見出しが躍っていた。琉球新報「新基地は『人権侵害』 知事、国連で演説 辺野古阻止 国際世論へ訴え」、沖縄タイムス「反辺野古 国連で訴え 知事、人権理で声明」と。沖縄県の翁長知事が21日午後(日本時間22日未明)、スイスの国連欧州本部で開かれている国連人権理出席し、「沖縄の人々は自己決定権や人権をないがしろにされている」と述べ、アメリカ軍普天間飛行場の県内移設反対を訴えたという記事だ。両紙ともジュネーブに同行の記者を送っていて、署名記事だ。チカラが入っている。
石垣島の第一印象は、紺碧の空と海、そして赤土のサトウキビ畑だ。そして、東シナ海に面し、国境離島と称されるくらいに中国と接している。きょう(21日)は、とくに当てがあったわけでもないが、島を半周するつもりでレンタカーを走らせた。
した。この蜂起を知ったアメリカのイギリスの海軍が3回にわたり島に来て、砲撃を加え、武装兵が上陸して捜索を行った。クーリーたちは山中に逃げ込んだが、逮捕、銃撃された。自殺者や病没者も続出した。
り、地元の新聞紙を買った。安保法の成立を沖縄の地元紙はどう伝えているのか。
金沢大学での講演会(「NPO法人角間里山みらい」など主催)で初めて新井氏の話に耳を傾けて、「この人は逃げない」と思った。
ない。これまで、綿密につけてきたデータをもとにした作業だ。酒造りのデータを熱心に記録する姿を見て、「酒蔵の科学者」との印象を強くしたものだ。
か」と一瞬思った。文字一句でも厳しい、あの教科書検定のチェックをスルリとかいくぐって、である。※掲載画像と本文はリンクしていません。
イプが落ちてきて、ガクンと実際の床が下がり、キャーと観客(ゲスト)の悲鳴がする。自分自身もちょっと肝をつぶした。
く苦行の旅だったろう。そのときに浜辺のハマユウの白い花がなんともいとおしく思えた、そんな歌だったのだろうか。