★白濁りの幸福感
「どぶろく」という言葉を見聞きして脳裏に何が浮かぶだろうか。私は「岐阜・白川郷のどぶろく祭り」と「どぶろく裁判」の2つのキーワードを思い浮かべる。
もう6年前になるが、2011年10月、白川郷の鳩谷八幡神社の「どぶろく祭り」に参加した。杯を400円で購入し、9杯飲んだところで酔いがぐらりと回ってきたことを覚えている。「どぶろく裁判」は、社会運動家の前田俊彦氏(故人)が公然とどぶろくを造り、仲間に飲ませて酒税法違反容疑で起訴され、「憲法で保障された幸福追求の権利だ」と反論し争った。1989年12月、最高裁は「自家生産の禁止は税収確保の見地より行政の裁量内」との判断を示し、前田氏の上告を棄却した。世の中は移り変わり、農業者が自家産米で仕込み、自ら経営する民宿などで提供することを条件に酒造りの免許を取得できる「どぶろく特区」制度が2003年に始まり、今では地域起こしの食文化資源になっている。
前書きが長くなった。きょう能登半島の中ほどにある中能登町の天日陰比咩(あまひかげひめ)神社で「どぶろく祭り」が初めて開催されると誘いを受けて出かけた。もちろん、ノーカーで。午後6時、神社拝殿では創作の舞や雅楽「越天楽(えてんらく)」など生演奏で始まり、同40分からは三尺玉の花火が冬の夜空に10発上がり、ムードが盛り上がった。拝殿ではどぶろくが振る舞われ、列についた。禰宜(ねぎ)の方は「50年前は全国で43の神社がどぶろくの醸造免許を持っていたが、現在では30社ほどに減りました。造るには手間はかかるのですが、これは神社の伝統ですからね」と語った。ここで小さな紙コップで3杯いただいた。
社務所に特設された「どぶろくミュージアム」では、醸造方法や江戸時代から続く歴史を示す古文書の内容について解説があった。神社の酒蔵(みくりや)で造られる=写真=。冬場に蒸した酒米に麹、水を混ぜ、熟成するのを待つ。ろ過はしないため白く濁る。「濁り酒」とも呼ばれる。その年の気温によって味やアルコール度数に違いが生じる。暖冬だとアルコール度数が落ち、酸っぱさが増すそうだ。毎年12月5日の新嘗祭で参拝客に振る舞われる。今年はこれまで最高の333㍑を造った。初詣にかけて「どぶろく参拝」が年々増えているそうだ。
一つ質問をした。「天日陰比咩神社は2千年余りの歴史をもつ延喜式内社ですが、どぶろくは江戸時代から造られていると説明がありました。どぶろくの歴史は浅いような感じがするのですが」と。すると、解説を担当した禰宜の船木清祟さんは「文書の記録として残っているのは江戸期なんです。天正年(1574)の上杉謙信による能登侵攻で社殿は焼失しており、江戸期以前のどぶろく関連の文書がないのです」と。
神社境内で、農家民宿を経営する田中良夫さんが、自家製のどぶろくを振る舞っていた。「どぶろく 太郎右衛門」というボトルが販売されていたので買い求めた。農薬も化学肥料も使わない自然農法で栽培した酒米「五百万石」で酒麹をつくり、コシヒカリ、酵母、ミネラル分が豊かな井戸水を使用して醸造している。神社のどぶろくより甘味があった。田中さんは「コシヒカリを入れると甘みがつくんです」と。ここで6杯飲んだ。白川郷での経験から9杯で酔いがぐらりと回ってくるので、ここで自ら「お開き」とした。泊まった民宿では白濁りの幸福感に包まれながら爆睡した。
⇒16日(土)夜・中能登町の天気 くもりのち雨
その言い伝えは的中した。きょう21日朝、能登町沖の定置網で寒ブリ550本が水揚げされ、金沢市中央卸売市場では仲買人たちの威勢のいい声が飛び交い、次々と競り落とされたと昼のニュースで。体長90㌢、重さ10㌔の大物などが揚がっていて、シーズンの先駆けとなったようだ。この時期に能登半島沿岸で水揚げされた重さ7㌔以上のブリを「のと寒ぶり」のブランド名を付けて売られている。10㌔以上ともなると特上品だ。
これは蛸島漁港で水揚げされたズワイガニだ。同漁港は能登半島の先端部分にある。金沢から距離にして150㌔、能登沖で漁をする漁船の水揚げの拠点になっている。半島の先端で、水揚げして、陸路で金沢に搬送することになり、海路で金沢港に持ち込むより時間的に速く、その分鮮度が保たれるというわけだ。茹でガニのパックを手にしてレジへ。3980円。価格は去年とほとんど変わらず。旬のものなので確かに高価だ。少し値段が落ちる、来週まで待てるかというとそうでもない。もし時化(しけ)が続いて、漁そのものができなければ、値段どころか、口にも入らない。旬が買い時だ、毎年同じようなことを思って自分を納得させて高値づかみをしている。
きょう(3日)能登町でキノコ採りをしている知人から聞いた話だ。アカマツ林の根元が掘られて、毎年採れるマツタケがなくなっていた。根元がほじくられているので、「おそらく来年からは生えてこないだろう」と肩を落とした。あちこちでこうしたイノシシによる被害があり、「能登のマツタケは壊滅だ」という。マツと共生する菌根菌からマツタケなどのキノコが生えるが、イノシシによる土壌の掘り返しで他の菌が混ざるとキノコは生えなくなることが不安視されているのだ。
こうした課題解決を目指すべき社会を「プラチナ社会」と定義し、地域でさまざまイノベーションに取り組んでいる自治体や企業、団体を表彰するのが、民間団体「プラチナ構想ネットワーク」(会長:小宮山宏元東京大学総長)だ。ちなみに、金のようにギラギラとした欲望社会を目指すのではなく、プラチナのようにキラキラと人が輝く社会づくりを理念に掲げている。その「プラチナ大賞」の第3回大賞・総務大臣賞(2015年)に、珠洲市と金沢大学が共同でエントリーした「能登半島最先端の過疎地イノベーション~真の大学連携が過疎地を変える~」が選ばれた。プラチナ構想ネットワーク事務局から、受賞から2年間の取り組みを報告してほしいと依頼され、過日(10月26日)、同市の担当者と2人で東京・イイノホールでに出かけた。
すっきりと見えた山が「株高」だった。23日、日経平均株価は2万1696円と上昇し、ことしの最高値を更新し29年ぶりの高値水準、15営業日連続の値上がりは57年前の14営業日連続の値上がりの記録を超え「史上最長」と、メディアは報じている。「天晴(あっぱれ)」と言うべきか。
次に「トリエンナーレ(3年に一度の美術展)で次回は2020年になりますが、『奥能登』と銘打っているので2市2町(輪島市、珠洲市、穴水町、能登町)へと会場を広げるお考えはあるのですのか」と質問した。「さいはてのアートなので、他の自治体とも連携してできればさらにアートの面白味がでてきます。しかし、運営資金を出し合うとなると途端にハードルは高くなります」と今度は口元が引き締まった。1週間後の14日夜、再び泉谷市長にお目にかかった。地元のキリコ祭りの会場で、「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」で知られる新潟県十日町市の関口芳文市長の訪問を受けて、市内を案内されていた。珠洲市と十日町市の連携イベントを模索しているのかと直感したのだが。
黄色からピンク色への暖色に塗られたトンネルのようなカタチをした作品だ。レールの上を意識したのだろうか。そのトンネルの出口付近に双眼鏡を置いてあり、のぞくとネオンサインの看板が見え、そこに「Something Else is Possible」の文字が描かれている。ボランティアの男性ガイドによると、ネオンサインの看板とセットで一つの作品なのだと解説してくれた。なるほど。肉眼であれ、双眼鏡であれ、近くでも遠く離れていても「作品の場」は構成できる。なるほど、芸術はセットで一つだ。
2礼2拍手1礼で鳥居をくぐった。よく見ると、鳥居の柱やしめ縄まで、すべて廃棄物なのだ。ボリタンクやペットボトル、漁具など。しかも、ハングル文字や中国語、ロシア語の表記のものが目立つ。日本語のものもある。しめ縄は廃棄された漁網だろうと想像がついた。この周辺で集めた廃棄物で相当の量に驚く。海にはこれほど廃棄物が漂着しているのか、と。
元職(43歳)、共産の新人(36歳)の3人が立候補している。「今回の選挙は若い人ばっかりやね。元気があっていいね」と笑っている。すると、一人が口元をほころばせている自民候補のポスターをのぞき込んで、「この人、ちょっと歯並びがよくないね、前歯がガタガタや」と。するともう一人が同じく歯を見せて笑っている希望元職を指さして、「この人はしっかりした歯やわ」と比較した。あとは雑談で終わったようだ。人物は見た目の印象が心に残る。ひょっとして歯並びが投票行動の決め手になるのかもしれないと考えさせられた。本題から話がずれた。
個、全部市内からですよ」と少し自慢気に。聞けば、アーチストの村尾氏との地元の人たちの打ち合わせで、今年6月から一般家庭や飲食店に呼びかけて集め始めた。貝殻の貼りつけ作業が7月からスタートし、作品のカタチが徐々に見え始めると、集まる数も増えた。当初から作品づくりを見守ってきたという男性ボランティアは「サザエの中身は食べるもの、殻は捨てるものですよ。その殻が芸術になるなんて思いもしなかった。殻を提供しただけなのに地元は参加した気分になって、(芸術祭で)盛り上がってますよ」とうれしそうに話した。
この馬緤集落は、キリコに描かれる絵が面白い。源義経の「八艘跳び」の絵や義経と弁慶の絵=写真=なのだ。このキリコ絵の作者であり、祭りに誘ってくれた田中栄俊氏(元珠洲市教育長)が馬緤集落と義経伝説について語ってくれた。