☆能登さいはての国際芸術祭を巡る~3 青と白のアート
国際芸術祭を案内してくれたボランティアガイドの語りで、印象に残る言葉があった。「震災に耐えた奇跡の作品があるんですよ」。ことし5月5日に能登半島の尖端を震源とするマグニチュード6.5の地震が発生し、珠洲市は震度6強の揺れに見舞われ、市内だけでも住宅被害が690棟余りに及んだ。その強烈な揺れにもビクともしなかった作品がある。
金沢在住のアーティスト、山本基氏の作品『記憶への回廊』(2021年制作)=写真・上=だ。旧・保育所の施設を用いて、真っ青に塗装された壁、廊下、天井にドローイング(線画)が描かれ、活気と静謐(せいひつ)が交錯するよう
な空間が演出されている。保育園らしさが残る奥の遊戯場には塩を素材にした立体アートが据えられている。天空への階段のようなイメージだ。途中で壊れたように見える部分は作者が意図的に初めから崩したもので、今回の地震によるものではない。
作品には10㌧もの塩が使われている。山本基氏が「塩」にこだわる背景には、若くしてこの世を去った妻と妹との思い出を忘れないために長年「塩」を用いて、展示空間そのものを作品とするインスタレーションを制作しているのだという。「塩も、かつては私たちの命を支えてくれていたのかも知れない。そんな思いを抱くようになった頃から、塩には『生命の記憶』が内包されているのではないかと感じるようになりました」(サイト「山本 基 – Motoi Yamamoto -」より)。
それしても、塩に水を吹きかけレンガのように固めて階段状に積み上げたものが、なぜ震度6強の揺れに耐えたのか。ぜひ、作者に尋ねてみたいものだ。
青と白のインスタレーション(空間構成)をまったく別の会場でも鑑賞した。リアス式海岸の特徴的な、海に突き出た鰐崎(わんざき)海岸。ここに石彫作家、奥村浩之氏の作品『風と波』(2023年制作)がある=写真・中=。25㌧の石灰岩を加工した作品。よく見ると、造形部分と自然石の部分が混在している。最初は塩の塊(かたまり)かと勘違いしたほど白く、そして青空と紺碧の海に見事に映える。そして、夕日に染まればまったく別の作品に見えるかもしれない。
作品の周囲を見渡すと「巨鯨魚介慰霊碑」がある=写真・下=。「鯨一頭捕れれば七浦潤し」とのことわざがあるように、浜に漂着したクジラは漁村に幸をもたらした。説明板には、明治から昭和にかけて、シロナガスクジラなどが岩場に漂着し、それに感謝する碑と記されている。海の生き物に感謝する能登の人たちの心根のやさしさだろうか。
奥村浩之氏はこの慰霊碑を横目で見ながら作品を創作したことは想像に難くない。山本基氏の「青と白」の生命の記憶につながるストーリーではないかと連想した。
⇒28日(木)午前・金沢の天気 あめ時々くもり
このレストランですごさを感じるのは一見して鉄骨を感じさせる構造だが、よく見るとすべて木製だ。公式ガイドブックによると、ヒノキの木を圧縮して強度を上げた木材を、鉄骨などで用いられる「トラス構造」で設計した、日本初の建造物となっている。日本海の強風に耐えるため本来は鉄骨構造が必要なのかもしれないが、それでは芸術祭にふさわしくない。そこで、鉄骨のような形状をした木製という稀にみる構造体になった。これもアートだ。
に避難所用の「間仕切り」を公民館に設置した。現地で見学させてもらったが、ダンボール製の簡単な間仕切りだが、透けないカーテン布が張られ、プライバシーがしっかりと確保されていた。
きのう24日に日帰りで会場を何ヵ所か訪れた。奥能登国際芸術祭の公式ガイドブックの表紙=写真・上=を飾っているのが、ドイツ・ベルリン在住のアーティスト、塩田千春氏の作品『時を運ぶ船』。「奥能登国際芸術祭2017」に制作されたが、芸術祭と言えばこの作品を思い浮かべるほど、シンボルのような存在感のある作品だ。塩砂を運ぶ舟から噴き出すように赤いアクリルの毛糸が網状に張り巡らされた空間。赤い毛糸は毛細血管のようにも見え、まるで母体の子宮の中の胎盤のようでもある。
ら塩づくりを命じられ、出征を免れた。戦争で多くの友が命を落とし、その浜士は「命ある限り塩田を守る」と決意する。戦後、珠洲では浜士はたった一人となったが伝統の製塩技法を守り抜き、その後の塩田復興に大きく貢献した。技と時を背負い生き抜いた浜士の人生ドラマに塩田氏の創作意欲が着火したのだという。それにしてもこの膨大な数のアクリルの毛糸には圧倒される。
この痛みの原因は「帯状疱疹」。7月31日に皮膚科医院で知らされた病名だった。左足の太もも(大腿)の裏あたりが一面に赤く腫れているのに気づいて医院に行った。医師の説明では、小さいときの「水ぼうそう」と同じウイルスが加齢とともに帯状疱疹となって現れる病気で、50歳代から80歳までに3人に1人は発症するということだった。発症する体の部位は右か左どのどちらかで、顔面や胸部、腹部、足の太ももなどさまざまという。そのとき、医師から尋ねられたのは「痛みが走りませんか」ということだった。このときは、痛みはまったくなく、どちらかと言えば痒(かゆ)みが少々あった。塗り薬など処方してもらった。
石川県内の21の大学・短大などで構成する「大学コンソーシアム石川」のシティカレッジ授業(7月29日)で、泉谷氏の講義=写真・上=を聴講した。テーマは「さいはての地域経営」。その中で泉谷氏は芸術祭の開催意義について述べていた。
とめぐりすると、同時に珠洲という土地柄も理解できる。これが移住を促すチャンスにもなっている。
2020年にユネスコ無形文化遺産にも登録されている。
地元の新聞メディアは「猛暑 記録ずくめの8月」の見出しで、石川県内の異常な暑さのさまざまなデータを掲載している。以下、北陸中日新聞(1日付)の記事の引用。
日中だけでなく、寝苦しい日も続いている。金沢では25度以上の熱帯夜が39日間連続している。これは、1994年に記録した27日間を大幅に更新している。
雲の面白いカタチは想像をたくましくさせてくれるが、積乱雲には気を付けたい。もう15年も前のことだが、「ダウンバースト」という現象が起きた。航空自衛隊がある石川県小松市。2008年7月27日午後3時半ごろ、突風が吹き荒れた。航空自衛隊小松基地が観測した最大風速は35㍍で、「強い台風」の分類だ。このため、神社の高さ4㍍の灯ろうが倒れたり、電柱が倒壊したり、民家70棟の窓ガラスが割れるなど被害が及んだ。このとき、小松基地が発表するのに使った言葉が「ダウンバースト」だった。積乱雲から急激に吹き降ろす下降気流。ダウンバースト、初めて聞いた言葉だった。
ただ、立場が異なればタカサゴユリは外敵、目の敵だ。国立研究開発法人「国立環境研究所」のホームページには「侵入生物データベース」の中で記載されている。侵入生物、まるでエイリアンのようなイメージだ。確かに、植えた覚えはないので、おそらく種子が風に乗って、庭に落ちて育ったのだろう。外来種だからと言って、すべて駆除すべきなのか、どうか。この花を見るたびにそんなことを思ったりする。
石川県が独自に開発した品種であり、品種登録も行っているルビーロマンが韓国にもある。品種登録が韓国では行われていなかったことから、韓国に苗木が流出して栽培されたものと見られている。
誘ってくれたのは稲作専業農家の大田豊氏74歳。先祖代々からの里山の田んぼを受け継ぐ。標高220㍍の棚田に無農薬、そして無化学肥料のコメづくりに取り組み、2011年に「渡津蛍米」を商標登録した。いわゆる「生き物ブランド米」だ。兵庫県但馬地域の「コウノトリ米」や新潟県佐渡の「トキ米」が有名だが、大田氏も「生き物は田んぼの豊かさを示すバロメーター」が持論で、独学で田んぼと生物多様性について学んでいる。多彩なゲストを招いての勉強会もその一環。
秒間隔との内容だ。ゲンジボタルのミトコンドリア遺伝子につながる塩基配列を用い、全国108地域の個体間の遺伝的類縁関係を調べるなど調査した。その結果、進化の過程で遺伝的変異とともに、発光パターンが変化したとの解説だった。